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2008/11/30 (Sun) 精神の血族

20081130.jpg
叔父が先日、亡くなった。

私の母の兄だった。
多くの妻と愛人と子供をもうけ、子煩悩で親戚内で人徳篤く信頼されていたが、脳梗塞と脳溢血の末にほぼ全麻痺になってからは、仕事も失い、身体の自由も失い、言語も失い、記憶も曖昧だが、残酷なことに孤独や絶望を感じる器官は生かされていた。静かだが壮絶な孤独のうちに亡くなった。

叔父の妻は、自身の夫の危篤状態においても、実に事務的で、何の感情も浮かばないようだった。ただただ煩わしかったようだ。恐らく、夫の死よりも彼女は株価が気になっていたに違いない。断言できる。
叔父が倒れたときに、延命措置を阻んだ女だ。彼女こそが最も叔父の死を望んでいただろう。
叔父が一代で築き上げた信頼厚い会社は全て女が乗っ取った。彼女は、叔父の妻ではあったが復讐に燃えていた。自分に隠れてあちこちに妾を作り、子供を作り、最終的には愛人と同居しようとしていた叔父の不実に怒りを燃やしていた。叔父が倒れた時には、動けなくなった叔父を嘲笑った。しかし、彼女もまた、本妻から彼を奪った元愛人だ。

親戚の者達は、叔父の行いを知り、女の無情も知り、どう感想を述べても真実には届かない、人間の冥い冥い底なしの沼を覗き込むようで、言葉を失し続けた。
叔父の人生の詳細に対して、何と感想を述べていいのか分からない。


私にとって、叔父の最後の妻は、小賢しい唾棄すべき悪女で、病的な嘘吐きで他人を侮り、外側ばかりを装うことに必死で滑稽なほどに低い人間性を常に露呈していた。自己中心的で醜い虚栄心を、そのまま人型に嵌め込んだような女だった。

よく胸糞の悪くなる出来の悪い嘘ばかり吐いては、私を凶暴な気分にさせた。私はこの女が嫌いで、彼女の言うことは一切信じず、全て先手を打ち、何か実質的被害を被った場合には必ずきっちり返すつもりでいた。気が強い私としては、これまでの慇懃無礼で情も品性もない女に、彼女が最も恐れる「化けの皮を剥がされる」体験をさせてやろうと考えていた。
ついに機会は訪れなかったが、こういう手加減不要な相手というのは存在するのだなと、いつも呆れ半分だったものだ。

悪女に耐性もなく、自身の感じ方に常に自信がない母は、この女の思うがままだった。
女は、これまで嘘八百のお涙頂戴の話をでっちあげては母の同情心を買い、金だけを無心したり、わけの分からない怪しい企みにも何度も巻き込もうとした。
小賢しかった。
しかし、情に弱く「善人」の母は、この女に精神的に対抗する術を持たなかった。常に嘘か真か判断のつかぬ理の通らぬ言葉に振り回され、母は、猜疑心だけでくたくたに疲れていた。
私は、母の傍らで自身の信条を更に固めた。
悪意に対抗するために、更なる悪意と上質な知恵を身に着けよう、と。
他にも、綺麗ごとばかりではない男女の仲や、妾腹に生まれる不遇の子供や、愛と憎しみの相関関係など、叔父の人生を通して見せてもらったものは、数限りない。


叔父は、十代の頃から、メロンの屋台売りから始め、一時は人の道に外れ、しかしまた再起し会社を興した。女癖が悪いことだけが欠点だった。女に恨まれてやむなしの人生だったが、情が厚く、数え切れない人間が彼の世話になり、彼の人間性に心打たれ、彼を慕った。動けなくなってからの叔父は、その身体の内に閉じこめられ、言葉を奪われ、どんなにか窮屈だったろうと想像する。
来る日も来る日も続く、個室の高級老人ホームでの毎日。妻は罵るばかりで、取引先の同情を買えるという理由で彼女は夫が死ぬ前から「未亡人で子供二人を一生懸命育てている」と周囲に言ってまわっていた。叔父は、死ぬ前から既に殺されていたも同然だった。

妹である母をはじめ親戚の誰にも叔父の入院先は知らされることはなく、叔父はリハビリを受ける機会も奪われ、寝たきりで放置された。親戚が彼と会えた回数は、数えるほどしかなく、彼にとって最愛の妾の子の身をひたすらに案じ、幸福を願っていたようだが、会うことは叶わなかった。たった1人の妹である私の母や叔父を心から慕っている親戚は、通夜のみ出席が許され、葬儀には誰一人参列できなかった。だから、叔父が大事に大事にしてきた妹私の母は、お骨を拾うこともできなかった。

叔父が最後に倒れたのは、皮肉にも妻を捨て、愛人とその子供と共に暮らそうと決意した直後のことだった。彼の金で高級マンションに住み子供と暮らしていた愛人は、住処も生活のあても失い、その子供は永久に父親を失った。
病床での7年半は、彼にとって生き地獄だっただろう。死ぬまで、生かされているという残酷さと向き合い続けた。言語野に障害を負った叔父が、病床で何を思い、何を考えたのかは叔父当人しか知らない。


肝臓癌が発見されたが、医者が手術と治療を何度勧めても妻は断った。誰の目にも意図は明らかだった。

彼は、最後の妻を選び損ねた。
しかし、彼は、誰を選んでも満足できなかっただろうと、私は思う。
叔父は、子供の頃離れて暮らさねばならなかった母親の愛情を、出会う女達に求めていた。私はそう確信している。次は、次こそは、と期待しても期待しても、それは決して彼の母親ではない。派手な女性遍歴は、ついに彼が一度も真には満たされることのなかった証のように見えて仕方ない。
私の家系図を鑑みると、親の愛情に恵まれない境遇の人間が、正に樹の枝のように連なっている。叔父の母親は、私の祖母であり、その娘が母であり、そのまた娘がこの私だ。連なりは、樹となり鎖となり、私たち精神の血族を繋げている。


叔父は、昼間に亡くなった。苦しむことなく、静かな死だったという。前日まで意識があり、妹である私の母と言葉を交わしたのが最後だった。
死期が近いらしいと母から電話で聞いてから数十分後、たった今亡くなったと母からのメールで知った。
大阪は、よく晴れていて清々しかった。風が強く、水色の空の中、白い雲がどんどんと形を変えた。
涙は、出なかった。


叔父は、自身の生に死という完結を迎えた。
その死によって、妹である私の母を惑乱させていた悪女との縁がついに切れた。
叔父が叔父自身の人生の重みも価値も責任も何もかも、その身一つに背負って人生を閉じた。
命とは、そういうふうにできている。実によくできている。


生れ落ちることも困難だが、死ぬまでも何と困難な道か。
自殺が叶うだけの身体能力を残されていたのなら、彼は自殺しただろうか。それとも、やはり生を全うしただろうか。

ただひたすらに、人間の生は重く、また死も平等に重い。
どんな生もどんな死も、私は今を生きている自身の頭上に戴くような気持ちになる。

叔父の生と死に思いを巡らせ、私は手を合わせる。


お疲れさま。
それ以上の相応しい言葉が思いつかない。



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◇強く儚い

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Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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