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2008/07/14 (Mon) なんて分かりにくい世界

午前中に、近くの公園まで来てくれた友達と、友達の子供とちょっと話す。子供は、相変わらず可愛い。でも、私たちが深刻に子供の父親のことを話すと、まだ3歳なのに「話したらあかん!あかん!」と母親の口を塞ぐ。大事な話してるからね、と言っても「あかん!」と言う。その一言には、多くのものが込められているのだと感じた。3歳だから自分の気持ちや主張をうまく表現する方法を知らないだけで、子供は既に肌身でどんな話か分かっている。
「好きだよー」と子供を抱きしめてやる友達を見て、胸が痛んだ。
友達の気持ちも、子供の気持ちも、どちらも分かる気がして、泣きそうになるのを堪えた。

この世界が、もっと分かりやすいならばいいのにと思った。
善と悪が分かりやすく、誰かにとって良いことが、誰にとっても良いことであるならいいのに。思いやりの形に、分かりやすい正解があればいいのに。


私と母の関係も、分かりにくい。
私の部屋を訪れて、母は驚いていた。彼女が知っている部屋と、まるで違って、整頓されて綺麗だと驚いていた。
私の本棚には、心理学関連の本も並んでいて、中に「毒になる親」も並んでいた。
母は、「<毒になる親>なんて本がある・・・」と呟いた。私は、「そうね」と言って、違う話に切り替えた。本棚には、私が持つ病気のひとつ「境界性人格障害のすべて」という本も並んでいたが、どちらも母が手に取ることはなかった。
話を切り替えれば、もうそれで済んでしまった。
私と母の間には、既に不文律が出来上がっている、私が作り上げようと目指してきた不文律だと感じた。母とは、家族とは、私の病気の話はしない。理解してもらおうとは、一切考えない。触れない。なかったことにする。それを両親が望んでいるから、命がけで抗っても彼らの現実逃避は変わらず、私の立場ばかりが悪くなっていったから、お互いのために一切触れない。深入りしない。
そんな関係になった。


それでいい。もう私は求めない。
相手が家族であろうとなかろうと、理解しよう、真に人生と向き合おうとしない人と交わす言葉を、私はもう持たない。全て使い果たし、死にそびれて今がある。これでいい。
ベストじゃないが、ベターだ。


一泊二日の旅は、普段、病的にワーカホリックで1日のうち一分も休むまいとする母にとって、良い息抜きになったみたいだった。実家にいると彼女は、くたくたでも何かやる。私の部屋では、勝手が分からないのもあり、場所が違うこともあって、「疲れたー」と素直に口にして寝転がったりしていた。
多分、人生の半分ぶりに訪れた美容院では、楽しんでいたみたいで、私の担当の店長とも楽しく話していた。私は、隣の席だったけれど半分の時間は熟睡していて、殆ど知らないが。
人生初めて、母の天然パーマの髪がストレートになり、最新の髪型になった。明らかに若返った。

引きこもりの弟について、相談された。私が答えられることは、いつも同じだ。
「少しは出かけてくれたらいいんだけど・・・あの子は、世の中の楽しいことを何も知らないから。どうにかして出かけてくれないかしら。いつも出かけなさいって言ってるんだけど」と母は言う。
私は、
「彼は、引きこもり以前に人間不信。人間だらけの外に出ても、怖くて汚くて自分に自信がなくて、誰からも馬鹿にされそうで、自分を守る術も知らなくて、楽しむ以前の問題を持ってる。誰か信頼できる人が、この世界中に一人でもいいからいれば、彼は自然と外に出る日がいつか来る」
と話したけれど、母が理解したのかしなかったのか、分からない。
理解は、行動になってはじめて理解と言えると思う。
母は、行動できない。


母を見送った昨日の夜から、私は、決定的に体調を崩した。
解離したらしい。殆ど記憶がない。

ある方に8枚もの写真を添付して、確か数十分かけて長文メールを書いていたのは、覚えている。
けれど、今朝見てみれば送信されていなければ、下書きにも保存されていなかった。最悪だ。

更には、朝食を食べようとレンジを開けてみれば、そこにはこんがり焼けたパンが入っていた。すっかり冷めていたから、夜の間に焼いたのだろう。私しかいないこの部屋で、こんがり焼けたパンの存在は無言の他者の存在をアピールしているようで、朝から脱力した。
躁状態のまま、この波に乗ったままで長期旅行に出たかった。躁状態でもなければ、自分にはこなせないと無意識に思っていたのだろう。先月からの私は、異常だったから。
なのに、今日、出発を直前に控えた今日というタイミングに根を上げた自分の体に失望した。


色々とやらなければならないことがあるのに、今日の私は一切動けなかった。何もできなかった。
昼ごろからは本格的に体調が悪化して、起き上がれなくなった。
吐き気と呼吸困難が何時間もおさまらず、無理やり眠ったら、数日後からの長い旅程への不安をそのまま写し取ったような夢を見た。夢分析を受けずとも、ド素人でも分かる。私は、今になって不安を抱えている。こんなとんでもなく無謀な旅を計画して、果たして私はどこまで走れるのだろうかという不安を。

目が覚めても不快感は止まらず、そこでようやく頓服を飲むことを思いついた。ゴールデンキウィを食べて、麦茶を飲んで、アイスクリームを食べた。そうしたら、ようやく頓服が効いてきて、何とか体を起こしていられるようになった。

横になっているときに、目が覚めている状態で、今日は何かに背中をどしんと叩かれた。かなりの重みを持ったものの感触がして、音もした。はっきりとした感触だったから、振り向いても何もないのを確認してから気味が悪くなった。
私の体調が回復するのを待っていてくれたブログ友達と、電話で話した。
お互いの不安を話して、お互いにアドバイスしあうことができた。
電話を切ったときには、とても安らかな気分になっていて、だから今これを書けている。
一人でいると笑うことは少ないけれど、心許せる友達と話すと自然に笑っている。
電話を切ってから、人の縁は不思議だという思いが、こみあげてきた。
こうしてブログを書いていなければ、決して出会わなかった友達S。
会うなり、ずっとずっと前からの友達のように何の違和感もなかった。

私はずっと一人で、一生孤独な宿命を持っていると、子供のときから大人になっても、家族と宗教団体の人たちから言われてきた。信じていた。
どんな病気でもいいけれど、孤独でいることだけには耐えられないと思った。死にたかった。

声をあげることが出来るようになるまで、私は誰を探すこともできなかった。
でも、私は一人ではない。
日本中を探せば、世界中を探せば、一人ではないかもしれない。
声をあげられない人に、私が声をかけることも出来るかもしれない。
もたれあうのではなく、支えあえる関係を目指すことは、ときに命がけかもしれないが、難しくても不可能じゃない。



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Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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