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2010/11/23 (Tue) 無音世界の日記

明日、とても大事な用事があって、あまり時間がないのだけれど、書いておこうと思う。涙が止まらないから。

私は、このブログにありのまましか書かないことに決めている。ブログだけじゃないかもしれない、私が存在するには、ありのままでなくてはならないと思っている。どんな気持ちも、どんな過去も、さらけ出している人たちに、私は恩があるからだ。

私は、明日生きているか分からないことを念頭に生きている。いつも、そう。別段、悲壮な決意でもなんでもなく、闘病生活や、自分が目にしてきた人の死から、自然そう思うようになった。
そんな意味で、このブログは私の遺書だと思っている。紙1枚の遺書もあれば、毎日書く遺書もある。それでもいい。このブログは私の遺書になると、随分前に東京に住んでいる弟に託している。

前置きが長くなってしまった。

私は、ブログで自分について、あらゆることについて、時には性的な嗜好についても、全部をありのままに書こうと思っている。これまで、実際にそうしてきた。死にたいと思ったときには死にたいと書き、殺したいと思ったときには殺したいと書いてきた。「そんなこと書くもんじゃない」と通りすがりの良識的な方々に窘められたことなど、何度あるだろう。数え切れないほどある。なぜそんなに何でもかんでも書くのかと詰め寄られた厳しい体験は、一度や二度じゃない。
「それでも書くのか?」何度も何度も自問した。それでも書かなきゃならない理由がある。


ブログを始める何年も何年も前に、私は失声症になった。精神的ストレスから、喋れなくなった。言葉を発しようとすると目から大量の涙がこみ上げて止まらなくなる。そのうち、自分の感情について考えただけで涙が溢れて喉が詰まるようになった。呼吸もできない。
同居していた友人から、嫌がらせを受け続けていた。私は何も言えなかった。ただ殺意だけ募らせた。その殺意についてさえ、考えようとすると声が出なくなるので、考えられなくなった。悲しみも、なくなった。考える時には言葉を使う。その言葉が頭から消えてしまったから、私は本当の空っぽになった。


私が恩を受けたのは、失声症に完全に支配される前後のことだ。
当時、ホームページが主流でブログは殆ど存在しなかった。皆、大概は自作のホームページだった。
苦しんで苦しんで、言葉を失いつつある頃、私は幾つかのサイトに巡り合った。虐待体験や解離性障害との闘病、人を信じる怖さ、それでも信じたい孤独、信じても信じても裏切られる悪循環、親への潜在的怒り、親への慕情、腕を切り刻み、大量服薬し、フラッシュバックにのた打ち回り、どうにか一夜一夜を越えて朝を迎える人たちの、死に物狂いの日記があった。

その中でも主に3人の方の日記を、私は貪るように読んだ。更新がなければ、繰り返し繰り返し過去の記事を読んだ。なぜそんなに読むのか、そこに何があるのか、私は本当は分かっていなかったと思う。当時の私は、自分について何ひとつ知らなかったも同然だった。

私は、本当にいるかいないかも分からないネット上の日記を書いている匿名の誰かと、一緒になって泣いたり苦しんだりした。
当時の私は、「私は苦しいと感じて良いのか」分からず悩んでいた。ずっとずっと悩み続けて、答えが出ないまま衰弱していった。自分に対しては恐ろしく鈍感で、自分をぞんざいに扱った。けれど、人一倍他人の苦しみや悲しみに敏感だった。
当時の私は、勇気がなかった。
臆病で、力がなく、立っているのも限界で、知恵がなかった。他人に襲いかかる運命と立ち向かおうとするくせに、自分に襲いかかる運命には為す術がなかった。
無力な自分を罰することは考えるのに、自分を罰する運命に対しては思考を停止した。

私は、怖かったから。


当時、私が毎日死に損なって生きる勇気も死ぬ勇気も持てず、臆病なまま、ただ漫然とゴミクズみたいに生きてた頃。ネット上にありのままにご自身の日記を書き続けてくださった方々へ、ただひたすらに感謝する。

孤独で孤独で世界中で一人ぼっちで発狂しそうでも、そのアドレスに行けばいつも24時間サイトがあった。眠れない夜も、眠れないまま明けた朝も、死に損ねた日も、生き延びた日も、いつでも変わらずそこにあった。変わらず同じアドレスにいて、日記を書いていてくれることが心の支えだった。それがどれほど私の心を慰め、次の一日を過ごす力をくれたことか、言葉にできない。
苦しみも憎しみも壮絶な過去も、死に物狂いで書かれた言葉には力があった。
幸運なことに、どなたも閉鎖することはなかった。今も、私の密かな恩人の方々はサイトを続けてくださっている。
私はいまだにその方々にはメール一通書けない。敬意と共感と感謝と言葉にならないあらゆる感情でいっぱいになって言葉が出ない。


本当はもっと当時のことを詳しく書くつもりだった。
ここまで書いても、どうしても涙が止まらない。乱文かもしれないから、明日にでも書きなおすかもしれない。でも今は、考えどころか感情まで纏まらなくなったから、最後に大事なことだけ書いて、このままアップしようと思う。




当時、読むしか勇気のない私は、掲示板に匿名で一言お礼を書き込むことすらできなかった。現実世界で声を失った私は、ネット世界でも自分の言葉を持てず、ただただ読むしかできなかった。だから私という存在を知ってもらうこともできず、ありがとうの一言も伝えられず、いないも同然だった。

私がブログを書くとき、「いないも同然」の誰かが、このモニターの向こう側にいるのだといつも考える。私は、かつてそこにいた。自分が存在していることも許せなくて、小さく蹲り、できるだけ誰にも見つからないように息を潜めて生きていた。

でも、誰かに分かってもらいたかった。分かってもらうことなんて不可能だと言い聞かせてみても、誰かに知ってもらいたかった。自分が苦しいこと、悲しいこと、寂しいこと、存在していてもいいのか分からなくて孤独で孤独でたまらないこと。死にたいこと。死ぬのが怖いこと。


恩返ししたくて、書いている。



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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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