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2008/04/11 (Fri) 泥中万華鏡

歩いて数分で行ける川には、体調がいいとできるだけ行きたいと思う。
昨日、雨が降った大阪は、朝からは曇っていたけれど、
近所のカフェでランチを食べている間に、徐々に晴れ、
雲の合間から太陽が、数分おきに顔を出すようになった。
カフェは、お皿が凝っていて、メニューも一工夫も二工夫もされいて、
焼き物と、オリジナルな料理が大好きな私は、一度で気に入った。
スクランブルエッグトーストと、豆乳カモミールを頼んだ。
どちらも、最高に美味しかった。
食器にこだわっているのが分かったから、店主に聞いたら、
サラダの皿は、備前焼で、現地まで買い付けに行ったらしい。
次に店に行ったら、もっと詳しく聞きたい。
魯山人は、九谷焼から陶器に魅せられ、行き着いた先は備前焼だったとか。
そんな話を、連れとした。
ダライラマや、カースト制度の話なんかもした。
後は・・・・何か、とにかく色々話した。

殆ど灰色の空の下、淀川まで歩いた。
友達犬のところに寄ったら、
その犬の名前を、ちょうど居合わせた知らない子供から聞いて、
やっと知ることができた。
嬉しい。


淀川の傍に住んでいる私は、淀川には思い出が多い。
良い思いでも、思い出したくない思い出も。
でも、何か書いたり作ったりするときは、度々河川敷の草の上に座って
気儘に色んなことを書きとめたりできる、大事な場所。


同時に、「あや」と「あいするひと」二人の、大事な大事な思い出の品を
埋めた場所でもある。
愛鳥のインコを、泣きながら埋めた場所でもある。
他殺死体が流れ着いた場所でもあって、
ニュースを見たときには、私は、まるであの時、
言葉を失った時期、死に損なった死体が、
何年越しもして、流れ着いたような気がして、
見に行きたいような、決して近づいてはならない場所でもあった。
失語症だった時代に、何もできなくて、ただ毎日通って、
ただ毎日、ずっとずっと日が暮れて寒くなるまで座っていた場所もある。


私が、これまでで一番辛かった頃は、
もしかしたら、失語の時代だったのかもしれない。
今日、ふとそんなふうに思った。
私は、言葉を喋れず、殆ど聞けず、読めず、
音楽も聴けず、書くこともできなかった。

言葉どころか、感情も失い、呼吸する気力も失い、
自分であることを失い、全部手離して、空っぽだった。
いつ死んでもよかったし、死なないことも生きていることも、
いずれ死ぬことも、全部が全部、絶望だった。
こうしてブログを書けている私は、本当に本当に奇跡だ。
言葉を失った私は働けなくて、毎日、ふらふらと川に通った。


空っぽでも、死にたくても、生きたくても、とにかく空っぽでも、
川へは、自然と足が向いた。
私は、あの場所を愛していたのかもしれない。

言葉を失った私は、何が好きで、どこに行きたいのか、
何にも分からなかった。
自分の頭の中にこだましていた言葉も、とっくに全部失って、
何にも浮かばなかった。
言葉がないということは、考えられないということだと今になって実感する。


でも、川にはよく通ったなぁと、今日、思った。


今日、その当時、いつも座っていた場所に、うっかり近づいてしまった。
言葉を失っていた頃に、そこにいたという記憶しかない。
何年前かも覚えていない。
遠く、遠く、過ぎ去ったことに思えていた。

でも、近づいた瞬間、一気にわけのわからない真っ白なもので、
頭の中から、感情が全部消えた。
と思ったら、涙が、どっと溢れて、話すことも難しくなった。


連れに、ここは無理だ、と伝えて、その場所を離れた。
歩いているのか、何をしているのか、よく分からない感じに、ふわふわした。


言葉を失った頃のことを、私は、まだこのブログにうまく書けた試しがない。
言葉を失っていた頃の感覚を、言葉で書けないのだ。
何ともいえない。

死の恐怖とも違う。
何だろう・・・と考えて、「孤独の恐怖」なのだろうかと考えた。
真っ黒な闇のような孤独ではなく、真っ白な孤独だ。
強すぎる光に網膜を灼かれ、何もない、ただ強烈に真っ白なだけの世界。
でも、それだけではない気がする。
まだ自分でも、よく分からない。
過ぎ去ったと思っていたことが、私の中で生きていた。
フラッシュバックで頭が、真っ白になった。
その後から、頭痛がし始め、吐き気と呼吸困難が始まり、
歩くのも辛くなり、光がやたらと眩しくて眩しくて、気が遠のいた。


家まで、どうやって帰りつけたのか、
何か、ひたすらひたすら歩け、歩け、と自分自身に黙々と
号令をかけ続けていた気がする。


そんな日でも、収穫は、たくさんある。
ランチが美味しかったこと、楽しい店だったこと、
犬の名を初めて知ったこと、知らない人複数と話せたこと、
外に出られたこと、風を感じられたこと。
もっと、数え切れないほど、もっと、自覚してないだけで、
本当は、もっと収穫があった。


河川敷の芝生や道路の上で、
昨日できた水溜りは濁っていて、灰色だった。
雲間からのぞいた数分限りの太陽が、そこに映りこんでいた。
水中の不純物のせいで、太陽の光が乱雑に屈折し、
水面で七色に鈍く反射した。
美しくて、ただそれだけを、カメラにおさめた。
久しぶりに構えた、一眼レフだった。
今日、一番の収穫だったのかもしれない。
泥の中にも、虹が生まれることを生まれて初めて知った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コメント、いつもありがとうございます。
お返事が、大変遅れています。申し訳ありません。
明日以降、お返事を書かせて頂きます。
遠慮なくコメントくだされば、幸いです。
大きな大きな励みになっています。
読んでくださる方、コメントくださる方々へ、心から感謝を。


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素敵な題名 

すごい素敵な題名だね。
最後の泥の中にも虹が生まれるということという
その言葉、気づいたってことに感激したよ。
昔、辛い思いをした時に居た場所、歌とか
そういうの私もまだ克服できてないな。
この壁はかなり乗り越えづらい。
失語症というものを背負った時の美鳥ちゃんを
私なりに想像してみようと思った。
けど、計り知れないものがあって、想像もでき
ずに、かける言葉もみつからない。
こんなコメントでいいのかな・・と思いながら
書いてるんだ。でも、わからなくても、書きたい
から書いたんだ。これ、私の今日の収穫だな。

2008/04/11 23:27 | あおぞら [ 編集 ]


おはようございます 

美鳥さん、調子はどうですか?

淀川、名前しか知らないけれど、美鳥さんにとっては色々な面で思い入れのある場所なんですね。
私の家からも、歩いて20分ほどのところに河があります。けっこう大きくて、一級河川だそうですが、水が澄んでいるときは魚の姿が見えて、上流などで雨が降ったあとは濁っていて、様々なものがすごい勢いで流れていきます。

河、と聞いて、私は宇多田ヒカルの『Deep River』を思い出しました。
(あ、別に深い意味はないんですが…)

失語症のこと、“真っ白な孤独”という表現が心にひっかかりました。真っ白な孤独か…
最後の、

>泥の中にも、虹が生まれることを生まれて初めて知った。

という一文、とても気に入りました。
収穫があったこと、よかった。お互い、そういう日を積み重ねていければいいですね。

2008/04/12 08:56 | U [ 編集 ]


管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2008/04/12 09:42 | [ 編集 ]


>>あおぞらさんへ 

あおちゃん こんばんは。
題名気に入ってくれて、ありがとう!
タイトルを見てもらえるのは、すごく嬉しい!

>最後の泥の中にも虹が生まれるということというその言葉、気づいたってことに感激したよ。

そう!私も、びっくりしたよ。雨上がりの淀川の、泥のような水溜りに、太陽が反射してた。カメラ構えてる私を見て、連れが、何撮ってんの??と言ってて、多分、私の背丈だからちょうど斜めから見えたのかな。
嬉しい収穫だった。
本当に太陽が七色に光ってたよ。

>昔、辛い思いをした時に居た場所、歌とか
そういうの私もまだ克服できてないな。
この壁はかなり乗り越えづらい。

同じだー。
歌も、きつい。うっかり聴いてしまうと、フラッシュバックから、いまだに抜け出せない。
かなり乗り越えづらい、てあおちゃんの気持ち、すごくよく分かるよ。

>失語症というものを背負った時の美鳥ちゃんを
私なりに想像してみようと思った。
けど、計り知れないものがあって、想像もでき
ずに、かける言葉もみつからない。

私も、いまだにうまく説明できないでいる苦しさでした。言葉を話せるのは人間だけで、言葉があるから感情の整理ができたり、よりよく生きようと考えたりできるのだけど、言葉を失った私は、ただの獣だった、という表現しか、今できない。
本当に、吼えて唸って呻いてのたうって、獣そのものだった。
そこから、こうしてブログを書いて、言葉であおちゃんや、他の皆と言葉を交わせることが、本当に本当に奇跡で、ありがたい。
いつも、ありがとう、あおちゃん。

>こんなコメントでいいのかな・・と思いながら
書いてるんだ。でも、わからなくても、書きたい
から書いたんだ。これ、私の今日の収穫だな。

なんか嬉しい。すごく、嬉しい。
こんなコメントでいいのかな・・・とか、こんな記事でいいのかな・・・て私もしょっちゅう思う。それでも書いてくれるのが、何より嬉しい。
あおちゃんが得てくれるものがあって、嬉しい。
嬉しいです。

2008/04/15 22:50 | 美鳥 [ 編集 ]


>>Uちゃんへ 

Uちゃん こんばんは。
元気かなーと心配しつつ、やはり動けない私・・・。体力がほしい!

調子は、私はどうやら一日中ジェットコースターに乗ってる状態と同じようで、今は穏やかだけど、これは、ゆっくりゆっくり落下に向けて登ってるところじゃないのかしら?と、疑心暗鬼になりつつ、今だとばかりにお返事が書けています(笑)

>淀川、名前しか知らないけれど、美鳥さんにとっては色々な面で思い入れのある場所なんですね。

ありすぎるくらい、あるのかもしれないです。
川が、もともと好きなのね。水のそばが。
今でもよく、河川敷の原っぱに行って、写真を撮ったり絵を描いたり文章を書いたりします。
体調が良いときだけだけど。

>水が澄んでいるときは魚の姿が見えて、上流などで雨が降ったあとは濁っていて、様々なものがすごい勢いで流れていきます。

魚の姿が見えるの!?
すごいなぁ。いいな~!
淀川は、底が見えません。一切、見えません。
で、どっちが上流でどっちが下流か方向音痴の私には判別できず、波を見ても、どっちに流れてってるのか分からず、たまに亀が流されていく(泳いでいるのか?)けれど、やっぱりどっちが上流なのかわかんない(笑)

>失語症のこと、“真っ白な孤独”という表現が心にひっかかりました。真っ白な孤独か…

真っ白でした。言葉がなかった時代のことで、感情もまだよく把握できてません。何にもなくて、からっぽだったなぁ・・という記憶と、どうでもいい、という思いと、瞬間的に訪れる真っ赤な憎しみというか、抱えているには耐えがたい苦痛に発作的に襲われて、獣のように唸り吼えていた記憶があるだけです。

>最後の、

>泥の中にも、虹が生まれることを生まれて初めて知った。

という一文、とても気に入りました。

ありがとうございます。深々と。
何か心に一つでも残して頂けたら、幸甚です。

>収穫があったこと、よかった。お互い、そういう日を積み重ねていければいいですね。

そうだなぁ。一日ひとつでいいから、生きていて良かった、行動して良かった、と思えることを積み重ねて、未来が現在になっていたらいいな、と願います。
コメント、本当にありがとう。


2008/04/15 22:58 | 美鳥 [ 編集 ]


>>鍵コメSさんへ 

メールしろよって感じだけど、こちらに(笑)
スカイプに、手がまわらないというか、体力がねー!すいまっせん(笑)
次、お話できるときは何が何でもスカイプで!
楽しみにしてます。
つーか、スカイプID取ります。
気長に待ってくれると、嬉しいです。
そのうち月末来て、話さず仕舞いで会うような(笑)
頑張ろう!うん!

2008/04/15 23:00 | 美鳥 [ 編集 ]


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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