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2008/06/16 (Mon) 鍵を持ってる

解離性障害の私の心は、いつも気分を裏切るのだが、いつでも体調だけは裏切らない。

ネットに繋がった途端、発作を起こした。友達と楽しく話していたのに、どんどん気分が悪くなって我慢できなくなった。幾つかの変化と前進を自分にもたらしたのに、自分の行為自体が受け入れられなくて吐いた。

一人になって、言葉を100行ほど書いている途中で倒れた。
息が出来ない。
手が震えて仕方ない。
涙が溢れて仕方ない。
さっきまで何にもなかったことなのに、今こんなにわけもなく不安だ。恐怖だ。何だろう。何が不安で何が恐怖なんだろう。分からない。自分がいつも分からない。

数日前に病院へ行って「入院したい。ヘルパーを雇いたい。一人で生活は無理」と話したばかりなのに、その前日には私は美術館へ出かけて、一人って何て楽なんだろうと思ったばかりだった。病院へ行った翌日には無気力になって殆ど何も感じなかった気がする。また曖昧だ。曖昧。

最近、服用する頓服の一日量が増えた。
今まで最小限の最小にとどめてきたから、多少は良い。ただ何となく危機感も感じる。このままどんどん増えていくのではないかという危機感。増やしてでも成し遂げたいと思っていることがあった場合、私は自分を止めないだろう、止めちゃいけないという緊迫感。

こういうときは、ある曲を延々かける。ずっと繰り返しかけ続ける。飽きないのは何故だろう。
少し速くなった鼓動にそっくりな拍数のドラムが、自分の心臓みたいで安心する。
泣いていいのだと分かる。
苦しいと言っていいのだと分かる。
言い聞かせないと私は忘れてしまう。
何が苦しくて何が痛くて何故呼吸でなくて、どうして指が震えるのか忘れてしまう。


ネットに繋がらない数日、ノートに書きつけたものは全て整理するための言葉だった。
私の感情は、そこにはなかった。
美術館に出かけた日に、いくつかの素晴らしい作品に心引きずり出された。生きている心を感じられた。美術館を出た後で撮った10枚程度の写真は、珍しく自分でも気に入った。
でも、また心はあっけなく削ぎ落とされて、足元かそこらにぱらぱらと散らばってしまった。

こうしてモニターとキーボードに向かい合わない限り、私は私自身と対峙できないのだと分かった。
私は、ここを訪れてくださる誰かを映し出す磨かれた鏡でいたいなといつも思う。
それ以前に、私がここに映りこんでいる。
私が右手を上げれば鏡の向こう側で私も右手を上げる。
触れれば私も触れてくる。
数ミリのガラスを隔てて、私が私に触れる。
この鏡を粉々に砕いて何もかもミックスしたいと暴力的な気分に襲われる。
でも、大事に触れなければならない。
私が傷を負えば、向こう側で私が血を流す。
そんな私を、私はもう見たくない。
私自身をまっすぐ見たい。
両目でまっすぐ、映りこむまま向こう側の瞳の奥の奥までのぞきこむ。
鏡を壊さなくても、見通すことはできる。



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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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