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2010/11/27 (Sat) 受け継ぐ 受け入れる ? 解離性障害と統合失調症 ?

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昨日は、病院の診察日だった。

先生は、最近、私の解離や人格交代の頻度について必ず質問してくる。
最近自覚してきた「2ヶ月前からの解離」についてと、「友達が、美鳥から来るメールが誰が書いたのか分からないような美鳥らしくない文章がたまにくると言っていた」などを話した。

そこで、思い出した。確か2週間くらい前に、自分は解離性障害ではなく統合失調症なのではないかと考えて恐ろしくなって、翌朝一番に予約なしで病院に駆け込む気でいたのだった。友達がくれたアドバイスが鎮静剤のように効いて、鷹揚に構えられるようになったものの、頭の隅に引っかかったままだ。

「私は、統合失調症なんですか? 解離性障害なんですか?」
何度目か分からない質問。
通院し始めて、折に触れてこの質問を投げかけてきた。返ってくる言葉は「絶対に統合失調症ではない」だ。それでも私は疑いを拭いきれなかった。幻覚や幻聴は、確かにある。これが解離性障害がもたらすものであって、統合失調症が原因でないとする医者の根拠がまるで分からなかった。もし解離ではなく統合失調症ならば、治療法と心構えを変えねばならない。

言い方を変えて質問した。
「もしかして私は、本当は統合失調症じゃないんですか?」
私がショックを受けることを見越して、医者はわざと嘘をついているのかもしれない。正しい判断力が働かない。この話題になると、私はまるで冷静でいられない。


統合失調症はとても苦しい病気だと知っている。この目で見てきた。もう亡くなったが、父方の祖母が統合失調症だった。自分も発病するのではないかと、ずっとずっと思ってきた。
耐え難い苦痛と孤独と差別と偏見に晒される病気だ。


祖母の陽性症状が激しくなると家中が荒れた。
猜疑心や警戒心、何かに追われている妄想、特に夜中に取り乱して家族中を起こしてまわったり、そうでない時にも常に幻覚や幻聴に襲われている様子だった。当然、生活を営むのも困難で、下の始末も大変だったと記憶している。祖母の様子を見ているだけで、自分の精神が妄想の世界に連れ去られてしまいそうな恐怖を感じていた。当時、私は小学生だった。

祖母の苦しみを理解する者は、うちの家族には誰一人いなかった。むしろ、無理解と偏見と見下しが基本だった。
私は、祖母に随分辛くあたった。機能不全家族の一員として立派に役割を果たしていたとも言える。私は、他の家族にならって子供心に優越感に浸り、祖母に厭味を言ったりすることで自分の安泰な地位を一時期確保した。親たちが悪く言う者をいっしょに悪く言うと、自分の株があがるし、自分への信頼度が上がることを知っていた。家族も団結した。祖母以外の家族からどう評価を受けるのか常に気にして振舞っていたことを、はっきりと思い出せる。


成人して自分が本格的に精神の破綻を迎えたときに、祖母に対していかに無理解で残酷なことをしていたのか知った。激しく後悔し、深く恥じた。謝罪したくても、祖母はもうこの世にはいない。最後まで、辛く厳しい人生を歩んだ人だった。病気によって苦しみ、孤独にも苦しんだ。

私は、「父方の祖母の血を引いているキチガイ」と、あらゆる機会に家族から罵られてきた。私は、自分に流れる血が生まれながらに汚れていて、どう頑張っても「まともな人」になれないことに絶望した。そもそも祖母がそんな病気だから私が罵られるんだと密かに恨みにも思った。
今になれば、親たちの罵りには根拠がない。私は祖母を恨むべきではなかった。


「統合失調症」という病名は、私にとって特別な響きを持つ。本来の意味以上の意味を含んでいる。
「私は頭がおかしい」「私は汚れた血を引いてしまった」「私はいつか発狂する」「私は誰からも理解されない」「私は世の中の邪魔者である」「私は友達ができない」「なぜなら、父方の精神異常者の血を引いているから」
日常的に繰り返される刷り込みによって、私の劣等感には頑強な根っこが生えた。「統合失調症」という根っこ。「宿命」ともイコールだったかもしれない。


病院の待合室はごった返して、いつになく混んでいた。
明らかに落ち着きをなくした私を見て、医者は丁寧に時間をかけて説明してくれた。
「解離性障害の解離状態、複数の人格が存在する状態、幻覚幻聴時の状態は、統合失調症のそれと全く同じなんです」
「それじゃ・・・私は統合失調症なんじゃないんですか?どっちなんですか?」
「説明が難しいです・・・脳の状態が同じなんです。まったく重なっているんですよ。しかし、あなたには今自分を一方的に罵る声もなければ、何もない壁と話したりテレビと話したりはしない。だから、大丈夫です」
「大丈夫といわれても、祖母が統合失調症でした。遺伝します」
「そうです。2人に1人の確率で遺伝するといわれています。でも、病気が遺伝するんじゃない。そういった脳の傾向が遺伝するだけです。たとえば、感受性が鋭い、繊細で神経質、ナイーブで対人関係で傷つきやすい、そういった性質を受け継いでいるということです」

「遺伝」というならば心当たりがある。私の赤ん坊の時のエピソードだ。

私は、生まれたときから異常に聴覚やそのほかの感覚が過敏だった。両親が食事するとき、私は2部屋分襖を隔てた部屋に寝かされていたが、両親が新聞を慎重に慎重にめくる「パラリ」という新聞のかすかな物音すら聞きつけて泣き出す神経質な子供だったらしい。
「どうしてあの音が聞こえるのか不思議だった」
と、今でも両親は言う。

この話をしたら、医者は「そういったことですよ」と言った。
私は、どうやら本当に祖母の血を引いたのだ。それは、重い重い事実だった。小学生だった私は祖母に辛く当たって理解しようともしなかったし、自分は祖母よりも正常だと信じて疑わなかった。かわいそうで惨めそうな人だなと思った。いつも俯いていて、孫としてどう接したら良いか分からず「頭がおかしい祖母にあれこれ教える頼れる長女」のスタンスを選んだ。とんだ傲慢で優しさのカケラもなく、無知で恥ずかしい人間だった。

私の人生が、両親や祖母の代、そのまた前の前の先祖から受け継がれてきたものの集大成だとは受け入れている。やっと受け入れられるようになった。けれど、そこに自分の過去の罪が加わると、重みに心が潰れそうだ。


次第に重くなっていく心の中で、医者と話して何点か確認した。
私が祖母の資質を受け継いだことが、必ずしも私が過去「辛かった」と感じた原因の全てではないということ。自分が辛いと感じた出来事は、資質とは別にやはり辛かったし、不当な出来事はやはり変わらず不当なのだということ。
一方からの見方に捉われず、全体を捉えられるようになったのはカウンセリング治療のお陰だ。


その後も統合失調症と解離性障害のかかわりを説明し続ける医者が、「統合失調症の資質を持った人は、傷つきやすい」と繰り返すことに、私は少し苛立った。
「それは、例えば、同じ辛い出来事にであっても、傷つきやすい人は傷つき、平気な人は何ともないということですか?」
辛い出来事は、辛いことであるべきだ。そんなふうに私は白黒つけたかった。傷つきやすい人間に非はなく、平気な人間は単に鈍感で感性が鈍いのだと白黒つけたかった。
けれど、
「そうです。生まれつき傷つきやすい人は、います。平気な人は、平気です」
あっさり、医者は答えた。私は、感情的になった。傷つくやつが悪い、と言われた気がしたのだ。

「たとえば、先生はどうなんですか?」
突然水を向けられた医者は、え?と身を乗り出した。
「先生は、傷つきやすい人ですか?それとも案外平気な人ですか?」
意地悪な質問だなと思った。私は、意地悪な質問をしている。自覚があった。

「私も、受け継いでいる人間なんですよ」
先生は、言った。私は、衝撃を受けた。
小さな悪意でぶつけた質問に、先生は真っ直ぐ答えてくださった。
「ぼくも、2人に1人、遺伝した当の人間です。だから、この仕事をしている。統合失調症も解離性障害も、悪いことばかりじゃない。他人に共感できる力がある、ホスピタリティ豊かな人が多い。そうでなければ、ぼくはこの仕事はできていません。うまく使えば、自分にしかできないことができる。同じようにあなたも、そうでなければ東京で講演会なんてできなかったでしょう」

気がつくと、私は泣いていた。
医者は、どうせ「私は、まあ・・どうなんでしょうね」とか言って言葉を濁すだろうと思っていたのだ。相手は精神疾患だ。相手が執拗に質問してくることについては、無難に答えておくのが常道だ。下手に情緒不安定になられても困る。医者が自分の個人的な話を語る必要なんてない。少なくとも、これまでの医者はそうだった。

けれど、躊躇なく自分について答えた医者の姿勢に、感銘を受けた。患者としてというよりも、人間として対等に接してくれているのだと感じた。

「あなたが統合失調症になることは、絶対にありません」

安堵と、何か言葉にならない悲しみが溢れてきて、ボロボロ涙がこぼれた。
解離と統合失調症の症状が一部完全に重なっているということも事実。祖母は、統合失調症だった。孫である私は統合失調症ではなく、解離性障害になった。
この病気は、果たして苦しいのだろうか。自分のことは、まるで分からない。私がもし客観的に自分を見たら、自分も苦しんでいるのかもしれない。やっぱり自分のことは、よく分からない。


そのままベッドにうつされた。
上半身だけ枕に預けて泣いていると、過去の罪や後悔が押し寄せてきた。
祖母が症状に振り回され、半狂乱になっていた姿が幾つも幾つも思い出された。その時に何もできず、ただぽかんとしていた自分の愚かさを呪った。私が今精神疾患と闘い、過去祖母もまた精神疾患と戦っていた。同じ病気ではないが、幻覚幻聴がどれほど辛いか今の私には分かる。現実と異なる世界を内側に抱えて人から変な目で見られたり、家族からも理解されず偏見の目で見られる惨めさ、症状に振り回されて自我が崩壊していく苦痛、恐怖。今なら分かるのに、今もう祖母はいない。

様子を見に来た看護士が、私の襟元まで毛布をそっと引き上げながら、私を覗き込んで、
「くるしいね」
と優しい声で言った。
いつものように、私は暴れだしそうになった。自分が弱っているときに、手当てされたり優しくされるのが苦手だ。看護士は安心させようと私のそばにいてくれている。でも、私には逆効果だ。気持ちは有難いけれど、抗いがたい暴力性が頭を擡げてくる。
「大丈夫です。大丈夫ですから」とだけ答えて目を閉じた。そうして誰もいないことにした。

内心で、違うんだと思った。
自分は、苦しくて泣いてるんじゃないとハッキリ分かった。
どうしようもなく悲しいから泣いているんだ。

今なら理解できるのに、祖母に自分だけでも寄り添えなかったことが悲しい。祖母は、どれほど孤独だっただろう。私たち家族の中にあって、幻覚や幻聴と現実の区別がつかず、おかしな言動を取ってしまう自分を抑える術もなく、きっと生きていることすら辛かっただろうに。理解されない悲しさは、どれほどだっただろう。
誰かが自分の悪口を言っている、警察が追ってくる、息子をさらいにやって来る、誰かが自分を捕まえようとしている、殺される、そんな妄想をよく口にしていた。そんなときの祖母の目は、この世を見てはいなかった。地獄を覗き込みすぎて、黒目は無明の底なし沼のようだった。


血というものに、どんな意味があるのか分からない。
けれど、虐待も含めて自分の過去を振り返り、受け入れていけばいくほど、現実とはスッキリと分かりやすいものばかりでできているのではないと気づく。私の両親はあくまで私を生んだ両親であり、彼らは悪人ではなく一般的に善人だ。そして、長い年月の中で変化してきた部分もあり、全く変わらない悪質さもある。
両親に期待することをとうにやめた私は、自分の人生をどう生きるかだけを考えている。そこで再び、両親や自分に流れる血に気づく。どうしても両親の生き方が反映される。ときに反面教師として、ときに自分に実りを与えてくれた人たちとして。

統合失調症だった祖母の血も、私は受け入れようと思う。私が思わなくとも、私に流れる血は自然の理のままに受け継いでいる。
私が克服したいと思った。私の代の課題なのだと思った。受け継いだものの中から苦しみを取り除き、自分らしく生きることは私の課題だ。挑む価値があると思った。私は、心無い罪を犯している。亡くなった祖母に会って、詫びることも話を聴くことももう絶対に叶わないことだ。



薬局で薬を受け取った。
泣きすぎて、鏡を見ると目が真っ赤だった。

統合失調症の薬も、昔より遥かに改良されて、症状を抑えて生活することも可能になってきているという。
祖母は、現代医療を全否定する宗教洗脳を受けていたせいで、薬は絶対に飲もうとしなかった。薬を飲んでしまったら神の国にいけないとでも考えているかのように、頑なに薬を拒んだ。

宗教は異なるけれど、私も宗教洗脳に苦しんだ。苦しんで苦しんで、命からがら抜けることができた。
私と祖母は、よく見てみれば似ている。
ただ、私は生きていて、祖母はもう死んでしまったことだけが違う。
せめて、私はちゃんと生きてます、苦しみも孤独も受け入れて温かな人間として生きていきますと言えるように、生きていきたい。
私は生きているのだから、ここまでどうにか生きてきたのだから、懺悔ではなく誓いとして、祖母の生も死も胸にしっかり抱いていたい。



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Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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