--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2010/10/19 (Tue) 自分不明

自分が誰なのか分からなくなった。
そのまま3日過ごしている。
本当は、意識をなくしていたい。でも、自分だった者が立てた計画にのっとって自分を動かしている。
一昨日は、アクセサリー作家さんのところへアクセサリーを買いに行った。
昨日は、ダンスのレッスンに行った。片道1時間半かけて。往復で3時間だ。
今日は、実家の畑の芋ほりを手伝って、みょうがを収穫した。

自分が誰だか分からないから、自分の言動が正解なのか、一々気になる。
どこかにこもってた方がいいんだろうか。
よく分からない。
体があるから、動いたり喋ったり笑ったりしている。
この奇妙な感覚。
久しぶりだけど、いつもの感覚。
私は、誰なんだろう。




※コメント欄は一時閉鎖しています。過去記事へのコメント返信を終えてから開放させて頂きます。
応援クリック↓よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ 人気ブログランキングへ

スポンサーサイト

日々日記 | trackback(0) |


2010/10/15 (Fri) 手首と記憶の蓋 ? 解離性同一性障害 ?

生活をコントロールする工夫を重ねてきて、酷くダウンする時が減ってきた。フラッシュバックに襲われたとき以外は、大概のことでは生活リズムを崩さなくなってきた。
ジム通い(筋肉信仰)は今は抑えて、部屋の大掃除に毎日費やしている。朝から晩まで寝る直前まで片付けている。ここ1年半くらいは、治療のために症状が一時期悪化して、部屋の掃除どころか生活もままならなかった。その分、今月集中的に部屋の美化に努める計画だ。

片付けをやり始めてみると、部屋のあちこちから「そういえば2,3年開いていない箱」とか「何を入れたのか全く記憶のない袋」などが出てくる。
数年前に幼児退行を起こし、同時に子供を名乗る人格が生まれた時代の遺物を掘り起こしてしまった。昨夜のことだ。赤ん坊の段階から育てなおしを受けたときに使われた、子供用の絵本数冊だった。

嫌なものを見たなと思い、埃を払って別の場所に移した。できるだけ頭から追い出すようにして片付けを続け、お笑い番組を見て、あははと笑って眠った。

今日の昼くらいに気づいたら、右手首が傷ついていた。リストカットにそっくりだ。気づかないうちに怪我をしたのか。記憶がない間のリストカットなのか。
昨夜絵本と共に、あの時期に関連する物を他にも色々発掘していたことが思い出された。蓋をした記憶、潜在させた記憶は、ふとしたきっかけで氾濫する。お笑いを見たって何したって、誤魔化せないのは今まででよく分かっているはずなのに。

自分が記憶にない間に起こったことに関して、一々こだわらないことにした。最近になって、ようやく肝が据わってきた。でも、記憶がない間の自傷や自殺未遂は困る。特に私は、リストカットが大嫌いなのだ。

解離性障害の中でも、特に解離性同一性障害(DID)は重度だといわれていて、医者からどうこうも指導を受けられない。薬では治らないことは明白で、カウンセリングにも限界がある。週に1度通っていたとしても、解離と共に24時間生活していかなければならない当事者にとっては、もどかしい進度だ。ことは生活がかかっている。命もかかっている。

どうすれば治るのか?
専門家が匙を投げていても関係ない。専門家が、ゆるゆるのんびり研究している時間もこちらは待てない。だから、自分で考えるしかないと思うようになった。

記憶にない時間について考えるのは、仕方がないこと。記憶がないということ、「分からない」ということがDIDの症状だから、失った記憶については積極的な諦観の構えでいようと思っている。
でも、自分の意識がある時間、この時間だけは自分がしっかり毎日後悔しないように生きたいと思う。今は、そればかり考えている。
自分のことが満足にできなければ、失う記憶の時間に踏み込むことなどできなくて当然だし、そんな余裕もない。
人格とか解離とか関係ない。意識がある間は、自分らしく暮らす。それが今の私にできる現実的で、最低限で、最大の努力のような気がしている。

手首の傷は、軟膏を塗っていると情けなくて涙が出る。薄い恐怖にも襲われる。悔しくて泣きたくなる。昨日も今日も頑張って、明日も頑張るつもり。でも、抜けた時間に何かが損なわれる。悔しい。
生きていくのが難しい。とても難しい。自分を保って、地味に今日も明日も回復へ一歩ずつが難しい。でも一歩ずつしか歩けない。一歩だけ。一日たった一歩だけ。


※コメント欄は一時閉鎖しています。過去記事へのコメント返信を終えてから開放させて頂きます。
応援クリック↓よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ 人気ブログランキングへ

日々日記 | trackback(0) |


2010/10/12 (Tue) 「砂と兵隊」の感想もどきとか

20101011.jpg

平田オリザ作・演出の演劇、「砂と兵隊」を見に行ってきた。
1年前に気まぐれに見た彼の作品「東京ノート」に衝撃を受け、そこで知り合った方に誘われて「北限の猿」を見に行って感動に震え、彼の演劇論の本なぞまで読んで、約1年ぶりの観劇だ。

最近いつ鬱が襲ってくるか分からない不安定な状態が続いているので、事前にチケットを購入するのは冒険だった。世は連休だし、人ごみの中電車を乗り継いで行くのは至難の業だ。薬が要る。
それでも出かけたのは、以前見た「東京ノート」と「北限の猿」の感動が忘れられなかったからだ。人間が作り人間が表現し、人間が情熱を注いだものに触れると元気が出る。出かけて行かなければ触れられないから、ならば出かけるしかあるまい。


電車の中でやっぱり頓服を飲まなければならなかった。
ホールに辿り着いて受付でチケットを受け取ると、一緒にマスクを手渡された。「公演は、大量の砂を使用しておりますのでご着用ください」とのことだった。演劇のチケットにマスクが付いてきたのは初めてだ。

元引っ込み思案で影のように生きてきた私は、最近は常に席は最前列のど真ん中と決めている。後ろの隅っこで小さくなっているのは、頑張ってもうやめたのだ。

平田オリザの舞台の特徴は、客席と舞台にまずは殆ど段差がないこと。だから、最前列に座った私のつま先から30センチ先はもう砂山で、機関銃が2つ砂に突き立って半分埋もれていた。

もう一つの特徴は、開場して客がどやどや入ってきて、開演までガヤガヤしているときに役者がスッと舞台に現れて、既に劇が始まっていること。開演の口上が始まる前に、舞台上では劇が動き始めている。ざわざわ皆が席を探している間にも、舞台の砂漠では兵隊がぽつぽつ現れては匍匐前進していった。


平田オリザの舞台の最大の特徴は、役者が客席に向かってセリフを喋らない。
私がそれまで知っていた演劇というのは、客席に向かって喋りかけられるものだから、どう反応して良いのか分からずドギマギしていたたまれない思いをすることが多かった。突然歌いだしたり、歌い終わった後にまた劇に戻ったりの微妙な間が不自然に思えて、演劇はとても苦手だった。平田オリザの舞台に偶然出会って、青年団の演劇だけは見るようになった。

平田オリザの舞台では、役者が客席に背中を向けるなどは普通。更には複数人のセリフがかぶりまくる。普段私たちが会話するように、誰かが意味のないことを言ったり、同時に誰かが実は重要なことを言ったり、それを誰かは聞き逃していたり、誰かは実は聞いていたけれど聞かないふりをしたりする。見ていると、自分たちも生活の中で全く同じ形態の会話を繰り広げていることに気づく。
有機的で煩雑で、作為、無作為、利害、表と裏が絡み合って舞台の上で作り上げられる人間のコミュニケーションの本質が見えるようだ。
そんな演劇は見たことがなかった。オリザさんを知って、私の人生の楽しみが一つ増えた。オリザさんの演劇なら見たい、演劇に興味はないがオリザさんの演劇論なら知りたいと、ちょっとしたファンになった。



今回の「砂と兵隊」は、そこそこ面白かったけど全体に期待外れだった。よって私は、終劇と共にド鬱に逆戻った。
オリザさんご本人が出口近くに立っていた。一人の女性が「今回も面白かったです!」と言って握手を求めていたが、私はその横でアンケート用紙に「期待と違って残念です。でもまた見に来ます」と書いた。沈んでホールを出た。

近くのショッピングモールに寄った。何とか気分を盛り上げようとしたけど、どうしても劇が引っかかる。何か惜しい。私が言っても仕方ないけど、あれは何かが足りない。何だろう?どうしたらいいんだろう?と考え続けていたら、早く帰って小説を書きたくなった。まともに書けやしないだろうけれど、何か書かずにいられないような、もやもやしたものは自分で解消しなくちゃという気持ちになった。

無印良品で、大好物の「黒こしょうせんべい」と「紅茶クッキー」を買い溜め。そして、ずっと欲しかったアロマディフューザーを買った。主治医に、家で寛げるようにアロマテラピーでも始めたらと言われたからだ。今月は家具も買ったから、痛い出費だ。過食で食費も異常にかかっているし、金銭感覚が壊れている。ツケは来月来るだろう。

演劇で知り合ったRさんは知人と来ていたので挨拶しかできず、別の友達に突然夕飯の誘いをかけてみたが遠すぎて落ち合えなかった。ついてない日は、本当ついてない。
ド鬱から引き上げようと頑張ったものの、本日は報われず。何もしないよりは良かったとしよう。動くときと休むときと、メリハリつけるコツを身に着けるのが目標。その練習には、なったかもしれない。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<「砂と兵隊」青年団 ネタバレ。感想もどき>

正直、私は今作の良さが全然ピンとこなくて期待外れだったので、これから見る予定の方はやめた方が良い。あくまで私個人の感じ方で、私は演劇観劇経験度0に等しいので私の感想は全然あてにならないと思う。

感想を一言で言うと、「チケット3000円は高い」。倍くらい高く感じた。
「東京ノート」や「北限の猿」には5,6000円出しても惜しくないが、「砂と兵隊」はハズレクジを引いた。入るときも出たときもオリザさんご本人がいらっしゃったのだが、私は帰りは腹立たしい気持ちにすらなっていて、その気持ちに自身で悲しくなった。一応、彼のファンっぽい気持ちでいるのだが、作品で裏切られたと感じたときの心理って複雑である。

どうしても前に見た二作と比べてしまうからか、「不条理」について私が強すぎる関心を持ってるからか、全体に期待外れが否めなかった。モチーフとモチーフを繋ぐ連結部が若干甘い。わざとそう作ったというよりも、あまり手をかけなかった感じがした。丹念に作りこまれた作品じゃないんじゃないか・・・大丈夫なんだろうかこのまま見ていても最後はちゃんと見てよかったと思えるんだろうか・・・という不安が、半分過ぎたあたりでひしひし押し寄せてきたものだった。

残念ながら最後までストーリーにさほど厚みを感じず、役者の演技は素晴らしかったのだけど、世界観に引きずり込まれるほどの魅力はついに持たず、終わってしまった。たとえば役者が悲痛に絶叫していても、共感するには一歩足らずに置いてけぼりを喰らう寂しい心地を味わったシーンが幾つかある。

もっとも残念だったのは、終り方だった。
演劇に限らず、漫画でも小説でもアニメでも、大抵一番ガッカリなのは「夢オチ」だ。その次にガッカリなのは「繰り返されるオチ」だ。ホラーものによくあるやつだ。例外は、エイリアンだ。あれは、何度も蘇るが故にエイリアンなので許す。

「砂と兵隊」は、「繰り返されるオチ」だった。ちょっとパラレルかましてるけど「繰り返されるオチ」だった。終演後も観客が席を立って会場を出ていく間も、舞台上ではずっと繰り返されていた。
私の中で、冒頭からの腑に落ちない作品への評価が決定付けられた瞬間だった。
小説でも何でも、最後の一行って全てを決する。
「砂と兵隊」のエンディングは、結末として「ありがち」だと感じた。やっぱり全体にそんなに考えて作られた作品じゃない気がした。ド素人の私が偉そうにいえることじゃないが、「砂と兵隊」は作りが甘い気がする。是非、痺れるように磨きあげられた「砂と兵隊」が見たい。

(感想もどき終わり)
・・・・・・・・・・・・・・・・・


※コメント欄は一時閉鎖しています。過去記事へのコメント返信を終えてから開放させて頂きます。
応援クリック↓よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ 人気ブログランキングへ

日々日記 | trackback(0) |


2010/10/08 (Fri) 痛みと砂 ? 虐待・いじめ・解離性同一性障害 ?

指の負傷と手の疲労で、文字を打ちにくい。記録として書いておきたい。

無意識に指先の皮を剥ぐ自傷行為は物心ついてからずっとだ。私の指先が無傷だったことは、人生で殆どない。
カッターナイフで指の肉を削っていることが多く、ふと気づくと本を読みながらでも削っている。本好きの性か、絶対に本を血で汚さない。自慢できることなのか何なのかよく分からない。

右手をより酷く刻む傾向があって、神経の近くをやってしまったのか、じっとしていても指がツキツキと痛む。

昨日は幻聴が酷かった。うるさくて仕方なかった。
ふいに色んな声で、色んな声の大きさで、色んなことを言う声が聞こえる。耳元で叫ばれるような大声は、うるさい。けれど、現実の声とは違うことを私はいつも知っている。
何を言っているのか、いつもすぐに私は忘れてしまう。音声は明瞭なのに、内容を忘れる。だけど、精神力が消耗する。異常に疲れる。


苦しむ子供は、死んでしまえ。

昨日は、そんなことばかり考えた。
過去の氷山の一角でもない、多分ゴミクズくらい小さな小さな埃だろうに、過去の1シーンだけでダメージが大き過ぎる。フラッシュバックには、簡単にのみこまれてしまう。怖い。
受け入れるんだ、しっかり見るんだ、怖がって目を閉じるものかと覚悟を決めているはずなのに、ちょっとした友達との会話の合間に、突然過去に吸い込まれて、気がついたら私は子供だった。

じっとしていられなくなって、泣き喚きながら部屋をうろうろして泣くしかできない自分と、119番に連絡して収容しなければと冷静に考える自分と、他人に世話をされることに強烈な拒否反応を示す私が今の状態で救急隊員に出くわせばかえって事態が悪化することを知っている自分と、3,4方向から自分を見ている自分でいっぱいになって、絶望した。

自分の中にいる、自分が体験した「子供」なんて死んでしまえばいいと思った。苦痛で仕方ないから、あの子供ごと死ねばいいのに、どうして親たちは虐めることを愉しんで、殺すことを愉しまなかったのかと悲しみで一杯になった。

殺してあげて。
殺してあげたほうがいいのに。
子供だった私がもし、純粋で柔らかいから傷つきやすかったのなら、そんなに傷つきやすいものは、傷がつく前に砂にして散らして、最初から誰もいなかったことにしてあげて欲しい。

私の方がいっそ砂のように形もなく感情もなく、涙も汗も血も持たない乾いた砂になりたかった。あの場で、誰も私のことを抱きしめる気がないのなら、抱きしめなくていい理由が子供の私にあったらよかったのにと思った。それなら納得できたのかもしれない。人間の子供にうまれたばっかりに、尊厳を踏みにじられると魂が傷つく。心に痛覚を備えられて生まれてきてしまった。


高校時代の性被害の体験は、最初に思い出したときに意図的に「人格名」をつけ、また忘れたけれど2度目に思い出したときには、うまく私の記憶の年表におさまってくれた。一度目に思い出したときの感情の追体験は、まるでなかった。ただ事実として思い出せた。解離について少しずつでも学び、うまく活用できた成功例として自信になった。でも、あれは本当にまぐれなのだろう。

家庭で受けたことに関しては、私は殆ど自分の視点で思い出すことができない。大抵、正面から自分を見ていたり天上から見ていたり、大分離れたところから全体を見ている記憶ばかりだ。
一昨日は珍しく、私はまさに子供そのものになって、あの過去の時間のあの瞬間、あの場所にいた。

今日は、小学校時代のいじめについて思い出した。その教師が指定した生徒を、教師がリーダーとなってクラス全員で虐めるのが恒例だった。私は標的にされた。女性の教師だったが、虐め方が狡猾で集団心理を利用するのが巧く、クラスメート達も示し合せたわけでもないのに阿吽の呼吸で立ち回って、私を虐めるという一つの目的に向かって毎日鋭意工夫を惜しまなかった。


いろんな人を見てきた。
いろんな人たちが、私を前に繰り広げる感情劇に、私は呆気に取られてただただ見ていた。皆本当は夢でも見ているんじゃないか、おかしな薬でも飲んでるんじゃないか、そうでもなければ私の頭がおかしくて私が見ているものが嘘なんだ、本当は人間とは強くて美しくて勇敢なものなんだと信じていた。信じていなかったと思ってきたけれど、私はどうしても人を信じたかったのだ。信じてなければ傷つかない。


私は、自分を砂にすることはできなかった。
かわりに出来るだけ薄く薄く希釈して、茫洋とした意識の世界のあちこちに流しやって、できるだけ遠ざけた。遠ざけたものが、ぜんぶ苦しみの声をあげている。
その声を一昨日から聞き続けて、最近ずっと聞き続けて、私はどうしても逃げられなくなっている。逃げたくない。「殺されたくない」と並ぶくらい、私の中で強い感情が「逃げたくない」かもしれない。この感情は、多分私の人生の中で私が一番強く持っているものであって、他のどのキャラクターにもない感情だ。今のところ私が知る限りは。

逃げないことが、生きる唯一の道だと私は知っている。
だけど逃げたくなる。怖い。ただ1シーンに引き戻されただけで、私はあの過去のあの場で受けた傷の深さに痛い痛いと泣き叫ぶしかできない。それどころか、悲しいのも苦しいのも嫌だから殺してほしいと考える。私の存在意義は生に根ざしているのに、私の欲求は死に馴染みやすい。


フラッシュバックに襲われたら以前は1ヶ月は寝込んでいたけど、今の私は違うんだちゃんと生きていけるんだと自分に示してやろうと思って、今朝から道具を買いに行って、大きな大きな家具を組み立てた。汗だくで、工具で手が更に傷だらけになったけれど楽しかった。
終ったら達成感が来て、その直後に悲痛な気持ちになって泣いた。本当は泣きたかったのに、一人なのにバカみたいに虚勢を張って泣かなかったんだと気づいた。自分が惨めになるから。

正直な気持ち、私は生きていたくないんだと思う。あんな過去やこんな過去や、まだどこに埋まってるかも分からない地雷にこの先もつまずく度に足吹っ飛ばされ続けて、それでも這いずってでも生きてやろうと思うほど私は強くない。もうやめてくれ!と思っている。でも「逃げたくない」と思っている。でも、そんなに強くない。でも、泣きたくない。生きること、呼吸することが苦しい。でも、砂にもなれない。だから今日は生きている。


関連記事
◇死ねなくてごめんなさい ? 虐待・機能不全家族 ?

※コメント欄は一時閉鎖しています。過去記事へのコメント返信を終えてから開放させて頂きます。
応援クリック↓よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ 人気ブログランキングへ

解離性同一性障害 | trackback(0) |


2010/10/06 (Wed) 死ねなくてごめんなさい ? 虐待・機能不全家族 ?

記憶が流れ込んできた。
小学生の私。
生きててごめんなさいごめんなさいと泣いて叫んで、
土下座して、殺してください!と叫んでいる。

額をつけたフローリングの床が見える。床のかたさ、冷たさも分かる。私の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、全身汗だくで、手のひらも汗ばんで床の上でベトベトしている。天上から見てるわけでもないし、違う場所から自分を見てるんでもない。これは、解離してない私の記憶。でもずっと隔離されてた記憶。

お父さん、どうして真っ赤な顔で勝手に死ね!と怒鳴るの?物を投げつけるの?
おばあちゃん、どうして私を指差してキチガイだって笑うの?
お母さん、どうして大げさにため息ついて、苦笑するの?

「また始まった」て、なに?

私、生きてちゃだめなの?
生きてる資格ないってみんな言う。
お前さえいなきゃって言う。
死んでしまいたい。
でも死ねない死ぬのが怖い。ごめんなさい。ごめんなさい。死ねないから殺してください。
お父さん、おばあちゃん、おかあさん、殺してください。お願いします。お願いします。


※コメント欄は一時閉鎖しています。過去記事へのコメント返信を終えてから開放する予定です。
応援クリック↓よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ 人気ブログランキングへ


機能不全家族 | trackback(0) |


2010/10/05 (Tue) ピノキオ

20101005.jpg
切り絵作品「囲炉裏」。図案は、こちらの本を使いました。
ブログ右下のマイ本棚にも陳列しています。私の本棚は、こちら→Booklog美鳥の本棚(気まぐれにメモ程度のレビューを書いてます)

-------------------------

過食の他にもう一つ最近になって襲われている強迫観念が、「体を鍛えなくては」。体を鍛えれば全てが解決するとでもいうかのように、2日に1度はジムに繰り出し、ジムが休みの日は買物に行くついでに1時間も歩いたり、走ったりする。翌日は、寝込む。当然のことで、数ヶ月前までは家を出ることすら困難だったのだから、ちょっと異常なのだ。

私は、この抑えがたい衝動を「筋肉信仰」と命名した。

ちなみに、昨日アップした◇これでもか ? 過食・解離性同一性障害 ?に書いた過食とは、無関係だ。食べた分を消費しようとか、痩せようなどとは考えていない。前述したように「筋肉信仰」だ。筋肉をつけたいのだ。

何を乗り切るでも、闘病生活でも、とにかく体力がなければ何もできない。一人暮らしで部屋は荒れ放題になっているし、今の状態では元気なときにしか通院できていない。具合が悪いときには病院に行けない。精神面のダメージが、そのまま体調に出てしまうからだ。一人でこの先も生きていくのに、筋肉以上に頼れるものがあるだろうか。いや、ない。


この話を男友達にしたら、男性が自分の体を鍛えたがる心理に似ているという。自分の劣等感や弱さを克服したくて、男は筋肉を鍛えることに思考が走りがちだという。
なるほど考えてみれば、女はそんなとき痩せたがり、男はマッチョになりたがる。

私の筋肉信仰が少し痛々しくなるのか、一体どこまで筋肉をつけるつもりなのかと友達が心配し始めた。
「腹筋を割る気なのか?」「何分割に割りたいのか?」
残念ながら、もともとを考えると私の腹が割れることは未来永劫ないだろう。しかし人体には「体幹」と呼ばれる、いわゆるインナーマッスルがあって、そこさえ鍛えればどうのこうのと言うプロが多い。私は、体幹を鍛えて、いかなる嵐にも突風にも豪雨にも折れない頑丈な木になりたい。ついでに、二の腕がちょっとくびれたり、はけなくなったスカートが入るようになったりするといいなと思う。でもそれはあくまでもオマケであって、本文ではない。矛盾しているが、筋肉がつくのなら、私は二段腹でも三段腹でも構わないくらいの気持ちなのだ。

「休まなくていいのか?」「疲れないのか?」とも訊かれる。
休みたい。疲れる。
これぞ強迫観念のなせる業なのだと思う。
どうしても休むことができない。運動する時間になると、そわそわしてきて、ちょっと買物に歩いて行こうと家を出たが最後、1時間もウォーキングして汗だくになって帰ってくる。どうにも止められない。


その私が、昨日、アフリカンダンスのレッスンを休んだ。
行けなかった。前日から、とあることで精神状態を崩し始め、焦って挽回を図ったものの間に合わなかった。何の予定もないし、ずっとずっと前から楽しみにしていたのに行けなかった。クラスでは、「一番張り切っている」と先生に評されるほどに大好きなレッスンなのに、私は何と脆くて崩れやすいのか。


運動して帰って来るとき。たとえば、ジムの帰りやウォーキングの帰り、ランニングの帰り。私は、全然すがすがしくない。達成感はあるけれど、それ以上に自分への失望を抱えて帰ってくる。だから大抵、自転車をこぎながら、こっそり泣いて帰ってくる。
揺らがない木になりたい、なってやる、木のように頑丈にと思えば思うほど、悲しくなる。
木には、自由がない。
木には、孤独があって、体温がない。
木になりたいわけじゃないのにと、でも他に何になっていいのか分からず涙が出る。



※コメント欄は一時閉鎖しています。過去記事へのコメント返信を終えてから開放する予定です。
応援クリック↓よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ 人気ブログランキングへ


以下の過去記事コメントに返信しました。お名前は、以下の方です。
◇「分からない」 ? 解離性同一性障害 ?
・Putitamiさん

◇東京こぼれ日記6
・ひとみさん
・浅葱れんさん

遅くなりましたmm

日々日記 | trackback(0) |


2010/10/04 (Mon) これでもか ? 過食・解離性同一性障害 ?

20101004.jpg
切り絵を始めたので、出来上がった作品をちょくちょく載せていこうと思います。
デザインカッターで、黒い紙を切り抜きます。今回の図案は、こちらの本を使いました。蓮の花です。ブログ右下のマイ本棚にも陳列しています。私の本棚は、こちら→Booklog美鳥の本棚(気まぐれにメモ程度のレビューを書いてます)

--------------

先月から、強迫観念にかられている。
最初は、のめりこんでいる程度のことで、強迫観念の瀬戸際といった感じだった。
けれど、隔離してあったらしい過去の記憶と感情が波状に流れ込んでくるようになってから、どうしてもコントロールできなくなってきた。

その一つが過食で、満腹中枢が壊れたのかと思うくらい一日中ひっきりなしに食べ続けている。
当然、体重も増えるし、衣替えをしても去年の服が入らなくなるし、胃腸が荒れるせいか口の端が切れてきた。

飢餓感が強烈で、24時間とにかく何か食べるものを探している。朝食、昼食、お茶、夕食の間に、二度目の朝食、二度目の昼食、何度目かの夕食と挟んでいって、結果、寝る間際まで食べ続けることになる。

スーパーに行くと、今まで手に取らなかったものばかり大量に買い込んでしまう。殆どがパンやお菓子ばかり。スーパーの袋2つほどに一杯に買い込んだお菓子は、その日のうちに食べてなくなってしまう。チョコレート菓子ばかり買ってきた日は、箱入りのチョコレートを3つとキットカット一袋を夜のうちに全部食べた。
過食の時に、高カロリーばかり選んでしまうのは、一体どこからの指令なんだろうか。

昨夜も飢えている感覚が拭いきれず、空腹のままでは眠れないとか理由をつけて、油で揚げてパウダーシュガーをたっぷりまぶされたドーナツを5つばくばく食べた。直前にはフランスパンを半分食べた。その直前には簡単に自炊した夕飯を食べた。その直前も何か食べて、その直前も食べていた。24時間、食べ物のことばかり。

嘔吐する気にはなれない。なぜなのかは分からないけれど、短期間拒食症状になった時期の苦しすぎる経験から「吐く」という行為が嫌になっているのだと思う。あの頃は、意識的に吐くことはなく、胃がポンプになっていて、水一滴入れても体が拒絶して吐いた。吐くのは、壮絶に苦しい。

反面、吐かないままでいることも、とても自虐的なのだと今日ふと思った。
飢えているという感覚を利用して、私は自傷行為をやっている気がした。
食べ物を詰め込んでいる間、自分の耳に聞こえてきた内側からの声は、「これでもか」「これでもか」だった。

自分に懲罰を与えている。
高カロリーを詰め込んで、決して吐き出さず、食べたものを全部採り込んで、醜くブクブク太れば良いと思っている。見るからに怠惰で、愚鈍で、醜い自分に追い討ちをかけて、これでもか、これでもかと責めている。


原因は、よく分からない。
先月から、人格として分かれていたはずの記憶や感情が、予告もなく突然流れ込んでくるようになった。
そのせいで不安定なのかもしれない。「不安定」の具体的な中身が知りたい。私は、なぜこんなにバランスを崩して、自分を虐めているのだろう。
「これでもか」
この言葉には、何が続くのだろう。
何を問われているのだろう。
何かを試されている気がする。
苦しくて泣きたいけど、詰め込んだ食べ物がすぐに涙も吸い取ってしまう。
厭味なくらい便利だ。


※コメント欄は一時閉鎖しています。過去記事へのコメント返信を終えてから開放する予定です。
応援クリック↓よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ 人気ブログランキングへ


以下の過去記事コメントに返信しました。お名前は、以下の方です。
◇東京こぼれ日記3
・ゆみゆみ3号さん
・ブラックジョークさん

◇「分からない」 ? 解離性同一性障害 ?

・夏川ほとりさん

遅くなりましたmm

日々日記 | trackback(0) |


| TOP |

プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

月別アーカイブ

QRコード

QR

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

メールフォーム 

お気軽にメールください。返信までお時間頂く場合があります。

名前:
メール:
件名:
本文:


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。