--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2011/12/28 (Wed) 私の両手は自由で温かくあれ -境界性パーソナリティ障害・ボーダー・対人恐怖 -

「どのツラ下げて」と自問自答し考え続けたけれど、ある人に突然連絡を取った。
行動は一瞬だったけれど、ずっとずっと考え続けてきたことだった。

私の願いは拒絶された。当然だ。

ボーダー真っ只中だった当時の私の言動は目に余った。毎日が凶暴な嵐。中心にいる自分自身も前後すら分からず息継ぎするのも精一杯に生きていた。目に映るもの全て、疑心暗鬼な私には罠に見えた。他人を攻撃したその手で自分を攻撃し、自己嫌悪に陥ると今度は世界中の人たちや神様に謝ってまわり殺して欲しいと思うまで自分を憎んだ。
自分が抱いた恐怖にかられて見境なく攻撃することも、過度に身を投げ出して謝罪することも、どちらも精神的暴力なのだと知ったのは後からだ。

徹底的に関係が壊れてしまった後、私は混乱したまま日々を過ごした。
荒れ狂う自分を離れて見続けてきた自分がいた。同時に、荒れ狂ったままの自分もいた。人間はすぐに変わることが出来ない。訪れた結果を感覚的に理解できない自分がいた。他方で、関係が壊れるまでの過去の細部まで検討し始めた自分がいた。
当時から今日までの私の心の変遷を書こうと思う。内容の性質上、一気に書いて読み返さずアップするつもりでいる。きっと文章は酷いからあとで文を修正するかもしれない。でも内容まで修正するつもりはない。乱文はご容赦ください。



当時の私の心は、合わせ鏡の世界を彷徨うようだった。
どこまで行ってもどこを振り返っても、何かが自分の恐怖を映し出し、映し出されたものがまたさらに恐怖を映し出す。私は閉じ込められているのだと思った。恐怖でさらに頭の中が血の色に染まった。

一方で、必死に自身に課さねばと強く強く思っていた一事がある。
他人を不当に貶めないこと。
しかし、情けないことに困難だった。
私は貶められることにも貶めることにも慣れていた。習い性のように、その場その場で私の心はコロコロと変わる。私は数年前までそんな人間だった。
どんなふうに変わるかというと、安心を得るために場を支配する。(支配という意識は当人にはまるでなかったが)支配するためには、主に2つの強みを使う。強者になって強者の強みを行使し、強者が通用しない場面では弱者となって弱者の強みを行使するのだ。
「強者と弱者の強みを使い分けて支配する」なんてことは、私にはまるで自覚がなかった。私自身には常に苦しみと混乱と恐怖が居座っていた。こんなふうに客観視して、あの凶悪な精神暴力の手口について当時の私が説明できる状態なら、きっと私は境界性パーソナリティ障害をとっくに克服していただろう。説明できるほどに自分のやっていることを自覚できる賢さと勇気があれば、私はもう少し他人を尊重することができたはずだ。


境界性パーソナリティ障害を抱えたままで生きてはいけない。少なくとも私は、自分自身を信じることができない苦痛はこれ以上抱えていられないと思った。何もかもが恐ろしく見えるのは、信用に足るものに出会っていないからじゃない。自分が自分の目と耳を信用できないから、世界中を信用できないのだ。

境界性パーソナリティ障害は、悲劇陶酔依存症なのだと思った。アルコール中毒から立ち直るには、アルコールを断つしかないと聞く。飲んでいる限りはアル中なのだ。同じく悲劇に陶酔している間は、私は永久に境界性パーソナリティ障害だ。恐怖は飼い馴らして生きていくものであって、その中で溺れ酩酊するものではない。正気を失った私は他者を悪気なく踏みつける。踏みつけてしっかり傷つけた後で、自発的なのかすら不明な自虐と反省に襲われ精一杯謝罪したところで、他者の自尊心を傷つけた罪がどう償われるというのだろう。


謝罪は、安易な自己慰撫に過ぎないと思った。
他者の尊厳を傷つけるとは、私が思ってきたような軽いものではないのだと痛感した。その重みの前では、これまで口にしてきた心からの謝罪の言葉も姿勢も茶番のように見えた。
どんなに止まらない自分を憎み、その都度他者に心から謝罪したとしても、結局また同じことばかり繰り返す私は狼少年と何も違わない。私自身が感じている罪悪感の痛みも毎回無意味に浪費しているだけだ。人生も人間関係も信頼も愛情も築けない、進まない。それを最も近くで見ている自分自身こそが最も自分を愛せない。


ここまで書いて、私は自己弁護しているように見えないか恐れている。
過去の自分の心理とはいえ、本当に甘ったれているなぁと思えて仕方ないからだ。これを書いているからといって今の私が当時の私を弁護するつもりがあるわけじゃない。境界性パーソナリティ障害の当事者にとって、症状は手のつけられないモンスターに似ている。自分のもののようでいて何もかもが自分の手を離れて暴れている、それをどこか傍でぽかんと見ているような虚無感だ。当時の私はそこにいるようで、そこにいなかった。過去にいるようで過去にもいない、現在にもいない、未来には儚い希望があったかもしれない。けれどそんな遠くまで見る目はその頃の私には備わってなかった。



どこまで具体的に書くべきか迷いながら書いている。書いてよいのかも分からないので、書けると思う範囲まで書こう。


私に欠けているのは、一貫性だった。
自分を貫く勇気。
とはいえ私はどこに自分の照準を合わせることが「自分」なのか分からなかった。自我同一性に欠けているところもボーダーからの回復には妨げになった。しかしこれは解離性障害でなくともボーダー患者は多かれ少なかれ自己像が定まらない。

今私は「自分の照準を合わせる」と書いたけれど、思えば無意識にこんな表現が出た。
ボーダーから回復したい、もうボーダーの自分は嫌だと思ったときに、私は自分を一掃して殺したくなるくらい憎んだ。絶望したのは、当時の自分のどこを探しても愛すべき箇所が見当たらず、他人と対等に向き合える価値ある自分がどこにも見つからなかったからだ。
だけどまさに「照準を合わせる」だった。
こんな自分なら誇りを持てると感じる一瞬があった。漠然とじゃない。具体的にだ。
そこにずっと照準を合わせ続ければいい。ずれたらまたやり直す。やり直している途中でまた恐怖に襲われ、自分を傷つけ他人を傷つけ、自己嫌悪で死にたくなっても死なない。ただただ、また照準を合わせる。

誰に褒められるでもない。当たり前だ。人と対等であること、他者を尊重することが普通にできて当然なのだ。そんなことを大人になって最初からやり直している自分を他人の目から見たら正直すぐに死んだほうがましだと思った。なのに私は、またも気が狂うほど同じ失敗をするのだ。失敗をする度に指摘される。指摘してくれる人に対する申し訳なさと、こんなことを後何回か繰り返したら見捨てられる恐怖と、自分は何故こんなに愚かで薄汚く生きているのだろうと恥ずかしさで死にたくなり、それでもまた自分ができることとは、自分の中の正しさに自分を合わせることなのだ。


この期間のことを、私は具体的にブログに書いたことが殆どない。
私の人生の中で、自ら目的と覚悟を決めて自身の弱さに飛び込んだのは恐らく生まれて初めてだった。多少の弱さと向き合う機会は幾らでもあった。生まれた頃に入信した信仰の影響で、常に客観視は癖になっていた。宇宙のどこか、この世界の遍くすべてが自分を監視しているように感じていた。けれど、それらは生易しい内省だ。自分の外側からやってくる弱さの認定だ。
境界性パーソナリティ障害を治したいと取り組んだ日々は、自分の内と外から徹底的に解体する作業だった。見たくないものしか出てこない。同じように境界性パーソナリティ障害を克服した人複数から話を聞くと、皆口をそろえて「回復を目指し続けるのは死ぬより苦しかった」と言う。本当に、死んだ方がましな毎日だった。


自己の解体といっても、最中の最低限のルールは一つだけだ。
他人を不当に貶めないこと。
自分から何が出てきても、どんな恐怖が襲ってきても、恐怖にかられて他者を不当に傷つけないこと。
会話も行動も、すべて他者を貶めるものでないかあらかじめチェックすること。
チェックするためには、安定した精神状態と時間が要る。不安発作にかられた状態ではチェックできない。だから同じ失敗を私は何度も繰り返した。恐怖に毎回負け続けたのだ。


思うに、その頃まで私が生きてきた世界というのは、パワーゲームで成り立つカオスワールドだった。
混沌とした世界で生きづらいかというと案外そうでもなく、場を支配した者が一時の安寧を得られるところが実に分かりやすかった。手段は何でもいい、誇りなどどうでもいい、理屈や正当性など無力な世界だ。
その世界で子供時代を過ごした私は、知恵が浅い分ずっと他者のパワーゲームに巻き込まれる側だった。
パワーゲームに負けて私が精神の安定を欠いても、パワーゲームの世界では大した問題として挙げられることはなかった。

むしろ不安や恐怖にかられた私を利用したい人たちにとっては、誰かの脆弱さは好都合なことも多かっただろう。手に負えなくなれば捨てればいい。実際にそんなことが繰り返されて、私の人間関係は安定しないままに大人になった。
誰と出会っても私はパワーゲームしかやれなかった。それ以外の対人関係が理解できなかった。理解できないものは恐ろしい。多分私は、無自覚に良い関係を遠ざけて生きてきたのだと思う。

長らく生きてきた混沌世界の空気を吐き出し、混沌世界の言葉で他者を思いやったり労わったり共感したりし、混沌世界の作法で関係を作り、信頼もどきや愛情もどきに終始して生きてきた。
強者になったり弱者になったり、苦もなく習い性で自身を使い分けて生きていた。虚しい、どこまでも虚しいけれど、華々しい行動化や事件を織り交ぜれば何とか生きていける。生きるとは、そんなことだと思っていた。

ここに私にとって厄介な問題が加わっていた。幼いときから入信している信仰だ。だけどこの話は込み入っているから別の機会にする。


とにかく私は、数年前の地獄の日々をきっかけに境界性パーソナリティ障害の症状が激減して行き、現在では殆どなくなった。完全に回復したなど甘いことは考えていない。心性として残っていくだろう。けれど、数年前になかった芯が私の中にできた。単なる照準合わせが、か細くもしっかりと形を持った芯に育った。生き地獄の中で見た自分のことは、忘れることはないだろう。生まれてはじめて直視した自分の醜悪な生き方、あの頃の心理や恐怖の前での無力さ、無知さ、根性のなさ。
きっと私は恐怖で暴れて怒りで我を失う状況で、自分の醜さを直視したことがなかったのだ。見捨てられ恐怖から来る希死念慮とは比べ物にならない、恥を晒す自分を殺害したい純粋な殺意に何度も襲われた。

忘れてはならない。あの苦しみを経て生み出した芯は、苦しかったからこそ二度と手離してはならないのだ。苦しかったからこそ、私は二度と戻りたくないと決意を何度でも新たにできるのだ。



この2年ほどだろうか。BPD(境界性パーソナリティ障害)について殆どブログに記事を書かなくなったのは。言葉が出なくなった。私は、何の病気でも語るときに「●●病は~」を主語にしたくない。「私は~」と話していたい。けれど、BPDについて「私は~」と語ろうとすると言葉が出てこない。Twitterでは、割合過去にボーダーの症状が酷かったときの心理など連続して呟くことがあるけれど、話し始めの主語はいつでも「過去の私は」「あの頃の私は」であって、「いまの私」では決してなかった。

言葉が出てこない間、私は自分を救ってくれたらしい生き方について手ごたえを確認し続けた。疑い深さは、これまでの人生から身につけた教訓だ。私は自分で試して確かめなければ、もう何も信じることはできない。どんなものにも良い面と悪い面、強い面と弱い面があるだろう。そのどれもを引き受ける気になってはじめて、私は変わったのだと言える。
毎日の生活の中で、対人関係で、私は自分が決めた生き方を貫けるかどうか、貫くことで何が起こるのか試し続けた。
詳しいことは省くけれど、その生き方は早死にするぞと近しい人に言われた。覚悟の上で始めたことだけれど、言われたようなことが何度か実際に起こった。そうなると私は何度も決意がグラグラと揺れた。私は多分痛がりなのだろう。苦痛に耐えることが苦手だ。人から拒絶されることが多分何よりも怖い。

けれど、痛かろうが怖かろうが、この生き方をしている限り私は魂まで砕けるような苦痛を味わうことがなくなった。
砕けたように感じてもう死ぬしかないと思っても、誰かの一言や小さな振る舞い、信頼できる関係の気配、半ば機械的に眠って食べること、日常で見つけるささやかな楽しみなどに掬われて、数日で生活に復帰することができるようになった。

ダウンしなくなったわけじゃない。傷つかなくなったわけじゃない。
苦痛が去ることが幸せなのではないのだと思う。
誇りと信念が芯に育つことが幸せなのだと痛感している。



自分から症状を追い出したことで私はボーダーから無縁になるかのように思えた。
けれど、不思議なくらいそうはいかなかった。私を別の生き辛さに直面することになった。

これまで何とも思わなかったようなやり取りの中に、不自然なパワーゲームの気配を見つける。気のせいかと思っていたら、放置している間にそれはみるみる大問題になり関係を壊した。最初は気のせいかと思った。ボーダーから抜けるために徹底して極端に自分を固定したものだから、過敏になっているのかもしれないと思った。
けれどどれだけ経っても私の感覚は戻ることはなく、むしろどんどん鋭敏になっていった。
一旦、苦心して自尊心を作り育ててみれば、手塩にかけた自尊心を不用意に傷つけるものがそこらに溢れていることに気付き始めた。今まで何ら問題に感じなかったことが、苦痛でたまらなくなった。特にボーダーの症状を持っている人と出会うと、普通のやりとりの中にたくさんのパワーゲームが見つかる。その言動のもとにある不安や恐怖、それらと戦っているであろう心細さは語られなくとも理解できる。私自身もボーダーである、ボーダーであったから。
以後、共感はできるけれど信頼関係は決して結べないという歯がゆい状況に陥った。この感覚の変化には、いまだに私は何と感じていいのか分からず茫然としている。けれど、多分これでいい、これは自然な道なのだろう。


一方で、それまで私を強固に支配していた「信頼関係は恐ろしい」という観念が驚くほど薄らいだ。何が変わったのでもない、私は自分の目と耳を前より信頼できるようになった、ただそれだけだ。回避気味ではあるものの、安定継続した関係性を築けるようになった。精神が不安定になった時、SOSが出せる友人が何人かできた。これまではSOSを出し、寄りかかって潰してしまったり、寄りかかられて潰れたりしていた。そんなことがなくなって、信頼関係のもとに相談したり相談されたりすることができるようになった。

私を傷つけるものから離れ、私を強く温かくしてくれるものと出会う機会が増えた。関係が壊れないようにと過度に「距離感」を考えることもなくなった。距離なんてどれだけ近くても遠くても、まず自分さえしっかりしていれば自尊心を損ないあうことなどないらしい。そんなこと考えもしなかった。




久しぶりにボーダーについて書いたら、案外と長文になった。
言葉は尽くしても尽くしても何も語れない。
ひとつひとつの体験を重ね味わってきた感情。爆発し投げ出しそうな自分を押さえつけ考えることをやめなかった忍耐力。それらを一瞬で砕く自尊心を傷つけた出来事。ない知恵を絞り、投げ出してはまた取り組み、どれだけ友人から知恵を借りたか分からない。ボーダーはボーダーであるが故に、互いの苦痛に共感できても、安定した関係を築くことは難しい。けれど、ブログやTwitterに散らばっているBPDに負けまいと執拗に挑戦し続けている一部の当事者の存在それだけで、どれほど励みになったかしれない。


私にこの生き方を教えてくれた人がいる。
生き方を教わったならば、私はこういう順番とやり方でしか自分なりの誠意が示せない。
ここまで来れてやっと私は初めて、謝罪や感謝を口にすることができる。その資格すらなく私は生きてきた。私は、私から正当性を奪う世界のものをすべて捨てなければならない。たくさんたくさん捨てた。手足を切り落とすような痛みとともに捨てた。まだ私の身には残っているかもしれない。
私が恐怖にかられて書いたものは、このブログにもたくさん詰まっている。読み返すのは今の私には苦痛で出来ない。だけど、恐怖と錯乱の中自分がどういう状態にあったのか、当時よりもよく見えるようになった。


恐怖が恐怖を映し出す合わせ鏡の世界の中で私が見たもの聞いたもの、一体何が真実だったのだろうかと、これまで考え続けてきた。
一個の人間にとって、尊厳がいかに魂と同等に価値を持つものか知って、合わせ鏡の世界は徐々に私の一人舞台へと様相を変えていった。
「悪魔とスゴロクを」という記事を、書いたことがあった。ボーダーの真っ只中にいた頃の記事だ。思い出して今探して読んでみたら、奇しくも私がBPD患者として出たドキュメンタリーで使われたシーンの話が出てくる。
過去の私は、こんなふうに書いている。

「永遠に、振り出しに戻る。
この手は、いつでも悪魔の手をしっかり繋いで、走るから。」
◇悪魔とスゴロクを(2008年4月18日)

BPDという障害を持っていて良いことなんて当然ひとつもない。本当に一つもないのだ。
そして損ねた信頼関係は戻らない。徹底的に壊したのは、私だ。
己の罪と、己が傷つけたものの真の尊さを、この順番これだけの時間をかけてしか私は気付くことができなかった。


だけど私は、振り出しには戻らない。
もう二度と悪魔と手は繋がない。何年も繋いでない。
繋いでいたこの手を汚らしく感じることがある。だけどそれでも私はこの手でこの先繋ぎたい誰かと手を繋ぐ。全部引き受けて生きるしかない。自分がやったことから逃げるわけにはいかない。ここまでに今日までかかった。長い長い時間かかった。
心の真ん中に生まれた誇りと信念を育て続ける。
やっとここまできた。ここからだ。生きるとは、ここからなんだ。


関連記事 ◇悪魔とスゴロクを
カテゴリー ◇境界性人格障害
↓ 応援クリックよろしくお願いします。  
 にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ 人気ブログランキングへ

◇私のtwitterは→こちら 注:心が全裸
◇私のtwitterまとめサイト→twilog(日ごとに纏めて読めます)
◇私の配信しているUstream番組→ MitorixTV(次回は12月28日22時~放送予定です)

関連記事

日々日記 | trackback(0) | comment(6) |


<<ライブ放送MitorixTV Vol.9 まとめ | TOP | ☆★ライブ放送MitorixTV Vol.9配信のお知らせ★☆>>

comment











管理人のみ閲覧OK


 

美鳥さん、おひさですぅ。

ブログの方のコメントありがとうございました。

さてこちらもあの記事を書いて以来、久々の非番なのでやっとPCを開いたところなのです。

いやさ、忙し過ぎて精神と体力の限界に達し、もう起き上がれなくなる寸前なのでしたヨ。

そもそもウチや美鳥さんみたいなタイプの人間は、良い意味でも悪い意味でも逃げる事無く、物事を真っ直ぐに捉えようとしますからのう。
それゆえに、人一倍傷ついたり苦しんだりする事も多いのだよね。

俺達はたぶんこれからもこうやって、何度も転んでは起き上がる人生を繰り返す事になるのでしょう。

これからも戦友として、美鳥さんのますますの御活躍を応援し続けていますヨ。

※あえて↑の記事とは無関係な私的コメントで、すんまそん。

2011/12/28 11:13 | まゆげ [ 編集 ]


 

通りすがりの者です。
記事を拝見して、涙が止まらなくて、
でも、何故だか、ありがとうを言いたくなってコメしました。

何に対してだか自分でもわからないのですが
多分、記事を通して「勇気をくれてありがとう」なのだと思います。

2011/12/30 01:33 | はじめまして。 [ 編集 ]


ありがとうございました。 

Twitterに紹介されていたURLからブログを拝見しました。
自分を優位にしようと、言い訳をしたり、威圧的態度を取ったり、かと思ったら謙虚さを強調してみせたり…。
こういう性格のええ歳の方に振り回されてヘトヘトになったことがありました。「自分は徳川家康と同じ手相だ」と自己紹介したのが印象的でした。


でも、このブログはひねくれた性格の次元では語り尽くせない苦しみを、ていねいに、初心者にも分かりやすく書いてあって、精神の病の理解に有効だと思いました。


患者本人どうしが語り合い、認知の歪みを修正していく治療法もありますが、大変な時間とエネルギーを費やされたのですね。カラダがしんどいときは、ムリせずゆっくり休んでください。


読ませていただいて、ありがとうございました。

2012/01/01 17:51 | ノッチっち [ 編集 ]


 

初めまして。

当事者です。
Twitterから参りました。

BPDという病気が生きているのではなく、「私」が生きている。
これは私も、常々思います。共感致します。

完全とは言えずとも、過去を清算し、なるべく人は恨まず、シンプルに物を考え、自分や相手の良い所を見つめて生きていけたら…と願いながらの生活です。

講演活動をされているとのこと、とても素晴らしく思いました。

ご自分に背を向ける事なく、誠実に生きておられると感じました。
それだけでも十分、ご自分の信念に則った生き方をされておられると感じます。

そして、芸術にも造詣をあって、素敵だと思いました。
良いところ、沢山お持ちなんだと思いました。

私の話ばかりになり、大変恐縮なのですが、私は現在、人を支える側に立ちました。
喜び多い仕事である反面、嫌な面にも沢山遭遇し、すっかり自信を亡くしてしまう事も多々あります。

その時に思うことが、かつて自分を支援してくれた人が、いかに忍耐をもって私に接してくれたかという事と、何とかして相手の良い面に目を向けたいという気持ちです。

人を恨む事は、予想以上のパワーを使いますね。
なるべくなら、愛するほうに使いたいものだと思います。

プロフィールも拝読させて戴きました。
自分にも心当たりのある話もありました。

決して、私のような者が、軽い気持ちでは語ってはならない事で恐縮ですが、どうか、美鳥さんがこれからも、もっともっと、光に満ちた暮らしを送られますように。

うまく言い表せなくて御免なさい。
ご健勝、ご活躍をお祈りしています。

乱文失礼致します。

2012/06/24 01:33 | Kanade [ 編集 ]


美鳥>kanadeさんへ 

kanadeさん、はじめまして。こんばんは。
コメントありがとうございます。
Twitterから来てくださったとのこと、返信が相当に遅れてしまい申し訳ありません。
コメント返信のお知らせをTwitterで打つので、見てくださったらと願います。


> BPDという病気が生きているのではなく、「私」が生きている。
> これは私も、常々思います。共感致します。

ありがとうございます。
病識を持った当初は、自分の言動の主語を何かと「BPDは~」と表現していたものでした。
現在はBPDを克服したのですが、回復過程で主語を「私」に意識的に、また自然と変換していきました。
共感くださって嬉しいです。なかなか伝わりそうで伝わらない感覚のようなので、うまく表現できずにいました。


> 完全とは言えずとも、過去を清算し、なるべく人は恨まず、シンプルに物を考え、自分や相手の良い所を見つめて生きていけたら…と願いながらの生活です。

回復への強い気持ちを持てるかどうかがPBD回復の鍵かなと思います。
私が自分の言動に振り回されっぱなしな頃というと、すごく苦しくて常に怒りや恨みや悲しみや痛みが自分の中に渦巻いていたのですが、回復を目指すよりも限界まで蓄積し、蓄積したら爆発させて吐き出し、また蓄積してのたうちまわるほうが自分にとって都合がよかったのだと思います。
そこから回復しようとした時、内省の強さあまって完璧を目指しているときもありました。
でも完全でなくてもいいのだと思います。
間違っても失敗しても、ひたすらに自分を修正し続け、自分の言動に自分で最後まで責任を取り、自分にとっても他者にとってもベストな姿勢を目指す。継続する意思こそ症状どっぷりの頃に欠けていたものなので、一貫性を持つことを心がけているうちに、気付けば回復していました。

シンプルに考えることを、私も同じく心がけています。
単純化するのではなく、その場に複雑に混在している現象や感情を一つ一つ切り分けて冷静に考えることにしています。何かをおざなりにすると、その隙をつくかのように自分ってまたどこまでも絶望や破壊に走る失敗を何度も繰り返してから、できる限り自分について突き詰めて分析するようにしています。
そんな日々は、毎日毎日挑戦続きで結構へとへとでした。kanadeさんの暮らしが、できるだけ穏やかであること、努力がすべて実ることかげながら応援しています。


> 講演活動をされているとのこと、とても素晴らしく思いました。

なかなか思うようにできず自分反省会ばかり開いていますが、当事者の方々に支えて頂いて、やっています。
私の回復のきっかけを貰ったのも学んだのも考えたのも一つ一つ解決いていったのも、殆ど当事者の方々とのつながりと協力でした。
医者やカウンセラーが持っていない経験、経験からお一人お一人が学んだこと、創意工夫を教えてもらって、励ましあって治療に取り組んでこれました。
ネットではないリアル世界で少しでもそんな場を提供できたらという思いもあって、講演会を開いています。


> ご自分に背を向ける事なく、誠実に生きておられると感じました。
> それだけでも十分、ご自分の信念に則った生き方をされておられると感じます。

ありがとうございます。心から。

> そして、芸術にも造詣をあって、素敵だと思いました。
> 良いところ、沢山お持ちなんだと思いました。

ありがとうございます!
障害は、どんなに良いところがあっても自分の障害で自分の足を掬い続け転び続けて一向に前に進めないとこが酷だなと思います。体調が安定せず、なかなか外出できないのですが近々美術館めぐりをまた再開したいです。


> 私の話ばかりになり、大変恐縮なのですが、私は現在、人を支える側に立ちました。
> 喜び多い仕事である反面、嫌な面にも沢山遭遇し、すっかり自信を亡くしてしまう事も多々あります。

コメントをくださる方のお話こそが、私はとてもお聞きしたいです。
ブログの感想なんて要らないくらいですw
人を支える側にいざ立つと、これまで見えなかったあれこれや現場のあれこれが見えるようになって、新たな葛藤を抱えるというのは、そういった経験を持つ知人から聞いたことがあります。
複雑な心境ですね。

> その時に思うことが、かつて自分を支援してくれた人が、いかに忍耐をもって私に接してくれたかという事と、何とかして相手の良い面に目を向けたいという気持ちです。

あああ!私もそれを何度も何度も頭に巡らせるので、お気持ち分かります。
もう会うこともない人に対しては心の中で謝罪に謝罪しつつ、今日明日この先はそれに報いる生き方をせねばと背筋を正すことにしています。

> 人を恨む事は、予想以上のパワーを使いますね。
> なるべくなら、愛するほうに使いたいものだと思います。

本当にそうですね。
自分自身を置いてけぼりにするくらい他人を恨む時って、大概事実をちゃんと認識せずに、感情に振り回されて物事を乱暴に憎しみでひっくるめてた気がします。
誰にでもある日常的な怒りや、ちょっとした違和感を溜め込まずにその都度自分で処理していくことにしてから、エネルギーを愛するほうへ使えるようになってきました。


> 決して、私のような者が、軽い気持ちでは語ってはならない事で恐縮ですが、どうか、美鳥さんがこれからも、もっともっと、光に満ちた暮らしを送られますように。

いえいえ、とんでもないです。
言葉を丁寧に選んで書いてくださって、kanadeさんのメッセージに触れて温かい気持ちになりました。
満足に動けない状態から、なんとか頑張って工夫すれば動けるようになった今まで、相当の年数がかかりました。その間に、やりたくてもできなかったことが山ほどあります。
それが悔しくもあるけれど、本当にこれから先は好きなことをして、光の中でのびのびと深呼吸するような心地で生きていきたいなぁと思います。
kanadeさんの日々も、どうか充実したkanadeさんらしい毎日でありますように。
Twitterから来てくださったそうですが、もしお気が向いたらTwitterの方でも話しかけていただけたら嬉しいです。

コメントありがとうございます。
またぜひ遊びにいらしてください。
お待ちしています。

2012/09/27 02:27 | 美鳥 [ 編集 ]


その後どうですか 

被害受けてここに立ち寄りました。
寛解できましたか?
わたしは配偶者が境界性で散々振り回され精神的にズタボロです。
それでもまだこういうサイトを探す自分はまだまだ抜け切れそうにありません。
サバイバーのお話を聞きたいです

2015/11/12 23:38 | イソ [ 編集 ]


trackback

trackback_url
http://xxcotorixx.blog120.fc2.com/tb.php/1202-03c22692

| TOP |

プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

月別アーカイブ

QRコード

QR

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

メールフォーム 

お気軽にメールください。返信までお時間頂く場合があります。

名前:
メール:
件名:
本文:


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。