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2010/09/27 (Mon) 代理人Mの休日 ? 解離性同一性障害 ?

夜寝る前に日本酒かワインを飲む日が続いて、そんな時は眠剤を飲むことができないので薬を飲まずに寝ると、必ず眠りが浅くて翌朝気分が悪く、起きるなり頓服を飲んで再度就寝、起きると昼の1時か2時という生活が続いている。
最低最悪だと思う。これの何が治療生活だと自分をたしなめる。

そんな今日は、ジムが休みの日なので好きなことをして過ごすことにした。

夜に飲むワインを、昼に飲むという贅沢で怠惰なことをやってみた。これなら夜は問題なく眠剤で眠りにつける。
一昨日、仙台から来てくれたブログ友達と大阪で遊んだときに、オリーブを練りこんだフランスパンを買ったのだが、これがものすごくワインと合う。

軽く飲んでから、うちのマンションの向かいにある店にふらりと服を買いに行った。
かなり愛用している店で、福祉団体が寄付でやっている店だ。何でもかんでも激安だ。そして必ず新品で可愛いものが見つかる。
大きな紙袋一杯11点買って2000円ちょっと也。ミッシェルクランの靴や、新品のカーディガン、インテリアに使うハギレなどお買い得ばかり。楽しい時間を過ごした。
所用で寄った郵便局を出たら、大粒の雨が降り出した。

家に帰って傘をさし、自転車でカラオケに行った。
一人で2時間半歌って満足した後で、古本屋に寄った。カラオケの帰りに必ず寄る古本屋で、店主とは顔なじみだ。私はいつもここで、心理学か犯罪学か哲学かサブカルチャーか変態関係の本を買う。ここの店主は、古書の類が好きで活字信奉者なので、よそより品揃えが良い。


雨がバタバタと傘を打つ中、上機嫌で帰った。外はもうすっかり暗くなっていた。

帰りながら、働きたいなと思った。私って、凄く元気じゃないか。元気どころか、元気が有り余っている。だから、昼間からフランスパンにワインなぞ飲んで、服を買い込んだり郵便局に行ったり、カラオケに行ったり本屋に行ったりするのだ。
以前なら元気どころか気力もなかった。本屋に行っても読みたい本どころか一文字だって読めなかった。一文字一文字が重くて重くて、憂鬱でたまらなかった。音楽も聴けなかったし、服だって自分なんか雑巾でも纏ってればいいんだと本気で思っていた。実際、雑巾みたいな服を着ていた。
今、私はすっかり元気だ。

そんなことを考えて雨の中自転車で家路を急いでいたら、突然怖いことを思い出した。
そういえば私は、ほんの1週間前に精神科病棟への入院準備をしていたのだった。たった7日前のことだ。半月も経っていないのに、私はもうすっかり感覚を失っている。
忘れるのは、解離性障害だからだ。自分のことをすぐに忘れる。自分と感覚と感情が解離してしまう。解離しても、解離したことにすら気づけない。


帰宅して、パソコン前の椅子に座って、落ち着いて考えた。
私は、数日前のブログ記事に、こう書いている。◇代理人M ? 解離性同一性障害 ?
私は、解離性同一性障害を自分で治そうとしている。ようやく準備が整った気がした。
けれど、それがどれくらい命懸けか何となく分かるから、私は安全ネットをたくさん今から用意することにした。その一つが入院支度だ。私がこれから挑もうとしている過去は、実際にいまだある男の姿そのままで関東に存在している。そこまで私は実際に行こうとしている。多分、何度か入院せねば私は生きて乗り切ることはできない。


頭のどこかで、常に私は恐れている。
生きるために自分が排除したらしきものを、自分の中に取り込むことに怯えている。
「人格の統合」などという表現は、私にはしっくり来ない。ただ、とにかく、私という人間に起こった出来事として受け入れなければならないことがこの世にあるのだとしたら、やるしかないという気持ちに変わった。

だから、今日カラオケで歌っているとき、真似事でAに合いそうな歌を歌った。
届いているかは分からないし、意味があるかも分からないけれど、一度歌ったら意味があるような気がして同じ歌ばかり5度も歌った。
歌になったその感情を客観的に見れば見るほど、私には完全に欠如した情感だと思った。
欠如していることは、欠落していることとイコールなのだろうか。欠落していたら、私は不完全な人間であるということなのだろうか。不完全であるということは、不幸なのだろうか。
なぜ私は、歌うのだろう。
なぜ私は、Aのかわりにあの男と対峙しようと、こんなにも張り詰めているのだろう。
分からないけれど、怖い。怖いから、分かりたくない。

私は多分、今日一日は羽根をのばしたかった。何もかも忘れて。
Aのために歌を歌った以外は。


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◇代理人M ? 解離性同一性障害 ?

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2010/09/25 (Sat) 混ぜるな厳禁

頓服って便利だけど、飲む量を間違えるととんでもなく生活を蝕む。

なんとなく精神的に不調で安眠できる気がしなくて、寝る前に新しく処方された頓服半分と、眠剤と、ワインをちょっとだけ飲んだ。
薬と酒を合わせるなんて普段絶対やらないのに、なぜやったのか悔やまれる。

目が覚めたのは昼間に1度だけだと思う。それから夜の8時まで、眠りっぱなしだった。寝すぎて、体は昨日より重くなってしまった。失敗した。昨夜、妙に楽しい気分だったのも、今考えると変だ。ワインを飲んで、楽しい気分でネットの本棚などいじっていた。あんなことやらずに、ノンアルコールで寝ればよかった。


精神的にドーンと落ちはしなかったけど、これってどうなの?と自問する。
最近よく、「治療ってなに?」「回復ってなに?」と考えているのだけど、やっぱり「普通に生活できるようになること」を目指すのが治療だし、回復なのだと思った。ずーっと闘病してきたはずなんだけど、その実感が伴うまでに10年かかった。苦しくないようになることも勿論治療かもしれないけれど、多分、きっと、苦しくてもちゃんと生活だけは自分で守れるようになることだと思う。


久しぶりに失敗してしまった。
明日は、ブログで知り合った友達が大阪に来ているので一緒に遊びに行く。
方向音痴だから、あまりあちこちは案内できないけれど、私の大好きな町へ案内しようと思う。きっと友達も気に入ってくれると思う。

明日を楽しみに、もう寝なきゃならない時間だ。なんてことだ。全然眠れる気がしない。
そういえば、昨夜いじっていた「本棚」を、このブログの右柱下に設置してみた。私が最近読んだ本を記録がわりに登録することにした。活字を読める時期と読めない時期があるから、コンスタントに更新はしないだろうけれど、本好き、ハンドメイド好きの方はぜひご覧ください。


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2010/09/24 (Fri) 生も死も踊る

20100923.jpg

昨日、カメルーン国立舞踏団のステージを見に行った。
アフリカンダンスを始めてから、アフリカにどっぷりはまっている。特に、西アフリカが大好きだ。アフリカは、東と西で大分赴きが変わる。主に、イスラム文化の影響を受けたか否かだと思う。そこらへん、まだまだ勉強中だけど、人々が普段使っている布のデザインを見ても、東と西は明らかに違う。
私は、混じりけのないアフリカといった印象の西アフリカが好きだ。
恥ずかしながら今回初めてカメルーンの正確な位置を地図で知った。赤道直下の西アフリカだ。すぐにチケットを買った。


アフリカンダンスのレッスンで知り合った友達Hちゃんと、ホール最寄の駅で待ち合わせた。
場所は、神戸。大阪から、近いようで遠い。

当日、朝からかなりの体調不良で、苦心して家を出た。
正直いって、家でひたすら寝ていたかった。
電車に乗っても呼吸が浅くて苦しくて、道中随分頓服を齧った。体調が悪い、精神的に調子が悪いと、どんなに好きなもの楽しい計画も、あっさりただの苦行に変わる。あらためて、自分は病気かもしれないと思った。実際の困難にぶち当たって初めて「なるほど私は病気なんだな」と納得する。骨折しているわけでもないし、高熱が出ているわけでもない、目に見えない精神的な病は自分でも自覚が難しい。

写真作品を出品した美術展に来てくれて以来、2ヶ月ぶりにHちゃんと会った。開演時間まで、ホールの中にあるレストランで早めの夕飯を食べた。Hちゃんに障害のことは話してあるが、Hちゃんは障害とは無縁な人でよく分からないと言う。分からなくていいやと思う。彼女特有のほのぼののんびりとした空気には、よく助けられる。

無理やり食べて、取り留めなくしゃべっている間に体調が上向いてきた。ド欝で家に引きこもっていたかった気分も、頑張って出てきてよかったかもしれないという淡い期待に変わってきた。
ホールの席に座った時には、完全に気分が安定していた。


カメルーン国立舞踏団のステージは素晴らしかった。カメルーンは、「ミニアフリカ」と言われるほどアフリカのすべての気候や地形をそなえている。一つの国の中に250もの部族が暮らしているらしく、ステージでは、あらゆる部族の音楽、ダンスを見ることができた。贅沢なステージだ。
ジャンベ(アフリカの代表的な太鼓)の音色が素晴らしく、あれを聞くと踊らずにいられなくなるのは多分アフリカ人だけじゃないはずだ。

アフリカの歴史からは、慟哭が聞こえてくる。大航海時代、突如現れた白人たちに奴隷として売買され、虐殺され、物として扱われた。白人たちが肌の色が違う彼らのことを「彼らは果たして人間か、否か」と真剣に議論した時代があるという。
どんな時代にあっても、アフリカ人にとって生きることは踊ることであり、踊ることは生きることであったようだ。喜びに踊り、悲しみに踊り、恋をしては踊り、精霊に捧げ踊った。私がアフリカに惹かれて仕方ないのは、抑圧され続けてきた彼らの生と死が、同じく抑圧して生きてきた自分自身と重なるからかもしれない。


幕間で振付師の方が出てきて、演奏家たちとダンサーたち全員で、日本の歌「いい湯だな」を歌ってくれた。2002年W杯で大分県中津江村にキャンプで訪れた際に、初めて温泉を体験して知られた歌だという。ジャンベやバラフォン、色鮮やかな民族衣装を纏った彼らがアフリカのステップで歌い踊って笑う光景は楽しくて楽しくて、会場中が沸いた。
最後は、観客もステージにあがって一緒に踊ったり、踊れない子供がびびって逃げ出したりする場面もあった。どれも楽しかった。


日本の先人の言葉に、「辛いときほど笑いなさい」という言葉や、「笑う門には福来る」、これを応用してか「暗い顔をしているから余計に暗くなるんだ」という言葉がある。もっともらしく教わってきた。信じてきた。
辛い時も笑って生きてきた。そうしたら、私の魂は穴だらけのスポンジのようにスカスカになった。笑うどころか死ぬことしか考えなくなった。

だから、私は笑いたくないときにはもう決して笑わない。
私は辛い時には笑えない。
踊っていると自然に笑顔になっている。なぜなのかは分からない。理屈はない。それでいいし、それがいいのだと思う。

神戸の地下鉄の構内で、Hちゃんとふざけてアフリカンダンスのステップを踏んだ。面白くて二人で笑った。私は、ますます西アフリカに魅せられて、ダンスレッスンには通い続けるだろう。
神戸から大阪までの帰路、私は難なく帰った。行きの絶望が嘘みたいだった。


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2010/09/22 (Wed) 代理人M  ? 解離性同一性障害 ?

20100922.jpg


私が、私を救い出すしかないみたい。
誰かがやってくれたらいいのにと思っていても、自分しかいないみたい。
気がついたら、私しかやれる人間はいないみたい。
みんな過去に縛られて、縛られてることにも気づかずに必死で引きずっているらしい。

優しかった(らしい)男が、最終的にはAを傷つけた。
再起不能なまでに心をズタズタにした。多分、巧妙な嘘も、雑な嘘もついただろう。同時に、心からの愛も告げたのだろう。極悪人なんてこの世にいないことが、余計にズタズタにするのかもしれない。

罪を憎んでも良いのか分からないのなら、私が当時どんな罪があったのか、彼女が何に傷つき、何に惹かれたのか検分しよう。この私の目で。過去からは、逃げられないのだ。

私は、戦闘要員の人格。だからこそ生き延びてきた。いつも解離が私の味方をしてくれるわけじゃない。損な役回りばっかりじゃないかと脱力し途方に暮れることの方が多い。

戦うことには向いている。だから、癒すことには向いてない。

そう思ってきたけれど、DID(解離性同一性障害)から回復するには、「治療的人格」が必要だと聞いた。
まっぴらごめんだと思っていたし、私は適任ではないと思ってきたけれど、私しかいないのかもしれない。

それでも私は、戦うことにしか向いていない。
まっすぐにバカの一つ覚えで、ただひたすらに真っ直ぐに全てを自分の目で見て耳で聞き、足を運んで体感し、自分の頭で考えるしかできない。

そんな私に、治療的人格が務まるのか分からない。
でも、これ以上こんな繰り返しで死にたくはない。

数日前に、突然Aの声と感情と記憶の一部が流れ込んできた。
私は、本を読んでいる間も、最近始めた切り絵に没頭している間も、深い意識の中で響く声に黙って耐えた。聞き続けた。腹も立って、作業ナイフを太ももに一度突き刺した。それだけで、あとはAの声を聞いた。
私は、なぜ泣くのか分からず始終泣き続けた。本を読んでいるときも何をしているときも、Aの感情が流れ込み続ける間泣き続けて、疲れ果てた。私が泣いていたのか、Aが泣いていたのか。


私が、救うしかないみたいだ。
私のやり方でやるしかないみたいだ。
専門家は何と言うのか分からない。


こんなやり方は、ちょっと聞いたことがない。
でも、私がやるとしたら、これ以外の方法はない。
統合や喪失したままの記憶を扱うには、専門家の立会いは必要だろう。
すべての準備を整えて、私は少なくともAの問題を代理で片付けようと動き始めた。

Aという人格が生まれた瞬間に立ち会った私が、Aという人格を生みだしたある男に会いに行く。
Aのふりをして電話をし、その後Aのまねをしてメールを書いた。
Aと私は、何もかもが正反対だ。真似て書くのはどう頑張っても不可能だったから、諦めて私の文章で書いた。

男に電話をする時、返ってきたメールを読んだとき、体中が凍り付いて、一度だけ吐いた。
私は、あの男が嫌いだ。押さえ難い殺意にすらかられる。
しかし、Aはあの男が恋しいと言う。
そのどちらをも、私は認めよう。今日の今日まで認めずに来たが、私は殺したいほど憎み、Aは何をしても執着を捨てきれずにいる。どちらも認めよう。認めるために、私が男を見定めよう。

過去に何があったのか、私は断片的にしか知らない。
Aはすべてを知っているのか、私には分からない。会話はできない。
私たち以外に知っているのは、あの男しかいない。
私は、真実を見定めるために、殺したいほど憎い男に会いに行く。
その準備をしている。
まずは、入院先の確保からだ。

2年前は、電車に乗っているだけでパニックを起こし、殺意を抑えるだけで精一杯だった。

今回、何度目の挑戦で、あの男がいる地まで辿り着けるか分からないが、確実に私は倒れるだろう。その時にも、私は負けずに生き延びなければならない。生きるために、戦いに行くのだ。



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2010/09/16 (Thu) 命の失格者は空が嫌い ? 宗教洗脳・パニック障害・対人恐怖 ?

初めてパニック障害の発作を起こしたのは、10年以上前のことだった。

睡眠中に発作に見舞われた。
ずっとノイローゼ状態で、昼間も夜も獣のような奇声をあげて床を転げまわる日々で殆ど眠れなかったから、初めての発作は、いよいよ自分が発狂したのだと思った。
恐ろしくて、苦しくて、孤独のどん底に更に底があることを知った。

それからは、昼間も夜もバイト中も、どこと構わず発作に襲われるようになった。
パニック障害という病名は全く耳にされない頃だったと思う。自分に何がしか起こっていることは分かったが、病名があるとは知らなかったから、ひたすらに毎日怯えのたうちまわっていた。解離が酷くて思考が停止していたから、抗う気力もなく、嬲られるままに嬲られて死ばかり乞うた。

当時、最も私を苦しめたのは家族との確執。そして何よりも生まれたときから空気のように吸ってきた宗教への不信だった。もしかしたら後者の方が、最も苦しかったことかもしれない。

不信が芽生えたのは、抗えない成り行きだった。それでも私は、打消し続けて必死で信仰に励んだ。どうしても助かりたかったし、苦しくなく楽になりたかったし、何より友達が欲しかった。心の底から信頼できる人が欲しかった。それだけは、たとえどんな名医でも私に与えることはできない。だから、生まれたときから疑いを持たず信じてきた信仰、「祈れば叶わざるはなし」の信仰を続けたかった。信じ続けていたかった。

誰も私を相手にしてくれない当時、私にとって信頼できる最後の「ひと」だった。宗教団体の会長を「父と思いなさい」といわれたとき、私は心の底から父と感じた。その動機も情熱も信頼も敬意も私には確かにあった。あらゆる角度から、自身の信仰に驕りはないか、間違いはないか、教えと違うことはないか常にチェックし続けた。生まれた時からチェックし続けてきた。常に私は、見えない神から見守られていた。見張られていた。
善行には、褒美を。
悪行には、重罰を。

宗教は、その宗教の「人格」を持っている。私は、宗教の人格を信じ、誰も救ってくれない孤独からお願いします何でもします命を賭けて祈りますと、のたうちまわる以外の時間は泣きじゃくりながら祈った。
今こんなに苦しいのは、きっと私が前世でとんでもない罪を犯したのでしょう。そして生きてきた今までも、たくさんたくさん罪を犯してきたのでしょう。
もし私が間違っているのならどんなことでも直します、許してください、ごめんなさい、私が私でごめんなさい、苦しくてごめんなさい、試練に耐えられなくてごめんなさい。
声が出なくなり、言葉を失って、手を合わせるだけになり、私は力尽きた。声が出ない。祈りの言葉が出ない。本当はあらん限りの力で、魂の底から叫びたいのに。助けてください、変えてください、私を孤独でない私にしてください、私は強くなります、だから私に生きるチャンスを。

祈っている間にも、次々に悪夢のような出来事が起こった。私は、相当に罪深く、生きるに値しないと判断されたのだと思った。誰にかは分からない。神様とか、宇宙とか、そういった漠然とした強大で絶対的なものにだ。

それすらも試練だ、成長するチャンスだと言った宗教団体の幹部は大勢いた。全員がそう口にした。だから一緒に祈ろうと言われたが、私はもう既に祈りに祈っていた。
お金持ちになりたいと祈っているのでもなく、職場の誰それとの関係を良くしてくださいと祈っているのでもない。私は、自分が生きていけるように命がけで祈っていた。だから、それでも祈りが足りないというのだったら、私は祈る力すらない生きることに不向きな命の失格者だと結論づけるほかなかった。
それでも私は、生きるほかなかった。死ぬのは難しい。死ぬ人は、ぽとりと死ねるのに、死ぬ直前まではなかなか死ねないのだった。

ようやっと一人の部屋で、泣かずに静かに床に座り込めたと思ったらまたパニック発作に襲われた。
ぐるぐる回る世界の中で、カーテン越しの空が見えた。
酷いなと思った。
なんて残酷なんだ。
悔い改めても悔い改めても、やっぱり私に死ねって言うんだな。
空には、世界の隅々までを見渡し、針の穴も見逃さぬ恐ろしく万能の神の巨大な双眸がついている。


それから、空が嫌いになった。
すがすがしい気持ちで空を眺めることがない。
空の写真集は、手に取ろうと思わない。カメラを手にするといつも地面ばかり向いている。
空には、何もない。
空は、見ているだけで何もしない。

だったら、好きに生きてやる。
空が死ねと叫んでも、私は両耳を塞いで生きてやる。


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2010/09/15 (Wed) 自分に繋がるもの ?解離性同一性障害 ?

20100915.jpg

ある解離性同一性障害の友人のブログ記事を読んで、眠れなかった明け方にコメントを書いた。
私の気持ちを荒いざらい書きたくなって、気が済むまで書いた。同病者にしか分かってもらえないかもしれない、解離性同一性障害の苦しみ。回復への細い細い希望。細すぎて儚いから、私は怖くて怖くて進めずにいる。

自分が書いたコメントを、このブログにそのまま転載することにした。
明け方に一気呵成に書いたコメントで読み返しもしなかったけれど、今これをアップするために読み返して私は泣いた。

たまらなく辛い気持ちになる。
この気持ちは、どこから来るんだろうか。
私は、この気持ちを抱えて、どっちに歩いて行けるんだろうか。
治ると思っている。
思っていないと生きられない。今日も明日も明後日も。

この記事のコメント欄は、開放します。
---------------------

<自分に繋がるもの >

私たちDIDは、記憶の隔離だけでなく、事実と感情を切り離して別々の場所にしまっていたり、起こった出来事を幾つものパーツに切り分けていたり、その中にファンタジックな空想を織り交ぜて当時の苦痛から逃れることを繰り返してきてる。それぞれが、関連を持たずに内側でバラバラになっている状態だと思います。

だから生きて来られたのだと主治医から言われるけれど、私は、それはベストではなくベターだったのだと思う。本当ならば、ちゃんと自分のことを自分のこととして感じて生きていたかった。私は、人生の殆どを解離したまま生きてきて、解離してるからといって楽じゃなかった。絶えず何故か疲れて疲れて仕方なかったし、苦痛と同じく喜びもぼんやりしてた。誰かと一緒にいても誰と一緒にいるのかよく分からなかった。そんな曖昧で酷く疲れる解離で生き延びたとしても、私はそれを喜びだとは全く思えずに来ました。僥倖だと思えず、自分が一度も感じたことのない「鮮明な世界」に生きてきた健常者の世界ってどんな世界なんだろうとショックを受けた。それが数年前です。

私は、ある人格を殺したいと思ってる。同時に、その人格は私から見て辛い経験をし過ぎていて共感してしまう。だから、私は憎んでしまうのかもしれません。
同じように、私のことを邪魔に思っている人格もいるし、何を考えているのかカウンセラーにも全く喋らない人格もいる。
他人のことのように感じるけれど、自分の体がやるこれらのことを、他人は他人とは見てくれないし、自分も決して無関係ではいられない。意識がない間に気がついたら死んでましたなんて冗談じゃないよね。気がついたら変なもの(砂とか葉っぱとか玩具とか)食べてたなんて、しょっちゅうです。

DIDは、なぜバラバラなのか自分と向き合うか、バラバラなままで生きていく方法を探すか、どちらかしかないと思う。
でも結局、どっちを選んだとしても困難。苦痛は続くし、私は身体症状に参ってる。考えようでどうにでもなるものじゃないから、DIDからの回復は模索し続けてます。
生活に支障が出たり苦しかったり死にたくなったり殺したくなったり息ができなくなったり倒れたりする毎日の隙間で、好きなことをちょこっとやって死んでくなんて嫌だ。
鮮明な世界で、過去も全部ひっくるめて自分はこれをやりたかったんだ!と一度くらい快哉をあげて死にたいって思う。

人格の誰かが「治療的人格」になって皆の話を聞いてあげれば良いと随分前に聞きました。でも、私はそれをどうしてもできずにいます。怖くて。何が出てくるか分からないし、背負いきれないから切り離したはずのものだから、それに傾聴して私が耐えられるのか、考えると恐ろしくていまだに出来ずにいる。

でも、全員が必ず時間軸で繋がっているはず。傾聴しなくとも、彼らの感情や思考が流れてくるときもあるんだと思う。

こう書いてても、やっぱり私は人格の話が聞けない!と怖気づいてる。いつか、いつかと私も思ってます。
DIDは治らないなんて、思いたくない。



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2010/09/13 (Mon) 真っ暗にして 

自分から逃げたくて、しょうがない。
頑張って、頑張って、頑張ってたら治ると思っていた。
ほんの数日間だけど、何ヶ月もそうして回復に向かっている気になっていた。

でも、一昨日ふと目が覚めるように現実が見えて、それから泣いてばかりいる。
泣くと負ける気がするから、本当は泣きたくない。でも、泣くのを我慢すると結果的に体を悪くするのもそこそこ知っているから、客観的な自分が、ほどほどには泣いたほうがいいよと言っている。そんな声を聞きながら、さめざめ泣いていると、自分が本当に泣きたくて泣いてるのかも正直よく分からなくなるんだ。

自分を自分で制御しないと、一人暮らしでは生きていけない。
月の満ち欠けのように、満ちたと思ったら欠けてしまう自信。その度に、入院しなくちゃ入院しなくちゃと焦る。私は、自分を操縦できなくなることを最も恐れている。

昨夜は、れんこんの穴のように時間がすぽすぽ抜けていて、誰かと話していても途中で意識がどこかへ行って、さっきまで何をしていたのか思い出せなかった。

あてにならない自分から逃げ出したい。だけど、逃げ出してもどこにも行きたい場所はない。

入院しなきゃと思っていても、普段の診察でさえケアされそうになると私は暴れてしまう。苦痛で苦痛で涙が出て、泣き喚いて看護士を振り払って、医者を睨み付けて、何が苦しいのか分からずただただ威嚇するしかできない。

一人で生きていかなきゃ。
生きていく力はあるはずなんだから、だからここまで来れたんだから、今日もちゃんと暮らしていられるんだから、昨日や今日泣いたところで、明日が来るんだから。
だけどちょっと休みたい。
泣くのも疲れるから、これ以上泣かなくていいように、泣くのを我慢しなくてもいいように、真っ暗闇でじっとしていたい。


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2010/09/11 (Sat) コメント返信再開します

やっとコメント返信ができるようになりました。
過去のトラウマと重なって、すべてのコメントのやりとりができなくなっていました。
頂いたメールに対しても同じでした。
だから、4ヶ月も前、5月5日の講演会の直後に頂いたメールへも、一切返信できていない状態で今日まで来ました。

書いてくださった方々が待っていることを思うと、当然ながら「早く返信しなくては」と焦りました。
しかし、どうしても書けませんでした。
とても怖かったのです。私は、自分がクズだと思って生きてきた期間が長すぎて、私と直接会っても「講演会に来てよかった」と言って「お疲れさまでした」とまで言ってくださる方々が一体何を言っているのか理解できず、いざその返事を書こうとしても、何も頭に浮かんできません。茫漠とした正体不明の恐怖がぼんやりと漂っていて、ただひたすらに「怖い」という心理状態に陥っていました。

一体自分になにが起きているのか理解し、解決するまでに4ヶ月かかりました。
その間に悩みに悩んで今日の結論に至るまでのことは、別の記事で書く予定です。私のみならず、過去に自分の価値を認められず生きてきた人間は、非難や誹謗に慣れ親しんで生きてきています。歓迎や感謝、親密さにはまるでなじみがありません。知らないものを前にすると、人間はまず恐れを抱きます。
まさに私は、その恐れにとらわれていました。


社会人、常識人たる私の声は、こう言いました。
「とにかく何でもいいから早く返信しなくては、失礼だ」

自分の恐れに忠実な私の声は、こう言いました。
「どうしてもできない。今やったら私は自分に嘘をつくことになる」

二つの声の狭間で、4ヶ月間、足掻いてきました。

やっと恐れを乗り越えて、今日からコメント返信ができるようになりました。
宣言するのもおかしいけれど、不思議なくらい抵抗なく以前のようにコメント欄を楽しみに開きました。
思うままに返信を書いて一度も読み直さずにアップする、以前と同じスタイルで返信を書きました。

◇今日から始まる(2010/05/08 (Sat))
上記の記事に頂いた以下の方へ返信しました。
・冬日向さん
・ゆみゆみ3号さん
・亜由季さん
・わけちゃんさん

5月8日以降の記事には、順次コメント返信させて頂きます。
遅筆に遅筆にも関わらず、コメント書いてくださる方々、ありがとうございます。
コメント欄は、私にとって実際に対面でお話をしている気持ちで書く、このブログの最も大切なスペースです。
そのコメント欄で、再び私らしくありのままに返事を書くことができるようになりました。
過去の5月以降のコメントすべてに返信が終わるまでは、新記事をアップしてもコメント欄は閉じることとします。その時、また私と話してみたいと思われる方、どうぞ遠慮なくコメントください。楽しみにお待ちしています。

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◇今日から始まる


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2010/09/09 (Thu) 日にち薬 ?講演会・境界性人格障害 ?

すこしずつ、またブログが書けるようになってきた。
もしかしたら、全部が終わったようで終わってなかったのかもしれない。
5月の講演会を終えて、大阪に戻ったのは6月末。
大阪に戻ってくると、やはり少しの間は寝込んでいた。
それから今度は7月末に搬入が決まっている美術展への作品出展。5作品を出した。美術展会期中は、ほとんど毎日顔を出した。自分がいつどのタイミングで倒れるのか、常にはらはらしたが何とか乗り切った。

8月は、いろんな人間関係で悩んだ。悩みと迷いの連続だった。悩む以上に考えた。考えて考えて考え抜いて、それでも分からないことは時間に任せるしかなかった。合間に何度か調子を崩した。でも、苦には思わなかった。

9月に入って、いよいよ次の講演会について考える時が来た。必ず次もやると心に決めたから。前回の何倍も何倍も来てくださる方の役に立てる内容と情熱で。

まずは前回関わってくれたスタッフと、前回の纏めや反省、データの集計から始まった。
5月に終えた講演会の反省やまとめを4ヶ月も後にやるのか。信じられないかもしれないけれど、今日までできなかった。実はもっとちゃんとしなきゃいけないことを、私はやれずにいる。そのことが心に引っかかって、「東京こぼれ日記」は止まっている。その心に懸かる事柄も4ヶ月悩んで来たが、ようやくアクションを起こせそうだ。どうしてもどうしても、一旦離れたり休養することが必要だったのかもしれない。今になって振り返って言えることだけど。

倒れないように、ひどく寝込まないように、生活が破綻しないように、とりあえず明日に持ち越すだけのエネルギーを今日残せるようにと今年は気を使って生活している。
たくさんの方と出会えたことで、今日だけの情熱、今月だけのやる気だけでは足りなくなってきた。持続して、今日も明日もちゃんと生きていること、どうにか食べて眠ることができることが、まず私が誰かと繋がっていく上で大事にしなければ本末転倒になることを実感している。


この数日、ある方からのご相談を受けて、境界性人格障害者との接し方についてメールでやりとりをした。
私は、一介の当事者でしかないから、BPDである私の経験をお伝えするくらいしかできることはない。書いていたら、BPDである私の酷い対人関係を築いていた時代、特に恋愛期に本当は自分が何を考え、何を感じ、何を恐れ、何を渇望していたかを思い出した。だから、その方に宛てたメールは、私の独白のようになった。

そんなことも書きたかった。このブログに、ずっと書きたかった。やっと言葉にできるようになったらしい。今日までずっと、講演会で書いていただいたアンケート用紙を毎日読んでいた。やっと言葉にできる。

苦しかった。今日まで。


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2010/09/07 (Tue) フリードリンク と わたし - 駄文 -

また今日も、ジムへ行ってきました。
最近、すごいジム率。
4日間で3回ジム。3回行ったポッキリで、すごく自分がストイックな人間に思える!


でも連日でさすがに疲れてきた今日。
大阪の空模様は、晴れたいのか曇りたいのかはっきりせず、そのうちボタボタ大粒の夕立まで降ってきて「今日は休んでええんちゃうかな」という心の声が聞こえてきたそんな自分を振り切って、奥の手を使ってジムへ行ってきました。

「本当はジムに行くのが目標だけど、私は今からジムじゃなくてカラオケに行くのよ。でも、ジムのバッグ持ってカラオケ行ったんだったら、別に家に帰ってこなくても、そのままジムに行くことだって悪いことじゃないのよ?」
と、自分を欺く状況を設定。

自分を欺くために立てられた計画にのっとって、まんまとジムのバッグを持ってカラオケに繰り出した、わたし。

ところで前回の記事◇バネでも書いたように、ジムへ持っていくお茶は毎度ペットボトルに自分で詰めて持っていく。その一手間が、とてもだるい。挙句に、腐れかけてたりすると脱力です。運動時の水分補給は、唯一の楽しみといっても良いのに美味しくないなんて、ダメだ。

家を出際に、思いついた。
ジムに行く前にカラオケに行くのだから、空のペットボトルを持って行けば良いのだ。そして、カラオケのフリードリンクの烏龍茶を詰めてやろう!
そうすれば、お茶を作る手間も省けて、フリードリンクを更に満喫した気分にもなれ、セコい悪戯にワクワクした童心にも返ることができる!

思い立ったが吉日。
即座に空のペットボトルをかばんに入れて出発。こういう時のフットワークは、異様に軽いです。

カラオケボックスに到着。
いつもの半分の時間、1時間半設定にしてトレイに飲み物を調達。
この時点で、もはや目的はカラオケではなく「ジムに行くための飲み物をくすねる」こと。でもちゃんと1時間半分の飲み物も確保。部屋に入る前に飲み物は全部そろえて、こもってみっちり歌を満喫するための習慣なのです。


こちらが↓↓ 空のペットボトルと、詰める用にもらってきた烏龍茶×グラス2杯。
かなり大きなグラスなので、1杯で十分そうだけど残ったら飲めばいいので2杯。
20100907_1.jpg
(オシャレに撮ろう等という気がさらさらない写真ですみません)

この段階で、既に2曲いれて歌っているスピーディーさ。
歌いながら写メを撮るという無駄のない動き。

大好きなLady gagaを2曲歌ってちょっと気が済み、テンションもあがったところで、いざ、ペットボトルに流し込み作業開始。

不器用ではないのだけれど、大雑把な性格が災いして、何事も失敗なしでは成功できない性質。グラスを伝ってこぼれないように気をつけていたら、肝心のペットボトルからビチャビチャ流れ出していました。まるで私の人生のようです。テーブルもトレイも、びっちゃびちゃ。


かなりの時間をかけて、完了。↓↓
20100907_2.jpg

予想に反して2杯分入りました。普段、かなり大きなグラスに見えていたのは気のせいらしい。
慎重にやった分、思ったよりテーブルやトレイの被害は小さいです。フリードリンクの無料ドリンクをくすねるというセコくて品のカケラもない計画に反し、割合上品にできました。

すごく満足。とても満足・・・!
やり遂げた感がある!
やったぞ、わたし!


残り時間、歌いに歌って、カラオケを後にしました。
室料1時間半フリードリンク付(ジム用烏龍茶付)で、280円也。

意気揚々と、そのままジムへ。
自分のお茶を自力で確保した達成感が、私をスムーズにジムへ向かわせたのです。
お茶が、うれしい。まるで遠足で自分だけポカリを入れてるときみたいにワクワクする。ジムで、のどが渇いて飲む度に、烏龍茶は格別の味。日常の中の、小さな幸せです。


自宅でヤカンから注ぐ方が遥かに楽でした。
自宅なら、どこをビッチャビチャにしても気を遣わずに済みます。
でも、今日はやってみたかった。やりたかったのです。

次回のジム行きは、どう自分を欺くのか。
自分が見破ってしまって、うまく怠けたりできないようなネタを、また新たに考え中です。


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2010/09/05 (Sun) バネ

動悸が続いている。
体が鉛のように重くて、気持ち悪い虚脱感覚もあるので、安静にしているよりはいっそ激しく動いたほうが良いのではないかと思い、昨日と今日ジムに行ってきた。

トレーニングルームでストレッチを終えて、その日はじめて口をつけた麦茶は、ちょっと腐っていた。家を出る前につめかえたはずなのだが、腐りきってはいないが明らかに腐れかけている味がした。9月に入っても、空気がぬるま湯のように熱いから、水もお茶もすぐ腐る。

ふと見ると、鏡に向かって話し続けている青年がいる。
ジムの片面の壁は鏡になっていて、彼はそこに映る自分か、或いは誰かに話しかけている。笑うか喋るか、そしてまた笑う。

薄い綿のショートパンツに、薄い半そでのTシャツを着ている。真夏でも真冬でも、同じ格好をしている。頭は丸刈りで、年中妙にこざっぱりしている。何歳なのか分からない。痩せて色白だからだろうか。少年のように見える日もあれば、おっさんのように見える日もある。

インストラクターと話しているところを見たことがあるが、会話はほとんど成り立たない。彼は、同じ言葉の繰り返ししか発せない。だから、彼が何を考えているのか、まして何をどう感じているのかはジムの誰もがわからない。そして彼は全くそんなことは意に介さず、大抵、鏡やマシーンやベンチプレスにもたれかかって楽しそうに喋っている。


今日も変わらず彼は鏡と話して上機嫌だ。
私は、だるくてだるくて、内心ちょっともう帰りたい。心がうつろだ。
各々が自分の体を鍛えることに無心しているジムにあって、帰り時を自問している私と、ひとりごとを喋りながらあたりを徘徊している彼の緊張感のなさは、よく似ていた。

来たからには何かして帰らねばならない。
私が腹筋台で、ない腹筋をフル稼働してようよう10回終えるのを、彼は横目で見ていた。すぐそばのマシーンに時々じゃれつきながら、私の様子を見ていた。

腹筋10回でさらに帰りたくなった私は、割合受動的に鍛えられる「乗馬マシーン」に腰掛けた。
15分のタイマーが、長い。揺れで眠くなってくる。
慌ててプレイヤーでLady gagaを大音量でかけた。
そうすると気分が上がってきて、ダンスのことなんかを考えた。踊っているつもりになれば、乗馬マシーンは早く終わった。
ちょっと自分頑張ったんじゃないの、という気になれた。「体幹」て見たことはないけど、体幹とやらが鍛えられた感じがする。気づけば、来てからかれこれ1時間半は頑張っている。自分、すごいかもしれない。
モチベーションアップのため、無理やり自分を褒めてやる。


休憩のためにコーナーの椅子に向かうと、鏡と話す青年は腹筋台の傾斜を調節しているところだった。
45度の傾斜をつけた後で、彼はおもむろに腹筋台に足をかけた。
私は、ベンチに座って腐りかけのまずい麦茶をすすりながら見学することにした。

彼は私の視線を気にも留めず、回数を声に出しながら腹筋を始めた。はじめから手加減なしのスピードだ。バッタにでも取り憑かれたかのようだ。そう長くはもたないように見えた。
案の定、30回を越えたあたりから、顔が真っ赤になってきた。それでも、彼はスピードを落とそうとはしなかった。
頭の後ろで組んだ腕を離すまいと、唸るように数え続けた。
そのうち、唸りはヒィヒィとか細い喉声に変わったが、彼はバネのように動くことをやめなかった。
踏ん張るために顰めていた顔は、いまや苦悶の表情だ。それでもスピードは落とさない。声に出して数えることもやめない。もはや何回目なのか、聞こえないので分からない。

すごいなー!
心底、感心した。
感心して、面白くて、爽快で、笑ってしまった。

鏡を見て喋っているとき、彼は牧場の穏やかなヤギのようだが、腹筋台での彼は本気なのだ。力強く敏捷な痩せたヒョウそっくりなのだ。

気がつくと、私以外に何人もが、私と似たような表情で突っ立って見ていた。


45度の腹筋台に頭から吊り下げられているような格好で彼が力尽きた頃、皆は何事もなかったかのように三々五々散り、自分たちのトレーニングに戻っていった。
私も、そのままベンチで不味い麦茶を飲んでいた。彼の腹筋を見届けると、自分の疲労を思い出して猛烈に眠くなってきたから、ロッカールームに向かった。


私が、鏡と喋る彼と会話を交わすことはこの先も多分ずっとない。でも、すれ違うのが内心楽しみになった。彼が得意なのは、腹筋だけじゃないかもしれない。意外な一面が面白い。



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前回の記事にコメントくださった方、ありがとうございますmm
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2010/09/01 (Wed) お久しぶりです。

お久しぶりです。
突然ぱたりと更新が途絶えてしまい、コメント返信もできず、どこへ消えたのかと思ってらっしゃる方もいらっしゃったと思うのですが、それなりに元気に過ごしていました。

ブログに文字で書き留めるスピードに追いつかないほどに、現実が加速してしまい、そちらについて行くのが精一杯でした。まだうまく言葉にできないけれど、最近の私はとても変わりました。自分の変化にしばらく戸惑っているばかりでしたが、最近になって受け入れる気持ちが芽生えてきました。

変わっていく私は、これまでのこのブログにちゃんと書き留められていたのか。

いつも考えるに、劇的に変化するとき、特に人間不信と自己嫌悪が私にとって一番越え難い難所なのですが、そこをひとつひとつクリアして越えていくとき、現実は怒涛のように渦巻き、凶暴に流れていくので、文字に書き起こすことができません。


通院は、続けています。境界性パーソナリティ障害はほぼ完治に近く、今のところ生活する上で殆ど障害にならないので少し生きやすくなりました。私の中から苦しみが去ったのかというと、そう都合が良い話でもなく、自分比で以前の6割ほどは苦しいままです。自分を抑える苦しみです。理想化とこき下ろしはしなくなったのですが、不安になると相手よりも先回りして自分を切り捨てるシュミレーションを頭が勝手にやってしまう。せめて行動化しないように、寸前で自分の中にぐっと留めることをやるようになりました。

ゲロ吐いちゃったほうが楽だってわかっているけど、吐かないで飲み込む。

お食事中の方には申し訳ない酷い喩えなのだけど、そもそもボーダーの行動化なんてものはゲロみたいなものなので、それを吐き出すのも苦しいし、飲み込むなんてもっと苦しい。吐き出すのも飲み込むのも本当は耐え難い。そんな意味で、うってつけの喩えなんじゃないかと思ったのでした。


カウンセリングは、随分と行っていません。4ヶ月は行ってません。状態が悪いときもあるけれど、何とか自分で切り抜けられることが多くなりました。頻度をあげて行く時期は、私が克服するに至っていない解離性障害、特に解離性同一性障害の症状が悪化した時です。この症状ばかりは私自身だけではどうにもならず、危険も伴いそうなので、カウンセラーに半分お任せしています。

解離性障害は、今のところ以前とあまり変わりがありません。記憶にない買い物や行動が続いているので、薬が変更になりました。他にもあらゆる症状には「今のところ」と前置詞が必要です。
先が分からないから。でも、先なんて分からなくていいと思うようになりました。達観でも諦観でもなく、静かに腹を括ったと言ったほうがいいのかもしれません。

交代人格について、深く考える時期もあれば、全く考えない時期があります。
今まさに、長い後者の時期を終え、またちょっととりかからなければならない時期に差し掛かってきました。
「取り掛からなければならない」じゃなくて、「取り掛かれそう」な時期かもしれません。ずっと内側ばかり覗き込んでいると、解離性障害者は自分の内的世界や幻影や過去に吸い込まれてしまって、現実生活を送れなくなるので、自己防衛でちょっと離れていたところがあります。


更新しない間の大きな事件といえば、一度自殺を企てたこと。これはもうすぐに治まったのですが、ピンポイントでとある人に迷惑をかけてしまい、ああ自分は境界性人格障害が完治したわけじゃないんだ、ひょっとしたら一生付き合っていかなくちゃいけない可能性もあるんだと痛感した出来事でした。

もう一つ個人的なデカい事件。
それは、買ったばかりのノートブックに野菜たっぷりコンソメ味のポトフをぶちまけてしまい、キーボードが大破したことです。もう1文字だって打てやしません。どうやらスープの塩分が入り込んで、徐々に侵食して回線をショートさせた模様。ネットブックは、明後日から入院します。元気になって帰って来いよ。できればリカバリーされずに(祈)。


自分のPCが使えないので、今このブログは実家のPCで書いています。
あまりに久しぶり過ぎて、まるで他人様のブログみたい。私は、どんなふうにブログを書いていたんだっけ。ふわふわした感じが、読んでくださる方に伝わっているかもしれません。ていうか読んでくださる方いらっしゃるのであろうか。不義理過ぎて、仮想腹があるなら何度か切腹しています私。


手元にある抗うつ薬が二日前に切れてしまい、ただいま断薬症状のせいでフワフワもしています。
シャンパシシャンパシと、切れた薬のせいで細い電流が脳内で瞬いては散ってゆく。いつか薬を飲まなくても何とか生活できることは、目標のひとつです。


久しぶりのブログの最後に。

先月の8月は、怒涛のような1ヶ月でした。あらゆる人が私の目の前を行き交い、私に話しかけてくれ、私に呼びかけてくれました。現実世界で、誰一人同じ人はいない同じ人生はない人間の生き様に触れました。
それぞれの絶望、希望、悔しさ、悲しさ、絶叫、意地、弱音、強がり、どれも胸に刺さる二度とない夏になりました。

私は、人間不信ですが人間が大好きです。最大のアンビバレンツを抱えています。
相変わらず人間が嫌になります。自分が自分で思い通りにならず、そんなことばかりで冬眠したくなることもしょっちゅうです。解離性障害という私の病の一つも、そんな逃避願望から生まれたのかもしれません。

それでも人間が好きなのは、病んでいようが病んでいまいが、正直に陰日向なく生きて、時々死にたくなっても自傷しても薬でふらふらになっても、結局しぶとく生きのびて生にしがみついている人がいるからです。
びっくりするくらいあちこちにいます。めちゃくちゃなようでいて、絶対に諦めないしぶとさがあります。私は一人ではないなと思えて、そんな人たちが私は大好きです。

常識人が差別しようが、今仕事ができない病人だろうが、一人になったら絶叫して床転げまわっていようが、関係ありません。
「なんだか死ぬのが難しい」人たちが好きです。
自分が大嫌いで自信もないのに、許せない他人がいたら途端に弱気を忘れて本気で怒れる人たちが好きです。
その人達が苦しいのだと思ったら、同じく苦しい私は何かしたいと思います。
自分のために。その誰かのために。この思いだけは変わらないので、私は最近の自分の変化にあまり恐怖を持たないのかもしれません。

この記事のコメント欄を開くか開かないでいるか。書きながらこの瞬間迷っています。お返事が絶対書けないからです。それでも構わないという方だけ頂ければ、更新の励みになります。
過去に頂いたコメントへの返信停滞があまりに膨大過ぎて、パニックを起こしたままです。何らかの形で必ずお返事をさせて頂きます。平に平に、申し訳ありません。


やっぱり最後は、不義理で申し訳ありませんになってしまった・・・・。
返信できる状態を自分の中で確立して安定させること。今年中の目標です。
不義理者にも関わらず、コメント、メール、応援クリックくださった方々、足を運んでくださった方々、ありがとうございます。ふかぶか。

-----------------------------------------

Twitterで、毎日ブログ2,3記事分つぶやいてます→http://twitter.com/mitorin

※7月2日にコメント欄でご相談くださったKIRIYAMA様へ
今まだ未解決でお急ぎでしたらメールフォームからご連絡下さい。または、後の経過を書いて頂ければ早急にお返事致します。


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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