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2009/06/08 (Mon) ヴァージンの犬 ? SM ?

※6月9日 22時30分 全文加筆修正

20090608.jpg


久しぶりに、このカテゴリーの記事を書いてみよう。
<SM algolagnia>
訳すれば、疼痛性愛と呼ぶ。

SMとも言うが、残念なことに一般人には誤解されて定着してしまった。いや、最初からこれが本物のSMですとは出回っていないので仕方ない。
以前記事として書いたかもしれないが、SMにおいて主導権を握っているのは実は「満足の」Mであり、サディストは「サービスの」Sに過ぎない。プレイは、SとMの共同作業だ。プレイにおいてSとMは人間として平等である。主従関係という形を維持するにしても、Mの協力なしには成立せず、Sの自負と知恵なしにも成立しない相互関係だ。

サディストに力がなければ、心優しいマゾヒストは嬉しくもないのに喜んでいる演技をする。これは、サディストの力量不足を証明している。
嘘がつけないのが、SMという遊戯だ。マゾヒストが全てをつまびらかに曝け出すと同時に、暴くサディストも同等に試される。

人の心を扱うには、知性が要る。慎重さも要る。敬意も払う。
女王様の人間性がM男より格下であれば、SMはすぐに茶番劇に成り下がってしまう。逆に上質であれば、一生を変え、支えていくだけの感動を生む。


一度片足を突っ込んだ世界からは、なかなか抜け出せない。私は、SMの世界が好きだ。
どうか私を調教してください、あなた以外では考えられない、私をあなたの犬として躾けてください、私をあなたの手で女の子に調教してください、と私の前に身を投げ出す男性が現れた。


聞けば、彼はM男としてヴァージンだった。調教経験は、一度もない。SMクラブにも行ったことがない。しかし、憧れが止むことはなく苦しい。
何故なのかと訊けば、複数の答えが返ってきた。

自分の願望を否定しなければならないという理性が一つ。金を払う関係では、満たされないだろうという見立てが一つ。職場、家庭などに万が一ばれてしまえば、人生一貫の終わりだという至極全うな感覚が一つ。

要するに、彼は常識や理性や環境に雁字搦めで足掻いて苦しんでいる。自分自身について苦しめるということは、一つの才能だ。自分の本質と向き合わざるを得ない人間だということだ。誤魔化しがきかない人間だということだ。
私は、内心で彼に満点を付けた。


彼は、真剣に悩んでいる。
非常識で変態な願望は、幾ら打ち消しても彼の頭から離れることがない。誰か壊して欲しいと願ってしまう。こんなことに憧れるのは異常だ、変態だ、危険だ、駄目だ、と幾ら打ち消しても打ち消しても、ふとした拍子に考える。ああこのまま叶うことなく自分は死んでいくのか。この願望は満たされないまま、自分は嘘の顔をして生きていくしかないのか。誰にも言えない。妻にも勿論言えない。
欲望と理性の狭間で、彼は引き裂かれ続け、虚しさと絶望を抱いている。
裏の顔がありながら、表の顔ばかりで生きなければならない日々が、彼をじわじわと苦しめている。
彼の鬱屈は、私にはよく理解できた。


彼は私という存在を知り、少し話すなり、私との確実な連絡方法を知りたがった。彼が、出会うべき主と出会ったと直感した瞬間だった。
調教してください、あなたの犬にしてください、あなたしかいない、と彼は言った。私は何も言わないのに、身分を正直に明かした。正直であるということがSMではまず大前提であることを、初手の彼は既に直感していた。
良い素質を持っている。彼を調教することに興味を持った。しかし、敢えてその場での答えは保留にした。一人の男の調教を請け負うことは、重いことだ。軽々しくは決められない。


ところで、私は悪食なのか、容易く理解でき、容易く支配できるマゾヒストには興味がない。
社会的地位や、見識、年齢、あらゆるものが私より上回れば上回るほど、プレイは楽しくなる。数いるマゾヒストの中で、私の目に適うM男は稀だ。ただ欲望を抱えているだけの男に興味はない。欲望の傾向にも興味はない。知る価値のある人間についてだけ知りたい。

サディストの種類に比べ、マゾヒストの嗜好パターンは無限だ。マゾヒストの願望にサディストの欲望が常に制限を受けるという、SMの基本構造がそうさせているのかもしれない。マゾヒストの世界は人間の欲望と業の数だけ存在し、人間そのものの多重性、肉体と精神の関係を面白いくらいにありのまま見せてくれる。

私はサディストでありながら、いつもマゾヒスト男性の嗜好には、何故そんなことにそこまで興奮するのか?と首を傾げることから始る。否定するためではない。あるがままを認めるためだ。

例えば、調教志願の今回の彼は、どうあっても男性であり、社会的地位もあり、結婚している。妻とは、ノーマルなセックスが可能だ。にも関わらず、「女の子になりたい」という願望を捨てられずにいる。その願望は、何故か彼の性的興奮と密接に結びついている。それどころか、ノーマルなセックスでは決して満たされない自己の存在意義にまで及んでいる。
彼は、なぜ「女の子にしてください」と私の前に平伏すのか。
マゾヒストの数ある嗜好の中でも、彼は何故そんな突飛な幻想を抱くようになったのか、興味を魅かれる点だ。
私は、相手の嗜好がどれだけ突飛で変態であっても、スカトロ以外なら針でも鞭でも相手が悦ぶなら何でも出来るので、問題はない。相手が悦ぶなら、私も悦ぶ。
この「相手が悦ぶなら」という点が前述のサディストが受ける制約というやつだ。プレイがうまくいけば、制約は枷ではなくなり、逆に妙味を引き立たせるスパイスとなってくれる。


私の調教を受けたいと懇願する男性は、礼儀も言葉遣いも心得ており、会社でもそれなりの地位にある。結婚し、家も持っている。
ひとつ何かストレスはあるかと訊ねると、会社で部下を叱ることが、苦痛でたまらないという。立場上叱らなければならないからしていることだが、相当なストレスだという。彼自身、自分は繊細で神経質な性格だ、と自己分析した。

私の経験上、こういったM男はプレイ中に叱ってやると悦ぶ。優しく叱るのも、厳しく叱るのも良い。ただし、全て相手の予想を裏切り、虚を突いて叱る。なぜ叱られるのか考えさせ、彼が答えを考えている間に彼が答えるであろう答えを先読みし、答えには正解を与えてやらない。その一等上の淫靡な答え、過酷な答えを与えてやると、また悦ぶ。
人間の心とは、こんなふうにできている。SMという遊戯の枠内であれば、叱られることも叱ることも、極上の遊びに変わる。不思議だ。


プレイの質は、サディストの知性と勘と即座に物語を組み立てる能力、マゾヒストの抑圧と信頼と葛藤と快楽と恐怖をありのまま曝け出す覚悟、両者によって上下する。
人間として引き出しの多い者ほど、サディストにとっては面白い。
引き出せそうなものをどれくらい持っているのかは、M男によって違う。感受性と理性と知性が高ければ高いほど、引き出しは多い。そして、彼らは自分自身の精神の深淵を覗き込むことに躊躇し、同時に恋焦がれている。直感的な恐怖を等しく持っている。この世界に踏み出してしまったら、もう二度と自分は元には戻れないことを知っている。だから恐れる。
恐れを飛び越えるために、サディストが手を貸してやる。導いてやる。抑圧も解放も、引き出すのはサディストたる私だ。残さず引き出してやる。

調教志願の彼は、SMの世界に踏み込むことを恐れている。しかし、本当は更にその先にあるものにこそ覚悟が必要だ。それを彼は知らず、知っているのは私のみだ。


一度SMの世界に足を踏み入れれば、二度と戻れないなどという曖昧な観念は吹っ飛ぶ。これまでの曖昧さが嘘のように、身体と精神はぴったりと結びつく。自身の精神を知るには身体に訊ね、身体を知るには精神に訊ねれば分かるようになる。あるがままでいいのだ、と自己肯定できるようになる。他者からの承認を受ける、まして生涯隠しておきたい程の自分の恥部を曝け出し承認を受ければ、精神は味わったことのない安定を得る。ただし、主の前でだ。誰を自分の主人と選ぶかで人生が変わる。調教を受けたことのない彼は、憧れだけを持っている。しかし、精神的に主人を持つということが、どれだけ慎重を要することか彼は知らない。

プレイの回数は、関係ない。上質なプレイであれば、一度で肉体も精神も変化を遂げる。以後、プレイで得たあらゆる感覚は、ずっと死ぬまで彼の身体に刻み込まれるだろう。刻み込めるようなプレイしか、私はしない。
勘の良い良識あるM男性ほど、主人となる女王様の人間性を知ることに重きを置く。彼は、私の人間性を知りたがった。私から短時間で彼が学んだものは多かった。彼は、願望を満たすことが精神の安定に繋がることも、薄々気づいている。一人ではなく、主を必要としている自分にも気づいている。
素質がある。
彼の目に適えば、私への忠誠は深いものとなるだろう。私も、手間を惜しまず可愛がることが出来る。
彼が、切実にSMを必要としている事実。
これこそが、サディストの私にとっての稀なる素材だ。強烈に興味を魅かれる。


私なら、彼を彼が今想像している以上の世界へ導くことが出来るだろう。私もまた、彼という素材を前に、彼の嗜好の発端を見つけ出すという胸躍る観察実験ができる。彼が自覚しているよりもはるか前に遡り、幼少期のトラウマまでもプレイの俎上で解体し、詳細に調べ、彼に最高の悦楽と安堵を与えられる。
SMカウンセラーになれますよ、と彼が冗談なのか本気なのかそう言ったが、あながち的外れではない。プレイ中に私が考え続けるのは、相手の心理のみだ。抑圧と解放について考え続けている。抑圧を解除してやり、安心を与え、全てを暴き出し、解放し、相手のすべてに承認を与えてやる。その瞬間に、私もまた最高の悦びと充足感に満たされる。

私のようなサディストと彼のようなマゾヒストが出会えば、少なくとも彼が想像している以上に世界は質量を増し、制御しがたい遠心力が生まれる。彼は、そのことをまだ知らない。
私が、最初に想定し、考慮し、決断するべきことだ。
彼の調教を引き受けるべきか、迷っている。


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SM algolagnia | comment(18) |


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返信はいつでも構いません 

toruです。

僕は、無意識に他人の欲求を満たしてしまう癖があります。
それゆえ、マイペースな人、自己がとても強い人、他人からある種煙たがれている人、と仲良くなる傾向が強いです。
僕自身も相手の欲求を満たすことで、満たされるみたいな所があり、長所でもあり、短所であるとも思っています。
長所であるのは、社交性に富み、表面上の人間関係の構築はとても早いですし、波長が合えばどこまでも深い関係を築けます。個性の強い人と仲良くなれますので、普通では体験できないような経験ができたりします。
短所としては、相手の欲求を満たそうとするあまり自分のやりたいことがなくなり、完全に相手と同化してしまいたいという願望が生まれます。相手の自己実現が自分の自己実現という形態を取ります。全てをゆだね、もたれかかりたい気持ちになります。完全な依存関係を求め出してしまいます。戦国時代の主君に対しての武士の振る舞いに似てるのかなぁと一時期思ったこともあります。(武士道にはまった時期もありましたし)

今回このSとMの記事を読ませて頂いて、僕はMなのかな~と思いました。(Sには絶対になれなさそうだし)
ただ、僕の場合、相手が何をしたいのかを、常に予測しているので、もしかしたらSとMには当てはまらないものなのかもしれませんけど。

SMに関しては、未知の世界で初めてその世界を拝見させて頂きましたが、非常にそそられる文章でした。
とても興味が湧いてしまったのが、正直な気持ちです。
僕は欲望の渦の中に、自分を放り投げて、ぐちゃぐちゃになっちゃいたい願望はとても強いです。

酒飲みながら、Thom Yorkeを聞いて変な気持ちになってることはあります。笑

2009/06/09 12:32 | toru [ 編集 ]


sm? 

どうも、お久しぶりです。
覚えてないかもしれませんが、
wstです。
今回の記事はsmについてでしたね。
自分のことはmなのかなぁ…って思ってますが、
実際どうか分かりません。
sになりたいってのもありますし…
美鳥さんは、s、mどっちですか?
では、失礼します。

2009/06/10 01:17 | wst [ 編集 ]


SMについて 

何度かブログを読ませて頂いています、桂子です。
こちらにも遊びにいらして下さってうれしいです。ありがとうございます。

「あぁ…。久しぶりにちゃんとSMわかってる人に出会った」と思いました。(何様だ私)
私は一時期SMにハマっていて、でも結局自分の思ってるSMとは違う考えの方ばかりでした。
だから美鳥さんのお話に「なんだ。私の考えおかしくないじゃん」と。(笑)

もうSMからは遠いとこにいますが、美鳥さんのように考えてる方がいることがわかっただけで、ちょっとホッとしました。ありがとうです。

はじめてのコメントがこんな形になるとは…。
もっとちゃんとしたこと書けたらよかったのですが…すみません。

また遊びに来ます。

2009/06/10 07:41 | 桂子 [ 編集 ]


うらやましいです 

初コメントさせていただきます。


今回の記事を読んでいて、とてもうらやましいと思いました。

その「濃密な信頼関係」にです。

自分の恥部も全て曝け出せる様な。
そしてお互いの存在をちゃんと肯定し合える様な。

そんな嘘の無い、誠実な関係を築いていけるパートナーが1人でも居れば、世界は大きく変わるような気がします。



2009/06/11 20:32 | まゆげ [ 編集 ]


あはっ 

色々な共通項というか趣向というか
とても興味深く読ませて頂きました。

Sか、Mか。
よくある質問ですが、まぁ私はMだろうと答えます。
するとオレはSだと言って言葉で追い込もうとする人が…
「なんちゃってSさんはごめんですよ?
 この人ってSでないとMは出ませんし、日常的Mではありません」
むしろこちらが上からの態度で出ます。思い切り。
ここでぽかーんとしちゃう人、もうあららって感じですね(笑

今お付合いしている人は、普段とても気配りが出来て温和
なのに、スイッチが入ると目の色が変わる(この表現がぴったり)
それを見てぞぞぞっと来ると、あぁこれだ、パチンっとこちらも
体をゆだねられるのですねぇ。Mはよーく見ております(笑
この感覚がズレるとだめなんです。
需要と供給。Mってわがままなんです…はは。

2009/06/12 23:43 | ミミ [ 編集 ]


うっとり 

美鳥さんのSM論のファンのわたくしです。
文章を読んでうっとり、そう、、、、そうなのですよね。
といっても私はこの人というお相手も見つからず、また自分がどこまでSMを必要としているのかわからず彷徨っているのですが。

刻み込めるようなプレイ、
プレイという言葉を好みませんが、美鳥さんがおっしゃると、プレイこそ真実と思えるから不思議です。
SM嗜好があるといって、単なるセックスしたいだけの男の人がなんと多いことか、M女をお財布代わりにしたり、言うことを聞かせることがSと思っている人のなんと多いことか。


言葉は全てではありませんが、美鳥さんのSM論はとてもとても魅力的です。

言いたいこと、求めていることが言葉となって明示されているからなのでしょうね。

2009/06/13 08:39 | 理緒子 [ 編集 ]


>>toruさんへ 

toruさん こんばんは。
いつもコメント、ありがとうございます。

toruさんのご自身を分析されたコメントを拝見していて、所謂「AC(アダルトチルドレン)」傾向が強いと感じました。
他者の欲求を満たすことに喜びを感じている時点では長所なのですが、相手と境界線が曖昧になり依存的になる関係は、心理学で言うところのアダルトチルドレンの特徴かと思います。アダルトチルドレンは、長所として生かすことが出来れば、働き者で社交的で面倒見が良くてよいのですが、本人が常に自分らしくいられず、苦しい、生き辛いと感じ、対人関係で共依存関係に陥りやすいのが特徴です。

私自身が、極度のアダルトチルドレンでした。一言で言えば「誰から見ても良い子」であることが常に優先され、どんな人も拒まず受け入れ、他人の悩みもわが事のように感じ取れるため、重宝される人種でした。正義感も責任感も強く、そんな自分が嫌いではありませんでした。
toruさんが仰るように、長所でもあり短所でもある。そんなふうに思っていました。

ある時点で、私はこの生き方に行き詰まりをはっきり自覚しました。他人に力を貸したり助言したりしている割に、自分の人生が全く自分の思うとおりに生きられていないことに気づいてしまったんです。
気づいた時には、数々の心身症や自信喪失、対人恐怖で自分はすっかり駄目になっていて、何も考えていないような人たちは、楽々と恋愛したり結婚したり就職したりしていました。ACとして生きてきた私の価値観、人生観が、事実上完全否定され、何故こんなことになったんだろう?と、理解できませんでした。生きることが苦しく、誰か助けてくれと思いながらも、人に対してはいつも頼られる人間であることは、やめることができませんでした。

長々と前置きのようなことを書いてしまいました。

SMという遊戯は、ある意味アダルトチルドレンにとって、とても居心地が良い世界だと思っています。
前述のような状態だった私を救ったのは、変態といわれる世界の人たち、マイノリティでした。中でも一番私を解放してくれたのはSMです。当初は、私はマゾヒストとしてスタートしました。
私自身が体験したSMを、私なりに発展させて、今のスタイルが出来上がりました。そんな私のSM観を書いてみたのが今回の記事です。

toruさんが今回の記事に関心をお持ちになり、コメントまで寄せて頂いたのは、得心が行くことで、有難く感じました。

toruさんの自己分析は、丸々アダルトチルドレンの長所と短所であり、同時にSMにもなぞらえることができます。とても的確に長所と短所を表現していると思いました。
短所の部分が肝心で、SMの怖いところでもあります。SMは、<依存>という遊びだからです。

あくまで数時間のプレイ、遊戯、遊びとしてSとMの主従関係にのめりこむことは良いのですが、現実生活の上でも、この主従関係や依存関係を保とうとすると、必ず人生は破綻します。誰も誰かの人生を背負うことは出来ないし、背負って歩けるほど人生は軽くはない。また、背負いすぎている人ほど、誰かに荷物をまるごと預け、何もかも放り出してしまいたくなるものだと思います。背負わされた人とは、怒りの関係か、共依存関係に陥ることがよくあります。
そんな理由で、私はプレイとしてのSMをこよなく愛しています。
が、パートナーが必ずしもそこまで考えが及んでいるとは限らず、往々にして肉欲は理性を越えるので、とても難しい問題です。


> 今回このSとMの記事を読ませて頂いて、僕はMなのかな~と思いました。(Sには絶対になれなさそうだし)
> ただ、僕の場合、相手が何をしたいのかを、常に予測しているので、もしかしたらSとMには当てはまらないものなのかもしれませんけど。

あくまで個人的見解ですが、SMという世界は、アダルトチルドレンとされる人たちには、とても馴染みのある空気ではないかと思われます。全く違和感がないといってもいいかもしれません。

SでもMでもかわりません。理不尽なことにもYESと服従し、恥辱的なことにも自己犠牲で応えてみせるMの精神を理解し、先読みし、共有するのがSなので、SにもMにも、相手が何をしたいのか常に予測する習慣と知性が必要です。
「自分が何をしたいのか」だけを考えていると、SMはプレイとして成り立ちません。
なので、toruさんがSに全くなれないかというと、そうでもないと思います。
Mを務めるのであれば、toruさんの思考を先読みして更に味付けをして返せる知性を持ったSと相性が良いでしょうし、そういったSが見当たらなければ自分がやってみようと思われるかもしれません。私は、そういう理由で、MからSに転向しました。
M出身のSというのは、どちらの気持ちもよく分かるといってSM界では重宝されます(笑)


> SMに関しては、未知の世界で初めてその世界を拝見させて頂きましたが、非常にそそられる文章でした。
> とても興味が湧いてしまったのが、正直な気持ちです。

有難うございます。
SM信奉者ではないのですが、私にとっても飽くなき興味をそそられ続ける世界です。特に、私を人間不信から救った変態の方々には今だ心から感謝しています。とんでもない性癖を持っていても(本当に想像もできないような性癖が無数にあります)、普段はネクタイを締めて普通に出社したりしているのを見て救われました。ありのままでいていい、寧ろ偽っていては成り立たない性的マイノリティの世界は、アダルトチルドレンだった私を随分と呼吸しやすくしてくれました。


> 僕は欲望の渦の中に、自分を放り投げて、ぐちゃぐちゃになっちゃいたい願望はとても強いです。
>
> 酒飲みながら、Thom Yorkeを聞いて変な気持ちになってることはあります。笑

Mの時より、Sを務めるようになった今より強く感じるのですが、M性を持った男性の嗜好は、彼自身の過去に遡り、家族構成や生育歴と密接に結びついている場合が多いです。
壊して欲しいと頼んでくる男性は、完璧主義な場合が大抵です。なぜ完璧なのかは、両親を辿ると分かります。そんな丸ごとを受け止め開放することが、私の楽しみなのかもしれません。

Thom Yorke、暗いとご家族が仰ったとブログに書かれてらっしゃいましたが、私は好きですよ~。

2009/06/17 20:23 | 美鳥 [ 編集 ]


>>wstさんへ 

wstさん こんばんは。お久しぶりです。
覚えていますよ~!コメント、ありがとうございます。
前回のコメント返信も、随分と遅れてしまったので、アドレスにメールをお送りした日に、こちらのコメントを頂きました。無事、メールが届いていると良いのですが。

> 今回の記事はsmについてでしたね。
> 自分のことはmなのかなぁ…って思ってますが、
> 実際どうか分かりません。
> sになりたいってのもありますし…

SMは、人間観察の極みといった意味合いで、強い興味を持って関わっている世界です。
SMって何だろうなぁと昔はよく考えていましたが、はっきり言って「面倒な世界」です(笑) 縛るにも時間がかかるし、Sの責めに応えるにも、ぼんやりしていてはつとまらず、とにかくお互いに関わるために必死なんですよね。つり橋の上でであった男女は恋に落ちる確率が高い「吊橋効果」というのがありますが、あの吊橋を自分達でせっせと作っているのがSMの世界の人たちだと思います。
既製品よりも手作り品が愛着が涌く。そんな感覚がSMに通じるのかなと思っています。
SMの世界に全く馴染まない人もいますし、元Sで現Mの方、また逆も多いです。SMの空気が好きだという方は、案外どちらも気分次第でつとまるのではないかと個人的には思っています。


> 美鳥さんは、s、mどっちですか?

私は、元ドM。現、ドSです。
と、思います。
余程の能力が高いサディストでなければつまらないと思うようになってから、Sに転向しました。私にやらせてみろ、と思うようになったんですね。もっと濃密で感動に充ちたプレイをやってみせる、と。
知性と人間性を兼ね備えた尊敬できるSがいれば、私はまたMに戻るかもしれません。どちらでも構わないと思っています。また、昔はSMは不可欠だと思っていましたが、今は遊びであるべきだと考えが変わってきています。

ドSに転向した私の過去のプレイ内容の一片を、一度このカテゴリーで書いたことがあります。
もしご興味があれば、探してみてください。
ご訪問、コメント、ありがとうございました。

2009/06/17 20:37 | 美鳥 [ 編集 ]


>>桂子さんへ 

桂子さん こんばんは。
御挨拶が遅れました。こちらこそ遊びに来てくださって、ありがとうございます。
それに、SMの記事に女性からコメントをいただけた~!と、私としては嬉しい限りです。勇気ありますね(笑) 桂子さんのブログは、時々拝見していました。凄く前からじゃないでしょうか。最近、明るく前向きなトーンの記事が多く、お見かけしただけでちょっと元気が出ます。


> 「あぁ…。久しぶりにちゃんとSMわかってる人に出会った」と思いました。(何様だ私)
> 私は一時期SMにハマっていて、でも結局自分の思ってるSMとは違う考えの方ばかりでした。
> だから美鳥さんのお話に「なんだ。私の考えおかしくないじゃん」と。(笑)

いや何様でもないですよ。私も、常日頃「SMをちゃんと分かってる人はいるのか?」と疑問で、このような一個人の勝手なSM観ですが、書きたくて仕方ないのです。リアルの友人知人などには、よくSMについて話し、「SMのことを語っているときが一番美鳥は目が輝いている」と言われるほどです(笑)
Mから出発し、現在Sの私が思うなりのことを書いてみました。
共感頂いて嬉しいです。
本当に、自分の思っているSMとは違う考えの人が多いですね。最初は分かっているような気がしていても、あれこいつ結局分かってねーやとがっかりしたり。(←なにさまw
じゃあ自分で理想的SMをやってみせよう、ということでMからSに転向してみたのでした。しかし、面倒ですねSは。気を遣うので、エネルギー消費が激しいですw


> もうSMからは遠いとこにいますが、美鳥さんのように考えてる方がいることがわかっただけで、ちょっとホッとしました。ありがとうです。

こちらこそ、似たSM観を持ってらっしゃる桂子さんがいらっしゃるとわかっただけで、嬉しいです。
ほっとしますね。何でしょうね。この「ほっとする」て。まだまだSM界も捨てたもんじゃない、と思って、ほっとします。


> はじめてのコメントがこんな形になるとは…。
> もっとちゃんとしたこと書けたらよかったのですが…すみません。

いえいえ!
仰りたいことは分かります。それなだけに嬉しいです。
初めてコメント頂いて、大変お返事が遅れて申し訳ありませんでした。
共感頂いて、俄然、まだまだ書きたいSM記事を書いてみたくなってきました。また是非お付き合い頂ければ幸いです。
こちらこそ、あらためて御挨拶に参ります。
コメント、ありがとうございました。

2009/06/17 20:49 | 美鳥 [ 編集 ]


>>まゆげさんへ 

まゆげさん こんばんは。
初コメント、ありがとうございます。

SMに関する記事は、私にとって特別な思い入れがあります。コメントくださって嬉しいです。


> 今回の記事を読んでいて、とてもうらやましいと思いました。
>
> その「濃密な信頼関係」にです。

ありがとうございます。と申し上げるのが適切なのか分かりませんが(笑)
まゆげさんは、SM経験をお持ちのように感じました。
SMは、「信頼関係が大事」とよく言われますが、信頼関係の深度は、パートナーの質で様々だと実感しています。想像力がなければ、またどこまで深く関わろうとするかで、関係の濃密さが限定されてしまいます。
私は、基本的に人間不信にあって、只今治療中で随分と回復してきました。が、昔から人間という生物が好きという点は変わりがなかったように思います。特に人間を好きだと思えるのは、SMなどの性的マイノリティの世界にいるときです。

SMは、主従というファンタジーを共に構築し、そのアンバランスな吊橋の上で、いかに互いに手を取り合い繋ぎ続けるかという点に醍醐味があるように思います。信頼関係の深度、密度は、満足度と比例します。


> 自分の恥部も全て曝け出せる様な。
> そしてお互いの存在をちゃんと肯定し合える様な。

SMって、自分の恥部こそを曝け出す場なんですよね。
「お互いの存在をちゃんと肯定し合える」というまゆげさんの言葉から、色々と考えてみました。
SM以前に人間とは、互いを鏡のように見立てている部分も大きいように思います。サディストの私は、たまに孤独を感じます。それは、私が鏡であると自覚させられる瞬間に訪れます。Mの反応があって私が存在する。私の存在があって、Mがいる。たった一人のサディストと、たった一人のマゾヒストで世界を構成しなければならない、そして構成している、そのことに避けがたい孤独を感じます。

SMのプレイ中の満足とは、紙一重に孤独であると思います。

過去に私が自身のプレイを書いた記事があります。カテゴリー<SM algolagnia>の中の<あなたは、あなたの美しさを知らない。>という記事です。今振り返ってみれば、しっかりと繋がれた信頼関係があり、同時にそれぞれに一人きりの閉ざされた感覚に埋没しています。ご興味おありでしたら、是非ご一読いただければ幸いです。


> そんな嘘の無い、誠実な関係を築いていけるパートナーが1人でも居れば、世界は大きく変わるような気がします。

そうですね。私も、そう思います。
実際に私を助けたのは、SMの世界、SMパートナーであったことは認めざるを得ません。数々のSに失望し、Mにも失望しましたが、SMの世界はそれでも魅力的であり続けています。人間の欲と理性、被虐と嗜虐から生み出される精神的世界の変容をこの目にするのが、たまらない興味なのです。

プレイだけでない、人間としても信頼しあえるパートナーを探すのは、一苦労ですね。
そして、見つけたと思えば、今度はプレイと生活を分ける分別を保ち続けるのが一苦労です。
あらゆる面で、SMは大人の遊びですね。

SMとなると、私はつい饒舌になってしまいます。長文で申し訳ありません。
過去記事でも、近々SM記事を書いたときにでも、また全然無関係の記事でも、またコメントいただけましたら嬉しいです。SMについて話し合える方との交流、楽しみで仕方ありません。

また是非お気軽に遊びに来てください。
コメントありがとうございました。

2009/06/18 01:37 | 美鳥 [ 編集 ]


>>ミミさんへ 

ミミさん こんにちは。
女性からコメント貰うと、何かほっとします。ありがとう!

> 色々な共通項というか趣向というか
> とても興味深く読ませて頂きました。

ありがとうございます。回れ右する方も多いかもしれない話題なんですが、そこらへんの基準が私はおかしくなってるようなので、喜んで読んで下さる方が有難い。しみじみ。


> Sか、Mか。
> よくある質問ですが、まぁ私はMだろうと答えます。
> するとオレはSだと言って言葉で追い込もうとする人が…

いるね!
あいつら何だ!?
急に優位性を示そうと頑張る輩がいて、あーはいはい、うざいよね、と頷きながら読みましたw
そういうやつは、大概Sじゃないですしね。打たれ弱くて虚勢を張ってるタイプですよね。


> 「なんちゃってSさんはごめんですよ?
>  この人ってSでないとMは出ませんし、日常的Mではありません」
> むしろこちらが上からの態度で出ます。思い切り。
> ここでぽかーんとしちゃう人、もうあららって感じですね(笑

多分何がなんちゃってなのか自覚すらないんだと思います。
低レベルでおつむが弱いSは「エゴS」て呼ばれますけど、エゴSって本当、Mから見下げられますよね。Mは警戒心が強いから、相手を見極める目は厳しい人が多くて、そういう基本的なことも知らずに無礼なSは、アホやなぁ出直して来ぃや、て思います。
素敵なSは、一挙手一投足に自信に裏付けられた余裕があるし、そういう人は無駄口を叩かないものですよね。


> 今お付合いしている人は、普段とても気配りが出来て温和
> なのに、スイッチが入ると目の色が変わる(この表現がぴったり)
> それを見てぞぞぞっと来ると、あぁこれだ、パチンっとこちらも
> 体をゆだねられるのですねぇ。Mはよーく見ております(笑

切り替えって大事ですね~ギャップ? メリハリ? 
Sって、普段は気配りが出来て温和、ていうのが本当だと思います。でなくちゃ、七面倒くさいSなんて役柄はつとまらないですよね。
Mの目は、本当厳しい。
自信なさげな雰囲気を漂わせつつ、審美眼や人を見る目には案外自信を持っているMが多いから、Sは常に試されてる気がします。

> この感覚がズレるとだめなんです。
> 需要と供給。Mってわがままなんです…はは。

Mって本当わがままですよねw
ちょっとズレると、Sは「このMめ・・」と、可愛さあまって憎さ百倍になったりしますw でもお互いの責任なんですが。Mは満足のM。いいよなーと思いながらも、パチンと来るSがいないので、その上でSMの世界に関わっていようと思うと当面、面倒なSでしかないようです。

コメントありがとうございます。
お付き合いされてる方と毎日が素晴らしい日でありますように。

2009/06/18 14:28 | 美鳥 [ 編集 ]


>>理緒子さんへ 

理緒子さん こんにちは。すっかりご無沙汰しております。お元気ですか。
コメント、ありがとうございます。

> 美鳥さんのSM論のファンのわたくしです。
> 文章を読んでうっとり、そう、、、、そうなのですよね。
> といっても私はこの人というお相手も見つからず、また自分がどこまでSMを必要としているのかわからず彷徨っているのですが。

今回の記事、女性からの共感のコメントを頂いて嬉しい限りです。
SMを真似たものは多く出回っていても、メンタルとフィジカルを結ぶ行為としてのSMは殆ど知られていないのが一般らしいですね。私にとってSMはこれだ、という感覚でリアルであちこちの友達に話していたんですが、「へ~面白いね」と言われることが多く、書いてみたいなぁと思うようになりました。
SMは、あくまで相手次第の遊戯だと思います。SMありきではなく、相手ありきなので、相手次第ではSMが必要ではないということもたくさんあるなと経験と共に感じるようになりました。対人関係というよりも、むしろ自己と向き合う過程でSMを選ぶのか、他を選ぶのか、選択肢は数限りなくあると実感しています。


> 刻み込めるようなプレイ、
> プレイという言葉を好みませんが、美鳥さんがおっしゃると、プレイこそ真実と思えるから不思議です。

そうなんですね。プレイという言葉を、私は敢えて使うようにしています。
マゾヒストには、往々にして現実逃避願望や、現実破壊願望が強く、そこに肉体の快楽が追加されるとSMが生活を支配し、人生から回避する手助けをすることになってしまうことに気づいてからです。
自分自身がMの時は考えませんでしたが、本当に責任を持って満足がいくSMをしようと思ったとき、Sである私は、目の前の人間の回避行動を手助けするのは御免だと思いました。

そのせいか、プレイ外での会話で、個人的な生活から趣味、子供時代の話、仕事、生い立ちまで話すことが多いです。そうしていくうちに、何故か不思議とSMが必要ではなくなってくることが多いです。
M男性によく「カウンセラー?」とか、「プロの女王様?」と訊かれるのは、恐らく彼らが精神的満足を得ているからだと思っています。Mが欲しているのは、本当は回避ではなく、自分自身を真直ぐ一緒に見てくれるSではないかと思っています。


> SM嗜好があるといって、単なるセックスしたいだけの男の人がなんと多いことか、M女をお財布代わりにしたり、言うことを聞かせることがSと思っている人のなんと多いことか。

そうですね。もっぱらセックスのスパイスになっているのではないでしょうか。
或いは意外と多いと感じるのが、SとMでうまくいってそうに見えて、SはMから奪い、MはSから奪っているだけの関係です。ギブアンドテイクではなく、お互いにテイクしあって満足して、また次も会う。そんなSMも多いなと思います。私は、虚しくて嫌いなので、テイクだけのMはお断りしますが。
お財布がわりにするSなんているんですか・・・!
お財布がわりにされるMも、何だか情けないですね・・・。元Mとして、お前らしっかりせんかいとツッコミたくなりました(笑)


> 言葉は全てではありませんが、美鳥さんのSM論はとてもとても魅力的です。
>
> 言いたいこと、求めていることが言葉となって明示されているからなのでしょうね。

ありがとうございます。
SMについて書いていると、人間について書いていると感じます。
人間をあらゆる角度から見るのが好きですが、人が隠したがる裏の顔、性的マイノリティには、人間臭さが際立っていて、観察、考察し甲斐があります。
私が興味を持っている心理学と重なる点も多く、SMとカウンセリング(有効なカウンセリングに限定しますが)と重なる点も多く、これからも私の興味の対象となってくれそうです。

コメント、ありがとうございました。

2009/06/18 14:46 | 美鳥 [ 編集 ]


再びお邪魔します。m(__)m 

toruです。

返信ありがとうございます。
再びコメントしてもよろしいでしょうか?
しつこくてすいません。苦笑
以下の文章に関してどうしてももう一度コメントをしたかったもので。



>何も考えていないような人たちは、楽々と恋愛したり結婚したり就職したりしていました。
>ACとして生きてきた私の価値観、人生観が、事実上完全否定され、何故こんなことになったんだろう?と、理解できませんでした。

美鳥さんの表現する”何も考えないような人達”とずれがあるかもしれませんが”何も考えてないような人たち”というフレーズがとても僕の心に響きましたので。
僕から見て、何も考えないように見える人達を僕は軽蔑してきました。
やさしさとは?幸せとは?人間とは?誠実とは?という僕にとっては人生の問いに答えようとしていない人達をとても馬鹿に感じていました。
程度の低い人間だと決め付けていました。
その人達がとても狭い世界で生きているように感じたのかもしれません。
目の前の現実しか考えていないというか。
だから、僕は人一倍悩みぬき、世間で言われているところの道徳やモラルをかたくなに守り続け、また自分なりの道徳観のようなものも確立してきました。
僕はそうやって、苦しみ努力し続けることに何の疑問も持っていませんでしたし、その先にはきっと幸せがあると確信していました。
しかし、少なくとも今の現実は違います。
とても幸せとはかけ離れたものです。
病気になってしまい、毎日毎日苦行のような人生を送っています。
毎日が闘いです。
息を抜いて楽しく人生を送ることができません。
悩めば悩むほど、思考だけが選考し、また悩みを生みます。
地獄の無限ループに陥ります。
それは性格が問題なのか、うつ状態による脳の分泌異常がもたらすことが問題なのか、よくわかりません。
そして、ふと同世代の人達を見ます。
またこれが絶望です。
いわゆる”何も考えないような人達”がとても生き生きと人生を楽しそうに過ごしているではありませんか。
僕は今も動揺しています。
今までの自分を否定しないまでも、間違っていたことが多いんじゃないのかと考えるようになりました。
でも、なかなか考え方や価値観を変えることはできません。
目の前の幸せというか当たり前の幸せが全くわからなくなっていたんです。
僕が思っていた”何も考えないような人達”というのは驚くほど現実に即した正常な人達なのかもしれません。

今でも悩み続けてます。




>Thom Yorke、暗いとご家族が仰ったとブログに書かれてらっしゃいましたが、私は好きですよ~。

ありがとうございます!!
最近は合わせてビョークも聴いてます♪



なんだか自分よがりのコメントになってしまい、SMとは全く関係ない内容になってしまいました。
すいません。
”何も考えないような人達”というフレーズにとても敏感に反応してしまい、このような結果になってしまいました。



美鳥さんがコメントして下さったように、僕も応援しています。
何やらお疲れのようですが、無理せず頑張って下さい。m(__)m


ではでは。
お邪魔します。

2009/06/18 20:06 | toru [ 編集 ]


再び 

美鳥さん!
またすばらしいコメント返しありがとうございました。他の方へのコメントの言葉にもふむふむと読みいってしまった次第です。
どうしてもまたお話したくなって、この場所をおかりしますけれど、どうかお返事はなさらないようにお願いいたします。
これだけの文章を書かれるのに、お時間も気持ちも頂くのが心苦しいので。



>マゾヒストには、往々にして現実逃避願望や、現実破壊願望が強く、そこに肉体の快楽が追加されるとSMが生活を支配し、人生から回避する手助けをすることになってしまうことに気づいてからです。
自分自身がMの時は考えませんでしたが、本当に責任を持って満足がいくSMをしようと思ったとき、Sである私は、目の前の人間の回避行動を手助けするのは御免だと思いました。


そうなのです、、、、、私には幼い頃から現実逃避の癖があり、人生を果敢に生きてこなかった。
ずっとずっと神様に明日私を取り巻くすべて、私自身も変わっていますようにと、お願いし時間のほとんどをこうありたい自分や環境を妄想することでやり過ごしてきたのです。(このことをお話するのは本当に恥ずかしく、、、)

守るべきものができて、自分の人生をリアルに受け止め生きて行くことができるようになっていたのに、またしても逃避癖が。
私は緊縛嗜好なのですが、丁寧に扱われ、そして身体の力をすべて預けて吊られることの幸せ。ああ、そうだ、私は死にたかったんだと、涙したこともあります。全く性的な関係なしに吊られただけで、驚くほど自分の感情を解放できたことの喜びはこの上ないものでした。

SMの怖さは、やはり施すS側の人間性、美鳥さんが、この人の人生の回避を手伝うのはまっぴらだというのは、まっとうなお考え。手伝いっぱなしで、現実に帰ってこられなくなるのは怖いことです。
そこに男女関係の恋愛感情がはいると、どうしても脆弱なM側がさらに壊れることになります。


>そのせいか、プレイ外での会話で、個人的な生活から趣味、子供時代の話、仕事、生い立ちまで話すことが多いです。そうしていくうちに、何故か不思議とSMが必要ではなくなってくることが多いです。
M男性によく「カウンセラー?」とか、「プロの女王様?」と訊かれるのは、恐らく彼らが精神的満足を得ているからだと思っています。Mが欲しているのは、本当は回避ではなく、自分自身を真直ぐ一緒に見てくれるSではないかと思っています。

ああ、本当にうっすらと思っていることを、感じていることを言葉にしてくださるので、私はうれしくてなりません。
人間はやはり言葉によって自分の感情を明らかにして理解していく、より深める。
私は、その言葉にする技術を持ちませんので、自分の言葉にならない思いを、こうして目の前に言葉となって並んでいるのを読むことがどんなにうれしいことか!これはもう快楽といっていいほどです。

私はS男性に父性を求めております。痛めつけられるのではなく、痛みによって意識を飛ばしたいのでもなく、幼い私をずっとずっと見ていてください、見守っていてくださいという想い。

回避でなく自分自身を真直ぐ一緒に見てくれるS、、、、、

そうなのです、、、、、、私の理想のS男性。
そこに批判やアドバイスなどはいらなくて、ただただそばにいて聞いてくれる、、、、
言葉でその技術がない方でも、人柄と縄の技術でカウンセリングのような効果があるのです。

以前女性の緊縛師さんの縛りにどうしても憧れて、惹かれて。その方に一度縛っていただきたいとお願いしたことがあります。

その時のお返事が、

私は誰でも縛りません。何度もお会いして、話し合いのセッションを重ね、その上で、縛る必要があると思った人を縛ることにしています。自己満足系のM女さんのことは縛らないのです。

というものでした。
まことにすがすがしいお返事で、感激したことを、美鳥さんのエピソードで思い出した次第です。


今、私はSMや男性に何を求めているのだろうと、
考えていたところでしたので、美鳥さんの日記、そして私の至らないコメントに返してくださった言葉は、わたしに今の答えを私自身が言葉にして自覚する手立てを与えてくださいました。

一番の収穫は、プレイという言葉に、遊びという印象を受けていたのですが、相手の人生を背負うほどの人間はいない。この真実を私は忘れておりました。
一定時間のカウンセリングとしてのSMや男女関係というくくり、これが私に必要だと思ったのです。
そのたてわけは口で言うほど簡単ではありませんが、新しい視点を得たように思います。

長々とごめんなさい。
ありがとうございました。

追伸

テイクだけのMはごめんだ、、、の言葉は少々耳が痛かったです(^^)気をつけなければ、、、、






2009/06/19 13:15 | 理緒 [ 編集 ]


>>toruさんへ 

toruさん こんばんは。
再び、いらっしゃいませ。
コメント、ありがとうございます。
有意義なコメントをいただけると、私としても記事の内容を広げることが出来るので有難いです。
ただ、私の体調が調わず、お返事が遅れました。


> 美鳥さんの表現する”何も考えないような人達”とずれがあるかもしれませんが”何も考えてないような人たち”というフレーズがとても僕の心に響きましたので。

「何も考えてないような人たち」と書いた時に、ああこれを読んでカチンと来る人もいるだろうなぁと思ったのですが、実際当時の私が思っていたことを言葉にするなら、まさにこの表現だったので、敢えて選んだ言葉でした。それだけに、当時の私の定まらない劣等感と自意識がこの一点に色濃く反映されたと思っています。その言葉がtoruさんに響いたことは、私にとって興味深いひとつです。


> 僕から見て、何も考えないように見える人達を僕は軽蔑してきました。
> やさしさとは?幸せとは?人間とは?誠実とは?という僕にとっては人生の問いに答えようとしていない人達をとても馬鹿に感じていました。
> 程度の低い人間だと決め付けていました。
> その人達がとても狭い世界で生きているように感じたのかもしれません。
> 目の前の現実しか考えていないというか。

そうそう!そうなんですよね(笑)
全ての言葉に違和感なく頷けます。
私の当時の苛立ち、惨めさ、虚しさ、焦り、全て集約されている気がしました。

しかし、この感覚の中にこそ、突破口はありました。
当時の劣等感や、実際に皆から置いてきぼりにされる現実を打開する策は、全て負の感情の向かい側に対座していました。そのことに気づかないでいたのですが、例えばtoruさんが書かれた「馬鹿に感じていた」「狭い世界で生きているように見えた」「目の前の現実しか考えていない」といったフレーズは、全て自分の問題を解決するための鍵になりました。


> だから、僕は人一倍悩みぬき、世間で言われているところの道徳やモラルをかたくなに守り続け、また自分なりの道徳観のようなものも確立してきました。
> 僕はそうやって、苦しみ努力し続けることに何の疑問も持っていませんでしたし、その先にはきっと幸せがあると確信していました。

あまり強い共感を寄せますと、ネットでの関係という特殊な事情で「転移」というものが起きやすくなると思い、言葉を選ぼうかとも考えたのですが、やはりtoruさんの書いてくださった内情は、私自身の昔の葛藤と重なります。
私は、某巨大宗教団体に属していました。そのせいで、生まれたときから、運命や人間というものについて考え、理想を追い、弟子として師を仰ぎ、また全ての生命を司る因果律、簡単に言えば人間を超越した神というものを仰ぎ見て生きてきました。
ご存知のとおり、宗教には、モラル、道徳、悩み、苦しみ、理想、努力は欠かせない要素です。
そして、努力すれば必ず報われるというのもまた、必ず言われることです。
私は、toruさんのお祖父様のお話を特に興味深くいつも拝見しているのですが、何か通じるものを勝手ながら感じています。

人間が目指すべきものとは何だろうか? 幸せとは何だろうか?
私が宗教団体に一切寄り付かなくなり、洗脳から抜けた時、残された命題は皮肉にも昔と同じでした。
しかし、少なくとも宗教団体が教えていた理想や努力が何にもならないということは、私は実感できていたのでした。toruさんが書かれてらっしゃるように、私は宗教をもってしても、宗教から離れても、努力しても努力しても、

> しかし、少なくとも今の現実は違います。
> とても幸せとはかけ離れたものです。
> 病気になってしまい、毎日毎日苦行のような人生を送っています。
> 毎日が闘いです。

という状態、まさにそれでした。


> 息を抜いて楽しく人生を送ることができません。
> 悩めば悩むほど、思考だけが選考し、また悩みを生みます。
> 地獄の無限ループに陥ります。
> それは性格が問題なのか、うつ状態による脳の分泌異常がもたらすことが問題なのか、よくわかりません。

病名は、殆ど意識されないことを経験上、おすすめします。
脳の分泌異常だ、というような診断もありますが、私が鬱病患者の方と出会ってきて感じているのは、本人の環境と性格、引いては性格を作った家庭環境に必ず行き着くということです。
特に、「楽しく人生を生きることができない」と書かれてらっしゃいます。これは、私が全く楽しまず生きてきて、現在楽しんで生きている経験から申し上げることですが、誰もが人生を楽しく生きられるわけではありません。生まれながらに楽しく生きる方法を教えられていない人は、方法を掴まない限りはとても難しい、と私個人の意見ですが、そう考えています。

悩みがあるとき、人は必ず滅入って当然だと思います。悩んでいる人間に、そんなにくよくよ悩んでいるから駄目なんだ、と言う人間が後を絶ちませんが、悩まない人間の方を私は小ばかにしております。悩み、考えるからループし、失敗もし、また更に落ち込んだりもします。問題意識を持てるから苦しいけれど、まず悩めるということが大きな才能だと思っています。問題があっても悩まない人間を私は家族に持っていますので、尚更そう確信しています。


> そして、ふと同世代の人達を見ます。
> またこれが絶望です。
> いわゆる”何も考えないような人達”がとても生き生きと人生を楽しそうに過ごしているではありませんか。

絶望ですよね。努力と結果は無関係なのだと突きつけられる瞬間ですね。
もしご興味がおありでしたら、発達心理学など勉強されたら糧になるかもしれません。「万能感」というキーワードで調べられると、何かヒントになるかもしれません。
彼らは何も考えていないのではなく、「考える必要がない」のだと私は思っています。


私が、どうやって楽しく生きられるようになってきたのかですが、前述しました

>「馬鹿に感じていた」「狭い世界で生きているように見えた」「目の前の現実しか考えていない」

を、私は全て真似していくことから始めました。
恐らく最初は痛々しかったかもしれませんが、私は死に物狂いでしたから構いませんでした。
真面目に見られていたら、馬鹿っぽく。何か壮大な理想を持っていそうに見られたら、お洒落なカフェにしか興味がなさそうに。悩みがあっても、お笑いを徹底的に見ました。お笑いの中には、私自身を嘲笑しているように感じられるものが多くありました。ああいった世界というのは実に敏感で、私のような「何者かでいたいと思いながらも、普通の人のようにすら生きられずビクビクしている」人間をネタにするのがとても上手いのです。
そんな番組を見て笑う度に私は胸が痛みましたが、見続けました。

何も考えていない人たちへの劣等感を克服するには、同じ感覚を身につければ済むのだと思いました。
かといって、私自身が変わるわけではなく、以前の大切なものはそのままに、多分今の私になっているのだと思います。昔よりも、複数の顔を持てるようになった、劣等感を抱いていた相手の心理が分かるようになった、行動原理が理解できるようになった、そのことは、私を本当に本当に楽にしてくれました。


> 僕は今も動揺しています。
> 今までの自分を否定しないまでも、間違っていたことが多いんじゃないのかと考えるようになりました。
> でも、なかなか考え方や価値観を変えることはできません。
> 目の前の幸せというか当たり前の幸せが全くわからなくなっていたんです。
> 僕が思っていた”何も考えないような人達”というのは驚くほど現実に即した正常な人達なのかもしれません。

「幸せ」というものが、何か遠大で果てしなく崇高なもののように私は無意識に考えていました。
今は、好きなブランドの靴が安く買えたとか、珍しい料理を食べに行ったとか、一日河原でぼけーっとしていたとか、そんなことに幸せを感じます。
「俗っぽく生きる」
これが、私のテーマとなっています。
私がこれまで、散々馬鹿にしたり、劣等感を感じたり、妬んだり、羨んだりしてきた生き方です。

かといって私の本質は変わらず、前より少し楽になっただけです。悩みもなくなってはいません。でも、少なくとも私の周囲の人たちは、私を俗っぽい人間だと見ていますし、同時にそうでない部分もあることを知っていてくれます。

私は過去、自分は醜いと思っていたので出来るだけ目立たない恰好をして俯いていましたが、そのことを今話すと誰もが耳を疑います。
私は過去、他人中心で主張できませんでしたが、それもまた耳を疑われます。
暗くて暗くてどうしようもなくて、死体、人形なんてあだ名で職場で呼ばれて虐められていたことも話すと、耳を疑われます。

今の私は、どれだけ派手でも自分が好きなもので自分を飾ることが好きで、自己主張ができ、笑うことが好きで、笑わせることが好きです。もう私を見て、死体や人形を連想する人はおらず、虐められたら私はきっちり返上します。

人は、変わることが出来ます。
そのためには、悩まずしては叶いません。
これだけは、私の確信です。



随分と長文で私のことばかり書いてしまいましたが、toruさんのコメントを拝見して、私自身のことを話さずにお話することの方がはるかに困難だと感じましたので、書いてみました。

記事にすればよかったかもしれません(笑)

何かの参考になればと書いたまでです。
toruさんご自身が違和感を持たれるものは、意識から排除なさって下さい。
私が通った道以外にも、生きる選択肢は無数にあると感じています。
ただ一つ、自分自身について悩まずして、自分のルーツを辿らずして現状を突破することはできない、これだけは真実だと思います。
また、幸せは自分らしさの中にだけ息づくものだと思っています。

応援しております。
長文で、失礼しました。

2009/06/25 20:43 | 美鳥 [ 編集 ]


>>理緒子さんへ 

理緒子さん こんばんは。
お返事は無用、とお気遣いくださいまして、ありがとうございます。
SMについては、考えることが尽きず、面白いテーマですので、再度返信させて頂きます。


Mから見たSMでのリスクというものはよく語られるのですが、Sにとってのリスクは何か? これは、S性を持った人間の性質からか、あまり語られることがありません。
その中にあって、プロの緊縛師などは生業としているだけあって、明確に基準を持っているようです。

理緒子さんが仰る<現実逃避の癖>は、解離性障害の私には実感として理解できる気がします。
空想の世界や、現実から足が離れた世界。例えば緊縛の吊りの感覚に言い知れぬ満足を抱かれるのは、いわば象徴的といえるかもしれません。不安でありながら、しっかりと繋がれていることは、現実においては時として絶望を生みますが、ファンタジーの世界では、苦痛や不安よりも<繋がれている>という事実に安心感を見出せる、白黒反転した世界だと思うのです。
これは、私自身が吊りを経験したことからも言えることです。


私が、SMプレイにおいて実は懸念していることは、理緒子さんが書かれてらっしゃる

> 守るべきものができて、自分の人生をリアルに受け止め生きて行くことができるようになっていたのに、またしても逃避癖が。

という、「守るべきものができて」の部分です。
SMとは、入り口からファンタジーのように見えます。「主探し」「奴隷探し」などの言葉も象徴的です。そのような関係は、この社会では許されず、現実叶わないことです。どこまでいっても、ごっこ遊びに過ぎません。
実際、SMプレイの途中で補導され、捕まり、夫や妻にバレて離婚にまで発展したSMカップルを知っています。お子さんがいれば、その事実は最悪な結果を生むでしょう。それでもSMが必要なのか。安易に手を出してはならない世界だと思っています。
法的な場に立たされれば、SMとセックス、いわゆる不倫は区別をつけられませんし、その場に立たされて始めて現実にSMプレイはそぐわないことに気づくことになります。しかし、その時点で気づいてしまっては、良い大人として間に合いません。


上記のようなことを書きましたのは、プロといわれる緊縛師が、何故顧客を徹底的に選ぶのか、ということです。
私も、尊敬している女性の緊縛師の方がおられます。彼女は、男性は有料で、女性は無料で縛りますが、やはりセッションにセッションを重ね、必要と思った人しか縛らない人です。
何故そうするのかと考えれば、やはりトラブルが多いからだと思います。
緊縛に失敗して訴えられることは多々あります。障害が残る可能性もあります。金銭の授受がなければ、更に話はややこしくなります。利害関係なく、双方の合意となると浮気となり、頼まれたSも乗ってしまった以上は罪に問われます。

M以上に、Sは孤独な生物です。
Mは、いざとなれば逃げることができますが、Sは逃げられません。全て、Sが施したことになるからです。MのメンタリティもSが面倒を見なくてはならなくなっていますが、果たしてMは弱いのでしょうか。そしてSは強いのでしょうか。
私は、MとSは対等でいたいと思っています。
社会的にどういった行為であるのかをしっかりと認識し、自分が抱えているものの大きさを自覚し、S(例えば私)を緊縛の技術者として見るのではなく私として見返し、私の弱さも見ることができ、私をも支えてくれるM。望み過ぎかもしれませんが、それが私にとっての「テイクだけではないM」です。

そしてバランスが取れた自立した人間というものは、父性と母性の両方を持ち、扱うことができる人間だと考えています。


ここで、思い出したM男性のお話を書いてみたいと思います。
緊縛技術に癒されるという言葉で思い出したことです。

サランラップフェチの男性がいました。
彼の願望は、サランラップで全身をきつくきつく巻きつけて、だんご虫のようにとにかく自分をサランラップで緊縛してくれということでした。
皮膚呼吸ができないので、相当な危険を伴います。グルグルに巻いて巻いて、鼻の部分だけにハサミで穴をあけました。
このプレイは、とにかく見守っていなければなりません。何しろ彼は全く動けないし、いつ呼吸が止まるかもわからないからです。

私の不安や緊張をよそに、彼の興奮は凄まじく、彼は何事か喚きながら身を捩り、苦しげであり恍惚としていました。

その時の私の気持ちはというと、とんでもなく怒りを感じました。
この男は、サランラップが好きで、サランラップと対話しているのであって、私とではない。
直感したのです。

その時の失望感や虚脱、Mに対する「何て傲慢な」という気持ちは忘れられません。

縄との対話を好むのか、Sとの対話を好むのか、それはMのそれぞれの嗜好ですが、Sとして、あんなプレイは二度としたくない、という気持ちが、今の私のSM観となっているのかもしれません。

2009/06/28 21:45 | 美鳥 [ 編集 ]


何度もすいません。 

再度コメントしたいです。
しばらくたってからまた美鳥さんのブログにコメントしてもいいですか?もしくは、公開形式になっているので、あまり僕の事ばかり書くのに気が引けます。なので長文になりそうだったら僕のブログで書きます。

発達心理学、興味があるので調べてみます。

2009/06/30 17:09 | toru [ 編集 ]


>>toruさんへ 

toruさん こんばんは。
有意義な再コメント、歓迎です。
コメントでも構いません。
嘘、偽り、保身、自己陶酔は受け入れられない私の個人的事情がありますが、それ以外でしたら答えが出ないもの、葛藤、迷い、矛盾、どれもおうかがいしてみたいです。

どの形でも構いません。
私も、記事を書こうかと思える有意義なテーマをtoruさんから頂いています。

一つ、付け加えるのを忘れていました。
幼児期の「万能感」については発達心理学が色々と解き明かしていますが、その後の、いわゆる成人になってからの生き方については、「機能不全家族」と「AC(アダルトチルドレン)」について勉強されることをおすすめします。
生き方、人格を考え直す上において、家族は欠かせない要素です。そして、一番向き合うのが辛いテーマです。しかし、ここが肝要と思います。
応援しております。

2009/07/02 20:38 | 美鳥 [ 編集 ]


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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