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2008/01/15 (Tue) あやの誕生日

男性には、いろんな人がいて、心が不安定な子が好き、て人がいる。
保護欲をかきたてられるような女の子。
頼りなくて自分から絶対離れないくらい弱くて、傷ついてる女の子。
そんな人を前にすると、私は自分らしく生きられなくなる。
でも、まるごと守られる安心感に弱いから、そんな人に恋をする。
母性溢れるサディスティックな男性を好きになるのも、同じ理由。
SMは、母性と父性を操る遊戯。
男性である恋人に、手に入らなかった理想の「ママ」を求める。

あやは、その典型。


「あや」についての記述が少しずつ増えてきて、
カテゴリーにして纏めようかとも思うけれど、できない。
私は、まだ彼女を死んだことにしていたいからなのだと思う。
記事を纏めることは、彼女のバラバラになった体を繋ぎ合わせるようで、
「あや」が、生き返ってしまいそうで怖い。
ずるい私。



あやが産まれた日の話を、書こうと思う。


あやは、ある日突然、愛するひとの腕の中で生まれた。
比喩じゃない。本当の話。
愛するひとと、二度目にセックスしたときだった。
突然、オギャアオギャア、て産声をあげて、生まれた。
本当に、オギャアオギャア、て、泣いた。
幼児退行して、赤ん坊になった。
あんな泣き方、あれが最初で最後だ。

その瞬間、私は海底にいた。
これも、比喩じゃない。

「あや」が、産声をあげた瞬間、気がつくと海の底にいた。
海は、温かくて酸素で満たされていて、
柔らかくゆらゆらと揺らめいていた。
青い青い水の底に、私は横たわっていた。
頭上に、ぼんやり光があって、どこからか聞こえてくる誰かの産声を、
海の底で、聞いていた。
海の上の、あの光の場所が、
「あや」と「愛するひと」がいる世界なんだと分かった。
でも、海の中は、とても居心地がよくて、安らいで、
私は、ここにずっといていいんだ、と安心した。


「あや」が産まれたのは、なぜだろう。
それは、私が直感したのだと思う。
愛するひとが、すべてを受け入れてくれること。
この人から、私は産まれ、生き直すことができる。
そう直感し、「あや」という人格を選択し、
無意識に私は「あや」を、彼の架空の胎盤へ送り込んだ。


愛するひとは、「私」が直感したとおりの男性だった。
唐突に、奇妙な声で泣く「あや」を、何も言わずに優しく抱きしめた。
「いいよ。泣いていいよ。いいんだよ」
あやのママが、そう繰り返しているのを、私は海の底で聞いていた。
「あや」を正しく育ててくれるママに、めぐり合ったのだ。


愛するひとは、あやを、ちゃんと育ててくれた。
あやは、本当の赤ん坊が辿る成長段階を、現実に辿っていった。
おっぱいを吸うみたいに、愛するひとの指をずっと吸っていたり、
歯が生え出す頃には、歯がゆくて、愛するひとの腕を噛むのが大好きだった。
それまで一度も持ったことのないキャラクターものに興味を示し、
ミッフィーが大好きになった。
愛するひとの「おひざ抱っこ」が大好きで、プロレスごっこも大好きだった。
「いない いない ばぁ」みたいなことをされると、
不安で泣き出したり、でも、愛するひとが目の前に現れると、
うれしくて楽しくて、きゃらきゃら笑い声を立てた。
絵本を読んでもらいたくなって、自分では読みたくなくて、よくせがんだ。
味覚も変わった。
あやは、いちごと練乳が大好きだった。
駄菓子屋で山ほどお菓子を買い込んだりした。
今の「私」は、ほとんど食べない。
「あや」が一番驚いたことは、愛するひとが、
「あや」が失敗しても、決して怒鳴ったり嘲笑ったり、しないことだった。
「あや」が失敗すると、愛するひとは優しく笑って、
黙って片付けてくれたり、手伝ってくれたり、そして、やりとげられたら、
大きな温かい手で、頭を優しくなでてくれた。
失敗したときに、あやが一番恐怖したことは、
向かい合って、失敗をなじられることだった。
「ごめんなさい。ごめんなさい」と、怯えて泣いて蹲るあやを、
愛するひとは、引き寄せて背中を抱きしめて、決して怒鳴ったりせずに、
優しい声で、次は失敗しないように、優しく教えてくれた。
決して、怒鳴ったり、向かい合って罵ったり、しなかった。


愛するひとから産まれたはずの「あや」は、
不思議にも、いつも男性の怒鳴り声に怯えていた。
向かい合って、怒鳴られたり虐められたりしていたのは、「私」だ。
「私」が、家族からキッチンで、そうして何年も何年も虐待されたからだ。
「あや」は、やっぱり確かに私の一部なのだ。


あやが愛するひとと別れるとき、
あやはもう幼稚園児位の年になっていた。
私には、よく分からない。
カウンセラーが、そう言っていた。
自立心が芽生える年頃、反抗心も出てくる。
自立するあやを、あの人は手元から去っていくように感じたんだと思う。
あやが抱えた心の病気が、愛するひとには必要だった。
ママが、赤ん坊を大切に大切に育てるみたいに。
でも、本当に育っていくあやを見て、あせった。
彼も、そんなことを言うようになっていた。
違う表現で。
カウンセラーも、同じことを言っていた。
あやは、彼というママから生まれたけれど、
ママである彼は、あやの成長を見くびってたんだ、て。
もっとずっと、赤ちゃんでいるんだと思ってたんだ、て。
赤ちゃんは、いつか一人で歩けるようになるでしょう、て。



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2008/01/15 22:11 | [ 編集 ]


美鳥さんのテーマ 

美鳥さんのブログを読むと、愛のカタチについて書かれているような気もします。ぜんぜん不快じゃない。文学的で詩的な感じがします。突然のコメントでゴメンナサイ。また読ませてもらいます。

2008/01/16 20:55 | ジブラルタルの風 [ 編集 ]


>>ジブラルタルの風さん 

ジブラルタルの風さん おはようございます。
コメント、お気軽にくださって、ありがとうございます。お好きなところに書いてくださって構いません。むしろ、とても嬉しいです。
私のブログを、不快じゃないとおっしゃってくださると、ほっとします。
多分、今の私は怒りを吐き出す作業をしていて、それは見る人にとっては、ときには私にとっても、見苦しいものだろうと思うからです。

愛のかたち。
言葉を目にして、なるほどと思いました。
恋愛するまで、愛のかたちは一つだけだと思っていました。ちがうんですよね。

昨日、ジブラルタルの風さんからコメント頂いたフロイドの話、とても惹かれています。あれから、調べてみましたが、すごい画家ですね。そして何より、あのフロイトのお孫さんということに驚きました。
作品を、色々見てみたいと思っています。
良い刺激を与えてくださって、本当にありがとうございます。


2008/01/17 10:35 | 美鳥 [ 編集 ]


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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