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2009/08/13 (Thu) ホイップ ?過眠・夢分析・カウンセリング ?

昨日、病院に行ったら、
「カウンセリングがハード過ぎるのでは?」
と、言われた。
前々から、何度も指摘されていることだ。

ハード過ぎるのは分かっているので、「そうですね」と森田和義アワーのように答えるほかなかった。人生のハード度に対して、治療がソフトっていうのも釣りあい取れなくて埒が明かないだろうと最近思うので、別段気にしていない。進みすぎるのも問題だが、遅すぎるのも問題だ。「ゆっくり一緒に考えていきましょう」などというカウンセラーには、もう飽き飽きだ。ゆっくりやってると思っていたら全く進んでいなかったのが、二人目までのカウンセラーの治療。回復への必要過程として「ゆっくり」かと思いきや、カウンセラーの自己保身のための「ゆっくり」であった。治療を受ける者としては、たまったものじゃない。人生は慎重に生きねばならないが、時間だって待ってはくれないのだ。
たとえれば、使わない車の駐車料金を延々請求されているようなものだった。もっと早く気づくべきだったが、何事も経験しなければ分からない。カウンセリングは、治療の場でなければならないとあらためて思う。休息を挟んだとしても、次のプロセスへの係留でなければならない。巷に溢れているある種のカウンセラーは、治療者ではなく、ただの融通が利かないコンピューターシステムと大差ない。
というような、カウンセリング談義は、長くなるので今度にしよう。


前回のカウンセリングは、自覚以上に強烈だったらしく、予期しない症状が出てきた。あまりにも過眠症状が強くなり過ぎて、生活のあらゆる場面で支障を来すようになった。
先日は、大事な届け物を受け取らなくてはならないのに、インターホンが鳴っても玄関まで出ていくことが出来なかった。後で再配達してもらう手間を考えれば、出ておけばよいものを。眠りに全身を絡め取られて指一本動かせないのだ。

今も猛烈に眠い。既に30時間ほど、ほぼぶっ通しで眠ったにも関わらず、猛烈に眠い。
ちょっと休憩、とベッドに体が触れるともう駄目だ。
白いシーツが、ホイップされた生クリームのように滑らかで柔らかい。あっという間に布団にくるまれて眠りに落ちる。
その後は、色鮮やかでリアルでドラマチックな夢を延々見続ける。


前回のカウンセリングで体験した幻覚、私の内側の人格の表象が今だに尾を引いているのか、原因ははっきりとしないが、夢の世界への親和性が高まっている。

元々面白い夢の内容が、更に面白くなってきた。深層心理に変化があった顕れだろう。

私は、自分の夢の世界が好きだ。たとえとんでもない悪夢でも、やはり夢の世界に親しみを感じる。現実は表現が限られているが、夢の世界の表現には限りがない。
現実よりも夢の方が五感が研ぎ澄まされ、喜怒哀楽や心の機微が豊かになる。夢の世界の設定は現実離れしているが、五感がリアルなので違和感を全く感じず、現実離れしている分、面白みが増す。

そんな調子なので、現実と夢を混同してしまうことも多い。夢で体験した怪我が、覚醒した後も痛覚として二日間残り続けた。夢での体験が身体化されると、脳が完全に混乱する。それとも、脳が混乱する結果、知覚として残るのか。


いずれにせよ、四六時中眠くてたまらないのは、一見暢気に見えるのだが、当人はかなり辛い。やりたいことどころか、やらねばならないことも手につかない。ようやく始められたと思ったら眠っていて、次に目が覚めたらもう就寝時間になっている。普段は眠剤なしでは眠れないのに、こんな時は薬なしで翌日の昼まででも平然と眠り続ける。起きる頃には、のどがカラカラに乾き切って、体中が痛い。眠いということは、眠る以外のことに興味が向かなくなることでもある。
先日は、1日しかないデッサン教室に行きそびれるところだった。眠くて眠くて、どうしても起きられなかった。キャンセル料を支払い、材料費を無駄にし、デッサンを習う機会を引き換えにしてでも、5分の睡眠時間が欲しかったのだ。
どうにか遅刻してでも行くことができたが、遅刻が嫌いな自分としては、何となく鬱っぽくなった。


こんな強烈な過眠症状の狙いは、2つ考えられる。

一つは、現実逃避としての眠りだ。
その場合は、もう少しカウンセリングで核心に触れる度合いを狭める必要があるかもしれない。狭めようとか、広げようなどと考えて、フラッシュバックや幻覚が起るわけでもないので、コントロールが可能かは疑わしいところだが。一人暮らしの状態で、生活に支障を来すと治療そのものが破綻してしまうので気をつけなければならない。


もう一つは、自律的な眠りだ。
無意識で起った変化を整理し、咀嚼し、定着させるために眠っているのだとしたら、少々眠り過ぎるのも無駄ではない。夢の世界には、表現の制限がない。世界の隅々に自分が反映されている。

後者である可能性が高いと自分では考えている。
最近、カウンセリングで明らかになってきた自分自身の傾向を考えると、私は自分が思っているよりも直感的に生きている。同時に、論理的に生きている。相克しそうな直感と論理だが、夢の世界ではどちらも抑圧されることなく、ありのまま生きている。

私が私を理解するためには、覚醒している世界だけでなく、夢の世界は勿論のこと、先日の幻覚や、内側の人格の言動、どれも私の表象として活用すべきかもしれない。




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えっともうしわけない さーっと目を通しただけなので的外れなコメントかもしれませんがカウンセラーはいわゆる「お友達」ではないので相手のペースに持っていかせずにいいたいこと言いたいだけ吐いたらいいと思いますよ

まぁ奴らだってちゃんとマネー受け取ってるわけですから・・・

ルールはこっちが決めるってことで

あとの話は難しすぎて僕には分かりません

2009/08/13 21:08 | KY [ 編集 ]


精神科 

美鳥さん、こんにちは。
私も半年ほど通った次女のメンタルに通うのを止めたところです。中学の終わりに通い始めた(受験をどうしようか考えていたので)のですが、中学を卒業したら不登校も問題ではなくなって。。。
「ゆっくり・・・」と言うのはどういう意味でのゆっくりか考え物だと私も思います。そのメンタルの先生も「急がなくていい」とおっしゃって、治療方針も目標も明確にたててくれませんでした。で、何か違うとずっと思っていて。。。
私自身、自分の回復の中で急ぐ物事、ゆっくりでいい物事があって、過去の清算は早ければ早いほうがいいと思ったし、今の生活を維持することはゆっくりその都度の対応でいいと感じました。一つ一つの問題はそれぞれ別で、解決方法も早さも違うと思っています。
過眠症状は普段眠れない美鳥さんにすれば、じれったいし、もどかしいと思います。でもきっと必要なんでしょう。私も「気づき」に至まで「夢」に随分導かれました。ヒントが見つかるといいですね☆

2009/08/14 10:00 | エコペン [ 編集 ]


 

こんばんは。
私もカウンセリングをこの1年ほど受けていますが、カウンセラーさんが言う「ゆっくり」「焦らないで」という言葉に、とてももどかしい気持ちがしています。だから、美鳥さんの書いていらっしゃる「時間だって待ってはくれないのだ」という一文には非常に共感します。
そして美鳥さんの夢についての考察はとても面白く、興味深いです。私は過眠傾向で五感にリアルな夢を見ます。私にとって夢はもうひとつの自分の人生でもあるように感じています。

2009/08/14 22:13 | アネモネ [ 編集 ]


>>KYさんへ 

KYさん こんばんは。
コメントありがとうございます。
とてもお久しぶりです。お元気でしたか。

> えっともうしわけない さーっと目を通しただけなので的外れなコメントかもしれませんがカウンセラーはいわゆる「お友達」ではないので相手のペースに持っていかせずにいいたいこと言いたいだけ吐いたらいいと思いますよ

拝見して、思わず笑ってしまいました(良い意味です)。実に今はびこっている「カウンセラー」という人々の質の低さを見抜いてらっしゃる言葉だと思いました。
クライアントと、「お友達」でもなく、しかしクライアントの超プライバシーに立ち入り、自分のことは全く話さずベールで隠して安全圏に置き、クライアントに語らせ、頷いたり、曖昧に頷いたり、無言でいたり、オウム返しに訊き返したりする職業を現在日本では「こころの専門家」と呼ぶ傾向が強いです。
まさに私はそのようなカウンセラーに長年無駄と気づかずお金を払い続けてきました。

マネーを貰って人の話を聞いているという意識は、残念なことに現在のカウンセラーの大半が持っている意識だと思います。

「治療する」という積極性を持つカウンセラーが、残念なことに全くといっていい程見当たりません。治療しようとすると、カウンセラー個人が不都合だ、というだけの理由なのですが、そこらへんのカラクリが、まだ日本では認知されておらず、巧妙に隠されています。
臨床現場でのこういった功罪について、そのうち当ブログで詳しく書いていかねばならないと思っています。
現在の大半のカウンセラーの利用法は、KYさんが仰るような方法が、損をせず得もせず、「癒し」を買うという意味でベストな選択だと思います。

私が現在かかっているカウンセラーの先生は、かなり異質で、私から見れば治療に真剣に取り組んでいる最もまともなカウンセラーというより、一人間です。

そのせいで、かなり喧嘩したり暴れたり色々ありましたが、信頼関係を築けています。
カウンセラーでなく、一人間でいようとしたら、カウンセラーのような対人関係は築こうとすら思わないと思うのですが、何故かカウンセラー養成所では、聞きマシーン、クライアント誘導マシーン製造とでもいうような教育が施されます。アホみたいな講座が多いです。

つい多弁になってしまいました。
KYさんの精神科批判、いつも感銘を受けています。
精神科の現状も厳しく、臨床心理の現状も厳しいですね。

コメント、ありがとうございます。

2009/09/03 18:05 | 美鳥 [ 編集 ]


>>エコペンさんへ 

エコペンさん、こんばんは。
いつもコメント、ありがとうございます。

私の引きこもりの弟は、最初が不登校から始りました。学校に行けないとは、社会に出たくない理由があり(個人の責任ではなく、環境がそうさせる面が強いと思います)、大なり小なり人生の価値観を左右し続けていくものと感じています。

> 「ゆっくり・・・」と言うのはどういう意味でのゆっくりか考え物だと私も思います。そのメンタルの先生も「急がなくていい」とおっしゃって、治療方針も目標も明確にたててくれませんでした。で、何か違うとずっと思っていて。。。

「ゆっくり」と言ってる場合じゃないのに、「ゆっくり」と言われて、その通りにして良かったことは、これまで殆どありません。大きな意味で「今危険な状態だ」ということなのだろうな、と経験では感じていますが、危険なのに何も手を打たないというのは、大きな失敗を恐れる治療者の怠慢ではないかと腹立ちを感じます。
危機的状況というものは、良い治療者にとってはチャンスであることが多いと思っています。
事実、私もいつ死ぬか分からない状態のときに、現在のカウンセラーの先生に相当なスパルタ治療を受け、逃げるに逃げられない状況に追い込まれたことが回復への強烈な一押しに繋がりました。

過激な治療ばかりが良いとは一概に言えませんが、多くの治療者が治療者たる覚悟を残念ながら、当事者が期待する程には持ち合わせていないというのが現状だと思います。

やんわりと痛みから気を逸らさせ、問題や苦しみを後伸ばしにしたり、その場しのぎを続けられると、その時は良くても症状がいつまでも治らないことになります。患者の人生を真剣に考えるならば、回復に対して積極的でなく、現状維持に比重を置く治療者は、あまり良い治療者とはいえないと個人的に見ています。


> 私自身、自分の回復の中で急ぐ物事、ゆっくりでいい物事があって、過去の清算は早ければ早いほうがいいと思ったし、今の生活を維持することはゆっくりその都度の対応でいいと感じました。一つ一つの問題はそれぞれ別で、解決方法も早さも違うと思っています。

そうですね。
肝心なこと、根本的なことに繋がる問題は重大ですから、慎重に的確に。
日を置けば解消されるような不安は、一度遭えて置いてみたりが良いと思います。

いずれにしても、目の前の問題がどちらに当たるのか、治療者と当事者の冷静な目が必要です。


> 過眠症状は普段眠れない美鳥さんにすれば、じれったいし、もどかしいと思います。でもきっと必要なんでしょう。私も「気づき」に至まで「夢」に随分導かれました。ヒントが見つかるといいですね☆

ありがとうございます。
私の夢は、解離性障害特有の「絢爛さ」があるらしく、何だか意味は今はよく分かりませんが、カウンセラーの先生が、通常の夢とは違う視点からの解釈が必要だと仰っていました。
現実があって夢があるのではなく、夢の方に主軸があって、現実に影響を与えています。
寝てるだけで何もやってないようでいて、何かやってんだろうな、と思うことにしています(笑)


2009/09/03 18:15 | 美鳥 [ 編集 ]


>>アネモネさんへ 

アネモネさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
インフルエンザがまた流行ってきましたが、お元気でしょうか。

アネモネさんも、カウンセリングを受けてらっしゃるんですね。

「ゆっくり」「焦らないで」というのは、どういう了見だ?と、私は9年近く続けられて、一向にある一線から治らなくなってしまったので、カウンセラーを変えました。
私は、今でかれこれ10年はカウンセリング療法を受けています。費やした時間は勿論ですが、ゆっくり焦らずやっているうちに、どれだけ人生が失われたか分かりません。しかし、カウンセリングとはそういうもので、治らないのは私の症状や過去が重すぎるからだろうと考えていました。
そういった空気をカウンセラーがかもし出していることは、アネモネさんもお感じではないかと思います。
傾聴型の、いわゆる来談者中心療法(ロジャース)を取り入れているカウンセラーが大半ですが、これらのカウンセラーの弊害はとんでもなく最悪だと思っています。

私の悔しさは、9年費やして来たので相当なものでした。
最後にとばかり選んだ現在のカウンセラーが、反ロジャリアン、カウンセラーであることと先生自身の人格が一致している自己一致に矛盾のない方でしたので、私は一気に回復へ向かっています。

こんなことなら、もっと早く気づいてカウンセラーを変えればよかったとも思ったのですが、それは後のことで、当時は全て自分に問題があると信じて疑いませんでした。
カウンセラーは、対等な顔をしてはいましたが、決して自身の考えを語ってくれることはなく、自分の姿しか見えないし、カウンセラーが何でも質問は質問で返すので、自然と自分に全て問題があるのだと思い込まされていたのが、私の9年のカウンセリングです。

とか、ついこの話題になると、熱中してしまい多弁になってしまいます。
アネモネさんのカウンセラーが、よきカウンセラーでありますように願ってやみません。
回復度は、カウンセラーの人格によって随分と差が出ます。
じれったさについては、もしご興味があれば、「「心の専門家」はいらない」(小沢牧子)さんの著書を御覧ください。

> そして美鳥さんの夢についての考察はとても面白く、興味深いです。私は過眠傾向で五感にリアルな夢を見ます。私にとって夢はもうひとつの自分の人生でもあるように感じています。

凄く似た感覚を感じ、共感します。
私も、先日のカウンセリングで、まるで2つの人生を生きているようだと先生に話しました。
一つは現実。もう一つは夢の世界です。
どちらも五感が伴っているので、どちらもリアルです。誰かが夢は夢に過ぎないと言っても、私にとっては否定しがたい世界が夢の世界です。

こういった夢は、一般的な夢解釈(象徴を読み解くといったような)というよりは、別の視点からの解釈が必要なようです。
ストーリー全体を物語として捉え、行間にあるものを解釈するのだとか。
私自身は、まだよく分からず、試行錯誤で身に着けようかとしているところです。
私が生きている夢の世界と、アネモネさんが生きている夢の世界。そんなふうに実存していることが、不思議でもあり、世界の広がりを感じて豊かにも思えます。

興味深いコメント、ありがとうございました。


2009/09/03 18:27 | 美鳥 [ 編集 ]


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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