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2008/03/27 (Thu) 壁の向こう

<カウンセリング 2008.3.18>


勇気を出して、行って良かった。
話した内容は、思いがけず、思いつく限り全部。
でも、やっぱり記憶が曖昧だ。
手帳を付けなくなってから、自分に起こった出来事が把握できない。
1ヶ月ちょっと、カウンセリングを休んでいた模様。
そして、その間、
K先生が心配して私のブログを読んでくださったことが分かった。
カウンセリングルームでの会話を重視したいから、
ブログは、読まないことが多いみたいなことを言っていたから、
てっきり読んでないのかと思っていた。

相変わらず、K先生に対して、ぼんやりしている私の心。
心配してくれるK先生に対し、私は、実にぼんやりしている。
理由は、K先生の性別。
女性だからだと思う。
最初から、K先生が女性であることが私にとっては、結構絶望的な事実だった。
カウンセリングでの治療過程で必ず通るという、
「転移」も「逆転移」も決して起こり得なさそうな雰囲気。
女性=母親像と重なるためか、最初の頃は本当に苦痛だった。
カウンセラーが男性ではないから、私の治療は進まないのでは?と思ったことが、
今まで何度もあった。
でも、男性だったら、とっくに続いていないだろう。
問題が複雑になりすぎて。
恋愛対象になるのは、まずいのだ。

そんなわけで、意外と色んなことが話せた。
先生がブログを読んでくれていたお陰で、
いつも肝心な事実を話し逃したりするけれど、
今日は、分かってもらえているのなら、と気持ちに重点を置いて話せた気がする。

記憶が曖昧だから、家を出る前、
ちらっと自分のブログを見たりしたけれど、
あまり思い出したくないことも多くて、
結局、「あや」のことだけ話せればいい、
対策を聞いてくるんだ、と目的を絞って出かけた。


「あや」の姿が見えたときのことを話し出すと、涙が止まらなくなった。
「大丈夫ですか?」と、わけもなく泣きながら何度も聞く私。
先生からの答えは「大丈夫」だった。
「人格がバラけそう」と「人格がバラけている」の違いなんかを
一生懸命、話してくれた。
私の創造力みたいな話をしていた。
小説を書いたり文章を書いたり、空想したりする力のことだ。
その能力と、私が思い出せない幼少期の記憶などと関係があるとか。


私が思う、「あやが出そうな状況」を話した。
あやが生まれたのは、Yという男性から。
母性を持つ男性だ。
彼と実際あったこともある先生は、なるほど、と。
でも、私は涙が止まらなくて、どういう意味なのか確認できなかった。
気持ち悪い、気味が悪い、
これ以上自分が分からなくなるかもしれない恐怖、
そんなもので頭の中がいっぱいで、涙が止まらなかった。

先生は、私が色々と新しい人間関係の中で
不安を感じているのではないか、と訊いてきた。
「私」でいてもいいのだろうかなど感じていないか、
相手によっては、自分のままでいるのが怖くはないか、と。


怖いかどうかは、分からない。
相変わらず、自分が不安を感じているかどうかも分からない。
苦痛が、分からない。

ただ、「私」でいてよいのだろうか、は頻繁に思う。
「私」より「あや」の方が、人から愛される気がして、
私は人から愛されるべき人間ではないと思っている。
そんな思いが、どんどん強くなる。
同時に、あやという存在への気味の悪さや憎しみ、嫌悪感が募る。
「私」を、渡すものかと思う。
本能的な危機感を持つ。


先生は、今までの対人関係が、築いては壊れる、築いては傷つけられる、
の連続だったから、築くことで恐怖が襲ってきているのでは、と言った。

分からない。
考えようとすると、頭の中のピントがぼやける。


私は、話の概要はつかめたものの、感覚としてよく分からなかった。
「大丈夫ですか?」と、とにかく何度も何度も確認した。
「大丈夫」と、先生が言うので、徐々に安心してきた。
とにかく、今の私が、取って変わられることに危機感を持っているから、
今の私で、十分に症状を食い止められていると言われた。
しかし、ならば私が見た彼女の姿、それから、あの感覚は、何なのだろう。


それは、また今度になった。
今回だけでも複雑過ぎて、よく分からなかった。



帰りの夜道を歩きながら、今日話したことを何気なく思い出していると、
出会うことは、別れることだと頭にインプットされている。
ずっと続く関係など、あるのだろうかと疑っている。
何か築かれる前に、別れてしまっても大丈夫な準備をしようとしている。

なるほど、築くことは恐ろしい、と感じた。
他人事のように、感じた。
いつも、いつも、そうだ。
辛いこと苦しいこと悲しいことは、他人事に感じる。

変化することも怖いでしょう、と先生が言っていた。
確かに、変化が怖い。
自分から人を求めていくけれど、距離が変わったり、
相手と出会うことで自分の心が変化したり、揺れ動いたりすることが怖い。
今、全然怖くないふりをしているのは、
本当は以前より、もっともっと怖がっているからからもしれないと思った。

いつ傷つけられても、平気なように。
いつ去られても、動揺しないように。
いつ別れが来ても、泣かないように。
そればかり考えて、不安も恐怖も、全部、壁の向こう側へ。

そうして、邪魔な小道具は、全部纏めて壁の向こうへ投げ捨てる。
べたべたに塗られたチープな背景板の向こう側に、乱雑に積み上げる。
そうして一見真新しくなった舞台で、新しい出会いに胸躍らせる。


滑稽だな、と思った。

今日も、「私」の時間が続く。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※以上は、先週のカウンセリングの記録です。
翌日病院へ行くと、カウンセラーとは違う診立てをされました。
後日、病院での記録もアップします。
両者の治療を同時に進めることが、今ベストだと感じています。
心は、誰にとっても難しく、また果てがない領域のようです。


心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
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2008/03/27 18:30 | [ 編集 ]


はじめまして 

一緒に、がんばろ

2008/03/27 20:12 | [ 編集 ]


>>鍵コメmさんへ 

全然、意味分からないどころか、私が感じていたそのものズバリを書いてもらえて、コメント拝見して、更に色々と感じました。

カウンセラーから見た私、医者から見た私。
自分自身で見る私。
誰か他人に鏡のように映して見えてくる私。
どれもが私です。
鏡に囲まれて、それぞれ違う像を結ぶとき、どれが本当の自分だと決めるのかは、自分自身。
もしくは、あの人から何割、あの人からは何割、と自然と配分を決めて自己像に修正を加えていくのも自分なんですよね。

悩んでいることほど、どれが自分の姿だろう、と迷います。医者やカウンセラーは、できるだけ真っ直ぐ私を映そうという基本精神、プロ意識が確かなので、そこがプロたる所以でしょうか。
それでも、やっぱり最後に決めるのは私自身。
治療が難しい面は、そこなのかもしれません。

とても興味深く、深いコメント頂きました。
ここに書ききれない思いが、今いっぱいです。
そうだなぁ・・・そうなんだよなぁ・・・と、さっきから言ってます。うまく書けなくて、私も鍵コメにしたい気分(笑)

ありがとうございました。

2008/03/28 14:16 | 美鳥 [ 編集 ]


>>凛さんへ 

凛さん はじめまして。
来てくださって、ありがとうございます。
治療、予想外に困難なことが色々あるけれど、
頑張りましょうね。
また、ぜひ遊びに来てください。
コメント、ありがとうございました。

2008/03/28 14:18 | 美鳥 [ 編集 ]


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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