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2009/10/29 (Thu) 返信5 ? 境界性人格障害者と付き合う  ?

※10月29日 23時 全文修正

当方の事情で、勝手ながら「コメント返信を記事としてアップ」させて頂くのも、5回目のこれが最終となります。
今後は、お一人ずつにコメント欄でお返事を書く以前のスタイルに戻します。
◇お知らせ (10/08)に頂いたコメントは、少しずつコメント欄で返信させて頂きます。今回の◇返信1?5までに頂きましたコメントは、事前のお知らせ通り返信しない方針でおります。ご了承ください。

ここで少し、このブログのコメント欄について。
実はこれまで、私のブログにおいて、皆さんから頂くコメントや感想に対する返信が、実は大変重要なのでは、と考えていました。まず書いた私自身が更に考えを深められる点において、記事よりも返信で書いたコメントの方が余程的を射ているということが過去もよくありました。
返信文もやたらと長くなってしまうのが恒例です。今回、私のフィジカル、メンタル両面の調子が整わず、やむを得ずこのような「コメント返信を記事にする」という形態を取りました。しかし、今後何か病気への理解や、当事者からの率直なご意見を頂いた際は今回のような形態で記事にさせて頂こうかと考えています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

イチゴさんへ

イチゴさん、こんばんは。はじめまして。
コメントを頂いた時、リアルタイムで受信して拝見しました。とても根が深い問題だと感じ、Twitter(当ブログ右下に設置しているリアルタイム呟きです)で短く感想を述べさせていただいたのですが、携帯からでは御覧頂けなかったかもしれません。

イチゴさんが読んで「救われました」と書いてくださった記事は、ボーダー症状の真っ只中で何が一体回復なのか分からずにいた昔書いたものです。あの記事には、答えがありません。ボーダーという暗く出口のない陰鬱な通奏低音が鳴り響き、孤独を発しても弱弱しく、どこにも届かない海底の行灯のようです。

あの記事を書いたのは私ですが、今の私は違う地点に立っています。ボーダーから回復しようとしている。あの記事を書いた時も、回復したがっているように見えるかもしれませんが、何が回復なのか明確に分からない患者は、目指す方向もわからないので、苦しんでいる割に回復を目指しようがない、むしろボーダーでいた方が楽であるという面もあります。あの記事を読んで、「救われました」とコメントを頂いたこと、実は不思議に感じました。


以下は、真剣に悩んでらっしゃるイチゴさんに対し、かなり辛口の返信となりますこと、ご容赦下さい。
私個人の経験から、愛憎や、愛情の顔をした虚無のスパイラルが如何に不毛な苦痛の関係性を生むか知っています。イチゴさんから頂いたコメントに、同様のものを見出さずにはいられませんでした。
気付いたことはお伝えせねば嘘になると思い、数日考えた末に書いています。是非、最後まで読んでくだされば幸いです。


まず最初に私が強烈に感じましたのは、境界性人格障害である彼の問題とは全く別に、イチゴさん自身が何らかの人格障害である可能性が実に高いということです。
お会いしたこともなく、一度のコメントでここまで申し上げるのは一種の冒険です。

人格障害者の心性は、人格に障害を持たない人間にとっては、実にデタラメで一貫性がなく、付き合うには苦痛を感じるものです。しかし、同じ人格障害者にとっては、相手のデタラメさや一貫性のなさが、自身の言葉にならない感覚にフィットするあまり、魅力として映るようにできています。

境界性人格障害とは何か?
一言で言うと「言動の一貫性のなさ」に尽きるのではないかと思います。
白だといった瞬間に黒だと言ったり、愛していると言ったかと思えば、お前なんていらないと言う。ありがとうと泣いて感謝したかと思うと、お前に分かるわけがない!と相手を責める。
何故、境界性人格障害という病が生まれるのか、その点は今回は省略させて頂きますが、少なからず生まれて今まで、家族をはじめ人間関係のカオスの中で生き延びるために身に着けざるを得なかった背景があります。
イチゴさんが書いてくださった彼も、元々デタラメな家族環境にあったために、自分自身もカオスに染めることで生き抜いてこられたのかもしれません。


>知り合った頃の彼はボロボロに傷ついている感じで、アタシといると癒されると言うのでほっておけなくなり 人格障害であることも告白され、理解しようと色々サイトも見ました…

彼の場合、彼自身が自分の病気に対する理解にいまだ及んでいないように感じた一文でした。
昔は分かりませんが、今の私でしたら、大切に思う相手には、まず自分が人格障害であることは告げません。他の病気と違い、境界性人格障害は時として、相手に自分が不愉快な態度を取ってしまった時、それは自分の意志ではなく、病気がさせているものなのだと言い訳になってくれます。
そういった逃げ道を作るのは、他人を傷つけることなく生きて行こうとする覚悟が揺らぐので、私はある時から自分で塞ぐようになりました。自分を癒してくれる相手にも刃を向けてしまうのが、この病気の最悪に悲劇的な面なのです。


境界性人格障害者は、基本的に自分自身をゴミクズだと思っています。ですから、交際相手も理想から離れた人に魅力を感じて付き合いますし、二股をかけては誰かの心理を操作してみたり、自暴自棄な態度を取ってみたり、急に泣いて縋ってきたりします。

例えば人格障害である彼は、「可哀想」に見えるかもしれません。しかし、上記のような行動をする人を前に、イチゴさんがまずしなければならないことは、ご自身を相手の攻撃から守ることです。彼の言動には、彼自身が責任を取るように仕向ける意識が大切です。それは同時に、イチゴさん自身もご自身の言動に責任を取ることとイコールです。

この点は、境界性人格障害者と付き合うにあたって、厳しく取り組まねばならない点です。理性や頭で、境界性人格障害の問題行動の元凶や思考回路を理解することは重要ですが、感情や人情で共感することは慎重に避けねばなりません。人格障害に対しては、情だけで救えないのが現実です。


>ずっと彼のいいように、楽になれるようにと考えていたつもりだったのですが…最近新しく彼女が出来ました…もうアタシのことはいらなくなったのだろうと身を退くことにしたのですが、彼はそれを拒むんです。

ボーダーに対して最も不適切な対応は「彼のいいように、楽になれるように」と考えることです。
ボーダーは、いいようにしてもらっても、楽になれるように考えてもらっても、満足することはなく、楽にもなれません。境界性人格障害者に真に必要な他者は、自分が如何にブレても、絶対にブレない相手です。

赤ん坊に接するように接しては、ボーダーは悪化します。彼は、人格障害であるかもしれませんが、大人であることに変わりはありません。人格障害のままで生きて行く道もあるのかもしれませんが、もし彼がそのような考えであるならば、イチゴさんが悩まれても、どのように彼のためを思っても、徒労に終わる可能性が高いです。ボーダーを支えるということは、優しさや曖昧さを持っていては出来ません。本人は勿論のこと、ボーダーは周囲の人間の人間性も暴く鏡のような面も持ち合わせています。



彼のことを思われるのでしたら、まずイチゴさん自身が一貫性を強固に保たれることが最も重要です。
例えば、イチゴさんは家庭を別にお持ちです。私は別段かたい倫理観を持ち合わせているわけではありませんので、あくまでも物理的レベルでお話しますが、家庭を持っている人と付き合うのは多くの矛盾を抱えざるを得ません。
最も大きな矛盾は、「何でもしてあげたい」と仰るイチゴさんであっても、ご家庭をお持ちであれば、彼のボーダーの振り回しに全て付き合う時間はもてません。

先ほど申し上げたように、ボーダーにとって最も支えとなるのは、「行動パターンに矛盾を持たない、誰にも嘘をついていないと思える相手」です。逆に、行動パターンに矛盾が多く、どこかに秘密を持たなくてはならない関係や、ある種取引をせねばならない相手とは、症状が悪化する場合が多いです。恋愛関係であろうと何だろうと、事前に不倫だと申し合わせてスタートしようとも、どのような条件化であってもです。また、そのような相手を選ぶことで、境界性人格障害である自分を切り捨てずに生きて行ける状況を無意識に作り出して逃げ場にすることも多いのではないかと私は感じています。
理性的に自分を律して生きることは、誰にとっても苦痛で、思うさまに感情を吐き出し、ぶつけ、跳ね返ってきては泣き、怒る方が、まだましであるという場合も多いと思うのです。

もし、イチゴさんが彼に対して悩まれていて、具体的に行動を起こしたいとまで考えてらっしゃるのであれば、イチゴさんご自身の個人的な彼とは無関係な生き方の部分まで、矛盾はないか、自分に嘘をついてはいないか、を省みることが大切だと思います。


また、ボロボロに傷ついている人は、まず自分で立ち直らねばなりません。誰かと愛情関係を結んだりするのは、その後です。愛情によって救われたいと私も何度思ってきたか分かりませんが、愛憎のスパイラルを生み出すばかりで、不毛な苦痛を味わい、人生への絶望を重ねて来ました。
人格障害の回復は、ある日突然天からもたらされる神の慈愛や、恋人の愛情だけでは決して救われない類のもののようです。
また、厳しいようですが私は、誰かに献身的にボランティア精神で人生を支えるとか癒すなどということは不可能だと思っています。大業です。もし取り組もうとするならば、自分のすべて、家庭も何もかもかなぐり捨てる覚悟で向き合わねばなりません。自分自身の生き方を正すことに専念し、救いたい相手がどれだけ揺らいでもブレても、自身は揺らがないでい続ける覚悟が必要です。例えば、相手のボーダーの症状、不適切な言動には悉く人間らしく拒絶を示し続けなければなりません。


ここまでは、境界性人格障害者との向かい合い方について主に書きました。

以下は、冒頭の件に戻ります。
最初に私が、イチゴさんご自身が人格障害なのでは?と書いたのは、実は文面から、イチゴさんの主体性が全く見えないままに文が終始したからでした。
境界性人格障害者にとって、皮肉にも、振り回しや不安定な感情、価値観にうまくフィットして、共依存を築きやすい人格ではないのかと感じたのです。

イチゴさんご自身は、当事者の一人でありながらコメント文の中で、影を持たない、実に薄い薄い存在として立ち現れています。
私が最も違和感を感じ、注目した点でした。
自我が薄いか、もしくは境界性人格障害である彼の感覚との境界線が曖昧になっているのではないかと考えました。

以下、イチゴさんの自我について考えてみました。
内容ではなく、表現に注目してみてください。

>今日も彼女と会っているようなので、ホントはアタシが邪魔なのでは?と言うと、めんどくさいから好きにしろ!と…

あくまでも「彼にとって邪魔なのではないか?」であって、自分が主体ではありません。言外に、「彼が邪魔だというなら去る」と含んでいます。
彼の気持ちを知りたいという気持ちがあるから質問するという行為が発するわけですが、訊く言葉の中に、イチゴさんご自身は彼と一緒にいたいのかいたくないのかという主体性が欠けています。主体性は、大切なことを話し合う場面であればあるほど、明確にすべきです。相手の立場に立って一人考えることは大切ですが、相手と向き合ったときには、あくまでも自分の立場から言葉を発さなければ、コミュニケーションは複雑に絡まってしまい、本質が見えなくなります。お互いに言葉を投げ合っても、全くすれ違ってしまい実りを得られないのは、こういった言葉の構造があるからだと私は考えます。
彼の人格障害が問題ではなく、この場面はイチゴさんの自我のありように問題があるように感じました。
また、出方をうかがってくるようなセリフ、本心を探られるようなセリフは、疑心暗鬼なボーダーにとっては「相手が何を考えているのか分からない」という恐怖にかられるやりとりです。恐怖にかられるとボーダーは投げやりになってしまいますので、本心を知りたいというイチゴさんの意図は遂げられないことになってしまいます。


>新しい彼女は独身ですし、彼のことを好きなよう(アタシに嫉妬するので)だから世間体を気にすることもナイし…

イチゴさんの主体性が、また見えません。むしろ、最も妙な立ち位置だと感じました。
彼がどんな条件の女性を選ぶのかは、彼の問題です。条件がどうであれです。世間体を気にしないで済むことがいかに重要か不倫経験者の私は重々身にしみていますが、それでもやはり、人間はいつも独身だから選ぶとか、世間体を気にしないで良いなどという理由だけで相手を選べるほど器用でもありません。

もし、ここに書かれた一文を彼に言ったのだとしら、彼は激怒するのではないかと思いました。私は少なくとも、有難い言葉ではありません。イチゴさんは、他者との精神的境界線が非常に曖昧で、無意識に相手の領域に踏み込んでしまう傾向にあるように感じます。
相手の彼女の嫉妬心にまで考えを及ばせるのは、彼女の立場からしても失礼に当たることではないでしょうか。個人的には、そう思います。彼女の苦しみを想像でき、こうして想像されている時点で、イチゴさんがご自身の感覚に従うならば、すぐに身を引くべきです。
イチゴさんが優先されるのは、どなたでしょうか。イチゴさんでしょうか。彼でしょうか。彼女でしょうか。
自我が曖昧ということは、対人関係においてのプライオリティも自然曖昧になります。彼の人格障害とは全く別に、イチゴさんご自身が、対人関係において煩悶するシーンは多くないでしょうか。

彼が聞きたいのは、イチゴさんご自身が、どうしたいのかだけが聞きたいのではないでしょうか。彼の人格障害は最早この時点で、無関係です。
イチゴさん自身の問題も少なからず大きく影響しています。


他人のことを思い行動するのは、得てして心地が良いことです。
私は、随分と自分の問題から目を背けるために、ボロボロな人や、どうしても自分を必要とする人のために尽くしました。それもまたズタボロになりましたが、自分の人生に対する決定をするよりも100倍楽でした。
しかし、自分の現実を考え、決定し、意思表示し、関わった人間それぞれの意志がかたまるまで辛抱強く待ち、他者の決定を尊重し、受け入れる覚悟は、総じて大変苦痛です。



>彼の望みはアタシと彼女と2人の彼女と付き合っていきたいようです…
彼のしたいようにさせてあげたいと思うのですが、彼女のほうが気の毒で
言っても聞いてもらえなくて…オマエの言ってることがわからん!と…

イチゴさんの主体性の希薄さが、ここでも顕著です。
彼の望みは彼の望みで、どう決定するかは彼次第です。彼が決定しなくとも、イチゴさんが決定することもいつでも可能です。
この点が、とても重要だと思います。彼が決めようが、彼の彼女が気の毒だろうが、イチゴさんはイチゴさんのことしか決められません。考えること、話し合うことは大切ですが、決めるのは自分だけです。誰かに決めてもらおうと期待するのは、別に彼が人格障害でなくとも、他者の領域を侵し、彼を尊重しない行為と同等になってしまいます。

イチゴさんご自身は、二股である状況にどう感じてらっしゃるのでしょうか。自分が納得いかないから別れたい、もしくは彼女と別れて欲しい、もしくは二股でも良い、と彼に話すのは私はとても自然だと思います。しかし、彼女のほうが気の毒かどうかは、イチゴさんが口にすべきことではないと思うのです。それは、今度はその彼女の領域、彼女の決定、彼女の煩悶や嫉妬をある意味、イチゴさんの支配下に置く行為となります。先ほども申し上げましたように、独身の彼女の権利を侵犯していることになります。

イチゴさんが悪意を持ってらっしゃらないことは感じます。
悪意をお持ちだなと感じたら、時間や言葉を割いて返信は書かないのが私のルールですので、全て私が考えたことを率直に書かせて頂いております。

>ここにきて、彼の気持ちが少しわかったような気がします

実はイチゴさんは、もう十分お分かりではないかと私は思います。
分かる分からないの次元ではなく、単に見えないのではないでしょうか。行動が支離滅裂な人の気持ちは、どれだけ目を凝らしても見えないのが普通です。
ボーダー患者によっても個人差はありますが、イチゴさんが語られる彼については、自覚のない支離滅裂さや、回復を目指すのではなくボーダーの衝動に任せて生きている傾向が強いように感じます。ボーダーの心は、誰かが救えるものではなく、慰めも慰めとならない病気です。しかし、本人の覚悟があれば治る病気です。私は、確信しています。

ボーダーと接するには、共感や優しさも勿論必要ですが、相手の障害に振り回されない強い人生観と一貫した言動、相手の非は非として指摘し、クッションとなってやったり逸らしてやったりせず、相手の言動はきっちり反射して返す。その厳しさが不可欠です。

答えは、イチゴさんご自身の中にあるはずです。
イチゴさんが理解すべきは、彼の心情ではありません。イチゴさんご自身のお気持ち、人生観、価値観です。イチゴさんの自我の確立が大きな課題ではないのか。そのように考えました。


境界性人格障害者の周囲の方々は、へとへとに疲弊している方が多いです。境界性人格障害者の問題行動が疎まれる理由もよく理解できるのですが、その障害者と付き合わざるを得ない方達にヒントとなる核心的教科書はまだまだ少ないです。少しでも参考にして頂ければと、長文で失礼致しました。

悩まれて調べられたとのことですが、もし未読でなければ以下の本をおすすめします。
ボーダー治療の先駆者でいらっしゃって、境界性人格障害者の周囲の人たちのために書かれた、具体的な対処法のワークブックのようなものです。

境界性人格障害=BPD 実践ワークブック―はれものにさわるような毎日をすごしている方々のための具体的対処法境界性人格障害=BPD 実践ワークブック―はれものにさわるような毎日をすごしている方々のための具体的対処法
(2006/02)
ランディ クリーガージェイムズ・ポール シャーリー

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頂いたコメントから、今回は周囲の方の対処法にのみ言及しました。境界性人格障害という病気の厄介さ、闇の深さ、回復と非回復傾向にある患者については主旨からずれるため、敢えて言及しませんでした。
有意義なコメントを頂きまして、本当にありがとうございました。


◇2008/04/06 (Sun) 水底に至る - 境界性人格障害 -

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はりモグ さんへ

はりモグさん、こんばんは。はじめまして。お返事が大変遅くなりまして、申し訳ありませんmm
いつも読んで下さっているとのこと、本当にありがとうございます。最近特に、書くことがままならなくなり、只今色々と鋭意努力中でして、そんな最中に大きな励みの言葉を頂きました。

不慣れな中、コメントくださって、ありがとうございます。
私も今だ、他のブロガーさんのところへコメントを書くのは緊張します。最後の送信ボタンを押すと、別に変なことを書いていなくても「やってしまったのでは・・・!?←なにを?」という気になります(笑)ご迷惑かなどお考えなく、今後もどうぞお気軽にコメント下さい。コメントでの交流が、私はとても楽しみです。

>― ボーダーにとって、「もう行かないと言ったけれど、待っていてくれるかもしれない。待っているのだろうか」と期待や不安で揺れ動く状況は、できるだけ避けた方が良いと私は思っています。 ―― 本当に…本当にそうですね。『言外のコミュニケーション』が素晴らしいものになるときもあるのかもしれませんが、時にはそれが激しい毒になるときもあると感じています。

「コミュニケーションの毒」と銘打たれてらっしゃいましたが、この日本人にありがちな曖昧さというのは、ボーダーや人間不信の治療現場では、まさに毒であると思います。
私個人が、あまりこういった言動を好まないというのも理由かもしれません。出て行けと言ったら出て行ったのに、「何で出て行ったんだよ」とか揉めるときがあるじゃないですか。ああいうやりとりは、言外に察しろよ、ものの弾みで言ったんであって本心じゃないんだからと言いたい場合が多いと思うんですが、私は大阪人なせいか、「どないして欲しいねん!」とツッコんでしまうんですね。

きっと、ストレートにストレートに表現しようとしても、人間の味わいとでも言うのか、行間ににじみ出る何とも言えない言外のコミュニケーションとは生まれるものだと思っています。そうしてにじみ出てくる人間味が私は大好きです。

>こういったことについてもやもやとしていた心を明晰に表現していただいたように思えました。ありがとうございます。
直接のご返信は下さらなくても、一つ一つの記事・つぶやきに美鳥さんのメッセージと意思をはっきり感じられます。
どうぞご自愛ください。

こちらこそ、ありがとうございます。
コメント返信という、読者の方から頂いた言葉に触れなければ自分の位置が分からなくなっているここ1ヶ月です。
私自身が自分にもやもやしながら、苦肉の策ではじめた返信記事。心を明晰にしてくださったのは、はりモグさんはじめ、コメントくださった方々のお陰です。
コメント、ありがとうございました。
また是非、お気軽にコメントいただけましたら嬉しいです。楽しみにお待ちしています。



◇返信 1 ? 神経症・AC・人格障害からの回復 ? (10/18)
◇返信 2 ?Coccoの真相・境界性人格障害からの回復 ? (10/19)
◇返信3 ? 精神科と投薬治療 ? (10/21)
◇返信4 ? 解離性同一性障害の治療・良い病院悪い病院 ? (10/24)
◇2009/10/08 (Thu) お知らせ


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境界性人格障害 | comment(3) |


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はじめまして。 

はじめまして、リボンと申します。
境界性パーソナリティ障害を検索していて、こちらにお邪魔する経緯となりました。
昔の記事のようですが、とても興味深く拝見させていただきました。
美鳥さんの、その鋭い視点にノックアウトされております。

私は過去、精神科で境界性パーソナリティ障害、PTSD(?主治医にもいまいちわからない症状だったようです。)、解離性障害、過食嘔吐の摂食障害などの診断を受けています。
地獄の日々を這い上がって、摂食障害は完全に回復しています。
(自助グループなどには通わず、夫と二人だけで治しました。)

前置きが長くなりましたが…
BPDのパートナーは当事者との境界が曖昧になっている傾向があるという指摘や、主体性がないという指摘が、目から鱗でした。

私は共依存の概念を知っているつもりでしたが、アルコール依存症者とその配偶者という限定的な例えを主に見聞きしてきたためか(根本的には同じようなものかもしれませんが)、BPDの共依存に関して分析されているこちらの記事は、とても新鮮に感じました。

また、こちらの記事を拝見したことで、共依存の危険性はお互いに意識はしていたものの、改めて、私の夫の主体性のない傾向や、「自分はどうでもいい」という言動を夫が頻繁にするなど、未だに自分達夫婦の間にある隠れた共依存の影や、夫のもつ歪んだ感覚などを、冷静に捉えることができました。

現在私は、両親への憎悪は依然あるものの、夫との生活で感情の激しい浮き沈みは収まりつつあります。
しかし、対人緊張が激しく、夫の仕事が休みの土日以外は、家から一歩も出ない異様な生活を送っています。
夫は、引きこもっている私の罪悪感や自己嫌悪感をとるためか(そういうものがあると摂食障害が悪化した過去の経験から)、「別にいいんじゃない、俺はぜんぜん気にならないし、でも気になるならバイトしてもいいし、専業主婦でもいいし」という感じのことを言ってくれています。

私自身はというと、そろそろこうした生活は限界にきています。
夫の慰めは心には刺さらず…
私の本音を言えば、たぶん、夫への罪悪感(生活上、いろいろ不便が出てくるので、夫に迷惑をかけている)から外に出たい、という気持ちではなく、普通に人間として家に引きこもっていることが、かなり苦痛になってきたのだと思います。

天気がよくても、青空の下をおもいきり歩けない、風や太陽を日常的に体に感じることができない、行きたいところにも行けず、買いたいものも買えず…
お陰で、夏なのに肌はどんどん白くなるし、筋力はどんどんなくなっていって、今は意識をしないとまっすぐに立ったり座っていることも疲れます。

対人緊張(恐怖)さえなければ…と毎日のように思っています。
「バイトしてもいいし…」と言う夫が、ときどき憎憎しくさえ感じます。

一時、BPDの症状が激しかった時期ですが、妙にハイでとても行動的で社交的な自分がいました。
その当時のことを羨ましがっている私の横で、夫は「でも大変だったよ、どこに行くかわからないし、心配したよ」と言っていました。
夫にとっては、今の私の状態は安心なのかな…?と、やはり矛盾した気持ちになります。

長くなってしまいましたが、こちらの記事のお陰で、自分のこと、夫のこと、客観的に現状を把握するきっかけをいただきました。
ありがとうございました。
また、美鳥さんの歯切れの良い的を得た文章、素敵です。
芸術に興味がおありとのこと、私も絵を書くので(今は気力のなさから、らくがき程度になっていますが)、親しみを覚えました。
またお邪魔させていただきます。

追記:パートナーの方のコメントに対する美鳥さんの分析、という形の記事と捉え、私のコメントは不相応、不愉快に思われる方もあるかと思ったのですが、非公開コメントは受け付けていないとのこと。そのOPENさに好感をもったのと同時に、自分達夫婦の共依存の問題を改めて見つめるきっかけをいただいた、パートナーの方々にこの場をかりてお礼を申し上げます。

2011/08/26 22:10 | リボン [ 編集 ]


美鳥>リボンさんへ 

リボンさん、はじめまして。こんばんは。
コメントくださって、ありがとうございます。BPDの過去の記事にコメントを頂いて、感激しています。
BPDについての記事は、取材を受けたドキュメンタリー番組がBPD女性をテーマにしたものだったことから始まり、人間同士の信頼関係とは何か、人と人は依存すること(食い合うこと)なく支え合い共に成長していくことはできるのか?私の長年の関心を最も刺激してくれるテーマに繋がっています。
BPDに関する記事にコメントいただけると本当に嬉しいです。BPDから回復しようとすることが私は最も苦しいことの一つだったので、同病で苦しんでらっしゃる方のお役に立てるならば光栄です。

地獄の日々を這い上がって摂食障害から回復されたと書かれたリボンさんの現在に、心から敬意を抱きます。言葉に尽くせぬ葛藤と嵐の日々を越えてこられたのだろうと想像します。私は最近拒食傾向と格闘しています。適量を食べる、健康を維持するということがどれほど難しいか、痛感しています。

外出できない苦しみも、よく分かります。私は、去年までは殆どを部屋の中、ベッドの上で過ごしました。その間、なぜ外に出るのが怖いのか、なのに何故私は、人は、外へ出ていきたいと思うこともあるのか、随分考えました。私の弟は15年引きこもったままなので、外に出ない人間がどんな心理状態になるのか間近で見る機会も多いです。
今は詳しくは割愛しますが、人は必ず何らかの形で外の世界と繋がっている実感がなければ、心が枯れ生気が抜けていく生物なのだと感じています。
ですから、現状に限界を感じてらっしゃるリボンさんのお気持ちが分かる気がしました。


実はリボンさんからコメントを頂いたことをきっかけに、さらに深く深くBPDという枠も越えた「共依存」について考えていまして、なかなかお返事が書けないので取り急ぎ、貴重なコメントへのお礼を申し上げたくなりました。頂いたコメントで素晴らしい刺激を頂きました。後日きちんとお返事を書きたいと思いますので、お時間少し頂いてもよろしいでしょうか。

特に、共依存というとアルコール依存症を巡る配偶者のエピソードが多いというお話、とても興味深かったです。私が共依存について学んでいった経緯を具体的に遡ってみました。考えれば考えるほどに、私が私を知る上で非常に重要なポイントでした。思わぬ気付きをくださったリボンさんに本当に感謝です。

また、こちらの記事を久しぶりに読み返して歯がゆい思いをしました。記事を書いた当初は、自分が経験から得た感触をまだ完全に言葉にして伝える段階にはなかったのかもしれないなと、自己の未熟に苦笑しました。ただただ気持ちだけで必死で書いた記事に、こうして時間を経てコメントを頂き、感謝申し上げるのは私のほうです。

現在の私は、広く何気なく人と人との関係に潜在する共依存について考えています。何気ないもの、容易に見過ごされてしまうもの、不可視ゆえに軽視されるもの、目に見えない自尊心を目に見えない形で損なうもの。
どことなく息苦しさを感じる関係、微弱な怒りがゆっくり長い年月をかけて蓄積されていく関係、もしくは怒りを自覚する機会もなく生気や自尊心を損なわれていく関係、もしくは損ないあう関係。
見えにくく捉え難いものほど気になります。そんな類のものに、私はもっとも苦しんで葛藤してきたからだと思います。この記事もこうして振り返ってみると、見えにくい部分にスポットを充てたいという私の気持ちが強くあらわれています。

それらを纏めて簡潔にお伝えしたい、当事者の方に少しでも役立ってもらえるならと、今次の講演会と講座の準備をしているところです。ACやBPD、対人恐怖、自己不全の方向けの回復のための講座を開きます。中身には、関係性の中での自己と共依存も重要なファクターとして含まれています。

こちらのブログには、共依存からの回復、自尊心の再構築について書く機会が殆どないままでした。今後書いていく上でも講座をつくりあげる上でも、頂いたコメントは私の大きな勇気と励みになりました。がんばろう!のブースターになりました。ありがとうございます。


また以前にコメントくださった方へご配慮くださり、管理人としまして重ねて心から感謝いたします。
自身について語ることは匿名であっても勇気と覚悟を要します。顔が見えなくても匿名でも、そこには確かに一つの人生があり、繋がっている無数の関係性があり、言葉にされなかった膨大な感情や葛藤があります。語ってくださる言葉は、私にとって大切な大切な宝です。細やかなご配慮本当にありがとうございます。


あらためて後日、お返事を書きます。少しお時間をください。

2011/09/03 03:54 | 美鳥 [ 編集 ]


美鳥>リボンさんへ 

リボンさん、こんばんは。
随分とお待たせしてしまいました。読んでくださっていればいいな。

前回の返信の際に書いたのですが、毎日講演と講座の準備をしていて私自身のBPDからの回復経緯を辿っているところでした。ブースターのようなコメントを頂いて今日まで、ようやく頭の中がほぼ整理がつきました。
あらためましてのお返事です。前回まっったく言葉にならなかったことがようやく書けそうです。リボンさんへのお返事形式で書いてみます。


> BPDのパートナーは当事者との境界が曖昧になっている傾向があるという指摘や、主体性がないという指摘が、目から鱗でした。

私は、あくまで私自身の経験と当事者から見聞きした経験談からのみ書いています。コメント主さんのコメントを分析する形でお返事を書いたので、あくまで私の返信はコメント主さんとBPDと自称してらっしゃるパートナーの関係性についてのお話だと了解いただければ有難いです。
ですからBPDのパートナー全てがこういった傾向があるのかは分かりませんが、主体性がない人とBPDの症状に浸かりきった人とは相性が良いと個人的に感じているのも確かです。ただでさえ困難なBPD患者との関係性が泥沼の共依存に陥っても継続されている場合、パートナー側にも何らかの問題がある場合は多いのではないでしょうか。
BPDにとっては振り回しやすく、主体性がない人にとってはパートナーが引き寄せるドラマチックな災厄やハプニングに対処することで自分が生きている実感を得やすい。振り回されてくれる相手を得て承認されたいBPDと、BPDに必要とされることで承認されたいパートナー。共依存を形成するのに歯車がぴったりだと思います。
実際に、私が共依存に陥った相手はこれまで複数いますがこのパターンでした。


> 私は共依存の概念を知っているつもりでしたが、アルコール依存症者とその配偶者という限定的な例えを主に見聞きしてきたためか(根本的には同じようなものかもしれませんが)、BPDの共依存に関して分析されているこちらの記事は、とても新鮮に感じました。

確かに共依存をテーマとした本では、アルコール依存症者と配偶者、またはDVを例に挙げる本が多いですね。お恥かしいことに数年前に知りました。私は、前回の返信で書いたように、より見えにくい共依存に非常に関心があります。

私が依存について学び始めた最初の動機は、アダルトチルドレンから脱却したいと思ったことでした。アダルトチルドレンは主体性がなく、人の顔色をうかがい自己犠牲をもって対人関係を築く傾向が強いです。ですから、私は随分色んな人から依存されて生きていました。その後、BPDの症状が表面化してきて、私は他者にどっぷり依存しました。依存される経験と依存する経験、どちらも経験したことで以後強い関心を抱くようになりました。
一つ特殊な依存といえば、私の場合は宗教への依存がありました。生まれた時から入信していた宗教という目に見えない概念、世界観、生命論、宿命論、そういったものに自我を塗り潰されながらも決して離れられない私の依存体質とも向き合う必要がありました。宗教の場合は「洗脳」とも関わりが深いですが、いずれにせよ、人の精神が真に自由を獲得し、一人で立ち誇りを持って生きるということはどういうことなのか考えなければ生きて来れなかったのだなと思うようになりました。
こうして書くことで当事者に新しい視点を投げかけることができるなら本当に書いていて良かったと思えます。


> また、こちらの記事を拝見したことで、共依存の危険性はお互いに意識はしていたものの、改めて、私の夫の主体性のない傾向や、「自分はどうでもいい」という言動を夫が頻繁にするなど、未だに自分達夫婦の間にある隠れた共依存の影や、夫のもつ歪んだ感覚などを、冷静に捉えることができました。

共依存は、意識的にチェックできるようになると問題の大半をクリアしたことになるのではないかと思っています。私の場合なのですが、以前は関係の中から徹底的に依存的なものを取り除かねば怖くて安心できないところがあったのですが、最近はチェックして自分が把握できていればそのうち何とかなると思えるようにもなってきました。冷静に捉えることができるリボンさんは、自立心と自己肯定感をご自身の力で勝ち取ってこられた方なのだなと感じました。自分の目を信じる、自分の感じ方を信じるって、BPD真っ只中にいると怖くて私はできませんでした。


> 私自身はというと、そろそろこうした生活は限界にきています。
> 夫の慰めは心には刺さらず…
> 私の本音を言えば、たぶん、夫への罪悪感(生活上、いろいろ不便が出てくるので、夫に迷惑をかけている)から外に出たい、という気持ちではなく、普通に人間として家に引きこもっていることが、かなり苦痛になってきたのだと思います。

詳しいことが分からずこのような表現は躊躇われるものの、だんな様の発言はある意味教科書どおりだと感じました。外出困難な相手を責めるのではなく、頑張れと発破をかけるでもなく、辛いなら辛いと思っていいんだよ、出れないなら出れなくていいんだよといったような肯定メッセージとでもいうのでしょうか。相手が抱いている感情は決して否定せずに肯定して受け入れましょうと本に書いてあるのをよく見かけます。励ましの気持ちも込めて仰っているのかもしれないなぁと思いました。

家に引きこもっていることが苦痛になってきたと仰るリボンさんのお気持ち、わかる気がします。
私も対人恐怖を持っているので、1日外出すると1ヶ月や1週間寝込むほど消耗していました。そこまでして何故また出かけるのか不思議だけれどまた外出して寝込む。そんな繰り返し。苦痛だけれど外に出たい。出ると帰りたくなるし発作で他人に迷惑をかけるし疲れるし症状も重くなるし、最初は碌な事がなかったんですが、それでも出かけてました。
だんな様の「外に出なくても別にいい」といった言葉がリボンさんの心に刺さらないのは、外に出たいという気持ちがそれだけ強いからなのかなと思います。

私自身は、外に出ることは人間の尊厳に深く関わっているのではないかと思っています。
家の中で安心して過ごすことも人にとっては大切だけれど、外に出て社会と関わり社会から承認を得ることも自尊心にとって必要不可欠だと思います。私は対人恐怖ながらも、回復するにつれ外に出たいと欲するようになりました。人間不信が強いので社会不信も強い、それでも外に出た方が自分はより自分らしくなれる予感がして仕方ないです。実際、外に出て外と関われば関わるほど人生に充実感を感じるようになりました。自尊心と関わりがあるようです。


> 天気がよくても、青空の下をおもいきり歩けない、風や太陽を日常的に体に感じることができない、行きたいところにも行けず、買いたいものも買えず…
> お陰で、夏なのに肌はどんどん白くなるし、筋力はどんどんなくなっていって、今は意識をしないとまっすぐに立ったり座っていることも疲れます。

そうなんですよね。
引きこもり続けている弟が、新聞広告の中からちらしを取って保管していることがあります。新しく開店した店、美味しい店の特集、イベント情報など、切り抜いていることもあります。彼自身は何年も外に出ていません。到底出かけられない状態なのに外への関心を決して失ってはいません。彼には本当は行きたい場所が沢山あるのだ、だけど外に出ることができないのだと切ない気持ちで私はそれを見ています。

私もずっと一人暮らしの部屋で寝てばかりだった頃は、肌が白いを通り越して青白くなってしまい、椅子にまっすぐ座っているのも苦痛なほど筋力が落ちました。本当に意識しないとまっすぐ立ってるのも疲れるんですよね。健康であるということも人の自信を支えているんですよね。


> 対人緊張(恐怖)さえなければ…と毎日のように思っています。
> 「バイトしてもいいし…」と言う夫が、ときどき憎憎しくさえ感じます。

対人恐怖は、いろんな工夫で少しずつ克服できるものと思います。私が最初にやったのは、できるだけ人が少ない時間帯にゴミ捨てのついでに3分だけ近所をまわるとか、そんなとこからでした。以前は家の中で外の人の気配を感じただけでパニックになっていたので、3分間の散歩でも意外なほど達成感がありました。用もないのに外を歩けた!て、自分で言ってみると本当おかしいですが「用もないのに自分が歩きたいから歩いた」て事実の積み重ねが自信になっていきました。


> 一時、BPDの症状が激しかった時期ですが、妙にハイでとても行動的で社交的な自分がいました。

BPDの友達は結構いるのですが、皆に共通して底抜けにネガティブなのかポジティブなのかまるで分からないところがありますね。私も同じく、まるで外に出られない自信がない自分がいると思えば、真逆に振り切れたように行動的で社交的な自分もいます。病気がそうさせたというよりも、もともとの性格なのだろうと最近は思うようになりました。

> その当時のことを羨ましがっている私の横で、夫は「でも大変だったよ、どこに行くかわからないし、心配したよ」と言っていました。
> 夫にとっては、今の私の状態は安心なのかな…?と、やはり矛盾した気持ちになります。

一貫してリボンさんは、だんな様の現状の捉え方に疑問や不満を感じてらっしゃるんですね。
コメント欄だけなので当然私は殆ど何も分からないのですが、リボンさんが何となしに感じ続けてらっしゃる息苦しさのようなものはコメントの端々から伝わってきます。


> 長くなってしまいましたが、こちらの記事のお陰で、自分のこと、夫のこと、客観的に現状を把握するきっかけをいただきました。
> ありがとうございました。

こちらこそ大変長い返信になってしまい申し訳ありません。
私の方こそお礼申し上げたいです。
誰かのため、何かのためではなく、自分を知るため自分のために書き続けているものが、思わぬご縁で誰かへの励ましになっている。とても嬉しいです。
リボンさんから頂いたコメントもまた、言い尽くせないのですが今の私にとって大きな大きな糧になりました。本当にありがとうございます。


> 芸術に興味がおありとのこと、私も絵を書くので(今は気力のなさから、らくがき程度になっていますが)、親しみを覚えました。
> またお邪魔させていただきます。

絵を描かれるんですね! 絵、大好きなんです。私は絵が描けないので、描ける人を尊敬します。
知識も何もないのですが、芸術が大好きで、自分の感じ方がよく分からなくなったり、認めたくない自分を認めたいと思った時なんかは、美術館に行くようにしています。絵や芸術作品には何度か心も命も救ってもらいました。いつか精神疾患者の作品ばかりを集めて小さくても展覧会をできたらなぁと、私の夢の一つです。
ぜひまたお気軽に遊びに来てください。


整理できましたと冒頭で言った割に、想定外に支離滅裂な返信になりました。多分、なってます。すみません;;

2011/09/21 02:33 | 美鳥 [ 編集 ]


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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