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2009/10/29 (Thu) 境界性人格障害者との接し方

記事更新のお知らせです。
今日、とあるブログ記事を読んでいて、「なに言ってんだコイツ・・・全然意味わかんねぇ」と思ったら、自分が書いた記事でした。びっくりしましたよ。

◇返信5 ? 境界性人格障害者と付き合う  ?


頂いたコメントの中で、境界性人格障害の方とお付き合いされてらっしゃる方がいらっしゃいました。お返事を書いていく中で、私がこれまで勉強してきたことと、境界性人格障害である自身の経験が重なり、少しなりとも参考にして頂けるのではないかと書いた記事です。
境界性人格障害の患者を身近に持ち、真剣に向き合ってらっしゃる方々をサポートできるよう成長したいとは、先々の私の目標の一つなのですが、そんな思いをあらたにこめまして、全文修正致しました。

前回の、意味不明でフワッとわけが分からなかった支離滅裂乱文を読んでくださった読者の方、相済みませんでした。
コメントくださった方に、深くお詫び申し上げます。

修正しました記事は、こちらです。
◇返信5 ? 境界性人格障害者と付き合う  ?

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境界性人格障害 | comment(2) |


2009/10/29 (Thu) 返信5 ? 境界性人格障害者と付き合う  ?

※10月29日 23時 全文修正

当方の事情で、勝手ながら「コメント返信を記事としてアップ」させて頂くのも、5回目のこれが最終となります。
今後は、お一人ずつにコメント欄でお返事を書く以前のスタイルに戻します。
◇お知らせ (10/08)に頂いたコメントは、少しずつコメント欄で返信させて頂きます。今回の◇返信1?5までに頂きましたコメントは、事前のお知らせ通り返信しない方針でおります。ご了承ください。

ここで少し、このブログのコメント欄について。
実はこれまで、私のブログにおいて、皆さんから頂くコメントや感想に対する返信が、実は大変重要なのでは、と考えていました。まず書いた私自身が更に考えを深められる点において、記事よりも返信で書いたコメントの方が余程的を射ているということが過去もよくありました。
返信文もやたらと長くなってしまうのが恒例です。今回、私のフィジカル、メンタル両面の調子が整わず、やむを得ずこのような「コメント返信を記事にする」という形態を取りました。しかし、今後何か病気への理解や、当事者からの率直なご意見を頂いた際は今回のような形態で記事にさせて頂こうかと考えています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

イチゴさんへ

イチゴさん、こんばんは。はじめまして。
コメントを頂いた時、リアルタイムで受信して拝見しました。とても根が深い問題だと感じ、Twitter(当ブログ右下に設置しているリアルタイム呟きです)で短く感想を述べさせていただいたのですが、携帯からでは御覧頂けなかったかもしれません。

イチゴさんが読んで「救われました」と書いてくださった記事は、ボーダー症状の真っ只中で何が一体回復なのか分からずにいた昔書いたものです。あの記事には、答えがありません。ボーダーという暗く出口のない陰鬱な通奏低音が鳴り響き、孤独を発しても弱弱しく、どこにも届かない海底の行灯のようです。

あの記事を書いたのは私ですが、今の私は違う地点に立っています。ボーダーから回復しようとしている。あの記事を書いた時も、回復したがっているように見えるかもしれませんが、何が回復なのか明確に分からない患者は、目指す方向もわからないので、苦しんでいる割に回復を目指しようがない、むしろボーダーでいた方が楽であるという面もあります。あの記事を読んで、「救われました」とコメントを頂いたこと、実は不思議に感じました。


以下は、真剣に悩んでらっしゃるイチゴさんに対し、かなり辛口の返信となりますこと、ご容赦下さい。
私個人の経験から、愛憎や、愛情の顔をした虚無のスパイラルが如何に不毛な苦痛の関係性を生むか知っています。イチゴさんから頂いたコメントに、同様のものを見出さずにはいられませんでした。
気付いたことはお伝えせねば嘘になると思い、数日考えた末に書いています。是非、最後まで読んでくだされば幸いです。


まず最初に私が強烈に感じましたのは、境界性人格障害である彼の問題とは全く別に、イチゴさん自身が何らかの人格障害である可能性が実に高いということです。
お会いしたこともなく、一度のコメントでここまで申し上げるのは一種の冒険です。

人格障害者の心性は、人格に障害を持たない人間にとっては、実にデタラメで一貫性がなく、付き合うには苦痛を感じるものです。しかし、同じ人格障害者にとっては、相手のデタラメさや一貫性のなさが、自身の言葉にならない感覚にフィットするあまり、魅力として映るようにできています。

境界性人格障害とは何か?
一言で言うと「言動の一貫性のなさ」に尽きるのではないかと思います。
白だといった瞬間に黒だと言ったり、愛していると言ったかと思えば、お前なんていらないと言う。ありがとうと泣いて感謝したかと思うと、お前に分かるわけがない!と相手を責める。
何故、境界性人格障害という病が生まれるのか、その点は今回は省略させて頂きますが、少なからず生まれて今まで、家族をはじめ人間関係のカオスの中で生き延びるために身に着けざるを得なかった背景があります。
イチゴさんが書いてくださった彼も、元々デタラメな家族環境にあったために、自分自身もカオスに染めることで生き抜いてこられたのかもしれません。


>知り合った頃の彼はボロボロに傷ついている感じで、アタシといると癒されると言うのでほっておけなくなり 人格障害であることも告白され、理解しようと色々サイトも見ました…

彼の場合、彼自身が自分の病気に対する理解にいまだ及んでいないように感じた一文でした。
昔は分かりませんが、今の私でしたら、大切に思う相手には、まず自分が人格障害であることは告げません。他の病気と違い、境界性人格障害は時として、相手に自分が不愉快な態度を取ってしまった時、それは自分の意志ではなく、病気がさせているものなのだと言い訳になってくれます。
そういった逃げ道を作るのは、他人を傷つけることなく生きて行こうとする覚悟が揺らぐので、私はある時から自分で塞ぐようになりました。自分を癒してくれる相手にも刃を向けてしまうのが、この病気の最悪に悲劇的な面なのです。


境界性人格障害者は、基本的に自分自身をゴミクズだと思っています。ですから、交際相手も理想から離れた人に魅力を感じて付き合いますし、二股をかけては誰かの心理を操作してみたり、自暴自棄な態度を取ってみたり、急に泣いて縋ってきたりします。

例えば人格障害である彼は、「可哀想」に見えるかもしれません。しかし、上記のような行動をする人を前に、イチゴさんがまずしなければならないことは、ご自身を相手の攻撃から守ることです。彼の言動には、彼自身が責任を取るように仕向ける意識が大切です。それは同時に、イチゴさん自身もご自身の言動に責任を取ることとイコールです。

この点は、境界性人格障害者と付き合うにあたって、厳しく取り組まねばならない点です。理性や頭で、境界性人格障害の問題行動の元凶や思考回路を理解することは重要ですが、感情や人情で共感することは慎重に避けねばなりません。人格障害に対しては、情だけで救えないのが現実です。


>ずっと彼のいいように、楽になれるようにと考えていたつもりだったのですが…最近新しく彼女が出来ました…もうアタシのことはいらなくなったのだろうと身を退くことにしたのですが、彼はそれを拒むんです。

ボーダーに対して最も不適切な対応は「彼のいいように、楽になれるように」と考えることです。
ボーダーは、いいようにしてもらっても、楽になれるように考えてもらっても、満足することはなく、楽にもなれません。境界性人格障害者に真に必要な他者は、自分が如何にブレても、絶対にブレない相手です。

赤ん坊に接するように接しては、ボーダーは悪化します。彼は、人格障害であるかもしれませんが、大人であることに変わりはありません。人格障害のままで生きて行く道もあるのかもしれませんが、もし彼がそのような考えであるならば、イチゴさんが悩まれても、どのように彼のためを思っても、徒労に終わる可能性が高いです。ボーダーを支えるということは、優しさや曖昧さを持っていては出来ません。本人は勿論のこと、ボーダーは周囲の人間の人間性も暴く鏡のような面も持ち合わせています。



彼のことを思われるのでしたら、まずイチゴさん自身が一貫性を強固に保たれることが最も重要です。
例えば、イチゴさんは家庭を別にお持ちです。私は別段かたい倫理観を持ち合わせているわけではありませんので、あくまでも物理的レベルでお話しますが、家庭を持っている人と付き合うのは多くの矛盾を抱えざるを得ません。
最も大きな矛盾は、「何でもしてあげたい」と仰るイチゴさんであっても、ご家庭をお持ちであれば、彼のボーダーの振り回しに全て付き合う時間はもてません。

先ほど申し上げたように、ボーダーにとって最も支えとなるのは、「行動パターンに矛盾を持たない、誰にも嘘をついていないと思える相手」です。逆に、行動パターンに矛盾が多く、どこかに秘密を持たなくてはならない関係や、ある種取引をせねばならない相手とは、症状が悪化する場合が多いです。恋愛関係であろうと何だろうと、事前に不倫だと申し合わせてスタートしようとも、どのような条件化であってもです。また、そのような相手を選ぶことで、境界性人格障害である自分を切り捨てずに生きて行ける状況を無意識に作り出して逃げ場にすることも多いのではないかと私は感じています。
理性的に自分を律して生きることは、誰にとっても苦痛で、思うさまに感情を吐き出し、ぶつけ、跳ね返ってきては泣き、怒る方が、まだましであるという場合も多いと思うのです。

もし、イチゴさんが彼に対して悩まれていて、具体的に行動を起こしたいとまで考えてらっしゃるのであれば、イチゴさんご自身の個人的な彼とは無関係な生き方の部分まで、矛盾はないか、自分に嘘をついてはいないか、を省みることが大切だと思います。


また、ボロボロに傷ついている人は、まず自分で立ち直らねばなりません。誰かと愛情関係を結んだりするのは、その後です。愛情によって救われたいと私も何度思ってきたか分かりませんが、愛憎のスパイラルを生み出すばかりで、不毛な苦痛を味わい、人生への絶望を重ねて来ました。
人格障害の回復は、ある日突然天からもたらされる神の慈愛や、恋人の愛情だけでは決して救われない類のもののようです。
また、厳しいようですが私は、誰かに献身的にボランティア精神で人生を支えるとか癒すなどということは不可能だと思っています。大業です。もし取り組もうとするならば、自分のすべて、家庭も何もかもかなぐり捨てる覚悟で向き合わねばなりません。自分自身の生き方を正すことに専念し、救いたい相手がどれだけ揺らいでもブレても、自身は揺らがないでい続ける覚悟が必要です。例えば、相手のボーダーの症状、不適切な言動には悉く人間らしく拒絶を示し続けなければなりません。


ここまでは、境界性人格障害者との向かい合い方について主に書きました。

以下は、冒頭の件に戻ります。
最初に私が、イチゴさんご自身が人格障害なのでは?と書いたのは、実は文面から、イチゴさんの主体性が全く見えないままに文が終始したからでした。
境界性人格障害者にとって、皮肉にも、振り回しや不安定な感情、価値観にうまくフィットして、共依存を築きやすい人格ではないのかと感じたのです。

イチゴさんご自身は、当事者の一人でありながらコメント文の中で、影を持たない、実に薄い薄い存在として立ち現れています。
私が最も違和感を感じ、注目した点でした。
自我が薄いか、もしくは境界性人格障害である彼の感覚との境界線が曖昧になっているのではないかと考えました。

以下、イチゴさんの自我について考えてみました。
内容ではなく、表現に注目してみてください。

>今日も彼女と会っているようなので、ホントはアタシが邪魔なのでは?と言うと、めんどくさいから好きにしろ!と…

あくまでも「彼にとって邪魔なのではないか?」であって、自分が主体ではありません。言外に、「彼が邪魔だというなら去る」と含んでいます。
彼の気持ちを知りたいという気持ちがあるから質問するという行為が発するわけですが、訊く言葉の中に、イチゴさんご自身は彼と一緒にいたいのかいたくないのかという主体性が欠けています。主体性は、大切なことを話し合う場面であればあるほど、明確にすべきです。相手の立場に立って一人考えることは大切ですが、相手と向き合ったときには、あくまでも自分の立場から言葉を発さなければ、コミュニケーションは複雑に絡まってしまい、本質が見えなくなります。お互いに言葉を投げ合っても、全くすれ違ってしまい実りを得られないのは、こういった言葉の構造があるからだと私は考えます。
彼の人格障害が問題ではなく、この場面はイチゴさんの自我のありように問題があるように感じました。
また、出方をうかがってくるようなセリフ、本心を探られるようなセリフは、疑心暗鬼なボーダーにとっては「相手が何を考えているのか分からない」という恐怖にかられるやりとりです。恐怖にかられるとボーダーは投げやりになってしまいますので、本心を知りたいというイチゴさんの意図は遂げられないことになってしまいます。


>新しい彼女は独身ですし、彼のことを好きなよう(アタシに嫉妬するので)だから世間体を気にすることもナイし…

イチゴさんの主体性が、また見えません。むしろ、最も妙な立ち位置だと感じました。
彼がどんな条件の女性を選ぶのかは、彼の問題です。条件がどうであれです。世間体を気にしないで済むことがいかに重要か不倫経験者の私は重々身にしみていますが、それでもやはり、人間はいつも独身だから選ぶとか、世間体を気にしないで良いなどという理由だけで相手を選べるほど器用でもありません。

もし、ここに書かれた一文を彼に言ったのだとしら、彼は激怒するのではないかと思いました。私は少なくとも、有難い言葉ではありません。イチゴさんは、他者との精神的境界線が非常に曖昧で、無意識に相手の領域に踏み込んでしまう傾向にあるように感じます。
相手の彼女の嫉妬心にまで考えを及ばせるのは、彼女の立場からしても失礼に当たることではないでしょうか。個人的には、そう思います。彼女の苦しみを想像でき、こうして想像されている時点で、イチゴさんがご自身の感覚に従うならば、すぐに身を引くべきです。
イチゴさんが優先されるのは、どなたでしょうか。イチゴさんでしょうか。彼でしょうか。彼女でしょうか。
自我が曖昧ということは、対人関係においてのプライオリティも自然曖昧になります。彼の人格障害とは全く別に、イチゴさんご自身が、対人関係において煩悶するシーンは多くないでしょうか。

彼が聞きたいのは、イチゴさんご自身が、どうしたいのかだけが聞きたいのではないでしょうか。彼の人格障害は最早この時点で、無関係です。
イチゴさん自身の問題も少なからず大きく影響しています。


他人のことを思い行動するのは、得てして心地が良いことです。
私は、随分と自分の問題から目を背けるために、ボロボロな人や、どうしても自分を必要とする人のために尽くしました。それもまたズタボロになりましたが、自分の人生に対する決定をするよりも100倍楽でした。
しかし、自分の現実を考え、決定し、意思表示し、関わった人間それぞれの意志がかたまるまで辛抱強く待ち、他者の決定を尊重し、受け入れる覚悟は、総じて大変苦痛です。



>彼の望みはアタシと彼女と2人の彼女と付き合っていきたいようです…
彼のしたいようにさせてあげたいと思うのですが、彼女のほうが気の毒で
言っても聞いてもらえなくて…オマエの言ってることがわからん!と…

イチゴさんの主体性の希薄さが、ここでも顕著です。
彼の望みは彼の望みで、どう決定するかは彼次第です。彼が決定しなくとも、イチゴさんが決定することもいつでも可能です。
この点が、とても重要だと思います。彼が決めようが、彼の彼女が気の毒だろうが、イチゴさんはイチゴさんのことしか決められません。考えること、話し合うことは大切ですが、決めるのは自分だけです。誰かに決めてもらおうと期待するのは、別に彼が人格障害でなくとも、他者の領域を侵し、彼を尊重しない行為と同等になってしまいます。

イチゴさんご自身は、二股である状況にどう感じてらっしゃるのでしょうか。自分が納得いかないから別れたい、もしくは彼女と別れて欲しい、もしくは二股でも良い、と彼に話すのは私はとても自然だと思います。しかし、彼女のほうが気の毒かどうかは、イチゴさんが口にすべきことではないと思うのです。それは、今度はその彼女の領域、彼女の決定、彼女の煩悶や嫉妬をある意味、イチゴさんの支配下に置く行為となります。先ほども申し上げましたように、独身の彼女の権利を侵犯していることになります。

イチゴさんが悪意を持ってらっしゃらないことは感じます。
悪意をお持ちだなと感じたら、時間や言葉を割いて返信は書かないのが私のルールですので、全て私が考えたことを率直に書かせて頂いております。

>ここにきて、彼の気持ちが少しわかったような気がします

実はイチゴさんは、もう十分お分かりではないかと私は思います。
分かる分からないの次元ではなく、単に見えないのではないでしょうか。行動が支離滅裂な人の気持ちは、どれだけ目を凝らしても見えないのが普通です。
ボーダー患者によっても個人差はありますが、イチゴさんが語られる彼については、自覚のない支離滅裂さや、回復を目指すのではなくボーダーの衝動に任せて生きている傾向が強いように感じます。ボーダーの心は、誰かが救えるものではなく、慰めも慰めとならない病気です。しかし、本人の覚悟があれば治る病気です。私は、確信しています。

ボーダーと接するには、共感や優しさも勿論必要ですが、相手の障害に振り回されない強い人生観と一貫した言動、相手の非は非として指摘し、クッションとなってやったり逸らしてやったりせず、相手の言動はきっちり反射して返す。その厳しさが不可欠です。

答えは、イチゴさんご自身の中にあるはずです。
イチゴさんが理解すべきは、彼の心情ではありません。イチゴさんご自身のお気持ち、人生観、価値観です。イチゴさんの自我の確立が大きな課題ではないのか。そのように考えました。


境界性人格障害者の周囲の方々は、へとへとに疲弊している方が多いです。境界性人格障害者の問題行動が疎まれる理由もよく理解できるのですが、その障害者と付き合わざるを得ない方達にヒントとなる核心的教科書はまだまだ少ないです。少しでも参考にして頂ければと、長文で失礼致しました。

悩まれて調べられたとのことですが、もし未読でなければ以下の本をおすすめします。
ボーダー治療の先駆者でいらっしゃって、境界性人格障害者の周囲の人たちのために書かれた、具体的な対処法のワークブックのようなものです。

境界性人格障害=BPD 実践ワークブック―はれものにさわるような毎日をすごしている方々のための具体的対処法境界性人格障害=BPD 実践ワークブック―はれものにさわるような毎日をすごしている方々のための具体的対処法
(2006/02)
ランディ クリーガージェイムズ・ポール シャーリー

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頂いたコメントから、今回は周囲の方の対処法にのみ言及しました。境界性人格障害という病気の厄介さ、闇の深さ、回復と非回復傾向にある患者については主旨からずれるため、敢えて言及しませんでした。
有意義なコメントを頂きまして、本当にありがとうございました。


◇2008/04/06 (Sun) 水底に至る - 境界性人格障害 -

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はりモグ さんへ

はりモグさん、こんばんは。はじめまして。お返事が大変遅くなりまして、申し訳ありませんmm
いつも読んで下さっているとのこと、本当にありがとうございます。最近特に、書くことがままならなくなり、只今色々と鋭意努力中でして、そんな最中に大きな励みの言葉を頂きました。

不慣れな中、コメントくださって、ありがとうございます。
私も今だ、他のブロガーさんのところへコメントを書くのは緊張します。最後の送信ボタンを押すと、別に変なことを書いていなくても「やってしまったのでは・・・!?←なにを?」という気になります(笑)ご迷惑かなどお考えなく、今後もどうぞお気軽にコメント下さい。コメントでの交流が、私はとても楽しみです。

>― ボーダーにとって、「もう行かないと言ったけれど、待っていてくれるかもしれない。待っているのだろうか」と期待や不安で揺れ動く状況は、できるだけ避けた方が良いと私は思っています。 ―― 本当に…本当にそうですね。『言外のコミュニケーション』が素晴らしいものになるときもあるのかもしれませんが、時にはそれが激しい毒になるときもあると感じています。

「コミュニケーションの毒」と銘打たれてらっしゃいましたが、この日本人にありがちな曖昧さというのは、ボーダーや人間不信の治療現場では、まさに毒であると思います。
私個人が、あまりこういった言動を好まないというのも理由かもしれません。出て行けと言ったら出て行ったのに、「何で出て行ったんだよ」とか揉めるときがあるじゃないですか。ああいうやりとりは、言外に察しろよ、ものの弾みで言ったんであって本心じゃないんだからと言いたい場合が多いと思うんですが、私は大阪人なせいか、「どないして欲しいねん!」とツッコんでしまうんですね。

きっと、ストレートにストレートに表現しようとしても、人間の味わいとでも言うのか、行間ににじみ出る何とも言えない言外のコミュニケーションとは生まれるものだと思っています。そうしてにじみ出てくる人間味が私は大好きです。

>こういったことについてもやもやとしていた心を明晰に表現していただいたように思えました。ありがとうございます。
直接のご返信は下さらなくても、一つ一つの記事・つぶやきに美鳥さんのメッセージと意思をはっきり感じられます。
どうぞご自愛ください。

こちらこそ、ありがとうございます。
コメント返信という、読者の方から頂いた言葉に触れなければ自分の位置が分からなくなっているここ1ヶ月です。
私自身が自分にもやもやしながら、苦肉の策ではじめた返信記事。心を明晰にしてくださったのは、はりモグさんはじめ、コメントくださった方々のお陰です。
コメント、ありがとうございました。
また是非、お気軽にコメントいただけましたら嬉しいです。楽しみにお待ちしています。



◇返信 1 ? 神経症・AC・人格障害からの回復 ? (10/18)
◇返信 2 ?Coccoの真相・境界性人格障害からの回復 ? (10/19)
◇返信3 ? 精神科と投薬治療 ? (10/21)
◇返信4 ? 解離性同一性障害の治療・良い病院悪い病院 ? (10/24)
◇2009/10/08 (Thu) お知らせ


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境界性人格障害 | comment(3) |


2009/10/24 (Sat) 返信4 ? 解離性同一性障害の治療・良い病院悪い病院 ?

依然、返信記事にはお返事できませんが、ご了承頂ける方からのみコメント受け付けております。不適切なコメントは予告なく削除させていただく場合があります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

瑠衣さんへ

瑠衣さん、こんにちは。はじめまして。
以前からブログを時々拝見させて頂いてました。御挨拶遅れました。コメントありがとうございます。
病気への理解、なかなか難しいですね。
瑠衣さんのリサさんへの思い、切ない気持ちで拝見しています。

最近は、「特定不能の解離性同一性障害」とか、「特定不能の広汎性発達障害」というように、「特定できない」を冠詞に持つ診断名が増えてきました。人間の心の傾向を一つの枠にはめられない患者たちの現実が、医療現場にも少しずつ反映されてきたのかなと感じる最近です。
差別や偏見を受けながら、それでも回復を諦めず、ご自身のことを治療者に語り続けてきた先輩方のお陰のように感じます。
誰の心に起こるどんなことも、回復へのきっかけとなりますように。互いの存在が、励みとなりますように。いつも願っています。
また是非遊びにいらして下さい。お待ちしています。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

冬日向さんへ

ご無沙汰しています。お元気ですか?
Twitterで呟かれないので、お元気だろうかと心配しております。
私の方は、ご不安おかけしましたが、今は体調が上向いてきました。ありがとうございます。

良い精神科医は、必要最低限の薬しか出さない。

これは、長年通院してきて確信しています。
「強制的、公のOD」と冬日向さんが書かれてらっしゃる通り、薬でおなかいっぱいになるほど朝昼晩飲んでいる患者さんは多いですね。薬効が実感できない薬があると言うと、それをやめずに更に同じ作用の別の薬を追加される。そんなパターンが続いて、あらゆる種類の薬をラムネ菓子のように飲み、それでも症状が出ていると「心の病気は難しい」などと患者のせいにされる。患者は、よく分からないので反論も思いつかず、希死念慮や自傷や鬱と相変わらず戦っている様をよく見聞きします。とても哀しく、悔しい現実です。

精神科の「薬を出さなければ儲からない」システムをどう改善すれば良いのか、私は詳しくないので分からないのですが、根本的に儲け主義の人間に医療に携わってほしくないなと思います。
また、精神科医だからといって、鬱などを経験したことがない人に、果たして精神に携わる仕事がどこまで出来るのかも、実は疑問です。特に解離性障害などは、相当に勉強や訓練を積んだ専門家しか患者の世界は理解できないでしょうし、理解できないことには治療者として対応できません。

娘さんは、その後いかがお過ごしでしょうか。いつも気懸かりでおります。
最近、同じく解離性障害の友達にすすめられて読み始めた 柴山雅俊著「解離性障害」という本が、実に秀逸です。もし未読でご興味お持ちでしたら、是非どうぞ。
人格交代などのドラマやフィクションで面白おかしく取り上げられる症状ではなく、解離性障害者の感覚、世界観、感性を、実際の症例を元に見事に書いてらっしゃいます。この本を読み始めてから、言葉にならなかった「私」について隅々まで代弁してくれているような気すらしました。

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(2007/09)
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>親も医師もカウンセラーもひたすら彼女のつらさに寄り添うしかないのだと、最近思い始めていますが、なかなか、そのつらさに寄り添うということの難しさを日々感じています。

確かに「寄り添う」ということは、かなりの困難を極めるのではと思います。私自身を振り返ってみると、私ですら自分に寄り添うことが難しい場面が頻繁にあります。

もう一つ、「寄り添う」重要性についても、最近よく考えます。
人格障害は、周囲を巻き込んでしまう面が強い障害です。周囲のあるべき姿として、患者にはある程度距離を置き、苦しみに共感するよりも、立場を異にしてサポートに徹する姿勢を意識していた方が、回復には役立つのではないか。そんなふうに最近感じ始めました。


>その時に娘の怖さは「私じゃない人に殺されそうな気がするのが一番怖くて仕方がない。」と話していました。
解離しての自傷行為がありますので、理解はできるのですが、その恐怖、自殺ではなくて、殺されそうな恐怖というものが私にはやはり理解ができなくて。ただただ、その娘の言葉がリフレインしております。

私の場合も、解離が強いと自殺したいという考えが浮かんでも、あまり切羽詰った感覚になりません。皮肉なことに、モルヒネでぼんやりしている状態に似ていて「死ぬしかない」「死んだら楽だろうな」と思うものの、実際に死ぬ行動までは遠すぎて行き着けないことが多々ありました。

娘さんの言葉と、それを受けて冬日向さんが「自殺ではなくて、殺されそうな恐怖というものが理解できない」というお気持ち、両方分かります。
恐らく、<人格>に対する感じ方、考え方がまるで違うせいではないでしょうか。
専門家の中には、人格は全て元々は一つであると考えている人が多いようです。健常者は、勿論自分の中に他人がいるとは感じません。
が、当事者にとっては、人格は確かに存在していて、見ること話すことができ、自分と思考も性格も異なり、それぞれ人格同士の心理的、物理的距離まで異なります。存在する人格を把握しない限りは、知人よりももっと遠い知らない他人ですから、恐怖は尚のこと強いとお察しします。


感覚が違うと同じ世界でも全く見え方が違うようです。
最近、私は治療が進んだ解離性障害の友達と話すことが多いのですが、当事者同士では不思議と感覚の共通点が多く驚きます。

私も回復を目指す途上の一人です。
当事者同士の情報交換や、適度な距離での支え合い、ご家族や支援者の方へ病気について理解を深めていただくこと、そんな場を広げて行きたいと、日々思いが募っております。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ひさんへ

ひさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
二度頂きましたが、二度目がコピペでしたので、悪戯なのか判別がつきかねております。その上での返信となりますこと、ご承知おきください。

別居状態は、きっかけだったのでしょうか。いずれにしても、対人関係でのトラブルは、非常に視野が狭窄するものです。心理の専門家などから、第三者の意見や解釈を取り入れるのが重要かと思います。自分では徹底的に考え尽くしたようでいて、全く思いもよらなかった着眼点というものは存在します。死にたい者にとって、それこそが希望と呼べるのではないかと私は思います。

良い病院を紹介していただければ、とのことでしたが、申し訳ありません。ネット上で、私の生活圏が特定される類の情報は一切提示できません。

以下、私見ですが治療について参考にして頂ければ幸いです。

良い病院とは、患者の話をよく聞き、治療方針や治療法を患者と話し合って決定し、薬は必要最低限のみ、薬の効用と副作用と薬同士の関連をきっちり説明できる病院です。


また、私の経験から、治療は一つに限定しないことをおすすめします。
できるだけ回復に近道でいるため、私は以下の三つをセーフティネットとして確保しています。

1つ目は、病院です。
病院では、診察時間が短く限られていますので、私は健康管理と投薬治療、睡眠障害の相談にのみ絞って通っています。その他、生活で起こった重要な変化は報告しておきますが、ごくごく簡単な説明のみです。病院の使い方として、これが今の私にとってベストです。

2つ目は、カウンセリングです。
纏まった時間、カウンセラーとの会話のみですので、自分の身にこれまで起こったこと、特に家族の中で受けた傷について話します。話すことで向き合い、自分をあらためて分析し解釈し直します。自分について、専門家の下でじっくり考えること、これは最も重要だと思います。

3つ目は、患者同士の繋がりです。
それぞれに病気を抱えているので難しい面もあるのですが、自分が身体的、精神的にしんどい時に、ありのまましんどいと言える友人を複数持っています。健常者に対しては遠慮してしまうのですが、同病者だと少なからず理解してもらえるので、そういった友人が一人でもいると、気持ちが随分と違います。自助グループの継続に今あらためて取り組んでいるところなのですが、それも同じ理由です。

私が、頂いたひさんのコメントの中で一番気になったのは、

>仕事はしていますが、誰にも悟られないようにしていますので、辛い日々を過ごしています。わかってもらえる方、理解してもらえる人が周りにいないのも辛いです。

という部分です。
私は、自分の苦しみや怒りや悲しみを覆い隠す解離性障害を持っていますので、苦しみを誰にも悟られないようにして、まんまと成功してしまう苦しみがいかほどか、少しは理解できるつもりでいます。
せめて一つでよいから、自分が苦しいときにはありのまま苦しめる場を作られることをおすすめします。
こういった匿名のブログの世界でも、ありのままに自分を表現することはできます。
ときに、自分を曝け出すことは死ぬよりも恐ろしいことですが、覚悟をもってご自分をありのまま認めようとすることが回復への第一歩となるのではないかと思います。

ひさんの前途をお祈りしております。



関連記事
◇返信 1 ? 神経症・AC・人格障害からの回復 ? (10/18)
◇返信 2 ?Coccoの真相・境界性人格障害からの回復 ? (10/19)
◇返信3 ? 精神科と投薬治療 ? (10/21)

◇2009/09/17 (Thu) 勲章0.5  ? 投薬治療・人格障害・自律神経失調症 ?


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治療日記 | comment(2) |


2009/10/21 (Wed) 返信3 ? 精神科と投薬治療 ?

ふざけたい、という大阪人気質が湧いてきたものの、堪えて真面目に返信記事を続けます。
精神科通院されてらっしゃる方々へ、参考と私なりのエールになりますように。
今回は、以下の記事に頂いたコメントです。
◇2009/09/17 (Thu) 勲章0.5  ? 投薬治療・人格障害・自律神経失調症 ?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
氷迫律さんへ

律さん、はじめまして。こんばんは。
ブログ、ちょくちょくこっそりお邪魔しています。ネイル大好きなので、あれにはやられました。可愛い。バッグも可愛すぎる。
以前から読んでくださっていたのでしょうか。書くのに精一杯だと、どなたが読んでくださっているのか分からず、お声をかけて頂くと励みになります。ありがとうございます。

>このブログを読むと、生きている実感が薄い私は「生きるってこういうことだ」と思います。

とてもとても有難いご感想です。
私自身、生きている実感が希薄です。随分とリアルに感じられるようになってきたものの、何かあると現実から浮遊してしまう意識に四苦八苦しています。
地に足をつけて生きていきたいというのが私の基本的な目標です。うまくやれていなくても、目指す過程をありのままに書くことで、読んでくださる方が何か感じて下さるなら、これ以上の幸せはありません。

>私は通院当初薬大好き人間で今でも好きなのですけど、でも、減薬して粉薬みたいなパッケージに入った薬を貰ったとき、そしてそれでも大丈夫だったとき、涙が出ました。

薬大好き人間なんですね(笑) 精神薬は、ホルモンに影響を与えるものが多く、効果は良いけど副作用が納得いかないものとか、色々あります。今一番私に効いているなぁと感じている薬は、飲み始めるなり太ったので複雑な気分です。
そんな紆余曲折の後、減薬するとやっぱり嬉しいですね。涙が出たと仰る律さんのお気持ちお察しします。減薬してすぐは、物凄く不安ですよね。調子が落ちるんじゃないかとか恐る恐る毎日自分を確かめる日々を私も過ごしました。

>今は少し悪化して増薬になりましたが、不思議と「自然に減薬したいって思えるだろう」という確信があります。

そうなんですね。症状の変化によって、臨機応変に薬を補助的に使うのは良いことだと思います。自然に減薬したいと思えるときって、必ず来ますね。ある程度自分に自信がついてきたら、自然と薬のサポートが要らなくなるんだろうなと思います。

ネット上とはいえ、数々の真剣に生き、闘病してらっしゃる方々の発信される言葉、存在に私自身励まされています。こちらこそ、ありがとうございます。
また是非、遊びにいらしてください。お待ちしています。
あとTwitterでフォロって下さってたのでしょうか。先日気がついて、勝手にフォロ返し始めました。そちらでもどうぞよろしくお願いします。


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ひとみさんへ

ひとみさん、こんばんは。はじめまして。
こちらこそ、一貫性があるようでいてないブログでして、遊びに来ていただいて光栄です。
ひとみさんの日常の何気ない面白さを拾って来られる目線が好きです。ついでに、あの右から左に流れていく気球もどことなくシュールで好きですw

「人間不信で人間好き」とは、我ながらズバリ自分を言い表しているなぁと密かに感心(←自画自賛 していたものですから、そこに反応してくださって、嬉しいです。
一見人間不信どころかオープンで底抜けに明るいと思われるのですが、蓋を開けてみたりすると中は黒いという・・・・でも、人間が好きなので、人間臭い町大阪を拠点に生きております。
メンタルヘルスとは無関係のカテゴリーもありますので、よろしければどうぞ。

根が不真面目なのに、クソマジメに割合ブログを書いているのでアレなのですが、仲良くして頂ければ幸いです。またのご訪問、お待ちしています。
コメント、ありがとうございました。


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エコペンさんへ

エコペンさん、こんばんは。毎度、ツイッターで主に不安定さを露呈していまして、ご心配おかけしていますmm 上がり下がりが激しく、ジェットコースターな日々ですが、今は上昇気流に乗って、あれこれと年内の活動に動き出そうとしているところです。今日に至るまで、また若干死にかけましたが、有難い友達に支えられています。

娘さんの精神科通院、その後いかがでしょうか。
例えば抗鬱薬などでも種類は様々で、組み合わせも多様です。私の場合、転院する度に処方は大きくかわり、身をもって学ぶというか、自身の薬についてきちんと医者に感想や意見が言えるようになったのは、つい最近です。合う薬、合わない薬が漢方も含めて人それぞれあるようで、苦しい症状があるならば、補助的に使える薬を確保して置くのも1つの手として有効かと思われます。

薬の効果があるのかないのかは、私の場合今の抗鬱薬で実感するまで大体半年近くかかりました。妙な効き方をする薬は即刻やめてもらい、代替薬の提案など要求してきました。薬選びは、割合手間と時間がかかって面倒です。

効かない薬を飲み続けるのは、百害あって一利なしと思います。医師と相談して変更してもらってはいかがでしょうか。

精神科で血液検査をしてくれるところは、ちゃんとしていますよ。大丈夫です。
精神薬は、非常にホルモンバランスに影響を与えるので、女性なら尚のこと服薬中は定期的な血液検査が欠かせません。私は、最近自律神経失調症になって、ホルモンバランスや副作用のせいではないかという可能性もあるため、やはり血液検査を受けました。結果、栄養バランスも取れているし、肝機能、腎機能共に問題なく、コレステロールも問題ない、ホルモンも問題ないと出ました。要するに、私の体調不良はすべて精神的なものからきているのだと血液検査から判明したわけです。
データ化されると私も納得できて、その後の対処法を聞く心構えも違いました。

心の問題ばかりは、薬だけではどうにもならない面が大きいので、精神科での症状の改善は私はあまり過剰に期待していないのが本音です。あくまでも補助的に使って、後はカウンセリングや、それ以上に患者本人の内省や勉強が回復に最も有効だと思います。
精神科の医療費は私は詳しくないので何とも言えませんが、自分で納得いく治療法を見つけるのは、あらゆる経験が必要かなと思います。

1つ確かにいえるのは、「精神科のこの先生に治してもらう」「カウンセリングだけで治す」などというような、一つに頼む治療は避けるべきだということです。精神科にしかできない治療、カウンセリングにしかできない治療、当事者同士でしかできない治療、使える場所はすべて複合的に使うことが、回復への近道ではないかなと私見ながら感じています。
コメント、いつもありがとうございます。


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次あたり、ふざけたい気持ちいっぱいですが、つづきます。
突然だけど、わたなべさんちのガレージを確認に行ってないことに気付いた。


関連記事
◇返信 1 ? 神経症・AC・人格障害からの回復 ? (10/18)
◇返信 2 ?Coccoの真相・境界性人格障害からの回復 ? (10/19) ◇2009/09/17 (Thu) 勲章0.5  ? 投薬治療・人格障害・自律神経失調症 ?


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治療日記 | comment(2) |


2009/10/19 (Mon) 返信 2 ?Coccoの真相・境界性人格障害からの回復 ?

昨夜は、体調が最悪だった。何故だか吐き気が止まらず、しかし食欲はあって、精神状態は安定しているのだが体中が痛くて、痛み止めと眠剤をあわせて飲んだ。調子が悪い時は、眠ることも難しい。起きていても寝ていても苦しいのだ。
しかし、睡眠に勝る休養はない。とにかく思いつく限りの安眠の下準備をして、熟睡を目指した。

甲斐あってか、熟睡でき、今日はすこぶる調子が良かった。
相変わらず体中が痛く、顎もやはり痛く、呼吸不全気味で、吐き気もおさまってはいないのだが、眠れたという成果がやる気を起こさせた。

昨夜のうちから、今日やるべきことはメモしておいた。

・役所に行く
・スーパーに買出しに行く
・銀行に行く
・歯医者に行く
・精神科に行く
・整形外科に行く

体調が悪く、自宅で屍状態になっている間に、用事がたまりにたまってしまった。
この半分もこなせたら上出来だな、と朝に考えたのだが、今日は一気に全部こなせてしまった。更には、古本屋に行ってマンガを買ったりまでできた。毎日がこうだと良いのに。

歯医者では、ついにマウスピースなるものが出来上がり、カッパリとはめられてしまった。想像していたのはボクダーのあれだが、全然違って、透明で薄くて柔らかくて助かった。

今日一日動けたのは、合間の昼に1時間の睡眠を取れたからだと思う。昨日までは、体がしんどいのにしんど過ぎて眠ることもできなかったからエネルギー補給ポイントがなくて、余計に動けなかったようだ。

精神科では、先生から冷静なアドバイスを頂いた。カウンセリング治療が現在行き詰っている。病院とは何の繋がりもないカウンセリングルームなのだが、いつでも連携を考えてくださる医者で、私に新鮮な提案を与えてくださった。自分では考えもしなかった観点なので、しばらく一人で考えることになりそうだ。

そのほか、解離性障害の友人に色々と相談していく中で、自分の内側のマッピングに本気で取り掛かることにした。解離性障害、解離性同一性障害者の心性についても、ひたすらに考え続けている。


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今日も、コメント返信として病気について所見を書いてみたいと思う。いまだ体調は完全ではなく、朝に調子が良くても数時間後の体調が自分で予測できない。
返信はできませんと書いたにも関わらず、コメントやメールくださった方々に深く感謝。、ややもすれば、また失語気味になりそうな私にとって、良い刺激と励みになっている。


以下、過去記事に頂いたコメントの中から抜粋して返信させて頂いています。文末のリンクは、頂いたコメントの記事へとびます。

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えなさんへ

はじめまして。コメントありがとうございます。
「病気とたたかう勇気」と書いてらっしゃるのを拝見して、えなさんも闘病されている方なのだ、と勇気付けられる思いがしました。
4年前というと、かなりの年数が経っているように感じられ、拙ブログが思い出すきっかけとなったことを光栄に感じます。どうしても私は自分の経験をありのままに書くこと以上に、人に届くものはない気がします。ただひたすらに、回復を目指してらっしゃる方、真剣に生きようと悪戦苦闘されてらっしゃる方に、何かの参考にして頂ければという思いで書いています。ですから、えなさんからコメント頂いて、こちらこそありがとうございますとお伝えしたくなりました。

>その時は私は正しい事を言っていると、
よく人間がとる行動を言っただけだと
思っていました。

私もよくあることなのですが、いつもトラウマを押し付けているわけでもないのが判断の難しいところです。人格障害にはよくあることですが、最初から相手を間違えている、という場合も往々にしてあります。私の場合、簡単に言うと「人を見る目がない」という表現がぴったりでした。どうしようもない相手に対して、しても仕方のない努力をしていることはよくありました。当時の私は謝りっぱなしだったけれど、逆に怒っていて正解だったと思うこともあります。
最終的には相手が自分にとってどういう存在であるかが、内省や関係修復に向かうか、断絶に向かうかの分かれ目になるのかもしれません。

4年前のご事情が詳しく分からないので何とも申し上げられませんが、4年間の時間はえなさんにとって必要な時間だったのかもしれないと思いました。共依存の友達と縁を切るのに私は10年近くかかりました。相当に消耗し、迷い続け、悩み続けましたが、大きく関係を動かす気持ちになったのは、逡巡や自身の成長を待たずしては成らないものでした。

>でも当時の私の理不尽は本当に酷く
自分ひとりでは引きずりすぎてしまうと思い
色んな人に協力していただき
連絡をとり、謝りました。


似たことを私もしたことがあります。過去に遡って、自分が悪かったと思う人に対して片っ端から連絡を取り、謝ってまわったことがあります。
かなりの精神力を使いました。自己嫌悪との戦いでした。勇気という言葉よりも、ここで自分を清算しなければ前に進めないといった切迫感に突き動かされていました。その当時のことを思い出しました。

えなさんの表現から、縁を切ること繋げることのどちらでもご苦労されて来られたのかもしれないと感じました。良かったのか悪かったのか、正しいのか間違っているのか、行動してみなくては人間関係は分からないことの方が多いように思います。えなさんの一歩にお相手が応えてくださったこと、まずは本当に良かったですね。その後、どうか良いご関係でありますようにと願っています。
コメント、ありがとうございました。また是非遊びにいらして下さい。お待ちしてます。

◇2009/09/10 (Thu) 処方箋 拒絶  ? 境界性人格障害完治を目指す・カウンセリング ?

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上原キョウさんへ

上原キョウさん、はじめまして。ご訪問&コメントありがとうございます。何度かブログにお邪魔してました。
Coccoの雑誌は、今も手元にあります。あれを見て「自傷したい」と思われる方は多かったようです。実際に自傷した方もネット上で多数見かけて胸が痛む以上のものがありました。
私は、あの雑誌をつぶさに読んでCoccoという人がやっと理解できた気がしました。あの写真を「ありのままさらした」と評価する向きもあるようですが、私は全く真逆の行為だと解釈しました。彼女が雑誌内で「自分は治らない」と言っている理由がよく分かります。
あの雑誌記事が良いか悪いかではなく、あの雑誌を通してCoccoがやったことは一体何なのか。そこが重要だと私は思っています。私は、あれは彼女が「筒」としての彼女であるために、Coccoとしてファンから逃げ切るために、ファンに向けた刃だと解釈しています。
また別の機会にリストカットについても書いてみたいと思っていますが、私は、自傷痕というのは性器の露出とあらゆる意味で似ていると考えています。
私もリストカットや切腹や足への自傷など経てきていますが、これまでの治療の甲斐あってか、あの雑誌を見て浮かんだのは嫌悪感や憎悪でした。昔の私でしたら、自傷衝動を掻き立てられていたかもしれません。
Coccoがあの写真を通してこちらに投げかけている視線や、傷跡で覆い隠している本来の人格、雑誌記事に登場した本当の意図などを考えると、あれを見てリストカットしたくなる人の心理が理解できます。
Coccoの雑誌記事については、詳しく後に書く予定です。ご興味お持ちであれば、よろしければ読んでいただければ幸いです。

手首を無傷に保つのは、切る100倍も苦しいことを私は知っています。切っても苦しいし、切らなくても苦しい。傷跡に対する恋しさも、しかしそれ以上の後ろめたさも、悲しさも、言葉にならない感情の渦も知っています。
それでも手首は、できるだけ綺麗でいて欲しい。誰に対しても、そう思うのが素直なところです。
回復を心から願っています。私もまた、毎日戦いです。同志として、キョウさんの回復を心からお祈りしています。
また是非遊びにいらして下さい。コメント、ありがとうございました。


◇2009/09/16 (Wed) 他人の顔 私の意識  ? 解離性障害・境界性人格障害・カウンセリング ?

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つづきは次回。

関連記事
◇2009/10/18 (Sun) 返信 1 ? 神経症・AC・人格障害からの回復 ?

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治療日記 | comment(1) |


2009/10/18 (Sun) 返信 1 ? 神経症・AC・人格障害からの回復 ?

自律神経失調症がまだ治らない。結構きつい。それは良いとしても、また新たに変な病気にかかってしまった。
顎関節症というらしい。
軽度なら問題ないのだが、かなり重症らしく、歯医者でマウスピースの型を取られた。つけていても見えない程度の物らしいが、そんなものを24時間装着していろとは、いかなる拷問か。
とは言っても、現在咀嚼が難しいので、主にドロドロした流動食ばかり食べている。それしか食べられない。白ごはんも難しい。あの粒粒を噛むのも痛いのだ。

痛みのせいか、食事で噛む時、無意識に呼吸を止めているらしく、息が苦しい。横になると痛いので、仰向けにしか眠れないのだが、そればかりやっていると体中がこってきて、ついには整形外科でリハビリメニューが増えてしまった。骨折した足が、気温が下がったことで血流が悪くなって痛んだりむくんだり。今こそ満身創痍という表現がぴったり来るなぁと我ながら呆れている。


しかし、前向きに考えれば、いや前向きという言葉が私は嫌いなので使ったことがないのだが、今回ばかりは前向きに考えている。人間色んな経験をしてみるものだなと思う。顎が動かなくて、閉じても痛いし開いても痛いし、常に1.5cm程の歯の隙間を作っておかねば痛くて、しかし誰から見ても私がこんなに顎1つに苦しんでいるなんて全く分からないのだ。
人生って、複雑だ。


その他、色々と不調はあるのだけど、とにかく前回の記事で予告したことはちゃんと書きたくて記事をアップすることにした。


たくさんの方から心温まるコメントを頂いて、本当はすべての方にお一人ずつ返したい。なのに、今の私は自分のブログで軽く失語状態に陥っている。更新できない日々、右脇のTwitterで一言二言書くくらいしかできなかった。それすら出来ない時期もあった。少しずつ取り戻して、考えていることは書けるようになった。
人格障害という病気について、主観的に、客観的に、上から下から横から斜めからと見て最近とにかくよく考え続けている。その治療についても、一体何が有効で、何が無力なのか、人間の生き方として考えている。

頂くコメントは、触れる度に消えかかっていた私の輪郭を浮き上がらせる。このモニターの向こう側にいる誰かに、私の考えをお返事としてお伝えすることで、回復を目指す方達との情報交換や意義深い交流になればと切に願う。



すべての方にお返事できず、このような形となりますこと、ご容赦ください。
既存の診断名や治療法に幾つか強い疑惑を抱いています。そういった理由から、敢えて私見も交えて書いています。私自身が勉強中であることをご理解の上、病気を理解する一助として参考にして頂ければ幸いです。
現在、当方の体調が思わしくなく、コメントを頂いてもお返事ができません。頂いたコメントはすべて何度も拝見しています。後の記事に反映して、お返事と換えさせて頂きます。ご了承いただける方からのみ、コメントを受け付けております。ご了承ください。
尚、管理人としまして不適切と思われるコメントは予告なく削除させて頂きます。

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renさんへ

はじめまして。当ブログにコメントお寄せくださって、ありがとうございます。境界性人格障害の治療について、まだまだ現場で混乱が続いているようです。今だ「境界性人格障害は治らない」と言う治療者も少なくありません。匙を投げられた歴史もある境界性人格障害という病気は、私たち当事者がもしかしたら一番よくわかっているのかもしれないと最近よく感じます。
当事者同士の意見交換や支え合いの重要性を感じています。貴重なコメント、有難いです。


ボーダーの拒絶が治療者自体に向けられることは少なくありません。その場合、治療者に求められる態度は<一貫性>だと思っています。
一貫性を保とうとすると、ルールが必要です。もっとも分かりやすい指針は相互の発した言葉です。
衝動的に発した言葉であっても、自分が言った言葉には責任を持つ。
多かれ少なかれ、境界性人格障害の行動化を抑えるのに役立つ意識です。
その点で、renさんが書いてくださった、

>悪いことは叱られ、でも「もう、来ない!」と言っても予約取り消しはしないでいてくれた先生。

の姿勢は、関係が長く続くにつれ互いに混乱が生じる可能性が高いと思われます。

ボーダーにとって、「もう行かないと言ったけれど、待っていてくれるかもしれない。待っているのだろうか」と期待や不安で揺れ動く状況は、できるだけ避けた方が良いと私は思っています。
ボーダーは、些細な変化にも反応して行動化がエスカレートしがちです。ひとつ試したら次を試さずにはいられなくなる中毒症状と言っても良いかもしれません。その症状を押さえ込み、治療関係を続けるには一貫性が重要だと思います。

「もう来ない」と言ったクライアントの言葉には、予約を取り消すことで応じる。そうすることで、クライアントは衝動的に「もう来ない」と口にするような不適切な言動から脱却するきっかけを掴めます。来るか来ないか分からないけれど待っている心理的負担に、カウンセラーが消耗することもありません。

大事なことは、ボーダーである自分の言動によって距離感が近づいたり遠のいたりする関係ではなく、恒常的な信頼基盤が不可欠だと思います。それが最も難しくもあるのですが。

いい子を演じているのでは?という自問は私も覚えがあり、共感しました。
自分が存在していて良いのだろうか?と自信が持てない人間にとって、誰かの無意識の欲求に応えてその都度自分を変形させ差し出すことは、習性になっています。まるで獣が四足で歩くように、決して二本足では歩けないように、私は未だに自分らしい歩き方が今ひとつ分かりません。

コメント、ありがとうございました。また是非遊びに来てください。お待ちしています。

2009/09/10 (Thu) 処方箋 拒絶  ? 境界性人格障害完治を目指す・カウンセリング ?

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KYさんへ

ご無沙汰してます。リンクの件、勿論OKです。ありがとうございます。
疑うことは、確かに大事なことですね。同感です。あらゆる面から考えるということと同義かもしれません。

今の日本では、精神科は比較的簡単に開業できることもあって、残念なことに質の低さが目立ちます。「鬱病患者が落ち込んでいて反論できないから薬をどんどん出す」というのも、一部悪徳医者の間では鉄則になっているとか、いないとか。

私は、薬は最低限であるべきだと思っています。一度、自殺したいと強烈に考えた時に、感情が全くフラットだったことがありました。思考は死にたがっているのに感情が全くついて来ないアンバランスを感じた時に、「ああ今薬が効いているんだ」と実感したものでした。
良い悪いは別にして、ここまで人間の感情を左右する精神薬は、慎重投与であって然るべきです。薬(漢方も含め)には必ず副作用があり、人によっては主症状よりも副作用の方が辛い場合もあることをもう少し鑑みられても良いと感じます。

精神病患者への差別は、医者のそれが最も強いのではと折々に感じて来ました。
医者の最低限の条件は、患者を差別しない、見下さないことかもしれません。しかし、少なくとも私はあまり良い医者やカウンセラーに出会って来れませんでした。
精神的に辛いときに、治療者を吟味するような余力がないことも皮肉な現実です。難しいです。
その都度、経験や受けた治療の一部を無駄にしないよう個人的努力が必要なようです。

人格障害は勿論のこと、鬱病は投薬すれば半年で治るとか1年半で治るとかパンフレットにはありますが、私が知る限りでは、そんなに早く薬だけで完治した人を見たことはありません。
多かれ少なかれ、自分を取り巻く環境をあらためて冷静に把握し、その中であらためて自分はどう生きるのか固めた人が回復していくように思います。
少なくとも神経症などの心の問題は、薬だけでは治らないと医療従事者は説明すべきだと思っています。それがせめてもの人間や医療に携わる人間の矜持であって欲しいなと個人的に感じます。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。

2009/09/17 (Thu) 勲章0.5  ? 投薬治療・人格障害・自律神経失調症 ?

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まんじゅうさんへ

はじめまして。コメントありがとうございます。
精神病と神経症、また人格障害との境界線が近年曖昧になってきているようです。

精神科から、まんじゅうさんが「性格的なものだ」と太鼓判を押されたとのことですが、病名や診断で個人的な苦しさが定義づけられるわけではありません。

>悲劇ぶるわけではありませんが、
僕は、小さい頃からいじめられ、笑って相手を許し、毎日を過ごしてきました。
思い返せば「それでも寂しくなかった」が正直な感想ですが、
その一端にも原因はあったのかもしれません。

悲劇ぶっているとは全く感じません。小さい身で他人から虐められて、それでも楽観していられる人はいません。むしろ、笑って相手を許してきたことが今の生きにくさのベースになっていることも考えられます。本来ならば許せることではなく、当然ながら嘘でも笑いたくはない出来事です。しかし、笑って許す以外に選択肢がなかった窮地に常に立たれてらっしゃったのだとお察しします。
私も笑っていたのかもしれません。随分と昔は虐められましたが、何でもないことのようにへらへらと笑ってその場をやり過ごすのが一番でした。やり返すべきだった、怒るべきだった、は正論ですが、正論が全く通用しないのが、いじめという場でした。

人間にとって今を知る最も重要な手がかりは、いつも過去にあると思っています。何病であってもなくても、過去のない人間はいませんから、生き方を模索する上で過去は大切だと思います。

共感くださった境界性人格障害の症状は、他の人格障害にもほぼ共通して見られるものが多いです。自分に自信がないと言えば良いでしょうか。世界に対して自分という芯が不安定なので、常に足元がグラグラとして、何かあると死にそうな恐怖を感じます。特に対人関係での不安感は強烈です。

恐怖や不安に対して、人間は防衛的になる傾向を元々持っています。過去繰り返し体験してきた環境の中で獲得した精一杯の自己防衛術が破綻してしまうと、防衛反応が人格障害として現れてしまいます。
安定した治療関係を構築し、精神的支援を受けながら、現在の自らの行動パターンを作り上げた過去の出来事や心理状態を再点検していく作業が、回復に繋がります。


>僕はあまり人の考えをうのみにすることを好ましく思ってはいません。
ですが、自分以外にも、同じようなことで苦しんでいる方がいることは励みになりました。


鵜呑みは、確かに良くないことですね。回復へは、あらゆる道筋を複数持つことが大切だと思います。私の個人的体験を綴ることで、励ましや参考になれば幸いです。

>BPDの症状に、右往左往する価値観、とらえ方というものもあるでしょうし、

BPDは、割合に偏見を持たれやすい病気です。何を言ってもあまり信じてもらえない「狼少年」のような捉え方です。しかし、患者によって治療進度、自己分析能力などが異なります。

真剣に回復を目指して苦闘してきたBPD患者の方と出会うと、人間や人生に対してある種の謙虚さ、慎ましさ、聡明さを感じることがよくあります。
どこからスタートしても、人間は生き方次第だと教えられます。

私も、そのような先達方のように生きられたらと日々感じます。
私がここに自分の感覚をありのまま書くことで、共感して頂けたら幸いです。
人間は生まれる時も死ぬときも一人です。自分の人生だけで大概は手一杯です。誰かの人生を背負うことは不可能です。しかし、生きている間、お互いの生存を確認し合うことだけは出来ます。その些細な点呼が思わぬエールとなって勇気となることを、ブログを続けてきて今実感しています。

2009/09/10 (Thu) 処方箋 拒絶  ? 境界性人格障害完治を目指す・カウンセリング ?
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つづきは次回。


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治療日記 | comment(4) |


2009/10/08 (Thu) お知らせ

とある事情から、ブログを閉鎖する予定でしたが、続けていくことになりました。
「人生、何があるか分かったもんじゃない」を、何度自分に言ってきたか分かりません。
回復していくのかなと目処をつけたやいなや、とある出来事で一気に悪化しました。何が悪化したかというと人間不信です。冷静に死ぬしかないと結論づいてしまったので、ウェットでもなくスイートでもなく淡々とした日々を送っていました。
直感的思い付きでかけた一本の電話で、ものの見事に生の側へ転がされ、そのままあらゆる友達の手を借りて今があります。
ブログを書こうと思いました。


コメント返信が滞っています。皆さん、心をこめて書いてくださっているので、申し訳なく胸が痛んでおりました。
現在、私の体調は良いか悪いかと訊かれると間違いなく悪く、あまり身体が動かせないです。全てにお返事書きたいところなのですが、勝手ながら、初めてコメントくださった方で急を要する方へのお返事と、ひとつのテーマ「回復とは何か?治療とは何か?」についてコメントをくださった方への返信を、記事として次回アップさせて頂きます。


予告というか、お久しぶりですのメッセージをこめて更新してみます。

台風には皆さん、どうかくれぐれもお気をつけください。



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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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