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2008/02/03 (Sun) 愚鈍な羊 1

虐待やいじめの残酷さがテレビなどで語られるとき、
殴る蹴るレイプする、など、分かりやすいシーンや描写は欠かせない。

なぜなら、視覚的に情報を伝える方が安易だからだ。
本当は、体の痛みなんかより心の痛みが致命的だ。
そして、陰湿極まりない、無言のじっとりとした空気こそが
最もいじめの厭らしさ、卑怯さを語る。

いじめは、行動そのものに威力があるのではなく、
人間としての尊厳を奪う、
生きているのが嫌になるくらいの致命的な恥をかかせる、
そこに本質が隠れているのだと思う。
殴る、蹴る、レイプする、全裸にして写真をばらまく、
ネットで誹謗・中傷する、
時代と共に手口は変われども、尊厳を奪い恥を欠かせて精神を殺す、
この目的は、いつでも変わらない。
そして、今か今かと、そのチャンスを全員狙っている、
もしくは狙われるのではないかと、
常に気を張っていなければ危ない、そんな危機感で満ちている。
例えば学校が、
子供たちにとって気が休まる場所ではないのは、当然だと思う。



私のいじめ経験の中から、
最も軽くて陰湿なものを取り上げてみようと思う。


私は、小学校時代、計6人の友達グループにいた。
そこでは、頻繁にいじめの標的が求められた。
6人の中で、何か失言したりすれば次の日から集団で無視したり、
個人的ないさかいがあっても、多数決で全員で嫌がらせをしたり。
いじめというドラマチックな出来事がなければ、
6人の結束を維持するのは難しいらしかった。
幼稚園時代から、そんな人間関係に嫌になっていただろう私は、
つかず離れず傍観していたが、その態度も良くなかった。
反乱分子とみなされた。
私は、よく槍玉に上がった。いじめられた。
いじめといっても、
常に確証のない陰で行われる私への誹謗・中傷が多く、
例えば、休み時間に一緒に遊ばないからといっては呼び出され、
誰それと仲良くしすぎているといっては呼び出され、
私たちグループのことをどう思っているのか、などと言っては呼び出された。
精神的リンチだ。
大抵は、放課後延々複数に詰め寄られる。
なぜか、首謀者が泣き出す。被害者面するためである。
あーあ、泣かしちゃった、どうすんのよ、ひどいじゃない、
など取り巻きに更に責められることになる。
こちらは、泣いている理由すら知らされない。
恋愛感情のような、どろどろとした馬鹿げた理由で、
常にトラブル続きだった。


陥れるためには平気で嘘をつく者もいて、
そんなときには私は否定したが、
常に、グループのリーダー格の勝利となった。
何を言おうと、覆ることはない。
最初から有罪と決まっている裁判に、出頭命令が来るようなものだ。
常に言い知れぬ屈辱と怒りと、諦めを抱き、
最終的には彼女たちの「友達」でいることを私は選んだ。
逆らうよりは、楽だった。


例によって校庭に呼び出された日のことだった。

「Iの本、5冊も借りて返してないらしいじゃない。
早く返しなさいよ! Iは、返してって言えなくて泣いてるのよ」

取り巻きに責められた。
Iの嘘だった。
彼女は、その頃、自己愛に目覚め、
そのためには嘘を平気でつくようになっていた。
私は、無言でIを見ると、彼女は明らかに動揺していた。
取り巻きたちに、何か言いかけて、言葉をのんだ。
取り巻き達が、まさか自分の嘘を私に話すとは予想しなかったようだ。
口止めでもしていたのかもしれない。

暗くなるまで校庭で責められ続けたが、私は認めなかった。
こんな茶番、付き合いきれない。
もう、うんざりだと思ったからだ。
友達とかグループとか、いらないと思った。

予想外に冷めて頑なな私の態度を見て、
Iは、最終手段とばかりに、また激しく泣き出した。

「私、みんなと仲良くしたいだけなの。ケンカしたくないのに。
なのにどうして・・・・」

それはもう、かわいそうに泣くのだ。
取り巻きが、彼女の肩を抱く。
他のメンバーは、憎しみいっぱいの目で私を睨み付ける。

結局、私は、ありもしない本の存在を認めることになった。
認めるだけでは気がすまない彼女たちに、
「必ず返す」などと言質を取られた。
認めない限り、茶番は延々続くのだ。


I自身、そんな本が存在しないことを知っている。
これは、ただのお芝居なのだ。
全て。
中身などない。
だから、芝居にのっとって私は私の役を演じるしかない。
役名はまさに、「スケープゴート」。
愚鈍な羊だ。


その直後に塾があった。
そのことも、私が冤罪を認めることにした、大きな理由だった。
塾も、彼女たちと同じところへ通っていた。
生き残りたい私は、彼女たちのルールに従うことを選んだ。
その場で私が取りうる、最善の選択だった。
いや、選択肢など他にはないのだ。


「じゃあ、今日からまた、わたしたち友達だよね」と、
ほっとしたように皆が言った。
私が、変わらず彼女たちのスケープゴートであることを確認できて、
皆、生贄を確保できたことで、心から安堵したのだ。
私も、ほっとして笑顔になった。

その私に、一人が二冊のノートを見せた。
そして、こう言った。
「実はね、あなたを除いて私たちだけで交換日記してるんだけど。
いいよね?」

訊かれた。

正直、私は直前のやりとりと、そのノートが咄嗟に結びつかず、
答えに窮した。
予想外のタイミング、予想外の真実だ。
全員が、私の反応を見るともなしに見ている。

「うん、いいよ」と答えるしかなかった。
彼女たちは、更にほっとした顔をした。


私は、形だけを取り繕い、内心では信用しないことにした。
「ともだち」とは、名ばかりで、いつ裏切られるか分からない。
また、力関係の変化によっては、
今の友達もそのうち見切りをつけねばならない。
弱肉強食の獣たちでひしめきあって、自分だけは何とか生き残ろうと、
あらゆるパワーゲームを繰り広げ、互いを食い合っているのが、
学校であり、「友達」なのだと知った。




◇愚鈍な羊 2 に続きます。


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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