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2009/07/07 (Tue) あまくまる



黒豆を煮た。
二度。

写真は、一度目のもの。かためで薄甘いのが好きなので煮てみたが、煮方が今ひとつ足りなかった。生来の短気で火から下ろして、パクパク食べてしまった。味付けは、砂糖と塩だけ。なかなか美味しかった。

二度目は、逆にふっくら煮ることを心掛けた。
柔らかすぎるのが好きではないからこそ自分で煮始めたわけなのだが、何事も基本が出来て一人前かもしれぬと思い、今度は重曹まで買ってきて万全の準備で煮た。

ふっくらできた。
しかし、やはりふっくらは好きではないのであった。
今年の正月に母が煮た黒豆のかたさがベストとして記憶されている。
あれと同じものを私も煮てみたいのだ。
柔らかい黒豆は、減るのが遅い。ちまちまと食べている。
三度目の正直で、次こそ丁度良い塩梅の黒豆を煮る予定だ。


黒豆を煮る以外に私が先週出来たことといえば、とある方の相談を受けたことくらいだった。それ以外は、無気力で殆どベッドから起き上がることが出来なかった。
普段は鬱状態には殆どならない。なるとしたら、激しい気持ちの乱高下なので、ジェットコースターに乗っているかのような激情を伴う。今回は違った。とにかく無気力で、ベッドから起き上がることがまず出来ない。泥のように眠っている。眠っていることも苦痛になってくる。そんな状態だった。


あろうことか、例えどしゃぶりの雨の中でも発売日当日に必ず買う漫画「銀魂」の新刊発売日にあっても、私の無気力は回復をみせず、友達に「銀魂は美鳥の魂なのに・・・買えないのは相当重症だね」と診断された。そんな中で、ヤフオクの詐欺に遭いましたなんて記事を書いた。その時は楽しかった。そしてまた鬱に沈み込んだ。友達と話したときもそうだ。楽しく話して、また沈み込む。繰り返し。


これじゃいけないと思いながらも何もできないのが鬱か、とあらためて実感した。
私は、鬱病ではなく言うなれば「仮面鬱病」といわれているし、主な病気な解離性障害だとか人格障害なので、鬱病の感覚になることはあまりないのだが、今回ばかりは参った。
あらゆるエネルギーが枯渇して、もうどこからも一滴も涌いて来ないのだ。これはまずい、という危機感すら涌いてこないのだ。異種の辛さだった。


今の私は、元気かというとそうでもない。
昨日カウンセリングに久しぶりに出かけ、先生と話した内容から確実なエネルギーを得たが、その後で急変した。
Aが死ぬだのと言い始め、カウンセラーに大量のメールを送りつけていた。個人的な日記にもAはカウンセリングで交代した時のことを書いていて、そこには私への殺意すらある。
Aには、リストカットなどの自傷癖があり、橋から飛び降りる、車に轢かれたがるなどの厄介な衝動がある。軽度だと、肉体をホッチキスでとめるとか、画鋲を刺す、その程度ならまだましと言える。リストカットは私がもっとも嫌っている行為なので、本当にいやだ。
何よりぞっとするのは、私が今生きていて、これからやりたいことが山ほどあるというのに、たった一人でも「死にたい」と思う者がいるだけで、うっかり殺されかねない。気がついたら死んでましたなんて、洒落にならない。

私とカウンセラーの先生とAと、複雑に絡んでいて私は言葉を失う。記憶が不公平だといわれても、私だって不公平だ。役所の手続き関係や、怪我や病気のケアや買物は全部私がやっている。黙々と生活をこなし、とにかく回復に向けて努力している。病院に行くのも私だ。病院は、二度交代してくれた。が、そこで私のふりをしなければならないから不公平だという。医者にあやしまれて調べられたというが、通院だって楽にやっているわけじゃない。頭が痛い。


Aは、カウンセリングルームで交代した場合、カウンセラーと遊んでいるようだ。私は、先生のカウンセリングを受けたらどうかとAにすすめている。Aは、暗い話が嫌だという。暗い話って何だ?暗い話なしに、私達が回復する道があるというんだろうか。


実家の母に、癌の疑いが出た。
母がいなくてはまわらない実家だ。父が電話してきて、いつ帰って来るのかと訊く。
私は、生きるとは何だろうとまた考える。
明日死ぬかもしれないと私はいつも生きている。今まで、必死で両親に何度伝えてきたか分からない。明日死ぬかもしれないから、引きこもっている弟を1日でも早く病院に連れて行くべきだ、と。
何もかもを流れるままに流されて、両親が逃げ続けてきた問題が、ここへ来て数え切れないほど表面化してきた。

そして、私は両親に話してはいないが、今月と来月を生き残れるか分からない状態になっている。
けれど、私は今年の9月と10月の計画を立てている。来月死ぬかもしれなくても、来月生きているかもしれない。どちらにしても、今という時間が過ぎていく。
去年やった自助グループとは全く異なる形態の会の開催を、関東で考えている。
現在、少しずつ始めている個人的な相談受付も本格的に出来るように、勉強を重ねているところだ。
鬱病や対人関係に活路が見出せない人、集団の中で生きていくことに生き辛さを抱えている人、成人引きこもり、そして対人関係に最も障害を抱える境界性人格障害の当事者と周囲の人。そんな人達を対象にした会を開く予定でいる。まるで何もかも今は白紙だが。

伝えられることは、確固として持っている。
私は、まだここに全く書いていない最重要の事実がある。
私が、境界性人格障害から回復する方法を掴み、実際に回復しつつあり、同時にこの世界で生きていく覚悟と自信を持てるようになった経緯について。
全ては、このブログを休止していた空白の4ヶ月にある。

いつ、どんな形で発表するべきか考え続け、頭の中で出来上がったのだが、人の目に触れる形にしていない。
これを完成させ、足を運んでくださり、少しでも耳を傾けてくださる方がいるのならば、拙くも私の経験をお話させて頂くと共に、真の意味で支え合える可能性を実感として届けたい。
出来るだろうか。何が何でもやりたい。出来るだろうか。どうやって実現しようか。考え続けている。
思っていることは、行動しなければ思ったことにならない。


誰が何病であっても、私は一人で、私に出来ることをやるしかない。
死ぬわけにはいかない。
無気力や恐怖や悲しみや孤独の隙間で、眠りこんだり、豆を煮たり、本を読んだり、友達と喋ったり、ひとつひとつが温かい丸みを帯びる。
死ぬわけにはいかない。



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美鳥さんへ。 

どうも、こんばんわ、
wstです。

黒豆の写真がupされてます。
いま少し空腹の自分としては、
なんか、
見せびらかせてる感があります。(笑)
あぁ~黒豆食べたい。

無気力。
美鳥さんは自分の事をそうおっしゃいました。
この記事を読み終えて少し納得しました。
「あぁ。本当に無気力なんだ」
と。
美鳥さんの文章を読んで日が浅いのですが、
「文章に感情があまりこもってない」
そう感じました。

でも、
>死ぬわけにはいかない。
この言葉には、強い何か決意のようなものを感じました。

美鳥さんではない、もう一人の人格。
Aさん?でよろしいのでしょうか?
もし、これを見て下さっているなら、
どうか、自分を、傷つけないでください。
自分を大切にしてください。

>そして、私は両親に話してはいないが、
>今月と来月を生き残れるか分からない状態に、
>なっている。

これから言うのは、単なるエゴで願望の押し付けです。
自分は、
美鳥さんに、死んで欲しくないです。
生きてて欲しいです。
だって、
もっとおしゃべりしたいです!
もっと美鳥さんの事知りたいです!
一緒に歩いたりしてみたいです!
馬鹿な事言い合って、笑いあいたいです!
だから、美鳥さん。
負けないでください、
あきらめないでください。
これが自分の正直です。
自己中心で、ごめんなさい。
これは偽善なのでしょうか?
自分では本当の気持ちを述べたつもりでも、
まだ、揺らいでいます。

今ここの部分で
「何か自分にできる事はありませんか?」
と尋ねようと思いました。
なんだか、
自分が物凄く汚い奴だなって、
思いました。


2009/07/07 01:56 | wst [ 編集 ]


黒豆 

美鳥さん、こんにちは。黒豆、私も大好きです。結婚して初めての大晦日(20年以上前ですが。。。)義母が炊いてくれた煮豆(色んな具が入ってる)に大感激。それまで食べたことがなく(実家にはない食文化)今でも時折市販の煮豆(黒豆)を買って食べることがあります。自分では上手く出来ないので、美鳥さんを見て、私もやってみようかな?なんて思いました。
私は鬱の経験がないので、思いを重ねることは出来ませんが、アクティブな美鳥さんを思うときっと「はがゆい」のだろうな。。。と想像しています。私も自分に目覚めてから「悔いなく生きる」がモットー(大げさか)で、「今死んでも悔いはない生き方」をしているつもりです。なので、考えているより実行(考える時間も好きなのでそこそこ考えて)。諦めて悔いが残る事は諦めない。即実践。
人のために生きる(これまでは親のために生きたので)のを止めてから何事も楽しい。子ども達も感じてくれているらしく、それも嬉しい。
こんな自分の考えや体験談で救われたり、思いを軽くできる人が一人でもいるのなら、発信し続けることに意義を感じブログを書いています。美鳥さんのブログは赤裸々に思いが綴られていて、なんだろ、面識もなく知らないはずなのにとっても身近に感じられます。コメントがなくてもきっと沢山の方が目にしていると思う。写真も素敵だし(^_-)。
美鳥さん自身はお一人で微力だと感じているかもしれません。ですが、その力から何倍にも膨れあがる可能性を感じます。「伝えること」それは「語り継ぐこと」。「いま」を生きれば私は十分だと思っています。「いま」は未来に続いてる。「いま」はずっと続いていく。
。。。長くなってごめんなさい。。。

2009/07/07 09:30 | エコペン [ 編集 ]


>>wstさんへ 

wstさん こんばんは。

黒豆写真、おいしそうに見えたでしょうか?(笑)
ちょっとしわしわなんですよ。今食べてるのは、ふっくらなんですが、ふっくらよりかためが好きなので、次回作に今から気合を入れています。
とか書いていると、私までおなかすいてきた(笑)


本当に私、無気力なんですよ今。かなりの期間、続いています。
どうしたもんかと思いながらも、人と喋ると少し元気を取り戻すので、その隙に何か一つはやれます。でも、歯医者に行くとかいうマジックポイントを激しく消費するような行動は無理ですね・・・二度、予約を延期しました。

> 美鳥さんの文章を読んで日が浅いのですが、
> 「文章に感情があまりこもってない」
> そう感じました。

そうかもしれないですね。
解離性障害のせいもあると思うんですが、感情が自分から離れてしまう時があります。そういう場合は人格交代も多く、記憶がない間の自傷も多いです。人格Aに足を切られて、体内に洗濯ばさみを入れられるという鬼畜な被害にあいました。これもまた、無感情だから乗り切れますが、感情があると多分ブチ切れています。
エネルギーとしては、どちらが良いのか。怒りは時として活動力になるんですが、今の状態だと「脱力」という内向的、抑圧的な感情に終始してしまうので、何とかならないか考えています。


> でも、
> >死ぬわけにはいかない。
> この言葉には、強い何か決意のようなものを感じました。

ありがとうございます。
死ぬわけには、いかないんですよ。
去年の冬から今年の春にかけて一度大きな山を越え、後はこのままいけるかもと思っていたのですが、カウンセリング治療が進み、私自身も多くの方に発信するという本来の目標を現実のものにしようとしていて、更に家族の問題も表面化してきたので、この7月と8月が色んな意味で勝負かもしれません。
私自身が希死念慮に囚われないことは勿論ですが、私以外の者も死にたいなど思わないこと、死のうとしたら何が何でも止めることが大事です。が、意識がいつもあるわけではないので、紙一重で生き延びているような、そんな気がします。


> 美鳥さんではない、もう一人の人格。
> Aさん?でよろしいのでしょうか?
> もし、これを見て下さっているなら、
> どうか、自分を、傷つけないでください。
> 自分を大切にしてください。

Aは、これを見られないようにしています。別の個人的日記にはAも書いているのですが。「自分」というものが曖昧で、身体の感覚が曖昧です。私にも言えることなのですが。共有しているという感覚がなかなか持てないようです。変に思われるかもしれませんが、本名もそうですし、顔、手足、身体にも私達は違和感を持ち続けています。難しい問題です。頭を抱えているところです。
メッセージ、ありがとうございます。


それから、wstさんのお気持ち、ありがとうございます。
偽善とも、自己中心的だとも感じません。
私は、このブログを通して出来る限りありのままの私を知って頂き、それでも会いたいと思ってくださる方がいらっしゃったら幸いだと思い、書き続けています。
実際に、現実で会ってみようと思い、互いに足を運ぶことは、とても勇気が要ることです。関係のスタートを踏み出すことは、いつも少し怖いことです。それでも、現実にお会いできることの方が、私ははるかに価値があると思っています。


> 今ここの部分で
> 「何か自分にできる事はありませんか?」
> と尋ねようと思いました。
> なんだか、
> 自分が物凄く汚い奴だなって、
> 思いました。

何故そのように感じられたのか、とても興味があります。
汚いどころか、真逆だと思います。
けれど、物凄く汚い奴だと思われたこと、本当の感情を書いてくださったのだと思います。
うまく説明できないのですが、私も覚えのある感情のような気がしました。

ブログを読んでくださること、こうしてコメントくださること、私という人間に興味を持ってくださること、真直ぐに交流してくださることだけで、私は喜びです。
そしてご縁や機会があれば、お会いできることが楽しみです。

2009/07/09 00:49 | 美鳥 [ 編集 ]


>>エコペンさんへ 

エコペンさん こんばんは。
エコペンさんも黒豆好きですか! 黒豆美味いですよね。
ダイエットしていた時に、自分が食べられる豆が少ないことに気づいて、食べられる豆を開拓していたところ、黒豆と枝豆は食べられる、ということが分かりました。豆類が何か苦手なんですが、黒豆は美味い。

結婚すると、お相手の家庭の味を知ることが出来るんですよね。文化交流というか(笑)
色んな具が入った煮豆っていうのも、おいしそうですね!
そういえば、大豆とお揚げとにんじんやひじきを煮込んだものもありますね。あれのことかな。あれも私食べられるかもと今気づきました。

黒豆にはまって、必ず私もパックの黒豆を買うようになったんですが、市販のものは甘すぎたり、柔らかすぎたりします。それに自分で煮た方が、値段がお得かもしれないと思って始めました。値段の方は・・・黒豆って高いですな・・・! 100均にも黒豆があるので、それならお安くできるのですが、今食べてるものは北海道産の大粒の黒豆。さすがに美味いです。

やってみると、思ってたより全然簡単ですよ。オススメ、オススメ。
黒豆を煮た汁に、焼き餅を入れると、黒豆ぜんざいになって美味しいですよ~!

「悔いなく生きる」がモットーとのこと、私も同感です。
考えるときは徹底的に考えて、やるときは勢いに乗ってやっちゃう。失敗は恐れない。むしろ失敗の数は挑戦の数だくらいに考えることにしています。

そんな折に、予想外の鬱状態。これが鬱かーと私も初体験かもしれません。無気力で何もしたくない。歯医者の予約なんか、もう2回延期しましたからねw 


文字にするということは、誰かに声を投げかけることになるんですよね。
ここにいると名乗りを上げるだけで、誰かに届いて反響する。ブログを書くことは、そんな楽しみがありますね。

私のブログは「赤裸々」とよく言われるのですが、何故なんでしょう(笑)
だけど、それで身近に感じて頂けるなら本当に嬉しいです。
ここでの私と、現実での私。できるだけギャップがないように努めています。
ブログに嘘を書かない、飾らない、偽らない、ありのままであると決めています。いつも念頭に、実際にお会いできたらいいな、という気持ちがあるからです。

のは、実際に私に会ってくださった時に「ブログと同じだね」と言われるためだけだったりします。

> 美鳥さん自身はお一人で微力だと感じているかもしれません。ですが、その力から何倍にも膨れあがる可能性を感じます。「伝えること」それは「語り継ぐこと」。「いま」を生きれば私は十分だと思っています。「いま」は未来に続いてる。「いま」はずっと続いていく。

何度かこの部分を拝見して、最近の自分を強く反省すると共に、気づかなかったのりしろの部分を教えて頂いた気がしました。
今私は、自分の内面に、つまり私の育ってきた家庭環境の歪みの核心へ、いよいよ迫ろうとしています。ここを乗り越えなければ実現できませんが、どうしても今年中にやり遂げたいことがあります。
予想外に鬱状態になり、無気力で何も出来ないことが、エコペンさんが仰るように歯がゆいです。頭のどこかで常に焦っていました。
もう少し足元を見ることにしました。
先を見て歩くには、機能不全家族の問題は泥沼過ぎて足を取られて危険です。私が育ってきた家庭とは、それぞれの家族は一体過去にどうあって、今どうあるのか、見極めたいと思っています。

2009/07/09 22:45 | 美鳥 [ 編集 ]


続けてでごめんなさい 

美鳥さん、こんにちは。
黒豆の「色んな具と煮たもの」はお正月の時しか作らないようです。数の子やちくわ、人参、イカ、ゴボウ、う~ん思い出せないなぁ。。。初めての時はメインが黒豆だったんですが、ここ数年はその他の方が多くなってしまいました。黒豆、お高いものね。

>>育ってきた家庭とは、それぞれの家族は一体過去にどうあって、今どうあるのか、見極めたいと思っています。

これが自分自身にとって一番必要だったと私は感じました。過去をどうとか、変える、変えない、 そんなことよりも、「過去に何があって、いまどうなっているのか」を知り理解することで「腑に落ちる点」が出てきます。それによって何かが自分の中で変わっていった。そう思います。機能不全家族で育ったけれど、自分は別の人格で別の人間であることを確認することが「自分が自分であること」の自信を深めた気がします。

私は気づかないうちに彼らと自分を混同していました。それで自分は汚い価値のない人間だと思いこみ、将来に希望が持てませんでした。ですが、血のつながりがなに?親子がなに?と思い始めて、彼らと精神的に決別できました。美鳥さんがご自身を闇の中から見つけ出す(救い出す)には彼ら「機能不全家族」から切り離す(精神的に)必要があると思います。切り離している「つもり」に惑わされて、「そんなことはない、私は私」と思うのはまだ囚われていると言うことです。「彼らの悪口を言うこと」では切り離すことにはなりません。

人それぞれ、納得のいく形があるので、私の話しが「答え」ではありません。具合の悪いときは無理をなさらないように。ただ、こういう考えもあるんだなと言う程度で流していただいて構いません。。。ただただ、焦らないで。焦りは自分を追いつめ追い込むだけです。余裕を作りながら取り組んでくださいね。

2009/07/10 15:25 | エコペン [ 編集 ]


>>エコペンさんへ 

エコペンさん こんにちは。
再度のコメント、ありがとうございます。

私の今年に入ってからの変化は、実はこのブログに故あって10%ほどしか書いていません。
現在のカウンセラーに変えたのが去年の秋のこと、以来、実はブログに敢えて書いてこなかったことがあります。それが、私と私の育ってきた家族との精神的関わりです。

私は、現在明らかに回復の見通しが立ちました。
書いて来なかったのは、一重に私自身が、こうだ、と断言できない部分があり、日々迷いがあったからです。エコペンさんもご存知のように、機能不全家族からの精神的脱却は、念を入れても念を入れても間違えてしまう、自覚が難しい問題だと思っています。

私が回復の見通しが立っていると今書くことが出来るのは、私に覚悟が定まったからです。
私は、機能不全家族で育ちました。
そして、今現在物理的にも経済的にも独立して暮らしています。両親は、順番にいけば私よりも先に死ぬでしょう。もし仮に、両親が死んだとしても、どんな両親であっても、そして過去に何があっても、善人でも悪人でも、私が彼らの間から生まれてきたことは絶対的な事実であり、これを否定することを私はしないことに決めました。

事実は、事実だからです。
どんなに醜悪でも、理不尽でも、その痛みや苦しみをありのまま認めること、両親への怒りを持つこと、一体何がどう間違いであり、何を私は受け継いでいるのか、ありのままに全てを事実のまま受け入れることを私は選びました。

物理的にも、精神的にも、どちらにせよ人間は全て家族から発し、家族と生き、そしてまた自らも家族を作ります。ルーツを気にしない子供はいません。「私のおじいちゃんは誰?おばあちゃんは誰?」そう問われることから決して逃れられません。存在する事実は、事実です。

私が、「両親を精神的に切り離した」とエコペンさんが仰る意味での宣言をすることは、恐らく一生できません。私の今日までの精神史、人生史を作ったのは、明らかに両親や祖母や兄弟です。たとえそれが忌むべき過去でも、両親にとって不都合でも、私が苦しくても。
この土台の上に私は存在し、延長上に私がいて、私は自分の生きる道を見つけました。
家族の中で培われた私の精神史は、病理も含め、全て私の人生、運命です。
悲観でもなく、楽観でもなく、ただ事実として私はそれを受け入れ、よりよく生きていきます。
血の繋がりを私は否定できません。繋がっているのが事実だからです。
別の人間であることは完全に了解しています。それもまた、事実だからです。
ここに書いていることは家族への悪口ではありません。悪口ならば、私は恥ずかしくてブログを今日まで続けてはいません。親への恨みを書いているのでもありません。ただ私の人生について語るとき、家族の間違いは間違いと正さないことが不自然だからです。

私が正しく真直ぐにあろうとすれば、歪んでいるものは家族であろうと家族でなかろうと、その点においては変わらず指摘し、自分の中で何が自分の価値観なのか確認し続けています。
そして、私の家族は家族です。決して幸せなイメージではなく、その中身はおぞましく、恐ろしく、卑劣で、醜悪で、愚かしく、哀しみと怒りで満ちていますが、それでもそれもまた家族です。
事実を事実をしてありのまま認めることと、人の間違いを正すことは全く別の次元です。
私が私の家族を家族として認めていたとしても、間違いをも認めていることにはなりません。

どんなに受け入れがたくても、これが私の家族です。
そこに生まれたのが私です。
この事実は、私には否定できません。事実だからです。

2009/07/13 18:18 | 美鳥 [ 編集 ]


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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