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2008/08/09 (Sat) 戦争とシンボル

hiroshima20080808.jpg
以下、原爆ドームについて私の個人的な意見を述べるに過ぎません。感情的に不愉快に思われる方は、閲覧をお控え下さい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

スカスカな言葉と綺麗ごとが大嫌いだ。一見、善良で意味ありげな言葉こそ、スカスカで中身があった例がない。

二度と戦争を起こしてはならない、平和の尊さを考える機会にしようという意味で、原爆投下の日に行われる日本の「平和記念式典」は、意義深いと思う。
しかし、広島の平和記念式典の中継を見て、いつも感じる違和感がある。
原爆ドームが冠する「平和のシンボル」という言葉だ。
平和のシンボルとして世界遺産に登録された原爆ドームではあるが、世界唯一の被爆国である日本が、自ら原爆ドームを「平和のシンボル」と呼んで良いのだろうか。
シンボルとは、象徴の意。あらゆる意味を内包すると同時に、如何様にも取れる危険な曖昧さを持つ、いわばイメージの器だ。


平和記念式典では、「平和の使者」と謳われる無数のハトが一斉に飛び立つ。
例えばハトが平和を象徴していることは理解できても、原爆ドームが平和のイメージに直結することはない。敗戦国、被爆国日本としては、その実、無理がある論理の飛躍のように感じるのだ。奇跡的に原爆の中、生き証人として残ったあの原爆ドームがよりによって「平和のシンボル」と呼ばれるとは。皮肉な気持ちになる。地獄を味わった原爆体験者があれを見て、口々にそう言うのだろうか。少なくとも私の目には、あれが平和を象徴しているようには見えない。


私の親戚は、防空壕の中で被爆した。這い出してみれば、あたりは地獄と化していて、彼女は、はぐれた姉を探して歩いた。そのときに灰をしこたま吸った。黒い雨も浴びた。
以来、何十年も原爆症で苦しんで、一時期は結婚も無理だと思われた。未だに病弱で、何をするにも原爆の体験が彼女の人生を妨げなかったことはない。
彼女はずっと原爆の記憶と共に生きてきた。



広島を訪れ、原爆ドームを1人で見に行ったことがあった。
初めて目にしたとき、正直、現実感が持てなかった。
すぐ近くを牧歌的に路面電車が走り、ビルが立ち、平和記念公園は、だだっ広くて美しく、あのドームだけが異様で、ファンタジーのようだった。

想像していたよりも小さなドームの丸屋根を、しばらく見上げていた。
真っ青な空に、赤黒く錆びた鉄筋がくっきりと弧を描いていた。他の古びた歴史建造物と何も変わらぬ美しさに見えた。
視線を徐々に落とせば、歪んだ窓の鉄枠が目に入った。それから、幼子が気紛れに遊び乱した跡のような、無残に破壊された瓦礫の山を見た。

誰にともしれない怒りと悔しさがこみあげてきた。
瓦礫の一片一片に、当時の人々の断末魔や絶叫や爛れぶら下がった皮膚や猛烈な喉の渇き、歩く度に一瞬で足を焼く焦土の地獄を見たからだ。
恐怖と絶望と十数万人の呻きと怒りを感じた。
そして壮絶な地獄を生き延びた生き証人が存在し、いまだに原爆症や癌や白血病で苦しんでいる現実。
原爆ドームを前に、「平和って尊いな」と考える余地は、なかった。
凄まじいおぞましさと虚無を、直感しただけだった。
戦争の対義語「平和」を連想することもなかった。そんな生温い思考は巡りもしなかった。
かわりに、目の前の悪しき遺物への激しい嫌悪にかられ、こんな物は、いっそ抹消するべきだと叫びたくなった。原爆も戦争も体験していない私ではあるが、あのドームと対峙し続けることは容易ではなかった。
ただ静かにおぞましい残虐が、空っぽな骸を曝していた。


「日本人の犠牲者をこれ以上出さずに戦争をやめさせ平和を取り戻すには、原子爆弾投下はやむをえなかった」
アメリカの原子爆弾投下正当説は、聞き飽きた。
その理屈から言えば、原爆ドームは、まさに「戦争と平和のシンボル」と呼ぶに相応しく思える。
アメリカは、そう呼べば良い。都合も、精神衛生上も良かろう。戦争は、ノールールであり、勝者が歴史を作るのは世の理だ。
しかし、実際の広島には、戦える兵士なんて殆どいなかった。投下された爆心地、1平方メートルあたりの加重は、35トン。女子供、病人老人が呻いて黒こげになり折り重なり、死臭と絶望のみが横たわっていた。


国をあげての式典開催の意義は分かる。
しかし、国のお偉いさん方の式典の挨拶は、朝礼の校長の無駄に長いスカスカな説教に聞えるのは何故だろう。
「平和のシンボル」という言葉に、日本という国が持つ一面、日和見主義で浅薄な大衆心理が集約されているように思えてならない。
地に足の着かない中身のない言葉は、誰にでも分かる平易さ故に、大衆の心を動かしやすく、問題意識を曇らせやすい。直視し難い地獄絵図に「平和」という言葉を織り交ぜるだけで、現実はマイルドに中和され、まだ何とか見易くなる。原爆は、近いようで遠い歴史にも感じてくる。語り部がいなくなった日、昔話のように語られるのではないか。

それでいいのか。たかが言葉だが、人々の命と生活と人間らしさを一瞬で無差別に奪った人類最悪の核兵器使用の証拠に「平和のシンボル」と冠することが、後世に原爆の恐怖を伝え、核兵器使用を抑止する力を持ち得るのだろうか。

「戦争への反省と平和への思いの象徴」だとかト書きが付くと、まだ聞えが良いが、しかしそれでも違和感は拭えない。
アウシュビッツ収容所を「戦争と平和のシンボル」と呼ぶならば、同じく私は激しい抵抗を感じるだろう。当時の被害者にとっては少なくとも、平和はアウシュビッツの外側に存在していた。それが、真実だ。そのことを思うと、過去の残虐に「平和」という言葉を冠する必要性は、私には全く感じられない。

「原爆ドームは核兵器による人類最悪の無差別虐殺のシンボル」とでも呼んだ方が、被爆国の心情に適うのではないか。少なくとも、今も生き、苦しんでいる被爆者達の心情により近いのではないか。

平和記念式典で、一斉にハトが放たれる。
飛び立つ平和の象徴ハトと同時に、映し出される平和のシンボル原爆ドームを見ると、毎年、複雑な気分になる。



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初めまして(^-^)ずっとおじゃまして読んでました。私には美鳥さんの心的、身体的な病気はわからないけど貴方の文章に魅力感じて毎日おじゃましてます。また思った事※します。しんどくない時で良いから見て下さい。

2008/08/09 22:33 | みこ [ 編集 ]


初めまして。 

原爆ドームについて、
戦争と平和のシンボルについて。
ほとんど、同じ意見です。

私の親戚は広島の被爆者が多く、夫は長崎出身です。
個人的には原爆の被害を盾に平和を唱っている広島より、
長崎の平和の像の方がまだ前向きで共感できます。
「あそこから原爆が投下されたんだ!」
という強い意思が感じられるんです。

個人的な意見をガーッと書いちゃいましたが、
いつもブログを拝見させて頂いてます。
美鳥さんの人生。
応援してます!!

2008/08/10 00:18 | 15jam [ 編集 ]


>>みこさん 

みこさん こんばんは。はじめまして。
コメント下さってから、もう何日経ったのか・・・日付を見てガクブルしております。
コメント下さって、ありがとうございました。
少し前まで私事で忙しかったことがあり、コメント欄を閉じていました。そのときの寂しさったら、なかったです。一方通行で発信するのは、私はとても苦手です。

こうしてコメント欄を再開しても、お声をかけて頂けない限りは、その方へは私は一方通行で発信している状態ですので、私って大丈夫?大丈夫?と確認を取りたくなることがあるのです(笑)

みこさんは、ずっと読んでくださってるのですね。境界性人格障害故か、もともとの気質なのか、感情の起伏が激しすぎるので、たまにお目汚しもあるかと思いますが、もうほんとせめて「たまに」のレベルであることを願うばかりです。

>私には美鳥さんの心的、身体的な病気はわからないけど貴方の文章に魅力感じて毎日おじゃましてます。

ありがとうございます。文章のことを言われると、ほっとするような、変な汗かくような妙な感じになります。そわっそわします。病気など抜きにした視点で読んで下さる方は、私という人間性を直に見てらっしゃるのだと思うと有難く、一方で身が引き締まる思いです。文章は、毎日毎日自分の欠点を露呈しているだけのような気がする日もあり、最近少し気持ちを入れ替えて書いています。
楽しんで頂ければ、これ以上の喜びはありません。

>また思った事※します。しんどくない時で良いから見て下さい。

ありがとうございます。伏して、ありがとうございます。コメント返信が、できたりできなかったりします。感情の浮き沈みが激しくて、誰かに向けるべきでない感情を抱えているときは、コメント返信を控えるようにしています。
お返事が遅れて、ごめんなさい。是非、またご感想お聞かせ下さると嬉しいです。
余談ですが、みこさんの「※します」に衝撃を受けました(笑)その手があったかー!
覚えたらすぐ使ってみたいので、今度どこかで使ってみます。

コメント、ありがとうございました。また遊びに来てくださいね~。

2008/08/13 23:40 | 美鳥 [ 編集 ]


>>15jamさん 

15jamさん こんばんは。
初めまして。何度かブログに寄らせていただいてました。コメント下さって、ありがとうございます。
初めてコメント頂いて、お返事がめっきり遅れて申し訳ありません。最近、感情の波乗りサーファーみたくなってました。何度か溺れかけて浜辺に流れ着きまして、今日に至ります。返信までお時間頂きまして、ごめんなさい。

この記事にコメント下さって嬉しいです。
勉強不足とは重々承知しながら、この点だけは、どうしても言いたくなったので書いた記事でした。

事実は年月と共にどうしても色褪せていき、後まで残っていくのは言葉や観念だと思います。あらゆる人たちの怒り、悲しみや原爆の残酷さが、原爆ドームに冠された小さな一言で、大きく誤魔化されていくように感じています。誰かに何かを広く訴えようとするとき、まず考えるのが皆に分かりやすく受け入れられやすいキャッチコピーかと思います。大切なことほどキャッチコピーが一人歩きしているように最近感じています。
子供達の中には、アメリカと戦争をした事実を知らない子供達が多いとか。そんなふうに、数十年前の戦争さえ忘れられ、まして原爆について背景を正しく知る子供達は減っているようです。原爆ドームを平和のシンボルとして、戦争を知るための間口を広くしようという意識が働いているのかもしれませんが、正しく伝わらない知識は危険性が高いと思います。

15jamさんの貴重なお話を書いてくださり、ありがとうございます。心の病気についても同じだと思いますが、当事者やその周囲が生きた声を伝えることが何より大切だと感じています。

広島と長崎に親戚がいらっしゃる方から、初めてお話が聞けて有難いです。
広島と長崎を比較されたご意見、とても興味深く拝見しました。広島へも長崎へも行ったことがありますが、そういった視点で見られる年ではありませんでした。あらためて勉強してみようと15jamさんのコメントを拝見して考えました。きっかけを与えてくださって、ありがとうございます。

こういった記事に、率直にご意見頂けるのは、勉強させて頂けるので本当に有難いです。ガーッと書いてくださって、ありがとう(笑)

私も、ブログ拝見させていただいています。Gとの戦い、お疲れさまでした。この世界のG棲息絶対数を一匹でも減らそうと奮闘されるお姿に、胸打たれました。私も毎年姿は見ずとも巣ごと一網打尽のコ○バットを家中に置くことを忘れません。一匹でも減らさんがためです。
アラ熱は取れたとのことですが、くれぐれもお体お大事に。寒すぎるって、危険な感じがしますよ・・・。
これからも、どうぞよろしくお願いします。仲良くしてやってくださいませ。
15jamさんの、かかってこいコノヤローな人生、個人的に好感度150%です。
こちらこそ、応援してます!!
コメント、本当にありがとうございました。

2008/08/20 22:16 | 美鳥 [ 編集 ]


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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