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2011/08/10 (Wed) いつか自分を許すため 



きちんと書こうとするのは今日はやめるよ。
昨夜書こうとした内容を書き留めようとしてる。昨日は頭が混乱した。今日は途中で記事が全部消えた。1時間前は書こうとしたら過呼吸でダウンした。それからずっと涙が止まらない。書くのが辛い。だけど書かなきゃ駄目だよ。

数日に一度は死にたくなる。マンションの真ん中が吹き抜けになっていて、真下がコンクリートの駐車場。あそこに頭から落ちよう乗り越えて飛び越えてしまったら一瞬で終る。何度も覗き込んで踏み止まる。今日死ぬなら、なんであの時や昨日や一昨日死ななかった?自問したら、壁を乗り越える足から力が抜ける。生きるのも難しいけど、死ぬのもなんて難しいんだ。

もう死んでしまえば楽なのにと思うのは一日に何時間置きか。
私はそういうの決して人前で見せない。極端に人前では元気で明るくて、誰も私が病気で障害者なんて思いもしない。暗かった性格も表面的に変えたから、どこに行ってもそんなに困らない。土曜日にライブイベントに行って、以前なら行く前から対人恐怖でぶっ倒れてた。だけど元気に行って踊りまくって、友達が次々紹介してくれるプレイヤーの人たちと臆面なく喋って、不愉快なナンパだってあしらえる。

だけど私は死にたくなるよ。何度でも死にたくなる。自分がどうしても好きになれない。前よりずっとずっと好きになった。死ねと罵るよりも、よく頑張ってるね今日も生きたねって自分に声をかけてやれるようになった。それでも私は、時々殺したくなる程度に自分が嫌い。そんな気持ちを、私は多分このブログにも綴ってきて、綴る度に今みたいに声をあげて、指が震えて何度も打ち間違えながら泣いた分書いてきた。
ドキュメンタリーに出た時、私がノートに書き殴ってた言葉がVに流れてた。何行も何行も真っ黒になるまでノートに書き殴っている間、1時間でも2時間でも声をあげて泣いてた。ずっと密着で撮ってたカメラマンに言われた。そんな凄まじい感情を抱えた毎日は大変じゃないですか疲れないですか、と。率直な質問で思わず笑ったけど「疲れます。死にたくなります」それが本心だった。

今この記事を書いてて、これはもう記事って言っていいのか分からないけど、私は自分を抑えるのをやめるって決めてこれを書いてる。多分、前回の記事とも全然違うし、別人が書いてるって思う人もいるかもしれない。ちゃんと美鳥だよ。私しかこのブログは書いてない。ここは私だけのありのままの場所なんだ。

こうして溢れてくるものを何の推敲もなく書くこと、この2年ほど、私にあっただろうか。私は、抑えて抑えて抑えてきた。もう過去の自分については十分に悼んだ。辛かった、可哀想だった、寂しかったね、怖かったね、不安だったね、一人ぼっちだったね、私すらあなたの味方についてあげられなかったね。そんなふうに、過去の自分についてある程度手当てができた気がしてた。だから次の段階へ。ちゃんとしっかり生きていける自分になろうとした。

頑張った。寝ること食べること、普通の人からしたら馬鹿みたいなことに1日中費やした。ちゃんと寝て起きることができるようになるまで、1年間かかった。その間、大袈裟じゃなく24時間をきちんと寝て起きるためだけに費やした。片っ端から調べて片っ端から試していった。殆ど起き上がれなくて自炊できなくて不健康だった食生活も変えるのに時間がかかった。合間合間にぶっ倒れて、解離起こして、希死念慮に襲われると何も手につかなくて振り出しに戻る。交代してるのか時間や記憶が飛んでも振り出しに戻る。使途不明でお金が消えたことも一度や二度じゃない。自分のことなのに自分で把握できない。だけど、またまともに生活しようとチャレンジするしかない。必死だった。

生活が整ったら、パンクする精神の息抜きや自分を知るために、やりたいことをやろうとした。音楽やダンスや歌や美術館巡り。これも治療過程でダウンしたり、対人関係や悩みが生じると簡単に駄目になった。障害者手帳の関係で市営の交通パスを支給されているけれど、去年は殆ど使えずに終った。

なんでこんなに私はやりたいことすら出来ないのか。
私の精神の病は勿論感染症でも何でもなくて、生まれた頃からのCPTSD。家庭環境に宗教団体に学校のいじめに、いまだ完全に蘇ることがない保育園時代の性的事件の記憶、一文なしになったこともあったし、過去の全部が決して過去になってくれない。私には記憶すらないものがたくさんあるだろうに、私の精神の病として確かに私の人生を支配している。私は運命から逃れてやろうと、失声症から抜けたときに強く強く誓ったけれど、そうして戦うべき何かが常に眼前にあって決して消えてくれないことが本当は苦しくて苦しくてたまらないんだ。

考えないでいたら? もっとリラックスしたら? もっと前向きになったら?
聞き飽きるほど聞いた。きっと一つの真理だろう。だけど私はたとえるならば戦場の強制収容所で育った。いつまで経っても銃や剣を手放すことはできない。安楽に眠ることができない。恐怖や不安がどうしても消えない。安心できる世界が分からない。馴染めない。

だけどちょっとは馴染んできた。以前の自分と比べるしかない。前より遥かにこの世界の生き方がわかってきた。もうちょっと寛いでいてもいいこと、そんなに怯えなくてもいいこと、信頼できる人の存在、信頼できない人の見分け方、いろんなことをやっと学んだ。
常に身から離れない世界への違和感も、うまく隠せるようになった。隠しておかないと不都合なのは自分なのだ。そんなに世の中は甘くない。無用な感覚は適度に蓋をする。


この間は、駅から家まで帰る夜道で、どんどん幻覚が脳裏を流れた。私なんて死ねと思ったんだ。真夏の通り雨みたいに、突然ぱらぱら死の欲求が降ってきて、あっという間に胸の真ん中に沁み込んでつま先から髪の先まで真っ黒になった。
誰か私を今すぐ酷いやり方で徹底的にぐちゃぐちゃにすればいいのにと思った。殺しが大好きな誰かよ、私と一緒に私を嬲り殺そう。協力してよ。私を肉塊になるまで切り刻んでレイプして束にして火をつけた花火を突っ込んで内臓まで焼いて焦がしてくれ。腐るまで引き摺り回して、私と一緒に私を嬲り殺して遊んでくれ。

映像はいつもどんどん流れる。なぜなんだろう。私の頭には、なぜこれが流れるんだろう。自分の生活を自分で作り始め、信頼できる友達もできた、全然うまくないけど自己表現も覚えた、喋れるようになったし笑ったり泣いたり怒ったりできる。
でもまだ過去が死なない。殺しても殺しても過去が追いかけてくる。今を育てても育てても、私の進歩は脆弱だ。希望を持つよりも絶望することに馴染みがよく、人を信じる能力よりも、警戒して恐怖する能力に長けている。


本当は今日書く内容は、自分ってまだまだ駄目なんだよなって反省の内容だと思ってた。
書き出したら、こんな内容になった。反省なんかより、ずっとずっと大事なことを書いた。こんな自分のことは、やっぱり憎んではならないんだ。静かに内省して、こんなことが分かりました、これから頑張りますなんてかっこいいことが書きたくてブログ書いてきたんじゃない。きっと2年前から私のブログは半分死んでる。更新頻度のことじゃない。私自身が私を監視するようになった。だけどそれは間違ってる。間違ってた。理屈抜きに心の底から思う。これまでの2年間を否定するのは怖い。だけど、今日こうして書かなければ私はもっとくだらない血の抜けた人間になる。

リストカットもODも、2年前から完全に自分に禁じている。他の方法で自己表現できるようになったこともあるけれど、最近自分を徹底的に抑制することが本当に良いことなのか疑問を感じてる。私は人の心をコントロールしようとしたり罪悪感を植えつけるために自分を傷つけたことは一度しかない。その他の無数の自傷は、泣きながら誰も読まないノートに書き殴ってきた言葉のように、自分ひとりに向け自分のためだけに、それから神様や運命や宿命や過去に向かってぶつけてきた。私が自傷する姿も傷も誰ひとり見たことがない。
だったら何故私は自分を抑えるのか。頭蓋に突き刺さる「切らなきゃ駄目だ」という自然な感情を、なぜ抑えるのか。抑えることで私は、もっと違う形で他人を巻き込んではいないか。「ODして意識不明で数日を越えたい」という苦しいなら当然抱く感情を、何故私は抑えるんだろう。何故だ。


昨日何気なく寄ったいつもの精神科の診察室で、最近の拒食の話をした。
食べることに罪悪感を抱いている。食べものが全部私に訊いてくる。「生きるのか?」「食べるのか?」「なんのために?」そんな話をした。初めて、解離性障害の症状にあたるらしい一般的には奇妙な感覚、体験を話した。それから、1,2ヶ月前に私の内側に突如あらわれた「G」に「私」をかわってもらうべきか悩み続けていることを話した。

医者は、拒食だろうが解離だろうが最終的にはどうでもいい、あなたが自分を許せていない事実だけが最も重大なんですと言った。あなたは生まれて今日まで、こんなに長い間生きてきた、その自分をもうそろそろ許してあげませんか、自分が嫌いなんてこの世で最も苦しい辛い感情です、生きてる自分を許してあげませんか。医者はそう言った。

「許す」
私は何故自分を「許す」ことができないのか。一体何の罪を犯したというのか、確かに「許せない」と感じている。徹底的にいたぶって殺したくなるのも、単に死にたいからじゃない。憎くて憎くて大嫌いだから、死んでも死んでも死に切れないくらい自分に暴虐の限りを尽くしたいだけ。そしてその感覚は、私が自殺できない最大の理由でもある。死にたいわけじゃない。自分が憎すぎて死ねない。あっさりぽとりと落ちておしまいなんて許せない。

被害者ぶるつもりはない。もしそうならブログなんて書いてない。人目につく場所で自分の内面を書きたいだけ書いている。これは被害者や弱者のスタンスなんてもんじゃない。真の弱者とは、具体的なことを何一つ書かず情にだけ訴えるのが勝ちだ。私はそれをしたくない。私の両親もこのブログを読んだことがある。なぜ私のブログだと分かったのか、それは私が嘘を書いてないからだった。だから余計に詰られたしおよそ思いつく非難という非難を浴びた。人非人だとか、家族を売ってると両親が私を苛烈に責めた気持ちは理解できる。申し訳ない気持ちもある。でも、私は私にとっての事実を書いてきた。書くべきだった。理解されにくいのは承知で言う。この点を貫いてきた自分を誇りに思う。

書く行為そのものが、何度も何度も私を救ってくれた。
耐え難い苦しみから逃れるために、私は感情や記憶や感覚を切り離して隔離し、別の自分で網状に拡散させて生き延びることを選択してきた。そのまま私は一つの体に一つの人格ではいられなくなった。だけど、書いているときは私が私であると感じられる。いつも手探りで大抵声をあげて泣きながら、一人の部屋で一人の自分の心に必死で触れてはキーを打っている。

私は、私を許せてない。
治療を始めて10年以上が経つ。それでもまだ、私は完全に自分を「許す」ことができてない。自分を随分好きになれたのに、もっともっと好きになるべきだという。私は、これ以上自分のどこをどう好きになれるのか分からない。3歳から発病したDID(解離性同一性障害)は多分一生完治することはない。
年齢相応の経験も少ないだろう。意識を失ったり動けなかったり、獣のような声をあげて床を転げまわり、希死念慮や自傷や幻覚幻聴、無差別大量殺戮願望に引きずり回され、多大な時間を費やしてきた。
人の心を傷つけるものが許せない。今こうしている間にも、どれだけの人が過去の生傷に苦しんで越え難い夜を越えて朝を迎えるんだろう。
頑張ってる私がいる。意地で、ただひたすらに弱い自分に負けまいと、敵味方区別がつかなくなるくらい必死で戦うときがある。私は全然強くない。
苦しい。自分に負けそうだ。寂しい。怖い。誰か助けて。もう無理。もう限界。もういやだ。死にたい。誰か殺してくれ。


これも本当のこと。ずっと書けなかったこと。自分が自分を監視してた。だけどそれはもうやめる。今泣いてるのは辛いからだけじゃない。安心した。ほっとしたんだ。私は強くない。私が私の目に、私は強くないってことを見せてやらないと駄目なんだ。許すってよく分からない。だけど、過去がまだ過去でないなら、まだ傷が開いたまま血を流しているなら、どれだけ時間がかかって悔しくても、何度同じことを繰り返してバカみたいって思っても、進歩ねーなって思っても、過去のことなんて忘れて前向きに生きろってありがちなこと言う人がいても、私はそうじゃないって言おう。
柔らかい頃に傷ついた心は、簡単には癒えないんだ。私は自分の傷の深さを甘く見てた。実際より浅いと思いたかった。
いつまでも痛がる自分が駄目なんじゃない。こだわってるわけでもない。悲劇に酔ってるわけでもない。私は幸福に酔いたい。健康になりたい。やりたいことがいっぱいある。信頼しあいたい人たちがいっぱいいる。

私は過去をまだちゃんと理解できてない。自分の弱さを弱さとして認めきれてない。傷ついたままの子供を放置している。もう一度やり直す。このブログを書き始めた頃の気持ちに戻って、原点に返るよ。



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美鳥さんへ 

何度も繰り返し読みました。
胸に迫る美鳥さんの言葉…読みながら美鳥さんの現在過去に寄り添うな気持ちでした。
2年前は2年前で正しかったんだと思います。きっといつだって美鳥さんはその時なりに必死で乗り切ってきたんだと思います。
だから今がある。そしてこれからも。

何をどうお伝えすればいいのかわからないけど。
私は美鳥さんが好き。もっともっと話したいし、知りたいと思ってるよ。
読みながら、自分のことを考えてました。まだまとまらないけど、いつか芽になりそうな気付きや感情を頂いた気がします。

最近、何かで「最大の復讐は“赦す”こと」という文章に出会いました。難しいけれど。できるかはわからないけどなるほどと納得しました。

経験したことも。出会った人も。何ひとつ欠けても今の私にはなり得なかった。
その時その時、最良ではなくても最善を尽くしてきたんだから、それで良かったんだよ、きっと。
写真のモザイク感、すごく好き。美鳥さんの視点、いいなぁ。

2011/08/10 07:38 | Ma [ 編集 ]


 

美鳥さんがこのブログを始められて3ヶ月という頃
偶然見つけてそれ以前の記事を急いで読み、それからずっとこっそり見てきました。
二度ほど『えな』という自分の名前から程遠い
即席のハンドルネームでコメントを書いたことがあります。
なるべく自分の状態がわからないように。

私の現状は引きこもりです。
16歳の時から6年になります。

美鳥さんのブログをヒントにして自分を見てきて
最初は横になっているのも辛く
憎悪で獣のようになっていましたが
ここ二年では家の中での生活はまともにこなせるようになり
掃除ができるようになりました。
カウンセラーの先生にカウンセリングとまではいきませんが
週に1回電話で対応していただいています。
本当にゆっくりですが外に出る準備をしています。
でも最近、変化がなくなってきていました。

>自分が嫌いなんてこの世で最も苦しい辛い感情です、生きてる自分を許してあげませんか。
ここにハッとしました。
自分の事が嫌いな事が当たり前過ぎて
カウンセラーの先生にも特別話すような事でもないと思っていました。
今までは自分でもおかしいと気付いているところを意識してきましたが
これからは私が当たり前と思い込んでいるところにも
触れていかなくてはいけないんだなと。
分かっていても出来ていなかったんだと気付きました。
ちょうど今日電話をする日なので
勇気がでれば言ってみようと思います。


できれば今年中に外に出たいという気持ちが
かなり強くなっています。
去年、美鳥さんが講演を行われた時
行きたくて、でも行けなくて悔しかったです。
『次の機会には行く!美鳥さんファッションを見るんだ!』
というのがいくつも隠し持ってる
外に出たらやりたい事・楽しみな事の中にはいっています。

文章にすると途方もない事に感じてきました。
でもお会いしてみたいです。
直接どれだけ感謝しているか
暑苦しいくらいお伝えしたいです。

まずは今日頑張ってみます。

2011/08/10 08:58 | 陽子 [ 編集 ]


いつでも、なんどでも 

美鳥さん、こんにちは。久々にコメ欄が開いてた。
おぉ~と思って来ました(*^_^*)

>柔らかい頃に傷ついた心は、簡単には癒えないんだ。
私は自分の傷の深さを甘く見てた。実際より浅いと思いたかった。

すっごく伝わって来ました。ほんと、そう。平気なふりして数十年。
けど、やっぱ消えないし、消えてなかった。
自覚がないのに身体が覚えてる”その事実”に気づいた時のこと、思い出しました。
確かに、誰かに言うとすると、過去にこだわってないで”いま”を生きろと言うね。
これ、専門家に言われるのが一番腹立たしい。専門家でなくても腹が立つ(笑)。
あんたに何が解るん?頭では解ってる。けど、出来ないから困ってるって解らんかぃ?
それと、過去を人に否定されるのも腹が立つ。こだわるな?私の過去なんですけど!?

ふぅ、美鳥さんの文章を拝見してると、感情に揺さぶられ続けていた頃を思い出します。
美鳥さんの人生、美鳥さんが納得いくまで何度でも何度でもやりたいようにするのがいい。

2011/08/10 12:52 | エコペン [ 編集 ]


 

toruです。

お久しぶりです。

今まで全くコンタクトを取っていなかったのに突然すみません。

今回の記事で、なにかとても感じるものがあったものですから。。。

ブログを通して、陰ながら応援させて頂き、また勇気をもらっています。

僕はあれから何とか頑張っています。

自分のお身体はくれぐれも大事にしながら、美鳥さんがなんとか良い方向に行けることを、強く願っています。

ご迷惑でなければ、またお邪魔させて頂きたいと思っています。

突然のコメント失礼しました。


2011/08/10 20:50 | toru [ 編集 ]


こちらでは久しぶりです 

スピからとってきたようなコメントになりゴメンナサイになりますが
斎藤ひとりさんという方が書いた本で
「自分を許す」と口に出すといい→「自分が許せないんです」→「自分を許せない自分を許す」って言えばいい
みたいなのを読んだことがあります。

ためしにコレをやってみたとき
肩首が一気に緩んで「マジか?」となったのを思い出しました。

許せない自分もアリですよ。
私もいま煮詰まってるから、今晩唱えて寝ようかな。
おまじない、おまじない…ってねw



2011/08/10 21:21 | しろいまちこ [ 編集 ]


みとりっちへ。←おい 

なんだかんだで付き合い長いわたくしたち。

だから、記事読んでどれもちゃんとみとりさんだなと思ったよ。
(えらそうに!笑)

毎日毎日闘いながら生きてて、
何の為に闘ってんのか、
終わりあんのかこれ、とか思って絶望したりするけど、
這いつくばってでも生きてきたから、
今のみとりさんが居るのだし、
そんなみとりさんを愛する人たちがここにはいっぱいいるんだね。

すごく素敵なことだと思うなあ。

ブログ書くこと自体が傷に塩ぬりこむ作業でも、
みとりさんが発信する言葉や色や暖かさや過酷さが
誰かの明日に繋がってるかもしれないこと、
あながち大げさでもないんじゃないかしら。

気負うこともないけど、
いろんなみとりさんがいいよ。

むーみはそんなみとりさんを愛するよ。

あ、わたくしへの返信はお気になさらずに(笑)
いつも言いっ放しだもん!えへん!

2011/08/10 22:16 | Muumipeikkoreo [ 編集 ]


美鳥>Maさんへ 

Maさん、こんばんは。
一気に書いてアップした記事、支離滅裂だったんじゃないかと思いながらもアップしっぱなしです。書けてよかった。こんなめちゃくちゃな記事にコメント貰って嬉しいです。

2年前に訪れたカウンセリングルームの最初の問診表に「何にお困りですか?」とかかれてあって、そこに私は「明日生きているか分からない」と書いたことを思い出しながら、この記事を書いてました。
Maさんが仰るように、2年前はその治療に賭けていたし、ご縁があったし、そこ以外を頼る気力もなかった。なので、確かにそうなのかもしれません。あの時はあれで間違ってなかった。死なないという目標を達成して、明日どころか2年先の今も生きています。

> 何をどうお伝えすればいいのかわからないけど。
> 私は美鳥さんが好き。もっともっと話したいし、知りたいと思ってるよ。
> 読みながら、自分のことを考えてました。まだまとまらないけど、いつか芽になりそうな気付きや感情を頂いた気がします。

とても嬉しいです。私は素直に相手に好きと言えない難しい性格なもので(笑)、率直に言われると何て返していいのか分からなくなる。でも嬉しいです。似たようなトラウマを抱えている人は似たような行動パターンや心理反応を返すようになる、それに病名がついている。確かにそんな部分もあるけれど底に見えかくれするその人しか持ってない輝きのようなものが必ずある。そこに触れたいがために私は人と会いたいんだなとよく思います。
過去や悲しみや辛さに負けない光を持っている。Maさんは、そんな人です。

私は自分のことをとにかく出来るだけ素直に書くってことだけを考えて記事を書きます。その記事をアップした後で、読んでくださった方に「自分のことを考えた」と仰ってくださるのが一番嬉しい。互いの間に何の見返りも代償もなく生まれる何かが、とても貴くてありがたいなぁと思います。


> 最近、何かで「最大の復讐は“赦す”こと」という文章に出会いました。難しいけれど。できるかはわからないけどなるほどと納得しました。

そうだなぁ。私には難しすぎてちっともできてないみたいなんだけど、治療生活の中で感じてきたことと似てる言葉だと思いました。
たとえば両親との関係を考えると、私が心から許せなかった時はどれだけ口をつぐんで何も思ってないふりをしても最悪でした。自分の中で振り返り振り返り、自分の感情を認め、怒りも悲しみも認める作業を続けて、両親にも「許せない」ことを色んな形で伝えてきて、今不思議と以前よりも関係が良好になりました。
罪や怒りというものは、人と人の間に生じるものではなく、最終的には自分の心の中に棲んでいる。自身の正当性を守りながら「赦す」ことへ自然と繋がっていく方法を私は探してるのかもしれません。

> 写真のモザイク感、すごく好き。美鳥さんの視点、いいなぁ。

めっちゃいじってみた(笑)
足フェチゆえに足ばかり撮ってしまう。意外に大阪の地下鉄ホームは絵になるかもしれない。リノリウムのような扁平な床より、タイルは味があって足映え(←造語)が良さそうです。
写真ももっと楽しんで撮ってアップしていきたいです。
コメントありがとう!

2011/08/10 23:05 | 美鳥 [ 編集 ]


読んだぜよ 

またお邪魔するよ。

数日に一度は死にたくなる、ってことは、他の時間は死にたくならないってことだよね。
「死にたい」と「いまから現実に自分を殺す」
とは違うんだよね。

私も前の年末・年始は「死にたい」と思ったっけ。
久しぶりだった。
で、私も人を疑う事に長ける・得意?になってしまってる。杭がそうさせてる。
前向きにとか、全然言うつもりもないよ。

ただ、秋にこっちに来られるときに会いたいと思ってる。
なので、私は美鳥さんには生きていてもらいたい。
会ってバイバイしてからも、又、いつか会えると思いたい。
乾いたオヤジギャクグでも交わしませう。

2011/08/11 17:24 | ば〜ばら [ 編集 ]


美鳥>陽子さんへ 

陽子さん、こんばんは。
久しぶりのコメント、本当にありがとうございます。
えなさんというお名前、確かに覚えていました。朝顔の写真に添えた記事と、拒絶という治療について書いた記事にコメント頂きました。今回のように原点に返るため書いた記事で、陽子さんからコメント頂けたこと、とても感謝しています。お久しぶりです。お元気でお過ごしでしたか?

> 美鳥さんがこのブログを始められて3ヶ月という頃
> 偶然見つけてそれ以前の記事を急いで読み、それからずっとこっそり見てきました。

とても驚いています。
まさかそんなに長く読み続けてくださっていたとは。色々葛藤があり、更新が停滞したり完全に途絶えたりしてきたブログです。今日まで見守ってきてくださったこと、あらためてありがとうございます。

> 私の現状は引きこもりです。
> 16歳の時から6年になります。

拝見して胸が痛みました。ご存知のとおり私の弟は人生のちょうど半分引きこもったままです。私自身のことではないのでブログに書くこともありませんが、引きこもりと一言で言っても実際の生活には凄まじいものがあります。以前、かなりリアルに再現したという引きこもりの映画があったと思うのですが、あんなものでもなかった、もっと壮絶であるというのが私が目にしている引きこもりの実際です。
外に出られなくなるまでの葛藤や苦しみはどれほどだったか想像します。そこから再び外へ出ていくことが、どれほどの勇気と覚悟が必要か、それもまた想像します。


> 美鳥さんのブログをヒントにして自分を見てきて
> 最初は横になっているのも辛く
> 憎悪で獣のようになっていましたが
> ここ二年では家の中での生活はまともにこなせるようになり
> 掃除ができるようになりました。

横になっているのが辛い、憎悪で獣のよう、私もそんな状態でした。呼吸をしていることが耐え難い苦痛、世の中に人間が存在していることが憎らしく恐ろしく、死ぬことは意外にも本当に難しくて絶望の一秒一秒を気も狂わんばかりに過ごしていたのを思い出しました。
陽子さんが生活ができ掃除ができるようになったこと、相当の努力と挑戦の連続であったのだろうと思います。
私は一時期、手帳にひたすら毎日できたことを書き連ねていました。「食器を半分洗った」「机の上をちょっと片付けた」「洗濯機をまわした」バカみたいに些細なことを書いていました。自分を褒めるために。幼児の日記のようでした。自分を褒めるにはあまりに些細過ぎる内容に、何度も自分を情けなく思いました。でも、そこから始めるしかありませんでした。
何年も経ってみて、やり方に間違いはなかったと思います。また、普通に生活できるというだけで以前より自分を認め好きになることができました。

> カウンセラーの先生にカウンセリングとまではいきませんが
> 週に1回電話で対応していただいています。
> 本当にゆっくりですが外に出る準備をしています。
> でも最近、変化がなくなってきていました。

陽子さんが医療機関と繋がってらっしゃること、とてもいいことですね。自分以外の何かと繋がって、いつでも自分以外の考えに触れることができるかもしれない環境があること、大事だと思います。

治療過程で変化がなくなったり、マンネリになったり私も経験があります。私の場合、とてもAC気質なのでカウンセラーが聞いて満足するような答えを無意識に延々話していることが多く、また一度できあがった空気に自分から変化を起こすことに潜在的恐怖を持っていたらしく、カウンセリングを受けるマシーンになっていました。
変化がないことが良いことのような気もしながらモヤモヤする気持ちがありました。多分、「これはちがう」と本当の自分はわかっているんだと思います。
カウンセリング等を受け続けることは、決して楽なことではありませんよね。週に1度の電話を続けてこられた洋子さんに敬意を抱きます。誰にでもできることではないと思います。

> >自分が嫌いなんてこの世で最も苦しい辛い感情です、生きてる自分を許してあげませんか。
> ここにハッとしました。
> 自分の事が嫌いな事が当たり前過ぎて
> カウンセラーの先生にも特別話すような事でもないと思っていました。

当たり前過ぎて、て分かります。
カウンセリング開始当初は私は「世の中の99%の人は私のことを嫌っている」のが当然だと思っていたので、カウンセラーに訊かれるまで話題にのぼったこともありませんでした。同じく解離性障害の症状も、自分では当然だと思っていたのでカウンセリング治療を始めて2年目で指摘を受けた時には、自分だけじゃないのか!と本当に驚きました。

> 今までは自分でもおかしいと気付いているところを意識してきましたが
> これからは私が当たり前と思い込んでいるところにも
> 触れていかなくてはいけないんだなと。
> 分かっていても出来ていなかったんだと気付きました。
> ちょうど今日電話をする日なので
> 勇気がでれば言ってみようと思います。

気付いた時に気付いたことを口に出して表現する相手がいるって本当にいいことですよね。
なんとなく感じたことなのですが、自分のことが好きではな人というのは私も含め、自分が何が好きで何が嫌いで何が許せないのか知らないで生きてきた気がするのです。
本当に好きなものってきっとあるんだと思うけれど、これまで抑圧して封印して周囲の顔色をうかがっているうちに自分だけの目みたいなものを失ってしまった。これを好きって言っていいんだろうか、こんなことに怒っていいんだろうか、自分は間違っているんじゃないだろうか。無数に湧いてくる他人の目線で自分が掻き消えてしまって、自分も消えてしまったんじゃないだろうか。そんなふうに思うようになりました。
自分を好きになることは、自分自身の一番の人生の相棒になってやること。この記事の日に私が主治医から言われた言葉です。陽子さんにも、ぜひ御裾分けしたいです。

> できれば今年中に外に出たいという気持ちが
> かなり強くなっています。

目標にするのも、ありだと思います!
外に出ることは相当な勇気と気合と体力気力が要ると思いますが、獣になって苦しんでた時期から生活できるようになるまでの絶え間ない努力と何ら変わりない延長線上にあると思います。
私は外に出始めた時、相当に赤っ恥をかき、泣きながら家路に着いて、うまく適応できない自分が歯がゆくて憎くて家で転げまわって泣いてました。でも「外に出なきゃよかった」とは、不思議と思ったことがありません。「あんな人と出会いたくなかった」とか「あんなところに行かなきゃよかった」は思ったことがあるのですが、一歩外へ出た自分自身の行動自体を後悔したことは不思議となかったなぁと今思い出しました。
ハードルを低く低く設定して、えいやっと是非出かけてみてください。私は、人気がない河原で本を読むことから始めました(笑)

うあびっくりするくらい長文になってますね。すみません・・・。

> 去年、美鳥さんが講演を行われた時
> 行きたくて、でも行けなくて悔しかったです。

ぜひ!来てくださったらよかったのに!私は、人の顔や年齢を覚えるのが苦手なのですが、なぜかブログにコメントくださった方のお名前と空気はちゃんと覚えているのです(笑)
今年の多分11月頃になる予定ですが、講演と講座を東京の同じ場所で開きます。後者は特に、引きこもりや人間不信、自己不全、自己表現がうまくできない方向けに、私が実際に試行錯誤して今日まで築いてきた7つのメソッドを講座にして開く予定です。
ぜひぜひ、いつか陽子さんと必ずお会いしたいです。私のブログ開始当初から読んでくださっている方、そんな目に見えない方の支えで私は大袈裟でなく今日まで生きています。私の方こそ、お礼申し上げたいです。


> 『次の機会には行く!美鳥さんファッションを見るんだ!』
> というのがいくつも隠し持ってる
> 外に出たらやりたい事・楽しみな事の中にはいっています。

私のファッション(笑) 最近、下手に面白みに欠けてきた気もするのですが、どこで買ったの?という服は相変わらずちょっとずつ増やしています。エジプトの壁画模様のワンピースを非常にもてあましています。難易度高すぎて一度も着れたためしがないのですが、でも決して手離さぬこだわりが自分でもよく分かりません(笑)


> 文章にすると途方もない事に感じてきました。
> でもお会いしてみたいです。
> 直接どれだけ感謝しているか
> 暑苦しいくらいお伝えしたいです。
>
> まずは今日頑張ってみます。

そんなふうに思って頂けて、本当に嬉しいです。
いつか必ずお会いしましょう。
また是非コメントください。楽しみにお待ちしています。

2011/08/11 23:13 | 美鳥 [ 編集 ]


美鳥>エコペンさんへ 

エコペンさん!お久しぶりです!!お元気ですか?
ブログから結構遠ざかっていたので、懐かしい気持ちです。遊びに来てくださって嬉しい!

> 美鳥さん、こんにちは。久々にコメ欄が開いてた。
> おぉ~と思って来ました(*^_^*)

ありがとうございます。
数回前からコメント欄をそっと開放してみたのでした(笑) 不調で返信が難しかったのですが、ようやく落ち着いてコメント欄再開。やっぱり来てくださる方とお話できるのが楽しいです。

> すっごく伝わって来ました。ほんと、そう。平気なふりして数十年。
> けど、やっぱ消えないし、消えてなかった。
> 自覚がないのに身体が覚えてる”その事実”に気づいた時のこと、思い出しました。

そうなんですよね。もともと平気だと思い込んで平気なふりをして生きてきているから、ちょっと安定してくるとすぐに「もう過去は過去のこと」と言いたくなる。前向きなようでいて、ありえない飛び級を望むかのようなそんな気持ちを定期的に抱いてしまうのかもしれません。
確かに体が覚えてます。記事に書いた診察の時も、主治医が頭上の書類を取ろうと前置きなく立ち上がると、反射的に恐怖に襲われました。こんな状態で、過去は過去なんてありえないんですよね。
人の心って柔らかい分、傷つくとなかなか治らないんですね。


> 確かに、誰かに言うとすると、過去にこだわってないで”いま”を生きろと言うね。
> これ、専門家に言われるのが一番腹立たしい。専門家でなくても腹が立つ(笑)。
> あんたに何が解るん?頭では解ってる。けど、出来ないから困ってるって解らんかぃ?
> それと、過去を人に否定されるのも腹が立つ。こだわるな?私の過去なんですけど!?

抱えているものについて他人から良いか悪いかの裁きを与えられると、困ってしまいますね。トラウマを抱えたひと、機能不全家族で育ったひと、過去に傷つきを持っている人たちの感覚は、どちらかというと「こだわりたくない」だと思うんですね。辛い過去だったからこそ振り回されたくないし、できれば忘れて人生を仕切り直したいと誰よりも感じるものだと思うんです。だけど、過去って向こうから何度でもやって来る。こちらがこだわるこだわらないに限らず、自分の人格や運命や人との出会いとなって影のようにぴったりついて来る。だから観念して向き合う。
治療に向き合う人たちの大半が、もしかしたらそんな葛藤を一度は経ているのではないかと思います。

> ふぅ、美鳥さんの文章を拝見してると、感情に揺さぶられ続けていた頃を思い出します。
> 美鳥さんの人生、美鳥さんが納得いくまで何度でも何度でもやりたいようにするのがいい。

ありがとうございます。
何度でもやらないと駄目みたいです。まだまだ蓋をしたままのことがいっぱいあって、自覚があるものだけでもブログに書くどころかじっくり考えようと時間を取ったこともないです。
治療だけではなく、同時に生活もしっかりやれないともともこもないので、バランスを考えながらも挑戦していきたいです。
エコペンさんは、お体の調子や毎日、いかがお過ごしでしょうか。
ブログのプロフ画像がかわいいですね!ゴーヤいっぱい美味しそうです。夏の味覚なんですよね。
落ち着いたらまたブログに遊びに行きます。
お久しぶりで本当ありがとうございました!

2011/08/11 23:38 | 美鳥 [ 編集 ]


報告なので返信は不要です 

美鳥さんの言葉が好きなので長くても全く問題ありません。
返信ありがとうございました。
あの日カウンセラーの先生に話すことができました。

話をしている時、急に先生に
「陽子さんの言葉はとても丁寧。
自分の気持ちに合った言葉を丁寧に選んでいて率直。
人と話していると『裏があるかな?』と結構感じるものだけど
陽子さんからはそれを感じたことがない。
陽子さんの言葉は軽くないな、と感じる」
と言われました。

この言葉は私にとってとても嬉しいものでした。
人を傷付けないためにも
真っ直ぐにものが言えるようになりたいと思ってきたからです。

中学の音楽の先生がストレートな物言いの方で
他の生徒はビビっていましたが
私は安心感を得ていました。
今、振り返ってもこの先生に言われた言葉でついた傷は見当たりません。
確かに衝撃はありましたが。
他の人からの気を遣ったような回りくどい言葉の方が傷ついて
未だにジュクジュク膿んでいると思います。

あの先生を目指して人と接していても
先生のようにできている自信なんてありませんでした。
でもカウンセラーの先生に言われたことで
自分はちゃんと出来ていたんだと
少しだけど自信が持てて
がらりと世界が変わったような
靄がはれてきたように思います。


……終わり方が分からないw

そんな変化がありました!
失礼します。

2011/08/12 12:39 | 陽子 [ 編集 ]


美鳥>toruさんへ 

toruさん、こんばんは。お久しぶりです!

> 今まで全くコンタクトを取っていなかったのに突然すみません。

いえいえ。どうされてらっしゃるか気がかりでした。ご迷惑になってはと、こちらも控えていました。新しいブログを最近拝見しました。目標と現実の間で葛藤されてらっしゃること、共感しつつ拝見しています。

> 今回の記事で、なにかとても感じるものがあったものですから。。。
>
> ブログを通して、陰ながら応援させて頂き、また勇気をもらっています。

ありがとうございます。
色々な経験を重ねる中で、新しいことに気付いたり、原点に返る必要に気付いたり、現実を進みながらしか心も進まない難しさを感じています。でも、一歩一歩をこうしてブログに記録してきた中で、たくさんの変化と前進がありました。

> 僕はあれから何とか頑張っています。

応援しています。

> 自分のお身体はくれぐれも大事にしながら、美鳥さんがなんとか良い方向に行けることを、強く願っています。

感情の上下は相変わらず激しいものの、芯のようなものができてきました。たかが数年でブレない芯は育たないようです。けれど、間違いはないのかもと手探りで今確認しているところです。最近妙な心境で、苦しいこと辛いことはあるものの、状況に振り回されて自分を見失うということが減ってきました。確かな自分も不安定な自分も今後も書いていくと思いますが「希望を失わない」を胸にがんばります。

> ご迷惑でなければ、またお邪魔させて頂きたいと思っています。

私はずっとここで書き続けてます。ぜひ遊びに来てください。
コメントありがとうございます。

2011/08/13 18:49 | 美鳥 [ 編集 ]


美鳥>しろいまちこさんへ 

しろまちさん、こんばんは。
本当こちらではお久しぶりです! 
Twitterで交流しているブロガーさんとは、毎日顔をあわせてる感覚でコメント欄でやりとりするのって珍しくなりますよね(笑) でもなんだか嬉しい。Twitterでは書かないことをこちらで書いていて、やっぱりブログが私の気持ちに一番近いからかもしれません。コメントありがとう!

> スピからとってきたようなコメントになりゴメンナサイになりますが
> 斎藤ひとりさんという方が書いた本で
> 「自分を許す」と口に出すといい→「自分が許せないんです」→「自分を許せない自分を許す」って言えばいい
> みたいなのを読んだことがあります。

なるほど。納得しました。
自分を許していたつもりが、診察室で私が話したことは「自分が許せない」で、そこから医者に「自分を許せない自分を許してあげましょう」と言われた。やりとりから心境の変化が生まれて、今回のブログ記事を書きました。どんな自分が許せないのかを書くことで、自分を許せない自分を許そうとしたのかもしれません。この記事を書いてから、少し心が軽くなりました。

> ためしにコレをやってみたとき
> 肩首が一気に緩んで「マジか?」となったのを思い出しました。

肩首にきますね。しろまちさんは体調いかがですか?
感情が体に与える影響って本当に大きいですね。友人が「怒りを溜め込むと腰にくる」と言ってましたが、そういうの本当よく分かります。私は背中と首。もうちょっとリラックスして毎日を過ごしてもいいのかもしれませんね。

> 許せない自分もアリですよ。
> 私もいま煮詰まってるから、今晩唱えて寝ようかな。
> おまじない、おまじない…ってねw

Twitterで呟いてるのを見て、珍しいくらいしろまちさんが怒っている!と、びっくりしたのですが、その後は改善されていればいいなぁと願ってます。
許せない自分もアリなんですよね。童話の「北風と太陽」を思い出しては、自分に対して北風ではなく太陽でいようと心がけています。
厳しさは心動かせない。温かさが楽しいもの優しいものを循環させる。そんなふうに今は思っています。

コメントありがとうございます♪ 私のツイートわけわかんないものが多いですが、いつも本当ありがとうございます。

2011/08/13 18:58 | 美鳥 [ 編集 ]


美鳥>Muumipeikkoreoさんへ 

むみっちへ←

> なんだかんだで付き合い長いわたくしたち。

そうだねぇ。なんだかんだで数とか私弱くて何年とか分からないんだけど、長くなってきたよ。ご縁とは不思議なり。
冒頭からいきなり関係ない話なんだけど、むみっち←がくれたロナセンのボールペン、普通に使ってたら非メンヘラの何も知らない友達から「それ可愛い!欲しい!」て言われたよw 誰にもあげない。ロナセングッズ、密かに待ってる。

> だから、記事読んでどれもちゃんとみとりさんだなと思ったよ。
> (えらそうに!笑)

ありがとう。どれも私って全部ひっくるめて認めてくれる人はそうはいないと思う。相反するものの同居って、どちらか一方はつくりものだと思われたり、病的に解釈されることも少なくない。だけど、複雑な過程を辿ってきた現在は、やっぱり複雑であることが自然だと思うようになった。そこから自分を作り上げていこうとしてきたんだよな、て。

> 毎日毎日闘いながら生きてて、
> 何の為に闘ってんのか、
> 終わりあんのかこれ、とか思って絶望したりするけど、
> 這いつくばってでも生きてきたから、
> 今のみとりさんが居るのだし、
> そんなみとりさんを愛する人たちがここにはいっぱいいるんだね。

「何のために?」て、調子が超絶に悪くなると必ず頭に浮かぶ。意味を求めたくなるんだな。ここを抜けたらこんなご褒美があるから頑張れ!て、誰かに確かな目標を与えられたくなるんだな。でも、そんなものどこにもないのが生きるってことなんだよね。
文字通り這いつくばって、うちらは生きてるんだなぁ多分。必死すぎて間違ったものを掴んじゃったなんて一度や二度じゃないし、大事にしなきゃいけないものを大事にできなかったことも一度や二度じゃない。こういう感覚を、決してネガティブではなくありのまま人間の心のひとつとして認め合える人たちとの出会いは、すごく有難い。傷の舐め合いじゃなく、認め合った後は結局自分たちそれぞれの人生に戻って頑張るしかない。そういう孤独が絶望的でもあるけど、すごく好きだ。
再会すると随分昔から友達だった気がすることが多い。私にとって、むみっちもそうさ。

> ブログ書くこと自体が傷に塩ぬりこむ作業でも、
> みとりさんが発信する言葉や色や暖かさや過酷さが
> 誰かの明日に繋がってるかもしれないこと、
> あながち大げさでもないんじゃないかしら。

うーん・・・ブログ書くの痛いよね。元々はアウトプットすることなく悶々と抱えてきたキャラだけに、出すのは怖いし痛い。診察室で数分自分について話すにも、しんどいものね。
ブログを書いていてお礼を言われると、だから凄くへんな感じがする。こちらこそ読んでくれてありがとう、どうして読んでくれるんだい?て不思議な気持ちになる。でも、私も色んなブロガーさんの心を綴った言葉の数々に助けられて、元気をもらってる。
自分がありのままでいることがお互いの良い方へ作用するのは、すてきなことだよね。

> 気負うこともないけど、
> いろんなみとりさんがいいよ。
>
> むーみはそんなみとりさんを愛するよ。

やだ///照れる/////
気負うのが得意かもしれない。
もっと脱力してダラダラいくよ。溶けてるカンジでいくよ。たまに粘っこい液とか吐いちゃっても気にしないでね。いろんな自分を抱えて進みまっす。
コメントありがとう~!

2011/08/13 20:01 | 美鳥 [ 編集 ]


美鳥>ば~ばらさんへ 

ば~ばらさん、こんばんは!
こんな記事に、コメントありがとう。

> 数日に一度は死にたくなる、ってことは、他の時間は死にたくならないってことだよね。
> 「死にたい」と「いまから現実に自分を殺す」
> とは違うんだよね。

そうだね。何ていうかブツ切りの感情が並んでるんだよね。すごく元気で楽しい時間と、とことん真っ暗な時間が交互にやって来る。一日のうちに何度も繰り返す。だから、人前ではものすごく元気で楽しそうだし、つくってるわけじゃなくて心の底からそうなんだよね。以前は、いつでも心のどこかが重い状態だったから、変化といえば変化です。

「死にたい」ていうよりも私の場合「徹底的に自分を殺し続けたい」だから、現実的に不可能。叶わぬ夢を見ているのと同じなんだと思う。そのお陰で今日まで生き延びているともいえる。複雑な心境です。

> 私も前の年末・年始は「死にたい」と思ったっけ。
> 久しぶりだった。
> で、私も人を疑う事に長ける・得意?になってしまってる。杭がそうさせてる。
> 前向きにとか、全然言うつもりもないよ。

平和って前に言ってたけど、心にガッチリ何か刺さったままなんだね。その時と同じ人間ではない、同じ状況なんて二度とないだろうと思っても、心は痛がりにできているから身構えてしまうんだよね。生存本能の域なんだろうと自分のことを考えてみても思う。

> ただ、秋にこっちに来られるときに会いたいと思ってる。
> なので、私は美鳥さんには生きていてもらいたい。
> 会ってバイバイしてからも、又、いつか会えると思いたい。
> 乾いたオヤジギャクグでも交わしませう。

会えるの楽しみにしてるよ。それまでお互い、誰でも、ひとりで生きてるけど、同窓会みたいに生きてたね元気だったねって会いたいね。がんばります。ば~ばらさんも、痛がりな心を大事にしてね。
いつもコメントありがとう。

2011/08/13 20:39 | 美鳥 [ 編集 ]


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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