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2010/03/24 (Wed) 子供時代の解離の記憶 ? 解離性障害 ?

何日か心に留め置いて、冷静にかけるようになったら一気に書こうと思っていたことがある。
が、今の私には、子供時代の苦痛について一度に記すのはハードルが高いようなので、少しずつ書くことにした。

私が、完全なる人間不信の思考に嵌まり込んで、ついに出られなくなった瞬間の日の記憶だ。
この過去は、成人以後も私の想念を支配し続けた。

私は誰からも好かれない人間なのだ、誰もが私を「キチガイ」だと思っているが思っていないふりをして付き合ってくれているのだ、私には友達などできない、いると思っていても全部偽者なのだ、との認知が固まる大きな大きな原因となった。

にも関わらず、解離性障害特有の「辛いことほど忘れる」システムのせいで、カウンセリングルームへ行っても治療の場で尋ねられても、私はこの記憶について話せる機会は滅多にない。
忘れているのだ。

せっかく泣くほど辛い思いをして思い出したのだから、また忘れてしまわないうちに書かねばならない。

こうしてキーを打つ私の眼前にも、忘れていた日の記憶が映像として蘇る。

恐らく10?12歳の頃の記憶だ。
はっきりした年が分からないのは、記憶が断片でしかないからだ。

まるでそこだけ切り取られた映画のフィルムのように、一部分しかない。
なぜそんなことになったのか経緯も分からなければ、そのシーンの後どうなったのかも分からない。

10?12歳位の私が、白い壁の前に追い詰められて泣いている。
今の私の髪はストレートだが、以前はクリクリの天然パーマだった。そんな記憶すら私は忘れているのに、シーンの中の子供は酷い癖毛だ。それが理由で、学校で随分いじめられたことも、うっすらだが思い出した。

私は、子供を正面から見ている。
解離していたのだろう。
私は、その子供であるはずなのに、泣いている子供から解離して、子供の真正面から同じ高さの目線でじっと正面から見ている。静かに、ただ見ている。

母が、子供を詰問している。
その時のセリフ、言葉の順序、話運び、全て当時のまま再生できる。今も。

けれど、今それはここには書けない。
書けば私は、また過去の子供の正面に引き戻されて、あのシーンを再体験させられる気がして怖い。
再体験することは、私が自分の存在価値を認められなくなった当時の心理状態に引きずりこまれることでもある。
私は、いまの生活やエネルギーを維持せねばならないから、慎重に過去を紐解きたい。


想起されるシーンの中、母が詰問する声も言葉も明確に分かるが、母の姿は見えない。
母がいるはずの場所に、もしくは母の前に、私が立っていて子供を見ているからだ。
私の視界に、母は入っていない。

けれど、どこにいるのかは分かる。
子供が立っている後ろの壁は、実家のキッチンの白い壁紙だ。その上にはカレンダーがかけてあるはずだ。けれど私の視界の中には見えない。当時は、カレンダーはそこになかったのだろうか。それとも、子供の背丈では目に入らない高さだったのだろうか。

子供は、キッチンのカレンダーの下の白い壁の前に追い詰められ、母の繰り返される詰問に体を強張らせている。怯えている。そして、屈辱を感じ、疑いと悲しみでパニックになっている。
やがて追い詰められ、ついには破顔し泣き出し、顔を赤くして涙を流し顔を歪めて、必死で首を横に振る子供。
その彼女を私が黙って静かな心持で正面から注視している。

それが記憶の全てだ。


当時、私はあの子供から解離して、子供を正面から見ていたらしい。
まるで他人事で見ていたことが、はっきり分かる。
感情がない。

不思議に思ったのは、目線の高さだ。
当時の子供から解離した私は、子供と背丈が同じだったことになる。


斜め上から見ていた記憶もあれば、背後から見ていた記憶もある。
それらの記憶は割合思い出しやすい気がするが、今回のように真正面から見ている記憶にぶち当たったのは初めてだ。


シーンが再生され、今また私は泣いている。
想起された瞬間、友達と話していた電話を握り締めて泣き出したときと同じ、なぜ泣いているのかは、よく分からない。

まるで他人のことのようでいて、あれは私なのだと認めなくてはならないのだ、私だと思ってやれ、自分の痛みだと今こそ寄り添ってやれあの子供に!と声がする。
でも、私は躊躇っている。

いつも躊躇っているのだ私はきっと。

過去を清算しなければ前に進めず、過去を見過ごしても症状として出続ける。解離性障害は、治らない。ばらばらになった記憶、人格はつぎはぎできない。分かっているけれど、過去に足を取られてたまるかと私はいつも抵抗し、今にしがみついている。

今を生きること、今から明日を見据えて生きることを自分の役割と定めている。定まっている。
なのに過去が足を引っ張る。
それが許せない。私には、やりたいこと、やらなければならないこと、楽しみたいこと、時間をかけたいこと、大切にしたいものがあるのに過去が足を引っ張る。それも、記憶にない過去が突如私を弄ぶかのように躍り出て、思いつきで私の足を引っ張る。


思い出した日から、私は考え続けている。
あの子供は、私の存在を知っているのだろうか。多分、知らないだろう。
知らなくて、ひとりきりで泣いている。
そして、見ている私は情けないことに今でも、彼女にかける言葉を持たない。


本当は、私は過去を受け止めねばならないのだろう。
少しずつはできるようになってきた。
理屈では分かっている。けれど、いざとなると過去と闘おうとしてしまう。

過去は私の一部なのだ。一部だといわれている。
その実感がないことも過去から来る障害なのだと言われてしまえば、やはり過去とは容易に決別できない。過去を認めなくては出発できない。



何とかここまで書いた。

本当に書かなくてはならないのは、この先だ。
この日、私の中で決定的となった「認知」の変容について、書かなくてはならない。
自分以外の人間に対して、疑っても疑ってもきりがない猜疑心の地獄に嵌まり込んだ心理的経緯を、具に書き留めねばならない。


少し別の話題に逸れて休みながら、しっかりと書く。

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お疲れさまです 

お忙しい中苦しい記憶を辿る作業は心身共に力を消耗することと思います。お疲れさまです<(_ _)>

「人間不信」にはやはり「原因」があるものですよね。
原点みたいなものと、その後じわじわと続く“日常”と。。。

他人から好かれることがどういうことなのかわからないので
「自分をどう思ってるのだろう?」アンテナが過敏で
親友、と気安く使う同級生の言葉を聞くたびに反吐が出る思いでした。。。
なんとも思っていないくせに。すぐに忘れるくせに。
ほら、やっぱり、と。

異性への想いは、愛なのか執着なのかわからないことが多々ありました。愛とは?と考え始めるとキリがないですケド(・・。)ゞ

美鳥さんの葛藤を読みながら「過去の自分」を受け止めることで解決の糸口が見える、と再確認しました。

再確認、と書いたのは、何度「ありのままの自分」を認めようと試みてもなかなかうまくいかないからです。。。

色々な方法を試しているところですが・・・
美鳥さんの葛藤の「素」を自分なりに想像(でしかなくてスミマセン)しながら
この世に出てきたときに「用意されていたもの」
これをもう少し分析することで「自分」を確立していきたいと感じました。

2010/03/25 01:06 | プラチナママ [ 編集 ]


解離したまま 

美鳥さん、こんにちは。
返コメ、気になさらないで下さいね。全てのコメントに目を通されてること承知しております(^^)。いよいよその瞬間を文字に起こすのですね。どうぞご無理のないように。
私の記憶も解離したままの画像となって今も甦ってきます。受け入れても、一つにはなりませんでした。その子どもから魂は抜け出ていたのだと思うしか、納得する答えは出てきません。ただ、心の痛みだけはしっかりとあって、いつもいつまでも自分の中に息づいています。その痛みを感じることで、あの子どもは確かに私自身だったんだと知るのです。
5月の講演まで、あっという間に過ぎていくことと思います。ゆっくりされる時間も確保して下さいね。いつも応援しています(*^_^*)。

2010/03/25 15:21 | エコペン [ 編集 ]


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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