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2008/11/10 (Mon) 傲慢に気づかない人間が対等を語る ?人間嫌い・ OD ?



昨日から殆ど眠っていない。
朝からODし続けている。多少、支離滅裂な箇所があるかもしれないがご寛恕ください。

安定剤を定期的に齧り続ける。もう何錠になるのか分からない。朝から今まで、今から寝るまで。
酩酊感は、何もかもを麻痺させてくれる。
ふらふらで歩けなくなってきた。それでも、感情だけは酷い状態を脱し、ふらふらしながら服を片付けたり、少し家事をした。そうしたら気に入っていたティーポットを割った。お茶を二度こぼした。
挙句、座っていた椅子から転倒し、椅子まで薙ぎ倒されて、なぜだか両脇に酷い打撲を負った。
巣箱にこもっていた文鳥ズが驚いて出てきて、私を高台から見守っていた。
私は常時、へらへらふらふらしていた。


きっかけは友達から一通のメールだった。
番組で放送された私を見て「普通だし元気」ということだった。私は取材に実は半年はかけた。病人として、またよりによって理解が低い境界性人格障害の患者として顔をさらして出演することは相当の勇気を要した。AC(アダルトチルドレン)の性格も手伝って、毎日が苦悶と恐怖の連続だった。AVの撮影と間違われて野次を飛ばされたこともある。カットされていた部分は、私の人格交代などの瞬間だ。また、私はペイフォワードで頂いた網ぐるみを大事に置いておいて、私のような生き方をしていても支えてくださる方を知って欲しくて、そんなシーンを撮影したりもした。
しかしあくまでも私の作品ではなく、報道は常に第三者であり、当事者の私が訴えることが最も大切で近道なことなのだ。
友人からの手紙は、「あなたは元気そうだったし電車にも乗れていたし辛かった私からすればあなたは「普通」だった」だった。
だから何だというのだろう。本当に重症の人間はドキュメンタリーの取材など受けられない。私のような中途半端に動ける人間、そして決意を持った人間しか訴えられないのだと思った。だから敢えて全て晒した。私は自分が一番不幸だとも思っていないし、誰かと不幸比べや幸福比べをすることなんて、とっくにやめた。それが私が出来ることとは無縁だと知ったからだ。私は私でしかなく、誰から何と言われようとも私は私が信じたことを行動するのみだ。

ではどれだけ苦しめば人は「苦しいね」と認めてもらえるのだろうか。
そのことを考えるたびに私は「自殺」という無言の行為に思いを馳せる。
私の両親や一時期親交があった友人などは、そういう考え方だった。
「苦しいって言ってるけどまだ頑張れるでしょ?どうせ死なないんでしょ?」だった。それは私の苦しみは甘えであるということを意味したし、同時に「自殺しない限り苦しみは認定してもらえないのだ」という事実だった。

こんな考え方、誰かと自分の苦しみを天秤にかけ、自分の努力と他人ができないことを天秤にかけ、私はここまでやったが何故あなたは出来ないのか?という問いに、果たして意味があるのだろうか。
鬱病にもそれぞれの状況や背景があり、解離性障害にも存在し、そしてDID(解離性同一性障害)にも様々ある。外出が怖いという理由も、人それぞれあり、私の強迫性障害は例えば弟と比べれば病気のうちに入らない軽症だ。しかしそんなことが何の意味がある?

私は自分の通帳を自分の持ち物でありながら長く紛失していた。はんこも同様だ。去年気づいたが、わたしの長袖は一式捨てられている。誰が捨てたのか、私は捨てた記憶はないので他人格が行ったと考えられる。
そして私の命を左右してきた要素は、金銭・信仰・病気の三大要素だった。
今の私は銀行に行けば解離する。通帳が見つかったから記帳したが、右下の数字を見れば残高なのだとわかっていても脳が理解できない。そしてすぐに健忘。把握できない。

私は滅多に外出できない。
電車に乗っていたシーンは、あれはもう春のことだ。あのとき私は頓服を飲んで乗り込み、それでも途中で倒れかけた。それでもあの1シーンで私は「元気」とみなされる。
同じ心の病気を持っていて、外側から見えないからこその苦労を誰しもが味わい、歯を食いし威張って生きている。滅多なことでは誰かに話もしない。だからといって、なぜ苦しいといっている私が「あなたは元気で普通でもっと頑張るべきだ」と言われなければならないのか、私は理解できない。


私の暮らしぶりを「お金がまだある」だとか「元気」だとか「1人で生きていける」だとか「支援はいらないよね」と言う、それは一体私の何を知ってそういうのだ?
私がここで死んだとしても私は何日も見つからない。その頃には文鳥も死ぬだろう。
ここには私を見る目というものがないし、定期的に通う人もいなければ、治療したくても元気なときにしか行けないように脳の作りができている。そして頻繁に記憶はとび、私は自分が元気だと思い込んでいる病だ。

それでも私がましだって?
私は自分を悲劇ぶる気も何もない。病気に格好良いものなんて何もない。
闘病は死に物狂いで、だからみっともない。格好良い病気なんて一つもない。
そして人それぞれ苦しみの質も度合いも表現も違う。まるで苦しみを顔に出せない人もいる。

私と向き合うことよりも、他人が作った映像のしかも数分だけ都合よく切り取られ、大衆向けにソフトに作られ、そして私の意向など無関係で作られた映像を元に、あなたの生活も状態も、カットされたものの大まかも想像できるなんて傲慢もいいところだ。
カットされたものの中に死にかけた私がいた。笑っている私がいて、何時間も泣いてパニックを起こし暴れ、リスカしようとし、切腹し、飛び降りようとし、何も食べられない状態だったし、私はあやの写真もSM写真、自分の裸体も変態行為も見たくもないあやの男の写真も、生涯誰にも話したくなかった性的被害の体験も話した。全ては、病気について知ってもらいたかったからだ。
そんなカットされた映像に、私は腹は立たない。
あれは私の作品ではなく、私は一出演者に過ぎない。

本当の私は、ここにいる。ブログに書き続ける。
そして、これ以上のリアルは、現実、ここ大阪で生きている。
他人が作った映像や、勝手に他人が作り上げるイメージ、全て私とは無関係だ。
私を知りたいなら私と会えばいい。リアルな私は、いつでもここにいて、ブログでも私はこのまま私で、誰に嘘をつくでもない。
リアルとブログを私は分けない。
なぜならブログはリアル世界でのお遊びである。
リアルなこの世界、私の散らかった机の上にある一台のノートパソコンを打つ私の指から一文字ずつ書いている。
ブログとリアルの違いなんてクソほどもない。
私はここにいる。
書いていることそのものが私のリアルだ。
理想化もこき下ろしも、もううんざりだ。
誰にも彼にも見捨てられ不安もつと思ってる人も間違い。
さほど重要じゃないよ。だってあなたは逃げるじゃないか。
助けて欲しいとも思ったことがない。あなたは人を侮っている。特に私を。
言葉に逃げ込んで、何も意思表示せず理屈こねまわして自分は無傷。
保身のみの体のいい言葉で対等かどうかよく考えてみればいい。
少なくとも友達という定義から私は外しているよ。
わかって欲しいなんて思ったことはないね。
わかって欲しいのは当人の方だ。いつも差異ばかりしか話題にできない人。
自分の内部で片付けるべきことを外側で他人に迷惑かけて好き勝手やってる。
私のことを分かった気がしてるらしいが私はキレイでもなければ優しくもないし、助けを求める相手は吟味するし、見捨てられ不安は愛情が伴っている。
私という人間をよく知りもしないくせに侮っているね。
ついていけない。
自分のことにしか余裕がない人間は私は友達にはしない。
尊重を履き違えている。あなたが居心地がいいことと他者が居心地がいいことは全く別問題だが、あなたの価値観が最も優先されるべきだと信じているのだろう。理屈で人間は動かない。ついてこない。理屈のみで生きていた私を知らないあなたは、この言葉にも理解も共感も示さないだろう。
自分勝手は迷惑だ。自分の居心地が良いときは、放棄した分誰かが背負う仕組みになっている人間という集団の原理を知るべきだ。
私に結論を委ねるのは優しさではなく、傲慢。あなたの保身。対等とは、どちらも勇気を出し向き合うことだ。逃げ腰で私に意見を求める関係が、あなたにとっての対等なのか?


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2008/11/10 02:22 | [ 編集 ]


お久しぶりです 

kohocounselです。
あなたの言葉の温度に追いつけない自分の言葉にもどかしく思いつつ、コメントさせていただきます。

また、こちらの勝手な思いですが、この記事を見てしまった以上、とにかく何かをコメントしないことには逃げているように感じましたので、まとまらないまま書いてしまうことをお許しください。


私は、いつも人間集団のずるさに翻弄されている人々と会い続け、「本当のことをリアルに見る者」「生々しい者」の存在と苦しみは、どうしてこんなにも「なかったこと」にされるのだろう、と感じています。

思うに、厄介なことには触れず、小さな幸せを、自分だけは失いたくないと思っている大半の人間にとって、「本当に」物事を見、「本当に」苦しんでいる人間がそこにいるということを、認めるわけにはいかないのでしょう。

また、真実を語る言葉は、「たわ言」や「屁理屈」ということで片付けてしまわないことには、そういう自分のあり方が認められないことを、どこかで分かっているからなのでしょう。

ありのままに語ろうとする者の言葉は、「屁理屈」をこね回す者から「屁理屈」と言われます。
懸命に正当に生きようとする者の生き様は、ずるい者から「ずるい」と言われます。

美鳥さんは確かに多数派ではないのでしょうが、私はあなたの言葉を読んで、やはり壮絶なまでにまともな人だとしか思えません。
そして、まともな人に変わる余地があるとすれば、それまでの生き方をさらに純化し、もっとまともになるしかないと、私は思います。僭越ですが。

一度にたくさんの感情が刺激されすぎて、今はこれだけしか書けませんが、もう少しまとまれば、あらためてコメントさせていただきます。

2008/11/10 03:59 | kohocounsel [ 編集 ]


 

先にメールしちゃった・・・
ODしちゃってるんだね・・・
報道も、<いいとこどり>なのでしょうか・・・
かなりの時間をかけて、たった数分で何が分かる?
って感じですよね。
友達も・・・ヒドイですよね!
理解されてないとホントに辛い!
特に家族にはね・・・。
私には分かるから・・・同じだから分かるから!
自分を追い込まないようにね。

2008/11/10 08:02 | うさぎ [ 編集 ]


放送知らなくて。。。 

こんにちは。前のコメントにお返事がありました。お忙しいのとダメージ強うそうな時に大変だったろうと思いながら読ませて頂きました。毎回丁寧なお返事。頭が下がります。
報道は一瞬一瞬をとらえるもの。それが全てではないということ、頭で解っていながら、それが全てと受け止める人が多数です。陥れようとする魔の手が届きませんように心からお祈りします。
話しは変わりますが。。。大切な人でした・・・と涙を流しながら笑う人がいます。私は笑えない。心に嘘はつけない。人を上手く利用することも出来ない。でも、私はその方が好き。そんな自分でありたいと思うし、あり続けようと思う。なんてことが、ふと浮かびました。美鳥さんにとって生きることは辛いことだと思うけれど、生きて叫び続けて欲しいです。。。

2008/11/10 13:30 | エコペン [ 編集 ]


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2008/11/10 14:11 | [ 編集 ]


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2008/11/10 15:28 | [ 編集 ]


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2008/11/10 17:27 | [ 編集 ]


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2008/11/11 15:18 | [ 編集 ]


 

こんばんは。火曜 午後10:45~ TBSニュースバードでの再放送を見てからと思ってましたが、私のところではこの番組がありませんでした。残念です。

ドキュメントといえどもそれが真実を写していないことは私も経験があります。カメラが切り取った瞬間は確かにそのままを写していますが、テレビの台本を書くのは自分ではなく放送局側ですものね。

私はこのブログを読んで、美鳥さんの全てを知ることはできませんが、美しいものも醜いものも、貴女の全てを綴りたいという想いはそのまま受け止めさせていただきたいと思います。

テレビ見なくて良かったのかも知れません、貴女がどんな容貌の女性かを見たかっただけかも知れませんから・・・

真実を伝えるのは難しいものですね。
またお邪魔します。

2008/11/11 20:11 | 哲老 [ 編集 ]


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2008/11/13 10:37 | [ 編集 ]


>>鍵コメnjさん 

njさん こんばんは。
あなたのお名前を目にすると、心からほっとします。コメント、ありがとうございました。

今年の2月頃から、本格的に取材が始り、ブログでは自分自身を鼓舞してみたり、密かに心うちを綴ったり、しかし出演し放送されれば私は一人で現実と立ち向かうことになるのだと放送日まで神経をすり減らしていたようにも思います。
その間、不安に全て捉われるのではなく、私はあくまで当事者として私が発信するのだとの信念を支えてくださったディレクターに心から感謝しています。

ブログで元気そうに見えるのは、確かに症状の1つだと思います。これが現実でも同じくで、普段の私を見ていて病人だと感じる人はいないと思います。

>本当に重症の人はTVに出られないし、話ができる状態だからこそ目的があって出演したのだということ、分かる人には分かると思います。
理解を求めるために出演したのだということも。

こんなコメントを下さって、本当にありがとうございました。泣きました。私はいつも思うのですが、私は本当に中途半端だからこそ訴えられると思うのです。本当に苦しみの真っ只中にいたら、誰かに苦しいと伝えることも出来ません。そんな頃が私にもあって、その頃の私の心を誰も知ることはなかった。私は1人きりで閉じこもり死ぬことばかり考えて、誰も私の苦しみを代弁してくれる人はいませんでした。その頃のことを思うと、今の私は100倍も千倍もましで、私は動かずにはいられません。
ブログが書けるなら、もっと大きな場所で次は発信したいと去年から考え続けていました。
メディアに出るとは私自身去年から、そんなお話などないときから考え、決めていたことでした。偶然にお声をかけて頂きましたが必ずやり遂げる覚悟でした。
そして始めたからには、自身のプライバシーは取り戻せません。いっそ差し出して訴え続けて死ぬことにしました。そんな覚悟のもとで出演したドキュメンタリーでした。

私の行動に、一貫性を見てくださって、ありがとうございます。
思うだけで動けなかった自分、動いても挫折して動けなくなる自分、現実と理想の間に挟まれて窒息するような生き方は、もうしたくないと思います。
何度でも誰に何を言われようと続けていきます。ドキュメンタリーは、その延長線上にある点の一つに過ぎません。番組は、番組。私は私で発信し続けます。
怯みたくない、現実に変化があろうと何が起ころうと貫かなければ意味がないと自分に毎日言い聞かせています。
思いを汲んでくださる方がいらっしゃることを、こうしてコメントで拝見して、万倍の勇気を頂いた思いです。ありがとうございます。

仰るとおり、背中から撃たれました。事実は、もはや確認しようがなく、現実は流れていくばかりです。

メディアへの露出となると、途端に口を出す当事者はたくさんいますね。私も、その1人であったのだと思います。一度出たことで、私は当事者であり発信側であるという微妙な立場に立つことになりました。
色々な価値観、立場、背景を持つ方々がそれぞれに感想を口にします。この場合、匿名であるのか実名であるのかが実に重要で説得力を持つのだと、今回ほど実感したことはありません。
好きなことは言えるけれど、ではあなたは何が出来るのですか?と問えば尻込みする匿名発言者が大半で、そのような匿名の人間の発言はメディアには届かず相手にもしてもらえない現実があります。

メディアに出た人間の現実が、当事者の現実の全てではない、だからこそ誰もが発言し発信することが大切なのだと思います。

発信する側の責任と、受けて側の責任、表現する者と受け取る側のフィードバックが重要だと思います。しかし、現状では安易に発言できる場に甘んじ、匿名で重みのない発言の中に当事者の実情も苦しみも何もが紛れ込んでしまい無駄に流れているように感じてなりません。残念です。


自分の苦しみと相手の苦しみを比べる人間が存在しますね。それは最早、病気の問題ではなく、人間性の問題なのではないかと最近よく考えます。
苦しみから逃れるための一手かもしれませんが、それを友達にも向けるのは私は理解できません。それだけはしてはならないだろうと思います。
自殺しても認められないでしょう。あなたが仰るとおりだと思います。鈍感な人間はどこまでいっても鈍感で、目の前で親しい人間が死のうとどうしようと平気なものです。

DIDの診断は、かなり私の精神状態を悪化させています。診断まで時間をかける精神医療の現場のもどかしさにも、発狂しそうな日々を過ごしていました。少しずつ受け入れつつあるところです。ご心配おかけして、申し訳ありません。

バトン50個目の回答。
私の弟はもっと凄いので、精神疾患を患っている人間のリアルとして、一度記事にしたいと思いながら、一応女子ですので控え目にバトンで告白してみましたw
帽子は必需品で、ひどいときは頭に消臭スプレーをぶっかけるという暴挙に出ますが、それで何とか生きてられます。
仲間がいて、私としても一安心しました。

温かいコメント、本当にありがとうございました。今後とも見守っていただけましたら、幸いです。
心からの感謝をこめて。

2008/11/25 18:59 | 美鳥 [ 編集 ]


>>kohocounselさん 

kohocounselさん こんにちは。
こちらこそ、お久しぶりです。コメントにご丁寧な返信、ありがとうございました。
私の調子が今月一向に良くならず、お返事も遅くなってしまいました。申し訳ありません。

書いてくださった「人間集団のずるさ」について、私も同じように感じています。
ずるい者は、常にどこか後ろめたさを抱えているためか、まっすぐ物を捉え過ぎる者を嫌う傾向にあるのだと思います。私が家庭内で、危機の時は司令塔、平常時は「キチガイ」という位置づけだったのも、思えば私は世間をそれなりに把握し行動できていたからこその司令塔兼キチガイであったと最近考えます。
この考えは、その都度の精神状態で揺れ動くのですが、大人になり治療が進むにつれ、両親の方が危機管理や行動力、責任能力が低いことに気づいたのでした。

「たわ言」や「屁理屈」の押収は、よくあることですね。匿名掲示板など見ていると、最終的には「そう言うお前はどこの誰なんだ?」ということになっています。匿名掲示板ゆえに、実名ほど威力に勝るものはない。少年犯罪などが起こればすぐに実名や住所といった個人情報が掲示板でもてはやされる理由が見てとれます。

報道がどこまで真実を語れるのか、仕事上、私と関わったディレクターは常に考えていることのようでした。放送後に寄せられた感想を見て、私も殊更に考えるようになりました。
このブログという媒体もそうですが、当事者が発信しているようで、その真実の姿は決して完全には見えて来ません。身体を介しても誤解が生まれやすい人間関係において、ブログやテレビ、他メディアを介して表現することの難しさ、どこまでいっても真実に近似することはできても重なることはない宿命のようなものすら感じます。

>美鳥さんは確かに多数派ではないのでしょうが、私はあなたの言葉を読んで、やはり壮絶なまでにまともな人だとしか思えません。

「まとも」とは、私が生きてきて滅多にかけられたことのない言葉です。多数派でないと自覚し始めたときから、私の目の前にある選択肢は2つでした。まともになろうと努力し自分を否定するか、少数派である覚悟を決めて敢えてそちらに自身の思考を傾けるか、どちらかでした。後者を私は選びました。前者も後者も人間の姿ではあるけれど、後者の方が私らしさを実感できるのではないかと考えたからでした。

「壮絶なまでにまとも」という言葉に、何とも表現できない新鮮さと感銘を受けました。
少数派=異常 と括られることが多い世の中ですが、私はもしかしたら、神経症であっても人格障害であっても人間なんだ、まともなんだ、と表現したいのかもしれません。

鍵コメも、ありがとうございました。
あちこち難民状態になっていたのですが、その中で考える理想的な治療というものはどこにあるのだろうかと考えているところでした。
あらためてお返事書かせて頂きます。
コメント、本当にありがとうございました。

2008/11/28 15:44 | 美鳥 [ 編集 ]


>>うさぎさん 

うさぎさん こんにちは。
ちょっとお久しぶりです。めっきり調子が悪く、お返事ができませんでした。お元気ですか?

ODの経験は、これまで殆どなかったのですが、治療の進み具合や現実の変化などに対応しきれなくなっているのか、コントロールができにくくなってます。我慢して針が振り切れるまで頑張る前に休んでいると、こうはならないと思うのですが。

報道は、なかなか難しい世界のようです。ちょっと聞きかじった程度だけれど、まず番組の尺(長さ)自体が視聴率を元に割り出されるので、視聴者の関心が薄いものほど、やっぱりさほど長さは取れない、その中でどうしても表現しなければならないという厳しさがあって、そこに作品を作る人間の努力と能力が問われる世界。
たった数分になってしまうんですよね。
私のシーンは、私が取材を受けていた中で振り返れば、あれが最もボーダーの心情を映し出していたシーンだったと思いました。そこをピックアップしたディレクター凄いやん!と言ったのですが、当の本人の狙いとは若干違うらしいw 難しいですね。

ボーダーにとって何が一番助けになるんだろう?と考えれば考えるほど「周囲の理解」が際立ってきます。周囲に求められる対処法として「SET(支援する・共感する・真実を伝える)」という三原則がありますが、あれは本当に有難いなぁと当事者ながら学んでいて感じました。

理解されていないと、病気の辛さに上乗せされて辛いですね。
人格障害に薬は効かないという現実があって、完治したという話も聞かないです。この病気と付き合っていく覚悟で生きていこうと思ったら、自分自身の努力と、周囲の理解は欠かせないなと思います。

自分を追い込みすぎてた1ヶ月でした。もうちょっと休むことを挟もうと思います。
コメントとメール、ありがとう。
同じ病気を抱えて、今日も笑っていられたらいいな、と願っています。

2008/11/28 15:54 | 美鳥 [ 編集 ]


>>エコペンさん 

エコペンさん こんにちは。
放送をお知らせできず、申し訳ありませんでした。私が知ったのも放送前日でして、当のディレクターが知ったのも同じような時期。作品自体は出来ていたのですが、なかなか放送される機会がありませんでした。お蔵入りかとも案じていたのですが、無事放送されただけで良かったと今は思います。「境界性人格障害」という名前を聞いたこともない視聴者が多分、殆どだったのではないかと感じています。

あまりにテレビという媒体が信用を失くしているという悲しい実態がありますね。真偽が分からないから作られたものに過剰に反応するか、拒絶するかのどちらかで、そこから先、自身で調べてみよう、考えてみようという段階まで関心を引くのは難しいことだと感じます。

次に何が起こるかわからない場所で、ひたすらにカメラをまわし続けるディレクターの姿勢には、頭が下がる思いでした。バラエティなどでは、台本がありそのまま作った方が面白いものが出来るのでしょうが、報道は目の前で起こるものしか映せない、いつ起こるかわからないという制限がついてまわります。放送された部分は、私はカメラがまわっていないと思い行動したシーンでした。数十時間の使われなかったシーンの蓄積あってのシーンでした。撮影が終わり、帰ろうとするディレクターに向けて出た私の症状こそが、リアルな境界性人格障害でした。

信頼関係なしには取材を受け続けることはできませんでした。報道に携わる人間の少なくとも1人が誠実であることは、私にとって希望ともなりました。

エコペンさんは、一貫した正しさの基準をご自身の中にしっかりと持たれている方だなと感じます。
心に嘘はつけない。私も、そう思います。
最近、自分がガッタガタに崩れ去る経験をしました。もうこの先は大丈夫だろうと思っていても、思わぬ落とし穴に毎度はめられている気がします。
応援してくださって、いつも読んでくださって、ありがとうございます。
今、頑張ろうという気持ちに全くなれないでいるのですが、少し休息して自分を甘やかしてやったら、その後また、変わらない私でいたいと思います。

コメント、いつもありがとうございます。

2008/11/28 16:06 | 美鳥 [ 編集 ]


>>鍵コメRさん 

Rさん こんばんは。あらためて、はじめまして。メールアドレス、ありがとうございました。メールで返信させていただきましたが、無事届いていますでしょうか。

私も文章や文字が全く受け付けなかった時期があるので、お気持ちを想像しました。コメントくださって、本当にありがとうございます。
いつも読んでくださっている方に直接お礼をお伝えできる機会がないので、嬉しいです。

番組を真摯に見てくださって、ありがとうございます。当事者のご家族の方の目には、どう映ったのだろうか、病気の存在すら知らない一般の方は?と、色々な角度からあの後考えています。

モザイクに関しては捨て身で当初からいらないと言っていました。モザイクなしと自分で分かっていて臨む取材は、やはりかなりきつかったです。中でも、最もカメラを意識しなかったあの時に撮ったものが番組内で使われていたので、ありのままを伝えたい私としては有難く感じました。
矛盾する行動や、自身でも抑えられない衝動性はボーダーにとって大きな症状の1つでもあるので、私のシーンは、その理解に訴えるものであればいいなと願っています。あそこまで私は突飛なのだなぁと見ていて思いました。

どこへ行くでもカメラがついて来る生活でした。実際体験してみて分かったのですが、ドキュメンタリーに出るのは、まずは撮影者が誰で編集者は誰で、最終的にどういう人が誰が放送を許可するのかという点まで把握し、尚且つ信頼できなければ無理だと思いました。その殆ど全てを私を撮影する方が作られるということで、相当な時間の不信の時代があり、最終的に取材をOKしました。
とにかく伝えて欲しい、という気持ちだけでした。
私が通院している病院で、病名を聞かれたことがあります。「鬱病です」ととりあえず言ってみたら、会話がそこで終わってしまったことがありました。鬱病ですら偏見が強く、理解されず何か怖いもの、まして境界性人格障害など、名前を聞いたこともない人が大多数なのだと実感していました。

妹さんは、その後お元気でしょうか。気になります。
人格障害他心の病気は、外側からは見えないだけに誤解されることも多く、胸が痛みます。

確かにRさんが仰るように、外に出られる日は夏休み分くらいしかありません。本当に厄介な病気です。

どうせ死なないんでしょ?という人は、Rさんが仰るように、確かに死んでも認定してくれませんね。私の弟も重度の強迫性障害で引きこもり15年が過ぎます。死にはしませんし、死ぬ気配もないという点で両親などは現実逃避して一緒に暮らしていますが、でもやはり彼は苦しいだろうと思います。
苦しみを他者から認定してもらうことは、思ったよりも難しいことですね。

今年前半は、生への執着も強く生きていられたのですが、最近ここ1ヶ月ほどは、こんなに生への執着が薄らぐのか、と驚く程に希薄になっています。
そんなときに思うのが、「生きているより死んだほうが楽だ」という思いです。それでも生きている私や、妹さん、妹さんを見守ってらっしゃるRさん、生きるのは辛く長く死に物狂いだな、と思います。

>「もう、私には友達が一人もいない。こんな病気の私と付き合っていたら友達に迷惑がかかるから、みんなきったから」

この言葉が、私は我が身のことのようで涙なくしては読めませんでした。私も同じように思い、自分でももう嫌だと思い、恋愛も結婚もしないと決めました。どう考えても、この病気を抱えている以上、迷惑をかけてしまう一方だと思わずにはいられなかったからです。
けれど、こんなふうにお話をうかがうと、そんなことはないと反論したくなります。私自身に向かって反論しているのと同じことになります。
当事者の方から「境界性人格障害に希望はないんでしょうか?」とコメントを頂いたことがありますが、本当に誰でもいいから答えて欲しいと思います。
本など読んで模索していますが、今のところ周囲からの理解ほど患者にとって有難いものはない、と感じています。
私のブログも、番組も、どれも小さな一歩にしか過ぎないかもしれませんが、少しずつしか知識は浸透していかないもどかしい現実があります。
1人でも多くの理解者に妹さんが恵まれますように、どうか希望を捨てないでください。
うっかり死なないように、私自身にも言い聞かせています。

また是非、コメント、お便りお気軽に頂けましたら幸いです。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
ふかぶかと感謝です。
妹さんにも、どうぞよろしくお伝え下さい。
貴重なコメント、ありがとうございました。

2008/11/28 16:45 | 美鳥 [ 編集 ]


>>鍵コメsさん 

sさん こんにちは。
昨日は、ありがとうございました。色々とお話できてよかったです。ボーダーとボーダーの谷間のような時間、ひと時の休息でした。
同病者の中でも、自分の病気について本当に学び理解していこうという意欲がある方は、一握りのように思います。大概は、症状が苦しくて対応しているだけで精一杯だと思うので。

一般の方は病名すら知らない現状、苦しみだけでもせめて伝わったら良いと切実に願っています。
コメント、ありがとうございました。

2008/11/30 13:08 | 美鳥 [ 編集 ]


>>鍵コメSちゃん 

Sちゃん こんにちは。

「マンツーマンのボダ地獄」に笑ってしまいました。それは本物の地獄だw
夢の国から、お帰りなさい。
コメント、ありがとうです。こちらでは色々とあって、一時とんでもなく不安定で要領を得ない短文メール送ってごめんね。
まわりは変わらないから、せめて自分がもうちょっと強くありたいな、と思うのだけど、なかなか難しいですな。珍しく無気力というか脱力に襲われっぱなしで、どうにか過ごしてます。

コメントを拝見していて思ったのだけれど、私は私が穏やかであるとか楽しそうにしているということを単純に純粋に「嬉しい」と感じてもらえるということが、感覚的に殆ど理解できないということに気づきました。
基本的に自己評価が低いボーダーならではの感覚なのか、それとも別のものなのか、何かしら「安らいではいけない」と考えている節があるなぁと自覚しました。
私が例えばSちゃんを見ていて「上がれ~!」とか「元気そうで良かった」と思うのに、自分のこととなると全然話が違うというのは、おかしいなぁと。

本当お互いうっかり死なないように、頑張りたいね。どうにかしがみついていたいね。とりあえず私は生き延びてます。
また話そうね。

2008/11/30 13:23 | 美鳥 [ 編集 ]


>>鍵コメUtちゃん 

Utちゃん こんにちは。
コメントを頂いてから返信遅すぎて、不安にさせていないか心配でした。前回のもあわせて、コメントありがとう。

第三者としての視線で見てもらうことは、テレビやメディアの宿命です。当事者だけでなく、実はそちらの方々がどんなふうに見ていたのかが最も関心があることだったりします。
メールの内容を見て、きれいごとだとは私は感じませんでした。切羽詰ったものを感じてもらえたのだなと思い、そこまで書いてくれる気持ちに打たれました。本当です。
ただ境界性人格障害は、対人関係が不安定で、回復期にあって自覚を持ちつつある私は、自分の症状で人を巻き込まないように、迷惑をかけないように、という意識が強くて、深く関われないという厄介な場面に出くわしています。

テレビで流れた症状は、ほんの一部で、他の方は分からないけれど私の取材などでも初日から放送禁止事項に触れまくり、特に私の場合は撮っているディレクターとのかけあいが殆どで、視聴者へ目線で訴えるという刺激が強い手法になるので、抑え気味なシーンを使ったと聞きました。

謝ってもらうなんてとんでもなくて、十代でコメントを書いてくださることが私は驚きでした。感じたことに率直で、感じたら表現したい、伝えたいという思いを強く持っていることに私は感銘を受けました。ブログを訪問しても、あまりに重い現実がそこに連ねられていたとき、私は言葉が出てこないことに逃げ込んで何も発せず帰ってきたりが多いから。
書き込んでくれて、本当にありがとう。

>症状がでたとき、彼女たちが話しているとき、愛されたい。という強い欲求には生々しいものがありました。

「愛されたい」が、境界性人格障害が持つ強烈な願望なので、そうかそこがちゃんと伝わって、受け止めてくれる方がいるんだと思いました。
この病気の原因は、機能不全家族が元となっているとされていて、要するに育った家庭環境で子供が自由に感情や思いを吐き出せない、表現しても認めてもらえないような家庭で育つことが一因とされています。そういう点から、私はUtちゃんのことも実はずっと心配しています。
手前勝手な心配だけど、機能不全家族で育った私と、機能した家族で育った人との間では、物事の感じ方や対人関係の築き方が大きく違っていることを、生きれば生きるほど感じるから。
自分のありのままを認めてもらえず、しかし相手が思うように行動しなければ欲しいものを得られない、トレードの関係を親子間で築いていると、成人してから世間に出ても、自分の本当の思いと他人の思惑の間で擦り切れて疲れてしまいます。その果てが人格障害だと私は思っています。
そんな辛さを背負うことがないように、私はとてもUtちゃんに見てもらいたかった。
余談ですが、普段の私はあれの3倍はまともに綺麗にしてます。と言いたくなるのは、往生際が悪いのだけど女子として言いたいw
コメント、本当にありがとう。どうぞこれからも、よろしく。
返詩が遅れてますが忘れません。覚えてます。待っててください。

2008/11/30 13:39 | 美鳥 [ 編集 ]


>>哲老さん 

哲老さん こんにちは。
コメントありがとうございます。
調子を崩し、ここのところお返事が滞っています。遅れて申し訳ありません。

ドキュメントといえど、制作者の意図を盛り込まないわけには作品に昇華できないという点で、真実を切り取ってはいても、それが真実そのものではないという事実を、視聴者はあまり意識せず見るものかもしれない、と今回感じました。

私は、元来の生意気な性格で編集まで携わるディレクターを呼び出して資料を積み上げ小娘の癖に偉そうに意見などして討論し喧嘩し、またそれぞれの表現の場に戻るということを繰り返したのですが、私にとって本当に良い経験になりました。
ドキュメンタリーは、ディレクターの作品であり、私のものではない。という当たり前の事実に、なかなか気づくまで時間がかかりました。

哲老さんが仰ってくださるように
>私はこのブログを読んで、美鳥さんの全てを知ることはできませんが、美しいものも醜いものも、貴女の全てを綴りたいという想いはそのまま受け止めさせていただきたいと思います。
とメッセージ下さる方がいらっしゃる限り、私こそが当事者である自負をもって発信し続けていくべきだと感じています。

この病気の症状は、一見、数々の矛盾と衝動と爆発的な感情、それに伴う心身の症状、加えて自傷、行過ぎると死亡するといった具合に、壮絶な病気です。健常な女性の200倍の死亡率といわれています。

真実を伝えることは、時間がかかりますね。簡単ではないですね。
哲老さんのブログを拝見していても、感じます。1つ1つの記事の中に、哲老さんはじめ、皆さんそれぞれの生き方があり思いがあり、行動があります。心温まるお話から、勉強させて頂くこと数多、積み重ねられていく記事を楽しみにしています。

見苦しい症状の表現、その他あるかもしれませんが、どうぞこれも世間に存在する1つの病気、1人の人間の生として御覧頂ければ僥倖です。
今後とも、よろしくお願い致します。

2008/11/30 13:58 | 美鳥 [ 編集 ]


>>鍵コメAnさん 

Anさん はじめまして。こんにちは。
初めてコメントくださったのに、当方の事情でお返事が大変遅れてしまい、申し訳ありません。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
こちらも見てくださっていればいいのですが。

鬱病を患った人に課される課題として、私が身に沁みて実感しているものが二点あるのですが、ひとつは「苦しみの表現」だと感じています。
頑張っても頑張っても苦しいと弱音を吐けない自分の苦しみをやはり分かってもらわないことには生きていけないけれど、表現の仕方すら分からずただ苦しいという状態が悪循環で死を呼び込んでいく過程は、壮絶な苦しみです。
「鬱病は心の風邪です」と一時期CMで流れていた言葉を私は激しく憎んでいますが、風邪であるならば死にたいなどとは思いません。
苦しいといっても認めてもらえない社会、その社会の中でどうにか折り合いをつけて生きていかざるを得ない鬱病患者の葛藤はどれほどのものだろうかと考えます。

他人と比べて自分の至らなさに発破をかけるということ、私も何度懲りずに繰り返したか分かりません。
けれどそういった意識は社会全体にはびこっていて、他者の口から「あなたの頑張りが足りていない」だとか「考えすぎだよ。明るく前向きに考えたら?」だとか「甘えてるんじゃないの?皆大変だよ」だとかいうように声をかけられると、深く傷つき絶望します。

鬱病からの回復、鬱病を取り巻く環境について書いてみたいけれど、本当に時間が足らず書けずにいます。どうか希死念慮に負けず、少しずつでもご自身を甘やかしに甘やかして生き延びられますよう、私もAnさんの幸せを願っています。
文鳥たちにも伝えておきます。お会いしたことはありませんが、お心ひとつが何か伝わる気がします。
ありがとうございます。
また是非コメント下さい。楽しみにお待ちしています。

2008/11/30 14:11 | 美鳥 [ 編集 ]


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2008/12/01 01:15 | [ 編集 ]


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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