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2008/03/04 (Tue) 強いってなんだよ?

今日、昼に書いた記事。
アップしようか迷った記事。
だって、しばらくもう来ないと思っていたから。
私は、大切な人の強さを侮っていた。
私は、何にも分かっちゃいない。
でも、ここから先は、逃げ場がない。
逃げ場がいつも必要か。
必要じゃない。
前に向かうためなら。
そこに大事にしたいものがあるなら。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ここ2,3日の自分の記事を読んで、「痛いな」と思った。
ありのままは、ときに最悪だ。

私は、全然まわりが見えなくなっていた。
同じ病気の友達に、必死で相談したりした。
でも、気がついてみれば、私の状態やここに書く言葉で、
知らない間に友達が落ちていた。

この「知らない間に」となったのは、私の責任だった。
私が、「知ろうとしなかった」のだ。
あなたの書く記事は、時々しんどく感じるよ、と言われた。
心配してくれた。
そうなんだろうか、そうなんだろうな、とぼんやり思った。
自分のことを考えていた。
しんどいのかな?と。
それから、心配してくれてありがとう、と心の中で思った。

でも、それは読んでくれる友達が「しんどい」と思っていたのだ。
私は、気づくことが出来なかった。
友達は、絶対にしんどいとは言わない。
私が相手だからかもしれない、とも思った。
私でなく、私よりも安心できる相手がいるから、
その人になら吐き出してくれるかもしれない、と期待した。
私は、友達でもあり、友達は、私でもある気がしていたから。

でも、私と友達が決定的に違うのは、「隠す」ことだと思った。
私は、ここでなんでもかんでも書く。
意識に上ったものは書くし、のぼらないものまで穿り返して書こうとする。
それは、常に誰かを傷つける。
それを知って書くことと、知った上で更に誰かを気遣おうとする優しさは、
深みも影も苦しみも雲泥の差になる。

吐き出せ、と怯える私に迫ってくれた友達は、私には吐き出さない。
吐き出そうとしない。
誰に対しても、そうかもしれない。
でも、たとえば1000人駄目でも、1001人目に出会った私が、
吐き出して欲しいと叫び、罵倒してでも何でも、
私を傷つけまいと固く閉ざしている口を無理やりでも開いて、
吐き出せ、と友達が私に言ったように、
友達に私が真っ向から向かっていってもいいじゃないか、とふと思った。
拒絶を恐れず、自分が傷つくことも恐れず、
「美鳥は戦闘要員だ」と自覚があるのならば、
戦闘要員の名に恥じないように。
自分をさらけ出す傲慢さと同等の傲慢さで。
たまには苦しんでいる友達から逃げずに、
私なんかより100倍優しい友達から逃げずに、
傲慢に思うままの優しさを振りかざしてみろ。


そんなことを考えようともせずに、自分が傷つきたくないために逃げ回り、
フラッシュバックだ、対人恐怖だと恐れて逃げ回り、
そうしている間に友達が落ちた。

落ちてることも知らず、私は遠くから記事タイトルだけ眺めては、
ああ元気そうだ、いや元気じゃないかもしれない、
なんて馬鹿げたことを繰り返していた。
最後にチャットで話したとき、本当に腹が立ったんだろうな、と思った。
そんな私の様子を話したら、怒っていた。
文字だけだけど、怒っていると私が気づくべきだった。


さらけ出さないで胸の奥に秘める人の強さには、適わない。
それが出来なくて私は、みっともなく「そんなこと狡いよ!」と叫ぶ。

傷は隠してたって、見えている。
だから「ずるい!」と私は叫びたくなる。
怒りたくなる。

でも、見ないふりをしていたのは私だ。
見えていても、声をかけないのは私。
かける言葉が見つけられないのは私。
吐き出してもいいんだという決定的な信頼を得ようとしないのは私。


強さってなんだ。
どこまでいったら私は、強くなれるんだろう。

胸の奥に秘めることは強さか。
優しさか。
見せないならいいのか。
見えていても、詳細を見せないならいいのか。

見せないんじゃなく、見せられないのだとしたら、
それはとてもとても苦しいことじゃないのか。
その苦しみを前にしたら、私の存在も誰の存在もどうでもよくなるくらい
苦しいんじゃないのか。
あっちから、こっちから自分を見つめて、
最終的には自分じゃなく誰かの心を優先して、
感情に走れば動けなくなることを知っているから、
事務的に感情を取り出して、私に言葉を届けてくれる。

でも、埋められることのなかったメールの空白の部分が、
やけに私の胸に迫る。
思わせぶりでも何でもないから、余計に私は見えてしまう。
見えている私に語ろうとしない友達。

一人で耐えてるの、分かってんだよ!
私に強い顔ばっかり見せるな!
空白に書いてみろよ!
泣き言書いてみろ!
今、そこで飲み込んだ一言、
今、ここで吐き出してみろ!
私にばっかり、吐き出させるな!
私ばっかり甘やかしてくれて、
私には甘えてくれないのか!

怒鳴りつけたいのに、
殴ってでも抱き締めたいのに、
怯えて逃げ回ってばかりの自分と重なって、
もう蹴りつけてやりたいくらい大切でもどかしいのに、
なのに、怒鳴ることすら怖い私。



それともさらけ出すことが強さか。
さらけ出すのならば、
相手がさらけ出したものも受け入れる覚悟をしなければ、
私ほど狡猾で最悪な傲慢者はいないのではないか。

受け入れる覚悟なしに、さらけ出すことは勇気か。
優しさか。

苦しいってなんだ。
心を盲目、聾唖にさせる苦しみとはなんだ。
どうやったら勝てる。
どうやったら私は自分を守りながら、同時に大切な人を守れるのか。


読めるようになったら、来てくれるんだろう。
声をかけてくれるんだろう。
でも、そのときは、散々一人で傷ついて苦しんで、泣いても泣けず、
散々自分を自分で宥める作業を終えてからだ。

違うよ。
その作業に付き合いたいんだよ、私は。
付き合ってもらってばかりで、付き合えない私が大嫌いなんだ。
だから怖いんだ。
ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。
また最近の口癖。
嫌いだ。
無力な自分。
自分のことだけで精一杯な自分。
ああ、でも消えてしまえと思ったら私が消えてしまう。

力不足な私。
どうすれば私は強くなれるのか。
戦う戦闘要員の美鳥は、人の心を和ませない。
柔らかくない。
柔らかいのは、あやだ。
私じゃない。
それでもいいのか。
美鳥にも、できるのか。


とにかく守る前に、私は「守りたい」と伝えなければならない。
誰かを守るためには、戦う私は向いていない。
でも、「守りたい」と伝えなければ。
そのことに気づいた。
呼吸が出来るようになったと同時に。






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2008/03/04 20:43 | [ 編集 ]


>>鍵コメさんへ 

ほんまに言葉通り愛想なくて腹立つわぁw
10回も読まないでいい。
私、一度しか読んでないから。
まあ、私のこと書いてるのかも分からないし、
自意識過剰なら過剰って、愛想なく言ってください。

2008/03/04 21:01 | 美鳥 [ 編集 ]


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2008/03/05 07:33 | [ 編集 ]


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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