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2010/05/22 (Sat) 反吐

あまりに言葉を失うような悲痛な出来事の連続。
加害者の姿は、一見美しくて、優しくて、正当で、常識的。
レイプ犯でも何でも分かりやすい悪はまだいいよ。
最悪な悪は、善の顔をしてる。
被害者を思いやり、支えてやっているような擬態が大の得意だ。

被害者は、奪われているのにも関わらず「ありがとう」と感謝せねばならない。
だから悲痛。
これ以上に消耗する痛みがあるか。


被害者を食いものにして、自己陶酔で精神的自慰行為三昧。
他人の心を土足で踏み荒らそうが、自分の体液でそこら中を汚していようが無自覚。
自分の尻拭いもできないのに、他人の尻を拭ってやる優しさ。ああ優しいね。本当優しい。なんてあなたがたは正しいんだろうね。分かりやすく正しい。なのに非難を恐れて更に先回りの言い訳までつけることを忘れない用心深さ。
結局あなたがたは後ろめたいから自分の善に自信がないのだ。
他人の不幸が美味いと感じる味覚には、自覚があるからね。

排泄物をありがたく頂戴しなきゃいけない被害者は、賢くならなきゃ食われ続ける。
ありがとうございますありがとうございますと微笑で繰り返してるうちに、足からうまうま呑まれて死んじゃうよ。


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凝縮した文章ですね。 

「最悪な悪は、善の顔をしてる。」

この文章の中でいちばん針っぽく感じられる所です。自分の人格に干渉された経験のない〈いわゆるふつうの〉人でも何かしら感じ取れそうな箇所です。


「非難を恐れて更に先回りの言い訳までつけることを忘れない用心深さ」

――人格の本尊にまで土足で上がってこられた経験のある人には深く頷ける文句だと思います。



さっきお気に入りのブログを巡回していたら、次のような箇所がありました。
こういうものをお目にかけたら美鳥さんの症状に障るでしょうか?


・精神科医やカウンセラーとの関係を継続するために、同じところをグルグル回ったり、あるいは症状を無意識に悪化させたりする
・自分が見守られているかどうかを確認するためのゲームを仕掛ける
・自分がなんらかの負債を負うことで関係を保とうとする
・相手を責めることでしがらみを作ろうとする
・新たな依存対象(人、モノ、行為、組織)を探したり、作ったりする
・新たな依存対象と同じ世界に所属しようとする

…いずれもハラスメント界で身についた方法論ですね(--;)。
人が追い詰められたとき、咄嗟に出てくるのは身についてしまった方法論(生き癖)なのです。

それに絡め取られているからハラスメント界から抜けられなかったのですが、いざそこから抜け出られるぞという段になって、寂しさから逃れるために、身についた方法論によって新たな依存を作ろうとしてしまう――これは、よくあることなのです。



私たちは皆、死ぬかもしれないという恐怖を乗り越えて、生きる上での根本メカニズムを変えるという人生上最大の“体験”を
生まれたときにしています。
この体験が人生のスタートラインに組み込まれていることに宇宙のメカニズムの福音を感じます。
もう既にあなたは“やったことがある”のです。

http://nakaosodansitu.blog21.fc2.com/blog-entry-1977.html

2010/05/22 02:31 | singerunloved [ 編集 ]


周到・・・ 

自分の中に「逃げよう」という意識を持つことすら
罪悪感を伴う。。。まだそれが完全に消えない。
美鳥さんの訴えとは別の悩みかもしれませんが
短い記事の中にも共感することが多くてついコメントしてしまいました。。。
私はまだ呑まれそうなところがあるのでしょうね。

2010/05/22 04:36 | プラチナ☆ママ [ 編集 ]


偽善と平等と食うか食われるか 

こんばんは~。
私は感覚の違いなのか「偽善」と「平等」という言葉を使う人の気持ちがわかりません。
そしてその言葉の意味のイメージもはっきりしたものを持っていません。

そんな中、今回の記事の食う、食われるは、まさに平等に関わる例えだなあと思いました。

食われるほうは平等も尊厳も丸呑みされて行きながら、恐怖のあまり、
自分でおかしいと思いながら「ありがとう」と言っている。

食うほうは偽善だとわかっていながら、自らの快感のために善という餌を
用意しながら相手を丸呑みする時機をうかがう。

それを防止するにはきわめて平易な言葉と感情で食うほうも食われるほうも
自己チェックをする習慣が必要なのでしょうね。

2010/05/22 23:05 | 土鍋ごはん [ 編集 ]


>>singerunloved さんへ 

singerunlovedさん、こんばんは。
凝縮した文章ですか。ありがとうございます。対して、これまた凝縮した意義深いコメント、ありがとうございます。この記事で最も表現したかったことを代弁してくださった気がしました。

> 「最悪な悪は、善の顔をしてる。」
>
> この文章の中でいちばん針っぽく感じられる所です。自分の人格に干渉された経験のない〈いわゆるふつうの〉人でも何かしら感じ取れそうな箇所です。

これは幼少期から感じていたことですが、芯からの悪人はまずいません。非常に歪んだ表現や巧妙なやり口で、自分自身でも悪と認知できないくらい表面を取り繕って行われる悪を多く目にしてきました。
しかし、善の顔をしているために、被害者は表立って抗議できないどころか、もしかしたら自分の下世話なかんぐりかもしれないとすら感じ、自分を責める要因ともなってしまう。そのような図式が、私はうんざりなのです。

> 「非難を恐れて更に先回りの言い訳までつけることを忘れない用心深さ」
> ――人格の本尊にまで土足で上がってこられた経験のある人には深く頷ける文句だと思います。

これもまた前述のとおり、不当な理由で他人に攻撃を加えようとする人間は、前もって全ての計画を本能的に立てています。これに対抗できるのは、その意図をすべて理解し解体できる人間だけだと思っています。
先をよまれている、その先を読む能力を学ばねば、ただ社会から阻害され、なんとなく皆とうまくいかない自分への失望だけが蓄積していきます。
それは過去の自分も含め、現在多くの対人関係で悩む方が持っている根本的問題だと私は考えています。


> さっきお気に入りのブログを巡回していたら、次のような箇所がありました。
> こういうものをお目にかけたら美鳥さんの症状に障るでしょうか?
>
>
> ・精神科医やカウンセラーとの関係を継続するために、同じところをグルグル回ったり、あるいは症状を無意識に悪化させたりする
> ・自分が見守られているかどうかを確認するためのゲームを仕掛ける
> ・自分がなんらかの負債を負うことで関係を保とうとする
> ・相手を責めることでしがらみを作ろうとする
> ・新たな依存対象(人、モノ、行為、組織)を探したり、作ったりする
> ・新たな依存対象と同じ世界に所属しようとする

いえいえ全く障りませんよ。
むしろ、このように明言化されたものを目にすると、スッキリします。
これらは一言で言えば依存について語られているのだと思います。「相手の犠牲がなくては満足しない依存人間と、犠牲を担保に繋ぎとめたがる依存人間」の泥沼の構図を実に簡潔にまとめてらっしゃいますね。


> それに絡め取られているからハラスメント界から抜けられなかったのですが、いざそこから抜け出られるぞという段になって、寂しさから逃れるために、身についた方法論によって新たな依存を作ろうとしてしまう――これは、よくあることなのです。

寂しさ、孤独といかに向き合うかは、人生を大きく左右するようですね。
しかしこの問題は、対人関係ではなく自分自身一人でも自分について自信が持てるか否かの自己肯定によって解決できると思います。
依存は、ただのモルヒネ。すべてを見誤らせ、ただ事態を悪くしていくだけ、もしくはただの停滞です。酔いからさめても、そこには何も変わらない現実がある。
依存とは責任転嫁であり、無責任であり、思考停止であり、当人から徐々に尊厳を奪っていく緩やかな人格の死の始まりであると思っています。
強い関心を持っている分野であり、今後も勉強していきます。
意義深い引用、ありがとうございました。

2010/09/22 00:25 | 美鳥 [ 編集 ]


>>プラチナ☆ママさんへ 

プラチナ☆ママさん、こんばんは。
コメント、ありがとう!

人間には、巧妙に自己顕示を満たす方法、自分の手は汚さず他人を謗る方法などなど、本能的に持っている知恵があるようです。この知恵をうまく使って自己満足しようと思う人間と、いやそんなことは恥ずかしくて出来ないと拒む人間もいる。これは事実だと思います。そして大概は、ひとつの人間のひとつの身の中に二つが共存していると思います。人間だもの。

罪悪感っていうのは、天上から降ってきますね。
決して身のうちから湧いてきてるようで、実は無関係な天上から降っていてる。
天の上にいるヤツは、こちらの熱い血が流れる人間の真剣な葛藤や悩みや苦しみなど、とんと理解できない無神経ヤローです。だから、私は反射的に突き刺さってくる罪悪感は、無視することにしてここまで来ました。

迷いも葛藤もある人が好きです。
最後に、間違いの無い行動を勇気をもってできたなら、過程でどんなダメなこと、不謹慎なことを考えたとしても、全部チャラになるくらい、勇気をもって生きていくのは誇らしいことだと思います。

やっと本がきましたw
動きがノロいので、もうちょっと待っててね。

コメントありがとう!

2010/09/22 00:42 | 美鳥 [ 編集 ]


>>土鍋ごはんさんへ 

土鍋ごはんさん、こんばんは。

依存って言葉は、ちょっと難しくて、そのせいで「よい依存もある」という使われ方もします。
けれど、「良い依存」と「悪い依存」の違いが、そのせいで曖昧にされたままというのが現状だと思います。

そこをどう見分けていったらいいのだろうと考えた末に、依存していた頃の自分、そして依存されていた頃の自分の感覚をたとえるならば、「食う関係、食われる関係」だったなぁと思い至りました。

自己チェックは、本当に常に必要だと思います。
そうすることが結果的に、自分と相手を大切にすることになります。
食う関係も食われる関係も、どちらも消耗するので、怒りや恨み、絶望に行き着いてしまい、長持ちしません。
でも、犠牲的精神を人徳としたりする風潮が強く、それがときに悪用されることも多く、やっぱりチェックが必要だと思う最近です。

2010/09/22 01:00 | 美鳥 [ 編集 ]


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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