--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2010/01/22 (Fri) クマノコとサギの消しゴムはんこ



昨夜作った消しゴムはんこ。

図案は、自作の絵と物語を絵本形式で公開している友達に直接頼んで、はんこ用に描いてもらいました。
突然のお願いに快く応じてくれた友達に感謝。
昨夜は、一心不乱に彫り上げてから寝たので、よく眠れました。

<クマノコ>が左のはんこ。<サギ(多分)>は、物語の中でクマノコの宝物が入っているバッグを持っていってしまう鳥。鳥が元々好きだけど、彼の絵のサギが何ともいえず可愛くて彫る手にも力が入ったけど、クチバシの線とか、バッグの紐部分、あと写真じゃ見えづらいですがバッグの口の留め金に苦労しました。
肝心なクマノコの鼻は、一点を残して削り取るのが難しく、手が滑ってあれな結果に・・・。
ごめん、クマノコ。

友達へのプレゼントなので、他にもクマノコシリーズを彫ってから纏めて友達に郵送する予定。
プレゼントする前に私が押しちゃうと何なのでゴムのまんまでアップしました。

色んな種類のインクが出てきたお陰で、はんこは汎用性が高くて、とにかく楽しいです。
クマノコキャラも、綿布のハンカチや、ランチョンマット、コースターに押すのも可愛いし、子供用の靴下に押したりしても可愛いかもしれない。ぐるっと周囲に物語調に絵を繋げて押していって、オリジナルマグカップを作るのも可愛いかもしれない。色々(勝手に)考えて楽しいです。


リンクフリーって言ってたから、ここにリンクを貼っても良いのかな。

クマノコ一歩
http://kumakumanoko.blog13.fc2.com/

彼の絵と物語は、彼の人柄そのもの。あったかくて朴訥で素直で飾り気がない。それでいて何ともいえない味がある。
彼のオリジナルキャラクターを彫ってる間、物語の世界に没入して温かい気持ちになれました。


可愛いんだけど時々寂しくて、でもちゃんと一人で立って歩いているクマノコの物語は、不思議に安らかな世界観を持っています。これからどんなお話になっていくのか、どんなキャラが出てくるのか楽しみです。



関連記事
 カテゴリー<ハンドメイド>(はんことか、パンとか、お菓子の家とか)

ランキングに参加しています。応援クリックよろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

スポンサーサイト

ハンドメイド | comment(3) |


2010/01/20 (Wed) 久しぶりに消しゴムはんこ

201001201.jpg

※先にお知らせ。
前回の記事 ◇ちゃぶ台の上にも1ヶ月 ? 境界性パーソナリティ障害 ? (01/15)に反響いただき、ありがとうございました。全文修正してアップし直しました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

久しぶりに彫った消しゴムはんこの画像をアップしてみました。

時々、無性に手を動かしていたくなる時、そんな時は消しゴムはんこをミチミチミチミチ彫ると凄く落ち着く。
図案は何でも良い。
なぜなら私は、押すために消しゴムはんこを作るのではなく、ただ彫るためだけに彫っているのだから。

過去の消しゴムはんこ作品はこちら→ ◇形から入ります。冬に使えるアルパカはんこ


何を彫ろうかなーと話していたら、丁度友達がこれ彫って!とオーダーしてくれた図案がありました。
メールで図案を送信してもらい、その場で紙にコピーして消しゴムと愛用デザインナイフ、彫刻刀で作業開始。友達と喋りながら、数十分で完成。

東京の友達にプレゼントです。
今月末から、東京でのイベント主催の準備のために1ヶ月ばかり関東滞在する予定で、その時に友達に渡すつもりです。このイベントってやつ、神経症や成人引きこもり、対人恐怖や人格障害当事者とご家族や恋人など幅広く対象とする予定ですので、ご興味ある方ぜひぜひお越しください。(←前宣伝)

図案は、友達が現在、苦労して作っているゲームのキャラらしい。苦労話を聞くだに何か応援したいと思ってましたが、彫ったこれを写メで送っただけで大感激されて光栄光栄。


私は、結構消しゴムはんこ彫ってきましたが、全然使わないし押さないのです。彫るという作業が好きなのであって、押す作業には全く関心がない。
次の図案は何にしようかなーと思っていたら、北海道の友達が絵心あり過ぎで、ブログで手描きの絵本スタイルのお話を書いています。訊いてみたら、いつでも彫ってください!との有難い言葉。次は彼の絵本キャラのはんこを彫ります。


ゲームを作っている友達も、絵本を描いてる友達も、どこかしら病院に行ったりカウンセリングを受けてたりする。ブログを通じて知り合った数年来の友です。
「メンヘラ(精神疾患者)て、対人恐怖なんかで外に出ないから、往々にして手作業や文章が上手い」というのは、私の中で定説になりつつある。
はんこ彫れてすごい、と私は言われるけど、私から見たらゲーム作ってる友達の方がよっぽど凄いし、絵に味あり過ぎてストーリーも作れる友達って凄い。人それぞれってことなんだろう。
それぞれにきっと、何もできずに悩んで転がって自分なんて死んだ方がましだ、と考えたことがある友達。
でも、家の中で何かやってみようと考える時期が来た時、手に取るものはその人らしいんだろうなと思う。
ささやかでも何でも、どこに住んでいるかなんて無関係にコラボレーションできたり刺激しあえたりするのが、とてもとても有難い。
はんこを彫ることは勿論、彼ら彼女らにインスパイアされて自分が何か始めることができるのが、何よりの息抜きかもしれない。



関連記事
 カテゴリー<ハンドメイド>(はんことか、パンとか、お菓子の家とか)

ランキングに参加しています。応援クリックよろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

※コメント返信が完了しました記事(お待たせしましたmm)
◇端切れの童話
◇ 寝たまま症候群


ハンドメイド | comment(2) |


2010/01/15 (Fri) ちゃぶ台の上にも1ヶ月 ? 境界性パーソナリティ障害 ?

20100114.jpg
実家のインコ”いろは” 
常にカメラ目線
人間でいうところの幼稚園年長さんになりました



プロフィール記事を見ていただければお分かりのように、私についている診断名は複数ある。診断書に書かれていない、もしくは自己申告していない症状も合わせると二桁は越える。
それらが毎日の生活に出るわけではなく、あっちが引っ込んだと思えばこっちが出てきて、治ったかと思ったら治っていなくて、単に解離していて自覚が持てていないだけ、ということが頻繁にある。

以前記事で「診断名や何病かはどうでも良いと思っている」と書いた理由の一つは、上記のような状況があるからだ。
それ以前に、もっと重大な精神疾患者全般に通じる私なりの自論があるのだけど、それは別の機会にしよう。

とにかく、色々症状が出たり引っ込んだりするのですっかり忘れていたのだが、私の病気の一つは境界性パーソナリティ障害なのであった。
思い出したのは1ヶ月前、去年のことだった。

ある日突然、とある友達との関係に、無性に不安を抱くようになった。「嫌われているのでは・・・?」という不安だ。不安は日に日に増していき、このまま行くとどうなるかは明白だった。不安に耐えられなくなり、近日抑圧のタガが外れて感情が爆発し、最悪、その友達の気分を著しく害するのだ。その後、気まずくなって疎遠になり、縁が切れる可能性も高い。


最悪の事態を避けるべく、まず私が始めたことは、チェック項目を設けることだった。
境界性人格障害の不安発作には、パターンがある。必ず不安に陥るきっかけがある。以前は、理由もなく幼少期のトラウマだとか何だとかで突然不安になるものだと考えていたが、そればかりではないことに気付いた。
健常者からは理解できなくても、境界性人格障害者ならではの感受性で、不安や見捨てられ恐怖を呼び起こされる事実や原因が確かに存在することがある。


自分に課したチェック項目は、多岐に渡った。

まず考えられるのは、不安になった1ヶ月前に、友達との間で実際に何かあった可能性。

1ヶ月かけて考えたが、何も思い当たらなかった。強いて言えば、前よりもメールの回数が減っていることくらいだ。しかし、そんなことで不安定になるような希薄な関係でもない。
それに、メールを送っても返ってきても、不安が解消されるどころか日に日に強まっている。何故だろうか。


何となく頭をかすめた記憶があった。
その友達に、2週間ほど前に電話をかけた時の会話だ。
不安のあまり、別段用事もないのに電話してみたのだ。不安を相手に伝えることなく、自分でこっそり突き止めようと思った。境界性人格障害(ボーダー)の不安発作は、もし何でもないのなら相手に対して失礼だ。相手に知られることなく、自分を立て直せるならそれに越したことはない。

しかし、電話はうまくいかなかった。何となくだが話が盛り上がらず、電話を切った瞬間に深く落ち込んだ。
いつでも会話が盛り上がるとは限らないから、気にすることはないかもしれない。そもそも取り立てて用事もなく電話をかけたのだから、あんな感じが妥当だろう。
では何だろう、私のこの不安は。


チェック項目を、まだまだチェックする。

友達とは無関係の私の個人的なコンディションのせいで、過敏になっている可能性がある。
例えば、最近体調が悪い。連動してメンタルも落ち込んで、結果ナーバスになっているのではないか。
もしくは、メンタル面に問題があるとか。友達とのやりとりの中で私の感情が遊離して、無関係なトラウマを無意識のうちに引き出したのかもしれない。


チェック項目は、まだまだある。

他の友人との間で感じた不安定さや引っ掛かりを、親しいその友達に投影している可能性だ。一人とうまくいかないと、すべての人とうまく付き合えない気がする時がある。それかもしれない。

あらゆるシュミレーションを脳内で繰り広げ、一つ一つ可能性を潰して、更には途中で相手には暴露せず秘かに自分と相手の様子を見た。


そんな具合に、1ヶ月チェック項目と向き合ってきた。
一重に、過去の同じ轍を踏まないため。自分の境界性人格障害の不安発作で、誰かに迷惑をかけないためだ。

チェックを終えたところ、ひとまず私とその友達との間には、喧嘩もなく、行き違いもなく、すれ違いもないという結論が出た。
本当に何も原因が見当たらない。
原因が見つからないなら、お手上げだ。

改善しようがないという絶望と、正体不明の不安が限界に達した。


唐突に友達に言ってしまいそうだ。
「私のこと、嫌いになったよね?」
「私、何か悪いことしたよね?」
「私と距離置こうとしてるよね?」

以上のように、質問の形を取りつつも、ほぼ断定、決めつけ的質問だ。
「嫌いになった」「悪いことをした」「距離を置いている」

もし相手にそんな気が微塵もなければ、言われただけで相手は傷つくだろう。
私も、境界性人格障害の友達から言われて傷ついたことがあるから分かる。

しかし、このままでは私は近いうちに破壊王になってしまう。せっかく築いてきた友人関係のちゃぶ台返しだ。怒りのためじゃない。不安や恐怖にいたたまれずに、私はこれまで友達と共有してきた信頼関係や何かを一気にぶち壊してしまう。


思い切って、電話することにした。
前回と違って、今度は正直に自分が「あなたにボダッていて不安で仕方ない」と伝えるしかない。そうして、自分が何か気を悪くすることを言ったりしなかったか、私とあなたの間に何か不愉快な事件が起こらなかったかを率直に訊くのだ。ただし、感情的ではなく、関係を大切にするために。私の症状から、大事な友人関係を守り継続するために。


電話に出た友達は、私の唐突な告白に少なからぬショックを受けた。
彼女は私が東京に来ることを知って、私との遊びプランを考えて楽しみにしていてくれたらしい。
私から連絡が来て、てっきり遊びの予定を立てるのかと思いきや、「私、あなたから嫌われている気がする」と言われたものだから、「なんで?なんで?」と彼女は面食らって傷ついた。

正直に話した。
何もなかったと思うけど1ヶ月も前から不安で何とかしようとしていた」「理由を考えてたけど分からないから、ボーダーの症状かもしれない」

友達は私の話を聞いてくれて、率直に「悲しいよ」と言ってくれた。
胸が痛んだ。


とはいえ、境界性人格障害(ボーダー)の厄介なところは、猜疑心や不安がなかなか消えないところ。その都度、とことん納得するまで分析しておかなければならない。少しの引っかかりでも残していると、残った不安がまた膨らんで同じことの繰り返しになってしまう。
だから、友達に付き合ってもらって、私が不安になり始めた1ヶ月前に遡り、現在までに私が不安になるようなきっかけがあったのか一緒に考えてもらった。


そうしたら、彼女のプライベートがちょうど1ヶ月前から不安定になっていたことが判明した。詳しく聞いてみると、深刻な状況だった。彼女自身も、1ヶ月前から元気が出ないし何もやる気がないと言う。彼女の状況をその時初めて知った。元気がなさすぎて、そのことを私に話す元気もなかったのだ、きっと。
2週間ほど前、秘かに意を決してかけた電話で、彼女が私と話していても心ここにあらずの様子だったのは、彼女がとても不調だったからだと分かった。


上の空の彼女の応対が、私には素っ気無くて社交辞令に思えた。話も盛り上がらないし私と話していても一向に楽しくなさそうな様子に、「嫌われているのかもしれない」と解釈した。
私がボダったのには、きっかけがちゃんとあった。
友達のプライベートな理由で私が知りようもない出来事が、彼女の雰囲気をいつもと違うものに変え、私はそれを受話器越しに感じていたのだ。何とはない違和感に、ボーダーは敏感だ。



その日、私は自分のことを新たに知り、友達も自分自身の調子について新たに知った。
私は、境界性パーソナリティ障害の思考傾向をいまだ少なからず引きずっていることを自覚した。
友達は、電話口で相手が感じる程、自分が元気を失っていることを自覚した。それも1ヶ月も前から。

お互いに確認して、思わず笑った。


今回の友達は、境界性人格障害ではない。だから、私の見捨てられ不安から来る唐突な発言「嫌われてると思ってた」などは、感覚としては理解できないだろう。でも、知っていてくれるから一緒に考えてくれる。

暴露して考え話し合って、私の中から不安は跡形もなく消えた。
こんなことなら1ヶ月も悩むんじゃなかった、とも全く思わない。
私は、自分の症状、特に境界性人格障害の猜疑心で一杯になって攻撃的になったり、破滅的になったりした私で大事な人を傷つけたくない。
かといって、境界性人格障害だからといって、全ての不安が根拠のない妄想だとか、全ての猜疑心が相手への不当な不信だとも決め付けたくない。

自分の心の中に何が起こっているのか。
相手との間に何が起こったのか。起こっていないのか。
どこまでが私の思考で、どこまでが不安や恐怖が見せる幻影なのか。

1ヶ月かけて考えるだけの価値はあった。
境界性人格障害から回復するための、これも一つの大切な経験値だ。



ランキングに参加しています。応援クリックよろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

境界性人格障害 | comment(2) |


2010/01/11 (Mon) お菓子の家 ? 機能不全家族 ?

20100110.jpg


正月の準備で、私が担当したのは黒豆煮と雑煮。

雑煮は、祖母が毎年作ってきた。その味なしでは新年を迎えられない。
祖母が亡くなってから、彼女の雑煮の味を再現できたのは私だけだったので、以後私が担当になった。

祖母は九州生まれで、私の両親も九州生まれ。
私は関西で生まれたが、九州式の味で育ってきた。

私がもし誰かと結婚することがあるのなら、私が新年に作る雑煮は間違いなく祖母の雑煮だ。
美味い。とにかく美味い。何よりも、私たちはずっとこれを食べて1年1年を越してきた。舌が覚えている。

祖母が残したもの、両親が受け継いだもの、私が引き継がねばならないものは、数限りない。料理の味付けは勿論、物理的なもの精神的なもの習慣的なもの、様々だ。虐待の歴史も勿論含まれる。私の病気も、引きこもりの弟も、両親それぞれの問題も、東京の弟の行き方も。
正の遺産と負の遺産、そしてどちらでもないありふれた遺産が混在している。
その中から私は注意深く、私の意志でもって、私の望む生き方に適うものだけ取捨選択しなければならない。


一方で、私が新しく創り出すものもある。
おせち料理で余った2切れのハムを家族5人分の一品にできないかと考えた。正月3日のことだ。
思いつきで冷蔵庫にあるものを組み合わせて作った。それが写真の小さなオードブル。

材料は、以下。
ハム(ブラックペッパー)・クリームチーズ・ローズソルト・青リンゴの薄切り・黒豆・三つ葉・ブルーベリージャム

想定外に美味かった。気負ってやるよりも、失敗も楽しみのうちと適当にやるほうが案外出来が良いらしい。

黒豆の味付けも私がやったが、私の好みは祖母とは全く違う。祖母は甘いものが好きで柔らかいものが好きだった。私は、豆の香りを殺さない薄甘くて煮すぎないアルデンテの黒豆を作る。
両親は、祖母の黒豆とは違ってお前の黒豆もそれはそれで美味いと言った。来年も同じでいいらしい。少しずつ、我が家の正月のスタイルも変わっていくだろう。


引きこもりの弟は、悪化していた。引きこもりは勿論のこと、強迫性障害が悪化している。両足は過酷な生活のせいで壊死を起こしかけていた。足首は以前の2倍に腫れ、赤黒くぱんぱんに皮膚が張って、表面は白く乾いて剥がれ掛けている。少なくとも2,3年は入浴していないため、強烈な臭気を放ち、長年日に当たらないために青白く、洗いすぎた手は荒れ放題だ。
更にはコミュニケーションが取れない。彼は日本語の使い方を忘れ去りつつある。

最も最悪なのは、不潔恐怖のために外出できないので通院は勿論、手当ても受けられないこと。一般家庭で引きこもって生活していて、足が壊死して腐りかけるなんて想像もしなかったが、現実になろうとしている。


そんな弟の惨状も、実家では日常に溶け込んでしまって、実家はさながら童話の世界のようだ。
お菓子の家は幸せそうだが、影には魔女が潜んでいる。満腹になって眠る幸せと、殺され食われる恐怖が平然と同居している。


私は、どっちへ行けばいいのだろう。
道は決まっているのに、実家で心が彷徨った。
新年の陽気な番組や家族との話題で、あははと笑っているときも常に精神が虚ろだった。

私は混沌にのまれて死ぬわけにはいかない。正の遺産と負の遺産をきっちり分けて生きていく。
しかし、負の遺産にのまれ、脱する必要すら自覚していない人間が目の前にいる。弟だ。
彼を見捨てるのか。私にできることは本当にもうないのか。出来るとしたら何だ。出来ないとしたら何故だ。
考えが自然浮かんでは堂々巡りした。

それでも楽しいこともたくさんあった。いつもそうだ。いつもこうだった。
我が家は混沌としている。どの家庭もそんなものなのだろうか。ホラー映画の序幕のように、惨劇の前にはわざとらしいまでに幸せな日常シーンがお決まりなのか。


機能不全家族の生活は、恐ろしいシーンが待ち受ける童話そっくりで空恐ろしい。
登場人物たちは、後に何が待っているかなど毛頭知らず、懐かしい祖母の雑煮を味わい、両親が作ったつきたての餅を食べ、旨い酒に舌鼓を打ち、土産話に花を咲かせて笑いあう。
その隣で、死神さながらに人生の半分を引きこもったまま朽ちて行きつつある人間が、耐え難い臭気を放ちながら突っ立って足を腐らせかけている。


楽しいことも嘘じゃないし、惨劇も嘘じゃない。
怒りも嘘じゃないし、血の繋がりも嘘じゃない。

単純でない現実の羅列に、実家滞在中はずっと沈思黙考していた。


ただ、来年も私は祖母の味と全く同じ雑煮を作るし、しかし黒豆は踏襲することなく私流で煮る。
思いつきで両親は決して作らない類の料理も作る。

たったこれしか明晰でない。しかし、明晰であることには違いない。
この掴みどころのない恐怖と、相反する自分の確かさの同居を、うまく言葉にできないでいる。


ランキングに参加しています。応援クリックよろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

機能不全家族 | comment(1) |


2010/01/08 (Fri) 遅ればせながら明けましておめでとうございます

明けまして、おめでとうございます。

年明けで早速なのですが、帯状疱疹という病気に罹患してしまいました。
過労から来る病気らしく、どこかで聞いたことがある病名だなと思ったら、かの雅子妃がかかられてご公務を休んでおられた、あの病気です。

想像していた頃は、何だか大変なのだろうけれど何がどう大変なのだろうか、と禄に調べもしなかった。しかし、これは体験してみると、えらい過酷な病気です。
帯状疱疹とは、名の通り「帯状」に発疹が出ます。神経が走っている上に出るのが特徴で、神経にもろに悪さするものですから痛いの何のって。
「風が吹いても痛いから痛風」と言われますが、いや、私の帯状疱疹は痛風じゃないですが、神経が直に痛む点で全く同じで、実際風が吹いても痛いです。それどころか、ドキッとしても痛いですし、歩いていても痛い。歩いてなくても痛い。いよいよ悪化してきた数日前は、痛みのあまり眠れませんでした。


その帯状疱疹。
私はどこに症状が出たかというと、顔面右側です。
しかも、目の上瞼、眉の付近から右こめかみ、そして頭皮の右側全体。きっちり神経が走っている右側だけに出ています。人によっては左側だけ、腹部だけ、というように帯状に出ます。

痒みはやがて痛みになり、痛みは激痛になり、そのうち腫れて膿が溜まるようになり、現在私の右半分はアレ何かこれ誰かに似てるなと思ったら、相撲取りとかボクサーの顔にそっくりでした。以前、顔面でアスファルトにダイブして怪我をしていたので、自分の時折の相貌や外見には気にしなくなったのですが、痛みが私をへこませます。

医者からは、過労が原因と言われました。
言われてみれば、去年11月あたりはインプットするべく美術館やらに走り回り、12月は今年の春の東京でのイベントを開催すべく主催仲間の友達との打ち合わせや資料集めに奔走し、締め切りを設けた幾つかに躍起になっていました。その途中で必要が生じて、新しい療法を受けることになり、4人目の新しい臨床心理士の元へ。そこらへんでへとへとになっていましたが、実家での年越しとお節の料理分担を買って出ていたので実家まで移動。年越しして年始からは大好きな日本酒を毎晩飲んだくれ、そりゃ疲労して当然といった生活でした。


帯状疱疹はどんどん悪化していって、単なる肌荒れか棘が刺さったか何かだろうと高を括っていた私は悪化する症状にびびって、急遽大阪に戻ってきました。
その頃には、帯状疱疹は頭皮にまで及んでいて、これまたきっちり右側の頭皮だけが痒いし痛いんです。しかも私の髪は一番長いところで腰まで届くロングでして、この重みで頭皮が引っ張られて痛い。髪の中なので軟膏を塗る術もなく、医者でもらった薬をのみ、顔にのみ軟膏を塗って、疲労回復すべく寝ることに専念しています。


こうして予想外の病気にかかることが多いのですが、体験してみなくては分からないことだらけだなと実感します。
最近の私は、色々と何年も考えてきた末に、何病だって良いじゃない、という観点に立っています。
生きていれば色んなことがあるし、色んなことの中には、とんでもなく痛いこと耐え難いこと、苦しいこと辛いこと、乗り越えられそうにないことが、幸運や楽しさと同じかそれ以上に無造作に転がっている。一々悲観していても仕方ないけれども、痛いときは痛いと言おう。やってらんねー時は、やってらんねーよと言おう。そうしてちゃんと実感して、自分を作っている「嬉しい」「楽しい」「苦しい」「痛い」を自分の経験としてしっかり取りこぼさずにいよう。
そんなふうに思っています。

そして、ユーモアは忘れずにいたいなと常に思います。
悲惨な体験ほど「おいしいな・・・」と感じる感受性が関西人、大阪人には特に強くて、ものは話しようで笑いになる。
私は、根拠のない地に足の着かない「前向きでいればきっと幸せになれる」とか「ポジティブシンキングでれば物事は良くなる」「辛いときほど笑顔でいれば幸せになれる」などの「物は考えよう」は、逃れられない苦痛を伴う人生を生きる人間にとっては最悪な毒だと思っています。人間が最も忌むべきは「思考停止」だと思っています。「どんな苦しいことがあっても?であれば、きっと?になる」の「?」に代入される言葉は、いつだって地に足がついていない、少なくとも私には役に立たないものでした。そして必ず後で、あれだけ前向きに頑張ったのに私がやることなすこと空回りだった、ということに気付き、自分に失望することしきりでした。
ポジティブ信仰への懐疑と問題提起については、別の機会でしっかり書きます。只今、資料を集めているところです。私は最近、「回復」とは何を指すのかという以前に、診断名に振り回されざるを得ない患者の現状について憂慮しています。精神科やカウンセリング療法のクオリティを判断する基準がないために、回復に直結しない遠回りをしている患者の現状もあります。また、いわゆる「心の病」に対してアドバイス的に氾濫する「ポジティブ信仰」や「ゆっくり休んでさえいれば治る信仰」(敢えて私は「信仰」と呼びます)が回復を妨げているとも感じています。


誰にとっても当てはまる話では勿論ないと思います。
けれど、苦痛の中から「きっと?になる」と不安な期待を持つよりも、痛いもんは痛いし、笑えないときは笑わない、だけど誰かと共有できるなら、その時はありのままの話をそのままネタにしてついでに笑いも取る気構えで生きてやる、それが私らしい生き方だという結論になりました。
いついかなる時もユーモアは大切だし、ユーモアは誰かと分かち合わなくては決して笑えません。この「誰か」の存在こそが大切であり、やはり人は人の中で傷つき、人の中でしか癒されないとの認識を強くするばかりです。


私の初笑いは、友達と話した私の宗教体験の話でした。
私にとっては痛々しい過去なのですが、振り返れば奇妙な教義や教団の閉塞的な空気はまるでコントのようで、事実をありのまま認識すればするほど笑えました。当時の私は、誰とも共有できない経験だったので笑えることはありませんでした。時間は効用を持っています。


これまで幾つかの理由で避けてきた私のとある巨大宗教団体での体験も、今後記事として書いていくことにしました。嘘偽りは一切書きませんし、憶測は書かず、私が内部で体験したことのみを書きます。しかし、内容が内容なだけに、閲覧制限を設けるべきではないかとの意見もありますので、現在公表形態を考えているところです。


あまり私自身に新年という感覚がないので、いつものようなブログになってしまいました。
むしろ、散漫でいつもの記事より劣るなと今ここまで書いてうっすら気付いてはいますが、敢えてこのままアップすることにします。
何しろ顔がえらいことになってまして、右半分だけが太った相撲取りか試合後のボクサーみたくなってるんですね。
そして頭皮が痒くて痛くて顔から膿が出ている。ついでに言うと、女の子だから言うのはどうかなぁと思ったんですけど、年明けからずっと腸から出血してまして、何かやばいんじゃないのかなこれ、とも思っています。
解離性障害のせいか、自分の身体に対する認識が薄いので医者に言うのを忘れていました。幸い、眠ることだけは特技なので、明日もたっぷり寝て回復して、イベント開催の準備に早く戻りたいと思います。

皆さんも、どうかご自愛ください。
今回初めて知りましたが、帯状疱疹は疲労などで免疫力が下がると誰にでも発症する可能性があるそうです。
年末年始の疲れがまだ癒えぬままお仕事されてらっしゃる方、神経症や人格障害と闘病中で何とか年を越したという方もたくさんいらっしゃると思います。
生きて今年を迎えることができてよかった。
私自身を含め、皆さんが温かく今年を過ごされることをお祈りします。


以下、今日コメント返信させて頂いた記事です。
記事新旧前後から挟む形で返信させて頂いています。
どちらの記事も私にとって今年の生き方を決める大切な記事となりました。
ご興味お持ちの方、是非コメント欄まで拝読賜りましたら幸いです。


◇09/11/01 端切れの童話
◇09/12/27 地続きの世界で


次回の記事からは、実家のインコいろはが受けた虐待と現在の状況を画像混じりにお届けしたいと思います。
真剣に写真を撮り始めたので、そちらの作品も是非見てください。

ランキングに参加しています。応援クリックよろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

日々日記 | comment(14) |


| TOP |

プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

月別アーカイブ

QRコード

QR

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

メールフォーム 

お気軽にメールください。返信までお時間頂く場合があります。

名前:
メール:
件名:
本文:


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。