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2009/07/10 (Fri) 死なないこと ? 解離性障害・境界性人格障害 ?




6月末から、不眠と過眠が交互に訪れ、無気力な抑うつ状態が続いている。
過眠よりも不眠が辛い。眠れないということは、生活時間が大幅に余るということだが、無気力で鬱状態では何も出来ないまま無駄に時間だけが過ぎる。

人格交代が頻繁になっている。
誰がやったのか分かっている自傷が幾つか。
掌をホッチキスで止める。これは、これまでも何度もあったこと。

両足裏をカミソリで抉られていた。これまでで最も深い傷だ。かなりの出血があったようで、床や畳、椅子、ベッドに大量の血痕。しかし、無気力な私は当分片付ける気にもなれず放置していた。警察がやるルミノール検査をやれば、家中反応が出るだろう。
足の傷は、身体的にまずダメージが大きかった。右足の捻挫が治りかけていたのに、再び歩行困難に逆戻りだ。今回は両足なので、ある意味捻挫よりも性質が悪い。
一歩ごとに痛むのは当然のこと、裸足にミュールなど履くと、靴底が足裏にくっついて、歩く度に傷跡がパカパカ開くのが分かる。足の傷は、切れた時は大量に出血するのだが、後は以外に再び血が出ることはない。肉が切れてくっ付かない感じがしばらく続く。

更に呆れたことに、体内に洗濯ばさみが複数入っていた。取り出した洗濯ばさみは血みどろで、自分がただの入れ物に成り下がった気分を味わった。
しかし、解離のせいか無感情だったため、あまり悲痛な気分にはならなかった。

どの自傷も、少女Aがやったことだ。彼女の日記と、Aがカウンセラーと交わした複数のメールを読んで確認した。身体を共有しているという意識が持てないと、A自体の生存も危うい。私達が生き延びるためには、解離性障害独特の身体や名前(本名)に対する実感の希薄さを、まず自覚しなければならない。

とはいえ、私自身も未だに自分の顔や身体に違和感を持っていて、本名は矢張り自分の名前だとは全く思えない。何を着て良いのか分からないのも、実際の私、つまり内側の自己像と、現実の身体とのギャップがまだ掴めていないからなのだろう。
鏡を覗き込んで、ああ私はこんな顔をしているのか、と思うのは毎日のことだ。


Aの精神状態は、カウンセラーの先生との関係で激しく揺れているようだ。Aが書いているメールを読むと、それは酷いボーダーだ。ボーダーの見事な標本といっても良いメールだ。その心理が分からないでもない私は、最近、無気力、無感情なことも手伝って、どう対処して良いか分からず、早々に先生に「私にはAは無理です」と丸投げしてしまった。
自分のことに手が一杯で、Aの管理にまで手がまわらない。余程のことがなければSは手助けしてくれない。が、いざAが自殺でも図ろうとした時には、さすがに止めてくれるだろう事だけは信じたい。
Sの傍にいるKをどうすればいいのかは、今のところ全く分からない。逃げたいけれど、多分逃げられない局面がそのうち来る。でも今は考えたくない。Kのことだけは、考えたくない。


食欲は、ない。ついでに痩せてくれたら良いが、殆ど寝てばかりなので痩せるでもない。Aが菓子類を食べているらしく、摂取カロリーがコントロールできない。私に食欲がなくても意味がないのだ。

捻挫を治すために湿布を貼り続けていたが、かぶれて蕁麻疹になった。これから夏だというのに、両足とも足首から下が悲惨なことになった。


私の精神状態はというと、前述の通り無気力な時間が多いが、世間に対して怒ることが多い。

特に最近は、「児童ポルノ単純所持」を規制する動きについてだろうか。私は呆れてものが言えない。あれは、児童ポルノ規制を騙った謀略だ。無茶苦茶な論理を平気で口にしている立案者を見ていると、この国はもう終わりだなと思った。宮沢りえのサンタフェは駄目だとか、いや良いとか、ジャニーズの乳首は大丈夫だとか、でも自分の子供の写真も駄目だとか、挙句の果てにはttp:の記載も駄目だとか。
何だか良くないものは、規制しないより規制した方が暮らしが安全になる、と日本人は規制法にあまり危機感を持っていない。これはとんだ過ちだ。そもそも、ゆとり教育を唱える人間が出て来た時にも私はとんでもない馬鹿が出てきたと思ったものだが、今回の方があらゆる意味でもっと最悪だ。人類は取り返しのつかない失敗を幾つかやらかして来たが、日本人がまた同じ轍を踏もうとしている。

政治や犯罪についてブログで何度書きたくなったかしれない。
挙げ出すときりがないから、今はこんな話題は置いておこう。


無気力な合間を縫って、感情が立ち上がって来るのは、政治や犯罪のニュースに触れたときが多い。
数限りなくニュースを見ては世間に対して怒り、政治について情報を仕入れては怒り、マスコミは何やってんだと憤り、ついには人間全体に絶望する日があり、しかし人間に怒ったところで自分も含まれているわけで、結局行き場もないので、怒ったり無気力になったりを繰り返した。

実は私は、自分自身の問題を世間に重ねていると気がついたのは昨日だ。
勿論憤るだけの材料が今世の中には数え切れないほど転がっているのだが、その中に私はうまいこと自分の問題も紛れ込ませて、何もかもに腹を立てていた。
しかし、世間に絶望するときは、まず私が周囲に絶望しているときであり、人間に絶望しているときは、まず私が自分に絶望しているときなのだ。


カウンセリングや現実生活で、実はかなりハードな局面を迎えている。
その反動か、寛ぎたい気持ちからか、幾つか軽い記事を書いた。楽しんでくださる方のコメントを頂いて、ほっと一息吐くことができている。本当に心から感謝している。

生きてさえいるなら、交代人格にこの際切られようが飛び込まれようが何か入れられようが構わない。勝手にすればいい。
その度に生きているのが嫌になり、何が辛いのか涙が止まらない。けれど決して自己憐憫や自己陶酔には陥りたくはない。
いっそそうしたい日もあるけれど、泣き言を書く日もあるかもしれないけれど、何となくこの夏を生き延びることが出来たら、私はもう一つ変わることが出来ると思って今生きている。



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はじめまして。 

はじめまして。
長く、ROMさせていただいておりました。
他意識状態による凄惨な自傷に、今現在悩まされている状態でして、その原因も止める術もなく、今日もカウンセラーと主治医と共に首を捻って帰ってきました。
あまりにもばらばらだ、と言われてとても悲しくなり、自己憐憫に浸ってしまえたら楽だろうな、という思いと、でも今夏を乗り切れたらなにかが変わる気がする、という思いを抱いているときに美鳥さんのこの記事に出会い、思わず共感のコメントを書き込んでいる次第です。

他の意識状態での怪我は本当に容赦がなく、痛みはないながらも怯えと苛立ちと悲しさとが入り混じって泣きたくなります。
その原因として、彼女のリアリティの希薄さがあるのだとこの記事で気付き、メモを取りました。
かくいう私も、戸籍名に違和感があり、呼ばれても一拍置く感覚です。体にも自分だというリアリティがなく、自覚してリアリティを持とうとしている私ですらまだまだなのだから、自傷をする彼女などは相当希薄なのだろうなと想像しました。

大切な気付きを得ることができました。
ありがとうございます。

最近は特に欠落が激しく、夜から夜に飛んで、地に脚が着いていない感じの生活ですが、私も美鳥さん同様に、今夏は勝負所かなという気がしています。

確かに今、私は生きています。このことを忘れずに、生き抜きたいと思います。
長くなってすみません。
負けずに、泣いたり怒ったりをしながら、リアルに生き抜きましょう!

ありがとうございました!

2009/07/12 03:44 | Vampy [ 編集 ]


実感 

美鳥さん、こんにちは。
生きている「実感」が持てるか持てないかで、人生に対する考えは随分違いが出ますね。。。リアルに日々記憶が飛ぶ・・・と言うのは、上手く言葉に表せないけど、過去に感じていた「喪失感」を思い起こしました。解離したまま過ごした時間、本当の自分ではない自分を演じていた時間、様々な思いが甦ります。これらは「生きている実感」など全くなく、どうやって日々過ごしていたか、記憶から欠落している部分です。
それでも少しずつ記憶は蘇り、全てではないけれど、一瞬一瞬自分を取り戻した時間もあり、その時感じた気持ちを感じることが出来ます。ほとんどが嬉しかったり穏やかだったり、幸福に満ちた感覚です。これは負の記憶をはき出し、親とのことは精神的に清算出来たからだろうなと思っています。苦しくても自分なりに幸福を求め、感じることが出来ていたのを知るのは、自分が自分である喜びを奮い立たせてくれます。
美鳥さんの中にいる様々な人格も、それぞれ苦しみ悲しみ以外に、喜びや幸福感も感じているとして、負の清算が終わった時、最後に残って出て来るのはそれらだと思います。負は「吐き出し」と言われているとおり、はき出して残らないものだと私は思います。でも、満ち足りた気持ち、ささやかでも穏やかだった気持ちは残り続ける。消える、あるいは消す、理由がないからでしょうか。。。
最近はそんな不思議な現象を楽しんでいます。私もそれなりに「幸福だったんだ」と思い、今生きていることの意味を感じています。

2009/07/12 08:37 | エコペン [ 編集 ]


 

まず、写真すごく可愛いです。^^
近所のワンちゃんですか?

なかなか言葉が思いつきませんが、(いつも、無気力なのでw)気力が出ない時ってなぜか時間がもったいなく感じます。それは僕も同じです。
鬱とかはほとんどわかりません。なのでみと姉のブログなどで「あぁなるほどな」って思うことがあります。

自傷は自分だったら怖くてできません。だって痛いですもん。wてか、笑い事じゃないですよね。
自分を傷つける時、壊したくなる衝動にかられる時があるのかな?と思います。僕は右腕を引っ掻きまくりました。で、今は跡なってその時の思い出とともに消えることがありません。
その時の感情は憎しみに似ていて、怒りにも似ていて…とにかく何とも言えないつらさがありました。
このようなことを聞くのも失礼に値すると思いますが、傷つけるときはどのような感情になるのでしょうか。
この記事を読んで
ん~深いな、とか思ってます。
僕はまだ子供なので分からない部分もあるのですが、このコメントでみと姉を傷つけてしまったら申し訳ない。ごめんなさい。

なんだかわからないコメントになってきましたww

それと感謝しているのは、僕たちや皆様方です。

僕たちはあなたを見捨てたりはしません。

2009/07/12 13:37 | のり [ 編集 ]


はじめまして 

美鳥さんはじめまして。
ひょんなことからこちらに辿り着き、昨年の秋頃からROMさせて頂いていました。

美鳥さんの聡明な文章と綺麗な写真に引き込まれ、ほぼ日参しております。
美鳥さんの実家の話を読んで、私の幼い頃も、父が居ると家の中がお通夜のようだったことや、父の怒鳴り声が聞こえない日がなかったことを思い出しました。(今は歳をとって怒鳴る体力がないのか、孫の前ではすっかり良い爺さまですが・・・)

それはそうと、
美鳥さんは、生きる為の術として他人を分析する能力が長けてしまったが為に、自分も分析できすぎて余計に苦しいのかなと思いました。
私のない脳みそを多少揺すってみましたが、うまい言葉が見つからず、とても歯がゆいです。
でも美鳥さん、私が住んでいる九州の空、今とっても青くて綺麗です。
綿あめみたいな雲や、洗濯板のような波を打った雲。
真っ白な色のものや薄いグレー、濃いグレーまで。ゆっくり形を変えながら空を漂っています。
そして真ん中に青い空があり、目の前の公園からは蝉の声や鳥の鳴き声が響いています。
今日は一段とうだるように蒸し暑いですが、青い空を見ていると、気持ちも涼やかになりました。

足を怪我されているとのことなので、外に出られず気持ちが内に向きがちだとは思います。
でも、明けない夜がないように、動かない雲がないように、生きている限り、怪我も治っていき、心にも変化があります。

なんだか訳が分からなくなってきましたが、とにかく「私は美鳥さんの文章が大好きです」と伝えたくて、だらだらと書いてしまいました。
長文失礼しました。

2009/07/13 11:06 | 木々 [ 編集 ]


美鳥さんへ。 

どうもこんばんわ、
wstです。

真面目な記事の次の日には、
とっても面白い記事もあってわらかせてもらって、
「よく、こんなガラリと変わった記事が書けるなぁ~」
と漠然と思っていました。

今回の記事を読み、
その理由が少しは分かった気がします。

自分が凄くうれしくなったのは、

>楽しんでくださる方のコメントを頂いて、
>ほっと一息吐くことができている。
>本当に心から感謝している。

と言う部分です。
こちらこそです。
いつもいつもとても面白い事から、
人間の性質の事まで。
自分の生活のエネルギー源にさせてもらってます。
ありがとうございます。

ほかにも、美鳥さんの言葉の中で気に入った言葉は、自分の心の中で何度も繰り返しています。
「行動しないと、思ったことにならない」
この言葉、本当だな・・・って思う瞬間が幾度となくありました。

>私の精神状態はというと、
>前述の通り無気力な時間が多いが、
>世間に対して怒ることが多い。

自分には、その世間に怒る材料が不足してので、
怒るに怒れません。
大学生になって新聞を読むようになりましたが、
それまではからっきしでした。
ですので、そういうことに怒れるだけの知識、知恵がある美鳥さんがうらやましいです。
(なんか最近「うらやましいです」ばっかいってる気がします)

>しかし、世間に絶望するときは、
>まず私が周囲に絶望しているときであり、
>人間に絶望しているときは、
>まず私が自分に絶望しているときなのだ。

私見です。
自分は、おそらく、絶望していたら、
そこから立ち上がれないです。
だって希望がないのだから。
立ち上がっても、意味がないです。
希望がない明日のために、自分は立ち上がる気にはならないと思います。
希望を見つけるために立ち上がることはあります。
美鳥さんは絶望はしてないと思うんです。
ただ、失望してるだけだと思ってるんです。
ただの言葉遊びなのかもしれません。
自分は「絶望する」の言葉の中に「あきらめる」と言う言葉も入っていると思ってます。
失礼な事ばかり言ってごめんなさい。
でも、自分が正直に思ったことを書きたいんです。
だって、美鳥さんはそうしてくれています。

多分。
自分は、
美鳥さんにあきらめて欲しくないだけなのだと思います。

はは、なんか。
凄い、上から目線ですね。

このコメントで気分を害されたなら、
ちゃんと言ってください。

2009/07/13 23:11 | wst [ 編集 ]


>>Vampyさんへ 

Vampyさん こんばんは。はじめまして。
コメント頂いて、本当に光栄です。ありがとうございます。

Vampyさんが私のブログを読んでくださっていたとのこと、本当に御挨拶が遅れました。
実は、私はブログを始める前から何年も前からVampyさんの日記を拝見していました。人格Aも、Vampyさんの日記を愛読していました。数年前から、このパソコンのお気に入りに入っていました。Under groundさんの日記も長く拝見しています。去年から私がかなり調子を崩し、誰かのブログを拝見するのも難しい状況でした。お元気でしょうか。
壮絶な戦いをされながら今日まで生きてらっしゃるVampyさんにネット世界でお会いできて、この興奮はちょっと言葉にできません。

> 他意識状態による凄惨な自傷に、今現在悩まされている状態でして、その原因も止める術もなく、今日もカウンセラーと主治医と共に首を捻って帰ってきました。

私も、記憶がない間の自傷に悩まされています。止める術がありません。そのせいか、自傷を発見した時は、ぼんやりすることが多いです。行き場のない怒りや哀しみや理不尽な思いはどうしようもないから、感覚が麻痺するのかもしれません。
原因、何故なのか?は、とても大切なことだと思います。私自身、決定的な解決法を見つけられていません。諦めたくなりますが、私が諦めると体が死んでしまう気がして、それだけは絶対にあってはならないと生きています。


> あまりにもばらばらだ、と言われてとても悲しくなり、自己憐憫に浸ってしまえたら楽だろうな、という思いと、でも今夏を乗り切れたらなにかが変わる気がする、という思いを抱いているときに美鳥さんのこの記事に出会い、思わず共感のコメントを書き込んでいる次第です。

ありがとうございます。
Vampyさんの日記は、少なくとも5年以上前から拝見していることになるようです。Vampyさんの言葉はいつも不思議と映像となって勝手ながら記憶されています。壮絶な一夜一夜を乗り越えて今生きてらっしゃることを、私などが振り返るのもおかしいのですが、思い返さずにはいられません。
自己憐憫に浸ってしまえたら、本当に楽だと思います。死ぬことすら陶酔のままに完遂できそうです。
自分の中から「可哀想な私」だけをかき集め、これ見よがしに並べ立て、突きつけ、これでも私に生きろというのかと、現在のカウンセラーに夜中まで怒鳴っていたことがありました。生きることも決意できず、死ぬには決定打が足りず、せめて誰かに私を殺したという事実でもって私が存在した痕跡をこの世に残したいなど、奥底で馬鹿げたことを考えていました。

「生かされているのか、死ねといわれているのか」を、運命に問いかけることは辛く悲しく、どこか甘くもありました。「生きるのか?死ぬのか?」と、自分が自分に問いかけ、答えを出すことは、死ぬよりも辛いことでした。安全ネットがない崖に飛び込むつもりで、まさに死ぬつもりで生きることを選んだのがこの春のことです。

Vampyさんも、この夏空の下、一つの大きな命題を乗り越えようとされてらっしゃるのでしょうか。
私も、今年の夏を乗り切れば変わる、と思っています。信じているという言葉より、もっと強く念じています。

> 他の意識状態での怪我は本当に容赦がなく、痛みはないながらも怯えと苛立ちと悲しさとが入り混じって泣きたくなります。
> その原因として、彼女のリアリティの希薄さがあるのだとこの記事で気付き、メモを取りました。

少しでも参考にして頂けることがあれば幸いです。
私も、それなりに自己存在に希薄で、自分の体調の良し悪しがよく分からないことが多いです。それ以上にAはリアリティが希薄のように思います。実際、カウンセラーから聞いたのですが、Aは寒さ痛さを殆ど感じないらしく、解離がより深い状態ではないかと言っていました。
痛みを感じないということは、神経の通った肉体ではなく物体として捉える傾向が強くなるのではないでしょうか。


> かくいう私も、戸籍名に違和感があり、呼ばれても一拍置く感覚です。体にも自分だというリアリティがなく、自覚してリアリティを持とうとしている私ですらまだまだなのだから、自傷をする彼女などは相当希薄なのだろうなと想像しました。

共感します。戸籍名への違和感が、何年経っても変わりません。別人の名前というよりも、私にとっては番号と変わらない感覚です。他人である友人の名前の方にこそよっぽど反応しそうです。独特な違和感です。一向に慣れることがないので不思議です。


> 大切な気付きを得ることができました。
> ありがとうございます。

こちらこそ、Vampyさんの日記にどれほど心揺さぶられてきたかしれません。こうして言葉を交わすことが、不思議ですらあります。


> 最近は特に欠落が激しく、夜から夜に飛んで、地に脚が着いていない感じの生活ですが、私も美鳥さん同様に、今夏は勝負所かなという気がしています。

欠落は、本当に辛いですね。あまりに頻繁な時は、開き直ってどうでもいいふりをして明るく振舞ったりしてみるのですが、やはり後で反動が来てしまいます。何が何やら分からず生きている、私は本当に生きているんだろうか?と疑いながらも生きている状態が、生殺しのようで耐えられないときがあります。
どうか無事に勝利を収められますことを、お祈りしています。

> 確かに今、私は生きています。このことを忘れずに、生き抜きたいと思います。
> 長くなってすみません。
> 負けずに、泣いたり怒ったりをしながら、リアルに生き抜きましょう!
>
> ありがとうございました!

こちらこそ、ありがとうございます!
Vampyさんが生きていて、私も生きていたから、こうして言葉を交わせているんだと、コメントを頂いてから胸が震える思いでした。
生きていることは、本当に素晴らしいことですね。苦しいだけじゃない。
泣いたり怒ったり、苦しい時は苦しいと叫んで、もがいても足掻いても生き抜きたいですね。
私も自分自身から逃げず、悲劇への陶酔に陥ることなく、これまでと同じように陰ながらVampyさんを応援しています。

長文、幾らでも歓迎です。
ありがとうございます!

2009/07/17 00:21 | 美鳥 [ 編集 ]


>>エコペンさんへ 

エコペンさん こんばんは。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。

生きている実感をどう取り戻すか。解離性障害者にとって、一番の難関かもしれません。
完全に分離した状態だと、自分というものがはっきりしているので実感には困らないのですが、やはり戸籍上の名前や身体、顔に対しては認識が薄いです。この世界に生きているようでここにはいない感覚と、もう一つの世界に生きている感覚。複雑です。
特に私の場合、世界が4つの次元に分かれ、全てが同時に知覚されるという現象があるので、現実と呼ばれる世界観には、少しズレがあるかもしれません。それもまた真実の一つかと思い、最近は受け入れて生活しています。
とにもかくにも、生きてさえいれば合格、更に最近将来の道を決めたことで、貫くことが出来れば多少の障害は構わないと思うようになりました。先に何があるかは分かりませんが。
本当に、喜怒哀楽を大切に生きていきたいですね。


人格については、いまだよく分かりません。一つの家(身体)に他人が住み着いているものですから、誰が何を感じているか以前に、何を考えているかすら分からないです。特に、私や他が一切接触できない<会議室の男性3、4人>などは、会話は聞こえるけれど内容は理解できず、曜日を決めたりして話し合っているようですが、私たちとどう関わっているのかまるで分かりません。行きたくても自由に行けない意識内の場所もあり、そこも何故そこにどういう理由で存在し、そこに住んでいる人物は何であるのかも分かりません。
複雑です。

人間は、思えば数え切れない細胞が寄せ集まって出来ています。脳も、それぞれの部分に分かれて活動し、欠落した部分を補って活動することもあります。脳のある細胞の中にミトコンドリアという原始の生物が埋め込まれていることからも、人間は本当は複合体であるかもしれないとすら思います。
色々な角度から、<人格><精神><心>というものを考えていきたいと思っています。

私の場合は、「吐き出す」のがまず一苦労で、カウンセリングルームで「吐き出す」わけですが、その後がまた一苦労です。吐き出したものを認めなければなりません。それは、今のところ苦しく悲しいことばかりです。しかし、苦しく悲しく、もう取り返しが付かないけれど怒り損ねたことを怒り、今現在の生き方に具体的に反映していくことで、一つ一つを意義あるものと受け止めることが出来るようになりました。
何を不幸と呼び、何を幸福と呼ぶべきか、「愛情」という言葉と同じく、「幸せ」という言葉が私はやはり何なのか分かりません。しかし、しっかり生きていきたい、着実に歩いていきたい、それだけは最近特に強く感じています。

2009/07/17 22:48 | 美鳥 [ 編集 ]


>>のりさんへ 

のりばー こんばんは!
この犬は、私のブログにしょっちゅう登場する、近所の友達犬です。だいたい週に2度は通りかかって挨拶を欠かさないけど、外犬で、暑さにやられてるのかドーンと横たわったまま私に目で頷く具合。超犬臭いよ。犬臭い犬って、最近見かけないね~幼稚園児に囲まれたりしても絶対に吠えないし嫌がらず相手をしてあげる気前良し。うちの文鳥ももも連れて行って、この子に挨拶したけど、危害を加えることもなく、とにかく賢い子です。

何かしなければ、と切羽詰ってやってるときはだるいし、無気力で何もしてないときもだるいねw
私も、鬱状態ってないから、今回びっくりしたよ。鬱って辛いなぁ、と。鬱病の友達の気持ちを想像したりしてました。
しかし!
色々あって、突如として回復へとメキメキアップ。もうすぐ完全復活する兆し。


> 自傷は自分だったら怖くてできません。だって痛いですもん。wてか、笑い事じゃないですよね。

笑って話さなきゃ話せないって時もあるよね。「怖くて痛い」と感じることは、凄く大事だと思う。それも越える位の精神的な苦しみがあった時に自傷に向かう。怖さを乗り越えて、痛めつけなければおさまらない衝動って、ある意味脳内麻薬みたいなものなのかな。本能としての恐怖をねじ伏せるだけの脳内麻薬、恐るべし。そこまで追い詰められても何とか生きようとする人間の転嫁行動も恐るべし。


> 自分を傷つける時、壊したくなる衝動にかられる時があるのかな?と思います。僕は右腕を引っ掻きまくりました。で、今は跡なってその時の思い出とともに消えることがありません。
> その時の感情は憎しみに似ていて、怒りにも似ていて…とにかく何とも言えないつらさがありました。
> このようなことを聞くのも失礼に値すると思いますが、傷つけるときはどのような感情になるのでしょうか。

そうだね~自傷って、一概には言えないけど、女性に多くて男性に少ない。かわりに、男性が自分を傷つける時は、かなりの確率で死に至る場合が多いです。何を意味しているかというと、女性は感情が自分へ向き易く、男性は外側、つまり暴力へ向きやすい、と心理学ではいわれてる。どちらも表れ方は違うけど、根っこは同じだと思う。のりばーが言うように「憎しみに似ていて、怒りにも似ていて」という激情。
激情にかられて誰かを殴ったり物を壊したり、全然関係ない人を殺したりすることと、自分を傷つけることは、<破壊衝動>として基本的には同じ質のものだと考えています。


> この記事を読んで
> ん~深いな、とか思ってます。
> 僕はまだ子供なので分からない部分もあるのですが、このコメントでみと姉を傷つけてしまったら申し訳ない。ごめんなさい。

いやいや。
のりばーの優しい性格も、気遣い過ぎるくらい気遣ってくれるところも、普段のメールも、よく知ってるから御安心を。
私こそ「みと姉のブログはのりばーの庭だと思って好きに書き込んでいい」とか言ったから、プレッシャーになったんじゃないかと心配してたのだよ。
思ったままに書いてくれて、本当ありがとう!


ブログを通して、大切な時間や喜怒哀楽、悩み、生きる勇気を共有できる友達と現実でたくさん出会うことができました。のりばーも大事な大事な友達。一緒に笑ったり泣いたりできることは、嬉しいね。一人で怒ったり悲しんだりは、辛いね。
このブログという場所も、私たちがそれぞれ生きてる場所も、全部が繋がっていると思ってるよ。
ありがとう。

2009/07/17 23:06 | 美鳥 [ 編集 ]


>>木々さんへ 

木々さん こんばんは。
はじめまして。
去年の秋ごろからご訪問くださっていたとのこと、ありがとうございます。
あの頃は、本当に酷い体たらくでして、何やらお見苦しい記事も多数あったかと思いますが、ともかくもROMくださって、ありがとうございます。

文章を書くことがとにかく好きなので、読んでくださる方がいらっしゃること、読んでいますとお聞きするだけでとても嬉しいです。
写真は、何しろ腕が全く上がらず、いい加減な性格なもんですから、「私の写真は写真じゃないんだ。絵なんだ」などと言い訳しつつ、色々トリミングしてますが、お褒めくださって、ありがとうございます。精進致します。特に最新の写真など、「綺麗な足」と好評なんですが、あれもまた私の加工技術の賜物なのです。大変に心苦しいです。前向きに、加工技術を褒めてもらっているのだ、と解釈して日々邁進を誓っております。

> 美鳥さんの実家の話を読んで、私の幼い頃も、父が居ると家の中がお通夜のようだったことや、父の怒鳴り声が聞こえない日がなかったことを思い出しました。(今は歳をとって怒鳴る体力がないのか、孫の前ではすっかり良い爺さまですが・・・)

色々な家庭がありますね。家族の問題については、もう何年考えに考え、学んできたかしれませんが、ある一つのシステムとして個々を把握し、全体の動きを見ることが肝要だと最近感じています。
木々さんのお父様のご様子は、うちの父の父(私の祖父)に似ています。ちゃぶ台を引っくり返す世代でした。
時代もあるのでしょうか。昔は、男性は弱音が吐けず、怒鳴ったり当り散らしたりの暴力の方へ流れやすかった気がします。
返して今は、男性が男性であることに不安を抱く時代のように感じています。

木々さんのお父様も、いまは「良い爺さま」でいらっしゃるとのこと。昔怖かったお父様が、お孫さんの前では良い爺さまになるなど、当時からは想像がつかないのではと思います。
うちの父も、私の文鳥にメロメロで、あの父が!と驚くことは多いです。


> それはそうと、
> 美鳥さんは、生きる為の術として他人を分析する能力が長けてしまったが為に、自分も分析できすぎて余計に苦しいのかなと思いました。

私に限らず、鬱病や精神疾患を抱えた方々と交流させて頂いていて感じるのは、「自分という存在について考えざるを得ない」状況にあることです。
鬱病をきっかけに、実際それまでの生き方とはまるで違う方向を選択される方もいらっしゃいますし、私などは鬱でこそありませんが、その典型ではないかと思います。
「治す」というよりも、本来の自分自身に立ち返り、自分に合った環境を見つけ出すことができて初めて、苦しみが実るのかもしれません。
いずれにせよ、木々さんが仰るように、確かに「生きる為の術」でした。


> 私のない脳みそを多少揺すってみましたが、うまい言葉が見つからず、とても歯がゆいです。

ありがとうございます。うまい言葉が私も浮かばないたちで、ただただありがとうございます。


木々さんは、九州にお住まいですか。
九州には縁が深く、こちら大阪でも九州出身の方を見かけると決まって話しかけてしまいます。
私の部屋からは、マンションばかりしか見えませんが、隣家の家の木でクマゼミが毎日鳴いています。夏だな、と実感します。
もう少しで、抜けるような深い青に変わるのでしょうか。空は、苦しい時によく眺めていたので、辛い記憶の方が多いのですが、夏の青空は大好きです。


> 足を怪我されているとのことなので、外に出られず気持ちが内に向きがちだとは思います。
> でも、明けない夜がないように、動かない雲がないように、生きている限り、怪我も治っていき、心にも変化があります。

ありがとうございます。
ようやく歩けるようになり、そうなると回復の実感は早く、外出が出来るようになりました。怪我をした時は心細さも手伝って、「もう私なんか駄目だ・・・」と暗すぎるくらい暗くなっていたものですが、人間現金ですね。歩けるようになった今は、さて何をしようかと楽しみが増えた気分です。
全く動けない時期は本ばかり読んでいました。あれはあれで、有意義だった気もします。それも当時は「本を読むくらいしかできない・・・」と暗くなってました(笑)


> なんだか訳が分からなくなってきましたが、とにかく「私は美鳥さんの文章が大好きです」と伝えたくて、だらだらと書いてしまいました。
> 長文失礼しました。

ありがとうございます。
こちらこそ、思いつくままでわけが分からない返信になっていること請け合いです。すみません・・。
この夏は準備期間として、色々と忙しくしていますが、秋頃から小説と、ライトでヘビーなカウンセラーとのバトルノンフィクションを別ブログで公開する予定です。
もしよろしければ、そちらも読んでくだされば幸いです(←今から宣伝

コメントありがとうございました。
また是非お気軽に遊びにいらしてください。
お待ちしています。

2009/07/17 23:42 | 美鳥 [ 編集 ]


>>wstさんへ 

おはようございます。wstさん。
引ったくりという大阪の定番犯罪被害にあって、全部持ってかれましたので、家に入れずネカフェからのお返事です。超レア体験ですw

いつも読んでくださって、ありがとう!
文章を書くことは一人でも出来るけれど、公開した時点から交流が始まります。私のみならず、ブロガーさん皆さんそれぞれ、読んでくださる方がいてこそのブログと感じてらっしゃるんじゃないかなといつも思っております。

> 真面目な記事の次の日には、
> とっても面白い記事もあってわらかせてもらって、
> 「よく、こんなガラリと変わった記事が書けるなぁ~」
> と漠然と思っていました。

そうですね~実際の私とか、闘病中の方のブログと実際のその方とか、会ってみるとギャップがあるんですよ。思えば、毎日1記事書いていったとしても、1年で365記事。1記事に書ける内容なんて限られているし、ブロガーの性格がブログから見えてくるかというと、とても難しいな、と思います。
私は、実際会ったときに「ブログとあんまり変わらないね」と言われることを目標に書いてます。それでも「真面目で笑わないと思ってた」とかよく言われますw ちがうんだな、と思っていただければうれしいです。

> こちらこそです。
> いつもいつもとても面白い事から、
> 人間の性質の事まで。
> 自分の生活のエネルギー源にさせてもらってます。
> ありがとうございます。

をををを・・・っこちらこそ、ありがとうございます!
楽しいことを共有できるって、コミュニケーションの基本ですね。
「苦楽を共にする」て言葉があるけれど、苦しいことだけじゃなく楽しいことも共にできる。それってwstさんがおっしゃるようにエネルギー源になります。こちらこそ、ありがとう。


> ほかにも、美鳥さんの言葉の中で気に入った言葉は、自分の心の中で何度も繰り返しています。
> 「行動しないと、思ったことにならない」
> この言葉、本当だな・・・って思う瞬間が幾度となくありました。

ありあまる光栄です。
「行動しないと、思ったことにならない」は、いろんな場面でいつも考えます。
やりたい、と思ったことは、思い切ってやってみるのも行動ですし、何か納得いかねーと思ったことは、突き詰めるのも行動、一番その人らしいのは、腹立つと思ったときに誰に何をどう表現するのか、それも行動だと思います。
私は、感情に蓋をして生きてきたので、内側に感情ばかり溜め込んで、何も行動できず「人形」とか「死体」とか呼ばれてました。両親は、思うけれど失敗を恐れて行動しない人たちです。そんな色々を全部自分の糧にしようと思ったとき、思ったことは行動しなければ、と思うようになりました。


> 自分には、その世間に怒る材料が不足してので、
> 怒るに怒れません。
> 大学生になって新聞を読むようになりましたが、
> それまではからっきしでした。
> ですので、そういうことに怒れるだけの知識、知恵がある美鳥さんがうらやましいです。
> (なんか最近「うらやましいです」ばっかいってる気がします)

wstさんは、学生さんなのでしょうか。そういえばおいくつなのかお互い知らないんですよね。それでもこうして色んな意義深いやりとりが出来るので、ネットって不思議です。
私も、社会のこと、特に法律とか政治なんて全然興味がなかったです。出会った人が社会派(?)で、その人と話をするために勉強したり、もっぱら東京の弟とよくそんなテーマで話したりして、知ってくるにつれて、「おかしーだろ!」とツッコみたいところがいっぱいあることに気づきました。
ドキュメンタリー制作を通して知り合ったディレクターとの出会いが大きいかもしれません。世界情勢と宗教問題と草の根活動と死刑制度あたりは、取材中にとっぷり話して以来、個人的に興味を持って調べまくってます。

新聞は取ってないこともありますが、むらっけがあるので読めないんですよ~読めるwstさんがうらやましい。私は、ネットニュースと、2ちゃんねるを見てます。2ちゃんねるは、結構悪意の溜まり場ながら鋭い意見もあって、少々偏っているけど情報をより分けながら見ていると面白いです。

> 私見です。
> 自分は、おそらく、絶望していたら、
> そこから立ち上がれないです。
> だって希望がないのだから。
> 立ち上がっても、意味がないです。

そうですね。
そう思いました。
立ち上がれずに、でも死ねずに、地面にのびてるだけで時間が過ぎていくことはあるけれど、立ち上がることは出来ないですね。

> 希望がない明日のために、自分は立ち上がる気にはならないと思います。
> 希望を見つけるために立ち上がることはあります。
> 美鳥さんは絶望はしてないと思うんです。
> ただ、失望してるだけだと思ってるんです。
> ただの言葉遊びなのかもしれません。
> 自分は「絶望する」の言葉の中に「あきらめる」と言う言葉も入っていると思ってます。
> 失礼な事ばかり言ってごめんなさい。

いえ。本当にそのとおりだと思います。
少しの失望が、大きな絶望のように感じていたんだと思います。
「もうムリだー!」と独り言を言ってることはよくあるんですが、ただの泣き言って感じもします。とりあえず言いたいみたいなw 弱音吐いておいて、ちょっと不安を紛らわしておいて次にいこうみたいな。
確かに、絶望の中にはあきらめが入っていると思います。というよりも、諦めた時が絶望なんですよね。生きていれば、予想外なチャンスが訪れたり、助力してくれる誰かがひょっこり現れたり、思いもよらないプレゼントがそこかしこに転がっています。でも、ここでもうムリ、と足を止めてしまったら、そのどれにも出会えない。自分が自分の可能性を決めるんだと思います。


> でも、自分が正直に思ったことを書きたいんです。
> だって、美鳥さんはそうしてくれています。

をををを・・・っ(←2回目
ありがとうございます。
何か良いですね。うん。良いですね。

> 多分。
> 自分は、
> 美鳥さんにあきらめて欲しくないだけなのだと思います。

がんばります!
まさに今朝は、超逆境です。
昨夜にスクーターの男にバッグを丸ごと引ったくられて、今月の生活費もないわ、携帯と携帯に入ってる全部の連絡先失うわ、鍵もなくて家に入れないわ、パスケースとおそろいだったサマンサタバサの財布も盗られるわ、キャッシュカードも!障害者手帳も!大事な本も!まさに一瞬ですべてを失ったわけですが、ここネカフェで生きております。
警察で被害届け作って、色んなカード会社や携帯会社に電話してストップかけて、カウンセラーの先生にお金をお借りして、被害現場で現場検証?して、警察の方に写真撮られて、まー色んなことがあった昨夜でした。今日これから自宅に入れるのか、管理会社に電話がつながってみないと分かりませんが、まさに丸裸の再出発です。
現在の所持品は、先生にお借りしたお金が入った封筒のみ!
すがすがしいくらいに軽装です。

応援ありがとうございます。
がんばります!
何だかわからないけど、wstさんもがんばってください!
て、言いたくなる今朝です。

2009/07/19 09:00 | 美鳥 [ 編集 ]


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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