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2010/04/19 (Mon) 藁と救命ボート ? 境界性人格障害 ?

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20100419.jpg

「境界性人格障害の症状は、年齢と共に自然、徐々に寛解していく」という俗説がある。
難病とされていて、匙を投げている専門家が多い中、患者にとってはある意味希望の言葉である。

しかし、私はどうしても腑に落ちない。

今こんなに苦しくて周囲から人も離れていくし、一時期の共依存に浸かることができても、また孤独と不安の中に逆戻り。根底には、自分なんて誰にも愛されないという確信と、だからこそ世界一愛されたいという強欲さが同居して、絶望と渇望が喰らい合いを続けている。こんな毎日と付き合い続けて、果たして年月が解決してくれるのだろうか?


病とは別に、対人技術はそれなりに向上していくかもしれない。ただし、まともな環境に自分がいられたらの話だ。しかし、境界性人格障害は、自己不全感と人間不信で溺れかける瀕死の状態に等しいため、穏やかな環境を獲得し維持し続けていくのは難しい。

「貧すれば鈍する」という言葉がある。
「貧乏すると頭の切れる人でも愚かになる。さもしい心を持つようになる」の意である。金銭に関しての慣用句だが、私は境界性人格障害者の求めても求めても満たされない渇望状態と酷似しているように感じられてならない。

「窮すれば濫す」
「貧乏すると、どんな人でも、生活に追われて堕落する」の意もまた同じで、求めても得られても飢餓感が満たされなくなると、境界性人格障害者は依存できるならば誰でも良い心境になる。もしそこで、少しでも受け入れてくれそうな態度を見せる相手を見つけると、「誰でもいい」は瞬間に「好きで好きでたまらない」へ裏返る。
「ついに運命の人に出会った」と世界中が光に満ち溢れて見える。

これは決して憶測でも何でもなく、私の過去の実体験から書いている。
重度の境界性人格障害だった。


「貧すれば鈍する」という言葉を知ったのは、私が泥沼の共依存不倫を続けていた頃、祖母が繰り返し言った言葉だった。当時、私はこれこそが愛で、何が何でも不倫だろうが何だろうが相手は私を守ってくれる、私の愛人、浮気相手、他人の家庭を踏み荒らす不届きな女という汚名を返上してくれるものと信じていたから、自分が貧している故に鈍しているとは思いもしなかった。

このだめんずパターンは以後も続き、私は驚く速さで次々と婚約したり別れたりまた出会ったりしている。その都度「ついに出会った」を繰り返していた。愚かだったが、私の当時の鑑識眼などその程度だった。


手酷く裏切られた。または、出会った瞬間に輝いて見えた男は、数日で色褪せてダサいぼろ雑巾のごとき古着に見えた。
自分の見る目のなさにも失望したが、毎度何故そんな男が輝いて見えるのか、そして何故友達が付き合っているような安定した関係を結べないのか長年なぞだった。


長く考えに考えて、内省を続け、その間懲りずに失敗を続け、ダメ女の称号に違わぬ痛々しいネタ伝説を作り続け、ついに私は気づいたのだった。

「溺れる者は藁をも掴むと言うが、溺れる者は高確率で藁しか掴まないのが人生らしい」ということに。

貧しい家に生まれ、継母に苛められ、いじわるな姉妹に苛められて、でもある日運命の王子様が現れて幸せになりました、めでたしめでたし。という結末にならないのが人生なのだ。人生は、御伽噺ではない。


幼少期の孤独を切り抜けるために、私は幾つものファンタジーを心に抱いていった。
愛されるため、心に空いた穴を埋めるため、千切れそうな命綱の代わりに私を世界に繋ぎとめてくれるものを探し、いつか助けてくれる人を待ち続けていたのだと思う。
自分の孤独で精一杯で、愛が何なのか思いやりが何なのか、何をすれば愛されて、何をすれば自分のことだけ見てくれるのか知恵をこらし、媚でも何でも使った。痛々しいまでに必死で命がけで愛されようとした。なのに私がやることなすこと、相手を傷つけた。もしくは怖がらせた。もしくは重荷になって相手を潰した。


これではまずいらしいと気づくまでに相当の年月を費やした。

その間に結婚した友達も複数いる。置いてけぼり感は否めないが、私は藁しか掴まなかったのだから仕方ない。藁なのか救命ボートなのか見極められるようにならなければ、遅かれ早かれ私は孤独の池に溺れ死ぬのである。


死なないために勉強し、死にたくなるような苦しみを乗り越えるべく思考回路や習慣を変えた。すぐに輝いて見える男は時間をかけて観察することにした。少しずつの習慣が私を変えて、手酷い絶望を味わうことはなくなった。

その他、治療面でも、周囲の人からもサポートを受けて回復してきたのだが、サポート面の話は今回は置いておく。


今日まで生きてきて、境界性人格障害の症状が驚くほど寛解してきて、人と安定した信頼関係を築けるようになってきたとき、ふと、境界性人格障害が年齢と共に寛解するなんて嘘っぱちだと思った。

手にした藁を手離す恐怖を乗り越えて、一旦何も掴むもののない自分だけが頼りの時期を過ごさねば私は学ぶことができなかった。手がふさがっていては、目の前に掴むべきものがあっても掴むことができないのだ。
頼りない何の役にも立たない藁を掴んでいるのに、これは救命ボートなんだといつまでも自分に言い聞かせていたって明日も明後日も助かることはないのだ。


この蒙昧ぶりは、年齢が解決するだろうか。

いつまで経っても精神年齢が向上しない人はいる。
何度失敗しても、考えることを諦めて藁を掴んで不安だから違うもので更に自分を麻痺させて、死ぬ寸前まで依存に酩酊して千鳥足で生きている人もいる。

境界性人格障害は、甘い病気じゃない。
症状に見舞われ続けるのは苦しい。でも、その苦しさの中には特有の美意識と悲壮の美と、微量の陶酔が入り混じっている。それら微量の甘い毒を退けては孤独に耐えられなくなる。これらの甘い毒への依存が回復を躊躇わせる要因の一つだ。

自分を何とか保ち生かせてくれている甘い毒を断ち切るのは、苦しい。辛い。怖い。先が見えない。
そして当人は人格障害で溺れかけている。生き残る可能性は低い。それでも回復したいと足掻くのか。断ち切るかどうか決めるのは、当人だけだ。

回復は狭き門だ。境界性人格障害は生易しい障害ではない。
耐えて年月を忍んでも、自然に治るものではない。
それが現実なんじゃないのか?


ある時、とある老女に出会った。
彼女は、どう見ても酷い境界性人格障害だった。(本人は、自律神経失調症だと言っている)
彼女の年齢は、78歳である。

年齢と共に寛解しているどころか、私が知っている数年の間にもどんどん悪化していった。

ここまで孤独が人を蝕み、人生を閉塞させるものかと私はぞっとした。他人事ではなかった。

彼女は、自分の何を治療すべきなのか分からずにいる。
精神科の薬を飲み、入退院を繰り返しているが、医者に対しても境界性人格障害特有の絶賛とこき下ろしばかりで、医者すら信頼していない
アドバイスする人間のことは遠ざけてしまう。ただただ慰めの言葉と、自分への忠誠を求める。有り余る金をちらつかせ、誰でもいいからそばにいてもらうために金を握らせ、金が欲しいならそばにいて、毎日電話するようにと頼んでまわっている。善意で彼女に関わった人は皆侮辱されたと怒って離れていった。
離れていく理由を、彼女は全く理解できずにいる。
彼女の目には、救命ボートが藁に見えている。
そして、78歳の今も奇跡の王子様を待っている。
すぐにも沈んでしまう金という名の船に乗って。



すべての悲惨には、等しく終わりが来るなど私には思えない。
回復の鍵はすべて、患者自身とサポートする周囲の人間の知恵と覚悟にかかっている。そのどちらが欠けてもハッピーエンドは来ない。

去年カウンセラーを探していた時に「境界性人格障害は治療しません」というカウンセラーに驚くほど遭遇した。境界性人格障害は、医者ともうまくいかない例が少なくないのだ。(ちなみに解離性同一性障害についても除外しているカウンセラーが多かった)
匙を投げられている病気だが、だったら、だからこそ、寛解してきた私にできることがある。微力でも何でも行動せずにはいられない。境界性人格障害は、治らない病気ではないと私は考えている。方法も幾つかある。

私自身が試し、経験してきたものの中から、患者の回復への具体的な道と、患者を支える家族や当事者の患者への接し方について今後書いていきたい。



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境界性人格障害。
この病気について美鳥さんほど考察し、当事者でありながらここまで客観性をもって書かれた文章を見たことがありません。
私ももう若いといえる年齢ではありません。
なのに甘い毒はいまだ私を溺れさせています。
美鳥さんの言葉の確かさ。伝え続けてください。

2010/04/23 22:31 | 浅葱れん [ 編集 ]


道 

「助けて」。


その言葉の意味。違い。ブログの中の、老女の夢をみる。


求めているものではないからと、与えられているのに、気づきもしない。


「ああはなりたくないよね~」と、ありのままで「役に立つ」ことを知ってしまった。これも「甘い毒」か。


「なりたくない」方向ばかりがはっきりしている。はっきりしている方向に進んでしまう。


どうか、道標に。

2010/05/08 11:44 | さよ [ 編集 ]


>>浅葱れんさんへ 

れんさん、こんばんは。
講演会の準備でバタバタもいいところで、終わった後すぐに告知にお礼に行きたかったのですが今だかなっていません。なのに、れんさんの方からコメントいただき、恐縮ですmm
おかげさまで無事に終わり、私なりの課題や、2時間の講演時間では伝えたりないことが多すぎて、考える毎日です。

特に、この記事にも書きました境界性人格障害や周囲の方の対応、共依存について、実際に講演してみて、これは一つのテーマとして枠を取り講演しようと決意しました。

れんさんも、日々この病気と闘ってらっるのをブログで拝見しています。
私を含め、境界性人格障害を本当に治療しようと本人が決断するのはとても難しいことだと思います。
しかし、回復したい、回復せねばならないと、一進一退ながらも勉強し工夫し自制を身につけていった方の人間観察眼は、そこいらの方よりも優れていて、私はとても良好な関係を築ける場合が多いです。

「病気が教えてくれた」なんて言葉が私は嫌いですが、病気からでも何でも人間は知恵をつけて工夫を覚えることができる。これは境界性人格障害者の希望の一つだなと思います。

境界性人格障害の悲劇の美は、甘い毒ですね。
私も、溺れていると陶酔できて、アルコールより下手なドラッグより何十倍も現実の苦しみを忘れて自分がやっと主人公になれます。

本当は、幻想の力もかりず、他人を傷つけることなく巻き込むことなく、私達は自分の人生に地に足つけて生きることができるヒロイン、ヒーローで、スポットライトはもう用意されているのだと思います。

ありのままで舞台に立つことが、すごくすごく怖いです。

でも、自分だけの舞台でありのままの自分でスポットライトを浴びる快感は、甘い毒よりも強烈で美しく強くしなやかで、人と根っこで確かに繋がることができる実感だと最近感じています。

共依存や境界性人格障害について、今後はさらに私自身勉強し、内省を続けて記事を綴っていこうと思っています。
遅々として連絡もなかなかできませんが、今後ともよろしくお願いします。

いつもコメント、本当にありがとうございます。

2010/05/09 01:30 | 美鳥 [ 編集 ]


>>さよさんへ 

さよさん、こんばんは。
詩のようなコメントでしたので、何度も繰り返し拝見しました。

この老女は現在入院中です。
私は、聞けば聞くほどに彼女の穴があいた心をイメージし、穴があいたままで必死にお金や人間を詰め込んでいる彼女を見るだに、自分に何ができるだろうかと考えます。

しかし、彼女が求めている「お金の力しか信じず、且つ自分を見放さず、真心で親切にしてくれる誰か」に私はなれないし、なりたくないので関わりようがなく二の足を踏み続けています。
少なくとも彼女の根深い人間不信は分かるし、恐怖も理解できる、不安にかられているのも分かる、けれどその彼女に言葉をかけようとしたら、まるでヤマアラシのジレンマのように私は彼女から攻撃を受けるのです。

それは私は自尊心を守らねばならないので出来ません。
こんなにも、不安や恐怖や孤独は人間の思考や行動パターンを縛り付けてしまうのか、と呆然と見ているしかできません。


> 「ああはなりたくないよね~」と、ありのままで「役に立つ」ことを知ってしまった。これも「甘い毒」か。

文脈から、真逆の二つの意味に解釈が分かれる一文でしたので、慎重にお返事を書きたいと思った部分でした。何度か考えたのですが意図された意味が分かりませんでした。申し訳ありませんmm

不安や恐怖は、悲しいかないつも常にどうしてもその人だけのものですね。
誰かがかわりに乗り越えることはできず、本人が崖から飛び降りるような勇気と覚悟をもって一歩踏み出さねば、誰も一線を越えることはできません。
もし越える人がいるのだとしたら、それは何か別の目的があるか、共依存体質の人ですから、長く続く関係ではありません。

怖いけれど何度でも何度でも死に掛けても踏み出す勇気。
誰にとっても最も難しく恐ろしいことで、しかしやってみる価値のある勇気だと私は思っています。
時々、私も怖くて死んだほうがましだと思うこともあるのですが。

コメント、ありがとうございました。
またお気軽に遊びにいらして下さい。


2010/05/09 01:40 | 美鳥 [ 編集 ]


 

お忙しいところ、また、お疲れであろうところ、ありがとうございました。まずはお礼まで。

2010/05/09 11:51 | さよ [ 編集 ]


>>さよさんへ 

さよさん こんばんは。
こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます。

2010/05/10 22:16 | 美鳥 [ 編集 ]


お聞かせいただけないでしょうか。 

はじめまして。
境界性人格障害について、いろいろと調べていたところ、こちらのブログ?にたどり着き、拝見させていただきました。

調べていた理由は、先日別れることになった元彼女がおそらくこの障害を抱えているのではないかと思ったからです。

彼女とは結婚を前提にお付き合いをしていました。
付き合う前に精神的なことで病んでいるところがあることは聞いてましたし、彼女自身が自覚しているらしい症状は聞いていました。
しかし、付き合っていくうちに、いろんなことで苦しくなってきて、彼女が自覚している症状では説明できない部分がたくさんでてきて、このままではダメだと思い、なんとかできないか考えて、調べていくうちに境界性人格障害というものがあるということを知りました。
そしてその障害の症状があまりにも彼女にあてはまったのです。

ずっと、喧嘩などもしながら付き合いを続けてきたのですが、いろいろあったのちに、先日別れることになりました。
最後は、あることがキッカケで彼女の財布を見ることになり、そしてその中に僕の知らない秘密があり、そのことで僕は、ずっと信用してきたのに、もう今の時点では、あなたのことが信用できないと言いました。
すると、彼女は、もうしんどいわ。それにこっちこそ、勝手に財布の中を見られたりして、そのほうが信用できへんわ。と言われました。

秘密などを探るつもりで財布を見たわけではなかったのですが、結果的にそれをしてしまったことで、
彼女が隠していたことがでてきてしまいました。

僕は、理由はどうであれ、勝手に財布をみてしまったことは、やってはいけないことをしたと思っていたので、すぐに彼女に謝りました。
しかし、彼女は許してくれませんでした。

それから、次に彼女がなぜその秘密を黙っていたのか?それについてはどう思うのか?彼女に聞きました。
すると、僕が嫌がると思ったし、傷つけたくなかったから言わなかった。といいました。

ということは、してはいけないという罪悪感はあったわけだし、それについては悪かったとは思わないのか?と聞きました。
すると彼女はなにもやましいことはしてないし、俺のためを思ってしたことやから。と正当化ばかりして、隠していたことを謝りもしませんでした。


そしてすごく微妙な感じだったのですが、別れることになったのです。


ですが、後日冷静になった時に思い直して、実際は別れたかどうかも微妙なまま、話が終わっていたので、そのことの確認と、もう一度きちんとやり直したいことを電話で伝えましたが、彼女の中ではあのときにすでに関係は終わっている、と言われ無理でした。

しかし、電話での様子は、ずっとだまったままだったり、変でしたし、なにか違和感が残ったままです。
その後、彼女の精神的なことなど、心配だったので一度メールしましたが返事はありませんでした。


僕は今でもなんとか彼女の支えになってあげたいし、一生一緒にいたいと思っています。
ただ、彼女がそんなことをまったく思ってないなら、彼女にとって迷惑だと思うのです。
共依存のことも少し勉強しまして、もしかしたら僕がそうなっているのかもしれないと思うところも感じました。
しかし、僕は彼女のことをほんとうに愛してますし、ただ依存しているのではないと思っています。
なので、ここで連絡して、もし無理に戻ることになったとしても、お互いに依存してしまうことになり、同じことの繰り返しになることは避けないといけないと思いました。

ここのブログを読んでいて、境界性人格障害を自覚していらっしゃるあなたなら、今の彼女の気持ちが少しでも理解していただけるのではと思い、相談したいと思いました。

彼女の症状のことを考えると、今、僕が彼女に連絡することは良いことなのでしょうか?


また、彼女とやり直すことを考えた場合、それは相手の気持ちもありますので、相手から連絡がくるのを待つほうがいいのでしょうか?

よかったらご意見お聞かせください。

2010/07/02 03:07 | KIRIYAMA [ 編集 ]


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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