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2009/11/20 (Fri) たまには意地で勝てる ? 外出恐怖 ?

躁状態から一転して、ベッドから出られない状態になった。
身体症状が先に出て、追いかけるように精神状態が鬱々としてきた。過去の思い出したくない光景がフラッシュバックしたり、その後延々と過去について考えては堂々巡りしたりし始めた。


躁状態から鬱に転じる時期は、前もって全く読めない。
このままずっと元気でひょっとしたら私は回復したのでは?とまで思うからこそ通常でない躁状態なのだ。フラットな精神状態ならば、そんな急速な回復などありえないことを冷静に判断できる。

そんなわけで、躁状態の時は、よもや明日鬱に転じるとは殆ど思えないので、いざ鬱状態に入ると、調子に乗って組んでいたスケジュールを一から変更せねばならなくなるので辛い。昨日までできていたことが今日できなくなる自分への失望が、フラットな時よりも落差となって際立つ。

あれもこれもやりたいとスケジュールを組み、運悪く人と約束などしていたら、全部キャンセルしたり延期してもらったりせねばならなくなる。こんなはずではなかったのに何故?と不安定な現実にぶち当たる。健康な人と約束していると、尚更キャンセルが苦しい。

避けるべく躁状態の時は、できるだけ変更可能な予定を組む。元気なときの予定A案を手帳に書き込み、頭の中で万が一のB案や、更に悪化したときのためのC案も用意する。

こんなふうに自分の体調が読めない、今日できたことが明日できなくなるかもしれない不安定さに対応する心構えを持てるようになったのは最近だ。そこそこに馴れては来た。


しかしながら、それでも動けなくなるのは悔しい。
どうにか折り合いをつけて、倒れない程度にぎりぎり頑張っていきたいというのが自らの希望だ。
24時間のうち20時間しか起きていられないとか、不可抗力でもあまりに続くと自分がつくづく嫌になる。

今日、まさにそんな自己嫌悪がピークに達した。
朝から晩まで寝てばかり。ポンポン記憶が跳んで、部屋は荒れ放題で、いつ何を食べて飲んだのかも分からない。動けないでも出来ることをと本を手に取ったら、次に気がつくと室内は真っ暗。嫌気が差す。


思い切ってジムへ行くことにした。
しんどかろうが、精神的に落ちていようが、何かしないと明日はもっと自分が嫌いになる。そんな気がした。
自転車に荷物を放り込んで出発し、ジムまでの道すがら外気が事の外気分が良くて、鼻歌なぞ歌って走行していたら、何もないところで突然眩暈に襲われて、一瞬真っ白になったと思ったら、ガッシャンと倒れていた。

凄いショックを受けた。
ジムに到着する前に、精神的に手痛いダメージだ。
みるみる勢いが削がれて、自分の体調に自信がなくなった。何もかも放り出して、安全な家に帰りたい。出てくるんじゃなかった。一体自分はどうしてしまったのか、外に出たらまずかったのか、何かが怖いのか、ただの貧血なのか、何なのか。もう大丈夫なのか。それとも、また後でやって来るのか。帰った方が良いのか。逆に動いた方が良いのか。


道程を振り返れば、自宅よりジムの方が近い。
不安を振り払い、自転車を起こして、意地でジムに向かった。

久しぶりだなぁとジムの記録を見てみたら、7月以来行っていなかった。
自信を喪失したばかりなので、恐る恐るマシンを使って気が済むまで動き、恐る恐る風呂に入り帰って来た。
意外にも、その後は疲労以外は不調を感じず、無事に帰って来れた。


帰って来たらクタクタだったが、夕飯を簡単に済ませて、メールを書いて、英会話レッスンを受けた。
何もやれない日でも、自宅で受講する英会話だけは休まず毎日続けている。
英語を学ぶ、英語を使う、英語でコミュニケーションを取る時間が、今の私の欠かせない楽しみになっている。


自分の内側を意識的に覗き込むことは避け、インプットしたものに照らし合わせて、新たに獲得した自分について考え、そこから遡って過去を考える方法を取っている。
意識的に触れるようにしているアートや、英語は、その方法の一つになってくれている。

けれど、これだけでは私は自分を明らかにすることは出来ず、あと少ししたら、自分の内側へ潜り、多少過去の惨劇に溺れてでも、自分についての核心を掴み戻って来なければならない。
機が熟すまで、たまには意地で自分を引っ張り上げ、たまには寝かしつけて宥めて、準備せねばならない。


※コメント返信を再開しました。長らくお待たせしてしまいました。過去記事分から返信させていただいています。コメントくださった方、読んでいただければ幸いです。

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日々日記 | comment(2) |


2009/11/17 (Tue) アクティブ発作

前回の記事から約10日が経過。
「寝たまま症候群」だったことに、◇寝たまま症候群を読み返してみて衝撃を受けた。

現在、私は「アクティブ発作」に見舞われている。
華麗なる活動的な日々。
寝たままの時期からは考えられない。別人だ。
多分、これはそう長くは続かない発作的なものだと思うので、謙虚に「アクティブ発作」と自分に言い聞かせている。

寝たまま動けなかった時の反動だろう。手帳の予定欄は、連日真っ黒だ。
アクティブ発作に見舞われた即日、近所の工事の音に「トンカンうるさいっちゅーねん」とツッコみを入れた。
音沙汰なかった時と打って変わって、あちこちに連絡。あらゆる友達と次から次に予定を入れて、ここぞとばかりに出かけている。
10日前に貰ったメールにようやく返信できたら、友達から「生きとったんかw」と返ってきた。それくらい私は寝たきりで「死?ん・・・」としていた。

今や、美術館、歯医者、精神科、整形外科、銀行、ひとカラ(ひとりカラオケ)、本屋、スーパー、バザー、舞台、ショッピング、飲み屋、喫茶店。あらゆる場所に出かける、出かける。
特にニューヨークから一時帰国している友達とは二度ランチに出かけ、また機会を狙っている。
明日もまた、アフリカンダンスで知り合った友達とギャラリーやランチに出かける。
昨日は、以前美術館前で偶然知り合った新しい友達Rさんと芝居を見に行って飲んで深夜に帰ってきた。
異常な程の過密スケジュール。
加えて、値の張る買物をした。今使っているノートパソコンが壊れかけているので、ネットブックを買った。ついでに来年の手帳も買った。そして、英会話レッスンを毎日受け始めた。

過活動で、値の張る買物をし、よく喋り、よく動き、次から次に新しい面白いアイディアが湧いてきて、新しいことを始める。こうして書くと、明らかに躁状態だ。

躁状態の後は、必ず深い鬱が来る。お決まりのパターン。
しかし、躁状態故か、危機感がもてない。

何となく、このまま治ってしまうことだってあっても良いんじゃないの?と虫の好い考えが頭を離れない。単なる躁状態なのか、回復途上なのか。今はまだ分からない。恐らく前者なのだろうが、何もできないより何かできた方が良い。


止まっていた時計が、突然動き始めたような感動だ。
実は私は壊れていなかった、こんなにやりたいことがあった、やれることがある、という感動。
いつまでもつか分からない。明日またあっけなく時計は止まってしまうのかもしれないが、少なくともこの10日あまりで経験したこと、出会った人々、見たもの聞いたものは糧になる。

今年もあと1ヶ月半を残すところとなった。ペースとしては、この後一度鬱が来て、また寝たまま症候群に襲われても、その間に考え整理してじっくり自分を建て直し、年末に一つでも実を結ぶことができればと、楽しみにしている。
あと1ヶ月半、倒れることなく自分を制御して、今年の目標を達成したい。


関連記事
◇寝たまま症候群

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※今度はアクティブ過ぎて、全く落ち着きがなくコメントに返信できない状態でおります。申し訳ありません。何とかフラットに戻して、必ず返信させて頂きますので、今しばらくお時間いただけますようお願い致します。不安定で、すみません。

日々日記 | comment(6) |


2009/11/07 (Sat) 寝たまま症候群

先日、健康な人から初対面で「普段何してるんですか?」と訊かれた。
何してるって以前ならまだ何かしていたので答えようがあったのだけど、最近は屍状態なので正直に「寝たきりです」と答えた。

するとお相手は少し考えてから、「お家から出られないってこと・・・?」と聞き返してきた。
多分、お相手が想像した生活とは著しくかけ離れているだろうと思った。
「いや、ほんまに寝てるだけです。寝るのもしんどい時はしんどいです。食事とかも無理です」と答えたが、答えた時の私は実に元気に見えたと思う。美術館に行って、芝居を見て、初対面の彼女と居酒屋で一杯やっているのだから、対人恐怖ですとか不健康ですと言っても全く説得力がなかったと思う。

その日の外出は、これじゃいかんと一念発起して、三日前から薬の量を増やし、睡眠をコントロールし、活動量を制限してエネルギーを溜めておいて、計画的にやっと果たした外出だった。1ヶ月ぶりのまともな外出だったのだが、健康な人に伝えようがない。
たかが美術館に来るのに何故1ヶ月もかかるのか。何がしんどいのか。普通に働いていた頃の自分から考えても、今の状態は健康な人へは伝達不可能だ。


美術館と芝居を見た後日、再び同じ美術館に出かけた。
じっくり見たいと思った作品があったので、時間に余裕がある日にあらためた。しかし、あらためるにもやはり計画的な体調管理が必要だった。

計画を実行するための計画を事前に立てて、計画的に体調管理する。

ややこしいし、面倒だ。
以後ずっと、ものぐさ、もしくは単なる怠け者になっている。
最早、寝たきりではなく、単なる「寝たまま」なのではないかと疑い始めた。

いやしかし、鬱病患者がよく「自分は病気じゃなくて単なる怠け者なんじゃないのか?」と自問せずにはいられないように、私も懐疑的になっているのではないのか。吟味せねばならない。

私は、怠け者なのか。
それとも、単なる体調不良なのか。
そんなことを寝たまま考えている。


小説を書くには書いている。
なかなか面白い。
しかし、紙に書いたり、パソコンに打ち込んだりは面倒なのでやらない。
寝たまま脳内で書いている。


最近、近隣の工事の音が煩い。
普段なら「いつまで家建ててんねん!」などとツッコむところだ。
しかし、もう一週間も経つのに一度もツッコんでいない。
寝たまま、頭から布団をかぶっている。


確かに体調は悪い。
精神状態は低空飛行を続けていて、さほど不安定でもないが、ただただ体調が悪化したまま全然治る気がしない。
動悸が酷いので起き上がるのが不安ではある。しかし、頑張れば家事ができる程度ではあると思う。

洗濯物が血まみれで、何だと思ったら指先から出血していた。
細々とした指先への自傷が重なりに重なってえらいことになっている。
寝たきり、もしくは寝たままだからフラストレーションが溜まっているのだ、きっと。


こんな怠け者モードの時は、自己評価基準を著しく下げなければならない。

ブログを書いただけ偉いじゃないか。
顔を洗っただけ、よくやった。
その上洗濯物を畳んだなんて、凄すぎるよ。


アホみたいなことで自分を褒めてやろう。
うっかり「こんなことも出来ないなんて駄目なやつだ・・・」などと考えだしたら厄介だ。自分がどう駄目なのか具体的に数え上げることも必要だが、今やるべきじゃない。
至極もっともな評価であっても、敢えて全力で回避しなければならない。
ただでさえ地を這っているやる気が、地底に突き抜けてしまう。やる気と自信がなくなったら、人間は生きている意味などを無意味に自問し始めるのでよろしくない。


そんなわけで、今日はブログが書けたので、よくがんばったと思う。


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日々日記 | comment(12) |


2009/11/01 (Sun) 端切れの童話

20091101.jpg

最近、「右脳が死んでいる」と感じる。
脳について詳しいわけでもないので表現は感覚的なのだが、感受性を司る部分が死に瀕している。
そうなってから、実は長い。このブログを再開した今年3月以後、夏頃から特に顕著になった。
真綿で首を絞められるように、最初は全く自覚がなく、薄っすらとした違和感しかなかった。言葉にならない違和感というものは、些細なようでいて実は重大な違和感であることが多い。意識の表層にあがって来なければ自覚できないし、自覚しなければ言葉にならないし、言葉にできないことは問題視することもできない。


秋になり、いよいよ息が出来ないレベルになってきた。
私は、あらゆる理由をこじつけて自分の脳の右側の沈黙を放置した。生きていくには、その方が都合が良い気がしていた。実際、感受性を封じれば封じるほどに周囲は歓迎しているように見えた。
同時に、私の中の何か大切なものが色褪せていくのを感じた。摘み取られた花が、少しずつ萎れ、枯れ、色彩を失っていくように、私の中の色彩も濃淡も曖昧模糊となり、生きているのがつまらなくなった。

大した絶望でもなく、重い苦しみでもなく、ただ喉元に何か詰められたような、それでいて生きるには何の問題もないような日々になった。様々な症状は相変わらず継続しているものの、この曖昧模糊な感じが回復してゆくということなのかななどと、ぼんやり考えていた。だとしたら、私は何かを引き換えに何かを得ようとしているのだ。悲劇的なことではない。


えらいことになっているぞと問題の核心をようやく自覚したのは、先月末のことだった。
一人になって考える時間を多く持ったこと、頭をガツンとやられるようなアドバイスをしてくれた友人、直感的に私のモノトーンに枯れ果てた内面を言い当てた友人、さまざまな助力を得ての突然の自覚だった。

昔、失語症になった時の精神世界と実によく似た状況に陥ってしまっていた。
あらゆる事物が立体感を失い、質感も失って平板になりかけていた。目に映るものは色彩のコントラストを弱め、感情も脆弱になり、私自身から剥がれ落ちようとしていた。


その時期、私はいわゆるゲシュタルト崩壊の最中にいた。両手の指を全て切断しなくてはおかしい、指がついているのはおかしい、と強烈な違和感が毎日毎日続く。何をしていても目に付く自分の指が異常に見えて仕方なかった。
身体感覚をはじめ、あらゆる感覚が以前と変わっていることに気付いた。
私は焦って、どうにかあるべき形、正しい形に持って行こうとした。死に物狂いになっても私の感覚は引き攣った足のようにどうにも戻らず、痛みと焦りと違和感に耐え難い時間を過ごした。

自分はこう感じるが、本当はあのように感じるべきである。自分はこう考えるが、本当はあのように考えるべきである。自分はこうしたくてたまらないが、あのルールからすればやってはいけないことである。考えてはいけないことである。考えれば考えるほど苦しくなるから駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。
自分を頭を抑え続けた。多分、それが良くなかった。とても良くないことをした。
その間の煩悶をブログに書くことがなかったのは、書いて良いのか悪いのかなど下らないことを考えていたからだ。



結果、私の右側、感受性は殆ど機能を止めてしまった。創作意欲や想像力が著しく減退した。写真を撮るのも面倒なだけで、さほど楽しくなくなった。何を表現しようかと、うろうろと思考は彷徨うが、そもそも以前ならばそんなこと考えもしなかった。ただ、作ったり書いたりすることが私にとって自然だったのに、今や意識しなければ欲求さえ失ったままの自分がいた。


医者に相談して、私はカウンセリングを休止することにした。直前には自傷欲求や希死念慮が酷く、死ぬしかないと思っていたので、とにかくカウンセリング治療も一度休むようにと言う医師のすすめに従った。いつまで休めばいいのか分からず、来週行くのか、それとも永久に行かないのかも分からなかった。

体調が悪く、起き上がれない日々が殆どで、10月は外出したのは片手の指で足りる。その間、私ができることといえば文章を書くことだった。
どうしても書きたいものは、ゲシュタルト崩壊の時の手指への違和感から、指なしでいたいという自分を物語に盛り込んだ童話だった。

しかし、物語が湧き出てきた頃、私は書いてはならないと自分を抑えた。書いたら、まるで自傷を推奨しているように思われるとか、読んだ人が気分を害するだろうとか、何より自分自身が指を切りたい自分は正しくないと思っているから、正しくない自分をたとえ物語の<指なし姫>に肩代わりさせたところで、やはり耐えがたいことだった。
悲劇に酔いたい私の自慰行為なのではないかとも考えて、いやになった。
いやしかし私が指を全て切り落とさねばならぬと思うのは、指がついていることがおかしいと思うのであって、全く自傷衝動とは違う欲求だ。しかし、同時期に私は左腕を手首から肘まで深々とナイフを刺して、手羽先をさばくように掻っ捌いてしまいたいという明らかな自傷欲求も抱えていたから、何が何だか分からなくなった。


湧き起こってくるあらゆる感情を抑えているうちに、心の中で童話は端切れを残して殆ど千切れ去った。当時は、それで仕方ないのだと思っていた。

けれど、今、私は自分で捨ててしまったその物語を惜しんでいる。
あれが私の静まり返った脳の右側だったような気がしてならないのだ。
いつか何かの本で、人が持つ唯一の翼は想像力であるという言葉を目にしたことがある。あの物語は、私の翼だったのではないのか。あの物語は、指があっては異常だと感じる私をありのままに肯定してくれたのだ。


頂いたコメントに返信を書くという形でブログを更新しようと考えたのは、今の自分で書ける文章が他に見当たらなかった苦肉の策だった。
私は自分ひとりで自分の内面に向き合う術を失ってしまい、途方に暮れていた。
頂いたコメントに返信しなくてはと読んでいるうちに、誰かと対話する言葉は湧いて来ることに気付いた。殆ど左側しか動いていない自分の脳を考えると、その中でも特に私が考えてきたこと、たとえば病気や対人関係についてなら書けそうだと分かった。
今だ思い出す度、涙が止まらなくなるほど、失語症の時代は恐怖だ。徐々に言葉を失って、また失語になるのではと考えると恐ろしかった。けれど、こうして言葉を取り戻せるのではないかと希望が見えた。続けて書いた五つの返信記事は、私がまた私に戻るための必要な手順だった。不思議にも、初めてコメントくださった方が多く、私が失敗から学んだことや試行錯誤している最中の事柄をお話くださる方が多かったから、私はその方々を通して自分を見ることもできた。
生きている人に触れると、生きている自分が応えることを再確認して、少しずつ以前のような自分らしい文章を書けるようになりたいと思い始めた。


今日も、私の脳には偏りがあって、片側は暗室のように光が足りない。
先月末から、光を当てる作業を始めた。数ヶ月ぶりに美術館に行ったのだ。一日で、想定以上の効果があがった。それでもまだ、ほの暗い。
私が、私自身のために作ってやらなくてはならないのだ。あの千切って捨てた童話を一片残らず拾い集め、繋ぎ合わせて自分の手に取ることができたら、私は大きく変われる気がする。
どれだけ時間がかかっても、取り組む価値があるだろう。



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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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