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2007/10/20 (Sat) 虚ろな椅子

病院に行ってきた。
ここ数日の眩暈様の体調不良は、やっぱり薬が切れたせいらしい。
セロトニン症候群だとか、聞いてはいたけれど、
こんなに早く症状が出るとは思っていなかった。
体がすっかり抗鬱薬になれているのだなぁ、と複雑な気持ちになった。
薬が効いていることは、ありがたい。
でも、まだ折り返し地点にも来ていない。
完全な回復までには、症状が完治して、
そこから今度は逆に少しずつ薬の量を減らしていく時間が必要だ。
あと1年?それとも数年?全然私には分からない。


私の病名は何ですか、とまた訊いた。
薬が効いているのか、鬱の症状はほとんどないという。
離人症・離人神経症が強すぎる状態、といわれた。
子供の頃から、自我・自己が分からなくなるような
家庭環境で育っていた、それだけは確かだと。

確かに私は、自分の名前を自分の名前だと思ったことはない。
自分が何を好きなのかも分からないし、
何を着ればいいのかも分からない。
どんな性格にもなれるし、だからどんな性格なのか分からない。
Tちゃんは、いつか自分らしく輝けることを祈ってるよ、
と言ってくれるけれど、
私にはその自分らしさが分からない。
<自分>を実感できない。
実感したことがないから、その存在を私は信じることが出来ない。
皆、なぜ自分の名前を自分の名前だと認識できているのか、
なぜ自分の顔を自分の顔だと思えるのか、
喜怒哀楽を自分の感情だと思えるのか、全く理解できない。
第一歩すら踏み出せていないんじゃないか、
私は永久にここで自分が分からない分からないといいながら
当てずっぽうな自己をその都度書き換えて
自分を白紙にして、白紙にして、
を繰り返して生きていくしかないんじゃないのか。


パニックの発作も、眩暈も、吐き気も全身の痛みも、
苦しくて怖いけれど、全ては一過性のものだ。
自分が誰なのか分からない、真っ暗な自己、
心の中にある、誰も座っていない空の椅子、
人格がないことが、一番苦しい。


病院の先生は、それでも必ず自己・自我は取り戻せます、と言った。
私は、ぼんやりと、そうでしょうか、と言った。
存在を実感できないものを、
どんな方法で何から取り戻せばいいんだろう。
先生は、私の裁判の話をした。
「色々な人の意見の中で、法廷に出ようと決めたとき、
弁護士と打ち合わせをしたとき、高裁まで出向いて、陳述したとき、
あなたは無意識にそうしたのかもしれないが、行動や決断の中には、
あなたの自己・自我・価値観が必ずあるんです。
あなたらしさは、必ずあります」
先生の言葉は、半分私を通過し、半分私の心を打つ。


私らしさは、虚ろな私の中に散らばって、
でも確かに存在しているのか。
私がどこにもいないんじゃなくて、ただ見つけにくいだけなのか。
そうであって欲しい。
散らばった欠片の一つでも拾えるなら、
私はとても救われる。





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Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

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