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2008/11/29 (Sat) 日曜日に蕩け落ちる蜂蜜 ? 人格障害・希死念慮 ?

20081129.jpg
前回の記事◇土曜に耳鳴る越境(前編)   ◇土曜に耳鳴る越境(後編)?解離性障害?  の翌日、先週の日曜のこと。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

朝方に目が覚めた。
すぐに気がついたJが水を持ってきてくれて、薬を飲んだ。
子供たちは眠っていて、大人の女2人だけで色々なことを小声で話した。Jの顔色は悪くて、心配になった。彼女も、精神的にも肉体的にも限界が近い気がする。とても無理をして家庭を切り盛りしている。たくさんの問題を一度に抱えて、命懸けの大変な時期に来ている。

子供たちの気配がしないなと思っていたら、隣の部屋でアニメに夢中なのだという。昨日あんなに騒々しく1人で3人分くらいの存在感を撒き散らしていたというのに、子供とは不思議な生き物だ。

アニメが終わると、起きていることがすぐばれた。早速、子供がドーンと飛び乗ってきた。
「みとりちゃん元気になった?カレー一緒にたべたかったてん。しんどいん治った?」と訊いてくる。
「Hくんが眠らせてくれたから元気になったよ。ありがとうね」と言うと、3歳の彼は、にんまりと得意そうに笑った。私をちらりと横目で見てから歌うように「いいよ?」と答えた。
自分の思いやりが私の回復に貢献したと知って、Hくんは、しばらく何度も私が元気か訊ねた。私が答える前に「Hくんがみとりちゃんを寝かせてあげたからね」と自分で答えて、嬉しそうにしていた。

上の子Aくんは、パジャマ姿のままでテレビを見ていた。
そのうち、恒例の兄弟喧嘩がまた始まった。昨夜の騒々しさの再来だ。
生き生きとしている彼らを見ているのが、私は好きだ。
それぞれに高機能広汎性発達障害、多動型ADHDの診断を受けているが、生まれたときから知っている私にとって、それらは彼らの性格、特性の1つでしかない。母親であるJの苦労を抜きにすれば、子供が好きな私にとっては、ユニークで面白いとすら思う。

私や私の弟達は、障害を持たずして生まれたが、親戚の叔父が言ったのには「全員、人形みたい」だったという。大人の前で表情もなく固く感情を閉ざして、ひたすらに行儀が良い私たち兄弟を見て違和感を感じたのだろう。

Jの子供たちからは、そんな怯えた様子が一切しない。
私はママであるJの友達であり、何か大人のような大人ではないような自分たちと同等の友達のようにも感じているようだ。警戒しない子供達を見ていると救われる。


遅めの朝食を全員で食べた。
Jが、熱い黒豆カフェオレを入れてくれた。きな粉の香りがする、優しい甘さのカフェオレだ。昨夜は何1つ食べる余裕がなかった私も、芳ばしいカフェオレの香りと子供たちの声で賑やかな食卓を前にすると食べられる気がした。

前日に買ったパンを少しずつ口に運んだ。気がつくと全部食べていた。
見れば四人全員が違うものを食べている。それが何となくおかしかった。以前一緒に遊びに行ったときと同じ、ばらばらの個性、こだわりがある。「発達障害」と呼ばれようとも、彼らに当たり前に馴染んでしまった私には、やはり障害には見えない。


上の子がゲームをしている間、下の子Hくんとボールで遊んだ。ゴム製のボールは、サッカーをするのに丁度良い大きさだ。サッカーなのか、単なるボールの奪い合いなのか分からない激しい攻防戦で楽しかった。心から笑った。ボールを奪っても奪われても、大はしゃぎで笑い続けるHくんを見ているのも楽しかった。私は、子供が好きだ。子供と遊んでいると色んなことを忘れられる。この子たちの小さな身体のどこから出てくるんだろうと不思議になるくらい、無尽蔵のエネルギーを持っている。笑い、泣き、怒る、感情のエネルギーの純度が高くて動物的で羨ましい。


Jも、いつも子供達に考え事を奪われるようで、私に「考える暇ないやろ?」と笑って言った。合間に、仮面ライダーやアニメを子供達と見た。1人暮らしなら見ることがないチャンネルだ。ストーリーも設定も分からないけれど眺めていた。

それからまた兄弟喧嘩が始まり、ついに怒ったJが子供達を叱っている横で、ぼーっとテレビを見ていた。
すぐに調子に乗ってしまうのが子供達だ。
叱ることができるのは、彼らの将来を考えてでないと出来ないことだなと考えた。ただ怒鳴って威圧して子供を黙らせる方が親は楽だし、子供の言い分など聞かず、何がどう悪いのか説明せずに断罪する方が、やはり楽だ。
何がどう悪いのか、きちんと叱れるJを見ていると、こんな母親でいたいと思う。


J達が出かける時間、一緒に家を出た。
駅までの道を歩いた。Aくんが「内緒やで」と、こっそりハイチュウをくれた。Aくんの目に、私はどんなふうに映っているんだろうなぁと不思議な気持ちになった。私の子供時代、こんなふうに大人と接した経験があるだろうか。何の記憶もない。

自転車の後ろに座っているHくんは、こだわりが強い。今は、もっぱら私の体調を訊くのが彼のブームらしく、「みとりちゃん元気になった?」を繰り返す。「Hくんのお陰だよ」と言うと「いいよ?」とまた歌うように答えた。得意げな顔が子供らしくて良い。


駅前でお礼を言ってJたち三人と別れた。

薬が抜けた素面で電車の乗り換え図を見る。よく分からない。
結局、二度乗り間違えて、えらく時間を食った。
自分の家の最寄り駅に着いて地下から地上に出ると、日が傾き始めていた。

数日前に履きなれたと感じたパンプスが、足を窮屈に締め付け痛い。無感覚な身体に、感覚が戻ってきている。家に帰りたくない。
文鳥たちがどうしているか気になって仕方ない。
でも、帰りたくない。あの部屋には、私しかいない。1人になりたくない。

パソコンにも向かいたくない、ブログも書きたくない、自助グループも治療も企画も何もかも、関係ないどこかに消えてしまいたい。

家の方角に目をやれば、空が蜂蜜を垂らしたように金色に光っている。死とは蜂蜜のように甘いと最近そればかり考えていることを思い出した。

生きているのは義務だ。生かされているモルモットだ。生きていたくない。今日から、どこでどう生きていけばいいのか、少なくとも今この瞬間、生きていたくない。

蜂蜜色の空に比べれば、街路樹の銀杏の葉は随分と色褪せて見えた。
バッグの中で携帯が振動し、友達からメールが届いた。泣きながら読んだ。
家に帰らなきゃならない。
帰りたくなくても向かうのは自分の家しかない。

目的地まで遠ければ遠いほど幾許か救われる。往生際悪く家を素通りし、スーパーに寄って飲み物だけ買ったが、観念した。帰るしかない。


文鳥たちは無事で元気だった。ほっとした。しかし、水が干上がっていて、エサも残り僅かだった。
すぐに水とエサを変えて鳥かごから出してやった。一晩冷え切っていた部屋をエアコンで温める。
むくは、水浴びをした後、私から離れようとせず、ももは書斎の巣箱にこもって歌を歌い始めた。

文鳥たちは、エレベーターの稼動音を覚えている。エレベーターが動くと、私が帰ってきたり、誰かがやって来ることを知っている。私が不在の間、そうしてエレベーターの音を聞く度に私が帰ってきたんじゃないかと呼んでいたのかもしれないなと思った。


助けてくれた友達の一人と電話で話した。
私の状態や生活は、ブログに書いているのが全てじゃない。書ききれるわけがない。追いつくわけがない。辛うじて拾い出して書いている。そのことが分からない人も読んでいる。考えると眩暈と脱力に襲われた。それでも書いていくことを私は続けるんだろうか。

月末にN氏と会うんだよと話した。そういえば、死んでしまったら私は彼とも会えなくなるところだった。苦しいとき、なぜそんな大切なことを思い出せなくなってしまうんだろう。
彼の話をネタに電話口で好き放題話し、友達と一緒に笑った。自分が戻ってきた気がした。でも、頭の中には、水を含んだ砂がギッシリ詰まっているようで、くたくたに疲れていた。


私が生きていられるのは、関わり励ましてくれた全ての人のお陰だ。
救急の人も警察の人も、一秒でも1人で部屋にいられなかった私の横にいてくれた、それだけで私の命が繋がった。その救急車を呼ぶと決断してくれた友達Jには、感謝しきれない。


あの日、あのまま1人きりだったなら、私は頚動脈を切っていた。
死とは、逃避なのだろうか。それとも絶対的支配力を持つ現実に、唯一仇なす方法なのだろうか。
袋小路に閉じられた現実や、無力な自分や、コントロールできない怒りや音を立てて崩れていく決意や覚悟、何もかもに一瞬も耐え切れず、憎しみを全て自分自身へ向けずにはいられなかった。


私の命は、いつも人の中で断ち切られ、人の中で繋がり存えている。その目まぐるしい繰り返しの中で、うっかり私が死ぬことはないのだろうか。偶然生きているように、偶然死にはしないのだろうか。

以前の日常と少しだけ変わったことがある。絶望の色が混じったまま、消えなくなった。
書くことも、人と繋がることも、治療することも、行動することも、絶望が入り混じったままで、日常が朝夕の濃淡を越えていく。




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comment











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蜂蜜の様な・・・ 

素敵な色の写真ですね。
夕日はなんであんなにとろけるような色なんでしょう
携帯で撮ると色の具合が上手く撮れなくて
1人地団駄をよく踏んでいます。

黒豆カフェオレ!美味しそう・・・
あったかい飲み物を飲むとほっとしますね。

文鳥さん達も美鳥さんが帰ってきて嬉しかったと思いますよ
人とは違うけど、「1人」って言ってしまうと
寂しいかもしれません。鳥は長生きですし。

うちもはぁー・・・となっていても
だらしないフェレットの寝相で笑えます。

寒いですから、暖かくして下さい
(何故か美鳥さんは薄着のイメージがあります)

2008/11/29 17:42 | ミミ [ 編集 ]


 

一つ前の記事になるのなかな?

理解のない人間に分からせようという気概は大したもんだと思いますよ


俺は基本コミュニケーションがダメダメで子供とすらまともに会話ができません

そのたびちゃんと返事を返してやれなかったと思うと悲しいような恥ずかしいような・・・・


まぁ大声あげて寝るのも憤慨して物を蹴飛ばすのもなんでもありっすよ

その状態をそれでしのげるなら何も悪いことしてない



2008/11/29 20:39 | ガンジャーばぁちゃん [ 編集 ]


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2008/12/01 19:05 | [ 編集 ]


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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