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2008/10/27 (Mon) 狂乱を生きる - 境界性パーソナリティ障害・希死念慮 -

※10月29日午後2時 全文加筆修正しました。

20081027.jpg

昨夜、境界性パーソナリティ障害(BPD/境界例/ボーダー)の症状で、うっかり自殺するところだった。
希死念慮は以前より激減して月に1度か2度になっているが、境界例が引き起こす希死念慮は全く質が異なる。凶暴過ぎて抑止不可能だ。

昨夜の私を一言で表すならば「狂乱」だった。
狂った人間というのは、必ずしも苦痛や悲痛だけ表出させるものではない。
完全に壊れたコンピューターと同じく、泣いたかと思えば笑い、笑ったかと思うと絶叫し、また泣き喚く。


あるきっかけで、あっという間に症状を悪化させた私は、ものの数時間で死ぬしかないと思った。
境界性パーソナリティ障害は、分単位、酷いときは秒単位で感情が変化する。
私は常に対人関係、相手のちょっとした言動が引き金になる。
悪化するも、穏便に留めるも、相手とのやり取り次第になる。
いつ何の拍子に死ぬか分からないのが、境界性パーソナリティ障害の最低最悪な面だ。

死のうと思い立つと、気懸かりな事は2つだった。

私の大切な文鳥2羽と、友人N氏の仕事。
文鳥は言うまでもなく私の唯一の家族で、友人に関わる事柄は私の生きる目的そのものと重なっている。これだけは命懸けと自身に言い聞かせてきただけあって、死ぬとしても優先すべきは決めていた。友人に迷惑がかかるならば、死ねない。確認したかった。
私が死んだ場合、どんな迷惑がかかるのか、とメールに書いて送った。私がこれまで彼に送ったメールの中で、最短のメールだった。

同時に、同じ大阪に住む幼馴染のJにメールを書いた。明日午前中から会ってお昼でも食べない?という、誘いのメールを書いた。これから死のうというのに、何故そんなことを書くのか自分でも分からない。一緒にお昼が食べたいな、と思ったから書いた。そんな自分に疑いすら持たなかった。
最早自分が一体何をどう感じ、何をしようとしているのかすら分からず、暴走する。まさに壊れたコンピューターだ。


時間の感覚が失われた。
どれくらい待っているのか分からなくなってきた。
返事を待っている間に私が私でなくなってしまうか、死んでしまうかどちらかだろうと考えて、友人N氏に追加でメールを書いた。
遺書になった。

意識が保てなくなってきたので、もし私が死んだら弟MTと友達hに訊いてください、お願いします、あの二人なら私が死んでもやり遂げたいことが何か知っていますと書き、朦朧とした頭でうろ覚えの弟の自宅の電話番号を書き、住所を調べる気力もないので記憶にある最寄り駅とマンション名だけ書いた。
このとき書いた連絡先は、後で見てみれば間違いだらけだった。
私が死んでいたら、N氏は私の弟MTと連絡が取れなかっただろう。

境界性パーソナリティ障害の苦しみを書き、実際のところ朦朧としていて禄に書けてはいなかったが、私がボーダーなのは機能不全家族の辻褄合わせを自分の体でやったからです、と書いた。愛されたかったけれど愛されず、愛されない理由を自分の身の内で探していたらボーダーになったのだ、と書いた。


読み返さずに送った。
泣いても泣いても、絞りきれない悲痛と絶望と苦痛、悲鳴が襲ってきた。
普段は、自殺者の遺書など最悪だと私は考えている。死んでゆく者が生きている者に一方的に拒否できぬ重大な頼みごとを書き残す行為は、残酷に過ぎる。
遺書や遺言は、ときに遺された者にとって足枷にしかならないことを、この目で何度も見てきた。
なのに自分が死ぬとなると、考える間もなく遺書を書いていた。


馬鹿の一つ覚えで5階のベランダに出て室外機に登った。
肌寒い夜風にさらされながら、そういえば明日は何を着てランチに行こうかと考えた。

気がついたら部屋に戻り、ノートを広げてペンを握っていた。
詩を書いた。
羊水と胎盤と赤ん坊の詩だ。
決して生まれたくなかった赤ん坊の詩を書いた。

それから死に方を考えた。
考えながら、自分のための遺書を書いた。
泣いて泣いて、泣き喚いているから、書いた文字が自分でも判読不可能だ。ノートの一面が真っ黒になるまで書いた。
死のうとしている自分にあてて遺書を書いた。狂っていた。


よくこんなに泣けるものだというくらい泣いた。
過呼吸がやってきて死ぬかと思ったが、死ななかった。いつも生殺しだ。
ふと、一つだけ憎しみが頭をもたげた。
私を診断した精神科医の一人の言葉を思い出した。
「あなたの来世はシダ植物」と私に言った。その一言に私は何年も苦しんだ。信仰していた宗教団体の有名な幹部だったから、何年も信じていた。
医療法違反もいいところだ。あの医者だけは許せない。
死ぬなら、彼女のイニシャルくらい遺書に書きとめようと思った。
思うだけで力尽きた。
ひどい疲労で身を起こすことができなかった。


次の瞬間、じっとしていられなくなった。
裸足で外に飛び出し、泣き叫んでまわりたくなった。

身を起こして、椅子の足にもたれた。
「私はここで死ぬんだな」と静かな気持ちで部屋を眺めた。
気がつくとペンを片手に、部屋の様子をノートに書きとめていた。

私は、何でも言葉にしたがる。


合間に、ツイッターに心境を書いた。
このブログの管理画面には、サーバーメンテナンスで入れなかったから、そこしかなかった。
以前からツイッターは、症状を持った私をサンプルとしてリアルタイムで書く場にしている。
ボーダーで死ぬということはどういうことなのか、最後までサンプルとして徹しようということだけが頭にあった。病気への理解を広げたい、これだけは死んでも徹したいといつも心に決めている。

両親のことは不思議と一切考えなかった。
友人Nに迷惑がかからないだろうかと考え、文鳥たちを今のままの環境で誰か世話してくれるだろうかと考えた。

また突然、絶望と死の哀しみに襲われて、目の前が真っ暗になる。
泣き叫んで、暴れた。
私の死を、まだ死んでいない死ぬ前の私が泣いて悼み、悔やんでいた。
私が息絶える瞬間まで、孤独という猛毒が体中を駆け巡り狂わせた。



気がついたら、眠剤をかきこんでベッドで眠っていた。
泣いた顔のまま寝たから、翌日である今朝は、肌がガサガサに荒れていた。


友達Jが、午前中、バスで私の町まで来てくれた。

私の大のお気に入りのカフェでランチを食べた。
お気に入りのスクランブルエッグサンドとベリーチーズトーストをつまみながら、私はJに「私、昨日死のうとしたんだよー」と話した。
遺書を書いたり、Jをランチに誘ったりしていた昨日のことを話す私を見て、Jは実感が持てないようだった。
私も、持てなかった。
いつもそうだ。多分、解離性障害のせいだ。何もかも、辛いことほどあっという間に他人事になってしまう。


お気に入りだった「豆乳カモミール」がメニューからなくなっていたけれど、店主に訊いたら作ってくれた。
味わっていると、私生きてるんだな、と一瞬妙な気持ちになった。
Jと色んなことを、思いつくままたくさん話した。
楽しく、穏やかな時間だった。


私の家に場所をうつして更に話し続けていた時だった。
私が遺書を送った相手、N氏から電話がかかってきた。
今メールを見て驚いて電話した、と言うから、すみません。生きています。と伝えた。
はた迷惑な話だが、私にとって自殺は最早遠い遠い他人事で、彼に生きていると連絡するのも違和感があって、連絡していなかった。
ボーダーである私を一番よく知っている彼は、「今まで貰ったメールの中で一番過激やったなぁ」と笑いながらも、ふとした拍子には死んでしまうボーダーの現実もよく知っている。私が生きているから、笑えるのだった。

彼と話していると、突然感情が洪水になって胸の中を荒れ狂い、気がついたら、わーわー泣いていた。死にたいと思うまでの経緯を話した。カウンセラーと話しているような感覚だった。
何もかもから自動的に目を逸らしていたが、私が死にたいと思った理由もきっかけも、ちゃんと存在したのだと初めて気づいた。


忙しい仕事の合間に電話をくれた。25分間の会話だったが、解離性障害のためなのか、ボーダーのためなのか、泣いたかと思えば冗談を言って笑い、近況を伝え合ったかと思うと、もう無理ですもう明日にも私は死ぬかもしれない時間がない時間がないと泣き喚いた。
どの感情も本物だった。
全てを抑えて、私は今日まで泣けなかったのかもしれない。
私に必要だったのは、誰かに共感をもって冷静に聞いてもらえることだったのかもしれない。
押さえ込んでいた不安を解放して、「私はもう駄目だ」と言葉でだけでもいい、普段は決して口にしたくない弱音を吐くことだったのかもしれない。
自分の強さも弱さも知っている人に、どちらも知って欲しかったのかもしれない。


隣にいるJは、電話が終わるまで黙って待っていてくれた。
電話を切って最初の数分間、目の前にいるのが誰なのかよく分からなかったが、話している途中で、そうだJだった、と感覚が蘇り、またいつもの私になった。
Jは、N氏と何度か会ったことがある。
まるでカウンセラーと話してるみたいだったね、と私に言った。


帰りのバス停までJを見送った。
途中で、3匹の子猫に出会った。カメラを置いてきた私は携帯すら家に置いてきてしまい、Jの携帯を借りて写真を撮った。
ありがとう、とバスに乗り込んだJに笑顔で手を振った。
陽が傾いたオレンジに色づいた道を自転車で家まで帰りすがら、生きてるんだな私、と思った。




境界性パーソナリティ障害の私の生は、とても危うく不安定だ。
常に私を追いたてる<明日死ぬかもしれない>強迫観念は、あながち強迫的でもないのかもしれない。

昨夜死のうとした私は、今日友達と大好きなカフェに行き、スタンプカードのスタンプが増えたと喜んだ。その店にしかない大好きな豆乳カモミールを味わい、Jと冗談ばかり言っては笑い、真剣な話をしたり、また笑ったり、東京に遊びに行こうと計画を立てたりした。

昨日の今日でそんなふうに生きている私は、明日生きているか分からない。
正気の沙汰ではない。
生と死が紙一重、そんな狂乱を生きている。


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2008/10/28 03:43 | [ 編集 ]


 

とても辛かったですね。
本当に苦しい一日でしたね。

私も主人と昨日号泣しました。
泣いても泣いても涙って止まらない・・・。
生きるって大変ですよね。

今日も笑って豆乳カモミールを飲んでる美鳥さんでありますように♪

2008/10/28 07:33 | Johnny M [ 編集 ]


お礼とごあいさつ 

私のささやかなブログにご訪問いただきありがとうございます。

私も拝読させていただいております。「うたとことり」「美鳥」綺麗なタイトルと素敵な名前、と思いながら拝見していました。でも内容は・・・重いものがありました。

どのようにコメントをしたものか・・・貴女の密度の濃い人生に比べれば、私はただ馬齢を重ねただけかという思いすらさせられて・・・

とりあえず、ご訪問のお礼をと思いまして。それと、これからもお邪魔させていただくご挨拶を。

2008/10/28 14:15 | 哲老 [ 編集 ]


わかります 

同じく境界例です。
私は美鳥さんほどではないけど、感情のアップダウンが激しく夜は死にたくなることが多いです。

怒るときは人格が入れ替わったように人が変わります。
そのときの記憶は飛んでしまうのです。

だからあなたの気持ちやツラサ、少しはわかる気がします。

回復への道はないのでしょうか。
私たち境界例に心の平安が訪れることはないのでしょうか?

2008/10/29 05:28 | しぎ [ 編集 ]


生きることは・・・ 

私の中にも美鳥さんのような自分がかつていたことを思い出した気がしています。笑ってると思えば泣いている。死のうと固く決意したはずなのに生きている。自分がわからないジレンマ。久々でした。

いま思えばなぜ生き続けてきたか、それは未来に希望があると期待を持っていたから。私の唯一の障害は両親だったので(これも最近思い出したことです)、いつかこの家(原家族のもとを去るという意味)を出ると言うのが私には希望だったんです。

いまそれが叶って(親に絶縁宣言して)やっと安心して笑える自分がいます。過去に強く思ったことさえ薄れ、親の意のままに存在している自分を長く演じてしまいました。でもその事に疑問を感じなかったのではなく、違和感を抱えていたのは確かで、40歳を過ぎて思いを成就できたのは、過去にどれほど強く親を切ることを切実に願っていたかを思い出させます。

美鳥さんがこうしているには、達成したい何か(死ぬことではなく)がきっとあるのだと感じます。何が言いたいのか上手く表現できないけれど、生きることに意味がある。そのことをお伝えたいと思いました。。。

2008/10/30 10:46 | エコペン [ 編集 ]


>>鍵コメnjさん 

njさん、こんばんは。
いつも読んで下さってるのでしょうか。いつもお心こもったコメントを寄せてくださって、ありがとうございます。

境界性パーソナリティ障害の特徴で、感情、対人関係、行動、すごいアップダウンが恒例です。ここのところなかった激しさで、さすがに今回は遺書を書きました。

おかりなさいと言って頂けることが胸に沁みます。
偶然に救われ直前で引き返している、もしくは踏みとどまっているだけかもしれませんが、この日から何日も私は「生きているからこそ○○ができる」という感覚に捉われていました。
普段は何だかんだと言っても、死は遠くにあると思っているからこそ人は生きていられるのかもしれません。

ここに書いたおかしな人(肩書きはいまだ精神科医ですが)は、同じく私の友人にも何だかんだと占い師まがいのいい加減なことを垂れ流していました。
こういった言葉は、たとえば毎月の星座占いのように「過ぎてみなければ本当かどうか分からない」という点で悪質だと思います。
まして来世についての予言で、しかも自身が信じている教義に裏づけされ、更には彼女は宗教団体では知らぬ人はいないという程有名な人。オカルト全般を否定し自分たちの宗教は科学によって裏付けられている、むしろ科学の進歩の方が遅れているので、いつかは完全に宗教の正しさが科学によって証明される、というのが教団内での常識でした。

当時、相当に精神をやられていて、AC特有の苦悩で一身に罪悪感を背負っていたので、医者の来世の話に感覚的に納得してしまいました。こんなに苦しいのは何故だろう?という、精神疾患を持つ患者が一度は考える疑問に答える形で、医者は「シダ植物」と言ったのでした。因果応報の宗教ですので、来世がシダ植物である私は、なるほど現世でゴミなはずだと思ったし、過去世でも酷いことをした報いなんだろうな、と思ったものです。
私を苦しめこそすれ、この言葉が私の支えになったことは、勿論ありませんでした。
njさんが仰るように、人の心を殺す暴言でした。

脱却した今、普段はすっかり忘れているのですが、あの狂乱の最中に「あの医者は許せない」と思い出したのは、多分相当に私が怒っているからだと思います。自覚がないだけで、私は医者を決して許せない、何年経とうが許せないというのが本当のところなのだと気づきました。

シダ植物、ほんまにそれで何があかんのやろ?と今は思います(笑) 生命にヒエラルキーがあり、私が植物ではなく「シダ」と特定されたということは、植物の世界にも具体的階級が存在することになります。シダ植物なら不幸なのか? 松よりどちらが不幸なのか? 高速道路のわきで花を咲かせる夾竹桃などは、ヒエラルキーで言うと上なのか下なのか。 考えていくと実におかしい論理です。

twitterまで御覧いただいて、ありがとうございます。
両親と祖母から「キチガイ」と言われて育ってきたため不安定になると思い出します。特に、キチガイと思われても仕方ないボーダーの症状が出ているときは、これが更に自分を追い詰めることになります。

言霊とは、もう死語のようにも思いますが、温かい言葉は人をあたため、逆に刃の言葉は人を殺す力を持つ。言葉を使ってこうしてブログで発信しながら、そして交流させて頂きながら、自身にも常に言い聞かせていることです。

>人を殺すものがたくさん美鳥さんに注ぎ込まれたぶん、いろんな暖かいものやおいしいもの、信頼できる人で薄めて、薄めて、生きのびて欲しいです。

そうなんですよね。深く深く感じ入りました。
「薄めて、薄めて」という部分。過去は決して消えないけれど、薄めたり上から塗り重ねたりしていくことは出来るんだよな、と感じました。

色々と停滞気味な最近なのですが、東京で開かれていたので行きたくても行けなかった展覧会が大阪に来ます。久しぶりに足を運んで、エネルギーを吸収してこようと楽しみにしています。
美味しいものも、楽しい時間も、本当にnjさんがかけて下さる言葉そのもの、私はとてもとても心励まされました。
生きていることに貪欲でいたいと思いました。
心から、ありがとうございます。

豆乳カモミール、本当におすすめです。メニューから消えてしまったのだけど、頼むと作ってくれる、そんなところも一番好きなカフェです。
私がカフェ写真をアップするとしたら99%ここのカフェのものですw
食べ物写真なかなかうまく撮れないのですが、また美味しそうなの見つけたらアップしてnjさんにお裾わけします☆

コメント、ありがとうございました。

2008/11/03 21:36 | 美鳥 [ 編集 ]


>>Johnny M さん 

Johnny Mさん こんばんは。
コメントありがとうございます。
酷い有様だったのですが、ありのまま書こう、書かなければという思いにかられて書きました。
これまでも記事にしないだけで、相当の症状に見舞われてきたのですが、全てメモだけは辛うじて取っています。
機会を作ってアップしたいと思っています。少しでもボーダー当事者の心理や、何がどう苦しく、何が希望となり、どこでがんばっているのか、広くお伝えしたい気持ちで一杯です。
温かく見守って下されば幸甚です。

苦しいときは、突然やってきました。いつもそうです。この病気は先が見えない点で、心の病の中でも治療が大変難しい部類に入ると思います。欧米では研究も治療も進んでいるものの、日本では認知度すら低い。対処法など、更に知られていません。
日本に250万人はいるといわれている境界性パーソナリティ障害です。少しでも理解が広がることを願ってやみません。

涙は枯れないといいますが、本当に枯れないですね。
昔、ある一枚の絵を見たことがあります。ベッドで一枚の手紙に目を落としている女性の絵でした。
絵そのものに私はさほど興味をひかれなかったのですが、絵のタイトルに「涙の効用」と書かれてありました。

泣くことは苦しく辛く、悲しみはどれほど悲しんでも尽きることがありません。でも泣ける、涙を流せるということは生きている証でもあると思います。
人間は、命を殺めることができ、また心を殺めることもできる残虐な面も持った生き物だと、たかだか数十年ですが生きてきて実感します。
何が何でも生にしがみつき、手を取り合い生きていくこと、当たり前に息をして食事をとり、団欒し、音楽や絵画に触れ、笑いあい、辛いことを辛いままに苦しみ、涙し、そんな日々を一日ずつ大切に重ねていくことが生きていくことだと思います。

いつも励ましてくださって、ありがとうございます。
大阪は段々寒くなってきました。そろそろコートが必要な季節です。
JohnnyMさんも、ダンナ様も、どうぞお身体ご自愛ください。
コメント、いつもありがとうございます。

2008/11/03 21:47 | 美鳥 [ 編集 ]


初めまして 

こんばんは。
初めまして。のりこともうします。
私も境界性人格障害です。
この記事を読ませていただいて・・涙が止まりません。
自分も同じように思う事や同じような行動に出てしまう事が何度もあります。
その時の言い表せないほどの辛さを知っているので・・
うまく言えないんですけど・・
支離滅裂なコメントしてしまってごめんなさい。また遊びに来ます。

2008/11/03 22:25 | ☆のりこ☆ [ 編集 ]


>>哲老さん 

哲老さん こんばんは。
時々拝見していました。足跡を辿ってきてくださったのでしょうか。ありがとうございます。

当ブログの名前、私の名前にお目を留めてくださって、ありがとうございます。
ブログタイトルの由縁について、一度も当ブログで触れたことがありませんでした。
河井寛次郎という陶芸家が書いた言葉に目がとまり感銘を受けたことから考えたタイトルでした。
以下の記事に一部抜粋しています。よろしければ御覧下さい。
◇designadDict 07/09/26
http://xxcotorixx.blog120.fc2.com/blog-entry-5.html

一時期、精神的ダメージにより失語を患っていました。そこから言葉を再び取り戻した私は自分の本名を自分の名前だと実感できたことはなく、常に誰か知らない他人が自分のような感覚で生きていました。
喋りたい、誰かに語りたい、言葉で私自身を歌いたい。ブログを立ち上げた頃、よく考えていました。


私がここに綴ってきたものは、ほんの最近を除いてはただ行動できず、眠り続けている私、過去を思い出そうと足掻く私、逃げる私を書いたに過ぎません。
自助グループを東京でスタートさせ、早速、経験不足、勉強不足、私自身の自己管理の甘さから、座礁寸前で何とか舵を取ろうとしています。

哲老さんが毎日なさってらっしゃること、素晴らしいことだと拝見しています。「素晴らしい」と安直な言葉でしか表現できないのが悔しいのですが、思うだけではない、実行すること、一つ一つの日々を丁寧に拾い上げて対応していくこと、その大切さをブログで拝見し、多くを学ばせていただいています。

是非、今後とも当ブログともども、よろしくお願いします。
お声をかけてくださって、ありがとうございました。ブログの大海の中、貴重なご縁と感じます。

2008/11/07 19:13 | 美鳥 [ 編集 ]


>>しぎさん 

しぎさん こんばんは。
お返事がめっきり遅れまして、申し訳ありません。

しぎさんも境界例との闘病をされてらっしゃるんですね。同病で闘ってらっしゃる方の存在は、とても貴重です。中でも、対人関係に問題を抱えやすいボーダーにとって、支えあえたり励まし合えたりを継続できる仲間というのは、そう多くはないとk馴染ます。
複数もっている病気の中で、個人的に境界例の症状がかなりきついです。命を左右する病気ではないかと感じています。

感情のアップダウンの激しさ、どうにかならないものかといつも思います。喉元過ぎれば、がボーダーの特徴の一つなのか、何もないときは、もうこのまま平和に暮らせるのではないかと考えたりするのですが、誰かのちょっとした一言、ちょっとした行動がきっかけで症状が発動します。
今のところ、相手を私から出来るだけ遠ざける、という方法以外になかなか見つからず、ボーダーについてよく勉強してくれている友人が助け舟を出してくれることが時々あったりといった状況です。

確かに怒るときは人格が入れ替わったようになりますね。人が変わってしまうという表現、よく分かります。覚えのない罵倒のメールなどを翌日に発見すると、よくこんなに汚い罵り言葉を発想したものだな、と我ながら感心、呆れます。

回復への道はないのか?
というしぎさんの言葉の重みを感じました。
私も、常に考えます。
よりによって境界性人格障害か、などと絶望します。対人関係にこうも複雑に問題を抱え、行動から心理を読み解いてくれるボーダー理解者は滅多にいません。
そうなると人は去っていくか、傷つけたくないがために自分から遠ざけるか、または依存したり依存されたりを嫌って、やはり人を回避するか。
こんなふうに生きていたくはないのに、普通に友人を作り、恋人を作り、自立して生きていきたいのに、こうして生きていくしかないのか、と時々絶望的な気分になります。

私の友人が、境界例にとっての希望を模索しています。私もまた、そういった理解者の対処法など学び、専門書もこれから勉強していき、こちらに私の実際の症状と共に現実的サンプルとなるよう記録していく予定です。

境界例で亡くなる方は、増えているそうです。
絶望に閉ざされず生きていく道を、探していきます。
どうぞ今後とも、同じ病を持つ者として、よろしくお願いします。
お心こもったコメント、ありがとうございました。

2008/11/07 19:25 | 美鳥 [ 編集 ]


>>エコペンさん 

エコペンさん おはようございます。
いつも来てくださって、ありがとうございます。

エコペンさんにとって、親との関係は本当に大きな枷だったんですね。枷は執着でもあり洗脳でもあり、また一種愛着でもあり、厄介です。

私は親を切るときと同じくして宗教とも縁を切ったのですが、「切るべきか否か」と迷っているようでいて、本心は「切りたい」でした。方法が分からず、またその後の生き方が分からないから迷っていたのだなと今思います。

感情の起伏の激しさが境界性人格障害の症状の一つとも言えるのですが、自分の感情なのに一人歩きをして引きずり回され、本体の私はヘトヘトになる、という繰り返しが続いています。
明確な目的、期待があればと思います。この病気には、まだ光が見出せず参り気味です。

同時にカウンセラーを変えたところDIDの疑いがほぼ確定となり、しかしそちら側には研究が進んでまだ治療法など希望があるとのこと。地道にやっていくしかないようです。

私が死なず生きていたのは「ミンチになれなかったから」というアホみたいな真剣極まりない理由だったのですが、思えば大変ネガティブ過ぎる理由ですw しかし本気でそう考えていて、その理由なども最近になってようやく分かってきました。
それもまた明確な目標といえば目標。皮肉なことですが、それで今日も生きています。

何度目か分からぬ本格的な治療をまた始めます。
恐らく私の成育歴、家族の他に、別人格を生むこととなった精神的育ての親の男との過去がかなり重要になってくるかと思います。幼児退行して0歳になった「あや」を6歳まで育てた実存する男性です。
それもまた親といえば親。みとりの親ではありませんが、私の一部をなしているというあやが育てられたのであれば、「親」なのでしょう。

達成したい目標は、今は病気について訴えていきたい、自助グループを継続できる形に作り上げたい、という思いです。これだけで生きているのかもしれないなぁとも思ったりします。
しかし自分が悪化すれば、これらを達成することもできず、結局治療と向き合うしかない現実に、今は少し苦悶しているところです。

寒くなってきましたね。今日は大阪は雨です。
風邪には十分お気をつけて。
ピーマン苗に参加したら、またよろしくお願いしますw

2008/11/08 10:16 | 美鳥 [ 編集 ]


>>☆のりこ☆さん 

☆のりこ☆さん、こんばんは。
はじめまして。こちらにお立ち寄りくださって、ありがとうございます。
境界性人格障害は今日本に250万人いるといわれていますが、当事者の方と交流できる機会は少なく、こうしてブログで声をかけて頂けることは幸運と感じます。

自分で自分をコントロールできない苦しさ、辛さは言葉にできないものがありますね。共感してくださって有難いです。病気のことを知らない人にとっては、迷惑者、厄介者という偏見が強い病気、せめて当事者同士でも分かち合える心があればと思います。

対人関係に常に不安定な状態を抱えていかなければならない私たちボーダー同士、どうにか支え合い続けることはできないものか、いつも考えます。
人の心を殺せる唯一のものは、孤独だと思います。
のりこさんも、日々闘ってらっしゃるお一人なのだと思うと、最近落ちて落ちて落ちっぱなしの自分を顧みます。
どうぞまた遊びにいらしてください。
交流できますこと、楽しみにお待ちしています。
コメント、共感をお寄せくださり、本当にありがとうございました。

2008/11/12 19:04 | 美鳥 [ 編集 ]


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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