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2008/10/16 (Thu) 私は私を喋れない  - 解離性障害・人間不信・摂食障害 -

20081016.jpg
右下に設置しているTwitterとは、リアルタイムで140文字内の呟きが書きこめるスペースだ。
私は、一日数度は何か呟いている。つまり、思うまま書き込んでいる。
最初に表示されるのが最新の呟き。
小さな矢印で順繰りに過去に遡ることが出来る。ツイッター仲間と会話していることもある。そんなときは、ライブチャットに似た感覚だ。
仲間との会話や過去の呟きは全てこちら→http://twitter.com/mitorinで見ることが出来る。
ホームをクリックすると、参加してくれている友達の発言も纏めて見られる。


症状が出ているときの記録としても使っている。
使い続けている理由の一番は、リアルタイムの記録だ。
個人的メモではなく、公開という形を取っているのは、当事者やその家族の方などに、症状を持った人間のサンプルとして、もしかしたら何かの役に立つこともあるかもしれない、という思いからだ。

しかし、そういう目的は書き込んでいる最中は一切頭にない。

例えば境界性パーソナリティ障害で苦しんでいるときは、目の前の苦しみしか見えないので、言葉にして吐き出すだけで精一杯だ。


このツイッターは、私自身にも役に立つ。
解離性障害を患っている私は、自分の状態を把握しているようで全く把握できていないことが多いからだ。

ツイッターで昨日から今日の数時間前まで書き込んでいた自分の言葉を、ここに並べてみる。

「気がついたら自傷で指先ボロボロになってる。鬱とボーダーで外に出れない。今日こそ病院に行かねばなぁ・・・・」

確かに今見てみれば、私の指先はボロボロだ。爪とカッターナイフやシャープペンシルの先で指先の肉を削り取る自傷癖が子供のときから続いているが、これが常態化している。


「 診察抜きでとりあえずは薬だけ貰ってきた。バターが有り得ない値段で売ってて思わず4個買ったけど、10個買えばよかったかしら。」

何とか病院へ行き、切れかけていた薬だけ貰ってきた。空いていたから比較的早く帰って来られた。抗鬱薬のSSRIだけは、切れると断薬症状が酷い。何度も味わって以来、恐怖になっている。

帰りにスーパーに寄って、久しぶりに食料を買った。
私の好物のひとつが、バターだ。
カロリー数を見てみれば、マーガリンとカロリー数が全く変わらなかったこともあり、激安だったので4個まとめて買った。半額以下だったし日持ちがするし好物なので、10個買えばよかったかもしれないと思ったが、財布には3千円しか入ってなくて無理だった。


「今の調子で明日役所にいけるかな。ボダと鬱の気配がする・・・・ 」

昨日の夜に書いたツイッターの一言。
役所での手続きに行かなければならないが行けないという状態が、既に2ヶ月も続いている。
手続きができないことは即生活に響くので、この2ヶ月間、穏やかな心地ではない。
理屈では考えるが、体が動かない。
役所の真正面の店には何度か足を運んでいるのに、役所には絶対に行けないのだった。
これを書いていて知ったが、昨日は本格的には落ち込んでいなかったらしい。ボーダー(境界性パーソナリティ障害)の症状と鬱の気配がするだけに留まっている。
けれど昨日の携帯のメール履歴を見てみると、Hに対して多少落ち着きのないメール、振り回しかけているメールを送っている。
彼は、「ボダ抗体(ボーダーに振り回されず、かつボーダーをサポートできる資質)」を持っていると常日頃感じるが、彼が単に疲れていたのか昨夜はスルーされた。その時には私も自覚が生まれかけていて、メールを止めた。


「過食が酷い・・・またこれが来た あやとの境が曖昧 食べ物はただのスポンジに変わってしまう感覚 吐き気がしても足りない感覚 体の真ん中が虚無だ 」

昨日の夜中に書いた文章だ。
記憶は曖昧だが、夕飯を食べた後で甘いお菓子を一袋、甘栗250グラムを全て、柿を3個、他色々食べた。苦しくて吐き気がしたし胃が痛かったが、それでも私は虚無感に襲われた。
過食するとき、満腹中枢など完全に壊れていると実感する。
食べても食べても、全てスポンジのようにフワフワと軽く詰めても詰めても足りないのだ。

過食が出ると、大概私の背後に<あや>が立つ。気配を感じる。
「孤独感」と<あや>は、相性が良いらしい。引き金にでもなっているのか、それとも自身から逃げ出したくて、私が呼び寄せているのか。

ダイエットなんて頭をかすめもしない。
食べなければ死んでしまう、体の真ん中に何もかもを吸い込んで無にしてしまう巨大な風穴が空いていて、穴を塞ごうとそればかりが頭を占める。塞がなければ自分がここにいることが出来ない。ぽっかりと開いた虚無に抵抗して、私は食べ物を飲み込むように体に詰め込み続ける。


「鬱が酷い。外は快晴なのにな。この酷さで役所行けば普段解離でめちゃくちゃ元気に見られる私もちょっとは説得力出るだろうか。でも鬱で外出られないのであった。」

役所に行かなければ、と考えた今朝の一文。
外に出ると、人と会うと、私は自動的に私ではなくなってしまうことが多い。慣れない場所や行きたくない場所、苦痛を伴う作業は必ずそうだ。
私ではなくなるから、私は楽々と無造作にやり遂げるのだが、その後でツケがまわってくる。倒れたり、過呼吸を起こしたり、パニックの発作に襲われたり、過眠症になったり、希死念慮や自傷欲求にかられて膨大なエネルギーを消耗する。


「鬱+過食+難聴+人との会話が困難 という状態。 これで役所へ?こんなときはどうでもいいやと思えるから支度さえできたら行けそう。何もかもどうでもいい。」

前回のコメントから数時間後の私の言葉。
そして更に数時間たった今の私は、もはや他人事のように感じている。
解離性障害患者とは、こういうものだと理屈で理解はしているが、この独特の感覚は、うまく説明できない。

私は酷い鬱で、過食が酷く、難聴で耳をやられている。今も続いている。
そして、会話が出来なくなっている。
文章を書くことは出来るのだが、声に出して自分の状態を説明したり世間話をしたりが出来ない。
咽喉に蓋をされているような感覚がする。失語症ともまた違う。頭の中は色んな感情が詰まっているのに、人に向かって音声で伝えることが、とても難しいと感じている。何故だろう。耳が聞えにくくなっていることと関係があるんだろうか。
誰かに向かって話してみたら、案外話せるのかもしれない。確かめていないから、分からない。

私は自暴自棄になっていた。
苦しかったのかもしれない。と、今は思う。
「死にたい」とか「消えたい」と何度か頭をよぎったのは覚えている。

書いたときには、実感がなかった。
料理のレシピを読み上げるように、「鬱+過食+難聴+人との会話が困難」と書いた。感情は伴っていなかった。現在の「美鳥の状況」をレポートしている感覚だけで書いた。

鬱が酷すぎて、どうでもよくなっていたのだと思う。
自分の身ひとつうまく動かせない不甲斐なさやもどかしさでも感じていたのだろうか。


呼吸ができにくくなってきたので、ベッドで横になっていた。
私がこれから手続きをしようとしている諸々を経験した友達がいる。ふと思いついて、彼女にメールを書いた。
役所に行けない自分の背中を押して欲しい、という気持ちがあったのかもしれない。「行ったほうがいいよね?」と書いて送った。
本当は、彼女の家へ行きたい思いが強かった。遠く遠くにあって、会ったこともないけれど、私の大切な友達。彼女が語ってくれる彼女の家に、すぐにでも遊びに行きたかった。
ただ黙ってそこで海の音を聞いて、何も考えずにぼーっとしたいと思った。
思いつくままに、どうでもいいたわいない話を彼女としたいな、と思った。
そんな思いはうまく書けない気がして、質問だけ送った。「行ったほうがいいよね?」と。


別の友達が、私のツイッターを見てメールしてきてくれた。
私は、役所に行こうとしていたところだった。自暴自棄で、喋れないがとにかく体だけでも役所へ運んでやろう、あとはどうとでもなれ、とぼんやり考えていた。
「今日は、美鳥は体調が悪いよ。見てないけど断定するよ。役所は明日じゃだめなの?」
と書いてあった。
それを読んでから、私はようやく自分自身に目を向けた。
料理のレシピを読み上げるように自分を観察するのではなく、「私は体調が悪いのか?」と確認するべく自分を振り返った。

ツイッターを見た。
鬱で過食で難聴で人との会話が困難。
自分が、そう書いたじゃないか。
私は、調子が悪いらしいと気づいた。そして何も、こんな日に絶対に行かなければならないわけでもない。
彼女からのメールで我に帰った。


「さっき「鬱+過食+難聴+人との会話が困難 という状態。」と書いたけど自分は元気だと思ってた。解離。友達が教えてくれた。みとり調子悪いよ、て。ありがとう。今日は役所はやめとく。」

苦痛や不調を感じる器官が麻痺して、私はロボットになっていた。ロボットの操縦桿を無感情に握っている、もう一人の私がいた。
そのことにようやく自覚が持てた。
彼女からメールで指摘して貰わなければ、私はとんでもない無理をするところだった。


自分自身で体調不良を記述していながら、そこに感情は伴っていなかった。
私は、それなりに元気だと思っていたし、多少無理すれば出来ないことではないと思っていた。
でも多分、今日無理に出かけていたら、途中の道で解離してわけが分からない状態になるか、道中で発作を起こしてぶっ倒れるか、記憶がなくなるか、役所で喋れずにパニックを起こして泣いて、やはり気絶していただろう。


役所に行く予定は返上して、ぼんやり本棚を整理した。ベッドで何度も横になって体を休めた。体中が痛くて、呼吸ができなかったからだ。

そのうち、メールに気づいてくれた海辺で暮らす友達から、返信が来た。
メールを読んで、声をあげて泣いた。
役所に行けない私の不安や恐怖を、うまく伝えられずとも分かってくれている文面だった。


役所に2ヶ月も行けない理由が、ようやく明確になった。

私は、人間不信から立ち直りきれずにいる。
特に、病気について家族から理解されたことがない。
そのせいか、カウンセラーや医者にすら、自分の症状を出来るだけ話したくない。
まして、役所に行って自分の現状を話すなんて、苦痛以外の何ものでもないのだった。

手続きには、病歴やこれまでの私の過去や今の環境など、自分自身についての説明が不可欠だ。私は「信じてもらえない」という観念から、逃れきれずにいる。
傷つきたくないから、信じてもらえそうにない相手には話したくない。
まして、私は解離性障害で、恐らく自分自身で把握しているよりも遥かに自分自身のことが分からない。今自分が調子が良いのか悪いのかすら分からないのに、記憶にない過去までどうやって伝えればいいんだろう。

役所に誰かついて来て欲しいと切実に考えるようになったのは、ずっとずっと前からだ。
解離しているときは、私は一人で十分暮らしていけると感じていられるのだが、解離から冷めたり、翌朝の記憶のない自傷で部屋に血が飛び散っていたり、外出先で記憶が飛んで帰り道が分からなくなったり、ひとつでも自覚すると途端に恐ろしくなる。

お金があるならヘルパーを雇いたいと思う。何をしてくれなくてもいいから、とにかく付き添って私が私でいられているかどうか見てみてくれるだけでいいから。


メールをくれた友達は、恐れる必要はないと教えてくれた。
闇雲な不信感が半減した。
けれど、まだ心に大きな不安が残っている。
家族すら一切認めようとしない私の病気を、役所の赤の他人が、禄に説明もできない私の話を信じてくれるのか?
試してみなければ、分からない。
人間不信を治すには、人間の中でしか治せない。
私から出向かなければ変わらない物事は、勇気を出して私が動くしかない。


私の不調を指摘してくれた友達は、私の解離性障害の症状を理解してくれている。だから、私自身の手で「鬱+過食+難聴+人との会話が困難な状態」と書いてあったにも関わらず、敢えて私に「調子が悪いから出かけるのはやめな。見えないけど断定するよ」と言ってくれたのだった。

海辺に住む友達も、私の人間不信や役所不信を理解してくれた。だから、「安心して大丈夫だよ」と丁寧な理由をつけて話してくれたのだ。


そしてこうして自分自身の状態を見直して書くことで、私は初めて自分を理解できている気がする。
理解してくれている第三者の目や言葉がなければ、私は情けないことに自分の状態がわからない。

役所への説明や私の過去については、ブログの自己紹介を印刷して持って行ったり、医者やカウンセラーに聞いてもらうようにお願いしてみようと考えている。
私は自分のことが分からない。
それが、私の病気のひとつ。
サポートしてくれる友達がいる。
ここから一歩前に、どうにかして進みたい。


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◇解離性障害者のアンビバレンツ(解離性障害)


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よかったです 

私も毎日どんどんとブログを更新してしまうので
美鳥さんのツィッターを見て、そういうのもいいなぁと
思っていました。お友達の言葉で、辛い思いをせずに
済んだこと、良かったと思います。

役所は本当に気が重いですよね。
電話するのでさえ手が震えたり妙な丁寧語になったり(苦笑
先日行かなくてはならなくて先々の不安を相談したところ
○○課に相談してみては・・?といわれたのですが
その為のパワーが残っていなくて帰って来てしまいました。
へたれです・・・

進むことができるよう、私も願っています。

2008/10/17 20:50 | ミミ [ 編集 ]


始めましてのご挨拶 

はじめまして。
美鳥さんのサイトは、
ランキングから入って、
以前より拝見させていただいていました。

こちらに来るたびに、
美鳥さんのたくさんの痛みや辛さ、、、
理解したい、できたらいいのに、
と思います。

自分のことがわからない
ということ、。
自分、二年半通っている主治医の、
「最近どうですか?」
という問いかけに、
何も返せなくなってきてしまっています。
客観的に自分のことがわかってないのです。
「憂鬱ですか?」といつも聞かれますが、
憂鬱は物心ついたときからの当たり前の感情だと思っているので、自覚ができないんです。
そのため、はっきりした診断名が告げられたことがありません。自分でも解りません。

わたしのそれが、
美鳥さんそれとは、
もちろん違うとは思いますが、

ご友人の助けが得られて、
すこしでも苦しみの渦中から距離がとれ、
安心できたら、
ほんとうにいいなと思います。

取り留めのない長文、失礼しました。
旨くコメントは出来ませんが、
毎日見ています。
応援しています。
では。

2008/10/18 15:41 | しおり [ 編集 ]


>>ミミさん 

ミミさん こんにちは。
まずはとにかく、お怪我の調子はいかがですか?
記事を拝見して、私も易々とやってしまいそうな大失敗で、わが事のように体と心が痛みました。
機械はこの際置いておいて、ミミさんの怪我、早く良くなりますように。医療費より体です。医療費も大事ですね。そこらへんも分かるからう~ん・・・(笑)

ツイッター、楽しいですよ。各々勝手に呟いているというスタイルが面白いです。思いついたら誰かの発言に絡むものの、思いつかなかったら何日でも一人でブツブツ言えるとこがいいですね。
ツイッターに参加されたら、是非フォロってくださいませ。

病気を抱えた私を理解してくれる友達は、全てブログを通して知り合いました。たかがネット、されどネット。このネットワークは、本当に大切なものだと実感します。同じように私も誰かを支えることができたり、私の経験を生かして相談に乗れることがあれば力になりたい、といつも思います。
「ペイフォワード」という言葉があるように、受けた恩は前へ前へ送りたいと思います。


役所、ほんまに嫌っすね!!
私の住んでるところの役所の福祉課には、アフロの若者役人がいて、この人と気が合わないですw

課をまわされたり、よくありますよね。
私は裁判のときがそうでした。あっちに行け、こっちに行け、と言われるままに行ってたら、同じところに2度3度行くはめになって「たらいまわしやん!」てツッコみました。役所の必殺技ですよね、あれ・・・・。

私も何とかモチベーションを高めて役所へ気持ちを向けているところです。かれこれ2ヶ月以上が経ちますが、ようやっと少し高まってきたような・・・。
ミミさんもその後、行けたでしょうか。
お互い、役所への気持ちを日々高められると良いですね。(意味不明ですね)

2008/10/23 12:11 | 美鳥 [ 編集 ]


>>しおりさん 

しおりさん はじめまして。
コメント下さったのに、お返事が大変遅れまして申し訳ありません。
お声をかけてくださって、ありがとうございます。
しおりさんのブログには、度々こっそりうかがってました。嬉しいです!

読んで下さることが何よりの励みです。読もうと思ってくださる人は、そう多くはないと思うからです。ありのまま書くことで、プラスでもマイナスでもいい何かをお伝えでき、心動かして頂けるなら僥倖です。

私の両親は病気に全く無理解、非協力的なため、話も何も通じません。知ろうともしませんし、分かろうともしません。私にとって、このブログを訪れて下さり私のありのままを読んで下さる方は、血の繋がりを超えて大切に思います。


>客観的に自分のことがわかってないのです。
「憂鬱ですか?」といつも聞かれますが、
憂鬱は物心ついたときからの当たり前の感情だと思っているので、自覚ができないんです。

私も全く分かりません。他人のことはよく分かるようなのですが、自分のことが分からない。病院で私も「どうですか?」カウンセリングで「どうですか?」と訊かれる度に、数分の沈黙は当たり前、面倒なときは「まあまあです」などと答えてしまいます。
「憂鬱は物心ついたときからの当たり前」という感覚、よく分かります。私もそうでした。何をするでも憂鬱で失敗を恐れ、誰かから嫌われることに怯え、他人を不愉快にしないようにとそればかり考えているのが当然だったように思います。
しおりさんの憂鬱さが私の憂鬱さと似ているのか分かりませんが、子供のときからの生き辛さは、人格と性格の区別がつきにくくて当然だと思います。

>そのため、はっきりした診断名が告げられたことがありません。自分でも解りません。

診断名の難しさを私も感じています。数々病院やカウンセリングルームを訪れましたが、どこでも付けられる病名は当てずっぽうで、一度つけられた病名も途中で変更されたり加えられたりは当たり前。心というものは顕微鏡で覗けば分かるというものでもないから、それが限界なのかもしれません。
心については、私はもしかしたら同病者、似たような苦しみを抱えた者同士がうまく支えあうことが一番に効果的なのかもしれないと思うときがあります。

自分の状態がわからないときでも、私の病気を理解してくれている友達に、「今無理しているよ」とか「しんどそうだよ」とか「休んだほうがいい」などと言ってもらえると、はじめて「そうなのかもしれない」と思えるからです。
医者やカウンセラーには1ヶ月に1,2度会うのがせいぜいで、人間づきあいとして考えても、心の奥底まで共有し問題にあたっていくのは努力が必要だと感じています。

思いつくままに書いてくださって、ありがとうございます。
何か感じてくださったことがあれば、遠慮なく書いて頂くと、とても嬉しいんです。
ブログとリアルの人間関係を私は分けて考えていません。ありのままで、しおりさんと色んなお話ができればいいなと思っています。

また是非お気軽にコメント下さい。

2008/10/25 22:34 | 美鳥 [ 編集 ]


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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