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2008/02/21 (Thu) 原本アンドロイド 4 前編

◇原本アンドロイド ◇1 ◇2 ◇3 の続きです。
二十歳前後、人間不信が深まっていった過程の一部を回顧して書いています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

O先生という女性に会ったのは、弟MTの紹介を受けてだった。
MTが通っていた英語塾の先生だ。
私とは、当時Oさんが20ほど年上だったと思う。

会いたいと言ったのは、私からだった。
電話でMTからO先生の話を聞いた。
MTが言うには、私とO先生は似ているのだそうだ。

O先生は、英語が堪能で頭脳明晰、恋愛重視、若い心とパワーを持っていて、
とにかく何でも行動派なのだという。
当時の私は、異常な同居人と暮らしていて極度の対人恐怖で外にも出れず、
何も行動できず、自傷と自殺願望で明け暮れる毎日だった。
そんな私が、O先生と似ているとは理解できないと私は言ったが、
どこかとにかく似ているのだ、とMTは繰り返し言った。

当時、私は日本という国の体質、
日本人という礼儀正しくも他人行儀で冷たい人種がつくづく嫌になっていた。
社交辞令も信用できないし、含みを持たせる日本語が嫌いだった。
出来るならば、一日中何も喋りたくないと思っていた。
そんな私が強烈に憧れるのは、英語圏の国、特にニューヨークだった。
Yes Noがはっきりせず、前置きばかり長く真意の掴めない
日和見主義な日本の言葉よりも、
多少乱暴でも強引でも、主張する権利を重視された国へ逃げたかった。

精神的失語の始まりを迎えていた。

O先生は、生徒一人一人の力になろうとする人だという。
また、私が信仰している宗教の話も聞きたいと言っているらしい。
彼女は、キリスト教信者だった。
私は、とにかく自分のためになる人であれば、出会いたいと思った。
MTに、会えるように頼んだ。
約束の日は、すぐに来た。
MTと、実家近くの居酒屋で、三人で会った。
初めて見るO先生は、MTから聞いていたものの、驚く外見だった。
40を越しているようには見えないし、ピンクがかった紫色のストッキングを履き、
顔は童顔で、とにかくマシンガンのように喋るし、元気だ。
聞けば、個人で仕事をしていて、塾経営以外にも幾つか仕事しているという。
目が真っ赤に充血していた。
仕事で、2日寝ていないという。
私は驚いて、そんなお忙しいときなら言ってくだされば、と遠慮した。
しかし、彼女は、「いいのいいの、いつもこんなんだから。私元気だから」
と明るく笑い飛ばした。

居酒屋で、色々なことを話した。
まず最初に彼女が話し始めたのは、一種異様な話だった。
弟MTも、過去何度も聞かされた話らしく私も弟から聞いてはいた。
しかし、細かく聞けば聞くほど、驚いた。
彼女の話は、以下のようなものだった。

「私は、つい最近離婚した。
理由は、ダンナがアメリカで仕事をしていて、自分は日本でしたいことがあるから。
ずっと飛行機で行き来してたけど、なんか大変だし、
お互い仕事に集中したいから、結婚なんて書類上だけの話だから、
面倒だし離婚したの」

そこまでは、どこかで聞いたことのある話のような気もしていた。

「それでね、ダンナと離婚したときに私の親友の女性が、私に聞いたの。
ねえ、O?私、あなたのダンナのことが前から好きで、
彼と一緒に暮らしたいんだけど、アメリカに行って彼と暮らしてもいいかしら?」

私は、驚いた。
ええ!ひどい友達ですね、と思わず言った。
すると、彼女はグラスを片手に、おかしそうに私を見て笑った。

「別に私は彼と離婚するわけだから関係ないし。
うん、いいよ、て言ったよ。
だから、今はダンナは彼女と暮らしてる。
それに、私とダンナの間の娘が、彼女たちと暮らしたいって言うから、
今はニューヨークで、ダンナと私の親友と娘と三人で暮らしてるのよ」

私は、衝撃を受けた。
ええ? 本当にそれで納得してるんですか?
と、訊いた。
弟MTは、横で笑っていた。

「うん。だって、別にいいじゃない。
だって私、知ってるのよ。
私とダンナは、世界で一番の親友なの。
だから、私に何かあったときは、全部置いて絶対日本に駆けつけてくれる。
彼に何かあったときは、勿論私が駆けつける。
これを絶対に信じてるから、別に結婚とか離婚とか、どうでもいいの」

私は、今までに会ったことのない人種を前にして、言葉を失った。
同時に、感動した。
なぜなら、私自身が、「結婚」という形を一切信じていなかったからだ。
なるほど、私とOさんは確かに似ている。
心の繋がりがあれば、その繋がりに名前をつけようとしない、
ただ、信頼や互いの了解があれば生きていける理想的な生き方だと思った。


Oさんは、私に話を振った。
あなたは今何をしているのか、と。
私は、自身の病気のことと両親のこと、
そして続けるか否か迷っている信仰のことを話した。


Oさんは、ひとしきり聞いてから、言った。
「分かった。ニューヨークに行きたいなら、私が手を貸してあげる。
ダンナに言えば、向こうで住まいは手に入るし、
とにかく英語を身に着けないとね。
あ、そうだ。
MTの友達で、向こうに留学してる子がいて、今こっちに帰ってるのよ。
その子と話してみたらどう?
それから、今度アメリカの超エリート大学の子たちが
近所にホームステイに来るのよ。
その人たちと会えるように、セッティングしてあげる。
それから・・・・」

膨大な情報量と、行動力。
私は、圧倒された。
なるほど、こうして行動して生きていかねばならないのだ。
しかし、私は重度の対人恐怖で、すぐに誰や彼やと会える状態ではない。
伝えると、Oさんは
「私もね、色々苦労したよ。今も、寝る暇全くないし。
でもね、とにかく行動しなくちゃ。
行動せずに悩んでても、一歩も解決しないから」
と言った。
私は、誰と会うのも即答できず、
ニューヨークにはいつか行きたいと思っていますが、
考えてみます、と返事した。
すると、Oさんは、考えている時間はないよ、と言った。
詳細は忘れたが、彼女の元夫の状況だとか留学先の都合だとか、
確か私の航空チケットまで立て替えてくれるとまで言って、
できるだけ早く決めるように言われたのだった。


彼女と会った日は、とにかく圧倒されて、ぼーっとした。
普通ではないオーラを感じた。
そのOさんが私に何度も言った言葉、
「あなたは私と似てる。絶対負けちゃ駄目よ。応援するから」
が、耳について離れなかった。
私は、彼女と似ているのか?
あれほどの素晴らしい人と?


当時の私は、精神的にはボロボロだった。
自分の助けになりそうな人を探したかと思えば、
違法ドラッグを手に入れる、
もしくは栽培するためのノウハウを必死で探し続けていた。
ドラッグの効果を調べつくし、
買うならどれにしようかと毎日情報収集に忙しかった。
また、重度のニコチン中毒だった。
リストカットしてみたり、頭を打ち付けてみたり、車道に飛び出してみたり、
吹っ飛んだりケガしたりの毎日だった。

しかし、Oさんとの出会いは、私にとって奇跡のように思えた。
憧れのニューヨークへ行くことが出来れば、両親、祖母からも逃れ、
宗教からも逃れ、日本語からも逃げられる。
そして、新しい言葉を獲得して、
悪意も善意も分かりやすく表現してくれる人たちの街に住むのだ。

生きようか死のうかと迷っていた時期だっただけに、
私はこの話に、自分の人生を賭けようと思った。
Oさんは、キリスト教の朗読ボランティアもやっていて、
宗旨は違えど、私が信仰している宗教よりも遥かに行動的で素晴らしく思えた。
彼女は、信頼できる。
やっと、信頼できる人に出会った。
私は、目の前が開けていくのを感じた。
弟MTも、喜んだ。
会ってよかったね、とお互い話したのを覚えている。


思い切って、二度目に今度はOさんと私だけで会った。
ホテル内のステーキハウスに連れて行かれた。
払えません、と言うと、Oさんは、いいのいいの、私お金持ちだから、
と冗談めかして笑って、入った。
私は、ニューヨークへ行きたいことを話した。
ただし、対人恐怖がひどく、微熱が続いて体力もないし英語力も全くないから、
航空チケットは自分でお金を貯めて買うし、
ただOさんと知り合えたことで人生が変わるような刺激を受けたので、
それだけで感謝しています、と伝えた。
Oさんは、ちょっと待って、と言って、携帯電話を取りだした。
どこかへ電話を始めた。
「はい」と私に、受話器を渡した。
え?と戸惑うと、Oさんは
「前に話したMTの友達。今、繋がったから色々聞いてみたら?」
と言った。
私は、あまりの急な展開に面食らった。
恐る恐る話すと、受話器の向こうの少年も、同じように面食らっていた。
ほとんど、会話にならなかった。
また今度、と言って、電話を切った。
Oさんは、「そうそう!あなたの実家の隣ね、私の友達なのよ」
と言った。
「Sさんね、あそこにイェール大学の聖歌隊の子たちがホームステイするの。
イェール大学の聖歌隊って言ったら、名門中の名門、
おぼっちゃまばっかりよ。
まだ来るのは来月だけど、今からお隣に遊びに行こうか」
私は、またもや面食らった。

「いえ・・・突然なので心の準備もできてませんし、
英語が話せないので、こられても私はコミュニケーションが取れませんから、
いいです」
そう言ったが、Oさんは、もう携帯で電話をかけていた。
「今から行くって言っておいたから」
Oさんが悪戯っぽく笑うので、私は彼女に合わせて笑ってみせた。
でも、顔が引きつるのが分かった。
Oさんと食事をしているだけでも、ぼーっとして現実感がなかったが、
いよいよ手が震えてきて、全身の血が逆流するような、
次の瞬間には足先にザーッと落ちていくような、
不安とも恐怖ともつかないパニックが襲ってきた。

そのままOさんの車に乗って、Sさん宅まで行った。
何を話したのかは、ほとんど覚えていないが、
私の実家の隣なので、
子供の頃から両親と祖母に言われてきた言葉がよみがえった。

「近所でも、あんたがキチガイなのは有名だよ」

私は、Sさんが怖かった。
Sさんも女性だった。
Oさんと違う、さばけた雰囲気と
どこか警戒を解かずに私を眺めているような視線を感じた。


いつの間にかOさんとSさんが話して、
イェール大学の学生が来た日には、私がSさん宅に遊びに来ることになった。
Sさんと携帯の番号を交わすようにOさんに言われて、交換した。
そして、Oさんと別れて実家に帰った。


イェール大学の学生が来た日、Sさん宅に私は行ったが、
案の定、何ひとつ話せず、自分でも何をしに来たのか分からなかった。
人が怖くて怖くてたまらないが、Oさんの期待に背くことがまず怖かった。
今考えれば、かなり無理をしていた。
当時は、分からなかった。
それ以外は、自傷と自殺願望でフラフラしたり、呻いて床を転げまわっていて、
でも、誰にもそんな姿を見せまいとしていたから、
英語も喋れないのに隣に遊びに行く私を見て、両親は
「あんたは、いっつも物怖じしないというか、自信たっぷりね」
と言っていた位だった。


恐怖のあまり、私は完全に乖離していて、ただ無理をした分、
あとで自傷が激しくなり、とにかく死にたい願望で頭が一杯になった。
当時の私は、自分を休めることを一切知らず、
死にたくなる理由を考える知恵も知識も持っていなかった。
ただ、死にたくなる自分が悪いのだと思っていた。
宗教団体の人たちが言うように、教義に書いてあるように、
「頭破七分(ずはしちぶん)」 
何か過去世でとんでもない悪事を働いた因果で、
私の頭は狂っていて、生まれつきキチガイで、
生まれつき孤独な宿業を持っていて、
これを何としても今の生で乗り越えることが、
私に課せられた使命だと考えていた。
自分らしく生きたいという気持ちと、
それ以上に、決してOさんの好意を無駄にしてはならない、
何が何でもOさんの期待に応え、彼女の恩に報いたい、
そんな思いで頭はいっぱいだった。

ここまでは、私とOさんの関係は何とか理想的に保たれていた。
ある日突然、私とOさんは決裂した。
Oさんからの罵りと謝罪要求の電話が止まらなくなり、
幾ら謝罪しても許されなかった私は、
Oさんの言葉通り、死ぬ以外の選択肢がなくなった。




◇原本アンドロイド 4 後編に続きます。


関連記事
◇原本アンドロイド 1
◇原本アンドロイド 2
◇原本アンドロイド 3
◇原本アンドロイド 4 後編




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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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