--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2008/06/19 (Thu) 他人格は赤の他人

時々、私は一体何と闘っているんだろうと、おかしくなる。

子供の頃、私は家族と兄弟と教師と友達と、学校といじめと闘っていた。
闘っていたという表現は、おかしいかもしれない。
自分のまわりに膜をはって、その中で何とか息をしていた。
泣かないでいるだけで精一杯だった。
孤独と折り合いをつけようという意志すら持てなかった。

高校の3年間だけ、私は孤独を味方にした。
女友達との関係には、いい加減反吐が出た。程ほどに付き合った。
トイレに一緒に行かないだとか、決まった人と弁当を食べないなど、私は浮いていた。
それでよかった。
おざなりに勉強して、そこそこの成績を維持しながら、よく悪友と授業中抜け出して遊びに行った。
たまに教師に食ってかかった。
よく分からない不気味な生徒だったと思う。

大学時代は、自分の”宿業”と闘うので必死だった。
3歳から入信していた信仰にどっぷりはまった。
「あなたには、人間らしさがない」と宗教団体の先輩に言われ、足を怪我して靭帯を切れば「信仰が足りてないからだ」と初対面の先輩に言われた。
私は、人間らしさを取り戻すべく必死で会う人会う人を救ってまわった。救おうと必死だった。人の前に明かりをかざせば自分の前も明るくなる、と教義にあったし、今思えば私自身が一番に救われたかったのに代替行為として、他人の人生ばかり面倒をみていた。

二十歳から、いよいよ私は壊れてしまった。
生きているのが不思議だった。
でもまだ私は”宿業”という目に見えない不気味な敵と闘うことばかり考えていた。勝てないのは自分が悪いのだと自分を責めた。幾ら足掻いても悪化していく全てに絶望し始めた。

卒業後、私は同居した友達と、実家の家族との闘いを始めた。
そこでもまだ私は宗教団体の教義を固く信じ、とにかく私が変わるしかないが変わりようがないという絶望に蝕まれていった。誰も助けてくれる者はなく、家族を筆頭に会う人は私に「もうどうしようもない。死ぬしかない」などと言った。実際、そんな人ばかりが私の周囲を埋め尽くしていて、私はそのみんなを尊重したくて否定できず誰の言うことも全て鵜呑みにした。必死だった。心無い言葉も、私へのアドバイスだと信じたくて縋り付いた。
この頃よく、宗教団体の仲間に裏切られた。嘘をつかれた。何度騙されたかしれない。
秋葉原の事件について、私はそのうち言及したいと思っている。
あの犯人と私は決定的に違う点がある。
けれど、あの犯行自体は過去私が、どうしても頭から離れなかった無差別殺人だ。
不可能と知った私は自分を殺すことにして、殺せないからその前にいたぶって弱らせることにした。
違法ドラッグに手を出す前に、ニコチン中毒になった。
文字通りのチェーンスモーカーで、1本燃え尽きれば5秒も我慢できなかった。
切腹の真似事と太腿を切る真似事がお得意だった。壁に一日中頭を打ち続けていたりもした。
貯金は底を尽き、借金が嵩み、破れた服を繕っては着続け、1日の食料は水とパンを割ったものだった。それでも手元に残しておいた金は、ドラッグを買うためだ。
その金を、私は結局全て残らず宗教団体に寄付した。助かりたかったのだろう。

その後も裏切られ続け、教義自体が私を追い詰め、信仰している両親が私を更に追い詰めた。
お前が今それほどに苦しんでいるのには、よほど前世で酷い行いをしたに違いないというのだ。3歳から、そんな哲学の中で生きてきた。マインドコントロールが解けていなかった私は、否定したくても否定できなかった。
今まで信じてきた信仰の教義、私と一体化している信仰との闘いが始まった。
脱却まで7年かかった。死ぬかと思った。その間も、常に数々の病気との闘い、自傷や希死念慮との闘いだった。
これもまた、闘いという言葉は、おこがましいかもしれない。
毎日息をしているだけで苦しくて苦しくて、死にたかった。
そのうち、生きているのも死んでいるのも、どうでもよくなった。
苦しみだけが延々続き、真っ白な孤独で私は枯れ果て、言葉を失い、発狂した獣になった。

突然であった男と、不倫関係が5年も続いた。もっとかもしれない。
男と二度目に会った日に、<あや>が生まれた。
全てが偶然なのか必然なのか分からない、神様がはかったようなタイミングでであった男だった。
不倫は、社会的にも、私が信仰してきた教義にも反し、通院していた宗教団体の幹部が院長を務める病院で院長から「あなたの来世はシダ植物」と言われた。「その男は、来世毒蜘蛛になる」とも言われた。数年後に再度確かめに行ったが、同じことを言われた。追い詰められた私は、自動的にリストカットを思いついた。

あやが語るのならば、全く違う話になるのかもしれない。
私は、その男を憎んだ。死ねばいいと思った。私の身体を殺そうとした。最後には、20も年上の男は結論を迫られ、布団を頭から被って、「えーんえーん」と泣き出した。更には、200万近くの金を積んで受け取れと迫った。唾棄すべき男だった。
その男から、私が幼児退行して分裂したと思われる<あや>が生まれたことを、私はどう捉えていいのか分からない。
言ってみれば、腹違いの他人、双子の顔をした他人だ。


裁判で闘うことになり、2年、被告相手に弁護士とやりあったが、闘うには被告はあまりにお粗末な社会常識しか持ち合わせておらず、それでも無為に続く裁判は、私の精神を病んだ。1日たりとも裁判を忘れたことはなかった。法律について学び、弁護士と話し合い、裁判制度について学んだ。書類を書いた。幾つも書いた。弁護士会から弁護料は前借した。仕事は出来なかった。
体調が最悪だったのもあるが、実家で祖母が末期がんと闘っていた。実家に戻り、在宅ホスピスの手伝いをした。その横で裁判書類を書いた。あらゆる決定に悩んだ。誰に相談しても、決めるのは自分ひとりだ。最後に責任を取るのも、当然私一人だ。
社会というものを意識した。法律に抜け穴があり、原告にとって理不尽な常識がやむなくまかり通る法曹界の矛盾も知った。
弁護士に「あなたのような裁判を起こす人は年間300人しかいない」と言われた。だからこそ、起こすことに意味がある、一人でも声をあげることが社会を変えていくことだと教わった。

裁判が終わった後、私は一人になった。
本当の意味での一人の人生が始まった。不倫相手とはとうに別れ、別の男と婚約し破棄した。自分が誰なのか分からない幼少期から続く「私」という輪郭は決定的に薄れ、自分が一体誰で何を考えていて何をしているのか、分からなくなった。
いくつかの病気を克服した代わりに、新たな病気が追加された。

全ては、私の心が生む病気だ。


今朝知った足の傷は思ったより浅くて、けれど刻々と痛みを増してきた。傷は全部で5箇所だった。歩けなくなった。
弟のMTはメールで一言「警察に通報したら?」と彼なりのユーモアで励ましてくれた。
日が変わる今まで眠り続けていた。なぜそんなに眠れるのか不思議だった。
ふと目が覚めたときに、ベッドに横になったまま、読みかけの本のページを繰った。最後まで読み終えた。

本を閉じて、感想を言葉にしようとしてみたけれど、言葉にならなかった。
脈絡もなく思い出したのは、あやのことだった。
あやは私の一部だと、医者もカウンセラーも言う。
しかし、もはや私はあやが何を考えているのか分からず、記憶と意識を奪われると考え、敵視している。他人が、私の中に居座るあやを、私の一部だと見做すのは分からないでもない。
体が繋がった双生児のように見えるから、同じ人間だと思うのだろう。
私にとっては赤の他人、彼女に何が起こったのか話で聞き及んでいる程度のことだ。

なのに私は、あやを憎んでいる。
たまに憎めなくなる日もあるが、往々にして憎み、遠ざけ、彼女がいる限り私も所詮”期間限定の人格”でしかないのだろうかと考える。
自殺願望のような能動的な死とは違い、消されるかもしれないという死の恐怖は、全く異質なのだと最近知った。徐々に私は、あやに領域を侵犯されていっている。口に出したくなかったが、先週のカウンセリングで私は絶望的な気分を味わった。
発作を起こしたとき、体の統制がきかなくなるとき、妙な眩暈や吐き気がするとき、ふとしたはずみ、あやがいる。彼女は何もしてこない。ただ、背後に立っている。気がつくと、私なのか、あやなのか分からなくなっていて、私が考えてもいないことを話す声や、場違いな行動をしている自分を後ろ側から見ていて、「乗っ取られた」と感じる。先週、カウンセリングルームの観葉植物の葉っぱの数を数えていたのは、私じゃない。

システマチックに物事をさばく<美鈴>という中年女性がいる。声を聞いたことも、姿を見たこともあるが、彼女が立っている背の高い葦が群生する草原すら、婚約破棄以来見ていない。

これらのことを、私はカウンセラーに話せずにいる。
馬鹿馬鹿しいからだ。自分自身で世迷言に思える。
なのに、足の傷だけは確実に痛む。体の芯から疲れ切っている。
生きているのが、嫌になっている。
自傷で足を切るのは、もう一人の私が「休みたい。一人の足で歩きたくない」と思っているからだと以前カウンセラーは言った。だとしたら、その「もう一人」とは誰なのか。
私の味方なのか、敵なのか。
何故このタイミングで、よりによって、死んだってやり遂げたいことがあるこのタイミングで、何故こんなに私を阻もうとするんだ。
私の一部であろうが、他人であることに変わりない。私には、どうしようもない。何も食べていないのに吐き気がする。言い訳にしたくない。体調不良は、いつものことだ。私の時間があるなら、寝てる場合じゃない。


私は、何と闘えばいいんだろう。




心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。  
  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

関連記事

解離性同一性障害 | comment(4) |


<<まだ生きてる | TOP | 人魚姫式自傷 2>>

comment











管理人のみ閲覧OK


管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2008/06/19 01:30 | [ 編集 ]


管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2008/06/19 21:58 | [ 編集 ]


>>鍵コメSさん 

Sさん おはよう。
元気かな。ブログ読んで心配してます。
メールありがとう。あっちで羽伸ばして来れたかな。お仕事で行ったのかな。
とにかくお疲れさま。
病気と闘いながら人生を生き抜こうとしている姿に、ここからエールを送ってるよ。頑張ろうね。

>でも、急がば回れだよ!

ありがとう。
言葉の一つ一つ、ゆっくり読んだよ。
お互い夢があるのに、ときには休み休みいかなくちゃいけないんだよね。
それが歯がゆく思って自分に腹が立ったりするけど、休むことも夢への一歩なのかな。

早く会いたいなぁ。
前に話せなかったことが、あるようでないようで、とにかく会いたいなぁと思う。
あと少し、来月の東京行きまで、ここで頑張る。
あなたも頑張ってね。
休むことも頑張りだもんね。
休んでても辛くて辛くて、息をしてるのも辛いのが病気だもんね。
頑張ろうね。
頑張るよ。
いつもいつも、ありがとう。

2008/06/25 09:30 | 美鳥 [ 編集 ]


>>鍵コメEさん 

Eさん こんばんは。
こちらは、すっかり梅雨です。知らない間に梅雨に入ってました。お元気ですか?

自分をいたわることを、どうやら怠りがちみたいです。頑張りどころだと思ってから今日まで、かなり突っ走ってきたのかもしれません。
この1週間は、出来るだけ自分が望むことだけしてきました。
今日は昼寝しよう!と決めて、たっぷり4時間も寝てしまった・・・。おやつの時間に眠って、起きたら晩御飯の時間だったよ(笑)
先へ先へ、先のことばかり考えています。
あなたが言ってくださった「自分を褒めること」その時間を少し忘れていました。言ってくださって、ありがとう。

人との出会いを私は失ってきました。最初から得てもなかった。なぜなんだろう、私が悪いんだろうか、色んなことを考えてきたけれど、悩みながら生きてきて今、Eさんをはじめ、本当に心温かい嘘偽りない方と出会うことができています。
人生捨てたものじゃないな、と思います。

ゆっくりEさんにメールを書きたいのだけど。あれやこれやと、もどかしい日々です。元気かな。寄生獣は読んだかな(笑)

コメント、いつもありがとうございます。

2008/06/27 20:00 | 美鳥 [ 編集 ]


| TOP |

プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

月別アーカイブ

QRコード

QR

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

メールフォーム 

お気軽にメールください。返信までお時間頂く場合があります。

名前:
メール:
件名:
本文:


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。