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2011/08/01 (Mon) 千のおにぎり - 拒食・解離性障害・境界性パーソナリティ障害 -

20110801.jpg

徐々に始まった拒食傾向が悪化してきた。1ヶ月前から、食べることが難しくなってきた。
意識しなければ朝起きて寝るまで一口も食べずに済んでしまう。体が受け付けない。がんばって食べると、吐く。
何故だろう?何故だろう?と理由が見当たらず、あれこれ試行錯誤しているうちに悪化してしまった。

ダイエットを始めようと思ったわけではない。
そもそも私は美味しい食べ物が好きだし、体重計の数字には興味がない。筋肉は欲しいなと思うけれど、それは健康的でいたい、かっこよく踊りたい、ちゃんと歌いたい理由がある。無意味な痩せには興味がない。
何故なのか、とにかく食べることが苦痛な日が増えてきて、そのうち普段着ている服がぶかぶかになってきて、あまりの変化なので測ってみたら以前より7キロ減っていた。会う人会う人に「小さくなった!」と言われるので、余程変わったんだと思う。

ここまで食べることが苦痛になったのは、2年程前の心理療法時以来だ。
あの時ととても似ている。
空腹は感じるのに、いざとなると食べる行為がたまらなく苦痛だ。体が雲みたいに軽くてつかみ所がなくて、何にも入れたくない。食べ物を入れると、私が掻き消えてしまいそうになる。

意志の力で何とか向き合うと、目の前の食べ物全部が私に訊いてくる。

「食べるのか?」
「生きるのか?」

一皿に5品目載っているとしたら、それぞれ全部が一斉に問いかけてくる。スーパーに行けば全ての棚の食材から問いかけられる。軽い恐怖とパニックで頭の中がぐちゃぐちゃになる。逃げ出したくなる。

2年前は、初めての経験だったから、顔つきが変わるまで打つ手が浮かばず痩せた。水一滴でも飲むと吐いてしまう状態だった。色々症状の地獄めぐりをしてきたものの、今度こそ死ぬかもと思った。

過去の経験から、今回は色んな工夫で何とか最低レベルの食生活を維持している。

食べるときには、できるだけ食べている意識を持たないように上の空で少しだけ食べる。
大好物のすいかの季節なので、すいかだけは切らさない。
食べるより飲むほうが苦痛が少ないので、牛乳でシェイクしたプロテインを飲んでいる。
一食は、たっぷりの生野菜を食べる。サラダには、蒸したささみをプラス。
ドレッシングは出来るだけ質素な味が良いので、エキストラバージンオイルと酢と塩と胡椒。
新たに編み出したのは、自らの解離的脳をうまく利用して、食べものそれぞれが植物であって食べものでないと自分に思い込ませて食べること。レタスは、レタスだと思わないようにする。ふかふかの畑の土の中で太陽を浴びている緑色の瑞々しい「植物」だと考える。椎茸は、原木の並ぶ高原や森を想像する。そうすると私の意識や五感は実際にそこへ飛んで、土や森や陽射しや気温や湿度や空気の匂いを感じる。そうすると不思議と気が紛れる。
厚揚げも、大豆畑を想像して食べると口に入れることが出来た。
食べることは当たり前のことかもしれないが、拒食になるとあらゆる工夫をしなくては食べられなくなる。こんな食べ方は正しくないって言う人がいるかもしれない。でも、とにかく食べなければ生きられない。今を乗り切るためには仕方ない。できることは何でもしようと思う。


最も難しいのが、炭水化物の摂取。
過食のときにはパンやお菓子など炭水化物を詰め込みたくなるのに、拒食になると最も抵抗を感じる。過食と拒食は、きっと根っこが繋がっている。背中合わせになっている。
パンやごはんを食べると、胃の中にどすんと砂袋を落とされた気分になる。体が重くて重くて耐えられない。涙が出る。
吐いちゃ駄目だ生きるんだ、苦しみに陶酔するかと自分を叱咤する。
何のために食べるのか?
自問しそうになる自分も抑えつける。何のために?じゃない。理由や目的を求めるのは、きっと単に生きることを否定したいからだ。
同時に妙な納得感もある。自分の今の在り方に、これでいいと感じている心もある。否定しなければならない。納得しそうになる自分を徹底的に無視して食べものを身体の中に捻じ込む。毎度やらなければ、食べられない。


偶然昨日読んだ本「解離性障害」(著:柴山雅俊)の中で、拒食について書かれてあった。
以下抜粋。(P161~162)
<拒食症にはどこか転換型ヒステリーと同じ「満ち足りた無関心」を思わせるところがある。彼女たちは人間関係にまつわる不安や感情を身体の肉とともに削ぎ落とし、制御し、それによってそれまでの自己愛的意識の連続性を維持しており、それなりに満足しているように見える。思春期にあらたに生じてきたさまざまな問題を、自己身体(=肉)との関係に置き換えて、自らの身を削ぐことによって葛藤を処理しているようにみえる。ちなみに私は身を削ぐという意味で、このような防衛を「身削ぎ=禊ぎ」と呼んでいる。
 拒食症の患者は不安や感情を肉とともに切り離し、自らの身体全体を変容させることによって意識の連続性や同一性を保持しようとしている。自分の身体に向けられた他者の視線については、ひどい痩せにもかかわらず、むしろ否認しているようにも見える。>


私は、現時点で拒食症と診断されたわけではないし、そこまで悪化しないだろうと思っている。どんどん違う手を考え続ければ、今のところ対処できている。
でも、ここに書かれてある「身削ぎ」の感覚はとても理解できる。
前回の拒食の時も、私は自分の中の一部を否定するために全存在を否定して削ぎ落とした。そうするしか方法がなかった。そうすることを私が選んだ。そこまで追い詰められた「治療」が、果たして本当に良かったのか未だ答えは出ない。下手をすれば死んでいた。治療者が解離性障害を理解していたわけではかったから、BPD向けになされた治療は悪影響も及ぼしたと思う。当時の治療法で心のバランスを失い命懸けの毎日で随分辛かった理由が、この本を読んで分かった気がした。


「周囲に迷惑をかけない」ということが、常に私の大前提になっている。
そこそこ迷惑をかけて生きているものだよ人間は、とよく言われるが、私にはまだよく分からない。以前より理解できるようになったけれど多分そんなふうに鷹揚になれないでいる。ある時期からの私の信念と通じているところがある。難しい。
本の後半に、解離の治療には安心できる場所と信頼関係が必須だと書かれてあった。読んでいたら涙が出た。
食べたくないのに無理やり食べるのは疲れた。自分で自分を叱咤し続けて他人から隔離するのも疲れる。ロボットみたいに自分を操縦してる。頑張ってる自分と頑張れない自分を、淡々と監視するのは虚しくて疲れた。だけど、これ以外に何の方法があるんだろう。

「千と千尋の神隠し」の中で、千がおにぎりを食べて泣くシーンがある。食事の時間になると思い出す。
あの涙と今の私の涙は違うな、と思った。涙に含まれている感情の分量が違う。
千のように泣いておにぎりを食べたい。



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食べること 

「食べる」ことはそのまま「生きる」ことそのもので。
過食もつらいけど、拒食もきっと違うつらさなんだろうと吐けない過食の私は想像しています。炭水化物ってすごいキーポイントな食べ物なんだと改めて思いました。

私も「千と千尋」であのおにぎりのシーンは号泣でした。切なくて嬉しくて愛しくて涙が止まらなかった。

身体の要求に負けずに工夫してる美鳥さんのお気持ち、お察しします。どんな方法でも今はとりあえず食べれることが大事ですよね。
あ。緑豆でぜんざいとか。さらさらっと食べれていいかもしれない。アボカドも、栄養価高くてでも植物だしいかがでしょう?

2011/08/01 02:51 | Ma [ 編集 ]


美鳥>Maさんへ 

Maさん、こんばんは。コメントありがとうございます。

> 「食べる」ことはそのまま「生きる」ことそのもので。
> 過食もつらいけど、拒食もきっと違うつらさなんだろうと吐けない過食の私は想像しています。炭水化物ってすごいキーポイントな食べ物なんだと改めて思いました。

本当にそうですね。
拒食になるまでは、おなかがすくから食べる程度の認識でした。食べることは生きることなんだと心から実感したのは、食べられなくなった時でした。
摂食障害は愛着感情の問題だとよく言われますが、生や愛情に対する心持ちが食に通じ、食への姿勢が生きる姿勢に通じていて、食べることと生きることは逃れられない輪であると感じます。
炭水化物は、過食のときに炭水化物を貪り食い、拒食の時は全身が拒否する。不思議です。


> 私も「千と千尋」であのおにぎりのシーンは号泣でした。切なくて嬉しくて愛しくて涙が止まらなかった。

切なさがあるんですよね。
突然放り込まれた状況を否定して何も考えたくない、何もしたくない時に、差し出されるおにぎりなんですよね。あれを食べる千の気持ちは、考えると切ないです。食べることは、生きること。生きることは、目の前のすべてを認めることだと思うので。


> 身体の要求に負けずに工夫してる美鳥さんのお気持ち、お察しします。どんな方法でも今はとりあえず食べれることが大事ですよね。

あらゆる方法で頑張っています。だめもとで試してやっぱり駄目だった方法もたくさんあります(笑)
食べられない食べたくない自分と切り離して、冷淡に食べさせることを考える。心がけていることですが、やっぱり難しいです。しばらく試行錯誤が続きそうです。

> あ。緑豆でぜんざいとか。さらさらっと食べれていいかもしれない。アボカドも、栄養価高くてでも植物だしいかがでしょう?

緑豆でぜんざい?? それは何でしょう。さらさらっと食べられるものですか。ぜんざい??
アボガドいいですね。わさび醤油で食べるの好きです。森のバターと呼ばれるアボガド、私は肌と相性がいいのでアボガド成分入りの石鹸やクリームはつい手に取ってしまいます。
サラダにちょっと混ぜてみるとか、色々工夫してみます。

コメントありがとうございました!

2011/08/02 01:02 | 美鳥 [ 編集 ]


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拒食症は改善できます!
重度の拒食症だった私が完治し、その後25年間一度も再発しなかったという”拒食症改善プログラム”があるとしたら、あなたも試してみたいと思いませんか? //拒食症改善プログラム 2011/08/24 07:32

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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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