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2008/09/10 (Wed) 心配という名の制御 - 機能不全家族・AC -

心配されることが嫌いだ。苦手ではなく、嫌いと言い切っていい。言ってくれる相手には一切他意がない。分かっている。けれど、条件反射で嫌悪感が先に立つ。カウンセリング療法が進むにつれ薄れてきたものの、反射機能の構造を把握できた今も、抵抗感は今だ色濃く残っている。


心配だ、と親が言うとき、それはいつも心配をかける私や弟達子供の存在を意味していた。
私は、私を心配する親を心配しなければならなかった。親はいつも何か突発的なことがあると、おろおろして長女の私に指示を仰いだから、親が不安にならないように振舞った。もしくは、私が率先して頼りになる長女を演じて、必要とされたかったのかもしれない。
親は、ますます私を頼った。
いまだあの家庭内での私のポジションは、頼りがいがあるという点では揺ぎ無い。
家族の誰よりも決断力があり、行動力があり、口が立つ、どこへ出ても物怖じしない。


親でなく誰かが「美鳥のことが心配」と口にすると、反射的に拒絶したくなる。
やめてくれ、と思う。
私のことを心配するあなたのことを心配しなきゃいけなくなるから、私のことは私で出来る放置しておいてくれ、といいたくなる。いないことにしてくれたらいい、とすら思う。

もしくは、親が「心配だから言ってるのよ」と言うときは、私を思い通りに動かしたいときだった。
親は過度の心配性で、何か新しいことに挑戦するときには常に「心配だ」「不安だ」「?なったらどうするのよ」「どうせ?ってなるよ」などと言った。新しいことに全く挑戦できない子供だった。良い子を頑張って演じ、新しいことに挑戦しても、親が言うような突発的事故や不運や失敗が起こったらどうしようと、そればかりが頭を占めて何ひとつ集中できなかった。
不安や叱られる恐怖や、そういったマイナスの原動力が私を良い子に育てていった。

つい最近まで、私の中で、行動することはイコール失敗することだった。一時、努力が実を結び成功したとしても、次に訪れるだろう失敗を恐れた。
自然、動きはぎこちなくなり、何をやるにも常にピリピリしていた。ストレスで爆発しそうだった。異常なほど失敗を恐れる完璧主義だった。
自己評価も低かった。幾ら努力しても、次こそ失敗するかもしれないからだ。いつでもそれは成功への途上でしかなく、成果は何一つ認められなかった。


「あなたのことが心配だ」は、私への不信、私をコントロールしようとする前兆、私が相手の世話をしなければならないときのキーワードだ。
そんなふうにインプットされている。
だから、誰かを心配するのも嫌だった。
人の痛みに関心を持たなかった。心配しても何にもならない。感情は、人を振り回すだけ。感情の発露は、エゴだ。他人の痛みに関心を持たなくなったのは、意図的ではなかった。気がつくと、そんなふうになっていた。理由はいろいろあったのかもしれないが、一つはこの「心配」というキーワードがあまりにも私の中で負のイメージを持っていたからだと思う。


最近、母の態度が少し変わった。私の病名について相変わらず知らないし教えても忘れるようだが「倒れたらどうなるの?」「どうしたらいいの?」などと訊いてくる。心配しているのだ。
しかし、やはり私は受け入れられない。
心配するくらいなら、病気について学んでくれ。私のことはどうでもいいから、弟に対して行動で示してくれ。そう考えるだけだ。
「どうでもいいよ。死ぬわけじゃないだろうから放置しとけばいい」と答えた。心の底から、そう思う。私が倒れても、きっとおろおろしているだけの親。私は欠片も期待しなくなった。親の前では、弱っている自分は極力見せない。だから大阪に住んでいる。一緒に住めば「心配」するだろう。冗談じゃない。

どうしたらいいの?と私に訊くんじゃなくて、どうして自分で調べようとしないのか。何度も言っているのに、病名も覚えていないし症状についても知らない。だから勿論対処法も知らないし、自分たち家族に問題があるとも思っていない。私も東京の弟MTも、機能不全家族や引きこもりや神経症などについて随分と話したり本をすすめたりしたのに。

「心配」していれば、それで気が済むのだろうか。それは、思いやりなのだろうか。それは、価値があるのだろうか。私はそんな親の「心配」を、有難く思わねばならないのだろうか。有難く思えない自分に、後ろめたさを感じなければならないのだろうか。


過度に干渉したり、子供が何かに挑戦しようとしたときに過度に心配したりするのは、機能不全家族、毒になる親の特徴の一つでもある。
心配が、決して思いやりに繋がるわけではないことを、私はこの身で知っている。
行動しない思いやりは、思いやりではない。
決意がない言葉は、温かみに欠ける。
人間不信な私だけれど、この確信だけは手放さない。
個人的な感情を押し付けるだけの行動しない思いやりは、たくさんだ。



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続けてコメントするのは心苦しいけど。

僕の母親と、似たような感じだ。

心配や思いやりだと、感謝なんてしなくていいと思います。
ただ、不安なんでしょうね。
後自分に自信がない。

僕も、まずは一人立ちして貰えるように
趣味を薦めたりそこから頑張ってみようかな。

2008/09/10 22:58 | よしき [ 編集 ]


こんにちは 

親のそれらは「依存」であって、子どもにはただの負担ですよね。。。私の親(特に母親)がそうでした。過去形で言うのは、母親と縁を切ったから。切るまでは重かった。
どうしてその人種は自分で解決しようとしないんでしょうね。私は母親には解決する気がないとずっと思ってました。何でも人任せ、なのに責任は人に被せてくる。それがたまらなくいやでした。思いやりとか愛ではなかった。そんな人間がいるなんて、それが自分の親だなんて、私は気づくのに長くかかりすぎました。

2008/09/11 11:18 | エコペン [ 編集 ]


 

初めまして

☆りおな☆と申します

もし、よろしければ相互リンクしていただけませんか。

宜しくお願いいたします

2008/09/11 18:24 | ☆りおな☆ [ 編集 ]


>>よしきさん 

よしきさん こんばんは。お返事が大変遅れました。申し訳ありません。
コメントありがとうございます。

よしきさんのお母様と似てるんですね。私は親になったことがないので分からないのですが、心配と縛りを私自身も取り違えないかといつも慎重になっています。子供と親は別個の人間で、感じ方も不安も違う、という点を忘れたくないなと思います。

不安で自信がないというのは私から見ていつも感じます。仕事もとてもよく出来るけれど、自己評価が低い、完璧主義なために、いつも失敗しないかと恐れていることの方が大きいようです。

自分で自分を評価する、決して貶めない、多少失敗しても失敗も楽しもうとする姿勢が大切なのかもしれないと思います。

私の母の場合は、趣味に関してもそうですが私がすすめたり関わったりすると、結局私が提案することになるので、依存関係は切れませんでした。遠くから、できるだけ精神的に遠くからアドバイスしたりするというのが、今の私にとってはベストかなという結論に達しています。
難しいですね~。

2008/09/19 18:23 | 美鳥 [ 編集 ]


>>エコペンさん 

エコペンさん こんばんは。
はじめまして。ご訪問くださって、ありがとうございます。

お母様と縁を切られたとのことで、精神的に切るまでにも相当私は苦労したので、お気持ちお察しします。気づいてからが本当に苦しい戦いですよね。

ブログを拝見したのですが、例えばクーラーの話をされていたのが印象的でした。私の場合も同じで、これにしようと提案して決まった場合、それが壊れても私の責任になる、というパターンがずーっと続いています。そんなふうに私がやむなく負の成績を積んでいくようになっています。
記事で書いた以外にも、そんな面がうちにもあると思い出した印象的な一文でした。

思いやりとは何だろうとか、愛とは何だろうと子供は考えずに育ちます。目の前にあるものを愛と言われれば愛として認識していくし、認識が行動となり、行動はその子供の意志となり人生となり、人格に誤った自己認識、人間観が同化していくことが、本当に恐ろしいと思います。
私も長くかかりました。気づいたのは、苦しんだからでした。苦しみを感じる器官も麻痺してしまった私の弟は、もう15年引きこもって、いまだ親の問題に気づいていません。

エコペンさんのブログのリンク集、様々な実用的なリンクが並んでいて感嘆しました。
ゆっくり拝見します。
また是非、お立ち寄りください。
コメント、ありがとうございました。

2008/09/19 20:11 | 美鳥 [ 編集 ]


>>☆りおな☆さん 

☆りおな☆さん こんばんは。初めまして。

少し前にブログにお邪魔して鍵コメでお返事書かせて頂きました。
リンクの件でご連絡下さって、ありがとうございました。光栄です。

相互リンクは、かなり時間をかけて交流させて頂いた方に、私がお願いしてリンクを貼らせて頂くことにしています。
私が対人関係に問題を持つ、境界性人格障害だから、対人恐怖症だから、という二点が理由です。また、きちんとお付き合いしたい、信頼関係を少しずつ築きたいという思いもこめて、そんなリンクポリシーにしています。
プロフ欄に、相互リンクについて書いていませんでした。お手数かけまして、申し訳ありません。

同病者として共感する部分多々あり、特にボーダーの症状や対処法についての記事が実用的で素晴らしいと感じました。
ボーダーは、終わりない苦しみですが、同じ闘病者として、今後どうぞお付き合いくだされば幸いです。

お返事が大変遅れまして、申し訳ありませんでした。お申し出、ありがとうございます。当事者同士で支えあえることもあるのではないかと、日頃から常々感じていますので、お声をかけてくださって嬉しかったです。光栄です。

2008/09/19 20:19 | 美鳥 [ 編集 ]


承認待ちコメント 

このコメントは管理者の承認待ちです

2016/11/26 17:49 | [ 編集 ]


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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