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2011/04/12 (Tue) 春がくること

20110412_1.jpg

あまりにたくさんのことが心の中で起きたから、今日一度に詳しく書こうとするのはやめよう。
思いつくまま書き散らしてみる。


震災で、すっかりおかしくなっていた。
阪神大震災当時に感覚が戻ってしまったり、解離性障害の特性の影響で震災がらみのビジョンばかり見た。そのうち、「がんばれ東北」「がんばれ日本」「被災地のために今できること」「被災地の人たちが苦しんでいるんだから」の空気で充満した世間の空気に、子供の頃から育ってきた宗教団体の大嫌いな空気と同質のものを見た。
もっとも馴染みのある空気。そして、自分を殺してきた空気。

悪気ない善なる人たちが、自分の不満と被災地の不幸を天秤に載せる。他意ない善なる人たちが、あふれかえる善を選り分けている。「正しい善」か「正しくない善」か。「不謹慎」か「被災地のためになる」か。世界が対立項で溢れ、何か一声発すれば無個性な無数の目によって、善か偽善に振り分けられて断罪される気がした。

二項対立は、心の中にも生じた。
本当に苦しみを同じくして善を行っているのか、善を行うために善を行うのか。自分の感情は偽善ではないのか。自分は優しくないのではないか。自分は何かとんでもない嘘をついているのではないのか。


非被災地の人たちの「自分は助かった罪悪感」や「平和な場所にいる後ろめたさ」みたいなものからも、私は一歩遠ざかった場所にいるしかなかった。
被災者でもなく、「優しい」非被災者でもなく、どこにも属すことのできない不謹慎な人間のように感じた。頭のどこかが常に冷めているのを感じた。内心で焦った。焦る必要なんてなかったのだけど、それは今だから思えることだ。孤独でたまらなかった。
子供の頃から所属していた宗教団体での特殊な集団心理や洗脳の体験がなければ、もっと違った精神状態でいられたかもしれない。


内にも外にも萎縮していって、ついには隙間がなくなって、息苦しさに喘いで毎日過ごした。

呼吸困難な中、非被災地にいる私にできることは、本当に馬鹿らしいくらいささやかなことだった。被災地に友人知人が何人かいるから、ささやかなる善に全力を注いだ。本当は、ささやかもクソもない。今なら、そう思う。でも、ほんの2週間前、私は何かにとりつかれるように善なることに没頭しようとした。

怒涛のように毎日を過ごしていたら、明らかに精神状態がおかしくなった。直に死にたくなった。自分は無価値だと思った。

そこに、少し前からうまくいってなかった人と完全に亀裂が入った。震災とはまるで無関係な事件だ。遅かれ早かれ訪れることだったけれど、悪いタイミングが重なった。
久しぶりに心の底から死にたくなった。
その日から、酷い解離を起こして幻聴、幻覚、意識消失に阻まれた。お陰で死ぬことはなかった。解離というシステムは悪くないなと久しぶりに実感した。


実は私は去年からずっと鬱状態に苦しんできた。
おかしなもので、他の症状に気を取られすぎて、自覚できたのは今年に入ってからだ。自覚してからも、症状はどんどん悪化していった。

「うつ」という病気は、私とは無縁だと思っていた。3歳頃から精神症状を持っていたようだから、いつから落ち込んでいて、いつ落ち込んでいなかったのか区別をつけることの方が難しい。

特別辛いことがあっても、解離が感情を切り離してしまい、仮面うつ病の症状として身体症状で消化しているようなところがあった。普段は、数年間微熱が出続けるとか、メニエール病になるとか、頭痛とか、もしくは過食、拒食、不眠、過眠といった身体症状に変換されて、精神的な辛さを自覚できない傾向が強い。自覚のなさの理由には、解離性障害であることも多分に含まれているだろう。


去年の春から先月まで、完全に鬱状態だった。
とにかく無気力の一言に尽きた。1年半前から、境界性パーソナリティ障害の症状をほぼ封殺できているから、感情の激しい上下もない。無感動、無気力、曖昧な自己嫌悪、自分の頑張りのなさに失望する毎日、反省しても翌日に全く反映できない歯がゆさを味わった。無意味な毎日を垂れ流して、気がついたら1年が経とうとしていた。


悩み続けていたことはあまりに私にとって重大過ぎることだったから、1年間と区切ってしまうのは軽率かもしれない。長い長いトンネルを抜けて振り返ってみれば、生まれてはじめて自分という人間について、やっと一言感想を口にできた。そんな気がする。それだけでも、とても穏やかな心地になった。まだまだたくさんの課題が山積みだけど、ほんの少しだけ神経を緩めることができた。

トンネルを抜けるまでに、震災という大きな衝撃が私を打ちのめした。あまりに色んなものが、自分の未解決の過去と重なりすぎた。でも3月29日に、今までとほんの少し違う場所に歩み出ることができた。
眼前は、別段澄み切って晴れ渡っているわけじゃない。それでいいと思う。これでいいんだと思った。何か大きな出来事に直面して、突如何かに目覚めるような人間の心地なんて、かえって信用ならないのだ。神戸の大震災を経験して、大いなる善に突き動かされた私がその後どんなふうに生きたか、私が一番よく知っている。


具体的なことを書くのが凄く難しい。何回かに分けて書くことができるだろうか。
震災をめぐる私のとんでもない行動なんかを書いてみたいのだけど、書けるだろうか。長いうつからやっと回復してきて、まだ自分の体調と精神面を疑ってかかっている。調子に乗るとすぐ顔面からこけることを、さすがに経験で知っているから。


外に出れるようになって、久しぶりに写真を撮った。
今日アップするのは、近所の桜を携帯カメラで撮ったもの。
ずっと読んでくださってる方には毎年恒例の、ひとりぼっち花見も行ってきたから、一眼レフで撮ったそちらの写真は後日アップする予定。実はまだデータを取り込んでもいないから、うまく撮れてるかも未確認だ。

私の拙いブログを読んでくださる方の中には、被災地の方もいらっしゃるのかもしれない。いらっしゃらないかもしれない。
どっちにしろ私は、かわらない私で書こうと思う。
私の痛みは私のもの、誰かの痛みはその人のものだ。傷が異なったとしても、理解しあえなくても、そんなことは大した問題じゃない。もし生きていく中で、私と誰かの痛みが交差する瞬間があったら、その時は全部心に任せようと思う。私がかわらないでいるということは、そういうことなんだと思った。


20110412_2.jpg


(↓こういう刺々しい錆びたものと一緒に映したくなる性)
20110412_3.jpg
以上、4月4日撮影。


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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