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2009/05/24 (Sun) 理不尽の連鎖 ? 機能不全家族 ?

20090524.jpg

理不尽な事でも、それが数十年に渡り日常的に繰り返し行われると、一体何がどう理不尽なのか分からなくなってくるものだ。

暴君のような父親の元で育った知人が、かつていた。
彼女の家では、父親の一言は絶対だった。両親共に働いていたが、父親は生活費を別にしたので母親の稼ぎだけで兄弟3人を育てた。父親の暴力、暴言は日常茶飯事で、夜中に父親が包丁を持って窓伝いに殺しに来たこともあった。

そんな彼女の家の食卓は、拷問だった。
団欒からは程遠く、何か少しでも父親の機嫌を損ねるようなことがあると責め立てられる。
まともな家庭ではなかった。
しかし、彼女にとって家庭とは、それ以外に存在しなかった。理不尽に耐え忍ぶ毎日は、彼女に父親を殺したいという憎しみすら抱かせた。


彼女は大学入学と共に牢獄のような実家を出て、一人暮らしを始め、やがて結婚することになった。
相手の家の夕食に招かれた26歳の時、彼女は衝撃的な場面に遭遇した。

婚約者の食卓では、皆が笑って冗談を交わしながら食事し、特に子供達の父親への接し方は、まるで彼女の家と違った。
恋人の父親が、妻や子供達に「ごはんおかわり」と言うと、皆が「もう、お父さん自分でよそいなさいよ」と囃したてた。
咄嗟に、恋人の父親が怒鳴り喚き食卓は惨状になる、と彼女は恐怖で身を硬くしたが、当の父親自身当然のように楽しく笑っている。

皆が笑っているその場で、彼女だけが青ざめていた。こみ上げてくる生理的な恐怖心に襲われ、吐き気をこらえていた。
目の前の光景を受け入れられず、子供達が父親と冗談を交わす度に、ビクビクと怯えた。それは最早、反射的で、彼女自身も自分でコントロールできなかった。
彼女の家では、絶対に有り得ない光景だった。家事は女がするもの、と父親から蔑まれてきた彼女は、男女同権を日頃から強く唱えていたが、実際は自分は疑うこともなく家事は自分がするものだと思い込んでいたことに気づいた。


恋人の家から戻ってきた彼女は、結婚は無理かもしれないと私に話した。
彼女は言った。
あれが普通かもしれないけれど、結婚して自分があんなふうにできるかと考えたら到底できそうにない。多分、疑いもなく夫の世話をしてるし、食卓で一言でも口をきこうものなら子供達を叱り飛ばすだろう。
恐ろしくて、自分は絶対に夫自らごはんをよそわせることはないだろう。そして、子供達もそれが当然なのだと思って育っていくのだろう。そして、自分の子供達はいつか言うのだろう。なぜ家事は女の仕事なんていわれなきゃいけないんだ、と。かつての自分のように。

誰が茶碗にご飯をよそうのか。それだけのことに、一つの家族の在り様が見えてくる。
それは、家庭という密室の箱の中で、家族という媒体を介し、ほぼ疑われる機会もなく受け継がれて行く。
頭で、理性で、「これはおかしい」「許せない」「変わりたい」と考えていても、変革が終わったわけではない。
習性に抗うとき、必ず最大の恐怖が訪れる。
刻み込まれた嘘、根拠のない劣等感、恐怖心は、抗わず服従し沈黙を守り、恭順することが最も安全であるかのように錯覚させる。先述の友人が、どうしても食卓で嫌なのに夫に怯えてしまうように。

刷り込まれた習性に挑み、長い長い年月をかけて積み重ねられた理不尽な事実を「NO」と突っぱねなければならない。何度も行動し確かめることで、ようやく自分の感覚が、自分の生き方に合致してくる。
「自分らしさ」「自分らしく生きる」という言葉は、今の世の中に氾濫しているが、手に入れるのは決して容易くはないと私は感じている。理不尽な習性を自覚し否定し、何度も何度も恐怖に直面し挑み、失敗と成功を繰り返し自分の感覚を修正していかなければ、手に入らない。


その後も悩み続けていた彼女だが、結婚した後、離婚した。
今どうしているのかは知らない。
私が、縁を切ったのだ。
理不尽な家庭で育った彼女は、私ととても気が合った。6年間、同居するまでに。
しかし一方で、私を嘘や脅しで支配しようとし、私を羨んだかと思えば蹴落とそうとした。やがて私へのストーカー行為にも発展した。

常軌を逸した彼女の背景を知ってはいたが、私はそれをも「NO」と拒まざるを得なくなった。理不尽に苦しんできたからこそ、中立は現実逃避や誤魔化し以外の何物でもない。拒まず受け入れれば、私の中の理不尽に馴染みやすい習性に自ら囚われることとなる。
それはきっと、私が意識しないうちに、大切な友人や恋人や配偶者や子どもへ波及し、特に家庭においては高い確率で次世代へと連鎖する。

縛る鎖は、見つけた時に断たねばならない。
はかりしれない恐怖と痛みと孤独を伴うとしても。


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こんにちは、美鳥さんの記事に深い感銘を受けました。
自分の家庭が普通じゃない、とは大体気付けませんよね。
私もそうでした。つい最近、自分の家庭はおかしいということに気付いたばかりです。
他人から見た自分の家庭はおかしくても、自分にとってはそれしか無い、それ以外の家庭を知らない。
生まれた頃からその歪んだ家庭が普通だと刷り込まれていたから、虐待だとは気付けなかった。
だから、本当に普通の温かい家庭、家族という姿を見たときのショックは大きくて信じられない光景ですよね。
従わなければ暴力暴言…それらが怖いから従って、いつの間にか親という名の王の下僕になっていた。
でも、そのことすら気付けない、だってその姿こそが自分にとっては普通のことになっているのだから。
虐待の連鎖を止めるには、親に認めさせることより、自分が気付かなければなりません。自分が止めなければいけないのだから・・・。
ホントに、気付けないって辛いことですよね。

「縛る鎖は、見つけた時に断たねばならない。
はかりしれない恐怖と痛みと孤独を伴うとしても。」

この文に、美鳥さんの強い気持ちがにじみ出ている様な気がします。
私は、鎖を見つけたのに、いまだ絶つことが出来ません。
もがけばもがく程鎖は締め付けるし、相変わらず家庭の中では誰も彼もが無意識の虐待を繰り返す。
悪循環ですね、鎖を切ろうとすれば家庭はそれを許さない、鎖を切られるってことは家庭そのものの否定に繋がるから。
私の親はそれを恐れています。自分がしてきたことが間違っていたと指摘されることを。
でもやっぱり私は親と同じことをしたくない、絶対に繰り返したくないから、いつか鎖を断って見せます。
そして、親を見返して見せます。
ありがとう、何だかスッキリしました。やっぱり美鳥さんの文は余分なものが切られてて自然とココロに馴染みます(笑)
美鳥さんの記事を読むときは一番上にある写真も楽しみにしてます。
いつもは目を向けない様な景色、物…新鮮な気持ちで拝見させていただいてます。

最後に、何だかいつものことなのですが、勢いで書いてしまい、ぐちゃぐちゃのうえ長文乱文失礼しました。

2009/05/24 13:54 | 朱憐 [ 編集 ]


 

素直に感想だけを述べる事も、後に貴女の経験となるため、
ネットと言う公衆の場に発信する本人様への『コメント』の意義の一つだと思われます。

よって、名前やアドレス等書かない事、非礼をお詫び致します。


前々からブログ自体はお邪魔させて貰っていたのですが、
文章を読んで、いつも行き場のない虚しさを感じていました。


それはここで述べられている様な社会の問題や異質な家庭環境、他人の愚かさに対するものではなく、

同じように牙を向き、理解しあう事を諦め、
身を守ることを最優先に置き現実を一面的に捉えてそれが全ての様に仰る、

貴女自身についてです。


理不尽、理不尽と言う言葉をよく使われますが、
この世に理不尽などありはしません。


貴女が今の貴女の様にいらっしゃるのも
至極また、当然である故、

そこに他者の介入の余地はないかもしれませんが。


逆に今の貴女が貴女である所以を想像すると、非常に苦しいものがあります。


ただ、希望を持ってお話させて頂きます。


貴女はもしかすると、その様なご自分が受けた苦しみを、間違いだと正し、世を変えようと尽力できる方かもしれません。


ただその為にも、否定ばかりでは何も生まれませんので、

自分を曲げてでも、向かうべき敵に対して、同じ様な苦しみや理解、共感できる部分があると学んで欲しいと思います。


でなければ、片方は弱者を踏みにじり、片方はひたすら負けてないと刃向かい、端から見ていてはどっちもどっちなんだと感じてしまいます。


長文失礼しました。

2009/05/24 14:36 | no name [ 編集 ]


こんにちは 

お久しぶりです。読みには来ていたものの、ゆっくりコメントをする余裕がなくてご無沙汰しちゃいました。いまは、歌が好きな美鳥さんがただただ楽しんで歌える日が今日にでもくるといいなと思ってます。…場違いなコメントかな。また来ますね。

2009/05/24 15:24 | monokuro [ 編集 ]


苦しみの陰には。 

他者を尊重する苦しさを味わいながら自分の道を行く。
「NO」と言いながらも、全存在は否定しない。
美鳥さんの文章の陰にはそういったメッセージを感じます。
他者について語るとき、パワーゲームをイメージする人は
どっちが勝った、負けたにこだわるような気がします。

勝った、負けたではない、簡単に答えが出ないから、苦しみながら過ごす。
とても、とても重いテーマだと思います。

拙いコメントで失礼します><

2009/05/24 15:48 | 土鍋ごはん [ 編集 ]


 

初コメント失礼します。
いつも、ブログを拝見させていただいてます。

今回の記事は、私にも当てはまりこれからの自分が乗り越えないといけない事を明確にしていただいたように思いました。

私も、「彼女」の様に主人の家庭・親類と私のそれまでの家庭・親類との差に愕然とした経験があります。

間違いに気がついた私は、私の子供に同じ事をしないように気をつけてます。
負の連鎖が、私で終わりになるようにと願いを込めて。

2009/05/24 21:36 | たつき [ 編集 ]


 

「素直に感想だけを述べる事も、後に貴女の経験となるため、ネットと言う公衆の場に発信する本人様への『コメント』の意義の一つだと思われます。」

とのことですので、私も述べさせていただきます。

〉〉素直に感想だけを述べる事も、後に貴女の経験となるため、ネットと言う公衆の場に発信する本人様への『コメント』の意義の一つだと思われます。

随分と上から目線ですね。まず、偽善臭いと感じました。
自分のポジションのアピールにしか感じられません。
わかりやすい客観的な書き方は、
「個人の意見」を「世間一般の意見」にスライドさせる常套手段です。

〉〉よって、名前やアドレス等書かない事、非礼をお詫び致します。

前述に同じ。
匿名であるのは自己保身の為だけではないですか。

〉〉理不尽、理不尽と言う言葉をよく使われますが、
この世に理不尽などありはしません。

理不尽というものがないならば、
理不尽という言葉も生まれなかったはずです。

〉〉貴女が今の貴女の様にいらっしゃるのも 至極また、当然である故、そこに他者の介入の余地はないかもしれませんが。

「自分の意見はムダかもしれない」と、先手を打っているのですか。
というか、ご自分の意見を否定されたときの為に、
ここでも自己保身の逃げ道を造っているだけように感じます。

〉〉ただ、希望を持ってお話させて頂きます~共感できる部分があると学んで欲しいと思います。

まず自己存在の確立を目指している方に対して、
いきなり「他者を理解しろ」とはどういうことでしょうか。
内容についても具体性がまるでなく、
ただの上辺だけの言葉の羅列にすぎません。
「いいこと」を並べているだけです。
つまり何をすればよいのでしょうか。
カミサマでも信じればいいのですか。

〉〉でなければ、片方は弱者を踏みにじり、片方はひたすら負けてないと刃向かい、端から見ていてはどっちもどっちなんだと感じてしまいます。

「端から見て」ではありません。
「あなたから見て」です。
少なくとも私は「どっちもどっち」だなんて感じません。

薄っぺらな達観には辟易します。



最後になりましたが、
美鳥さん、お初にお目にかかります。
以前からブログを拝見させていただいておりました。
美鳥さんの紡ぐ言葉に惹かれていました。

美鳥さんの言葉は、大変美しい。
読んでいると澄んだ画が広がります。
すべてが本当の言葉であるが故に、
強く、悲しく、心に響きます。

どうぞ、これからも拝見させてください。

2009/05/25 15:56 | もん [ 編集 ]


習性 

美鳥さん、こんにちは。
私の友人(以前お話しした友人)のこと、考えています。また昨年の12月半ばから連絡が途絶えてます。彼女が困らないように携帯電話(費用は私持ち)を渡してあるのですが、呼び出しはするものの電話には出ません。連絡が取れなくなる前から、頻繁にその電話を使っていたのは料金から解っています。ですが、私自身は連絡が取れないのです。
彼女は父親のようにはなりたくないと言い、血のつながりを呪い、自分の人生を生きたいと渇望しながらもしっかり「父親のような生き方」をしていると私は感じています。これは逃れられない「習性」なんだろうね。彼女を救えるものなら救いたいと思っている自分は愚かなのだろうかと思ったりもします。自分のことばかりですみません(^_^;)。
美鳥さんはその方と縁を切られたとのこと。いつか自分にもそう言う時が来るのだろうか。なんてこと、考えています。。。

2009/05/26 09:52 | エコペン [ 編集 ]


>>朱憐さんへ 

朱憐さん こんにちは。
私が記事にこめた思いを感じ取って下さって、ありがとうございます。

まずはじめに、私がこうして機能不全家族や私の家族について書く時、さっぱりとした気持ちでは決して書けてはいません。 感情としては、どうしても家族は家族です。どうにもならない欠点もいっぱい知っていますが、そればかりではないことを知っています。単純に悪であるならば良かったのに、割り切れない思いは常についてまわります。

後ろめたさや哀しさはそのままに、機能不全家族で苦しんでいる方への何かヒントになればという思いだけで書いています。書く度に胸が痛み、カウンセリングで家族について話せば、怒りと共に悲しみで号泣する。それが私です。私が悲しみを抱かずに自分の家族を「いらなかった」「間違っていた」と語ることができる日が来るのか。悲しみは悲しみのままでいたいような気がしています。悲しみが、こうした書く伝えるという行為の原動力になっています。


> 自分の家庭が普通じゃない、とは大体気付けませんよね。
> 私もそうでした。つい最近、自分の家庭はおかしいということに気付いたばかりです。

ブログで拝見していました。本当に、気づけません。恐らく大多数の人が気づく機会なく、成人して社会に出て友人を持ち、別の家庭を目にして初めて気づくか、気づかない人は死ぬまで気づかないだろうと思っています。
「家族」というシステムは、確固たる自立心を持った大人達が構成していれば、子どもの人生を死ぬまで支えてくれる幹となりますが、健全に機能しなければ、かなりの確率で子どもが犠牲となり、神経症や人格障害や鬱や人間不信など、あらゆる形で人生に影を落とします。


> 生まれた頃からその歪んだ家庭が普通だと刷り込まれていたから、虐待だとは気付けなかった。
> だから、本当に普通の温かい家庭、家族という姿を見たときのショックは大きくて信じられない光景ですよね。

本当にそうですね。ショックです。例えば我が家の場合だと「家族で食卓を囲む」となると、リンチの始まりだったのですが、よそではそうではない。私は東大に行けといわれ、それ以外の道は不幸で生きていけないといわれたけれど、先日友人と話したら、その友人の兄弟は全てヤンキーで中卒だったから自分が高校に行っただけで泣いて喜ばれたし、その後も健康で良い就職先に恵まれていると知りました。

うちではよく聞く「死ね」「殺す」なども、恐らくよその家庭ではそう口にはされないのだろうなぁと思います。まして本気で言う家庭となると少ないのかも、と最近認識をあらたにしたくらい、やはり私も経験したことがないよその家庭の事情は分からないのです。


> 虐待の連鎖を止めるには、親に認めさせることより、自分が気付かなければなりません。自分が止めなければいけないのだから・・・。
> ホントに、気付けないって辛いことですよね。

望ましい順番で言うと、自分が気づいて、親が認める、だと思っています。認めるような親なら、まだましだと思いますが、稀にそんなこともあるようです。
気づけないことは辛いですね。
しかし、気づいた後も辛いです。もしかしたら、より自分自身の人生に焦点が絞られていく分、気づいてからの方が辛いかもしれないと私は思っています。

例えば、自分が普通だと思っていた暴力、暴言などは、家庭で浴びせられた時は許せないと怒りを燃やすことができるのに、精神状態が不安定になると、幾ら自戒していても自分が最も嫌っているそれらの言動で自分を傷つけたり、また私の場合は「境界性人格障害」という病となって周囲を攻撃したり、そんなことの連続でした。
これをコントロールすることが、最重要だと考えています。
そして、最難関かもしれません。
私もいまだ、完全に断ち切るには少しかかりそうです。


> 「縛る鎖は、見つけた時に断たねばならない。
> はかりしれない恐怖と痛みと孤独を伴うとしても。」
>
> この文に、美鳥さんの強い気持ちがにじみ出ている様な気がします。

ありがとうございます。
これは自分への戒めとして書いた文でした。
この記事の数日前にも私は、母への怒りと、母への慕情とで引き裂かれる思いをしたばかりでした。しかし、この記事を書けたから、一つ越えました。


> 私は、鎖を見つけたのに、いまだ絶つことが出来ません。
> もがけばもがく程鎖は締め付けるし、相変わらず家庭の中では誰も彼もが無意識の虐待を繰り返す。
> 悪循環ですね、鎖を切ろうとすれば家庭はそれを許さない、鎖を切られるってことは家庭そのものの否定に繋がるから。

本当に悪循環ですね。地獄の悪循環。
時には、もう自分は家族に溶け込んでしまって、何も考えたくない、疑問を持ちたくない、怒りも悲しみも感情という感情を持ちたくない、そうすれば何もかも元の鞘に戻ると考えたりもしました。
作業は、本当に長く難しいものですので、サポートが必要になります。


> 私の親はそれを恐れています。自分がしてきたことが間違っていたと指摘されることを。

同じくです。
うちの親はカウンセラーを「娘を洗脳して自分たちから引き離そうとしている」と言って、良い顔をしません。また、処方箋にも「あんたをおかしくする薬が入っている」と言っていますし、時々「カウンセラーと何話してるの?どうせ親の悪口を言ってるんでしょう」などと言ってきます。
本能的に彼らは察知しています。逃れようとしても逃れられない彼らの罪悪感なのだろうかとも思います。


> でもやっぱり私は親と同じことをしたくない、絶対に繰り返したくないから、いつか鎖を断って見せます。
> そして、親を見返して見せます。
> ありがとう、何だかスッキリしました。やっぱり美鳥さんの文は余分なものが切られてて自然とココロに馴染みます(笑)

こちらこそ、ありがとうございます。
私も道半ばにあって、同じ方向を向いて真直ぐ生きようとされてらっしゃる方の存在は、大きな励みになります。
負の過去だけではなく、喜び、楽しみも共有でき、支えあえる関係を築けますように、この記事が誰かの糧になりますようにと、いつも願っています。
一見ネガティブな記事を読んで、スッキリしました、と仰って頂けるのは、物凄く嬉しいことです。ありがとう!


> 美鳥さんの記事を読むときは一番上にある写真も楽しみにしてます。
> いつもは目を向けない様な景色、物…新鮮な気持ちで拝見させていただいてます。

ありがとうございます。何じゃこれ?と思うようなものもあると思いますが、まあこんなんが好きなんやな、と見ていただければ嬉しいです(笑) 意外にも、変なもの写真でも気に入ってくださる方がいて(私は変なものじゃなくたまらなく好きなものなんですが・・w)心強いです。 好きなものを撮っていいんだなぁ。

> 最後に、何だかいつものことなのですが、勢いで書いてしまい、ぐちゃぐちゃのうえ長文乱文失礼しました。

いえいえ。とんでもありません。私のコメ返は、常に一発書きで絶対読み返さないという、まさに勢いだけで書いてるものですので、同じように書いてくださる方は、きっと裏表がなく感情のままが文に表れているのだろうと思っています。
文体ではなく、文の行間に朱憐さんのお人柄が表れていて、まっすぐに私の記事を読んでくださっていることを感じ、ただただ感謝です。

2009/05/27 17:53 | 美鳥 [ 編集 ]


>>自称名無しさんへ 

2ちゃんねるなら、「またお前かw」とツッコまれてるところですよ、Kさん。
これで3度目です。
名前を伏せても、IP変わっても同じです。文章から人物を分析するのは、私の最大得意とするところなのです。読めば、すぐに分かります。

よって、あなたの冒頭の部分、

> 素直に感想だけを述べる事も、後に貴女の経験となるため、
> ネットと言う公衆の場に発信する本人様への『コメント』の意義の一つだと思われます。
> よって、名前やアドレス等書かない事、非礼をお詫び致します。

は、まさに嘘の言い訳です。

あなたは、過去4月27日と、5月6日に当ブログに来られてコメントを残されて行きました。あのコメントもひどい出来でしたね。私なら、1行に要約します。
私が返したコメント「読者がどう感じようと勝手」は、あなたを遮断するものでした。また同じ名前では私に相手にされないと知ったあなたは、今度は名前もアドレスも書けなかったのです。ご苦労さまです。

今回、あなたが再度コメントを送って来られたのは、違う方向からのアプローチを考えついたからでもあるのでしょう。最初は質問という形。次は、同調という媚び。今回が、2度のあなたのフラストレーションを晴らす最も適した形「憐れみの目線で説教してやる」スタンスです。
頭を使って考えられたのかもしれませんが、これらのパターンは、実は名無しでコメントされる方の王道です。

それが成功していると思い込んでらっしゃる様も、痛々しい。全部こちらから丸見えです。頭隠して尻隠さずは、恥ずかしいからおやめになることです。


前回、私は、「読者の感じ方に責任を取るつもりは一切ない」と返信しました。割合、分かりやすく書いたつもりだったのですが、あなたの国語力では理解不能だったようですね。大変配慮に欠けておりました。失礼致しました。

もう少し、あなたにも分かるように具体的にお話しましょう。
私のブログを読んで虚しくなっても、あなたの勝手ですので感想も何も結構です。
忠告も不要。
上から目線を使っても、私に媚びても同じですよ。
私は、どんな地位、年齢、職業の人間とでも、<対等>でしか話しません。疑うなら、実際の私に会ってみれば分かります。前回も書いたと思いますが。

「読者の感じ方に責任を取るつもりは一切ない」と断言したのは、読者が取るべき責任を取ってはじめて私は対等に話をします、という意味です。それが、あるべき交流の基本形です。

あなたは、それが出来ないばかりか、お人柄に難があるために文章が既に壊れてしまっています。主張したかと思えば引っ込めたり、同調したかと思えば、けなしたり。人間性が、ここまで国語力に影響を与えるものか、とサンプルとしては面白いですが、1度で飽きます。浅いから。
私は、ここで何も隠すことなく書いているだけなのに、あなたは何に怯えてそんなに訳の分からないことばかり言葉をひねくり回して書いているのでしょうか。真直ぐに私に向き合えないのは、単にあなたが臆病だからです。真直ぐ向き合わずして、私を知ったように感じても、全て哀しいかな、的外れなのです。

などと書いてあげるのは、別段あなたのためじゃありません。
偽善と嘘についての記事ですから、あなたをネタにしただけです。
偽善や嘘についての記事をアップしたら、あなたが登場されたので、タイムリー過ぎてネタかと思うじゃないですか。しかし、あなたはご自分が物笑いのタネになるとも思ってらっしゃらない。

普段、あなたのような方への対応で、横レスは控えて頂くことが殆どなのですが、今回は記事のテーマがテーマです。もんさんが、あなたを的確過ぎる位、的確に解体してくださいました。実に見事な手腕で、私は笑いが止まりませんでした。
どんなに言い繕っても、言葉を並べても、私でない第三者から見た場合にも、あなたの言は力を一切持たないのです。
そして、ここは私のブログです。コメント欄は、読者の方との交流欄です。このコメント欄を汚す行為を、管理人である私は許すことはしません。訪れて下さる多くの方達のためにです。

あなたは偽善者のサンプルとしては、まずまずの出来ですが、人としては、とんだ臆病者です。
用済みですから、おうちにお帰り下さい。
悪しからず。

2009/05/27 18:36 | 美鳥 [ 編集 ]


>>monokuro姐さんへ 

ねぇさん こんばんは。
こちらこそ、お久しぶりすぎ。
リアルタイムで携帯メールしたから、びっくりしたでしょうw
コメント、ありがとう!
読んでくれていたのか、と言われて知る、このネット世界。
ねぇさんも、元気そうで良かった。
ねぇさんのギターは、その後どうなった?
女コブクロの誓い、是非そちらで敢行しましょう!

2009/05/27 19:39 | 美鳥 [ 編集 ]


>>土鍋ごはんさんへ 

土鍋ちゃん こんばんは。
コメント、ありがとう!! コメント欄では、お久しぶりです。

> 他者を尊重する苦しさを味わいながら自分の道を行く。
> 「NO」と言いながらも、全存在は否定しない。
> 美鳥さんの文章の陰にはそういったメッセージを感じます。

日本人一般に言えることだと思いますが、「他者を尊重する」ということと「自己主張する」ということを、二極に捉えがちです。他者を尊重する分、自分を殺す。または、自分を殺した分、他者を尊重する、といったような考え方です。
私は、この考え方は、実にまずいと思っています。
この価値観でいくと、「沈黙する」という方法が、一番の安全策となってしまい、他者との価値在るコミュニケーションの創造を妨げ、社会にあって孤独を深める一因になります。

「他者」とは、私個人で考えれば、私の立場から私の手の届く範囲にいる大切にしたい「友達」を指します。友人を尊重しようと思うと、自分も含めた守りたいものを攻撃された場合、それに対して「NO」と言える強さが必須だと思っています。
誰の敵にも味方にもならない中立というものが、私は好きではありません。

こういった記事を書くと、必ず反発を覚える方がいます。自分の領域までも侵されたような感覚に陥る人は、多いだろうと前の記事で書きました。
それは、土鍋ちゃんが書いてくれたように、

> 他者について語るとき、パワーゲームをイメージする人は
> どっちが勝った、負けたにこだわるような気がします。

が、理由だと思います。
限られた人生の中で、出会える人には限りがあり、その中でも本当に心許せる人は、更に限りがあります。
今回のような記事を書く時、私が思い浮かべるのは、曖昧な「他者」ではなく、やはり具体的な「友人」です。自分個人の人生に引き寄せて考えると、パワーゲームは下らない遊びだと気づきます。


> 勝った、負けたではない、簡単に答えが出ないから、苦しみながら過ごす。
> とても、とても重いテーマだと思います。

本当に! 何事も簡単じゃないですね。
<人間関係>というジャンル一つ考えるのにも、数十年単位でやっと一つ答えが出るか出ないかの難しさ。苦しさ。でも、どちらを取るかと言われれば、ああ嫌やー苦しいー難しいーと言いながらでも、自分らしい人との繋がりを築き続けていきたいと思っています。

コメント、本当にありがとう! 感謝。

2009/05/29 22:02 | 美鳥 [ 編集 ]


>>たつきさんへ 

たつきさん こんばんは。
お声をかけて下さって、ありがとうございます。
毎度読み逃げで失礼しておりました。度々たつきさんのブログに遊びに行って、作品世界に魅了されていました。
初めてコメントくださったのに、返信が遅れに遅れまして、申し訳ありません。本当にありがとうございます。

> 今回の記事は、私にも当てはまりこれからの自分が乗り越えないといけない事を明確にしていただいたように思いました。

そのように仰って頂けると、書く甲斐があったと強く感じます。
私自身、「何と表していいのか分からない違和感」「理由は分からないけれど苦しい家庭環境」に戸惑い続け、誰に何と表現して伝えればいいのか悩み続けてきました。表現できない限りは、誰かと共感することもできず、孤独でした。
そのうちに、機能不全家族について、ACについて、虐待について、家庭内でのストックホルムシンドローム等について本を読み漁り、果てはカウンセラースクールに通って学びました。
全ては、「自分が普通だと思ってきたものは、普通ではなかったのだ」との思いを、後押ししてくれる言を探してのことでした。
それらの知識は、私を随分と楽にしてくれました。力及ぶ限りは、私自身もブログで自分自身の経験を具体的に綴ることで、今真剣に生きてらっしゃる誰かに届くならば、少しでも助けになれるのならば、との思いで書いています。

> 私も、「彼女」の様に主人の家庭・親類と私のそれまでの家庭・親類との差に愕然とした経験があります。

どこの家庭でも違うところはある、と言われるようなレベルではないんですよね。もっと根本的な部分のカルチャーショック、人権レベルでのカルチャーショックといっても良いのではないかと思います。ここに書いた私の友人は、父親をからかう=死 という家庭で育ちました。彼女の家庭では、子供は穀潰しで人権など与えられなかったそうです。

たつきさんが、ご経験されたショックはどのようなものだったのでしょうか。私自身も、今日に至るまで同様のショックを受けてきましたが、気づくことが出来てよかった、と感じています。気づいた瞬間には、自分が家庭で生きてきた年数分、何だったのだろうか、と喪失感、絶望感、孤独感を深めたのですが、その分、今の決意へと変わっています。たつきさんも、似た思いでいらっしゃるのでしょうか。


> 間違いに気がついた私は、私の子供に同じ事をしないように気をつけてます。
> 負の連鎖が、私で終わりになるようにと願いを込めて。

ふと、たつきさんが作られるアクセサリーを思い出しました。
可憐で、希望に溢れ、凛とした作品を作られる方だなぁと、いつも見惚れています。
最初は、どこらへんにお住まいか分からなかったので、ああいったイベント大好きで、たつきさんのアクセサリーの中でもじっとしてられない作品をお見かけした時、「どこでやってますか!?」と訊ねそうになったこと度々(笑)
ものを作る人と、その方らしい作品を見ることが大好きです。
たつきさんの願いが、作品やお人柄を創りあげているのだろうと感じました。

御挨拶が遅れましたが、どうぞこれからもよろしくお願い致します。
ついでで何ですが、私、らーめんずファンです。
コメント、本当にありがとうございました。


2009/05/29 22:24 | 美鳥 [ 編集 ]


>>もんさんへ 

もんさん こんにちは。
初めまして。

研ぎ澄まされた明晰な解体手腕に、天晴れと痺れました。
偽善と保身の隠れ蓑を利用して、個人的情念を不条理に他人に押し付けてくる輩は、今回に限らずネット、ブログ上に跋扈しています。
常識的な人間は、卑劣な人間の思考や行動様式が読めず、そのせいで余計に疲れてしまいますが、今回お寄せ頂いたもんさんは、シンプルに物事を見極め、無駄がなく、知性を感じ、爽快感がありました。
時折、コメント欄で読者が口喧嘩を展開する、という事態も過去あったので、コメントを拝見するまでは危惧があったのですが、私の感覚ともんさんのコメントに全く相違なかったので、私も私の立場からKさんに返信することができました。
ありがとうございます。


> 理不尽というものがないならば、
> 理不尽という言葉も生まれなかったはずです。

実に、同感です。

今回の記事は、理不尽の連鎖を切る、理不尽を見つけた時にはその時に断つ、がテーマでした。奇しくもKさんがわけのわからないコメントを残され、私としては看過できない事態でした。お手伝いくださって、ありがとうございます。

> 最後になりましたが、
> 美鳥さん、お初にお目にかかります。
> 以前からブログを拝見させていただいておりました。
> 美鳥さんの紡ぐ言葉に惹かれていました。

ありがとうございます。
実は、私も、もんさんを知っているのではないかと考えました。もしブログを持ってらっしゃるのでしたら、私は何度か足を運んだことがあるかもしれません。
知性溢れる明晰な文章を拝見して以来、思い当たる節があるのですが、もし人違いでしたら、申し訳ありません。

> 美鳥さんの言葉は、大変美しい。
> 読んでいると澄んだ画が広がります。
> すべてが本当の言葉であるが故に、
> 強く、悲しく、心に響きます。

本当の言葉、と感じてくださることが大変に光栄です。
ありのままを書くことには、常にリスクが伴い、これしか出来ない自分に疲れる日もあります。そんなふうに感じてくださる方が一人でもいると知ると、とても勇気付けられます。


またお気が向かれたときにでも、是非コメント下さい。
楽しみにお待ちしています。

2009/05/31 15:21 | 美鳥 [ 編集 ]


 

こんにちは。
お返事ありがとうございました。


>たつきさんが、ご経験されたショックはどのよう なものだったのでしょうか

私は、主人の実家の両親も親類達も、仲良く笑って盆正月を過ごしてました。
他愛もない日頃の話、自分の失敗談を親類達と笑い飛ばす光景は、私にとってはびっくりという言葉がとても良く似合う光景でした。

私の家族も親類も、話をしながら腹の探りあいをしてるなというのが、子供ながらにわかる親族でした。
表面上は上手くやっているけど、根本的なところでは相手に不信を抱いている家系。


でも、びっくりはしましたが「こうなりたい」とも同時に思いました。
主人と子供と、ケンカしても言い合っても根底で信頼で繋がっている家庭。
この家族で人生を1からやり直す事が出来る事を、とてもうれしく思います。

これからも、自分が普通を貫けるように、家庭を支えていくつもりです。


お互い、毎日が大変ですが、がんばって前に進んでいきましょうね。

2009/05/31 18:01 | たつき [ 編集 ]


>>エコペンさんへ 

エコペンさん こんにちは。
お返事が、大変遅れました。(最近、滞りぎみですみません・・・)

> 私の友人(以前お話しした友人)のこと、考えています。また昨年の12月半ばから連絡が途絶えてます。彼女が困らないように携帯電話(費用は私持ち)を渡してあるのですが、呼び出しはするものの電話には出ません。連絡が取れなくなる前から、頻繁にその電話を使っていたのは料金から解っています。ですが、私自身は連絡が取れないのです。

友人間のサポートの難しいところだな、と感じました。特に、金銭は友情関係とは別に、力関係として作用するケースが圧倒的に多いので、エコペンさんの配慮が、もしかしたらご友人にとっては重荷になっているかもしれません。その場合、直接言えない性格だと、連絡しないという無言の姿勢で自己表現するほかない人もいるかもしれません。
ご友人と、直接会ってお話しできれば一番だと思うのですが、どこかですれ違ってしまったのでしょうか。


> 彼女は父親のようにはなりたくないと言い、血のつながりを呪い、自分の人生を生きたいと渇望しながらもしっかり「父親のような生き方」をしていると私は感じています。これは逃れられない「習性」なんだろうね。

難しいですね。まさに「習性」。私自身を省みれば、ブログを書くまでにカウンセリングなどで整理してから書いていますが、生活のそこかしこに家庭から受けた影響は継続されています。繰り返し繰り返し指摘してもらったり、その都度自分も考えたり、それでもまだ完全には抜け出るのは難しい。しかし、継続し、決して諦めないのが生き方として全うである、と私は思っています。カウンセラーは、勿論諦めませんし、私もまた鬱病をきっかけに機能不全家族に気づきつつある友人などと交際があります。話しても話しても、失望の連続です。しかし、確かに少しずつ変わってきています。年単位で。その友人の場合は、私自身が「ここまでは関わるが、ここからは絶対に関わらない」と決めているラインのギリギリまで行くのですが、不思議と持ちこたえるのです。
結果、今も交流しています。

これが徒労と終わるのか、実りをもたらすのか、今は分かりませんが、自分が後悔しないように(精一杯やったと思えるように、また相手への押し付けにならないように)と願うばかりです。


>彼女を救えるものなら救いたいと思っている自分は愚かなのだろうかと思ったりもします。自分のことばかりですみません(^_^;)。

お気持ち、とても分かります。
記事に書いた友人は、思えば私以外に友達がなく、ひどい友人でした。それでも私が関わっていたのは、彼女が私自身に見えていたからです。当時、私は自分は実は元気で、自分のことを分かっていると感じていました。彼女のことも理解できました。しかし、私は自分の肝心な問題を解決できなかったので、彼女に関わることで、代替行為としていました。彼女に自分自身を投影していました。

人を助ける、救うという行為は、一人を対象としても、終わりのない永続的な行為なのではないかと最近感じています。一つ乗り越えればまた次、一つ乗り越えればまた次、というように、私自身の人生もそんなふうに出来ています。友情とは、遠泳のようであると常に思います。それぞれに自分に精一杯で、自分の力で泳ぐしかない、けれど時々声をかけあって、同じ方向を目指す友人の存在を感じて、また泳ぐ。それくらいしか出来ないし、背負って泳げば一緒に沈んでしまう。


> 美鳥さんはその方と縁を切られたとのこと。いつか自分にもそう言う時が来るのだろうか。なんてこと、考えています。。。

カテゴリー<原本アンドロイド>で書きかけたままの友人のことを、ここに書いてみました。彼女からは、まあ酷い仕打ちを受けました。人間性が大嫌いになり、1分1秒たりとも近くで呼吸されるのが我慢ならなくなりました。それでも一緒に住んでいた自分に半分責任がありました。引っ越した後も、彼女はうちに足繁く通ってきたり、一緒に銭湯に行けば、シャンプーをしているふりをして人の裸身をギョロギョロ見ていたり、猫を虐待したり、路上で知らない人とつかみ合いの喧嘩をしたり、その都度巻き込まれるし、性的にもきもちわるい話を持ってくるので、縁を切りました。とはいえ、緩やかにですが。

ただ友情を継続していくだけでも、人間同士は困難だと思います。その上で、支えあう関係を築くのは、もう一つ上の難しさがあると実感しています。

去年から連絡が取れないということは、半年も経っていますから、エコペンさんも心穏やかではいられないこととお察しします。
ご友人と直接腹をわってお話できるといいですね。信頼関係を深める契機になればとお祈りします。





2009/06/01 09:17 | 美鳥 [ 編集 ]


>>たつきさんへ 

たつきさん おはようございます。
独り言のように書いた一文でした。立ち入ったお話を伺う形になってしまい、申し訳ありません。
ご丁寧にお返事、ありがとうございました。

何の引き合わせか、機能不全家族で育った者同士が結婚した場合、どちらも違和感を持たないので、また子に引き継がれる例が多いようです。
理不尽の連鎖を断ち切るには、まず、何が正当であるのか、を肌身で知ることが大切だと感じています。
たつきさんが、ご主人のご実家で体験されたことは、些細なようでいて大きなターニングポイントだったのかもしれませんね。

> でも、びっくりはしましたが「こうなりたい」とも同時に思いました。
> 主人と子供と、ケンカしても言い合っても根底で信頼で繋がっている家庭。
> この家族で人生を1からやり直す事が出来る事を、とてもうれしく思います。

胸が、じーんとなりました。何が普通か分からない人間にとって、「こうなりたい」と思える関係は有難いです。私も、もし家庭を持つことができるなら、その時からしか始めることのできない人生ドラマがあるような気がしています。一人で生きるのではない、苦楽を共にし、けんかすることがあっても信頼で繋がり続けていく家庭。


> お互い、毎日が大変ですが、がんばって前に進んでいきましょうね。

温かい励まし、ありがとうございます。
1日1日を大切に、がんばります。
陰ながら、応援しています。

2009/06/01 09:40 | 美鳥 [ 編集 ]


美鳥さんへ 

美鳥さん
わざわざコメントをくださいまして、ありがとうございます。

普段は携帯からブログを拝見しているため、
コメント欄を覗くことはあまりないのですが
今回は何とはなしに覗いてみたところ、
差し出がましくも、コメントしたくなってしまいました。
出過ぎたまねを致しまして、大変失礼致しました。

Kさんはきっと、美鳥さんのブログをお読みになって
美鳥さんの聡明さに惹かれ、ご自分も近づきたくなったのでしょう。
一生懸命難解な言葉を使用しているように感じました。

しかし言葉とは、それ単体では単なる記号でしかありません。
まず伝えたいもの、想い、心がなければ、あまり意味はなさないように思います。

いくら素敵なケーキを作ろうとしても、
スポンジ部分がスカスカだったり、存在しなかったりしたら、
どんなに装飾してもへなちょこなデコレーションケーキにしかなりません。
突けば潰れます。
「結局、何が作りたかったの?」となります。

Kさんは、「本当に伝えたいこと(=美鳥さんに近づきたい)」を、
珍妙な「言葉(=自分も頭がいいんだぞという自己演出/デコレーション)」で隠して、
伝えようとしてしまったのでしょう。
その結果「で、何が言いたいの?」という形になってしまった、というのが真相ではないでしょうか。

ただ「美鳥さんに憧れてます!近づきたいのです!!」と訴えたところで、
何も変わらないだろう、ということは感じたのだと思います。
だからといって、無理にデコレーションケーキにチャレンジする必要はないのではないかと、
私なんかは考えてしまうのですが。

いつもなら、詩人や思想家や哲学者ぶった
なんちゃってデコレーションケーキなコメントは、大して美味しくもないのであまり頂かず、
頂いたとしてもへそで沸かしたお茶のお茶請けにする程度なのですが、
今回ばかりはノコギリを叩きながら「お~ま~え~は~ア~ホ~か~」と
つっこみたくなってしまいました。
ご無礼致しました。

先のコメントでは、お褒めいただきましてありがとうございます。
大変恐縮です。
私自身はしがない会社勤めですので、
某SNSでしょうもない日常を綴ったりはしていますが
特にブログは開設しておりません。
私が美鳥さんの思っていらっしゃる方ではないことを、非常に残念に思います。
きっと素敵なブログを書いてらっしゃる方なのでしょう。
そのブログの方は私ではありませんが、
どうぞ、お気にならないでください。

美鳥さんの言葉は、本当に美しい。
読んでいて情景が目に浮かびます。
その情景を眺めていると、見ているときの美鳥さんの心情が伝わります。
美鳥さんの“ありのまま”の叙事は、そのまま美鳥さんの叙情なのでしょう。
表面的なデコレーションではない言葉だからこそ、ストレートに伝わり、
読み手の心に響き、読んでいて胸が詰まるのだと思います。

私はお医者さんでも哲学者でも詩人でもない、
ただの読み手です。
何もできませんが
間違いなく私は、美鳥さんの言葉を「本当の言葉」と受け止めます。

これからも一読み手として拝見させてください。
ありがとうございました。


追伸
私のコメントをご覧になり、お気を悪くされた方がいらっしゃいましたら
大変申し訳ありません。
他意はございませんのでご了承ください。

2009/06/02 20:50 | もん [ 編集 ]


>>もんさんへ 

もんさん こんばんは。
再びご丁寧なコメント、有難うございます。
今回コメントいただけたこと、とても有難く、また知性溢れるセンスの良いツッコミに爆笑させて頂きました。お気を遣わせてしまい、ただただ恐縮です。

Kさんについて、もんさんが仰るような側面もあるかもしれません。かれこれブログで2年以上書いていますが、不愉快なコメントというものの背景には、常に「嫉妬」が存在します。
ブロガーが「苦しい」と書けば、「自分の方がもっと苦しい」と言いたい人間が茶々を入れますし、楽しそうにしていてもまた「あなたは病人を騙っている。我こそが本当の病人だ」と茶々が入りますし、どっちに転んでも何か言ってくる方が後を絶ちません。すべては「嫉妬心」であり、私やブロガーは本来無関係な個人的感情だと思います。そこらへんをご自分で自覚し、自己処理できるだけの配慮がない方が来られることは珍しくありません。
Kさんへの返信で書きましたが、読み手が担うべき責任は、私は取る気はありません。この線引きをきっちり行うことが、このブログの主旨にも則っていると感じます。


> しかし言葉とは、それ単体では単なる記号でしかありません。
> まず伝えたいもの、想い、心がなければ、あまり意味はなさないように思います。

同感です。私も、言葉は単なる入れ物に過ぎないと思っています。その中に何を入れるのか、こめるのか、どう渡すのか、どうつなげるのか、全ては心持ち、引いては人間性を表します。


> Kさんは、「本当に伝えたいこと(=美鳥さんに近づきたい)」を、
> 珍妙な「言葉(=自分も頭がいいんだぞという自己演出/デコレーション)」で隠して、
> 伝えようとしてしまったのでしょう。
> その結果「で、何が言いたいの?」という形になってしまった、というのが真相ではないでしょうか。

コメントから解りましたが、もんさんはKさんの人柄をある程度文章から推察した後にコメントを書かれています。Kさんは、自分が何の衝動にかられて書いたのか、恐らく全く自覚を持っていらっしゃいません。昨日、今日では、あの意味不明な文章は書けないものと思われます。


> だからといって、無理にデコレーションケーキにチャレンジする必要はないのではないかと、
> 私なんかは考えてしまうのですが。

同感です。プライドをかなぐり捨てた背伸びは好感を持ちますが、むしろ尊敬しますが、プライドを守るための背伸びは、見ていて恥ずかしくなります。自分では隠しとおしているつもりでも、案外人は空威張りを見抜くのが上手いと思います。


> いつもなら、詩人や思想家や哲学者ぶった
> なんちゃってデコレーションケーキなコメントは、大して美味しくもないのであまり頂かず、
> 頂いたとしてもへそで沸かしたお茶のお茶請けにする程度なのですが、
> 今回ばかりはノコギリを叩きながら「お~ま~え~は~ア~ホ~か~」と
> つっこみたくなってしまいました。
> ご無礼致しました。

笑ってしまいました。
そうですね。ノコギリのあの芸、あの馬鹿馬鹿しさ好きですw
ツッコミは、本当に大事ですね。腹が立つこと、理不尽なこと、おかしなこと、納得いかないこと、すべてこれツッコミで笑って解決できることが実は多いように思っています。
ユーモアを忘れては、人生つまらないですね。


> 先のコメントでは、お褒めいただきましてありがとうございます。
> 大変恐縮です。
> 私自身はしがない会社勤めですので、
> 某SNSでしょうもない日常を綴ったりはしていますが
> 特にブログは開設しておりません。

会社勤めをされてらっしゃるとのこと、平伏致します。私にも、そんな時期が結構ありましたが、思い返せばよく生きていたな、というくらいハードでした。今でも、サラリーマンやOLを見るとササッと道を譲りたい、とにかく偉い、と心底思います。普段、こうしてブログを書いていると、どんな方がどんな環境で読んで下さっているのか全く分かりません。ひとつでもこうしてお聞きすると、何か身近に感じられ、自分でも想像以上に嬉しいものです。

> 私が美鳥さんの思っていらっしゃる方ではないことを、非常に残念に思います。
> きっと素敵なブログを書いてらっしゃる方なのでしょう。
> そのブログの方は私ではありませんが、
> どうぞ、お気にならないでください。

こちらこそ人違いだったようで、申し訳ありません。私が知る限り、もんさんはこれで3人いらっしゃいますw 私の周囲にはもんさんが多いようですw


> 美鳥さんの言葉は、本当に美しい。
> 読んでいて情景が目に浮かびます。
> その情景を眺めていると、見ているときの美鳥さんの心情が伝わります。
> 美鳥さんの“ありのまま”の叙事は、そのまま美鳥さんの叙情なのでしょう。
> 表面的なデコレーションではない言葉だからこそ、ストレートに伝わり、
> 読み手の心に響き、読んでいて胸が詰まるのだと思います。

もう・・・・本当にもう恐縮です。
最近、元気になってきたのか、それとも一時の躁状態なのか、ダンスに加えてジム通いを始め、遮二無二運動しているせいで、書く時間がありません。サイドブログの他に、私とカウンセラーのかなりレアでおもろい回復までの記録をライトな感覚で書いていくブログを作る予定なのですが、下書きも既にあるのですが、時間がなく実現に至っていません・・・・。写真は膨大にたまりにたまり、詩も書きたいのに完成させる時間がなく、しかしブログでは、とにかく1度1度を手を抜かないでいたい。しかし、遅々としてしか進歩しない文章力・・・。じりじりしている最近です。

今月と来月が、恐らく私の最も努力しなければならない時期になりますので、躓きそうなときは(多分3日に1度は躓きますw)こちらのコメントを読み返し、こんなふうに読んで下さる方もいらっしゃるのだ、と元気を補給させていただこうと思います。


> 私はお医者さんでも哲学者でも詩人でもない、
> ただの読み手です。
> 何もできませんが
> 間違いなく私は、美鳥さんの言葉を「本当の言葉」と受け止めます。

ありがとうございます。
普通の方と言ってはおかしいですが、普通に社会生活を営んでいる方も読んでくださっていることは、大変な喜びです。これもまた時間があればなのですが、障害者だけでなく、国民の税金意識、政治と金の問題、日本国民の金銭感覚などについて、島国意識について、死刑制度と裁判員制度について、様々書いてみたいことがあります。

アップしていない下書きが、現在で250個あります。アップした記事総数が今日までで500と少し。いつまで書けば気が済むのだろうと考えると、きっと私は死ぬまで書いているのだと思います。

いつも読んでくださって、ありがとうございます。これからも、よろしくお願いいたします。ふかぶか。


> 追伸
> 私のコメントをご覧になり、お気を悪くされた方がいらっしゃいましたら
> 大変申し訳ありません。
> 他意はございませんのでご了承ください。

お気を遣っていただき、ありがとうございます。
私が知っている限りでは、天晴れの感想のみです。
泣き寝入りではなく、おかしいところをおかしいと指摘すれば、それだけで良い証明のようですらあります。

色々とご配慮いただき、ありがとうございました。
また是非、お気軽に気が向いたらコメントください。
楽しみにお待ちしています。
お仕事、頑張ってください。

2009/06/05 00:49 | 美鳥 [ 編集 ]


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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