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2008/08/14 (Thu) 尊重する:50 死ぬ:50

自分が境界性人格障害を患っていることを、すっかり忘れていた。

突然、絶望と孤独で目の前が真っ暗になった。なぜ絶望するのか、なぜ今突然こんなにも孤独がくっくりと浮かび上がったのか、まるで分からなかった。
布団をかぶって泣いた。嗚咽が漏れないように声を殺したけれど、抑え切れなかった。
孤独、悲しみは、どうしてこんなに苦しいんだろう。どうして果てがないんだろう。孤独で孤独で、どこまでいっても孤独な自分が悲しくて悲しくて、途方に暮れて泣いた。

次に、会いたい人の顔が浮かんだ。そこからは、衝動と理性の葛藤になった。
ボーダーの症状に襲われたならば誰とも会ってはならない。話してはならない。
これは、今までの失敗経験から、何が何でも自分に課しているルール。


私は私自身を尊重するように、大切な周囲の人も尊重しなければならない。決して、自分自身の一時の絶望や孤独がどれだけ深いとも、誰の足も引っ張ってはならない。寂しくても、寂しいと言ってはならない。一言目は、ただの弱音で済むが、同情や関心を貰えばボーダーで判断力を失った私は、必ず相手に依存し、相手を傷つけ、傷つかないなら傷つくまで相手を傷つけなければ気が済まないだろう。そして、一番最後に自分を殺すのだ。

今の私は、苦しい。自分がボーダーだと自覚する前は、まだましだった。今は、自分の不安定さが病気だと知っているから、どこにも感情の逃げ場がない。世界など壊れてしまえばいいと思っていたのに、いつの間にか私は、世界への憎しみと同時に、世界への慈しみを抱くようになった。大切にしなければ、壊さないようにしなければ、と思うようになった。

以前の私には、守るべきものなどなくて、むしろ常に死んでいるも同然だった。だから、いつ死んでも何ら困ることはなかった。必要な人はいたが、大切な人はいなかった。愛でてくれる人はいたが、支えてくれる人はいなかった。必要としてくれる人はいたが、尊重してくれる人はいなかった。


尊重しなければ、尊重しなければここで間違えてしまったら、私はともかく、大切な人を傷つけてしまう。それだけは絶対に嫌だと思った。本当に大切ならば、誰も見ていない独りきりの今こそ、独りのままで独りで戦って勝たなければならない。

湧き上がってくる孤独と悲しみを抑えこんで、自分は一人で生きていける、と言い聞かせた。何度も何度も。そうしていたら、たった今も1人でいられない、誰かに温かく抱きしめてもらいたい、せめて声が聞きたいと考える私なんかが、1人で生きていけるわけがないと思った。

自分自身への憎しみが湧いてきた。
孤独や悲しみや絶望を生む自分の弱さを憎んだ。死ねばいいと思った。邪魔だ。
気がつくと「死にたい」と口にしている。何度もカミソリを手に取って、実家はまずいからどこで切るべきかと考えた。泣きながら考えて、リストカットも結局尊重ではないと放り出した。ますます自分が嫌になった。薬を飲んで寝るか、言葉にして書くしかない。私には、書くことくらいしか出来ない。

自分を痛めつけたいときに、薬を飲んでちょっと落ち着こうかなんて、ちっとも思わない。二階から飛び降りたら、どの程度痛くて、どんなふうに自分の体は傷ついてくれるだろうか、あの窓だろうか、この窓が最適だろうかと考えた。漂白剤を飲もうか、人目につかない腹を切ろうか。
こんなに私を憎んでいる人間は、私以上に存在しない。


絶望の波が少し引いたときには、冷静に自分の今後を考えた。
以前から私は、もう生涯誰とも恋愛しないだろうと考えているけれど、ではどうやって具体的に孤独をそこそこ埋めようかと考える。
決して近くない距離、いっそ遠いくらいの距離が長く付き合うには、丁度良い。境界性人格障害は、人との距離感が分からないからだ。近くても遠くても苦しい。けれど、近すぎるより遠すぎるほうが良い。相手を傷つけずに済むから。
恋人でもない、愛もいらない、そこそこの思いやりと都合だけで繋がる精神的距離が遠い男性が必要なんじゃないか。いっそ相手が既婚者だったり、物理的にも隔たっている方が都合が良い。数ヶ月に一度話すだけでもいい。ただし、セックスは必要だ。しかし、愛はいらない。そんなものは、邪魔なだけだ。男に要求するものは、避妊具と、ちょっとの思いやりと、病気を持っていないことだけ。それだけでいい。SMは、不要だ。あれは紛らわしくて面倒だ。愛がなくても、そこに愛らしきものを生み出す遊戯だ。愛は、湿っているから必ず腐れて滅びる。ドライな方が、いい。

最近考えている馬鹿げた計画は、それほど非現実的には思えなくなってきた。一般的には馬鹿げていて幸福から遠ざかる行動と捉えられるが、この病気を抱えて誰のことも尊重しようとするならば、相当の覚悟が要る。既に私の感覚は、一般的じゃない。大切な人を傷つけず生きていくなら、やむを得ないことかもしれない。

でも、そんな生き方は嫌だと思う気持ちも湧いてきた。そんな方法しかないなら、死にたい。そんなことをしてまで生きて何になる。大切な人から蔑まれるようなことは、したくない。

生きることも腐ることも死ぬことも、どれもどっちつかずだ。苛々する。死んでしまえと自分を呪う。気がつくとまた私の声で「死にたい」と聞える。違う、死にたいんじゃない。死ぬなんて、あっけなくて生温い。もっともっと残酷な罰がいる。欲望が業が深い分だけ、滅多打ちに自分を打ちのめし死ぬ寸前の苦しみを永劫与え続けないと、この私の気が済まない。


少し前に始めた、気楽につぶやきますと言っていたツイッター。このブログの右下に設置してあるウィンドウの言葉。上限は、140文字。気がつくと、そこへ延々数分毎、数十分毎に感情を抑えられるだけは抑えて言葉を書いていた。


ツイッターは、いずれ近いうちに外すつもりで、後に残さないつもりで書いてきた。だから、どうでもいいことばかりだった。でも、ボーダーの発作が出た今日、ツイッターを設置しておくべきじゃないと気づいた。
私は、自分を抑えて抑えて、発狂寸前まで抑えなければ、140文字の内にありったけの無差別な罵倒と憎しみと呪いをこめて、見ている誰かに感情をぶつけてしまっただろう。


慌ててパソコンを落として、外に飛び出した。狂ったように草を抜いた。いつも思う。草を抜く作業は、私にとって不要な人間、過去私を苦しめた人間の首を抜いているように感じるのだ。作業していると、あらゆることを思い出す。忘れ去ったはずのことまで、自動再生される。それを振り切って地面を掘り続ける。草の根で蟻の巣が壊れ、蟻たちが大騒ぎしていても、上から土をかぶせて黙々と埋める。蜘蛛と蝉と蝶と蜂とダンゴ虫には敬意を払う。蟻は、家族のように見えるから憎しみが湧くのかもしれない。

眩暈がして、動悸が止まらなくなり、心臓が痛いなと思ったら庭で倒れた。動悸が過ぎて完全に倒れたのは初めてかもしれない。よく分からないまでも「突発性心不全で私は死ぬのか」と、瞬間思った。意識はあったから、土ぼこりを払って立ち上がった。蚊に刺されていた。最悪だ。

嘘か本当か、血を吸う蚊はメスだけと聞いた。
さすがだ。オスは常に単純馬鹿で、メスは常に強欲で汚い。そんなふうにできている。


家の中に戻ってきて、部屋に閉じこもった。
もう、孤独も悲しみもどうでも良くなった。今日は生きたいとは思えない。死にたい。
涙は流れる。何が悲しいのか分からないけれど。
涙は、そういうものだと思う。排泄と変わりなく、生きていれば悲しかろうが悲しくなかろうが勝手に流れる。こんな機能ごと、自分を潰してしまいたい。

ボーダーは、もぐら叩きに似ている。全部の穴を塞いでしまったら、ゲームもコミュニケーションも成り立たない。
出口を失った孤独と悲しみと怒りは、自分自身の中で暴れ続ける。破壊欲求が止められない。今この瞬間は、とりあえず3階あたりから飛び降りないと気が済まない。
でも私は、私を尊重しなければならない。
そして、大切な人のことも尊重しなければならない。
破壊することも破壊されることも慣れている。
尊重することも、尊重されることも慣れていない。
知るわけがない。
尊重なんてどうでもいいから、私を壊して世界を壊して体と精神と魂の隅々に罰を与えて、微塵に砕き続けて欲しい。
誰もやらないなら、私がこの手でやらなければならない。

後になって、何が引き金になったのかが分かった。
恋愛漫画を読んだのだ。
良い作品を読んだ、と最後のページを閉じて一息ついたら、途端に心が真っ黒になった。
何も見えなくなった。
信じるのも期待するのも愛も恋も憧れはするけれど、二度と縁はないだろう。近づくものは全て私が遠ざける。愛も恋も、私を殺すだけだ。ただただ甘ったるいだけで、麻酔に似ている。生かしてくれたことなどない。陶酔させてから、私を支配し、殺そうとする。殺されたくないから、愛も恋もいらない。


生きることと、死を希求することが、いつの間にか重なって見える。
今の私の目は、多分孤独で真っ暗に曇っている。
生きているのが苦しい。生きていても、今日ばかりは意味なんかない。




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境界性人格障害 | comment(14) |


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こんばんは 

境界性人格障害(BPC)の本が星和書店から3冊出たんだよ。書いた方は外国の方なんだけど、来日して講演を開くんだそうだ。星和書店検索してHP見ると詳しく内容が見れるよ。
私は、やはり病気についての理解度がないと自覚しているので、読んでみようと思っている。
孤独に生きて欲しくないんだ。
どんな病気であっても、孤独を選ぶ生き方はしてほしくないな~って、偽善者だがそう思っている。
美鳥ちゃんも例外じゃなく、そう強く思う。
いつも的を得ないコメントでごめんよ~。

2008/08/14 23:49 | あおぞら [ 編集 ]


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2008/08/16 13:39 | [ 編集 ]


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2008/08/16 22:24 | [ 編集 ]


それでも 

自分を許してあげなきゃいけないよ。。。美鳥さん。
寂しい自分、苦しい自分。そんな自分を一番労われるのは、やっぱり自分だと思うよ。
って、そんな私も自分を許せなくて、「自分を許さなきゃ」と言われたら、胸を抉られるような痛みを感じるけどね。。。

でも、それを覚えていかなきゃ、いつか自分がつぶれてしまうんだって。。。

そうかもしれないね。。。

2008/08/17 01:51 | 依里 [ 編集 ]


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2008/08/17 19:12 | [ 編集 ]


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2008/08/17 22:44 | [ 編集 ]


もどかしい・・・。 

美鳥さんが苦しんでいて、何も出来ないのがもどかしくてなりません。こうやってコメントを残すくらいしか・・・。

でも、ボーダーの症状の時に人に会ってはいけない、とボーダーの症状を客観的に理解して行動している美鳥さんはすごいと思います。

P.S.アイザのブログの、美鳥さんへの返信、ちゃんとした文章に変えました。ぜひ読んでください。

2008/08/18 12:47 | 久我瀬アイザ [ 編集 ]


>>あおぞらさん 

あおちん こんにちは。お返事がまた物凄く遅れました。ごめんなさい。いつもありがとう!

BPDの本、クリーガーさんの本は一冊読んだことがあるよ。心理状態から行動化まで、本当にうまく書いてあった実用的な本だったから、日本にはあまりない本だなという印象でした。
講演会もワークショップも出たくてたまらず、ついでにクリーガーさんと話したいというか勝手に話すつもりですらいたんだけど(←図々しさだけがとりえw)無理だった・・・。本読んでみます。やっと今日になってちょっと頭がクリアになってきたような気がするから。
孤独を選ぼうとすると結局どこかで手を打たなきゃいけなくなって、自分を安売りするんだな、安売りしてても気づかないもんだな、と最近実生活で実感しました。
相変わらず一人上手を目指したいところは変わらないんだけど、自分をコントロールできる時、こうして頭がクリアになったときを狙って、動けること出来ることはやりたいと思ってる。
偽善者だとは思わない。本当にそう思ってくれてるから、むしろ厳しい言葉だと思ってるよ。甘い言葉は、私はいらないんだ。心から、ありがとう。

2008/09/07 12:44 | 美鳥 [ 編集 ]


>>鍵コメseさんへ 

鍵コメさん、はじめまして。はじめましてのしょっぱなから、ボーダーで私は落ちっぱなしで返信が大変遅れましたこと、お詫びいたします。コメント、ありがとうございました。

コメントのお返事が書けない状態のまま、あなたのブログを何度か訪れて記事を拝見していました。とても冷静に内面を描かれている部分あり、しかしボーダーとして大変な苦境を乗り越えてこられた結果と感じています。

この記事に深く共感してくださって、ありがとうございます。ボーダーの症状は、正しい感情把握、行動言動のコントロールが難しくなるので、こうして書けている今は、私はやはり回復期にいるのだろうと感じています。でも、苦しいですね。以前よりも苦しいです。
私のような状態の人も、ボーダーの中にはいて、私だけではなく、あなたや他のブロ友もそれぞれに戦い、この病気の袋小路から何とか脱出してやろうと毎日足掻きもがいているのを目にして、勇気付けられています。あなたがブログを書いてらっしゃること、こんな方もいるのだと、あらためて感じました。先入観が多い病気で、なかなか理解されません。当事者が発信することは勇気がいることだと思います。今後とも、どうぞよろしくお願いします。

>どこまで行っても延々と続く砂漠を歩いているような、雪原に一本だけ立っている裸木のようなそんな心象風景。

まさにそんな心境だと思いました。依存することを避けながら愛情というものを模索していく毎日。愛情がなければ生きていけないと思いながら、愛情とみられるものを私は遠ざけてしまいます。もう誰も傷つけたくないし私も傷つきたくはないから。

境界性パーソナリティ障害について、カテゴリーを設けていることもあるのですが、この病気への理解を訴えていくこと、事実を伝えていくことを私はライフワークにしていく決意です。
支えあえるようにと会も運営しています。是非、またこちらに遊びに来て下さると幸いです。
コメントありがとうございました。
返信が遅れまして、重ね重ねお詫びいたします。



2008/09/07 13:06 | 美鳥 [ 編集 ]


>>鍵コメaちゃん 

aちゃん こんにちは。お久しぶりです。
めちゃくちゃ返信が遅れてごめんね。当時もう1ヶ月近く前になるけれど大切に何度も読んだよ。ありがとう。いつも、ありがとう。

読んでくれていること、読んでも尚もコメントしてくれることが嬉しい。私の記事は、つくづくボーダーらしいというか、絶望で目の前が真っ暗になるとこんな感じになってしまうのだな。
こんな記事も読んでくれて、本当にありがとうね。返信もできない状態で、それでもコメントくれるaちゃん、お陰で今日は元気です。

恋愛を忌避しようとして、いつも失敗する。完全に諦めようとして逆走したり、自分を粗末に扱おうとして、つい最近失敗したよ。賢くもなれず、完全にアホにもなれず、中途半端だけど闘病してます。

みっともないボダぶりも、何でも誰かが少しでも理解してくれるきっかけになるのならと思って書いてる。読んでくれるだけで、本当に有難い。

よそのブログに遊びに行くのも苦痛になって、1人でいようとして、でも時々見に行ってたよ。調子が悪そうだな大丈夫かな、と思ったけれど、コメントが残せなかった。でも読んでるよ。aちゃんが丹精した薔薇の写真も、ああ去年教えてもらった薔薇だ、と思って見てたよ。
スローペースだったり、突っ走ったりする私だけど、これからもどうぞよろしくね。
苦しいときにコメント、ありがとう。

2008/09/07 13:50 | 美鳥 [ 編集 ]


>>依里さんへ 

エリィ こんにちは。
今は空の上かなぁ。頑張れ。具体的方策をPCアドレスにメールしといたよ。しどろもどろだけどぶっちゃけ作戦だよw
無事帰国するのを待ってます。

自分を許すのって難しいね。
自分を許すということがどういうことか、理屈と少しの実体験でようやく分かるようになった。でも、今度はパーセンテージが分からなくなったよ。自分と、自分が大事にしたい相手に、私はどこまで頑張れるんだろう、頑張った先に何があるんだろうと考えるようになった。

自分がつぶれたら元も子もないんだよね。この破壊欲求だとか、極端に生きるか死ぬかになる思考回路だとか、死んだほうがましな見捨てられ不安とか、境界性パーソナリティ障害は本当に何つーかムカつく病気です。

何とか生き延びました。昨日も、自分の人間不信を自覚して、ドーンと落ちた。でも今日は、不思議と浮上してる。悲しいことも辛いことも、同時に可能性も後になれば冷静に見られるようになってきたのかもしれない。
とはいえ、またドーンだと思う。
頑張ります。
エリィを応援してます。
コメントありがとう。いつも読んでくれて、ありがとう。
無事日本に戻ってきて、私がまた旅に出て。そしたらまた一杯飲もうぜ。

2008/09/07 13:58 | 美鳥 [ 編集 ]


>>鍵コメs様 

sちゃん 鍵コメありがとう。いつも読んでくれて、コメントくれて、ありがとう!

随分とお返事が遅れたけれど、前回コメント返信しながらお話しましょうと書いたので、今回また続きをお返事の形で書いてみます。遅れて、ごめんね。

境界例というのは、いつも出る症状じゃないから医者もさじを投げていると聞きました。私も、医者に対して密かに通院し始めに依存してボダったものの、自覚して自分でおさめたので、まさか初診開始一分で私が盲目的に恋に落ちたことなど医者は知らず。ボダの心、医者は知らず状態でした。
そんな感じで、何かきっかけや相手がないと如実には出ない症状ですね。自覚するのは本当に難しいです。ほんと、何回同じ間違いするねん、とツッコむこと毎度・・。

けれど自分の病気を忘れているから動ける時期っていうのがありますね~私は、その隙を狙ってこうしてコメント返信したりメールしたり電話したり友達と会ったり、隙間を思い切り利用してるよ。忘れてないと動けないねw

コメント貰ったときに、sちゃんもボーダーで倒れてたんですよね。
「ボーダーの一時の感情で発せられる言葉は信用できない」というのを自分自身で感じているから、とてもとても慎重にコメントを書いて下さったんだな、と文面から感じました。

お互い様、ボーダーであることを了解して、こうして交流をするのは現実ではなかなか難しいことだと思います。物理的に距離が近ければお互いを傷つける恐怖、傷つけられる恐怖が常に付随してまわるし、今こうして少しずつおっかなびっくりやり取りをしているのが、私達のペースに合ってるのかもしれないと思いました。

返事は気にしちゃだめです、とこのときに貰ったのでした。
実は、私は極力返事の時期を気にしない、ある意味失礼な女でして、心配御無用ですw 逆に私が「無理をしてコメントしたんじゃないのか」と考えてくださったことは、鏡のようにsちゃん自身の不安を映し出した言葉なのかもしれないと思いました。

ボーダーで我を失った状態で記事を書くのは、私はボーダーの真実を伝える上で、どんだけ読者の方がうざいと感じられようが意義があると思うので書きます。けれど、返事は直接の対話になるので、大切な言葉しか書きたくありません。だから、コメント返信も、ボダとボダの狭間の今とかに書いたりしてます。とても遅れるけれど、今が一番私らしくて嘘偽りがありません。

色々書いてくれたのは、多分お互いの使用前の取扱説明書の最初のページを開いてる状態だと思います。そんなこと分かってるよ!とか、分かってるよね?とか、あ、そうなんだ、とか色んなことを多分お互いに了解取らないと怖いんだと思います。
私が私を保証するのは、ちょっと説得力ないのですが、私は言葉を大切にしたいので、コメントでも必ず何度も拝見します。大丈夫です(信用できない?w)

そんなに多分私については、恐れなくても大丈夫です。ボーダーの回復期同士の付き合いは、デメリットがたまにあっても話し合うことで乗り越えられることが多々あると思っています。それよりはメリットの方が大きいと信じてます。これは、私の実体験、今の体験から実感していることです。

私のブログを読んで、「本当はもっとヤバイのか?案外元気だったりするのか?」とは、読んでいて笑ってしまいました。私もsちゃんのブログを、常にそんなふうに読んでいます。意地にかけては、お互いそこそこかなりの意地で、このボーダーの症状を自覚し抑えつけ、キレたり暴れたり泣いたり喚いたり、たまに死にそうになったりしてるんじゃないかと思うからです。私自身がそうだから、そういうふうに見えるのかもしれない。
分かりやすく最悪なボーダーだったら、まだ単純なのに、回復期は症状と客観性が同居するから、お互いを見るときにもややこしいねw

私は、ボーダーについての記事を書いているときは8割くらいの確率で「うぉううぉうう」と泣きながら書いてます。ほんまです。痛々しいけど誰も見てないからいいのです。N氏は見たんですけど、そっとしておいてくれました。何か凄いエネルギーらしくて。ボーダーって、鬱とかと違って症状が出ると動いちゃうんですよね。私は主に自傷欲求と戦いつつ絶望しながら、涙とか色んな体液にまみれつつ、ダカダカと鬼のようにキーボードを打ってることが多いですw

お話した件は、本当に知ることが大事と思ったからでした。9割の人間、もしくはそれ以上の健常者が苛々するでしょう。キチガイとか、こんな奴ら消えろとか言うのだろうなと思います。1割か、0.何割かに伝われば、それで十分です。せめて当事者の人には伝わると思います。

今日、sちゃんままんのお話を読みました。私には、何というかカルチャーショックでした。私は女性、特に母親というものが苦手で、偏見といっていいんだけれど、母親とはこんなもの、と負のイメージが出来すぎてるからです。
是非お話してください。私の方が光栄です。

人間、死にそうでなかなか死なないですね。自分で実感w 意地でも生きます。もう何かやだなーと思うんですよね。生きるとか死ぬとかより、何食べようかなーとか、何着ようかなーとかそういう些細なことに悩みたいw
極力生きれたらいい、てsちゃんよく言うねw


ボーダーが回復していくにつれ、人間性というベースがきちんとあれば、そして自意識を美意識に高めたいと考える種類の人間は、かえって人の目が肥えると思っています。痛い目に、他よりあってるからね。傷つきもして、利用もされて、人の顔をうかがって、それでも全然報われない相手ばかりだったから。

数ヵ月後かもしれないし、五年後かもしれないし、ていいなと思いました。
そうですね。いつか会いたいね。遊びに行きたいね。クローゼットを片付けるの、得意だよ。何しろ元片付けられない女。タオルだけで100本持ってた女なのでw

会い過ぎて失敗とか、本当によーく分かります。その反動か、今の私は何かちょっと不安因子を見つけると全ての人間関係を回避気味。人間不信のスイッチが入るらしく、打つ手なしです。じーっと時間の流れに任せるのみ。

長い睫毛見たいみたい。
近い日か遠い日見る日まで、フッサフサにとっておいてくださいw
私が予想外に最近グラングランに頼りないことが自覚できたので、慎重に参ります。けど会いたいなーというのは変わってません。ブログをやってるのは会いたいからです。ブログとリアルを分ける気が最初からさらさらないんですね。

私も自分がボーダーなくせに、ボーダーだからこそなのか、ボーダーに近づいては危険だとか、巻き込まれるのはごめんだとか、裏が読めるだけに、おいその行動はこうこうこうでこういう意図があるんだろ?とか、もう腹黒く考えてしまいます。
でも、ボーダーでも大切に付き合っていける友達ができました。ボーダー同士だから、普通はできない話ができたりもします。この病気の苦しさは、なかなか当事者でないと分かりません。それ以上に、回復期、病識を持って症状と客観性の両方を抱えて生きていくのは相当辛いことです。もしかしたら、症状に振り回されて暴れて泣いて人を試して傷ついて傷つけてのときの方が、陶酔感があってましだった、と思うくらいです。

なかなかコメント残せないけれど、いつも心強く読んでます。自覚した後は苦しいけど、ボーダー出身まともになろう女は、良い女になる筈w

色々考えてくれてコメント、本当にありがとう。



2008/09/08 20:51 | 美鳥 [ 編集 ]


>>再びs様 

もちつけw
大丈夫です。急いで返事しすぎとかないですよ。
私をある程度信用して大丈夫。しんどい時は、ちゃんとしんどくないときを選んで読んでるよ。

衝動は悪くないと思います。私は、コメントをもらえてよかったです。この記事を書いたとき、目の前が真っ黒だったから。
ありがとう。

2008/09/08 20:53 | 美鳥 [ 編集 ]


>>久我瀬アイザさん 

アイザさん、こんばんは。
いつも読んでくださって、返信できない状態でも変わらず温かいコメント、ありがとう。

ボーダーの症状が出ていると自分から人を拒否してしまいます。そんなときにいただける心こもったコメントは、後になって何度も読み返します。読み返す度に、言葉の重みや意味をちゃんと感じられるから。

ボーダーの症状で、今まで散々でした。私も散々、私の周囲の人、特に近い人から順に散々でした。
失敗の上に今がありますが、逆に言えば、相当失敗してきたよ(笑)多分みんな、苦しみも葛藤も、ここを越えていく孤独も勇気も絶望も、ボーダーはとても似ているのかもしれません。

大切な人がいること、大切だと確信できること、それが今の私のボーダーの症状を食い止める鍵になってくれています。これがなかったら、私はいまだに最悪だと思います。今もそれなりに1人で最悪なのですが。

コメントに返信してくださって、またお知らせくださって、ありがとう。調子がよくなってから拝見しに行きました。
最近のアイザさんのブログは、意志のようなものが明確で力強くて、苦しみの中にも一本通った筋があると感じています。

少しずつ、苦しみの分だけ少しずつ、お互い強くなっていけたらいいですね。応援してます。
コメント、ありがとうございました。

2008/09/08 20:59 | 美鳥 [ 編集 ]


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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