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2007/09/26 (Wed) 血に悪魔

カウンセリング 2007.9.26


カウンセリングで涙を流さず泣いた。
話した内容は、現実と夢の関係、私が最近読んだ心理学の本、
写真やブログを使った自己表現、
医者に勧められている精神障害者認定と生活保護などについて。
いつもの夢の記録に加えて、
今日は今抱えている不安を書き出したものと、
先生への気持ちを書いたものを渡した。


気持ちを文字に書き出してみたら?とは先生からの勧めだった。
自分の中の不安を文字にするまで、何日もかかった。
書きはじめてすぐに、体調が悪化した。
手が震えて仕方ないので、ペンは諦めてキーボードへ変えた。
吐き気がして、涙が自然と出て、そのうち嗚咽していた。
あまりにひどいので中断してベッドに横になり、
これは一体何がどうなってるんだ、と混乱した。

自分が誰なのか、自分が何を感じているのか分からない解離性障害。
病気の知識があっても、
この病気と20年以上付き合ってきたからといっても、
いまだに自分が何を感じているのか、分からない。
体調を崩した事ではじめて、自分の心を知る。
そうでなければ、不安なのか苦しいのか楽なのか、一切分からない。
不安を書き出したところで何か答えが出るのか、
答えが出たとしても、
その通りに遂行する力が自分にはないんじゃないか、
ただただ、無力感に襲われる病。


虐待という残酷な行為は、悪意をもって行われない。
愛情という仮面を被って子供を虐める。
受ける子供は虐められる以外の愛情を知らず育つので、
虐待だと気づき、自ら逃れることは難しい。

虐待を受ける子供だけが不幸なのではない。
親自身があらかじめ不幸なために、虐待は起こる。
自分の不幸に立ち向かえない親は、
生まれてきた子供を無意識にマインドコントロールする。
自分の孤独を埋め、夢を叶えてくれる人形へ作り変える。
子供とは母親自身の幸せのために奉仕すべきであり、
それ以外価値はない、世間を決して信じてはいけない、
恐ろしいところだから親の元にいなさい、
親の言う通りの人生を歩みなさい、と
毎日毎日生活のあらゆる場面で子供への刷り込みを繰り返す。
長い年月をかけ、子供の人としての尊厳を奪ってしまう。
心理学関係の本を読めば書いてある、そのセオリーは
活字で読めば大袈裟だと感じるけれど、
私自身がその見本のようなものなので、
自分が一番良く分かっている。
虐待そのものより、もっと恐ろしいのは、
親から施された洗脳が、
被虐待児の人格そのものに深く根をおろしてしまうことだ。


私の病気(各神経症・パニック障害・鬱)は、
数十年単位で受けた虐待による。
私が受けた、例えば両親たち3人からの毎晩の虐めや、
成績上位主義、父親からの性的被害は黙認されていたり、
傷ついて泣く私を必ず指を指して笑い、
お前は精神病院に入院するしかないと罵られ、
穀潰しと嘲笑われ、生きる資格を取り上げられ、
お前さえいなければ家庭は平和なのにと糾弾され、
子供として親へ責任を取れと迫られ、
数え切れないあれやこれが、今の私を作った。
いくら抗っても勝てなかった。
泣けば笑われ、怒れば呆れられ、泣き叫べば
「ほら 精神病が始まった。お前にはキチガイの血が流れてる」
と嘲笑され、放置された。
狂っていたのは彼らだったのに、
彼らに力でも立場でも精神でも、一度も勝てなかった子供の私は、
そのまま大人になり、持つ必要のない敗北感、無力感、人間不信、
自己不信を抱えることになった。
自分に向き合うカウンセリングを6年続けても、
まだ私はそこから脱出できずにいる。
30年近いマインドコントロールが、
ある一つの出会いや数年の治療で全て解けはしないだろうか、
そんな魔法を期待したことも何度もあった。
けれど、人の尊厳を取り返す事は、何て遠くて苦しい道なのか。
30年のマインドコントロールが、数年で解けるわけがない。
あまりにも長い暗闇での生活で、
私は醜悪で脆弱で唾棄すべき獣に変わった。
人ではない習性で生きている。
今は一歩ずつ、一歩ずつ、と自分に言い聞かせている。


両親は、治療に反対し続けている。妨害もする。
批判は、しょっちゅうだ。
けれど、何も知識を持たない。
娘が受けている治療やカウンセリングについて知ろうともしない。
ただ、批判する。
彼らはいつも「あんたはカウンセラーに洗脳されて悪化している」という。
その言葉が、最近になって、
治療に批判的な両親を完全には認め切れなかった私の頭を打ち砕いてくれた。
両親は、私にとって最早
ただ血が繋がっているだけの加害者でしかないのだということを、
私は認めなきゃいけない。
愛に溢れた家庭で育ちたかったという叶いもしない幻に、
いつまでもしがみついていてはいけない。


今も、実家にいると、私は狂いそうになる。
実家での私はとてもいい子で、自分のためには一切行動しない。
常に家族のために、一日何度も発作で倒れながらも家事をこなす。
家族全員の心のバランスを考えて行動する。
自分自身が何を感じてるかなんて、感じる暇は一切ない。
これまでそうするしか生きる権利を得られなかった。
だから私はとても良く躾られた犬のように、
細々と主人達の顔色をうかがって働くのだ。
機嫌を損ねると罵られ、あざ笑われ、
反論するとキチガイ扱いされる。
今月は殺されかけて、大雨の中庭に隠れて泣いた。
もうやめたい!
こんな事やめたい!
私だって私の人生を生きたい!
普通に笑ったり自分がしたい事を思いっきりやってみたい!
心の底では、そう感じている。
きっとそうなのだろうとしか、今の私には分からないけれど。


治療を始め、サポートしてくれるカウンセラーや医師に助けられ、
やっと私は、自分の足で立ち、自分のために生きようとし始めた。
そんな私を両親は「悪化している」「カウンセリングも病院もやめろ」と言う。
彼らからすれば、娘の自立は彼らへの謀反でしかない。
裏切り行為にしか見えないらしい。
自分達の娘がそんな悪い事をするなんて思いたくないから
「カウンセラーに洗脳されている」という理屈をひねりだしたようだ。
洗脳していたのは、あなた達だ。


これまで人生のほとんどをマインドコントロールの下で生きてきた。
それはすっかり私の習性になっている。
どこにいても、誰と会っても習性通りの行動をする。
その場で求められているキャラクターを演じる。
明るく屈託のない私、大人っぽく礼儀正しい私、少しバカっぽい私、
気が利く私、道化役の私、正義感を貫く私、
アングラな世界に浸る私、いろんな私がいて混乱する。
自分らしいと自分で思える行動はいまだに1割にも満たない。
第一、何が自分らしいのかも分からない。
行動を数日経って思い返し、そのときの気持ちを思い返し、
自分らしいかどうかではなく、快不快で区別することが精一杯だ。
苦しい。
一部の隙もなく、
私のまわりをみっしりと覆い尽くしている苦しみ、哀しみ、
そして怒りで窒息しそうだ。


度々起こるパニック障害やその予兆は、窒息にとても良く似ている。
まるで手足を縛られたまま
プールに投げ込まれたような窒息感と発狂寸前の死の恐怖。
両親がしたことを、私は散々カウンセリングでも繰り返し話したし、
自分がおかしいんじゃない、両親がおかしいんだ、と
自分の脳に刻んだはずなのに、
なぜかまた思考は自分を責める事に帰結する。
私は何か悪い事をしているんじゃないだろうか、
私は誰にも受け入れてもらえないんだ、
死ぬべきなんだ、
発狂してしまうんだ、と。
それは全て親から繰り返し子供の頃言われてきた言葉そのままだ。
狂っている、
生きる資格はない、
死にたいなら死ね、
お前さえいなければうちは平和なのに。

私が幾ら注意深く自分をコントロールしようとしていても、
過去両親から投げかけられ続けた言葉そのままを、
私の脳は正確に再現し、私に正確に実行させようとする。


マインドコントロールから逃れるのが、本当に大変なんです、
と先生に言った。
制限時間の少し前、ようやく自分の口から出た。
そうだ、私は大変なんだ、と今はじめて実感したかのような感覚。
けれど、カウンセリングで何度も何度も感じた感覚。
いつも転げ落ちてはまた立ち上がり、を繰り返す。
毎回毎回、初めてのような気がする。
コントロールが解けない。
自分を卑下し、自分を痛めつけることが長く私の存在意義だったから、
あなたはもう自由なのだと言われても、不安で不安で仕方ない。
「あなたが一番今頑張っているのは、そのことなのよ」
と先生は大きく頷いた。
私は自己評価が極端に低く、普段何をやり遂げても、
自分を一切評価できない。
自分を褒めることができない。
そのせいで今は、とても怠惰で悪い状態のように感じている。
でも、頑張っているらしい。
私は、ただ苦しんでいるだけじゃなくて、
今の私でも、頑張っているらしい。
そうか。そうだったのか。
私はおかしくないのか。
親が正しくて、苦しい私が狂っているわけじゃないのか。
既視感で頭の芯が鈍く痺れる。
6年のカウンセリングで何度も出くわしてきた、このシーン。
何度、繰り返しているんだ、このシーンを。


何と戦うべきなのかも分からず始まったカウンセリング療法だった。
七年目になって、ようやく私は戦う相手が何なのか分かり始めている。
六年の間にも、いろんなことがあった。
だから分かりにくかった。
タイミングというものも、あるのかもしれない。
私は戦かわなければ。
虐待の連鎖を断ち切らなければ。


虐待経験は、私の中で今も生きていて進行している。
決して過去の事ではない。
今、この瞬間も
私の血と一緒に体中を巡って私を殺そうとしている。
私の体を流れている血の中から、
今度こそ自分を見つけ、
自分らしく生きることしか、
勝つ方法はない。




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2008/01/03 00:44 | [ 編集 ]


>>鍵コメさん 

過去の記事にコメントくださって、ありがとうございます。
10月16日までの記事は、当初、全て非公開で書いていました。これも、その一つです。
私の痛みの内訳を説明する労を厭うまい、と書いていました。誰かに知って欲しいという思いから、逃げたくありませんでした。
私はただ「痛い」と言いたかったんです。「痛い」という私の言葉に、ただ、痛いんだね、と誰かに信じてほしかったんです。
経験は、違います。世界中、全ての人が、違います。痛みの種類も深さも、詳細は何もかも違います。
でも、私の痛みを、あなたは信じてくださいました。
ありがとうございます。
また何か感じていただけることがあれば、ぜひお話してください。お待ちしています。

2008/01/03 04:21 | 美鳥 [ 編集 ]


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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