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2008/05/06 (Tue) 自殺直前日記 

※自殺についての記事です。自己責任で閲覧ください。


1992年 5月24日
24歳で自殺した漫画家 山田花子の手記 「自殺直前日記」
彼女が、椅子に乗って11階の高層ビルから投身自殺したのは、
統合失調症で入院していた病院から、退院した翌日だった。

自殺直前日記 完全版 (QJブックス)自殺直前日記 完全版 (QJブックス)
(1998/09)
山田 花子

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私は、偶然、一冊だけ、山田花子の作品を持っている。
「花咲ける孤独」というタイトルだ。

彼女の漫画は、彼女本人が手記に書いているが、
「ドキュメンタリー漫画」「レポート」「観察日記」「実況中継」だ。
彼女の身の上に実際起こったことを、物語にして、ただ描いてある。

私の漫画には「言いたい事」なんかない。
(ただ「こんな奴がいる。こんなことがあった」ってことだけ)。

商業路線とは全く無縁のところで、本当に自分に見えている、
感じている「本物の世界」を描きたい。

                 ? 山田花子「自殺直前日記」 ?



力強い黒々とした描線。
登場人物は、顔のどこかが歪んでいて、全員どこか醜い。
オドオドとしていつも虐められる主人公は、
何をやってもグズでノロマでブサイクだ。
大勢に囲まれて突きまわされる主人公は、
いつでもビクビクしているか、ヘラヘラしている。
時には、幼児向け漫画のような単純化された線で、
性器を醜くグロテスクに描き出す。
テーマもクソもないストーリー。
ただ、生まれついて強者たる要領の良いいじめっ子と、
生まれついてブスでノロマで白痴のいじめられっ子との、やりとりだけだ。
いじめられっ子の主人公は、あれやこれやと反論してみたり、
媚びてみたり、へつらってみたり、一生懸命努力したりするのだが、
全ては嘲笑と冷笑を誘うばかりで、生きているだけで、ただただ惨めなのだ。


山田花子が自殺する24歳まで、
約20冊のノートにびっしりと書きつづっていた日記を
遺族である彼女の父親が纏めた本、
それが、この「自殺直前日記」だ。


表紙に踊る幾つもの言葉は、実際に彼女が日記に綴ったものだ。

「夢を売る奴は みんな詐欺師」
「私の霊波が自分の霊並より弱いことを嗅付けて(付込める)寄ってくる」
「誰が何の為に私をこんなに苦しめるのか?」
「私は厄介者。」
「最底辺に生きる私には望める幸福なんかない」
「私は運が悪い。」
「男の顔が化物にしか見えない」
「宝物はゴミ、王子様はコジキ、友達はバケモノ。」
「「あれっ!」何で、私は今こんな所にいるんだろう。」
「私は出発点で負わされた「定」に従って、何時、どんな場でも
失敗して周りにバカにされる運命になっている。」
「人間のままで幸せになりたい。」
「豚小屋発 犬小屋行の理論」
「この世は「自殺は罪悪」という「常識」を作っている。」
「苦しいよォ、助けて(ムダ)」
「絶望するなら死んじまえ。人生なんかどうせくだらない。」



どれも、数年前まで私が実際心の中にしまいこんでいた思い、
実際、同じ言葉を口にしたこと、何度あったかしれない。
最初の1ページ目から最後のページまで、
「自殺直前日記」は、私自身が書いたもののような気すらした。
あまりに私そのものだからか、フラッシュバックすら起こらなかった。
今日死のう、明日死のうと思っていた山田花子の心の叫び、
それは、そっくりそのまま数年前の私の心の声だった。


本書には纏めると、以下のような心情が綴られている。

ただひたすら、世の中は嘘っぱちで弱肉強食で、
自分は落ちこぼれで前世のカルマを背負って延々生の苦しみが続くが、
自殺したらカルマがまた深くなるから自殺もできず、
せめて処世術を学ぼうと必死になるが、なればなるほど周囲から嘲笑され、
たまにうまくいってもプライドが極度に高い自分が客観的に自身を嘲笑したりして、
とにかく雁字搦めのループ、ループ、ループ、苦しみのループなのだった。

うまく生きてる奴は皆嘘っぱちで汚くて、でも自分はもっともみっともなくて、
男は皆、女を道具としか思ってないくせに口先だけ上手い
決して心許してはならない生物。
だけど一人でいると寂しくて、人の中に入るといたたまれなくて苦しくて、
ああ、死にたいと思うけれど、死ねないから仕方なく生きていく。
とにかく業が怖い。カルマが怖い。
あらゆる人の中に、自分のカルマが宿って自分をいじめにかかって、
どこまで逃げてもカルマが追いかけてきて、
発狂するか自殺するか耐えるか、どれかしかないループ、ループ、ループ。


常に、自分の感情に客観性を求める。
徹底的に、自身を俯瞰し、高く高く冷徹な感情のない神の視座から
自身を眺め、嘲笑し、罰を下し、強者か弱者か厳然に裁こうとする。
彼女は、誤魔化しを許さない。

日記に、独り言を書きとめるが、すぐ直後に自身で反駁する。

私って不幸!(甘い、ワガママ、屈折)。
幸福なんてどこにあるの(空しい)。
身近な楽しみさがしてごらん(クサイ、自己陶酔)。
生きていれば幸せになれるかもしれない(甘い!)。



彼女の父親が、あとがきで書いている。

山田花子は自分を苦しめるいじめっ子を軽蔑していた。
しかし、彼らを軽蔑することで、実際には、
彼らにどーしてもかなわない自分自身のふがいなさを
ごまかしている事に気づいて一層惨めになり苦悶した。
山田花子はまた、いじめっ子同様、自分自身の内面にも、
冷酷さ、残酷さ、差別意識等がある事に気付いて苦しんでいた。
山田花子が「自分自身の内面にある冷酷さ、残酷さ、差別意識」と言う場合、
それは第三者からみれば、
ほんのちょっとしたエゴ、保身、意地悪程度のものであった。
しかし、繊細でナイーブな山田花子にとっては、
それが耐え難い苦痛になり、激しい内面の葛藤の源になった。



必死で自分を位置づけを理解しようと、ノートにひたすら、
弱肉強食図を書き、自分を位置づけ、こだわり、願望を持てば失望し、
結局自分も自分を嘲笑してしまう、地獄のループ。
冷酷な神の視座からの、終わりなき自分裁き。



こういった自分裁き、自分の感情への反論は、私の場合、
所属していた宗教団体の教義が後押しした。
「因果応報」「自業自得」は、当然の教義で、
現世での苦しみが深ければ深いほど「過去世からの業が深い」とされ、
対人恐怖症を相談に行った先々で、
「あなたは、一生孤独だという業を背負っている」
と幹部、信者仲間から言われ、死ぬしかないという決意への後押しになった。
孤独であることも、あなたのせいだ、目に見えぬ業のせいだと言われれば、
知らない誰かとすれ違っただけでパニックを起こし、
号泣と震えと絶叫が止まらなかった私には、死刑宣告に等しかった。
「あなたが出会う嫌な人達は、あなたの業を映しているだけ」と言われた。
「あなたが変われば、全ては変わる」とアドバイス紛いに言われたが、
私は、無力な自分ひとりでは、変わることは出来なかった。
あてもなかった。
つまり、
「私が変われなければ、全ては死ぬまで変わらない」のだ。
そして、変われるくらいなら私は苦しんでなどいなかっただろう。
生きていくことは、根性論で語れるほど、甘くはないのだ。
いつまで経っても私は、無力でブスでゴミでバカでクズだった。
私が、私から逃げられるわけもなく、私は死ぬしかなくなった。

ループに浸かりきった私は、世界が恐ろしかった。
魑魅魍魎の人間達、しかし表面は綺麗で明るい人間達を
憎んで憎んで、心の底から憎んだ。
「死ね」が私の口癖だった。
世界中に向けて罵り、それ以上に私自身を罵った。
明るくも綺麗でもない私という透明な存在。
それどころか、
人から嘲笑される私、からかわれ馬鹿にされ、セクハラを受け、
罵られても、無言で耐えるか、へらへらと笑うか、媚びるかしかない私。
魑魅魍魎よりも無力で生きる価値のない私。
死にたいのではなく、死んだほうがましだった。
このままじゃ来年あたり私は死ぬだろうと予感していた自分の勘も、
あながち大袈裟ではなかったと、山田花子の手記を読んで実感した。


思考のループに追い込まれ続ける悪循環は、
人間を、じりじりと確実に死へ導いていく。

どこかで「いい人」を脱して、自分は傲慢なる罪人なのだと開き直って、
自然憎しみの湧く相手には怒りを表明し、笑われても胸を張る愚かさが、
自我確立には、やむをえない必需品だ。
山田花子は、ついに、そこには至らなかった。

統合失調症発症前に手を打つことができれば、
単なる対人恐怖症で済んだのかもしれない。
山田花子の手記からは、成育歴に問題を負っていたことをうかがわせる。
生育歴、家庭環境と対人技術の関連性についての研究が進んでいれば、
周囲からの理解を得られたかもしれない。
統合失調症という言葉はまだなく、「分裂病」と呼ばれていた時代の話。
今、山田花子が生きていれば、自殺せずには済んだかもしれない。
しかしやはり、死しか選ばなかったかもしれない。


希死念慮に雁字搦めになっていた私のパラレルワールドが、
この一冊、一行、一行に重なって見えた。

山田花子の言葉の向こう側に、私自身が見えた。
懐かしかった。




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2008/05/06 23:26 | [ 編集 ]


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2008/05/07 01:43 | [ 編集 ]


山田花子さんの 

容赦なく自分を傷つけていく様子、抜粋を読むだけで痛々しく、苦しみを感じます。
そのエネルギーを違う方向に使えていたなら…と願わずにはいられません。
一部の思考は自分の思っていた事と重なりましたが、そう思っていたのはちょうど暴力を受け続けていた頃とその後の数年だけでした。

痛々しい…

2008/05/07 10:12 | 依里 [ 編集 ]


こんにちは 

こういう本があることを知らなかった。
美鳥ちゃんの記事を読みながら、
重なる想いが自分にもあることに気づいた。
どうして山田花子さんは、自死を選んだのか
美鳥ちゃんの文章を読みながら、
親友と重ねてしまった。
この本を読んでみようと思う。
教えてくれて、ありがとう^^

2008/05/07 14:04 | あおぞら [ 編集 ]


白か黒か… 

生か死か…
善か悪か…
煎じ詰めて
究極の「有」か「無」か
そんな難解なものを
小さな頭で
定義付けようとしたところで
結果はたかが知れてるよね
(苦笑)
解らないことは
解らないんだし
「解らない」ということが
解るだけだし
そんなこと考えたり
言ったりしてるから
子どもでも当たり前に
できることが
出来ないんだよね…

グチャグチャと
ああでもなぃ~
こぅでもない~
などとコネくりマワして
考えてるうちに
みんな…
前へ前へと進んでる
(苦笑)

人生はいつか終わるんだか
グルグルとループで
考えてるほうが
「得なのか損なのか」だよ
いちいち定義付けてたら
呼吸することも
歩くことも出来ないと思うょ

最後に『懐かしい』と
言った美鳥ちゃんいて…
良かったよ!


人間だれしも心の中に
悪魔も飼ってりゃ
天使も居るよ
解らないことを
解ろうとする
"傲慢さ"
優しさの食い違いを
正当化しつづけ押し付ける
その"傲慢さ"

うまく言えないけど…
美鳥ちゃんの中の
白か黒かを「グレー」に
悪魔と天使を「仲良し」に
生か死かを「適当」に
自我と他我を「いい加減」に
そして
地獄のループという
"タガ"を外す作業を
敢えてやることが
一番大事なことだと思うよ
(キツい言い方でごめん)


おわり

2008/05/07 17:40 | マミー [ 編集 ]


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2008/05/07 20:06 | [ 編集 ]


>>鍵コメaさんへ 

コメント、ありがとう。

私の祖母が統合失調症だったけれど、確かに怖い病気です。いとは言われているものの、諸説あって完全には分かっていません。私自身、幻聴や幻覚があるときは、遺伝しているのでは、いつか発症するのでは、と恐れている病気でもあります。
統合失調症については、私もさほど詳しくないけれど、対人恐怖は理解できるから、山田花子の本を、そんな視点から読みました。弱者に対して社会は冷たいし、社会に大概は救いなし、そんなことを感じました。

心配かけて、ごめんね。大丈夫。
懐かしいと思えることも、フラッシュバックが起きなかったことも、思えば全て通り過ぎて、遠くの出来事になったからなんだなぁ、と思ったよ。
私も、あなたに会いたいです。人に会いたいと思うことなんて、私には一生ないだろうと思っていたけれど、今はあなたをはじめ、何人もの人と、会いたいと思います。
今は、大丈夫。最近、自分の心は雑草みたいだとつくづく思うくらい、心臓に毛生えてきたから、大丈夫だよ(笑)

おごりなんて何も何ひとつ。
理解も共感も、気持ち一つのことだと思います。
私も、今毎日挑戦中のあなたの苦労が、想像できる部分と、できない部分が必ずあると思うし、あなたがブログに書く気力もないような出来事だってあるかもしれない、届かないかもしれないけれど、理解したい、共感したい、と思っています。
機会があれば、いつか会いたいね。会おうね。
それまで、それぞれの場所で、一生懸命頑張ろう、と、更新されないあなたのブログの空白の時間に、ふと思います。きっと、忙しくしているんだろうと思うから。
コメント、いつもありがとう。

2008/05/07 22:02 | 美鳥 [ 編集 ]


>>鍵初コメkさんへ 

kさん はじめまして。
コメント頂いて、感激しています。
長い間、読んでくださって、ありがとうございます。読み続けて下さっている方の顔が、普段私からは見えません。あなたのような方からコメント頂くと、ブログを書いていて良かったと胸が熱くなります。また、大きな励みになります。ご丁寧なコメント下さって、ありがとうございました。
何度も何度も、読ませて頂きました。

私の手元にある「自殺直前日記」は、実はあなたが一度読まれたことがあるという96年度版、初版のものです。画像がなかったので、「完全版」を載せましたが、私が読んだものと同じではないかと思います。表紙が白ければ、初版の方ですよ。私が「自殺直前日記」を読んだのは、これで4,5回目になります。

「美鳥さんのような方がこの本を読まれれば」という部分に、面映い思いがしました。私はkさんのことを知りませんが、ブログを読み続けて下さるkさんは、私の何がしかの人柄、過去をご存知なのだとあらためて感じ、不思議な思いがしました。有難いことだと思いました。
ご納得頂けたということは、私はあなたが読み始めてくださった頃から、変わらずありのままの私を書けているということなのだろうと思いました。貴重な言葉です。

あなたのご感想を読んでいて、私と重なる部分がありました。統合失調症になるのではないかという不安です。私は、祖母が統合失調症でしたし、ご存知のように、頭がおかしいといわれて育ってきましたから、一番恐れている病気でもありました。10代の頃からご自身の心のありよう、感覚を普通ではないかもしれないと感じてらっしゃったこと、苦しいことだったのではないかと思いました。私は、いつか訪れるかもしれない分裂病発症が頭から離れず、皆の中にいても、内心の後ろめたさや疎外感が拭いきれませんでした。

あなたが書いてくださったご感想、どれも私には興味深かったのですが、特に、
>この本の言葉は表層的で、その薄さこそが統合失調症的で僕の心を苦しくさせたという感じが残っています。
という部分に、共感しました。
「表層的で薄い」と、確かに私も思います。
一冊の本ではありますが、一言で言えば「俯瞰を更に俯瞰する神的視座」をひたすらなぞるばかりで、当人山田花子の苦悩や絶望は深まっていくのに、この冷徹な視座だけは一貫して本書を支配し続けています。このような点に、統合失調症的な薄い表層という印象を私は受けました。
kさんが全く違う感覚をお持ちでしたら、是非お聞きしてみたいと思いました。


写真のイメージが好きと仰ってくださって、ありがとうございます。私のカメラの機種までご存知なあたりが、私はまた感激しました。読んでくださって、本当にありがとうございます。
写真は、ご存知のように今年に入って、何度も投げ出しております(笑)カメラという機械が苦手なのだと思います。けれど、私は絵が好きだけれど絵が描けないから、せめて写真を撮りたい。その思いは捨てきれないようで、最近再びD100を手にとっています。はっきり申し上げて、全く自信がないカメラを手に取るのは苦痛だったのですが、kさんに褒めて頂いて、俄然努力する気が湧いてきました。本当です。私は、おだてられるとどこまでも木を上るサルでして、更に精進しようと心が浮き立ちました。ありがとうございます。
とても感覚的にシャッターを切っているので、イメージが好きだと仰ってくださることが、とても嬉しいです。イメージを切り取ることが、精一杯だからです。

>イメージは言葉よりも自分に正直に表現されるという感覚を僕は持っています。

私も、そう思います。明らかにヘタクソな私の写真ですが、写真は私らしいといつも思います。シャッターを切る瞬間、その瞬間に私のこの生身がその場にあるわけですから、言葉よりも多くのイメージを含みやすい媒体だと、カメラについて感じます。

D100をお使いでしたか。仲間ですね!
私は、本を買い込みましたが、本も理解できずに、すっかり宝の持ち腐れと化しています。
kさんから頂いたコメントから、私、初めて自身のレンズを見てみました。今、さっき見ました(笑)
マクロレンズは、60ミリ、通常レンズが50ミリのようです。
kさんは、nikonがお好きなんでしょうか。他のカメラとの比較ができず、ろくに今のカメラを使いこなせてないくせに、他社のカメラなども気になっています。
私のマクロ好きまでご存知とは・・・嬉しい限りです。マクロは、私の目よりも被写体に寄ってくれて、私の裸眼では見出せない世界を見せてくれるから好きです。kさんもマクロ好き。分かります。マクロは、素敵ですね。

ブログに載せている画像は、主にコンパクトデジカメで撮ったものばかりです。一眼レフで撮ったものは、実は出し惜しみしてまして(笑)新しいカテゴリー「baby bitch I am-境界性人格障害-」で詩や散文を掲載していきますので、そのときにあわせてアップしていく予定です。「愛情・性・破壊欲求」をテーマとした写真を撮りだめているところです。そんな視点から、また今後とも見てくだされば幸いです。

こちらこそ、ありがとうございます、とkさんにお礼申し上げたいです。お顔が見えない方から、こうして何度私は励まし、支えて頂いてきたことか。
新しいカテゴリーに取り組む中で、今ひとつ方向性が定まらず、方向性以上に私の自信がいまひとつでした。あなたのコメントが、私の背中を押してくださいました。大袈裟に思われるかもしれませんが、ブログとリアルを隔てない私にとっては、心からの言葉は大きな励みです。頭を下げまして、ありがとうございますとお伝えしたいです。

また、何かお心に届く記事などございましたら、コメント頂ければ幸いです。
どれだけ赤裸々に書こうとも、時には醜いものを書こうとも、読み続けてくださる方の存在が大きな支えです。
ありがとうございます。
今後とも、何がしか読んでくださる方のお心に届く記事を書くことで、お応えしていきたいと、あらためて思いました。

季節の変わり目です。kさんも、どうぞ風邪など引かれませんよう、お体お大事に。
コメント、ありがとうございました。


2008/05/08 22:29 | 美鳥 [ 編集 ]


>>依里さんへ 

依里さん こんばんは。
私は、風邪でヘロヘロですが、依里さん、季節変わりの風邪流行からは、ご無事でしょうか。

>容赦なく自分を傷つけていく様子、抜粋を読むだけで痛々しく、苦しみを感じます。

まさに容赦ない自己懲罰だと思います。少しでもお伝えできて、良かったです。この本は、出版年が古いこともあって、容易に手に入れられないかもしれないと思い、出来るだけ本の内容が読んで下さる方に伝わればと思い、数箇所抜粋しました。

>そのエネルギーを違う方向に使えていたなら…と願わずにはいられません。

彼女の場合、漫画家としての作品に転化していたようです。そのように考えたいと思いますが、漫画家であっても、やはり出版社や編集などとの対人関係が絡み、商業ベースでの表現の難しさがあり、表現したいものと、要求されるもののギャップに苦しんでいたようです。
創作するにも、まず人間社会の中で生きていかねばなりません。苦しみそのままが吐露された「ドキュメンタリー漫画」を山田花子は4年間の漫画家生活の中で何冊もの作品にしています。ガロ系漫画で、一部では今だにコアなファンがいるようです。人によっては直視できぬ類の漫画なのですが、私はここまで人間を醜くありのままに描く人間もそうはいまい、と感心して読んだ覚えがあります。

>一部の思考は自分の思っていた事と重なりましたが、そう思っていたのはちょうど暴力を受け続けていた頃とその後の数年だけでした。

痛々しい…

山田花子の絶望の声は、私はそっくり自身と重なりますね。人に押しつぶされ心死にかけた人間の悲鳴とは、いつも同じなのかもしれません。
痛々しいと、私も思います。私の過去も痛々しいものだったと思いました。
依里さんの過去の気持ちがどこに重なったのか、私には分かりませんが、痛々しいと依里さんも呟かれたのが、印象的でした。

いつも読んでくださって、ありがとうございます。


2008/05/08 22:38 | 美鳥 [ 編集 ]


>>あおぞらさんへ 

あおちゃん こんばんは。

この本は、とても古くて、私が昔から持っていた本。出版が96年だから、もう10年も前の本なんだね。私が持ってるのは、完全版でなく、この前に出た初版の方です。

あおちゃんにとっては、酷な記事だったんじゃないかと心配になりました。
ここで書き逃したことを、一点だけ。
彼女の日記は、もちろん自殺前日で途切れているけれど、彼女が生前書いていた漫画の中で、主人公が投身自殺するシーンがあります。
いとも簡単にビルから身を投げるシーン。そのシーンに描かれている音は「ピョ~ン」。黒文字に白い小花を散らした文字で大きく描かれてあります。
私が、自殺は事故だと思うのは、こんなシーンを見るにつけです。
最後の一線を越えるのは、気まぐれでとても軽いもの。彼女の漫画の「ピョ~ン」は、とても印象的です。

心の状態によっては、ひたすら鬱々と人間を分析し俯瞰し続ける精神状態に引きずられるかもしれません。読むときは、ご注意を。
私は、ただ懐かしく読みました。
多分、この段階を私は越えて通り過ぎたところにいるからなんだと思う。

自殺という行為について、もっと掘り下げて書いてみたいと思ってます。コメント、ありがとう。



2008/05/08 22:45 | 美鳥 [ 編集 ]


… 

どんな亡くなり方をしても
その人が一生を懸命に生きたことには
変わりはないですよね…
人が実際に死を選び
自ら決断することは
世人には計り知ることはできません
生きているというだけで
亡くなった方を弱い者だとか
開き直れかった者だとか
位置付けるのは
やめて下さい…
それは『傲慢』という
二文字でしかありません


山田花子を讃美するなら
讃美するで構わない
彼女と美鳥ちゃんがよく似ていて
彼女の絞りだした一行一行が
美鳥ちゃんの代弁だと言うのなら
もう彼女のことを
ああだこうだと評論しないで下さい
お願いします

2008/05/10 08:03 | マミー [ 編集 ]


 

私は分析(自分なりに)しながら、読むことはできないだろうなと思います。入り込むとズルズルと引きずり込まれてしまうだろうと思うから。。。
ただ、実際のところ、直視できなくなって、読み続けられなくなるだろうと思います。

懐かしく思う、のはいいことって感じがします。。。それは人と同化しないということも意味している気がするのです。他の人と感情を共有する、または取り込んで生きることは場合によっては危険な感じがします。
心の琴線に触れた、くらいで済めばいいけど、そうでなくなったときは。。。
私は一歩引くようになって、感情のジェットコースターが止まりました。それ以来、一定の場所、そっから先には進まない。進入禁止マークが見えるんです。

って、とんちんかんな事言ってます。。。? (;^_^A

2008/05/10 12:48 | 依里 [ 編集 ]


>>マミーさんへ 

マミーさん こんにちは。
率直なコメント、ありがとうございます。

一点、とても気になるのですが、
私は、この記事で、普段目にすることのできないある一人の人間の内面を綴った本として、「自殺直前日記」を紹介しました。記事の殆ど、また書いてある内容は、山田花子自身が書いていることです。
「地獄のループ」に私も確かにはまりこんでいましたが、今の私はここから脱け出ています。かといって、抜けられなかった山田花子に対し、私より弱いとか、開き直れなかった敗北者などという思いは、一切ありません。それほどに無神経な人間ではありません。私は、彼女の地獄のループが少なくともこの本の内容全て理解できましたから、ただ私が偶然今生きているからといって、生と死だけで私と山田花子の価値を比べ、白黒つける意図は全くありません。

こういったループから逃れるべきだと分かっていても、逃れられないことがあります。タガを外すべきです。でも、自分ひとりでは外せないことが多いのだと思います。人間不信になり、人間から遠ざかると、自分自身の一人の殻の中で考え詰めるので、ループから逃れがたいことは、当然のことと思います。また、山田花子の場合、統合失調症という病と、自己表現したいという創作者の自尊心が、更にループへ追い立てていったようです。人生を損得などで考えることができれば、死へ追い詰められていくことも少なくなると思います。でも、損も得も考えられず、ただその日一日息をしているだけで精一杯で、その一日一日が更なるループを深め、歯止めがきかなくなる現実を、私は彼女の本で実感しました。

生が語られるべきですが、自殺者の生を語ること、引いてはこの本の存在そのものを、私は貴重だと思っています。彼女の父親がこの手記を纏めようと思った動機も、私はよく理解できます。
彼女の父親もまた、自殺した山田花子ではなく、自殺にいたるまでの彼女の生や哲学、芸術家としての自分への徹底した厳しさ、そんなものを伝えたかったのです。

「私は弱者だ」「死ぬしかない」と位置づけていたのは、山田花子自身です。この位置づけをする限りは、生きていることがただ苦しいです。そう思います。私は、そうでした。
だからといって、私が山田花子を位置づけているわけではないことを、どうかご理解ください。
本の紹介であって、紹介する限りは、出来るだけ本の主旨をありのままにお伝えしたいとの思いで書いています。
作品として本が出版されている限り、彼女の生き方は読むものに何がしかの感想を迫ります。出版される限りは、避けられない、むしろ出版した者にとってまず望むことだと思います。
何を指して私を「傲慢」と思われるのか、頂いた3つのコメントから推察して、私への嫌悪感というよりも、この本の存在そのもの、内容への嫌悪感を持たれたのではないかと思ったのですが、いかがでしょうか。

今の日本は、自殺者の自殺の瞬間ばかりをメディアが取り上げ、いつまでも自殺者の生は語られず、センセーショナルな死の場面だけが流れます。人が、自分の命を捨てようと思うとき、それまでの生と思考、感情こそが私は語られるべきだと思っています。
語られない限り、知られない限りは、「自殺者はただ人より弱いだけ」になってしまいます。
山田花子が強い弱いだと論じるつもりは、毛頭ありません。
思考のループに陥れば、死が必然的に待ち受けるようになる、その恐ろしさを、私はこの本から感じ取りました。今も、そのループにはまりこんでいる方がもしいらっしゃるのであれば、自身の生と感情を肯定し良い意味で開き直ることが必要だと思うと書きました。

私はあくまで、「自殺は事故」だと思っています。
「強い」者も「弱い」者も、事故にあうときはあうように、自殺とは決して他人事じゃない。
過去、「自殺は事故だ」という私の基本的スタンスを、記事にしたことがないのかもしれません。
私は、一貫しています。
死に方などは、大したことはない。
だから、カテゴリーも「Life for The End -自死と癌-」というひとくくりにしています。
ただ懸命に生きた人間を、私はどうこう論じて、良い生き方だ悪い生き方など、
そんな馬鹿げた考えをしたことなど、一度もありません。
よりよく生きることだけが大切なことであって、私が誰かを裁くことで、私の生き方に何のメリットがあるのか。優越感など持つ方もいるかもしれませんが、私がそんな思考回路ならば、ただ私自身を恥じ入るばかりです。
けれど、私は決して人の生き方を裁きません。
白黒つける気もありません。
今、生きて苦しんでいる方に、生について死について考える機会を一つでも提供できればと、ただそのことだけが胸にあるだけです。






2008/05/10 13:14 | 美鳥 [ 編集 ]


嫌悪感 

その三文字で片付けるなら
そうなのかもしれません…
嫌悪感と言うより
「違和感」といった方が
シックリくるかな
(笑)

前にも美鳥ちゃんに
言ったと思うけど
「バランス」が一番
大事なことなんだと思う
何事も「過ぎたるは及ばざるがごとし」
人間関係しかり
論ずることしかり
傾倒することしかり
総じ生きることしかり

美鳥ちゃんが
この本を通して
誰も知らないところで
個人で語る分には
自由であり
何も詮索しませんし
出来ません

でも人が見ている前提で
尚且つ発信しているのなら
もう少し
付かず離れずして
「バランス」をとって
見ることも大事だと思います
蓮根って知ってますよね
あれみたく
空気をためとく空間…
も必要ということです
矛盾を追求する時も
突き詰めて突き詰めてでは
疲れませんか…?
私は疲れます
(笑)
だから
『懐かしい』という
美鳥ちゃんがいるんなら
それを大前提に
一貫して書けばいいと思います
読み手も言い方は汚いですが
ある種の「眉唾もの」として
読みますから…
(笑)

う~ん
うまく言えないけど
この記事に関しては
私はわたしで
美鳥ちゃんの書いた文面の
考え方・語彙・nuanceに
違和感を感じたまでですし
何故かと聞かれれば
自分でもよくわかりません
(苦笑)

価値観の相違だの
生き方の相違だのと
言ってしまえば
それまでですが…
(苦笑)

2008/05/10 15:09 | マミー [ 編集 ]


>>依里さんへ 

依里さん こんばんは。
コメント、いつもありがとう。

>私は分析(自分なりに)しながら、読むことはできないだろうなと思います。入り込むとズルズルと引きずり込まれてしまうだろうと思うから。。。
ただ、実際のところ、直視できなくなって、読み続けられなくなるだろうと思います。

この本は、とても特殊です。誰の分析も必要としない位に、山田花子自身が自身を分析し尽くしていて、ただただ彼女の真実が横たわっているだけです。そんな意味で、とても貴重な著書なのだと思います。彼女の父親が書籍化したのも、彼女のこの日記と生前の漫画作品が同質、同位のものだったからだと思います。

>懐かしく思う、のはいいことって感じがします。。。それは人と同化しないということも意味している気がするのです。他の人と感情を共有する、または取り込んで生きることは場合によっては危険な感じがします。

そうですね。懐かしく思いました。私もこんなふうに考えていた、この世界に生きていた、という思いです。自殺がどうこうという作品ではなく、ただ自殺までに至った彼女の心情が綴られています。

>心の琴線に触れた、くらいで済めばいいけど、そうでなくなったときは。。。
私は一歩引くようになって、感情のジェットコースターが止まりました。それ以来、一定の場所、そっから先には進まない。進入禁止マークが見えるんです。
って、とんちんかんな事言ってます。。。? (;^_^A

いえいえ。ネットにしろ本にしろ漫画にしろ、表現されたものに対する自身の位置付けは、とても大切だと思います。知らないもの、分からないもの、または逆に近しくて自身と重なってしまいそうなもの、それぞれが教えてくれるものがあると思います。
「完全自殺マニュアル」なんて悪趣味な自殺手ほどき書のようなものが一時はやりましたが、方法など当の本人には多分どうでもよくて、心の苦しみこそもっと伝わればといつも思います。

コメント、ありがとう。
私もトンチンカンかも(笑)

2008/05/14 20:32 | 美鳥 [ 編集 ]


 

わたしは母親の虐待を受け、逃げるようにして家を出て、貧乏で苦労した経験があります。学校を出たら一斉に就職する日本ですが、アパートを借りるお金がなかったから、いったん住み込みで働いてからお金を貯めて本来の意味での就職をしたと言うと、日本人は皆びっくりした顔をします。

母親と10年近く音信不通にしていた間に、虐待のトラウマは解消しました。

ただ、物事がうまくいかなくなったら、”どうせ死ねばいい”と思ってしまう方でしたが、山田花子のように自殺したらもっと酷いカルマを背負わされると思って、踏みとどまっているだけでした。

ただ、最近ある人にエックハルト・トールの動画を紹介して貰い、曇っていた空が晴れたようにすっきりした気持ちになりました。

http://youtu.be/d0PVj5Ke3Ls

2011/10/20 19:09 | わたしと同じ気持ち [ 編集 ]


美鳥>わたしと同じ気持ちさんへ 

こんばんは。はじめてご訪問くださった方でしょうか。コメントありがとうございます。

> わたしは母親の虐待を受け、逃げるようにして家を出て、貧乏で苦労した経験があります。

親子間の虐待は、なかなか親のなすことを拒否できない場合が多いと思います。経済的な理由から逃れられない子供も多い中、家を出られた後のご苦労はいかほどだったかと想像しました。
お金がない苦労を私も一時期味わいましたが、経済的困窮は人間の自尊心や人間らしさを奪ってくるものとの戦いだったという印象です。物理的にも精神的にも追い詰められる状況ですね。

>学校を出たら一斉に就職する日本ですが、アパートを借りるお金がなかったから、いったん住み込みで働いてからお金を貯めて本来の意味での就職をしたと言うと、日本人は皆びっくりした顔をします。

住み込みが珍しくなっているのでしょうか。
こうしてブログを書いていることで様々な方の体験を聞かせていただく機会が増えました。人の数だけ生き方や歴史があるんだなと感じることが多いです。しかし順調で山も谷もない人生が一般的なのかもしれませんね。

> 母親と10年近く音信不通にしていた間に、虐待のトラウマは解消しました。

ご苦労されて生きていくうちに、傷ついたご自身の尊厳を自力で取り戻されたのでしょうか。しかし10年は、なんとも長い時間ですね。虐待のトラウマは、その場を逃れればすぐに解決するものではないんですよね。

> ただ、最近ある人にエックハルト・トールの動画を紹介して貰い、曇っていた空が晴れたようにすっきりした気持ちになりました。

遅ればせながら拝見しました。
スピリチュアルは苦手なのですが、「苦しみから学ぶ」ことや「飽き飽きするまで苦しんだといえるようになれば次の段階へすすむ」といったような点が面白かったです。
自身の苦しみにケリをつけるのは自分自身であると私も思います。

2011/11/09 03:25 | 美鳥 [ 編集 ]


救ってあげたいと思ってしまう 

管理人様と同じように、私も「昔の自分の日記を読んでいる」と錯覚してしまいました。

私の家は代々続く熱心な仏教徒の家なので
私も前世やカルマなど深く考え、そして自殺できずに苦しみました。
早く楽になりたいのに死後(カルマ)が怖くて自殺する勇気さえない自分・・・。
生きる勇気もないのに死ぬ勇気もない自分が大嫌いでした。精神不安定だったので、いつも苦しい胸の内をメモや日記に書いていました。

考えていたことが全部同じで花子さんに親しみが持てるのと同時に、私は今こうして回復しているので、助けてあげたかったなぁと思ってしまいます。

私が回復した大きな要因は母親の態度の変化だと思っています。仏教徒で潔癖症なゆえにヒステリックで精神不安定で感情のコントロールのできない母は、毎度手を挙げあんたなんか産んだ覚えはないとか口で言っても理解できないあんたは犬畜生と同じとかそんな暴言しょっちゅうでした。

花子さんのお母様もそうとう厳しかったらしいので、本当に自分のことのような気がしてなりません。そばにいたら力になりたいと思ってしまいます。
それまでの私の人生の最大の邪魔者であり敵であった母が変わるのには長い年月がかかりましたが、最後には「ごめんね」と言ってくれました。
助けを求めて真正面からぶつかり合った結果でした。

天敵といいながらも一番に母親に理解してほしかったはずです。
母に分かってもらうまでにすごい年月とエネルギーをつかったけれど、私が夢にまで見た、そして絶対に叶うことがないと思っていた「母に受け入れてもらうこと」ができたので
私はあの時死ななくてよかったと思っています。

「裏切りから人間不信、引きこもりになった私が経験しているのでこれは真実です。死なないでください。」と伝えたいです。

花子さんは生まれてくるのが早すぎたのかもしれません。

管理人様もどうかお元気で!少しでもご病気回復することを願います。
駄文長文本当にもうしわけありません。どうかお許しください。




まゆ

2012/09/20 02:05 | まゆ [ 編集 ]


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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