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2008/08/31 (Sun) 愛情放棄 ? 引きこもり・強迫性障害 ?

母と弟が喧嘩している。かなり最悪な空気だ。

15年引きこもって、完全に人とのコミュニケーション能力を失った弟は、家族と小声の命令形でしか話さない。口調は、どこかの国の皇帝のようだ。誇張ではない。
小声なのは、引きこもっている自分を近所に恥じるが故、自分の存在を隠すためだ。

社会経験のない弟は、この家で唯一の子供となったせいか母親から頼られることが多い。特に金銭の管理や、資産運用、弟がやっている株の資金源も両親のものだし、今現在揉めているのは、母が所持しているクレジットカードの一枚を破棄しろだとか、しないだとか。

私は、弟は実年齢で見てはならないと思っている。彼は、幼稚園児だと思っている。成長過程で通るべきところを通らなかった。随分と前の段階で躓いていたツケが、15歳で一時に襲ってきただけだと思っている。
幼稚園児に、一家の家計や金銭の管理をさせるのは常軌を逸している。

弟は、強迫性障害、強迫性人格障害のために、一から十まで完璧でなくては気が済まない。我が家には、一日に朝と夕合わせて3紙?4紙の新聞が届くが、これを家族の誰かが手に取って<汚染される>前に、彼は一字一句洩らさず読みきらなくてはならない。

同じく、親が資金を出して弟に任せた株も毎日毎日、一分も休まず取り組んでいる。株、株、金、金だ。月に1度、100円を使うことも恐れる弟が、株の利益と不利益に固執し振り回され続けている。本人は「株で儲かったら本を買う」「株で儲かったらパソコンを買う」「姉貴にも儲かったら小遣いやるからな」と言うが、私は小遣いも何もいらないしマイナスが出てもいいから、いっそ外出して数百万円の豪遊でもして世界を知って欲しいと思う。
世界を憎み、自身を卑下し、世の中の人間を小馬鹿にして生きている彼には、伝えても伝わらないだろうから言わないけれど。

彼が強迫性障害を発症し、悪化していく様を私と東京の弟MTは親から聞いては「いっそショック療法で風俗にでも一度行けばいいのに」と、半ば本気で話し合った。緩やかに人が死んでいくのを、この実家で毎日目にする。


母は、色々なことを深く考えるのが苦手な性質だ。
だから、クレジットカードだとか資産運用だとか、面倒なことはつい弟に任せるようだ。管理権兼管理義務を負った弟は、以後、必ず何かと口を出す。
自身が働けないことを申し訳なく思っているのか、もうそんな気持ちも殆ど失せ、社会に出ることは二度とない自分は死んだも同然と思っているように私には見えるけれど、弟は金銭にうるさい。細かすぎる位、細かい。倹約に倹約、絞りに絞りたがる。一切余分のない切り詰めすぎた金銭感覚は、私は見ていて息苦しくなる。


その弟と母が、クレジットカードを巡って喧嘩している。
互いに何について苛立っているのか分からなくなっているようだ。
弟は、母の考えが浅い、金銭管理がなっていないと苛立っている。
母は、弟の偉そうな口調や小声だけれど怒鳴る非常識な話し方、普通でない振る舞いに怒っている。弟がクレジットカードについて命令形で「だから言っとるやろ!このカードはいらんやろ!解約しろ、言うてんねん!」と言えば、母は「あんた自分が使った食器くらい洗ってよ。それくらいできる普通の人になろうよ・・・その話し方も普通じゃない常識じゃないよ・・・」と苛々投げ捨てるように応じている。
会話として、成立していない。
けれど、二人は延々同じパターンで会話している。最早、コミュニケーションではなく、互いに壁に向かって不満を吐き捨てているに過ぎない。


私は、無関係にこの記事を書いている。
弟が、深夜に偶然聞いて気に入ったという曲をさっき私に「この曲いい曲よな?」と話しかけてきたけれど「そうやな。ええ曲やな」と相槌を打ってから文鳥を遊ばせていた。弟は、まだ私と何か話したそうだったけれど、私は応じることが出来なかった。
弟に暴力を振るわれたり、脅迫されたり、殺すぞと言われたり、毎日小声の命令口調で一方通行に怒鳴られ、興味があろうとなかろうと株と金の話だけして、私が興味を示すものには必ず悪意や嫌悪の茶々を入れる。そんなことの繰り返しだと、弟を何とかしたいという気持ちとは別に、友人としても付き合いたくないという感情が否応もなく生まれてくる。
姉や弟というものは、そういう感情で留まるものなのかもしれない。東京の弟MTが、今や私にとって弟ではなく異性の親友のように感じているように、年齢と共に兄弟を単純な血の繋がりのみではなく、人間性からも見るようになった。
成長し自立するにつれ家族や兄弟という枠組みから解き放たれ、自然、血縁よりも相性や好意を重視するようになるのかもしれない。

こんな感情を持ちたくはないのだけれど、心の中に存在するわだかまりや恐れや嫌悪は、どうしても否定できない。自分の身を護るためにも、心を護るためにも。
MKを生んだ母は、こんなふうには彼を見ることはないのだろう。そう信じたいが、母親になったことがない私には、よく分からない。



昼間、母が「あともう一つ、違う仕事がしたいのよね。バリバリ働きたいのよね」と言った。
私は「仕事があるとしたら、弟を治して外に出してやることだよ」と軽く言った。
重い話題ではあるが、あくまでも軽い口調で話さねばならない。会話の導入部分で母が面倒がってしまっては、会話が前に進まないことを散々知り尽くしたからだ。
母は、いつものごとく「でも、MKが病院に行かないじゃないの。薬を飲もうとしないじゃないの。薬を飲んだら早く治るっていうのに・・・」と言った。聞き飽きたセリフだから、言い飽きたセリフで返した。
「強迫性障害は薬で軽くなるけれど、人間不信は薬では治らない。病院でも治らない。人間不信が改善されない限り、彼の場合通院も不可能。この世界中で1人でもいいから、好きな人、信頼できる人、愛情を持てる人が出来なければ無理」と話した。

母は最初、「1人でもって、あんたあの子は外に出ないやん。外に出ないのに、どうやって会うのよ」と言った。「だから、お母さんかお父さんしかいない。一言で言えば、お母さんしかいないよ」と伝えたけれど、母は黙ってしまった。
「あの子は、小さいときから外が嫌いだったし、人見知りだったよね」と母が言うから、「それはそうだけど」と答えてから、内心で「人見知り全部が引きこもるわけじゃない」と思った。母は、いつも先天的な原因に責任転嫁したがる。

それから、「愛情ならあるでしょう」と言った。何のことかと一瞬思ったが、よく聞いてみると弟MKは、母からの愛情も感じているし、彼自身も家族を愛しているじゃないか、と言う。
全て誤りだと思ったけれど、殆どについて黙っていた。
我が家に、無理解と無関心は存在しても、愛情は存在しない。愛情とは、心安らげることだ。MKが、家で安らいでいないことは、誰の目にも明らかだ。椅子すら<汚染されている>と言う弟は、一日中立ちっぱなし。眠るときはソファに新聞紙を広げて張り合わせ、座って寝ている。常に自分の持ち物が<汚染>されないかと気がかりで安心できない。人が話すのも唾が飛ぶと言って嫌う、逃げる、ときに罵倒する。


愛情や安心感について母に話しても、理解されないことは分かっている。
だから、ただ一つだけ、母に言った。
「愛情と執着は似てるけど違う。弟は、お母さんに執着はしていても愛してはいないし、愛されているとも思ってない」
母は、「そうなの?」と言って、何を考えているのか何も考えていないのか黙った。
沈黙から感じ取ったのは「愛情ならあるのに本人が感じようとしないんだから仕方ないじゃない・・」という彼女の呟きだった。本当のところは分からない。ただ、違うことを感じているのであれば、今現在はもう少し状況はましになっている筈だ。
母は、そこで違う話をし始めた。弟のことを話していたのと同じ調子で、仕事場の人のことを話し始めた。私は、紅茶を飲みながら軽い軽い落胆を覚えたけれど黙っていた。
この落胆の連続が、ずっと続いていくのだろうと思う。完全に諦めることは出来ないが、出来ないことが、こうしてブログを書く原動力の一つになっているのかもしれない。
書いて伝えずにはいられないのかもしれない。
引きこもって15年。外には一切漏れることがない、我が家の現実。引きこもったまま15年過ぎた私の弟の現実を、外側に伝えたい。この完璧に閉じられた我が家の外へ、外へ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

境界性パーソナリティ障害と対人恐怖で、コメント返信やメール返信が難しい状態です。
今月は不調続きで、ボーダーの症状を抑えるため、ご迷惑をおかけすることがないよう、対人関係が回避傾向にあります。にも関わらず、変わらず応援して下さる方、いまだお返事一つ書けない状態で初めてコメント下さり通ってくださる方、ありがとうございます。
お待たせして、本当に申し訳ありません。
末文になりましたが、最大級、感謝致します。足跡を残して下さる方も、ただ読んでくださる方も、偶然来てくださった方も。
いつも* uta+cotori *を読んでくださって、本当にありがとうございます。


心の病気、
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2008/09/01 00:05 | [ 編集 ]


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2008/09/02 17:13 | [ 編集 ]


>>鍵コメEさん 

こんにちは。機能不全家族は最近の私のもっぱらのテーマです。私の家族について具体的に書くことで、読んでくださって何か感じて頂けるならと書いてます。コメント、ありがとう。

機能不全家族は、確かに沈みかけた船だと思います。確実に沈んでしまう、もしくはもう時間の問題なのに、いまだ全員がしがみつきすぐそばにある陸も見えない、そんな状態に似ているのかな。

私は数年前に、一度完全に諦めました。なぜ私が死ななければならないのだろう?が最初の疑問でした。たとえ家族であっても私だけでも生き残りたいと切実に思いました。溺れかけているときには、誰を手助けすることも出来ない。家族を精神的に棄てました。葛藤の連続と何年もの苦しみを経て。

そのときと、今の私の気持ちは、また少し変わってきています。変わると思わなかったけれど人間は変わるものなのだと、ぼんやり感じ始めました。

私がブログとは別に、現実の世界で発信したい、支えあえる会を運営していきたいと思うのも、全ては私の家族が沈んでいくのを眺めるしかないからなのかもしれないと思います。
彼ら自体が船なのではなく、沈みかけた船に個々がしがみついているだけだったのだ、そこから離れることは誰にとっても自由なんだと、命からがら陸に着き振り返ってみれば、はっきり見えたのでした。
船を憎むけれど、私は家族を憎まなくなったのかもしれません。

自分を使い分けることが、一時的には必要なのかと思うけれど、そのまま生きていくのが便利であっても、それだけでは留まらないのが人に流れる時間と意志の自然の力のようにも感じます。

内と外は、環境としては全く違うけれど、相対する自分は一人、心は一つだから、本当は境界線はとても曖昧だと思います。自分に対して「使い分けよう」と心がけることは技術の一つで、心は本来また別のところにあるのではないかと感じるのが最近の私です。

介護のことを私もよく考えます。介護しないと両親に言ったけれど「恐ろしい子だ」と言われただけでした。これまでの養育費を私に請求したりするのに。
もし介護するときが来たのなら、それは私は親のためではなく自分のためにしようと思っています。自分の人生の何かに一つ、負でない何か財産としてのピリオドに変換しようとして。

怒り方、憎み方が実は人生において、とても重要なのではないかと感じます。喜怒哀楽、自我がある限り、理不尽なことに怒りを感じること、迫害する者を憎む心の働きが存在します。赦すこと笑うこと流すことを良しとする風潮が、私は嫌いです。
怒りや憎しみと、逃れようのない関係性の中間地点に自分を置いて、どう生きるべきかと考えるようになりました。
親子は、本当に難しい問題ですね。

色んなことを考えさせられました。コメント、ありがとう。

2008/09/15 12:39 | 美鳥 [ 編集 ]


>>鍵初コメnjさん 

こんにちは。初めまして。
はじめましてなのに、こんなにコメント返信が遅れました。申し訳ありません。ここに気づいて読んでくださるといいのですが。コメント、ありがとうございました。

文章と表現については、色々と考えているところで、楽しんで下さるならば幸いです。とにかく精進致します。

コメントを拝見して、我が家と酷似した状況に驚いています。
すっかり慣れて生活していた家ですが、たまに戻るからこそ明確に語れるのかもしれません。実家で暮らしていた頃は見えなかったものが、今余計に際立って見えます。そんな視点から、引きこもりという閉ざされた現状を外側にお伝えできればと思って書いた記事でした。

私の母も、家族会などに顔を出したこともありますが、次回からは行かなくなりました。本人からそれらしき理由は聞いたのですが、「あそこに行っても皆悩んでいて解決策を持っていない」ということでした。15年引きこもれば、余程良い環境に恵まれない限り社会復帰までに倍の30年かかるのではないかと私は感じます。成人になればなるほど復帰が難しくなる。私自身闘病しながら、なかなか外には出られません。対人恐怖と10年戦っても、まだ完治には至りません。

もともとは本人の問題ではない、というnjさんのお考えに私も同意見です。親は弟の症状を異常とみなし、自分達を正常と位置づけていますが、第三者として我が家を見た場合、私の目には区別が付きません。「親の問題を否認するための家族構造から産まれる」という点も、同じように感じます。うちの場合は、これが連鎖しています。

進言したご自身が親不孝、冷たいと謗られるのもまた同様です。殺意や暴力にまで発展するので、私も静観することにしています。そう決めるまでは、随分と七転八倒しました。

私もまだなかなか具体的に記事の中で触れる機会がないのですが、ほぼ同じ環境にいるためか、弟さんの人格形成が酷似しています。差別的な発言を平気でする、ナショナリズムのみがアイデンティティとなっている、びっくりするような口のきき方をする、上から目線で世の中を見るといった感じです。
普段は、慣れっこの家族の中にいるので、さほど浮いて見えないのですが、親戚づきあいなどやむを得ない場合、とんでもないことを平気で言ったりして、絶望的な気分になったことがあります。
外に出ない、色んな人と接触しないということは、ただ陰鬱に日々を送っているのではなく、日々失い退化していくのだと感じています。使わない器官、鍛えられない器官は自然衰えていく、それが十年単位になったとき、失ったものを取り戻すには相当の訓練と内省と年月を要すると思います。絶望的な現実です。

「出なくさせている自分の縛りは認めない」という点でも、そっくりです。弟は何もせずに暮らせるようになっています。食事もきちんと出すし、弟がやかましいので弟のルールに大概従います。けれど、文句だけ言います。問題意識を持ったとしても、改善しようという発想がまずなく、行動することがありません。口だけ、感情だけ、そして弟に文句を言った時点である程度解消されるらしく、また同じことの繰り返しです。

>長くなりましたが、この問題を書いていただき
自分のところだけじゃないと知りました。
問題提起として貴重な記事だと思います。
赤裸々に書くことは辛くもあるでしょうが
書いて下さって感謝しています。

こちらこそ、お話をお聞かせ下さって有難うございました。書いてアップした時点では、私の一方通行の記事です。機能不全家族について、今後も私が出来得る限り書いていきたいと決意を新たにしました。不登校は、少しずつフォローされるようになってきましたが、成人の引きこもりに関しては家族が秘匿する場合が多く、実態が表に出ることが殆どないと感じています。
書いて我が家の外に出すこと、隠され緩慢に死んでいく引きこもりの実態を書いて誰かに読んでいただくこと、それだけが今私が出来ることと感じています。

貴重なコメントを、ありがとうございました。これを機に、また是非、お気軽にコメント頂ければ嬉しいです。私は我が家しか実際に触れることはないので、他の機能不全家族の実態について知る機会が少ないです。色々とお話できること楽しみにしています。
今後とも、よろしくお願いします。
こちらこそ、このネットの海でこちらに来てくださり、読んでくださって、ありがとうございます。

2008/09/17 18:01 | 美鳥 [ 編集 ]


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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