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2007/12/28 (Fri) 世界は待ってくれない

私と、ある15歳の少年は、従兄弟関係にあたる。
その子が5歳のときに会って以後、私は彼と交流を持たなかった。
この十年間、私にとっては
自身の病気や裁判や恋愛に翻弄され、
自分の脆弱さを嘆き、のたうちまわって生きることに時間を費やしていた。
彼との交流は、祖母が死んで以来、両親が引き継いでいた。
私よりも、両親と祖母の方が、血縁も、また感情的にも近かった。

まだ15歳の彼とは、常に彼の母親を通して両親が連絡を取っていた。

去年、彼の祖母が死んだとき、彼の母親は、息子が泣くことを恐れ、
「受験に響くから」と言って、彼に祖母の死を一年間、伝えなかった。
私の両親は、母親である彼女の決定を差し置いて、
彼に祖母の死を伝えることはできなかった。


一年間、祖母から連絡がなくなって、薄々気付いていた少年は、
母親に「なぜばあちゃんが死んだこと教えてくれなかった?」と、
泣き喚いたという。
話を聞き、少年と同じ祖母の孫として、私は胸が痛んだ。
彼は、まだ子供かもしれない。
でも、大切な人の死は、子供だとか大人だとか関係ない。
彼の母親の判断は、間違っている、明らかに間違っている、と私は思った。
子供だというだけで、真実を知らされなかった彼が可哀想だと思った。
10年会ったことのない、もう顔も分からない少年の、心の内を思った。
でも、彼の母親の意志を尊重するしかない、と思った。
少年と直接面識のない私が、突然口を挟める話題でもない。


数ヶ月前、少年の父親の余命が数ヶ月であることを知った。
彼の父親は、全介護施設に入ったまま、闘病生活を送っている。
少年は、彼の愛人の子供。
手引きしてくれる者がいなければ、自身の父親と自由に会うことができない。
病状も、知ることは叶わない。
彼は、生まれたときから、父親と自由に会うことが出来ずに育った。
現在は、母親と母親の両親と共に、南のある島で暮らしている。


私の母が電話して、少年の母親に伝えた。
少年の父親が、余命、数ヶ月であること。
だから、悔いのないように過ごせるようにと。
しかし、彼の母親は、しばらくは息子に伝えない、と答えた。
息子が動揺するから、本当に悪化してから伝えることにする、と。


またか! 
また同じことをやるつもりか!

間接的に聞いて、私は、もう耐えられなかった。

真実を知らせることを後回しにして、
母親は結局、自分が傷つきたくないだけなのだと確信した。
母親が、現実、真実から逃げている。
息子は15歳だから、まだ子供だから、と護ることで、
息子に人生の大切なことを学ばせる機会を奪っている。
奪うことで、安泰な自身の精神状態を護ろうとしている。
エゴだ、と思った。


一年後に祖母の死を知らされた少年の怒り、悲しみ、後悔。
子供だから、と人生の路傍に置き去りにされる混乱、孤独。
母親は、子供を護ったつもりかもしれないが、結局何にも守ってはいない。
母親が現実から逃げてしまったら、
そこから逃げる術を知らない子供の彼は、一人きりじゃないか。
私は、今まで彼と確固たる面識がなかったことで、第三者だった。
でも、彼に何かしてやりたい。
今の私でも、何か出来ることがある筈だ。


私は、躊躇わなかった。
頭で考えるのを、やめた。
彼は、私を覚えていないだろう。
接点だってない。
今の私は心の病気で、誰かの重大な事件に関わることができる状態じゃない。
でも今、私が彼に出来ることをやろう。
私が、後悔しないために。


瞬間に決めた。
母に、少年の母親へ電話してもらうよう頼んだ。
美鳥という、10年前に会ったきりの従兄弟が、少年と話したがっている、
ただそれだけを伝えてくれればいい、と頼んだ。
母は、
「彼の父親の余命のことを話してはいけない。
彼の母親が、黙っていると言ったのだから、
彼女の決定を無視することはできない」と言った。
私は、少年に彼の父親の話をするかどうかは、
彼と話してみなければ分からない、
私は、従兄弟としての立場で出来ることしかしない、としか答えなかった。


電話口に出てきた少年は、記憶の中の5歳の彼とはまるで違う声、話し方をした。
突然電話してきた年上の女性に戸惑い、ガチガチに緊張していた。
私が知る十五歳の子供たちよりも、ずっとずっと純朴で、
まだ恋愛も世界の成り立ちも、彼が住む島の外の世界も、何も知らないようだった。


戸惑っている彼に構わず、私は話した。

祖母の死を、一年間、あなたに知らせることができなくて、ごめんね。
あなたのママは、一年間あなたに隠していた、あなたが子供だと思って。
でも、あなたはもう十五歳だし、
大人が黙っていたって、あなたはもう色んなことを分かってる。
ママにあなたが
「どうして死んだことを教えてくれなかったのか?」と泣き喚いたことも聞いた。
気持ちが、痛いほど分かる。
私がもし、あなたの立場だったなら、祖母の死を1年後に伝えられたなら、
私はママを恨むし、怒るし、悲しいし、祖母と最後に話したいと思った筈だから、
だから、あなたもママが許せなかったと思う、辛かったと思う、
私はあなたの従兄弟だったけれど、今までずっと繋がりがなくて、
唯一、祖母の死を、そんな悲しみを共有したり出来る存在だったのに、
あなたに何もいえなかった。
でも、そんなのはこれ以上もう嫌だと思って、あなたの気持ちを思うと辛くて。
ごめんね。ごめんね。
おばあちゃんの死を、教えてあげられなくて、ごめんね。
一人で、きっと色んなこと考えて、それでも誰にも言えなくて、
一年間、辛かったよね。
ずっと気になってた。
ずっと、教えてあげたくて、ごめんね、て思ってたよ。


黙って聞いていた少年が、突然、何か喚いた。
と、同時に大声で泣き出した。
15歳の少年の泣き声は、咆哮のようだった。
背後で、母親が驚いて「どうした!?どうしたの!?」
と彼に訊いているのが、聞こえた。
彼は、たった今祖母が目の前で死んだかのように、
「ばあちゃんが!ばあちゃんが!」と、泣きながら何度も叫んだ。

私は、驚かなかった。
受話器を握ったまま、彼と一緒に泣いた。


子供だから、と何も知らされなかった彼。
戸惑って、誰にも不安を打ち明けられず、ずっと一人で抱えてきた筈の孤独。
彼の誰にも言えなかっただろう気持ち。
一年も前に、大切な人を失っていた真実に、驚愕しただろう。
私が彼なら、一年間隠していた母親に腹が立っただろう。
憎しみすら覚えただろう。
いまだ子供だという自分の現実に絶望しただろう。


彼が大人になるまで、決して世界は待ってくれない。
彼は、生まれたときから愛人の子供で、片親で、
父親が病床に倒れたと同時に家を失い、10歳で父親に会えなくなり、
14歳で祖母を亡くしても、一年間教えてもらえず、
そして、今また彼は知らないままに、
数ヵ月後には、彼の父親が死を迎えようとしている。


祖母の死を一年後に知らせた挙句、
今度は実の父親の死期も知らせないなんて、あんまりだ。
息子を気遣う母の愛、とは全く思わない。
少年は、まだ15歳。
けれど、もう15歳。
なのに、世界の何も知らない。
自分を取り巻いている世界が、どんな姿をしているのかすら、教えられていない。

知って生きることと、知らずに生きること。
どちらが過酷か、どちらが正しいかは分からない。
でも、世界は待ってくれない。
世界は、運命は、彼が大人になるまで待ってはくれないのだ。
子供でも、大人でも、世界は平等に存在し、平等に時間が流れていく。
あらゆる人の上で、刻々と時を刻み、のみこみ、押し流そうとしている。


私は、彼の父親の話は、しなかった。
彼は、祖母の話だけで激しく混乱していて、
突然現れた私という存在にも戸惑っていた。
彼が、祖母の死を一人で消化できていたのなら、話すつもりだった。
でも、悔しいことに彼はまだ15歳で、
彼の母親が、彼を世界から遮断してきたために、
15歳にしては、悔しい位にまだ幼くて、純粋過ぎて脆かった。
1時間位、関係のない色んなことを話した。
亡くなった祖母が、私が塾講師をしていたことを話していたらしく、
私に、英単語の覚え方なんて、訊いてきた。
USJに行ってみたいとか、関西人って本当に漫才みたいに話すの?とか、
唐突に、本は好きですか?僕は恩田陸が好きです、とか、
職業は何に就いたらいいんだろう、とか、島を出てみたい、とか、
色んな話をした。
何て呼んだらいいんですか・・・?
と、ためらいがちに訊かれたから、何でもいいよ、と答えたら、
色んな案をどんどん出してきて、
私が「それはあかん」「それはどやろ」と駄目出しを続け、
彼も思いつく限り考えて、最終的に合意した「ねえちゃん」になった。
兄弟を持たない一人っ子の彼が、
電話口で「ねえちゃん。ねえちゃん。ねえちゃん」
と、自分に馴染ませるように、繰り返したのが印象的だった。
「お正月に、また電話します。いろいろ相談します」と彼が、言った。
祖母が死ぬまでは、毎年、
年が明けた瞬間に電話してくるのが彼の習慣だったのだ。
祖母の死を教えられていなかった去年、
彼から電話がかかってこなかったことを思い出し、また胸が痛んだ。


まだ話したがっていた彼に、区切りをつけて、受話器を置いた。
手が震えて、唇が震えて、吐いて、倒れてしまいそうだったからだ。
隣で、電話を聞いていた母が、目を真赤にして泣いていた。
「あんたが今日やったこと、すごいよ。
あの子に、本当にいいことした。素晴らしいことをしたよ」
と言って、泣いていた。
「ばあちゃんが」て叫んで、泣いてたよ、と言ったら、母は声をあげて泣いた。


彼の父親のことを話せなかったが、私という存在を知ってもらえた。
いざとなったら、彼は私を思い出して、連絡をとって来れる。
何か、力になれるときが来るかもしれない。
そのときのために、繋がりだけでも作っておきたかった。

子供だということは、地獄だと思う。
少なくとも、私はそう思ってきた。
15歳でも、既に大人になっている子供もたくさんいる。
彼が、本を読んでいることを知って、私は少し安心した。
彼は、まだ知らされていないが、彼の父はこうしている今も、
死の床についている。
教えてやりたい。
向き合う強さを、手に入れて欲しい。
早く大人になれ。
早く、世界を知って、世界と戦う術を知れ。
がんばれ。
がんばれ。



眠剤を水で胃に流し込んで、
ベッドに倒れこんで、眠ろうとしたけれど無理だった。
身体が震えて、とまらない。
理屈抜きの、対人恐怖。
相手が子供だから、大人になろうと無理をした。
少年が思うほど、大人の私は強くない。
子供も、大人も、人間は脆くて強くて、不安なのだ。


眠ろうとすると、脳が三つに割れた。
寝返りを打って呻いている布団の中の自分。
少年のこと、自身のこれからのことを、考え続ける自分。
過去の色々なシーンがフラッシュバックして、声、映像に飲み込まれる自分。
気が狂いそうな、一夜だった。


その日、美しく恐ろしく、グロテスクな夢を見た。
ほとんど眠れず、朝を迎えた。
電話をきっかけに、クリスマスは、ほぼ寝たきりで過ごした。
でも、私は自分自身に誇れることをした。
自分が信じることを貫いた。
これでいい。



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こんにちは、のりです。

美鳥さん、体調の方は大丈夫ですか?
ずっと心配でした。

この記事での出来事は痛いほどわかります。
小学校の時、先生が生徒に酷い事を言っていて、どうしてもそれが許せなくて先生に抗議しました。
しかし、ガキがたてつくなと言われ突き飛ばされました。
僕はその時にはもう差別されてました。
年頃というものはつらいです

大切な人や命が知らない間に亡くなってる。こんなつらいことは無いと思います。

他人でもこのような記事やニュースを見ると心が痛みます。

僕がこんなこと言える立場じゃないけど、このようなことはこの先沢山あります。
それを乗り越えてこそ心が強い大人立派な大人になると僕は思います。

2007/12/28 22:28 | のり [ 編集 ]


>>のりさんへ 

おはようございます。
心配してくださって、ありがとうございます。
この記事を書いたせいか、体調が戻りかけていたところ、昨夜悪化しました。我ながら弱いっす!(笑)一晩寝てみたら、少し回復しましたので、遅ればせながらのお返事になってしまい、すみません。
どうしても今年中に書きたかったことなので、読んで頂いて、本当にありがとうございます。

心ない大人から「ガキ」と言われますよね。私も、教師クラス全員からいじめを受けていたとき、教師が言うのは「クソガキ」でした。でも、当時の私の心は彼女たちより大人だった気がします。
のりさんは、大人ですね。子供だという悲しみを知っている人は、既に大人になりかけているのだと思います。
ブログでも、なんだかいつも大人っぽいので、逆に心配になったりもしますが、どうか子供の特権も生かして、遊ぶときには思い切り遊んでください。キタキツネが見られるとは!ムツゴロウ王国(旧)くらいでしか無理だと思ってたよ(笑)







2007/12/29 09:25 | 美鳥 [ 編集 ]


>>monokuroさん 

monokuroさん おはようございます。
お話くださって、ありがとうございます。
家族というのは、色んな人間が集まって出来ているせいか、その内の感情も複雑で、一言では言えないことがたくさんありますね。家族だからといって無条件に愛せるわけでもなく、かといって完全に離れることも難しい。失ってから分かるものも、失っても変わらないものも、ありますね。複雑です。

monokuroさんがおっしゃられる通りだと思います。30過ぎても、中身はさほど変わりませんが、せめて大人らしく振舞うというやり方くらいは身に着けています。今回、15歳の少年と話してみて、彼は何も武器を持たず技術を持たず、丸裸で世界に放り出されているような気がしました。せめて思い切り泣くこと、過去を誰かと共有できることを知って欲しいという思いでいっぱいでした。
真実を知ることで、はじめて泣いたり怒ったり、何か考えることができますよね。
蚊帳の外ではなく、15歳でも人生の主役なんだということ、伝えたかったです。
コメント、いつもありがとうございます。

2007/12/29 09:35 | 美鳥 [ 編集 ]


(*・ω・。*) 

コメント途中で切れてました。長すぎたかな?
ケータイからだと文字数に限度があるのかもしれません。
ですが、寝る前にしたコメントなので、あれ以降なんて書いたかよく分かりません(泣)
失礼しました。

2007/12/29 11:48 | monokuro [ 編集 ]


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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