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2010/05/30 (Sun) 東京こぼれ日記 1

人生初の企画から何もかも自分でやる講演会。
とにかく生まれて初めてであった。
こんな経験滅多にないので「東京こぼれ日記」と題して記録がわりに書いてみる。


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4月27日

いつもならば1ヶ月前に航空チケットを購入するにも関わらず、出発前日までチケットが取れなかった。
飛行機に乗ってしまえば東京に着く。東京に着いたならば、否応無しに「講演会をするのだ」という現実と向き合わねばならない。ズルズルと先延ばしする悪い癖が出て、自分の不甲斐なさに疲労困憊したところで観念してチケット購入。
いつものごとく、計5足の靴をどう持っていくかで悩むが、躁状態だったために全部箱に詰めて潔く送ってしまった。旅の時くらい、靴好きは休みたい。

27日、あっという間に羽田到着。フライト時間は50分だ。約1ヶ月ぶりに舞い戻ってきた東京だが、またも東京ルール「エスカレーターでは左に立つ」を忘れていて、東京の皆様にご迷惑をおかけする。ちょっぴり帰りたくなる。

滞在先の弟MTの最寄駅まで着くと、「帰ってきたかも」と安堵する。あまりに頻繁に滞在するので、もはや私は客人扱いではない。ひとりで家まで来てなと言われていたが、土砂降りの雨だったので迎えに来てもらった。弟宅のごはんを食べて、その日はそのまま爆睡。

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4月28日?

「原稿は、きっちり書いておくべき」とか「いらないでしょう」とか「用意してたら安心だけど実際は使わなかった」とか「当日の様子を見て使い分けられるように3パターン書くべきだ」とか「箇条書きだけで良いだろう」などの様々な友人の意見を聞いているうちに、わけがわからなくなる。
総合すると、書いたほうがいいらしい。
本心では一文も書きたくないが、不承不承机に向った。

東京在住の弟宅は、勝手がわかってきて居心地が良い。さっそく私のスペースとして、ベッドと広々としたデスクを割り当ててもらい、落ち着いた。私が言うのもなんだが、決して広くない部屋の大半を私に割り当ててくれるMTの太っ腹ってどこから来るのだろうかと不気味にすら思う。私なら絶対に無理だ。

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4月29日

大阪から送った服や靴の荷物が届く。
私の服をコーディネートして、MTと遊ぶ。
私が持ってきたゴールドラメ張りのパンプススニーカーに、MT絶句。どれを合わせたらいいかなぁと相談する私に「なんでそんなもの買ったん・・・」と、根本から問われる。そういう服が3,4着あって、あんたとは話が合わないと言ったら「そうやな」と穏やかに合意された。

2,3ヶ月MTと議論し続けて結論の出ない「カチューシャは今流行っているのか?」について、再び議論。MTが彼女に確認したところ、それは3,4年前なんじゃないのと言っていたとか。そして、弟は東京ではカチューシャつけてる女をひとりも見たことがないという。そんな馬鹿な。
私は、新宿などで頻繁に目にした。弟と出かけているとき、周囲に常に目を配りカチューシャの人を探すのだが、弟と一緒のときは確かに一人も見ない。弟にカチューシャを撥ね退けるバリアが装備されているとしか思えない。もしくは私がカチューシャの幻を見ているのか。カチューシャの亡霊に取り憑かれているのか。
いまだ、カチューシャ流行疑惑はMTとの合意を見ないままである。


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5月1日?

到着以来、家に閉じこもりっきりで、ひたすら原稿書き。
内容は決まっているものの、講演最大時間2時間内に到底おさまらない量であることに気づく。
そして、私は腕時計をつけることが精神的に苦痛で、時間感覚に滅法弱いこともいまさらながら思い出した。暗雲が立ち込める。
同居人弟MTは、それでも私の精神状態を「強いな・・・」と呆れ気味に見ている。
東京に来た時点で原稿1枚も書いていないのに「できるよ!」と言い張る姉の根拠のない自信が恐ろしいようだ。

MTは、日ごろはいい加減なのだが、冷静で具体的に考えて行動するタイプだ。私とは、真逆だ。
この間、世界的に有名なナンチャラというプログラム会社?の発表会に招待されて、リアルタイムで全世界に向けて放送されちゃうハードルの高い舞台で、開発したプログラムの披露した。本社の外国人とか山ほど来てたそうな。その時のあれこれから私に足りない部分を具体的にレクチャーしてくれた。なるほど、私はまるで駄目だ。
いつものことだが、直前になってきて現実に気づく。
このままで大丈夫かなぁ・・・やれる気はするんだけど。と半ば同意を求めてMTに言うと、「いや無理やろー」とドライに返ってきた。
脂汗が流れてきたので、またデスクに向う。時間がない。


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<次回に続きます>


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講演会「両目を開いて生きる」 | trackback(0) | comment(6) |


2010/05/28 (Fri) 大阪へ帰還!

一昨日、大阪に帰ってきました!イエー!大阪ー!着くなりソースの匂い!

と、いつもなら楽しいけれど、東京でたくさん出会った方々との時間をもっと共有したかった。空港に着いて一歩出るなり大阪弁の嵐にさらされ、その瞬間なんだか東京が懐かしく悲しくなりました。


大阪に帰ってきたで報告のついでに、羽田から帰ってくる当日のことを少し。

前回、講演会の準備のために東京へ行った時と同じく、帰りは朝から恐ろしい体調の悪さでした。もはやパターン化してきたのかもしれない。緊張が解けるからなのか、体力的に限界な時期と帰る時期がバッティングするのか、原因は不明。

前回は高熱だったけれど、今回は全身の不快感と吐き気と眩暈と蕁麻疹とパニック発作の予兆状態と過食(吐きそうなのに過食って・・・)がミックスされて、帰阪当日は空恐ろしい体調不良でした。


弟がやたらと「足湯したろか?」と言ってくれる。
優しいなこいつと思ったら、足湯がいかに体調回復に有効かを実験したかったそうです。足をつけて座ってるだけでも気絶しそうなのに、「どう?足湯ええやろ?」「足湯どう?」「良くなってきたやろ?」「汗かいてくるやろ?」などと微笑みながらの質問責めにあいました。そんなマイペース野郎かつ基本穏やかで優しく賢いので、同居1ヶ月も耐えてくれたのでしょう。
でも、吐きそうなときに姉に実験結果報告させるのはやめて欲しかったです。その後、自分でも足湯をして「ええわーやっぱええわぁ」と独り言を言ってました。彼は、昔からなんでも実験するのが好きな人間なのだった。それを横目に外出。

最寄駅まで朝から来てくださったブロガーさんとお会いしました。喋りまくってから、お昼近くになったので、近くのマクロビティックのお店でランチ。細い女子が好みそうなマクロビオティックの店なんぞ、普段行きません。焼鳥屋とか屋台とかオッサン臭いもの大好きなのです。

しかし、いざ体調が最悪に悪く「老舗のてんぷら屋かマクロビオティックのランチか」のチョイスになると迷いなく後者ですね。どっちに行きますー?とか訊きながらズンズン歩いて、頭はもうマクロビオティックに決めてたみたいな。初対面で勝手すぎるところをお見せしてしまいましたが、楽しくお話しながら美味しく全部平らげました。
とてもじゃないけど体調不良な女には見えなかったことでしょう。


時間がなくなったので、あわただしくブロガーさんとは交差点で別れて、弟宅へ戻りました。
パンパンのスーツケースを二人がかりで閉めて、大阪へ送る二つのダンボールをガムテープで封印。
ヴィトンのボストンは物入れすぎて口がしまらない状態のままスーツケーツにのっけて、最寄駅まで弟に半分持ってもらいました。

乗り継ぎはスムーズに行って、フライト30分前に羽田空港着。
荷物を預けて売店を見たら、凄く美味しそうなソフトクリームが売っている。「牛乳の味そのまま」とか書いてある。すごく食べたい。どうしても食べたい。
時計を見たら、出発の15分前でした。
うーんどうしようと思ったけれど、飲み物を買ったときにレジで口が勝手に「ソフトクリームください」と言ってました。

ロビーでうまうまとソフトクリームを堪能していると、場内アナウンスで私の名前が。名指しで「フライト時間が迫っております。○○美鳥さま、いらっしゃいませんか?」と呼び出しをくらいました。
近くの係員に声をかけてくださいとのことだったので、ソフトクリームを片手に慌てて「すいまっせーん!私です!」と言ったら、ソフトクリームにすぐに気づかれてしまい「申し訳ありませんが検閲ゲートをくぐるにはアイスクリームは捨ててもらわなければならないかもしれません」と悲しげに言いました。

いい年した女が、ソフトクリーム食ってて遅れたとかバレバレな状況。
「捨ててもらわなければ」といわれた瞬間に「え!?」と叫んでしまいました。内心で「まだコーンまで食べれてないのに・・・」としょんぼりしました。

しかし状況はかなり逼迫していたらしく、係員のお姉さんについて一緒にゲートへ。隙あらばソフトクリームのコーンまでは食べようと決めた私を傍らに、検閲官にお姉さんが「アイスは持って入れませんよね?」と確認。「入れますよ」との言葉に、「えっ!」と驚いていました。安堵しつつ、その隙にも素早くソフトクリームを食べる卑しい私・・・。


お姉さんの案内で、ソフトクリーム片手に鞄からPC出したり戻したりして、検閲ゲートを無事通過。
出発ゲートまで、お姉さんの後をついてササササッと移動。余程急がねばならないらしく、あらゆるお客様の間を「申し訳ありません」「失礼します」とお姉さんが通っていました。合間に私を振り返り「大丈夫ですか?」と気遣ってくださるプロ精神!こういうところが空港とか飛行機とかAC大好きな理由です。

私は遅れを取らずしっかりついて行きつつも、やはり食べたいソフトクリームを食べることは忘れず早業で口に突っ込み「こちらです!」とお姉さんが振り向いたときには完食してました。


座席まで行く間、お客様がたが全員着席してらっしゃるのを見て、私のようなもんがソフトクリーム食ってたばっかりに時間が押したのかもしれんとあらためて反省し、せめて証拠(ソフトクリーム)を隠滅しておいて良かったと思いました。

飛び上がった瞬間から爆睡。
飛行機は大好きなので、乗っている間は絶対に眠りたくなかったし、サービスのスタバコーヒー(5月だけ無料)を今度こそ飲みたかったのに飲めず、CAの美しいプロ笑顔と接客姿を堪能することなく到着。
気がついたら大阪の空港でした。


そして、今日まで寝まくっていたような。
大阪に着くなり、殆ど記憶が曖昧な二日間を過ごしています。けれど、お陰で疲れは取れた気がする。

明日からは、こちらブログでは東京での講演のこぼれ話や、遊びに行った先の話、出会ったり一緒に遊びに行った方との話(全部ブログで知り合ったあらゆる障害を持った方々です)を書いていこうと思っています。

体調も整えて、夏に出展予定の写真作品に取り組まねばなりません。1年前から出展を迫られてきた美術展。応募開始まで2ヶ月もないのに、今日まで全く何もしてません。私の写真の腕は遅々として向上せず、カメラを持つ気力すらない時期が予想外に長かったので、デカい引き伸ばしに耐えうる作品があるのか、これからやってみないと分からない。これはもうテーマとかタイトルとかプリントや展示方法で補わねばなりません。補うというよりも「誤魔化す」と表現した方が正直かもしれない。

この美術展では、個人的に私的な基準で、どうしても勝ちたい美術家がいるのです。別にコンペティションでも何でもないので、普通は勝った負けたはないのですが、私は彼に勝たねばならん。
その理由は、心理的にちょっと面白いので記事に今度書きます。1年も書きそびれているので。


明日から、大阪での日々を、またあらたに始めます。間違いなく新しい日々です。
メール返信やコメント返信も遅れに遅れてお待たせしてしまいましたが、順に今日からお送りしますmm



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2010/05/23 (Sun) 東京あと三日日記

20100523.jpg
初ルーマニア料理。美味。


解離性障害をもっていると、自分が無理をしているのかしていないのかは元より、今何を感じているのかも分からなくなることがある。
ひとつ自覚しても、なぜかすぐに忘れてしまう。体の不調に対して特に忘れやすい。

あと三日で東京を後にすることになって、ちょっと日程が押している。
この三日を乗り切って飛行機に乗るために、ここらで自己チェックしてみようと思う。


体調は、あまり良くないか、良くない方。

数日前から、蕁麻疹が出ている。疲れたときに出る症状。毎日気づくのだがすぐに忘れてしまう。蕁麻疹は、内臓かストレスから来るので覚えておかなくては。

パニック障害の発作の予期不安がある。頓服でどうにかなっている。

手持ちの薬のうち、デパケンが何故か一錠もない。なくなっている。どこに紛失したのか不明。

体中は、あちこち痣。弟の証言により、どうやら眠剤を飲んだ後などに、ふらふら移動してぶつかったり倒れたりしてる模様。ドライな弟は、部屋が壊されて迷惑なので眠剤をのんだら布団に即入るか、むしろ入ってから飲むようにといった。理由が本当ドライ過ぎる。

食欲は、ありすぎるくらいある。一日に二回夕飯を食べている。多分、生活が不規則になっているから。夕方に食べて、夜に誰かと会って一緒に飲み食いするので二回食べることになる。体重は敢えてはかってないけど、絶対太った。大阪に帰ったらダンスレッスンに行って落としたい。
東京で買った服が、綿100だったものの洗濯したら着れなくなってた。太ったのか?服が縮んだのか? 普段、エノキ茸を麺がわりに(色んな理由から)食べている生活なので、こっちじゃ贅沢しすぎてるのかもしれない。

今日になって、ぐるぐるまわる眩暈。解離の兆候か、他の何かなのか分からない。解離が酷いときは、よく地面が雲のように柔らかくなったり、地震と間違えるような揺れがあったりする。正直、東京にいる間は今の安定を保っていたいから避けたい兆候。

情緒は、安定。
「本当にやりたいことをやっている」という実感がちゃんとある。ただ、講演直後に頂いたメールやコメントに順番に返信を書きながら全く追いつかない状況に焦っている。もはや20日近く経つ。皆さん、忘れた頃に返事が来ても捨てないで一応読んでやってくださいmm 


人とたくさん会っている。
会うために、数時間単位に一日を区切って体調を整えることに専念している。専念しすぎていて、ここのところ怠けていた。今日になって反省。倒れちゃいけないが、せっかくの東京でできることはやっておきたい。

会って喋って聞いて考えて、すごく毎日考える。今日も会って話して聞いて考えた。自分の襟を正した。
やっぱり私は、自分のことをちゃんと見続けていたい。相手が私の前に立ったときに「自分のことがよく見えた」と感じるような、よく磨かれた鏡でいたい。私にとって不都合な現実、相手にとって居心地の悪い現実が見えたとしても、やっぱり私は迷わず立っていたい。


あとは、今敢えて自分を書きながら具にチェックしてみると、そういえば頭痛が結構酷い。眩暈+頭痛は、解離っぽいけどそれは絶対に避けたいので、しゃかりきに今夜は休んで明日にそなえよう。

水曜日に羽田を発って大阪に帰る。
もはや「東京アウェイ日記」は、タイトルだけを起こしたのみで日の目を見ることはないのかもしれない。大事な人や場所が関東にたくさんできた。あと三日間を、ここ東京で大事に過ごす。



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2010/05/22 (Sat) 反吐

あまりに言葉を失うような悲痛な出来事の連続。
加害者の姿は、一見美しくて、優しくて、正当で、常識的。
レイプ犯でも何でも分かりやすい悪はまだいいよ。
最悪な悪は、善の顔をしてる。
被害者を思いやり、支えてやっているような擬態が大の得意だ。

被害者は、奪われているのにも関わらず「ありがとう」と感謝せねばならない。
だから悲痛。
これ以上に消耗する痛みがあるか。


被害者を食いものにして、自己陶酔で精神的自慰行為三昧。
他人の心を土足で踏み荒らそうが、自分の体液でそこら中を汚していようが無自覚。
自分の尻拭いもできないのに、他人の尻を拭ってやる優しさ。ああ優しいね。本当優しい。なんてあなたがたは正しいんだろうね。分かりやすく正しい。なのに非難を恐れて更に先回りの言い訳までつけることを忘れない用心深さ。
結局あなたがたは後ろめたいから自分の善に自信がないのだ。
他人の不幸が美味いと感じる味覚には、自覚があるからね。

排泄物をありがたく頂戴しなきゃいけない被害者は、賢くならなきゃ食われ続ける。
ありがとうございますありがとうございますと微笑で繰り返してるうちに、足からうまうま呑まれて死んじゃうよ。


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2010/05/19 (Wed) 欠片とつま先

不安の影がよぎるでもなくよぎる安定した日々を過ごしている。

長く東京に居すぎて、無意識にエスカレーターでは左側に立つようになった。
電車の路線図や色分けされた路線名が分かるようになった。

不安の影が、よぎるでもなくよぎる毎日。
気がかりでないことなどないに等しい。考えまいとしているのかもしれない。表面上は、日常的に穏やかだ。

本来の予定では、私は既に大阪に帰っている。
手持ちの薬がなくなってしまうと禁断症状が出るから、戻らねばならない予定だった。

けれど、病院にかけあい、役所にかけあってみたら、いつもの処方箋をこちらの東京で手に入れることができた。
そうしてまた私は東京に滞在し続けている。

同居している弟に、さすがに「いつ帰るの?」と訊かれる。どうやら私は全く自分の予定を話していなかったらしい。姉弟とはいえ、さすがに1ヶ月以上も厄介になるのは心苦しい。申し訳なさと後ろめたさで内心焦る。


カウンセリングに行かねばならない気がする。でも、東京にいる間は行かなくて済む。
だから東京にいるのではないのかと薄々考え始めた。

私は、薬だけでは治らない。
自分で自分の過去を点検し直し、本当は何が起こったのか、自分はその時どんな気持ちで本当はどうしたかったのか向き合わねばならない。その作業のために、主にカウンセリングに通っている。

金銭的負担が大きい治療だが、心理的負担も大きい。時間もかかる。けれど、それでこの先の人生を自分の意志でようやく生きていけるようになるのだとしたら、安いものだ。楽かどうかは置いておいて。

私は、大阪に帰ってカウンセリングに行くことを実は拒んでいるのかもしれない。自分のことを自分で理解するには時間がかかる。数日考えてきたけれど、私はカウンセリングという過去と向き合う作業から逃げたがっているのだと今日思った。

数日間、心にかすかに靄がかかっているように感じるのは、自分が逃げている後ろめたさを自分が知っているからなのだと思った。


人の心って、正直だ。


反面、逃げたい事柄は常に自分にとって否応無しに重大だ。
何かで自分を表現したくてしたくて、たまらない。書かなければと思っても、今の私は講演会の後日談なんかが書けない。後日談を書きたいから書こうとして、今書けないのに書こうとするからブログも更新できないのだ。コメント返信や、メール返信も碌にできない。何度もブログのコメント欄を開いたり、何度もメールボックスを開いて、頂いた言葉の数々に触れて心は動き続けるのに、自分の心をまっすぐに適切に表現する言語が出てこない。不思議なくらい出てこない。

とても申し訳ないと思う以上に私の我が働いて、社交辞令や嘘は一切口にしたくないと強烈に思う。意固地なまでに思うのは、ブログを始める寸前までの私は社交辞令や嘘や強がりでしか人と向き合えなかったからだ。一生分の自己の隠蔽をやり尽くして、もうあんな自分を殺すことはできないと感じているからだ。


私の脳は、どうなっているんだろう。
言葉が喋れない症状はなくなった。
そのかわり、普段使う言葉が幾つかに分化した。
全部で幾つあるのか分からないけれど、大きく捉えると内側に向かう言葉と外側に向かう言葉の二つになるだろう。

内側に向かっているときには外側には言葉を発することができず、外側に発しているときには内側に発することができない。


とても感覚的でうまく説明できないけれど、たとえば今私は自分の内側に向かう言葉でこれを書いている。
自分に向かって書いている。ブログは、そんな文章もこうして打ち込んでアップすると誰かに読まれる記事になる。いまさらながらに不思議だ。


大阪に帰らなくちゃ。帰って、自分の内側を拾って拾って纏めて背負わなくちゃ。
大事に運んで、全部自分の過去として持ち帰り、ひとつひとつ手にとってラベルをつけなくちゃ。
カウンセリングに行かなくちゃ。

思いながらも明日は、美術館に行って来る。
美術館で出会う作品の中に、必ず私によく似た欠片を見つける。無意識に探しているのかもしれない。私は自分のことが知りたいのだ。カウンセリングに行くかわりに、少しつま先の方向をずらして作品に会いに行く。



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2010/05/15 (Sat) 皮膚の着ぐるみ ? 解離・自傷・自殺 ?

5月12日。

朝から解離が酷かった。
一切合切が頭上や目の前や眼下を通り過ぎていく。何もかもに置いて行かれる。世界中で一人だ。

苦しみについて冷静に考えようとしたはなから、自殺する自分の姿がオーバーラップしてうまく頭が働かない。
鈍色の刃を頚動脈にあてて一気に引いたら、首筋から天井まで真っ赤な動脈血が吹き上がる。
このイメージは、私の周囲で実際に起こった自殺事件。真相は永久に闇の中。容疑者死亡で不起訴になった。真犯人は見つからず仕舞い。容疑者は、首切って死んだ。努力一筋の人だったけれど、競馬と株ですっちゃって金を借りてた老婆を殺してどこかに埋めたのかもしれない。埋めてないのかもしれない。殺してないのかもしれない。殺したのかもしれない。全部、真実は死人がもってった。何一つ語らずに。


一日中、自分の死と自傷が誰かの死のイメージと重なり続ける。

解離が酷くなると、現実に生きているのか幻想が現実なのか分からなくなる。
でも、表面上は至って普通で健常人と変わらない。
変わって見えないように、着ぐるみの私が数センチの肉をかぶって、普通に喋ったり笑ったりしてくれるから、私は肉の着ぐるみの中で反響する自分の声だけを聞きながら、このまま偽りの肉に同化して取り込まれて、人知れず私は消えてしまうのかもしれないなと思う。


リストカットしなければ、誰かを傷つけてしまいそうだった。「誰か」じゃなく、どんどん対象が明確になっていってしまった。大事にしたい人の心を傷つけようとしている。

相手を傷つけてはならないと思うと、今の私はある程度抑制がきくようになったけれど、そうして持ちこたえている間に何か刺激が更に加わると、もう坂道を転げ落ちるように破滅に向かっていく。それも僅か数分で。
コントロールできない。


自傷することで何とかなっちゃう面が皮肉にもあるんだよねとブロガーさんがTwitterで声をかけてくださった。
そうだ。そうなのだ。自傷をしないに越したことはないけれど、今の今を乗り切って未来に繋げようとしたならば、抱えている時限爆弾をどこかで必ず処理しなければならなくなる。爆弾処理は、爆発させてしまうに限る。爆発させる以外に、うまい解体方法を見つけることができない。


切るなら、手首より腹か頚動脈だと思った。
切腹願望は、自分をぐちゃぐちゃにしたいときに傾く願望。

だめだ。死にたいときは美術館に行かねばならない。過去の教訓だ。
足さえ運べば、何とかしてくれる。誰かの何かの作品がひょっとしたら言外の力でもって死ななくてもいい生き方を教えてくれる。


ぼーっとしながら服を着替えて、もはやどうでもいい格好で外に出た。
死ぬつもりで外に出た。
でも、足は美術館に向かった。東京都現代美術館。行きたかった美術館の一つだ。

電車に乗る前に、駅前の100円均一ショップに入った。
文房具のコーナーで、カッターナイフを買った。2本入りで100円。自分を切るための道具がたった100円で選り取りみどり。皮肉な世の中だ。

カッターと一緒にライターを買った。
煙とニコチンで体の中のあらゆる管や毛細血管を全部真っ黒にしよう。石炭工場の煤で真っ黒な煙突か、もしくはアウシュヴィッツの焼却炉の煙のように。煙草は既に持ち歩いている。


美術館への道すがらに一眼レフを点検した。
写真を撮るのか? 自問した。
撮りたいものなんて何もない。世界が私を拒絶している。私は私という着ぐるみの中で窒息寸前だ。視界は狭いし、目は曇っていて、まわりがよく見えないから断崖絶壁をふらふらと歩いている気分だ。
誰か助けて。

言えたらいいのに、誰にも私を助けられるわけがない。私を殺そうとしているのは私だから。
だけど大事な人だけは傷つけたくない。でもそれだけ大事な人だから、私が死ぬこと死んだことは知って欲しい。ジレンマで脳が灼ける。

これってエゴだ。とんでもない自己中で、死んだことを知って欲しいなんて最大の嫌がらせ。暴力だ。
やっぱり私は死ななくちゃ。どうしようもなく醜くて救いようのない自分と刺し違えて死んだら、まだ少し自分を見直すことができるかもしれない。死んだ後で。


カッターは封を開けずに持ち歩いた。
いい天気だ。美術館までの道すがらに小さな子供と母親が、公園の水のみ場で遊んでいた。
ようやく歩けるようになった年の幼児が、蛇口から出てくる水を前にはしゃいでいた。
満面の笑みの合間に時々不安をのぞかせながら、蛇口に小さな小さなかわいらしい指を突っ込んでは、流れ出てくる水に歓声をあげて喜んだ。隣にしゃがんで見守っている母親らしき女性が子供に「不思議だねぇ」と相槌を打っていた。

温かい光景に、思わず笑んだ。
いつもなら声をかけて、一枚撮らせてもらえませんかとカメラを向けるのに、そんな気分になれなかった。

世界中の温かいものも酷いものも、私とは無縁に流れていく。無常観しかない。私は、果たしてここにちゃんといるんだろうか。


車道にかかる橋を渡っているときにふと眼下を見ると四車線をかなりの車が行き交っていた。
咄嗟に地上までの高さと、走行している車のスピードと重量を計算し、ふらふらと欄干に吸い寄せられた。
橋の下に、私を待つものがいる。
死ぬことは逃避でも何でもなくて、本当は自分の頭をガツンと殴って正気に戻りたいだけなのかもしれない。
いやそれとも私はやっぱり、自分が憎くて仕方ないから、落下して車に撥ねられるだけじゃ足りなくて、何台も何台も後続車に轢かれ続けて肉片にならないと気がすまないのかもしれない。

そうして、自分にとってどうにもならない何かにカタをつけようとしているのかもしれない。


欄干を離れて、また美術館への道を辿った。
なぜそっちへ向かうのかは分からない。
ぼんやりする。
今死んだらたぶん、私はぼんやりしたまま自分を切り刻んで、ぼんやりしたままどこかへ飛び込んで、でも涙だけは壊れたみたいに溢れ続けているんだろうなと考えた。

美術館の展示は、面白かった。
でもやっぱりぼんやりしていたから、何を見てどう感じたのかちっとも分からないまま帰ることになった。


前日の雨に打たれて、咲いたばかりのツツジがどっさりそのまま地面に花を落としていた。
行きにみずみずしい落ちた花々を見ながら「何もかも死んでしまえ」と踏みにじりたくなった。
帰りも同じ街路樹の下を歩いたら、踏みにじりたい気持ちは変わらないまま今度は何故かカメラのレンズを向けた。「全部枯れてしまえばいい」と呪いながら撮った。あの花は、多分私なのだ。

すぐ上には、甘い芳香を放つツツジの花が満開なのに、私はそちらにピントを合わせようとはせず、地面に落ちた大量の花房ばかりにシャッターを切った。何度も涙が溢れてきた。着ぐるみの私が流している涙なのか、内側で死に掛けている自分の涙なのか判別がつかなかった。どうでもよかった。


暗くなるまで、あちこちふらふらしていた。
死にたいという気持ちはいつもとても気まぐれなのに、やって来たときには大きな鎌を携えている。確実に自分を殺す死神が気まぐれにやって来る。


何となく死に損ねて、歩き疲れて滞在中の弟の家まで帰ってきた。
死ぬのは難しい。何かに後一つ偶然背中を押してもらわないと人間って死ねない。そのかわり、偶然が重なると呆気なくふらりと死ぬ。この日の私は、死ぬチャンスに恵まれなかった。かわりに生きねばならない課題を与えられた。
ベッドに倒れこんだ。


翌朝、足の痛みで目が覚めた。両足が血まみれだった。
血は乾いてこびりついて、どこが傷でどこが無事なのか分からなかった。
痛みをこらえながら足を洗った。傷が深く、肉の中に入ったままかたまった血液のせいで、やっぱりどこにどれだけ傷があるのか分からなかった。

床を見たら、流れた血が褐色に固まっていた。
おびただしい数の肉片が散らばっていた。
箱に入れたままだったはずのケッターナイフが二本とも開封されていた。
自分を傷つけた記憶は一切ない。

片付ける気力もなかった。
私の胸には心臓がなく、あるのはぽっかりと開いたままの死人の口のような何もない暗闇だけだ。

夜になって、床の血痕と肉片を片付けた。
腑に落ちなかった。
足への自傷は、いつも私は記憶にない。
私が自傷して私が忘れているのか、それとも他の人格が自傷して私は知らないのか。
記憶にない自傷の後を片付けるために雑巾で血痕を拭っていると、惨めな気分になって仕方ない。
私の24時間という時間や意志や人格や感情は、果たしてちゃんと私のものなんだろうか。

相変わらず、内側の世界とはアクセスできない。
だから私は一人で生活をこなさねばならない。それが得意分野だから、きっと私はちゃんとできるだろう。
でも時々、ひとりであることに耐えられなくなる。
自分ひとりの背中や足や腕や胴に、過去の通り過ぎた出来事や人間が絡みついて私を殺そうとしている気がする。私ひとりでは立ち向かえない。だけど、私は依存して誰かを潰したくない。潰さないために、私は自傷で折り合いをつけようとする。自分の過去で無関係な誰かを傷つけるより百倍マシだ。


足への自傷は、私がやっているのかもしれないと思う。記憶がなくても。
「もう頑張りたくない。前に進めない。歩きたくない」という潜在意識が高まると、足を切ることで自分を動けなくするのでは?と最初のカウンセラーが解釈していた。

思い当たることがあるとすれば、自分の人間不信や境界性人格障害の症状に向き合いたくなくなったのだ。
もう頑張りたくない、耐えたくない、人間不信の自分では歩いていきたくないと思っていたのは確か。今も思っている。私は依存されて死んだけど、依存して殺しもした。だからこのトラウマを乗り越えなくてはならない。毎日毎日毎日毎日・・・うんざりになったのだ。


今日は生きている。
死ぬ必要も、自分を傷つける必要も見当たらない。
でも、人間不信が根っこに絡み付いている。それはずっと変わっていない。少しずつ解きほぐしていかなきゃいけないのだろう。でもその「少しずつ」に時々絶望する。少しずつやってたら、私は明日にでも絶望して死ぬかもしれないし、とんでもない傷つけ方で大事な人の足を引っ張る。


誰か私をここから出して。

私という肉の着ぐるみの中で、ぶつぶつと独り言のように繰り返す。
カッターナイフで切り裂いたら、私がじゃーんと登場するのだろうか。
それとも、着ぐるみと私は臍の緒で繋がっていて、着ぐるみが死んだら私も死ぬのかもしれない。
でも私が死んでもきっと、肉の皮は死なずにニコニコしてるだろう。カメラで何か撮ったり、美術館を歩いたり、見たり聞いたり食べたり飲んだりして、生きてるみたいに動き続けるんだろう。


地面に振り落とされた花のほうが、よっぽど本物に見えた。
落ちた花に何を見出しているのか分からない。
雨に叩かれ、風にもぎ取られ、冷たい地面に折り重なり、踏み躙られたいのは私かもしれない。
あれが私なのかもしれない。
誰ももぎとってくれないから、自分で切りつけたくなるのかもしれない。
地面に落ちてはじめて、私が私を発見できるのかもしれない。
こんなことを考える私は、卑しいのかもしれない。


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2010/05/13 (Thu) ラインオーバー

リアルタイム呟きのTwitterでは、ドド暗い呟きを続けてましたが、そして現在進行形ですが、書くことが好きなので執筆欲を振り絞って書きたいと思います。


講演会終了後に、参加者の方々からも、また反響を見てくださった方々からも、次の講演予定や講演内容について多数のお問い合わせを頂いています。今回関わってくださった方々に、ひたすらに感謝、感謝です。

講演活動は今後も続けていく予定ですが、一回ごとに至らなかった点を全部拾い出して次は全部クリアを目指す姿勢で臨んでいきます。

何の講師経験もない私の講演を最後まで聞いてくださり、「来てよかった」と言ってくださった皆さん、ありがとうございました。今の私では力及ばないところ、時間も足りないところは、皆さんの想像力や共感力、またはこんな長文のブログを読み続けてきてくださった熱意で補っていただいたと思っています。

思えば、あの講演会で私が何を伝えたかったのか、実際何を伝えられて何を伝えることができなかったのかは、私一人しか知りません。スタッフの皆さんにすら、友達にすら、誰一人にも私は講演内容を一度も話さずに当日を迎えました。敢えてそうしました。
しかしながら、そんなふうにしたばっかりに終了後の私は、一抹の孤独を抱えざるを得なくなりました。
伝えられたことと、伝えられなかったことは、何がどれくらいあるのかは私しか知らないのです。本当は、講演時間4時間は欲しかったです。煮つめて煮つめて純度の高い内容にしても、最低4時間は要る。それでも本当はまだ足りません。

実際にやってみてわかったことは山ほどありました。
メモは取らず、全部頭と感覚に叩き込みました。次は、今回の課題は全部クリアできます。


その点を確認しなければならず、今朝は、鬱々とした気持ちでサンドイッチをもそもそ食べながら、講演会の録画を頭から通して見ました。
録画した弟からは、一度は見ておくべきだと言われたので念頭にはあったのですが、疲労や精神的にへこんでいたこともあって、避けてきました。ようやくタイミングが来たので今朝見ることができました。

正直、自分の講演姿なんて見たくないですよ。自分の留守電の声を聞くだけでも変な気分がするじゃないですか。あれの100倍違和感があるんじゃないかと怖かったです。実際は、違和感はなかったのですが。いつもあれと同じ調子で友達にも話すので、あー私こんなんだわ確かに、と納得しました。


また、参加者の皆さんはご存知のように、私はしょっぱなから用意してきた原稿を投げてしまうという思い切りのよさを呈してしまったがために、私らしさでいえば100点満点を疑いようがないです。私はいつもあんな感じで人生を乗り切ってきたので、あれができた私は何が自分らしいのか考えずとも自分の感覚に従うことができるようになったのだなと治療的観点で自分を理解することができました。

しかし、講演としてどうだったかというと、実は悔しい思いを強く抱いています。

当日、会場を後にして表参道駅を歩きながら一人の頭に響き続けたのは、
「私は、こんなもんじゃねぇェェ!」
という心の叫びでした。

こんなもんじゃねぇっていくら思ったって、思ってるだけじゃ駄目なんですよね。
実際は、チャンスは一度しかない。どんだけ普段頭に思い描いて努力していても、実際に発揮できる力が常に100%とは限らない。人生って皮肉です。でも、だから次へ次へと課題が増えて、時間が繋がり、何くそと思えるのだと思います。
私の性質のひとつは「負けず嫌い」です。勝負に負けるのは全然構わないのだけど、試合には勝ちたいんです。なんかそんなことはスラムダンクの安西先生が言ってた気がする。
今回、「ここはこうすることができた」「これを話し忘れた」「これはこうした方がよかった」と挙げたものは、挙げた数だけ課題でもあり、私が今後必ずクリアすべき壁でもあります。
これは到底無理だなと思う壁は、今のところ皆無です。やれば必ずできるということです。
そう思うと、少しにやりともするのです。私は、誰かに何かを伝えたい衝動が強くて、原動力があって、それをさせて頂けるならば何十回でも進化させて繰り返し熱意冷めることなく続けられます。会として失敗しようが成功しようが、そんなことはどうでもいい。人間として私が隠さずありのままで誰かとお会いし、少しでも貴重な時間を真剣に楽しく共有できるならば何度でもやります。


参加者の皆さんは、温かい感想をくださいました。皆さん、本当に優しくて温かかった。
私には「次」があったとしても、今回来てくださった方にとって「次」があるかは分かりません。だから、今回の一度に私はベストな私よりももっとベストでいたかった。けれど、二段とび三段跳びできないのが現実。悔しいです。

あまつさえプレゼントや差し入れやカードやご著書や、色々なものを持ってきてくださった方がいらっしゃいました。
私は、誰かにプレゼントをするのがとてもとても苦手です。勇気が要るし、労力が要るし、精神力が要るし、出かけるにも買うにも何をするにもとてもエネルギーを使います。外出恐怖の方が、これを手に入れるためにお店に足を運んでくださったのか。そう思うと涙が出るほど有難かったです。


スタッフでもないのに友達は、気づけばお茶会の手伝いや何やらを手伝ってくれていました。講演後、参加者の方で次回はお手伝いさせてくださいと名乗り出てくださる方までいらっしゃいました。


私には、普段からハグ癖、握手癖があります。
講演の中ではお話しましたが、私は自分も含めて人間が、明日も明後日もつつがなく生きているとは思えない人間です。ですから、一度にすべてを籠めたがる傾向にあります。
それにしても、あんなにハグりまくるとは自分でも予想外でした。もしかしたら不潔恐怖の強迫性障害をお持ちの方や、対人恐怖の方などいらっしゃったかもしれず、あれはまずかったんじゃないか落ち着けよ自分と若干後でヘコみました。以前は対人恐怖で、そんなこととんでもない行為でした。嫌悪や恐怖を抱いていたので、傷つけてしまったのではないかと思い返して悩んだりもしました。



ここまで、長々と反省点を書いています。
とても楽しかったこぼれ話は、後日書こうと思います。
行きたくてもいけなかったー!と残念がってくださる方や、他の地方での講演を希望くださってる方に、ちょこっと雰囲気をお伝えできたらとも思って。私の写真もPC・記録担当の弟が撮っててくれてたみたいなので、私がリアルデブに映ってなければアップしようかなと思ったり思わなかったりしています。

どっちにしろ、すべて何もかも大成功というには私の修行が足りず、勿論経験値も低い。
今日の私は、昨日より幾分ましな精神状態だけど、今日のようなダウン気味な精神状態だからこそ見える現実もあるなと思って書いてみました。

これを書いた今より24時間以上前は、私は自傷と自殺衝動に押し潰されて息をするのも苦しくて苦しくて、慣性で美術館へ行って、ぼんやりしていました。
死ぬために買った刃物で、記憶がない時間帯に両足をザクザク切ったようです。久しぶりの足への自傷です。朝気がつけば、足が血まみれでした。

解離性障害を、今の私は克服することができません。コントロールもできません。便利に利用してやれたらいいのにと思うけれど、交代も利用なんてできません。唯一利用できそうな「青い部屋」も、内側のどこに存在しているのか今の私は何故か見つけることができません。

死にたくてもやりたいことは変わらずやりたいです。
講演活動含め、講演会の後の懇親会でお話したような夢は実現しなければ死ねません。
でも、たった一人とうまくいかなくなると、私は死にたくなります。すぐに現在と過去が重なり、目が曇ります。

今日は、幾分視界が晴れてきました。
昨日は死にたかったけれど、今日は死にたくも生きたくもないラインまで戻ってきました。

明日は、生きていることが嬉しいと思える日であればいい。
たかが人間の私に先は見えないけれど、足はズタボロでも死なずに生きてる。それだけは現実です。そしてまた明日が来る。


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2010/05/11 (Tue) メランコ

夜中になると悲しいことを思い出す時間が増えてきた。
数十分前までは大好きなgagaの動画を見て、椅子の上で座ったまま踊って振り付けを覚えて歌って、彼女のパフォーマンスの素晴らしさに感動して涙して上機嫌だった。
ひとところ発散すると現実に戻ってきて、今夜もまた悲しい現実に対面した。

メールが一通戻って来ない。東京にいる間に取りたい連絡なので数日待っていたが来ない。自分が悲しみや不安で破裂する前に催促のメールを書いた。とてもとても事務的であることを心がけて、短文にした。


自傷欲求が湧いてきた。
手首を切らなきゃと思う。
でも、切ることはないだろう。今の私は、ファンタジーと現実の境目で生きている。ファンタジーにどっぷり浸かることができず、しかし現実と親和性が高いわけでもない。どっちつかず。

Twitterで呟くのは、少し気が楽だ。反面、気を遣わねばとも思う。
私はTwitterで、ブログ世界か現実世界で面識のない方とはフォローし返さないポリシーなので、そこそこに気心がしれた人としかフォロワーになっていない。

だから思うように呟ける。皆銘々に呟いていて、気が向いたら誰かに話しかけたり、適当に話題を切って自分の呟きに戻ったりする。気楽な空間だ。

そんな場所でリストカットしたいとか呟いていいんだろうかとも思う。誰かの悲しい心を引き出してしまわないかと不安になる。
夜中は、さすがに殆どのTwitter仲間は眠っているので、私は気楽に呟く。リストカット衝動にかられて、願望のまま呟いた。Twitter仲間が翌朝私のネガティブを煮込んだような呟きを目にして、気分を害さないことを祈る。


こんなふうに呟いた。

好きな人にとって自分が必ずしも1番でも2番でもないどころか、100番目とかもっとどうでもいい位置にいると認めざるを得ない現実があるって事実は、厳しすぎて涙も出ない。」

ここで140文字。ツイッターは、一回に140文字しか書き込めないから、まさに呟き。面白い。

報われない恋愛感情は捨てられたらいいのに。そして都合が合う誰かを見繕って、最初は自分を誤魔化してたとしてもそのうち本気で好きになれたりしたらいいのに。報われても報われなくても好きなものは好きだ。」

ままならない現実に、時々足掻く。
釣り上げられた魚が船底で海に戻りたいよとバタつくみたいに。


メランコリックみとり。
自分を客観視して、名前をつけて決着をつけようとしたところ。

しかし、あえなく次のTwitterでこんなことを書いた。

リストカットしそうでやばす。何これ何これ。まずいまずい。あっちのエネルギーをこっちで蓋するからそっちから出てくるみたいな。手首を切るのっていつも思うけど自分が自分を切ってるのは本当のことじゃない。自分以外の誰かが持っている何かの感情が片手に宿ってケーキカットみたいに切る。共同作業 。

突然のリストカット衝動。何故かは分からない。多分、見捨てられ不安からきている。この場合だと「メールが来ないこともひたすらに耐えてきたがこの苦労が報われないかもしれない可能性が出てきたこと」に見捨てられるかもしれない予期不安を覚えているのだろう。

最後のツイート。

リストカットが、結婚式の「初めての共同作業です」のケーキ入刀か。言葉面だけでなく男性不信の私の感覚に凄く合ってる。



よくわからない私の心の動き。
靖国行った日から内側が3つに分かれている。AとSがいる。Aがいると私は不安定になりやすくなるからやめて欲しい。
待ちかねているメールが来た時に、私が美鳥じゃなかったとき、どうやってその後の対応するんだろう。
全部なしにするのは嫌だ。

安定剤が効いたらしい。思考レベルが落ちた。総括的に考える脳がストップかけられた。
何だっけ。

そうそう。
リストカットは、自分の片手に誰かの強い感情(拒絶・無関心等)が憑依して、私の手首を切ってしまう。
だから私は体に傷をつけたくない。傷が自分のものだと思えないから、愛しくもなく腹が立つこともない。

ついでに気ままに書いたツイッターだけど、リストカットは結婚式のケーキカットと同じ共同作業て思いつきに腑に落ちた。

眠剤とか痛み止めのチャンポンで文字もよく見えなくなってきた。
とにかくアップしてみよう。
おやすみなさい。


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境界性人格障害 | trackback(0) | comment(4) |


2010/05/08 (Sat) 今日から始まる

講演会を、無事終えることができた。当日までも含めて、想定外のハプニングだらけの波乗りみたいな数ヶ月だったけれど、最後の最後は私やスタッフさんだけじゃなく、参加者の方全員で完成させてくださった。そう思った。


講演会を終えたのだと感じたのは、なんとか時間通りに終わらせて「ありがとうございました」と皆さんに頭を下げた瞬間。

涙が溢れて止まらなくなった。
参加者の皆さんが放つ空気がありがたくて、リラックスして話すことができたのは来てくださった皆さんの表情と存在そのもののお陰だった。
対面で人と出会うことの凄さを体感した。
私ひとりでは絶対にできないことを、できるようにしてくださった皆さんが凄いと思った。


人間という生き物は、「存在している」生き物ではないなと思う。
命が通う身体がそこにあるだけで人間は誰もが「意味している」。

そこにいるだけで、黙っていても何か伝わってくるものがある。それも一つや二つじゃなくて、一人の存在から色んな感情や人柄や人格の色が伝わってくる。ああいう色彩を何と呼んだら良いのだろう。



会場を後にして表参道駅までスタッフの皆と歩きながら、私はすべてが始まったんだと考えた。
自分への悔しさが湧いてきた。今日が今の私のベストだった。でももっと私はできる。明確にやりたいことと、伝えたい人がいる。
講演会を終えた瞬間が始まりにしか思えない。終わった直後から、ずっとずっと考えている。次は、先は、明日は、来月は、来年は。私にできることと、できないことは。全ては今日から始まったのだ。


同時に頭に浮かぶのは、数年前の労働裁判の日々だった。

2年間の裁判は、自分が試され続ける日々だった。
地方裁判所で完全勝利したものの、相手が全面不服申し立てをして控訴された。自動的に、原告だった私は、高裁では被告となった。デスマッチだった。どちらが正しいのか。法を犯したのはどちらなのか。嘘をついているのは本当はどちらなのか。法律という鏡で徹底的に照らされ具に検証され、証言や書類や何もかもが記録に残され、吟味された。証言台に立ち証言する私の人間としての在り様も、向こう側の人間としての在り様も常に見られていた。


高裁で、裁判長から判決が言い渡され、完全に終結した。私の申し立てが完全に認められた。
裁判長と直接話し、励ましを頂いた。
書類にサインした。


部屋から出た直後から、涙が溢れて止まらなくなった。
地上に着くまでの高裁のエレベーターの中、弁護士と2人きりになった瞬間、私は声をあげて泣いた。二年間、金にならない労働裁判を引き受けて、一緒に戦ってくださった弁護士は、温かい沈黙を守っていてくださった。


大阪高裁古めかしい建物を出ると、よくできたドラマのように空は晴れ渡っていた。時々吹く風の匂いや強さまで覚えている。


弁護士と大阪高裁の玄関前で別れた。
この日、弁護士は、私に人間としての権利を自分の身一つで主張する大切さと勇気と誇り、人間が長い歴史をかけて作ってきた最高の知恵である法律の素晴らしさと使い方を教えてくださった恩人となった。

「ありがとうございました」と頭を下げた。言葉は何と不自由なんだろうと悔しくて仕方なかった。言葉で表すことができない感謝を言葉でしか表すことができない自分が不自由でたまらなかった。

人と別れるときには、決して振り返らないのがポリシーだ。
片手をあげて応えた弁護士と別れるなり駅まで歩き始めた私は、人目も憚らず泣いた。
終わった。終わった。やっと終わった。終えることができた。終わった。ちゃんと終わった。
嬉しさと誇りと安堵と何か言葉にできないものに圧倒されて、泣き続けた。




あの日の肌に触れる空気、少し埃を含んだ風、靴で感じる路面の硬さ、空の高さ、開放感と、一昨日の講演会会場を出たときの空気は、よく似ている。そっくりだ。状況も何もかも違うのに、あの日と重なった。既視感を覚えた。

ただ一つだけ違う。

裁判が終わった日は、「終わった」と思って泣いた。

講演会が終わった日は、「始まった」と感じた。

どうしてこんなふうに感じるのかは、まだよく分からない。
何が違うのだろう。どう違うのだろう。分からないけれど確実に違うのだ。

ただただ今考えていることは、次のこと。
講演会の後の親睦会でお話させて頂いたアウトサイダーアートの活動。展覧会活動。講演会も、今回とは違う形式の活動も、今回時間が足りずに伝えられなかったもっともっと多くの事柄と具体的な経験を伝える活動も。

きっと参加してくださった方々の存在がなければ、「始まった」とここまで強烈に思うことはなかっただろう。何かを始めることができるエネルギーを頂いた。皆さんが生きて足を運んで来てくださり、対面で時間を過ごすことができた。そうして頂いたエネルギーは言葉にできない。



足を運び、貴重なお時間を共有させて頂いた参加者の皆様、ありがとうございました。
様々な闘病生活を送られながら、ご多忙な中、告知にご協力いただいた方々、ありがとうございました。
障害も背景も年齢も性別も何もかも違う中、時間やお金をやりくりし、個性を活かして心から温かい支援をかって出てくれたスタッフの皆さん、ありがとうございました。

言葉では到底届かない気持ちは、すべて今後の私の行動でお返しします。


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講演会「両目を開いて生きる」 | trackback(0) | comment(22) |


2010/05/04 (Tue) 明日の講演会でお会いしましょう

いよいよ明日、講演会です。

削っても削っても1時間半?2時間内に終わりそうにない講演原稿だったので、
ある程度書いて後は明日という日とか、ノリとか、空気とかに任せることにしました。

かわりにスライド作りに熱中してしまい、今日はめっきり老けこんでしまいました。
大雑把過ぎる私がソフトを使って美しく資料を作るとか無理なんですよはなから。
「行の頭、ガッタガタやん」
と弟にツッコまれるでもなく、自分でも薄々は気づいてたんです。

明日お越しになる方、開演?までの時間に自動再生してるスライドは、粗雑な女が作ったんだから仕方ねーなとゆるく見てやってください。

明日の講演会、当日ご参加受付のご案内です。

○当日席あります○

明日の講演会参加ご希望の方は、当日直接、会場 東京ウィメンズプラザにお越しください。渋谷・表参道です。表参道駅B2出口からだと、まっすぐ直線で近いです。病的方向音痴の私でもたどり着けました!徒歩3分くらいです。

講演会会場入り口の受付にて、お申し込み用紙にご記入願います。
お席に余裕を持たせてありますので、残席数は、お気になさらずお越しくださいませ。

講演会についてのご案内は、こちらをご覧ください→◆講演会「両目を開いて生きる」ご案内はこちら


ところで、大阪から持ってきた服とかすごいダメ出しされまして。
いっつもそうなんです。
東京の弟とは普段から服の好みが合わないんですよ。

「なんでそんなん着るん」
と、いつも根本的にダメ出しですよ。

今回も、講演会でこれ着ようと思って持ってきてんけどさーと気軽に見せてみたら、
またいつものように、
「それはないわー」と私のテンションを下げる発言。

これのどこがダメやねん可愛いやん!と言い張ると弟が、写メ撮ったるから自分の目で見てみ、できたら友達に写メ送って意見もらいほら○○とかにさと私の友達の名前まで出してすごいしつこい。

じゃあ撮ってみいなと自信のコーディネートで10枚くらい撮ってもらって見てみたら、

「なんじゃこりゃァァアアアッ!!!!」
と絶叫する酷さでした。


金貨だと思っていたものは、ただの葉っぱだったんですよ。
カレーだと思ってうまうま食べてたものは、ただの○○○だったんですよ。お食事中の方はすみません。
絶叫しますよ。


私を見る弟の目は労わるように穏やかで、
「な? ないやろ? 酷いよな?」
と優しく言ってくれました。
可哀想な子を見る目でした。


超がつく躁状態のときに選んだ服を持ってきていたのですが、躁状態、ダメですね・・・・。

どんだけ自分を冷静に見てるつもりでも全く見えてませんね。
普段殆ど動けない癖に、ある日突然スーパーサイヤ人になった自分に毛ほども疑問抱けませんね。


私は!
ほんっとうに! 
駄目だ!
ファッションセンスとか! 
ないわ!
もう二度と自分のセンスとか根拠のない自信とか信じない!

そんなわけで明日は普通にいきまーす。

天気は良好みたいで嬉しい限りです。
お越しいただく皆さま、お気をつけてお越しください。
他県から来てくださる方々、今夜はぐっすりおやすみください。

明日、お会いしましょうー!



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2010/05/03 (Mon) 講演会「両目を開いて生きる」ご案内

2010年5月5日、私の講演会を開催します。この記事は、5月5日までトップページに掲載されます。最新記事は、この記事の下になります。当日席あります。当日、直接会場にお越しください。お席は十分にございます。




一つでもあてはまる方のご参加お待ちしています
◆もう生きられない33の理由

講演に関する記事はこちら
<講演「両目を開いて生きる」情報>

「両目を開いて生きる」講演ちらし
↑ちらしの印刷は、ご自由にどうぞ。
○ちらしをダウンロードできます(ご友人などに手渡したい方など是非ご利用ください)

○参加申し込みはこちらから→講演「両目を開いて生きる」参加申し込み(インターネットでもお申し込みは締め切りました。お席に余裕がございます。当日ご参加歓迎です。


印刷用PDFファイルは、こちらからダウンロード(A4印刷対応です)
◆PDFファイル 講演会「両目を開いて生きる」ちらし ダウンロード(247K)
JPGファイルでご覧になりたい方は、こちらからダウンロード
◆JPGファイル 講演会「両目を開いて生きる」ちらし ダウンロード(1M)

※当講演会の告知、案内にご協力頂けるボランティア様募集しております。ブログ、Mixi、自助グループ、NPO団体さま、福祉団体さま、よろしくお願い致します。

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○講演タイトル

  両目を開いて生きる
   ?溢れかえる”ココロ”論・診断名・治療法
    それでも私たちは、なぜこんなにも生き辛いのか??

  うつ・対人恐怖・自傷・自他殺衝動・人格障害・引きこもり・いじめ・虐待・依存 等・・・
   現在も闘病中の当事者が語る 「自分として」生きる実践的方法論   


詳しい講演内容(予定)については、記事でアップしています。
講演タイトル「両目を開いて生きる」について→ ◆両目を開いて生きる 再掲

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○講師 美鳥(当ブログ著者)

  私のプロフィール(来歴や闘病歴、趣味、いろいろ)
    →◆私について  あけっぴろげ自己紹介◆いまさらだけど自己紹介

☆ドキュメンタリー出演2008年11月TBS報道特集NEXT「自分を傷つける女たち(境界性人格障害)」
☆自助グループMUQOL(うつ・神経症・人格障害者相互QOL支援コミュニティ)主宰
☆現在大阪在住・女性・精神科通院・カウンセリング治療歴約十年。現在も闘病中。
☆性格人間不信で人間大好き   
☆主たる診断名うつ、多重人格症(ICD) 他色々。
☆趣味 歌・創作・カメラ・アフリカンダンス・消しゴムはんこ・散歩・美術館通い・漫画
☆関心 機能不全家族・身体論・日本人論・戦争・死刑論・宗教論・精神科医療・無差別凶悪犯罪・戦後教育・いじめ論・歴史・文学・アウトサイダーアート・アルゴラグニー

当事者のご家族、近親者のご参加も大歓迎です。
その他、関心ある方どなたでも大歓迎です。あくまで聴講のみ可能な講演会ですので、どなたも是非お気軽においでください。
  
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○開催日程
 
  2010年5月5日(水曜・祝日・GW最終日)

  東京ウィメンズプラザ 1F 視聴覚室
   住所:東京都渋谷区神宮前5丁目53?67
   最寄り駅:東京メトロ表参道駅 B2出口より徒歩3分
  (渋谷駅からもアクセス可能です。詳しくは、東京ウィメンズプラザのサイトでご覧下さい。)
   
     ・開場 13時?
     ・講演開始 13時半?
     ・講演終了予定 15時半(講師への質疑応答時間も含む)
     ・16時半まで 交流会(自由参加・詳しくは以下の○講演後の交流会について)

参加費 500円 

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○講演後の交流会(自由参加)について

講演終了後、自由参加の交流会があります。
1時間程度です。途中退席、無言参加、人見知り参加、すべて自由。
お菓子とお茶をご用意してお待ちしています。
交流会のみのご参加はお断りしております。
講師、参加者交えて楽しい時間を過ごしましょう。
講演時間内でお受けできなかったご質問・ご相談もどうぞ。
申し込み時に「不参加」「考え中」とお答えいただいた方も、当日参加可能です。

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○お申込み方法

お申し込みは、こちらからお願い致します。
講演「両目を開いて生きる」参加申し込み講演「両目を開いて生きる」参加申し込み(別窓で開きます)(締め切り4月30日)
携帯からもお申し込み可能です。(ちらし内QRコードからお越し下さい)
当日のお申し込み・ご参加も可能ですが、受付にてPC・携帯からと同様のお手続きをお願いしています。できるだけ事前のネット申し込みをおすすめします。


申し込みフォームの注意書きと、申し込み完了後に自動返信されるメールを最後まで必ずよくお読み下さい。
お申し込み後すぐに自動返信メールが届かない場合、お手数ですがメールでご連絡下さい。(アドレス→muqol.info★gmail.com(★を@に書き換えてください)


ネット申し込みは締め切りました。当日のご参加歓迎です。直接会場までお越しください。お席は必ず確保いたします。会場受付にて、お申し込み用紙にご記入をお願いしております。



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○お問い合わせ先

muqol.info★gmail.com(★を@に換えてメール送信下さい)
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2010/05/01 (Sat) 私は江頭2:50を尊敬している

◆5月5日開催 当ブログ著者美鳥の講演会「両目を開いて生きる」(残席分、当日ご参加受付けます)◆


あと3回寝たら、講演会です。
本日5月1日の0時をもちまして、インターネットからの参加予約お申込みは締め切らせて頂きました。
お申し込みくださった皆さん、ありがとうございます。

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○当日席を受け付けます○

インターネットでのお申し込みは締め切らせて頂きましたが、当日席をご用意しております。
参加ご希望の方は、当日直接会場 東京ウィメンズプラザ にお越しください。
講演会会場入り口の受付にて、申し込み用紙にご記入願います。
開場が参加者でパンクするなどということは億が一にもございませんので、残席数は、お気になさらずお越しくださいませ。

講演会についてのご案内は、こちらをご覧ください→◆講演会「両目を開いて生きる」ご案内はこちら

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予想外に多くの方からのお申し込みを頂いて、勇気を頂きました。
皆さん是非講演会でお会いしましょう!
大阪土産も持ってくでー!
一般参加の方も、持病をお持ちの方も、皆さん体調にお気をつけてお越しください。



今日は、東京に来て初めて滞在中の弟の部屋から外に出ました。
良い天気で、温かくて、藤の花が咲き零れていました。
ふと通りかかった民家の階段で、近所の猫が日向ぼっこしていました。
隣に座って撫でてやりながら、のどかな春を猫と一緒に満喫しました。
画像をここにアップしたいのに、東京に持ってきているPCには理由あって画像加工ソフトを入れてないので、ツイッターにアップしました。アドレスは、こちらです→http://twitpic.com/1jyzso
一眼レフ持ってなかったので携帯で撮りました。ピントがずれすぎているのは私の写メ下手なせいです。
猫は、可愛いっていうよりも人間臭くて和みますね。


猫との日向ぼっこから帰宅。
そこからこっち、原稿の最終の詰めに入りました。

1時間半?2時間という限られた講演時間。
私としては、ちゃんとこれは伝える価値がある!と確信できるものは体力がもつ限り4,5時間話せる自信があります。全然ある。というかそれだけ時間があれば・・・・!
しかし、皆さんの体力と気力と会場の都合でそんなこと叶うはずもなく、限られた時間でどれだけ濃縮して濃縮して、たまに息抜きしつつ「来て良かった」と思って帰って頂けるか、すごく毎日考えています。

私は、「明日死ぬかもしれない」と思って生きてます。
私だけに限らず、自分の家族でも友達でも人間誰でも「明日死ぬかもしれない」と思っています。自分の自殺未遂やら、私の周囲で実際に自殺した人や、事件に巻き込まれて死んだ人、自殺か事故か分からない人、突然癌を宣告された人、いろんな方と出会ってきたからだと思いますが、非常に「明日死ぬかもしれない私達」という意識が強いです。

「死」が、時々リアルに感じられ過ぎて怖くなることもあります。でも、この感覚が身についてよかったと思っています。「死」がくっきりすればするほど、決して暗い意味ではなく、「生」への意識がくっきりしてきます。
時間を大切に使って、楽しい時間も真剣な時間も思い切り満喫してやろうと思えるようになりました。


講演会は、3年も前からの念願だっただけに話したいことがあるわあるわ。原稿からやむなくコンテンツを削っても削っても、これがもうほんまに乾燥わかめのように増えるのです。
削っているのか増やしてるのかわかんないみたいな。
味噌汁に入れてみたら、えっ!増えるとは聞いてたけどこんなに増えるとは知らなかった増えすぎでしょって誰しもが戸惑ったことがあると思います。そんな乾燥わかめとの格闘の毎日です。

しかしながら、神経質に見えて最後の最後は、あまり悪足掻きしないタイプなので、シンプルにありのままにフランクにお話しようと思っています。


最後に、私が尊敬する芸人の一人、江頭2:50の名言をここに引用したいと思います。この人の発した名言の数々は、名言が多すぎて、しかもクオリティ高過ぎて本当に尊敬する。キモいくらいいいじゃないと思わせるキモいエガちゃんが好きだ!


これをやったら次回でられなくなるんじゃないかなんて
考えないようにしている。

人間いつ死ぬかわからないから、
その時のすべてを出しきりたいんだ。

おれはいつ死ぬかわからないし、
見ている人もいつ死ぬかわからない、

視聴者が最後に見た江頭が、
手抜きの江頭だったら申し訳ないだろ?


江頭2・50


関係ないけど、エガちゃんのお父さんの芸名は「江頭2:45」です。



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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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