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2010/04/12 (Mon) 両目を開いて生きる 再掲  ? 講演会「両目を開いて生きる」 ?

◆5月5日開催 美鳥の講演会「両目を開いて生きる」申し込み受付中です◆(近日、頂いている講演会についてのご質問へのお答えと、講演内容(予定)と、交流会(1時間程度です)についての記事をアップします。)




このブログ記事も、先月でアップ数1000を越えました。
振り返ってみれば、最初の記事が2007年9月。以来、2年半?3年、このブログを書いていることになります。ここまでお付き合いくださっている読者の方に、まずは深く深くお礼申し上げます。友達からも「みとりのブログは文字数が多くて読むのしんどい」とか言われる始末。そんなこと言ってくるやつが1人や2人じゃないので何とか文字数を減らそうと毎日頑張るけれどこんな感じです。自分でも文字数多いの分かってます。だから読んでくださってる方々、すいまっせん。そして本当にありがとうございます。ふかぶか。


今回開催する講演会のタイトル「両目を開いて生きる」は、実は過去の記事のタイトルです。このブログをスタートして3ヶ月余り後の2007年12月15日にアップしました。以来、このブログの背骨のように私を支えている記事でもあります。

今回の講演会のタイトルは、迷わず「両目を開いて生きる」としました。
3年近く経っても、色々なことがあっても、これだけは変わりません。

ブログを始めてからも、色々な人に出会い、治療に挑戦しては失敗し学び成功し、自分の弱さに反吐が出て自傷し、ODし、自殺しようとし、人を傷つけ、人を遠ざけ、もう私に二度と誰も近づくなと頭を抱えても、やはり今私の中心を貫いているのは相変わらず「両目を開いて生きる」ことです。

そんな過去の記事「両目を開いて生きる」を以下に再掲します。
当時の私は、こんなことを考えていたらしい。そして同じことを今の私も考えている。自分が書いた数年前の文章を読むのは、過去のアルバムを見るようで不思議な感じがしますね。

変わらぬ気持ちで、講演会に臨みます。
講演会の詳しい内容とお申し込みはこちらをご覧下さい。→ ◇◆講演会「両目を開いて生きる」申し込み受付中です◆◇




2007/12/15 (Sat) 両目を開いて生きる 2 - 人格障害者の生 -


以下は、私宛てに、ある方から鍵つきでのコメントを頂いたときに、私が返信したものです。
殆どそのまま、転載してありますが、
ブログを読んでくださる方へのメッセージになればと、一部加筆致しました。

何か感じて頂けましたら、お気軽にコメントください。
感想をお聞かせ頂ければ、嬉しいです。
お待ちしています。
(誹謗・中傷の類は勝手ながら、削除させて頂きます)


私が頂いたコメントは、ご本人の快諾を得まして紹介しています。
当初鍵つきで頂いたコメントを、記事として公表しようと思った経緯も、
前回の記事「両目を開いて生きる1 - ある方からのコメント - 」に記載しています。

先に読んで頂けましたら、幸いです。



:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
(私 美鳥の返信)


コメント、ありがとうございました。
整然としたブログでの文章に比べ、思い付くまま書かれたような文章が、印象的でした。

いつか、私自身のブログで書きたいと漠然と思っていたテーマを、あなたのコメントの中に見つけ、記事でお答えするには時間がかかりそうですので、コメントをくださったお礼を取り急ぎ、と思いこちらに来ました。


ブログでの匿名性についてですが、とりあえず私のブログに限っては、匿名性は、私のためというより訪問してくださる方のためにあるものだと思っています。ブログを私自身のために書いていますが、同時に外に向けて書いています。
後で書きますが、私が常に他者や社会を意識しているからです。

あなたも感じていただけたとおり、私は出来るだけありのままを綴っています。ありのままであるということは、たとえネットや文字の世界であっても、読む人の心に突き刺さるものです。そうであって欲しいと思っています。読む人の心に突き刺さって初めて、ありのまま書く意味があると思っています。

けれど、その痛みを快と思わない方が多くいらっしゃいます。そんな方は、私のブログには二度と訪れることはないでしょう。現実で、私の部屋を訪れ無言で去ることは私を傷つけることですが、ブログの世界では、躊躇なくそれが出来ます。
また、私のブログを訪れてくださる方は、心の病気を持った方がほとんどです。私自身も同じ状況ですから、彼ら彼女たちの心が、毎日平常ではいられないことを知っています。彼らが辛いときには、私が望んでいたとしても、私のブログに来なければ済みます。
互いに気を遣わず自由に出入りできること、必要としたときに必要としている方に読んでもらうこと、そんな適度な距離感が逆に、私が私らしくいられる必要条件になっています。


文章を書くことは、確かにあなたが書かれたように、客観的に自分を眺めることだと思います。ただ、それは健常な人格を持つ方の感覚ではないかと思うのです。プロフィールにあるとおり、私は人格障害を患っています。簡単に言えば、自分という感覚の輪郭がとても曖昧です。他者との境界も曖昧です。特異な病気であり、なかなか健常な方には理解されない感覚です。
そんな私にとって、文章を書くことは、客観という言葉は当てはまりません。感覚的ですが<主観>と表現する方が正しく感じます。私以外にも人格障害者のブログや文、詩などを拝見しますが、皆さん似た感覚で書いているのだろうと感じます。
皆、人格という根本的な自己像をつかめず、またはコントロール出来ず、試行錯誤しています。試行錯誤している間にも、暴走した人格が自分が望むのとは別の事件、経験を招き寄せ、苦しみが倍増します。簡単ですが、人格障害とは、そんな病気です。


不可解な病ですが、原因は単純です。
誰も自分の人格を正しく見てくれなかった、そんな幼少期を、人生を送ってきた、それだけのことです。
人は、生まれ落ちたときから、自分自身を他者に鏡のように映し、自己を知っていきます。自分がありのままの姿であっても、不幸にも家庭環境等により、それを受け入れてもらえない間違った像を結ぶ鏡に囲まれて生きていると、自分自身の本当の姿と現実世界での自分に、矛盾が生じ、気付かないまま年を経て、いつか破綻するのです。


あなたが私に伝えたかったことは、両目を開けて生きるのではなく、片目で生きた方が楽ではないのか、その方が私自身の傷を癒すにも良いのではないか、そういう意味だと思いました。
私は、片目どころか両目を閉じた両親、家族の中で育ちました。片目を閉じた方とも多く出会いました。そんな方は、とても精神のバランスが取れています。
でも、私は先述のような理由、家庭環境により自己が曖昧なので、もうこれから先の自分は両目とも真っ直ぐ開いていたいのです。
虐待は、連鎖します。虐待に限らず、人は、自分がされたことを、他人にします。自分がかけられた言葉しか相手にかけられませんし、自分がされたことしか相手にできません。
同様に、自分が片目しか開いてなければ、相手も片目しか開いてくれないのだと、私は思っています。

あなたの過去をお話くださいました。感じたことは、あなたは、他の生き方を知らなかったのだろうということです。教えられていなかったというだけのことだったと思うのです。(省略)

人は決して1人では成り立っていません。
自分が存在することで、誰かに影響を与えるのならば、私は両目で誰かを見たいし、相手からも両目でしっかり私を見てほしいのです。
そのことは、私の心の傷の手当になります。決して、回復を遅らせたりすることはありません。不必要に自分を追い詰めているとも感じません。

あなたが、あなたの過去を周囲に隠しているように、ブログでは、なかなか書く機会がありませんが、私は普段とても快活で悩みがない人間だと思われています。
実際、私には闇ばかりではありません。関西人らしくお笑いが大好きですし、漫画が大好きです。ドライブも散歩も旅行も好きで、おしゃれも好きで、食べることも歌うこも好きです。
解離性人格障害のため、いくら苦しくても悩んでいても、表面には決して出ません。
人の本質は、常に裏側に隠れている、そのことを、私は自分自身を通して実感します。




最初に、ネットの匿名性について書きましたが、訪問してくれる方が何故顔も見えない私の文章を読んで「ありのまま書いている」だとか「赤裸々」だとか感じてくれるのだろう、と不思議でなりません。
匿名だから、嘘を書いてある可能性もありますし、違う私を書いている可能性もあるのです。なのに、私を「ありのまま」だと感じ、勇気ある行為だと感じ、自らも自身と向き合ってみます、と言ってくださる方、またあなたのように、そんなに自分を突き詰めるのは良くないのではないか、と心配してくださる方もいます。
読んでくださる方に信じて頂けるからこそ、私は私自身を補強できているのです。
ありのまま書くことに、苦しみを感じないのです。
努力と根気、勇気を要しますが、私は私を愛することができています。
自分をありのまま見つめ、見えるままに人に伝える苦労など、自分を愛せない苦しみに比べれば何ということはありません。


私が取り急ぎ、こちらにコメントさせていただいたのは、少し不安を抱いたからでした。
私は、記事タイトルにも書きましたが<言葉が媚びれば私が消える>と信じている人間です。あなたのコメントから感じたのは、私のブログに対する快よりも、不快に寄ったものではないかということです。
快と不快は境界が曖昧です。心に真っ直ぐ突き刺さる快と、心の表面をざわざわと撫でるだけの不快は、とてもよく似ていると思います。
リンクを貼って頂けたことは、とても光栄ですが、このコメントをご覧になって今一度ご自身のお心の内を確かめ、もし不快だと判断されれば、そのときはリンクを解除し、どうか私のブログはお忘れください。


片目を閉じた方も、私は好ましく思います。
とてもバランスが取れていて、羨ましい位です。
でも、私が片目を閉じれば、人格に傷を負った私にとって、それは致命傷になるのです。
両目を開くことも悪くないと思います。
ブログを始めた当初は、批難を覚悟していました。
しかし、皆さんとても温かく、マナーを心得た方たちばかりで、嬉しい驚きでした。


裁判の原告を経験し、私は外の世界、社会を意識するようになりました。
極小さなコミュニティが集まって、社会は形成されています。
小さくても、声をあげることの大切さを学びました。
私が知り得る限りの虐待や暴力の残酷さ、
心の病気を抱えても尚、生き抜くことの苦しみと尊さを、
当事者の私は、読んでくれるお一人お一人に向けて伝えたいのです。


今の私が誰かに出来る心配りとは、書くことだけです。
相手をよく映せる鏡でありたいと、自分を出来るだけ磨いて待つことだけです。
私の前に立ち、ご自身がよく見えた、と仰っていただけることが、何より幸せなことなのです。



                              美鳥





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Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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