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2008/07/29 (Tue) この世界を全部洗って 13th day

失語症以来、私は言葉というものを一切信用しなくなった。
そんな私がブログを書いている事は、矛盾している。
しかし、言葉というツールを使わなければ、この世で自分が何者であり何を考え何を感じているのかを誰かに伝えることは不可能だ。

私がブログを始めた当初、書こうと思っていたテーマは、病気に関してなど今書いていることとは全く別の、自身の宗教団体での体験だった。
書くことで、表に出ることのない内情を外側の誰かに訴えたかった。
同時に、私が経験した宗教と共に生き、その宗教から自身で脱却するまでの経緯を書くことで、人間が必ず持っている「信じたい欲求」または「信じるという気持ちの働き」の核心を暴くことが出来るのではないかと考えていた。
思えば、虐待経験と通じるものがあった。
「全てお前が悪い」と刷り込まれた家庭内での虐待という名の洗脳と同じく、私が共に生きてきた宗教は高い洗脳性を持っていた。
自身が愛情と思っていたものは虐待だと認める苦しさに似て、この宗教は私を苦しめはしても助けてくれはしないと認めることは、命がけの作業だった。
いまだ一つも記事をアップしないまま、カテゴリーだけ存在している宗教論は、去年書いて完成させたまま、ある理由から敢えて下書きフォルダーに置いてある。


どちらにせよ、このブログで、私が私自身についてありのままに書くことに変わりはなかった。
書くということが、何か次の行動へ繋がればと考えてきた。
ただキーボードに向かって、考えたり感じたりしたことを漠然と書き連ねているだけは、嫌だった。
当初から、それだけは明確だった。
思っているだけで行動しない、感じているだけで表現しない、誰かの顔色を窺って無難に生きていこうと苦心することに、もううんざりしていた。
行動したかった。


目指してきたものが、形になろうとしている。そのために関東に来て、今日で約2週間経つ。
思ってばかりで行動しない人間にはなりたくない、と心に決めているのに、実際に動き始めれば、思うこと、感じること、悩むこと、選択を迫られることばかりで、いちいち歩を止めねばならない。

よくも悪くも遊ぶことが大好きな私は、たまに目的を忘れて友達とはしゃいでエネルギーを空にしてしまい、遊んだ以外何もできなかったけど息抜きも必要だよね、などと言って自分を納得させた日も何日もある。
思い入れが強いから、マイナスの感情もプラスの感情も、平静な刺激も、度が過ぎるといずれにせよ体調を崩す私にとって、作業に向き合うのは勇気を要した。

更には、日が経つごとに疲労は確実に増してきて、今日になっては体の痛みと呼吸困難に加え、精神的にかなり不安定になってきた。解離性障害の私が、いよいよ自覚できる段階に来ている。
理由が分からず泣いたり、眠ってみたり、しかし起きて作業してみたり、そしてまた耐え切れずダウンしたり。
一番恐れていた症状が頭をもたげてきて、苛々する。
自分が誰だか分からない、という症状だ。

私<美鳥>という人格が、この意識から離れたがっている。
ここ数日こそ、私が存在し、私が行動する意味がある時間だというのに、逃げ出したくなっているのだろうか。意識が遠のくということと、逃げ出したいということは、同じことなのだろうか。
それとも、単なる疲労から来る離人なのだろうか。
自分が始めたことなのに、プレッシャーが予想外に重く、正直吐きそうだ。
誰かを巻き込み何かを始めることが楽だった例などない。
全て了解して考えつくして始めたことだから、迷いはないのに、意識が遠のく。
まずいことになったと、昨日から極力体を休めている。
そうしたら、夜中に突然、記憶から消去されていたはずの幼稚園時代の友達の顔とフルネームが全て蘇ってきて、けれど私自身の顔も何も思い出せなかった。
勝手に記憶のレコードを再生され始めると、その先はろくなことがないと、さすがに経験から学んでいる。どうにかしなきゃいけない。

明日、一番肝心なときに、この体がぶっ倒れるなんて馬鹿げた失態を犯すことだけは、一番避けなければならない。私1人なら、どうでもいい。道端で倒れて死んでたって構わない。そういえば、東京で私が死んだって先生には関係ないじゃないですか、と普通にカウンセラーに話した私がいた。
私一人のことならば、私はどうでもいいのだと思う。
群集の中にいても、私は結局ひとりで生きている哀れな人間なんじゃないかと時々考える。


この意識と体から、私が引き剥がされそうになるとき、それは少し死の恐怖に似ている。
突然襲ってきては、体と結ばれている私の意識の糸の全てを一瞬で引きちぎってしまう。
肉体は糸が切れた操り人形そっくりで、視界は暗転し、意識は混濁しては失い、ただ残るのは「1人で立たなければ」という思いだけで、それすら輪郭は曖昧になる。気力だけで輪郭を保つ。
こうして今の状態の私をありのまま綴ることが、最初から今日まで続けて来られた唯一のものだ。


東京での私の目的を話した時、友人N氏は、私に言った。
美鳥さんが途中で死んでしまったら、美鳥さんがやり残したことが残されて、まわりの人まで取り残されるじゃないか、それでいいのか、と。
途中で頓挫するなら、そんなものなくていい。
消えるわけにはいかない。


東京へ来て初めて、激しい雨が降っている。
隣の屋根を大粒の雨が叩いているのか、騒がしい。
ガラス窓越しに、稲妻の光が閃き、雷鳴が轟いてくる。
明日は、晴れるらしい。
今の私は、何がどうと説明はつかないけれど、雷雨が心地よいと思う。


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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