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2011/08/27 (Sat) むしろ元気な時しか通院できない

精神科医ってどこまで患者の訴えをまともに聞いてるんだろう? 医者は、患者の状態を正しく把握するために最善の努力をしているんだろうか?
うつ病で通院している友人から、とある話を聞いて、精神科医と患者の理想的関係とは一体どんなものか?久しぶりに強い疑念を抱いて考えてみた。

医者と患者の関係は、主に診察室においてのみ。その診察室で物理的に患者はどれくらいの時間医者と顔を合わせてるのか、ざっと計算してみよう。
1回の診察時間を5~10分、1ヶ月に2度の診察と仮定する。1年間通院した場合、医者と患者が会う総時間数は僅か2~4時間になる。
医者は、患者の生活そのものに関わってくる書類を書く機会がある。障害者手帳はじめ、障害年金の申請、職場への休職願いに添える診断書。医者の書きようで受けられるサービスが変わってくる。

友人の場合、医者が友人の家での生活能力について、実際とは異なる状態を書類に記した。気付いた友人が訂正を求めたけれど、頑として訂正に応じないのだという。友人は「できません」と申告しても、「あなたはできているはずだ」と医者が譲らないという。実際のところは、医者が譲らないのではなく「(医者個人のプライドの点から)譲れない」だけなのだろうけれど、医者が年間2~4時間の診察のみで、診察室外の患者の常態まで把握していると妄信するのはいかがなものか。


自分自身を鑑みると、私が病院に行く時は大抵元気な時だ。家にいる時とは、状態がまるで違う。
受付時間内に外出するにはメンタルとフィジカル両面の調子が整っていなければ不可能だ。身支度して病院までの道のりを乗り切れるだけのパワーがある時でないと病院へは出かけられない。診察室では医者と話すわけだから、人と話せる精神状態でなければならない。
条件が揃った時に病院へ行く。だから、医者はかなり元気な状態の私と毎回会っていることになる。
前述の友人もまた、元気な時しか病院に行けないという。

普段は、症状ひきずって体を引き摺るように仕事へ行って、へとへとで帰ってきて他に何もできずぼろきれのように眠り込み、まるで眠れない夜もあり、悶絶して朝を迎えてまた仕事へ行く繰り返し。休日は屍のように横たわったまま、食べ物を買いに出る元気もない。
けれどいよいよ薬が切れてきて、どうしても病院へ行かねばならなくなった時、数日前から病院へ行くため準備を始める。体力を確保し、計画的に調子を整え、努力の末に確保した元気でようやく病院へ。
「病院に行ける時は、結構元気な時。だから医者には実際より軽い症状に見えているだろう」という話を、私は他の闘病仲間たちからもよく耳にする。

経験豊富な医者ならば、勿論ある程度予測して診察してくれるのだろうけれど、診察室と家で患者がどのくらい状態が異なるかは、結局患者本人から聞くしか確認する術はない。
だけど中には患者が訴える生活状況の困難さを「そんなわけはない」と否定する医者がいるとは驚きだ。

「医者だからといって、患者の何もかも知ってるわけじゃない。何もかも把握できるわけじゃない」
という、人間として当然の前提を持つのは、医者にとって何か不都合でもあるのだろうか。あるのだとしたら、医者の個人的な保身しか見当たらない。それはもはや治療とは無関係だ。

患者の密かな頑張り、密かな苦悩、誰にも見せない生活上の惨状、病院にたどり着くまでの苦労、患者が胸に秘めて歯を食いしばって頑張ってる瞬間がいっぱいある。それらを知ってくれとまでは思わないけれど、せめて「診察室での患者だけが全てじゃない」ことを医者は最低限頭に留めていて欲しい。
実際私は比較的元気な時にしか通院できていない。



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管理人のみ閲覧OK


こんにちは 

分かります。私もすごく精神が不調な時は病院に行けませんでした。
本当に、診察室の中だけで全部を判断しないでほしいです。もっと患者の言葉を聞いてほしいですよね…。
みとりさんのお友達がかわいそうというか、あまりにもひどいですね。

これは精神科だけじゃなくて、内科とかでもいえることですよね。
前に喘息がひどい時期があって、ちょっと落ち着いてから病院に行ったら、「あんまり喘鳴聞こえないけどねぇ~」とか言われてかなり不愉快な思いをしたことがありますよ。

2011/08/27 17:24 | ちひろ [ 編集 ]


わかる~ 

美鳥さん、こんにちは。

私も自分の事でと、娘に付き添って(別の精神科)と、下の子で(また別の精神科医)かかったことがありますが、(医者を)選ばなあかんなーと思うことばかりです。なんか知らんけど、精神科ってだけでやたら高いし、治るワケじゃないし、必要性を感じず行かなくなりました。

どんな思いでそこにたどり着いているかとか、どんな日常を乗り越えているかとか、まーったく興味なんやろね。他人やし、人ごとやし、けど、精神科医やろ??ってさ。それでも通わねばならん方々は良い先生に出会って欲しい。傷つく為に行くんじゃないもんね、救いの場であって欲しいです。

2011/08/28 09:11 | エコペン [ 編集 ]


ドクターショッピング 

なかなか思うにまかせるドクターに巡り会うことも少ないですから、ドクターショッピングになるのもいたし方ないですよね。

ぼくは診断書すら出してくれないので、ドクターを変えたことがあります。

あと、診察は可能ならば家族と一緒がいいと思います。体調が悪いときの様子を伝えてもらえるからです。

2011/08/30 08:48 | HAJIME [ 編集 ]


 

やほぅ、みとりっち。

私も病院は大抵家族の誰かと一緒だったよ。

時々私たちが別の医者にセカンドオピニオンを聞くみたいに、
医者も私の家族からみた「私」を知りたがってた。

患者はわらにもすがる思いなわけだけど、
医者も人間だからね。

それにしても精神科医は変な人が多い気がするよ(笑)
私の主治医だけ?(笑)

①まったく通えない。
②元気をふりしぼって通院。
③入院。

オプション少ないよね(苦笑)

2011/09/02 01:40 | Muumipeikkoreo [ 編集 ]


 

通院は本当に大変ですよね。
娘は今月に二度ほどカウンセラーによるカウンセリング45分と、医師との面談が15分ほど。
一時間以上かけて行くのですが、途中で倒れて救急車で病院まで連れて行ってもらったり、私が付き添えればいいのですが、、、それもなかなか。
本人が病院に行くのが大変苦痛になる時もたびたびあります。体調が悪いというより、話したくなかったり、どうせ良くならないんだから行っても意味がないと言ったり。
そんな時は私が病院へ薬を受け取りに。
娘の主治医は私などよりも娘の持つ恐怖心などを理解してくださっているので、その理解への為に私も調子の良い時で二カ月に一度程、悪い時は一月に一度ほど、娘とは別に医師との面談を45分程しております。あと、私が行けない時には家での様子を文書にしてファックスで送ったり。
普通よりもきめ細かい対応をしていただけるので感謝しておりますが、もう5年という月日が経ち、娘には通っても治らないと詰め寄られますが、治る治らないはおいておいて、気持の混乱や葛藤を訓練された人に話すということは大事だよ、と諭しています。
通院に関しては本当に毎回終わるとホッとする思いです。
カウンセリングだけでも、往診カウンセリングなんてあったらいいなとちょっと思いました。
でも来るとなったら、また別の意味での大変さがあるかもですが、、、、、、。

いずれにせよ、長期戦ですね。

2011/09/05 11:19 | 冬日向 [ 編集 ]


美鳥>ちひろさんへ 

ちひろさん!ちひろさんや~!
ツイッターで毎日お見掛けしてるもので、こっちにコメントいただけるとフレッシュな気持ちでどきどきしちゃうw
コメントありがとう~。

> 分かります。私もすごく精神が不調な時は病院に行けませんでした。
> 本当に、診察室の中だけで全部を判断しないでほしいです。もっと患者の言葉を聞いてほしいですよね…。

ちひろさんもなんですね。
私が知ってる闘病中の友達もやっぱりそうです。何日も前から気合入れて計画的に体休めてどうにか通院したり。
本当に屍みたいな時こそ、誰か助けてーて思うんだけど病院に行く余力がないんですよね。

診察室だけで判断されてしまうと困るのは、私の場合無意識にいい子な顔をしてしまうし、礼儀正しくて大人しい。ボーダーでも何でも、AC気質をそなえた人はつい頑張って普通に振舞っちゃいますよね。


> みとりさんのお友達がかわいそうというか、あまりにもひどいですね。

そうなのです。
なんかこの記事、最初にアップした時妙な文章になって、書き直したんだけど今だに変な文章。全く説明不足なのですが、友達は本当かわいそうな目にあったということは確かです。
「食事は自力でとれてません」と申告したのに「取れてるはずだ」と医者が言い張って聞いてくれなかったそうです。なんじゃそりゃあ!と驚きました。
彼は相当にショックを受けていてわけが分からないと言ってたんですが、こうして「わかる」と言ってくださる人がいると知ったら元気になるんじゃないかと思いました。


> これは精神科だけじゃなくて、内科とかでもいえることですよね。
> 前に喘息がひどい時期があって、ちょっと落ち着いてから病院に行ったら、「あんまり喘鳴聞こえないけどねぇ~」とか言われてかなり不愉快な思いをしたことがありますよ。

そうですね。外科でも私似たような経験してます。最近では整形外科でも。
喘息が苦しいって言ってるのに「聞こえない」て言うのは、つまり「きみが大げさなんじゃないの?」「気のせいじゃないの?」「感じ方が間違ってるんじゃないの?」て意味なんか?て思うんですよね。

医者の方がよく知っていて当然、医者は何でも知っている、もしデータや前例と違うことがちょっとでもあったなら「患者の感じ方がおかしいのだ」に安易に流れていきやすい一部(個人的には大半に思えるのだけど)の医者の医学信仰ぷりにがっかりすること多いです。

ちひろさんのエピソード聞いて思い出したけど、ある時、パニックでも過呼吸でもなく、刻々となんだか息ができなくなってったことがあって、怖いから救急に電話したら「自力で来れるなら自転車で来て」て言われて、言われるがまま自転車で行って診てもらう頃には本当窒息して死ぬんじゃないの?て状態だったんだけど、医者が
「う~ん・・・そんな症状聞いたことないなぁ。う~ん・・・のってないんだよね~」
て、家庭の医学みたいなのを広げて、「これかな?こっちかな?」てやった挙句、
「分からないから、精神的なものじゃないかなぁ。そういう症状、ないから」
て言われたときには、呆然としたことありました。

この間は、整形外科で首引っ張られたら2度も痛みが出たんだけど「痛むはずないですから!」て言われて本当傷ついた。
医者のための患者じゃなく、患者のための医者であって欲しいですね。

コメントありがとうございます。
アップアップしてる今だけど、ブログ遊びに行ってかまいたちのお話にコメントしたいですw

2011/09/07 05:03 | 美鳥 [ 編集 ]


美鳥>エコペンさんへ 

エコペンさん、こんばんは。コメントありがとうございます♪

> 私も自分の事でと、娘に付き添って(別の精神科)と、下の子で(また別の精神科医)かかったことがありますが、(医者を)選ばなあかんなーと思うことばかりです。なんか知らんけど、精神科ってだけでやたら高いし、治るワケじゃないし、必要性を感じず行かなくなりました。

精神科だけじゃないんですが患者側が、病院の質を調べて選ぶこと、大事だとつくづく思います。私も長年かかってきたけれど、実際に通院してみれば一般に思われているほど精神科は万能ではないということに気付きました。薬価は確かに高いですよね。精神薬の副作用も大きな問題だと感じているので、定期的に血液検査を欠かさない病院、薬の説明をしてくれる病院、何より患者の健康状態を預かっている責任感をもった病院を選ぶべきだと思います。
「治るわけじゃないし」てコメントに思わず笑ってしまったのですが、本当そうなんですよね(笑) 
何より早く治りたい、できるだけ早く治って仕事に復帰したい、自分らしく元気に生きたいと思ってらっしゃる方々は、生活面を改善したり本を読んで学んだり自助グループやカウンセリングを利用したり、回復を目指していろんな方向から努力してらっしゃるなと感じます。


> どんな思いでそこにたどり着いているかとか、どんな日常を乗り越えているかとか、まーったく興味なんやろね。他人やし、人ごとやし、けど、精神科医やろ??ってさ。それでも通わねばならん方々は良い先生に出会って欲しい。傷つく為に行くんじゃないもんね、救いの場であって欲しいです。

私が今通院している精神科の先生は、かなり理解がある先生で助かってます。ドクターショッピングしがちな私が、3年ほど通院しても転院しようと全く考えないから、かなり良い先生かもしれません。
けど記事に書いた友達の精神科医は、まじ最悪なんじゃないかと、だけど結構こういう精神科医はいるなぁと感じて記事にしました。友達自身も「医者運がない」と言ってたのですが、エコペンさんが仰るように救いの場であるべきで、治療で二度傷つくなんてあってはならないと思います。

こうした体験をしてしまったばかりに、医者を信用しなくなって治療から離れてしまう患者さんもいるんですよね。
良い精神科とはどんな精神科か明確な基準がない今だけど、患者の回復ではなく自身の権威を保つことに熱心な精神科医にはかかるべきではないというのが個人的意見です。

精神科医については他にも色々思うところがあります。
医療側が作ったパンフレットなどではなく、実際に通院している当事者同士の情報交換や意見交換がもっともっと進めばなぁと、最近痛切に願っています。

2011/09/12 02:55 | 美鳥 [ 編集 ]


美鳥>HAJIMEさんへ 

HAJIMEさん、こんばんは。
転職されて新しい職場でスムーズにお仕事されてらっしゃるとのこと、ブログ記事面白かったです。

> なかなか思うにまかせるドクターに巡り会うことも少ないですから、ドクターショッピングになるのもいたし方ないですよね。

そうですね。ドクターショッピングって、男性がするものだって以前の精神科医に言われたことがあります。これまでマイナスの意味で「ドクターショッピング」とう言葉が使われることが多かったのですが、私は前向きな意味で、むしろどんどん試して色々見てみたほうがいいと思うようになりました。
ドクターだけじゃなく、カウンセラーについても。
サービスの受け手である患者が医者を見る目を養うことで、より良いサービスを求めていくことができると思います。

> ぼくは診断書すら出してくれないので、ドクターを変えたことがあります。

なぜ診断書を出さなかったのでしょうか・・・?

> あと、診察は可能ならば家族と一緒がいいと思います。体調が悪いときの様子を伝えてもらえるからです。

うーん・・・私の場合は病気の一因が家庭環境にあり、家族からの理解も難しいので病院に一緒に行ったことは1度だけです。そして、自分の病気については家族にも知られたくない気持ちが強かったのである意味好都合だったと今では思います。
機能不全家族の中にあって支配されていない自分の感じ方というのが皆無な中で、病気だけは変な話なのですが「最後の自分らしさ」だったのです。家族が健康でいい子を望むのに対して、私の意識や心は期待に応えるべきだと活動停止していたのに、病気だけはSOSを出し続け抵抗し続けていた。そんなふうに今となっては思います。

なので、果たして家族と一緒に診察室に入ることがプラスであるのか。精神科の場合、そうでもないなというのが私の個人的感想です。
私のような背景がなければ、一緒に診察室に入り、気付いたことを家族から話してもらうに越したことはないと思います。恐らくケースバイケースですね。

2011/09/12 03:13 | 美鳥 [ 編集 ]


美鳥>Muumipeikkoreoさんへ 

hi!むみっち!

> 私も病院は大抵家族の誰かと一緒だったよ。

そうなんだね~私は一度だけ母と行ったくらい。10年以上通院してて1度だけだから、相当少ない。でも、そのお陰でか話しにくいことも話せてきたという利点もあった。私は一人で通院してきたのが逆によかったなーって今振り返ると思う。一緒に行く家族との関係性によるのかも。

> 時々私たちが別の医者にセカンドオピニオンを聞くみたいに、
> 医者も私の家族からみた「私」を知りたがってた。

確かに患者について、あらゆる方向からの情報って治療に役立つだろうね。積極的に患者について知ろうという姿勢はどの医者にもあるわけじゃないから、ありがたいかもしれぬ。病院で見せる顔と、家で見せる顔は当然違うだろうし。


> 患者はわらにもすがる思いなわけだけど、
> 医者も人間だからね。

人間ではなく白衣です(キリッ と言わんばかりの権威主義の医者も多くて、今の主治医に会うまでは私は結構医者不信だった。プライベートなことを話す機会が多い精神科では、聞き手である医者も人間くさくあって欲しいなと思う。カウンセラーですら、聞く技術や分析に忙しくて、また治療に有効と勘違いしているのか人間くささを押さえ気味にしている人が多い印象。患者に対して人間として接しつつ知識と技術を思う存分ふるってくれる治療者が理想だなー。


> それにしても精神科医は変な人が多い気がするよ(笑)
> 私の主治医だけ?(笑)

むみっちの先生は前にちょっと聞いたけど変みたいだよねw
私の主治医も、なんか変だ。自分のことをマイノリティーで、精神患者寄りの血筋だ、性質があるって言ってた。
でも、その先生に会って病気について説明を聞くうちに、自分の病気をある程度遺伝的なものとして、個性として受け入れてもいいかなって思うようになった。病気であることのデメリットも聞いたけど、メリットについても聞いたからかな。
睡眠の取り方についても教えてもらった。変な先生だけど、変だから話を聞こうと思える。精神疾患を持ってる人は、マイノリティな劣等感が強いからかな。

> ①まったく通えない。
> ②元気をふりしぼって通院。
> ③入院。
>
> オプション少ないよね(苦笑)

わろたwww ほんまにオプション少ないw
まったく通えない時は辛いね。薬がなくなっても取りに行けないし、ぐあああと今にも死にそうになってても鎮静剤の点滴受けにいけないとか。ふりしぼる元気がない場合は、救急車で搬送されて入院しかないんだなぁ。
私は理由あって「入院」だけは有り得ないから、こうして見てみると病院行くか行かないかしかないんだなと、結構緊張感ある闘病生活なんだなと再確認できたw

全然関係ないけど、ロンドンのパブメニューの本読んだんだけど、かなりうまそうじゃないっすか。あれはファンタジーなのかな。本だけ読んでると、パブ巡りのためだけでもロンドンに行きたくなったよ。

いつもコメントありがとう ~(:3)

2011/09/16 07:57 | 美鳥 [ 編集 ]


美鳥>冬日向さんへ 

冬日向さん、こんばんは。
精神科医療に何かと疑問を抱く昨今、この記事にコメントくださってありがとうございます。

> 通院は本当に大変ですよね。
> 娘は今月に二度ほどカウンセラーによるカウンセリング45分と、医師との面談が15分ほど。

大変ですね。私はあまりに予約どおりに行けたためしがないので、思い立った時にパワーフルスロットルで通院してます。診察よりカウンセリングがきついですね。なかなか覚悟しないと毎度通えないのがカウンセリングです。自分のことを話すのはしんどいからですね。

> 一時間以上かけて行くのですが、途中で倒れて救急車で病院まで連れて行ってもらったり、私が付き添えればいいのですが、、、それもなかなか。

うーん・・・・かなり大変な状況ですね。抵抗感があると余計に状態が悪化するのかな。付き添うには相当の精神力と体力が必要だと思うので、冬日向さんの健康も心配です。

> 本人が病院に行くのが大変苦痛になる時もたびたびあります。体調が悪いというより、話したくなかったり、どうせ良くならないんだから行っても意味がないと言ったり。

心の病の治療において、回復に対する希望が持てるかは大きなポイントのように感じます。回復してから何がしたいのかを考えることも、どこかの過程では必要になってくるのではないかと。私は、非常に苦しい時は回復してもやりたいことはないし何がやれる気もしなかったので、苦しみ以外に治療に向かわせるものはありませんでした。生きながらえて人と繋がり、少しずつ自分にできることが増えるにつれて、本当に何がしたいのか考えるようになりました。
「良くなる」「回復する」て、具体的に何を指すのか。案外当事者本人は苦しくて考える余裕がないように思います。希望が持てないのは、症状とはまた別に苦しいですね。

> そんな時は私が病院へ薬を受け取りに。
> 娘の主治医は私などよりも娘の持つ恐怖心などを理解してくださっているので、その理解への為に私も調子の良い時で二カ月に一度程、悪い時は一月に一度ほど、娘とは別に医師との面談を45分程しております。あと、私が行けない時には家での様子を文書にしてファックスで送ったり。

献身的なサポートに頭が下がります。先が見えにくいのはサポートされる方も同様、当人でないだけに尚更どうしてよいか分からないことが多いと思うのですが、諦めずサポートされ続ける姿勢に敬意を抱いています。誰にでもできることではないと思います。

> 普通よりもきめ細かい対応をしていただけるので感謝しておりますが、もう5年という月日が経ち、娘には通っても治らないと詰め寄られますが、治る治らないはおいておいて、気持の混乱や葛藤を訓練された人に話すということは大事だよ、と諭しています。

5年経つんですね。何かの参考になればと私の場合ですが、10年ほどの治療期間中数人のタイプの違う医師とカウンセラーの治療を受けて、回復の兆しを実感できたのが8~9年目です。最初の8年間は、同じ治療を受け続けていました。違うタイプへと渡り歩くうちに自分自身が治療法について詳しくなり、医者やカウンセラーを通して多方面から自分を知る機会を得て、人間的なものに刺激を受けて成長できた結果、回復へ繋がってきました。変化が感じられなかったりマンネリを感じた時に治療者を変える決断をもっと早くしていればと考えることが最近多いです。

またやはり回復してくるにつれ疑問になるのが「治る」とか「治らない」と口にしている言葉そのものの意味です。障害に対する考え方は人それぞれなのでしょうが、私は自分の性格、生育歴から生じた自然の成り行き、今後も抱えていって然るべき障害だと思うようになりました。多少障害があっても治らなくてもいいやくらいに思い始めました。
多分それは、自分のアイデンティティが確立してきたからだと思います。存在していいという自信、保証は、障害を持っているかいないかとは無関係だと思います。むしろ医者に対して、他者に対して自分のことを語れる自信や勇気を持とうと志すことが大事なんじゃないかなと思います。
怒りや悲しみなど感じていることを他者に表明しても良いのだという自己の正当性を実感できれば、多少のことがあっても揺らがず生きていけるんじゃないかなと。僭越ながら考えています。

> 通院に関しては本当に毎回終わるとホッとする思いです。
> カウンセリングだけでも、往診カウンセリングなんてあったらいいなとちょっと思いました。
> でも来るとなったら、また別の意味での大変さがあるかもですが、、、、、、。

往診カウンセリングをされてらっしゃる先生もいますよね。
うちは引きこもりの弟に往診に来てくれる先生を探したところ、精神科の先生がいらっしゃいました。そちらには詳しくないのですが、引きこもり解決の専門家の先生がいらっしゃって講演を聴きに行って相談したのですが、料金表にクラクラしました。往復の交通費や拘束時間で計算するとかなりのお値段になってしまって。

> いずれにせよ、長期戦ですね。

そうですね。長期戦ですよね。
通院して、カウンセリングに行って、家の中でも少しずつできることを増やしていって、対人関係で起こった出来事は丁寧に考えに考え続けて、自分が本当はどんな人間でどんなことを本当は感じているのか。何を苦痛に思い、何を安らぎと感じるのか。DIDは特に自分が分からない病気なので、人が当たり前に認識している感情も全部チェックしていく必要があるのだと思います。途方もない時間がかかるけれど、障害と向き合っていくことが与えられた命や運命に真摯に向き合うことなのだろうと、向き合う真摯さが出会うべき仲間と引き合わせてくれるだろうと、最近そんなことを考えています。

当事者や近親者の声は本当に貴重で有難いです。当事者同士の情報交換がもっとすすめば、適切な治療や新たな知恵が見つかるように思えてなりません。勉強させて頂けるのがありがたいです。
是非またコメントください。楽しみにお待ちしています。

2011/09/24 01:21 | 美鳥 [ 編集 ]


こんばんは。 

元気な時にしか病院に行けない、なんとなく分かります。
我が家は母も当事者というダブルパンチをくらう環境化なので、 どうしても距離を作らないと参ってしまいます。
フルスロットルをかけてでも家から出ないと巻き込まれてしまうのです。かといって一人ぼっちで何でもできる能力は母にはない訳で…一人暮らしもなかなか難しい状況です。
正直当事者だと誰かにフォローしてもらいたいのですが、それはする側でして。
なので、ヘルパーさんや訪問看護師さんに助けていただいてます。
間に入って調整してくれる方々がいるのは本当に助かります。
もちろん主治医や作業療法士さんも助けていただいているのですが、どちらも立場上家庭には踏み込んではくれませんし(笑)
この辺は外側と内側からの援助の違いですね。
苦しいですが逃げる訳にはいきません。
こないだからお世話になっている美鳥さんのUst放送、すごい楽しみです。当事者さんたちに共感?してもらうのがあんなに嬉しいことだとは思いもよらずでした。
すみません、脱線してしまいました。

2012/07/03 00:10 | よもぎ [ 編集 ]


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Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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