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2008/11/26 (Wed) 金曜に濁る私と清い世界(後編) ? 解離性障害・境界性人格障害 ?

◇金曜に濁る私と清い世界(前編)?解離性障害?の後編です

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

荒れ狂う怒りと憎しみと絶望の突端に立って、じっと真下のコンクリートの路面を見つめていた。
距離が足りない。
ふと見上げると、このビルにまだ上階があることに気づいた。
道に迷った旅人が標識を見つけたときのような安堵で、胸が震えた。

エレベーターの横、重い鉄の扉を押すと、非常階段が螺旋を描いて上へ上へと続いている。
まだ上がある。まだ上がある。一歩ずつ階段を上がった。
一段上がるごとに救われていくような気がしたが、同時にこれは死刑執行台に続く階段なのだとも思った。

どちらでも、どうでもよかった。
生きていて、どうなる。
カウンセラーは、誰も彼もがいつでも「ゆっくり一緒に考えていきましょう」だ。
私は、考えてきた。考えても考えても私の中は底なし沼で、果たしてここを探り続けたところで報われる保障などどこにもない。
医者は、役所に提出するときの診断書には、あれこれと書けるだけの病名を書くが便宜上のものに過ぎず、励ましてはくれるが、私の現実には届かない。薬が私の脳を濁らせ、ただそれだけで一体何年が過ぎただろう。
その間、私は何度死にとりつかれ、窒息しかけ、孤独に置き去りにされ、人や薬や自傷や口当たりの良い愛とやらで空洞を埋めようと躍起になり、全て毒となり内側から蝕まれ、泣いても叫んでもどこへも行けないここにずっと太い鎖で繋がれたまま、ただ生かされている。

新しいカウンセラーに期待したが、やはり治療は「ゆっくり」だ。
カウンセラーは、間違えてはいない。
多分、人の心、私の心が「ゆっくり」以外に対応できない。剥き出しの血管のように、切っ先に触れただけで大仰に破れ裂け、内圧に耐え切れない血液が常に溢れ出そうと待ち構えている。心とは、脆弱で堪え性のない破裂寸前のミミズのような生き物なのだ。
生かし続けるには、あまりに脆すぎて私はもう扱いきれない。憎しみが過ぎる。


非常階段は、屋上の手前で鍵がかけられていた。
踊り場から身を乗り出すと、何にも遮られることのない上階独特の清涼な風が自由に舞い上がり、ひゅるひゅると気ままに遊んでいた。
世界は美しいな、と思った。


手すりには、4本のパイプがついていて、足をかけるのにうってつけだった。
やるしかない、やれ、やれ、と自分に言い聞かせた。
一段目に足をかけた。パンプスが邪魔で苛々した。
数十センチの一段分、私は空に近くなった。
町を見渡してみれば、私が入り込んだことのない路地まで迷路のように俯瞰できた。
冷たい冬の風が私を右へ左へ滅茶苦茶に嬲った。みるみる凍えていく頬や指先を感じたが、心は何も感じなかった。
虚しくて虚しくて仕方なかった。風は私の心までは冷やしてくれない。
二段目に足をかけた。身体を支えているのが困難になった。
私は、声をあげて泣いた。眼下に歩いていく人の影を見たが、空につきそうな最上階にいる私の声は、地上の誰の耳にも届かない。

世界は濁りが無く、美しくて、自由で、なのに私の体全体にはコールタールのような死がべっとりと覆いかぶさり醜悪な物体に過ぎない。
濁りのない風が私を全部吹き飛ばす。
かじかんだ指先で凍てついたパイプを握り締め、ちくしょうと泣き喚き、靴でガンガンそこら中を蹴った。怒りも罵りも呪いも、全部この世界では搾り出した直後に清浄な空気の中へと霧散してしまう。

へたりこんで泣いた。なぜ泣くのかも分からず泣いた。

私は誰なんだろう。ここにいていいんだろうか。生きている意味はあるのか。意味なんて下らないことだ。ならば、なぜこんなに死ぬことが難しいんだろう。

指がかじかんで手すりを握っていることもできなくなった。
ガタガタ震えながら、泣き喚きながら、階段を下りた。
今死ねないのなら、他にやることはない。

気がつくと、カウンセリングルームのインターホンを押していた。立っていられずに、壁にすがりついて泣き続けた。馬鹿になった気がした。
カウンセラーが出てきた。
「誰でもいいからボランティアの方か病院の方を呼んでください。私は一人では家に帰れない」と伝えた。
自分が情けなくて廊下で倒れこんで泣いた。

カウンセラーは、一緒に行きますよと言ってコートを取って出てきた。マンションの住人なのか私の横を何人もすり抜けたが、私はもうどうでもよくてドアの前にうずくまって泣き喚いた。

エレベーターに乗り込んだら、もう動きたくなくなった。死ねなかった絶望なのか、単に苦しいのか、情けない自分への失望なのか、泣く以外の行為を忘れてしまった。

路上に出たら、また死にたくなった。
交差点の赤信号が見えて、駆け出した。はねられて死にたかった。
私が到達する前に、信号は、あっさり青に変わった。私は、いつも死に損ねる。


急に馬鹿馬鹿しくなった。
何事もなく交差点を渡り歩いていく人々を眺めていると、私は大仰に悲劇ぶっている気がした。
歩いて元の場所に戻ると、カウンセラーがタクシーを呼びましょうと言って立っていた。
私は、生垣や石垣に身をもたせて、もうどうでもよかった。
家には帰りたくない。帰ったら、また同じ日々だ。
小雨が降っていた。カウンセラーのコートの肩に、冷たい銀色の雨滴が無数に降りかかっていた。
道端にへたりこんで、財布に入れておいた薬を10錠一気に齧って飲み込んだ。
他にないか探したが、バッグの中にも見当たらなかった。
通り過ぎる人たちが奇異の目で私を見下ろして行くのを、ぼんやり感じていた。
カウンセラーは、ずっと横に立っていた。

「あやを呼んでください。あやが家に帰ればいい」
私はカウンセラーに喚いた。
「私は、別にあやさんと会いたくもないし、美鳥さんにまず無事に家に帰って欲しい」
と、カウンセラーは穏やかに言った。
こんなときばかり私かよ、と私は唇を歪めた。


薬が効かないかと、ぼんやり地べたに足を投げ出して小雨に打たれていた。

家までタクシーで送るとカウンセラーは言ったが、反射的に私の男性蔑視、男性恐怖、嫌悪、憎悪が刺激され、視線を跳ね上げた。
「で?家に行ってから何するんですか?」
にらみ付けた。カウンセラーは「そのまま私は帰りますよ」と小さく笑った。
私は、苛々した。
偽善者め。


怒りが湧いてきて、カウンセラーは偽善者か、私をどうとでも良いとみなしている冷徹な人間だと恨みがこみ上げてきた。
死にたい死にたいと泣き喚いた。
それから、ああ私はカウンセラーに迷惑をかけている、これはきっと境界性人格障害の症状だと気づき、立ち上がった。
「すみません。大丈夫です。私は一人で帰れます」
カウンセラーは、私を少し見返してから「とにかく気をつけて」と言ってカウンセリングルームに戻って行った。

けっ死んでやるよ、と思った。
治療なんて進まない。
いつもいつも「ゆっくりそのことは考えていきましょう」だ。 もう十分だ。こうして泣き喚く自分も苦しいのも悲しいのも怒りで我を忘れるのも、もううんざりだ。


自転車をとめていたのを思い出して、冷え切ってくたくたの体を引きずって歩いた。ツイッターに書き込んでから、家に帰りたくないなぁとダラダラと雨の中突っ立っていた。

薬が効いてきた気がした。
随分たってから自転車を押して歩き始めた。

気がつくと、そこにカウンセラーが立っていた。
私が無事帰るのか、私の姿を探していたらしい。

カウンセラーは反省していた。
「カテゴライズせずに、患者をありのまま把握しようとする私の悪い癖が出て、あなたを混乱させてしまった。病名にしろ状態にしろ、とにかく美鳥さんが納得できる形での治療をしましょう」と言った。
私は、ぼんやりカウンセラーを見上げた。
納得できる形とは何だろう?
病名はどうでもいい。
私が見える少女や真っ黒な断崖絶壁や、幻聴の説明が明確になされるのなら、どうでもいい。
それらの説明がつかなくなって私は宙ぶらりんのまま、症状に振り回され続けているのだ。


心配してくれていたのだと、やっと理解できた。
自転車を押して、歩いて歩いて家まで歩いた。
途中でスーパーに寄った頃には、ODのせいでまっすぐ歩けず、フラフラになっていた。
普段は絶対に買わないお菓子を買い込み、餅を買ったりした。
帰り着いたことは記憶になく、気がついたらベッドに倒れこんで眠っていた。
お菓子は食べ尽くしたらしく、後でゴミ箱の中から発見した。


治療のことも何もかも、もう考えたくなかった。
パソコンを見てみると、会ったこともない私を理想化した男のコメントが次々に舞い込んでいた。私にとって、境界性人格障害や番組のことは最早遠い話で、その瞬間の私を殺しかけているものは、解離性障害という病の先が見えない絶望だった。
理想化に応じない次は、こき下ろしと決まっている。
案の定、思い込みと押し付け、親切心に見せかけたエゴまみれの見知らぬ男のコメントは、みるみるうちに私への嘲りと攻撃に変わった。
ブログと他人が作った番組1つで私のことを知ったかのように錯覚し、人のブログのコメント欄に「死ね」だの「あなたのやろうとしていることは100%不可能だと断言する」だとか、数日前の私への絶賛はどこにいつどうやって消えたんだ?
こんな人間を私は腐るほど知っている。
疲労で頭の芯が太い鉄の棒のように硬化した。うんざりして反吐が出る。
そんな不快感も、大量の薬が曖昧に誤魔化してくれた。

私は、ブロガー友達にメールして、電話で話した。同じく、ボーダーと戦う同病者だ。
苦痛なんて、どうでもいい気がした。
たくさん笑った。
今日死のうとしたけど無理だったよと話したら、同じくボーダーの友達は感覚を理解してくれた。
感情のジェットコースター。
世界が、瞬間、瞬間に色を変え、その都度私も変化し腐れたり蘇ったり蝕まれたり硬化したり寛いだりする。

薬で紛らわせるのにも限界が来ていた。
翌日は病院に行き、その夜に私の家には、救急隊員と警察が詰め掛けた。
笑えていたのに、心から笑えていたのも本当なのに、脳の中心を貫いて決して熔解しない怒りと絶望も本当だった。


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渦の中。。。 

美鳥さん、こんにちは。日々ツイッターの更新を見てはホッとしています。内容はともかく、更新されていることに。。。この数日間(今も)どのくらいの渦に巻き込まれているのか、気になっていました。深いんですね。。

私の脳裏にも焼き付いて離れない絵(写真)があります。小船の上で、3mほど離れた海上から自分を見ている絵です。真っ暗な夜でそこだけライトがあたってる、自分が被害に遭っているところです。いくつも被害の状況は絵(写真)であり、動画でもあります。

私はそれを思うと心臓をギュッと掴まれる思いがしますが、美鳥さんは、現在進行形でいまもずっと続いているんだと感じています(想像の域を出ませんが)。これはかなり辛いだろうことお察しします。美鳥さんの中で解明されていないことが、さらに複雑にしていますね。足がかりが見つかるといいですね。。。

2008/11/26 12:14 | エコペン [ 編集 ]


 

医者とカウンセラーと病名が一致しない、
なんだが余計もやもやしちゃうよね。
自分は一体なんなんだろうとか、いろんなことを
考え込んでしまい、悪循環に陥っちゃう。
希死念慮が酷い時、自分もよく泣いたなと
あの頃の気持ちを思い出しました。
苦しくて、でも自分ではどうにもできなくて
本当に辛かったあの時の気持ちと同じかな。
死を覚悟しても、実行できなかった
死にきれなかった自分、癌になった時は
死ぬのが怖くなりました。
ボケるのは、本当はいいことなんだそうです。
人間、本当に死と向き合うとおかしくなっちゃう
んだと聞かされました。
今も闘い続けている美鳥ちゃんに、かける言葉が
見つかりません。ただ、コメントを書くだけしか
できないです。

2008/11/26 23:06 | あおぞら [ 編集 ]


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2008/11/28 00:23 | [ 編集 ]


 

久々に拝見させていただきました

感情は爆発させないと危ないですよ ストレス食いますからね

カウンセラーは臨床心理士なので診断をつける権限なんてないと思います



2008/11/28 16:53 | ガンジャーばぁちゃん [ 編集 ]


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2008/11/29 21:19 | [ 編集 ]


>>エコペンさん 

エコペンさん おはようございます。
最近ブログにお邪魔できず、もどかしい毎日を過ごしています。お元気ですか?

ツイッターだけは良い意味でも悪い意味でもリアルタイムに書いています。余計なご心配をおかけして申し訳ありません。希死念慮にやられてカウントダウンが始ったかと思いきや、次の瞬間には解離なのかストンと感情がなくなり、通常の生活に戻れるなど、自分でも自分があてにならない状態です。これも病気の一端なのでしょうが、時々リアルタイムで書いていることに罪悪感を覚えないでもありません。
ツイッターまで見てくださっていて、感謝にたえません。

自分は自分としてあるのに、そこから3mはなれて自分を見ていたり、離人感というものは本当に不思議ですね。その距離感「3m」というのも私はよく分かります。「50センチ」というときもあり、「10メートル」というときもあり、幻覚の一種なのでしょうが確かに物理的距離感が生じているあの感覚。苦しいですね。

心の治療というものは、遅々として進まないというのが10年程続けてきた結論です。医療が追いついていないのか、それほどに心の傷というものが厄介なのか。最近、虐待と少年の殺人の関連性を書いた実話ルポの本を読んでいるのですが、人間にとって情緒を育む段階の幼少期がいかにその人間の一生を支配していくかを実感させられます。

今のところ、何が何やら分からない状態ですが、少しでも打開できれば、やっと次の段階へ進めるのかもしれない、とりあえず死なないように生きていようと思っています。

コメント、いつもありがとうございます。
寒くなってきましたので、どうぞお体お大事に。

2008/12/01 09:20 | 美鳥 [ 編集 ]


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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