2009/11/01 (Sun) 端切れの童話

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最近、「右脳が死んでいる」と感じる。
脳について詳しいわけでもないので表現は感覚的なのだが、感受性を司る部分が死に瀕している。
そうなってから、実は長い。このブログを再開した今年3月以後、夏頃から特に顕著になった。
真綿で首を絞められるように、最初は全く自覚がなく、薄っすらとした違和感しかなかった。言葉にならない違和感というものは、些細なようでいて実は重大な違和感であることが多い。意識の表層にあがって来なければ自覚できないし、自覚しなければ言葉にならないし、言葉にできないことは問題視することもできない。


秋になり、いよいよ息が出来ないレベルになってきた。
私は、あらゆる理由をこじつけて自分の脳の右側の沈黙を放置した。生きていくには、その方が都合が良い気がしていた。実際、感受性を封じれば封じるほどに周囲は歓迎しているように見えた。
同時に、私の中の何か大切なものが色褪せていくのを感じた。摘み取られた花が、少しずつ萎れ、枯れ、色彩を失っていくように、私の中の色彩も濃淡も曖昧模糊となり、生きているのがつまらなくなった。

大した絶望でもなく、重い苦しみでもなく、ただ喉元に何か詰められたような、それでいて生きるには何の問題もないような日々になった。様々な症状は相変わらず継続しているものの、この曖昧模糊な感じが回復してゆくということなのかななどと、ぼんやり考えていた。だとしたら、私は何かを引き換えに何かを得ようとしているのだ。悲劇的なことではない。


えらいことになっているぞと問題の核心をようやく自覚したのは、先月末のことだった。
一人になって考える時間を多く持ったこと、頭をガツンとやられるようなアドバイスをしてくれた友人、直感的に私のモノトーンに枯れ果てた内面を言い当てた友人、さまざまな助力を得ての突然の自覚だった。

昔、失語症になった時の精神世界と実によく似た状況に陥ってしまっていた。
あらゆる事物が立体感を失い、質感も失って平板になりかけていた。目に映るものは色彩のコントラストを弱め、感情も脆弱になり、私自身から剥がれ落ちようとしていた。


その時期、私はいわゆるゲシュタルト崩壊の最中にいた。両手の指を全て切断しなくてはおかしい、指がついているのはおかしい、と強烈な違和感が毎日毎日続く。何をしていても目に付く自分の指が異常に見えて仕方なかった。
身体感覚をはじめ、あらゆる感覚が以前と変わっていることに気付いた。
私は焦って、どうにかあるべき形、正しい形に持って行こうとした。死に物狂いになっても私の感覚は引き攣った足のようにどうにも戻らず、痛みと焦りと違和感に耐え難い時間を過ごした。

自分はこう感じるが、本当はあのように感じるべきである。自分はこう考えるが、本当はあのように考えるべきである。自分はこうしたくてたまらないが、あのルールからすればやってはいけないことである。考えてはいけないことである。考えれば考えるほど苦しくなるから駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。
自分を頭を抑え続けた。多分、それが良くなかった。とても良くないことをした。
その間の煩悶をブログに書くことがなかったのは、書いて良いのか悪いのかなど下らないことを考えていたからだ。



結果、私の右側、感受性は殆ど機能を止めてしまった。創作意欲や想像力が著しく減退した。写真を撮るのも面倒なだけで、さほど楽しくなくなった。何を表現しようかと、うろうろと思考は彷徨うが、そもそも以前ならばそんなこと考えもしなかった。ただ、作ったり書いたりすることが私にとって自然だったのに、今や意識しなければ欲求さえ失ったままの自分がいた。


医者に相談して、私はカウンセリングを休止することにした。直前には自傷欲求や希死念慮が酷く、死ぬしかないと思っていたので、とにかくカウンセリング治療も一度休むようにと言う医師のすすめに従った。いつまで休めばいいのか分からず、来週行くのか、それとも永久に行かないのかも分からなかった。

体調が悪く、起き上がれない日々が殆どで、10月は外出したのは片手の指で足りる。その間、私ができることといえば文章を書くことだった。
どうしても書きたいものは、ゲシュタルト崩壊の時の手指への違和感から、指なしでいたいという自分を物語に盛り込んだ童話だった。

しかし、物語が湧き出てきた頃、私は書いてはならないと自分を抑えた。書いたら、まるで自傷を推奨しているように思われるとか、読んだ人が気分を害するだろうとか、何より自分自身が指を切りたい自分は正しくないと思っているから、正しくない自分をたとえ物語の<指なし姫>に肩代わりさせたところで、やはり耐えがたいことだった。
悲劇に酔いたい私の自慰行為なのではないかとも考えて、いやになった。
いやしかし私が指を全て切り落とさねばならぬと思うのは、指がついていることがおかしいと思うのであって、全く自傷衝動とは違う欲求だ。しかし、同時期に私は左腕を手首から肘まで深々とナイフを刺して、手羽先をさばくように掻っ捌いてしまいたいという明らかな自傷欲求も抱えていたから、何が何だか分からなくなった。


湧き起こってくるあらゆる感情を抑えているうちに、心の中で童話は端切れを残して殆ど千切れ去った。当時は、それで仕方ないのだと思っていた。

けれど、今、私は自分で捨ててしまったその物語を惜しんでいる。
あれが私の静まり返った脳の右側だったような気がしてならないのだ。
いつか何かの本で、人が持つ唯一の翼は想像力であるという言葉を目にしたことがある。あの物語は、私の翼だったのではないのか。あの物語は、指があっては異常だと感じる私をありのままに肯定してくれたのだ。


頂いたコメントに返信を書くという形でブログを更新しようと考えたのは、今の自分で書ける文章が他に見当たらなかった苦肉の策だった。
私は自分ひとりで自分の内面に向き合う術を失ってしまい、途方に暮れていた。
頂いたコメントに返信しなくてはと読んでいるうちに、誰かと対話する言葉は湧いて来ることに気付いた。殆ど左側しか動いていない自分の脳を考えると、その中でも特に私が考えてきたこと、たとえば病気や対人関係についてなら書けそうだと分かった。
今だ思い出す度、涙が止まらなくなるほど、失語症の時代は恐怖だ。徐々に言葉を失って、また失語になるのではと考えると恐ろしかった。けれど、こうして言葉を取り戻せるのではないかと希望が見えた。続けて書いた五つの返信記事は、私がまた私に戻るための必要な手順だった。不思議にも、初めてコメントくださった方が多く、私が失敗から学んだことや試行錯誤している最中の事柄をお話くださる方が多かったから、私はその方々を通して自分を見ることもできた。
生きている人に触れると、生きている自分が応えることを再確認して、少しずつ以前のような自分らしい文章を書けるようになりたいと思い始めた。


今日も、私の脳には偏りがあって、片側は暗室のように光が足りない。
先月末から、光を当てる作業を始めた。数ヶ月ぶりに美術館に行ったのだ。一日で、想定以上の効果があがった。それでもまだ、ほの暗い。
私が、私自身のために作ってやらなくてはならないのだ。あの千切って捨てた童話を一片残らず拾い集め、繋ぎ合わせて自分の手に取ることができたら、私は大きく変われる気がする。
どれだけ時間がかかっても、取り組む価値があるだろう。



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久々にコメントさせていただきます。

僕は「理解する」能力が低下しているか、あるいは子供のままなのでこの文章は難しいです。(笑)
笑い事じゃないですよね…すみません。

変わるということは自分にとって、とても難しく、とても重要なんだなぁと思いました。
僕もよく、『あなたが変わらなきゃまわりは変わらない』とよくお叱りをいただきますw
しかし、変わるという気持ちを僕は右から左へスルーしてます。
やる気がないんですね。僕は。

それに比べ、みと姉はとても努力家なんだなぁ。
いや、もしかしたらそれが普通かもしれません。
兎に角、みと姉は尊敬します。(こんな奴に尊敬されたくないでしょうが…ww)
すみません説得力ないもので。(泣)
自分で何書いているのかわからなくなってきたw
傷つけること書いていたら謝ります。すみません。
その場合はスルーしてくださいね♪

画像やっぱりいいですね。
まず思ったのが、、、
どっからこういうの見つけてくるんだwwwww
日常ではまずお目にかかれないところです。
廃材は汚いというイメージがありますが、すごく素敵ですね。
写真の技術がある(才能と言うべきでしょうか)とこういうこともできるんだな〜と思いました。
羨ましいです。
才能わけてください。w

2009/11/02 08:46 | のりばー [ 編集 ]


 

辛い状態になっていたんだね・・。

薬を減らす事が出来た喜びの記事から順調に、上を向いてきたかなと思ったんですが、何かきっかけや原因があったんでしょうね。

揺れ動きながら良くなったり後ろに戻ったりする事が多いけれど、それがおさまった時の着地点が以前より前に、ちょっとでも進んでいる事を願っています。くれぐれも自分を追い詰めないよう、無理されないようご自愛して下さい。

2009/11/03 03:50 | konomin [ 編集 ]


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害・境界性人格障害他いろいろ治療中。人間不信で人間好きの光と影を日々ありのまま綴ります。大阪在住。現在は社交的過ぎ関西女。プロフィール・人生歴はこちら⇒◇私の紹介
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