--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2009/07/26 (Sun) 文鳥もも10歳8ヶ月 永眠しました

20090726.jpg
2009年4月23日 淀川にて撮影


26日午前0時、長年共に生きてきた文鳥ももが、永眠しました。
享年10歳8ヶ月でした。
文鳥の平均寿命が6,7年といわれている中、大変な長寿でした。

5歳の時に、指の一本を切断する手術。
3羽の雛をこの世に送り出し、我が家の文鳥ズのリーダーであり、ここぞという時の責任感は強く、勇敢で、知恵がありました。ジャイアニズムな性格は、文鳥のリーダーとして致し方ない面はあるものの、一見大人しい妻のきりには完全に尻に敷かれ、よくきりに叱られて罰を受け、大人しく従っている姿は、面白い一面でした。

数年前から全く飛べなくなり、1年前から失明。26グラムあった体重は、昨日の時点で16グラムになっていました。

何羽も看取ってきた私は数日前から最後が近いと思い、傍を離れるのはまずいので、ももをカイロ入りの木箱に入れ、昨夜カウンセリングに行ってきました。それが、ももと出かけた最後になりました。

私が対人恐怖と貧しさと自己嫌悪と、無差別大量殺人欲求にかられ、一日中部屋を唸りながら転げまわっていたときも、手首を切った時も、切るまいと氷を握り締め泣いたときも、思えばいつも傍にいたのは、ももでした。
私は、自分の攻撃性を抑えられず、まだ雛だったももの頭を食いちぎろうとしたことさえありました。

自分がちっとも生きたいと思えず、今日死にたい、今死にたいと思っているときに、雛のももに「10年生きようね。長生きしてね」とずっと言っていました。今になって思えば矛盾しています。けれど、彼は立派に10年生きながらえ、その生き様も死に様も、文鳥たる彼の徳を感じます。


私が裁判で頻繁に家を空けなければならなくなり、実家に預かってもらうことがあり、そんな時はももが一番大好きで尊敬していたのは我が家の父でした。父は口笛が上手く、自分自身も持ち歌を歌うももとしては、その音色の素晴らしさに感激していたようです。
小さな小さな脳の文鳥が、30分でも40分でも、父の唇の前に普段見せない真面目な顔つきで真剣に口笛に聞き入っているのを見ると、鳥一羽の中にも音楽への憧憬や敬意が確かに息づいているのだと敬虔な気持ちになりました。


殆ど飛べなくなっていた頃、実家でのエピソードで、家族が何度も何度も話してはももを讃える話があります。

実家に滞在中の文鳥ズは、大概1階の客間とキッチンを自由に羽ばたいて遊んでいました。文鳥たちのために、1階に誰もいなくても電気をつけておくのは習慣でした。が、その日に限って誰かが消灯してしまい、1階は真っ暗になってしまいました。
両親と弟は全員2階にいました。
そこへ、普段絶対に自分からは2階へあがってこないももが、ひょっこり現れ、皆の前に立ちました。
家族は皆驚き、何故2階まで上がってきたのが騒然となり、1階に下りてみると、真っ暗な部屋の中でじっと待っているきりとむくがいたそうです。
家族は、ももは飛べなくなっていたし、鳥目で暗がりは怖いだろうに、あの階段を1段1段上ってきたのだろう。電気をつけてと伝える役は自分しかいないから、お前たちは待っていろときりとむくに言って、勇気を振り絞ってやって来たのだろう、と言いました。
感情移入しやすい父に至っては、ももの立派で勇敢な姿に感動して涙すら浮かべていました。
ももは、ほっとした顔をしていた、これで役目を終えた、という表情をしていたと父が言っていました。



昨夜、殆ど眠り続けているだけのももを連れてカウンセリングに出かけることは、通常しないことです。が、前回の記事にも書いた通り、私は昨夜のカウンセリングだけは、どうしても絶対に逃げてはいけない局面でした。そして、ももの体調も、どうしても避けられない状態でした。

自宅に着き、ももの体が冷えないように管理しながら、彼が好きだった藁巣に入れて、ずっと話をしました。今までのこと、今夜のこと、お互いのこと、私のこれからのこと。
ももは、顔色がとてもよく、息が少し荒いだけで、眠っているようでした。これまで飼ってきたどの鳥とも違う様子に、もしかしたら死なないのだろうかなど考えたくらい、不思議に穏やかでした。
昼から何も食べていなかった私は、菓子パンを齧りながらももと話を続け、送られてきたメールに数十秒目を通し、次に目を向けたら、ももは息を引き取っていました。

不思議な死に方でした。
小鳥は、死ぬときに必ず魂をもがれるかのように羽ばたいたり、暴れたり、暗がりに頭を突っ込んだりします。老衰だったため、そんな力もなかったのか、それとも違う何かだったのか、分からないけれど、最後まで天晴れな彼らしい死に方だと思いました。


すぐに全身を清めてやり、頭を櫛でとかしてやって、手縫いの着物地の布で体を包み、夏場なので冷蔵庫に入れました。
今日、これから実家に埋葬に行ってきます。
計画では、もう少しももの体調が良くなったら、ももが大好きな「ねんねのおじさん(うちの父)」に会いに行こうと言っていて、父も楽しみにしていました。父とももの間には、言い尽くせない絆があったようです。父が酷く落ち込んでいるだろうと思うと、少し心配です。



私と過ごしてきた文鳥ズ3羽が、これで全て他界しました。
今の私は、もういないことの悲しみはありますが、元気です。
悔いなく最後まで一緒に過ごすことができ、ここに書ききれない程の多くのことを彼らから学ばせてもらいました。
私たち人間よりも、文鳥の時間は10倍早く流れていきます。私の1日は、彼らの10日に当たります。そう思うと、いつも私は今日出来る限りのことを今、と自分の人間としての人生も考えてきました。

今、私の人生の色んなものが変化を迎えています。
私もいつか必ず死にます。
もものように毅然と生き、あるがまま自然に死にたい。
そのために今日も、毅然と生きていきます。



心の病気や虐待について理解が広がりますように。ランキングに参加しています。応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

カテゴリー<文鳥>は、今後も残しておきます。
今後もうちの文鳥ズについて書ききれない色々なことを書く予定です。また、文鳥の知られていない知能の高さ、魅力、健康管理についても、情報を提供できればと思っています。今後とも、よろしくお願い致します。

スポンサーサイト

文鳥 | comment(31) |


2009/07/24 (Fri) 明け渡す。差し出す。信頼する。

20090724.jpg

先生も走るほど忙しいから師走と呼ぶらしいが、暦上の師走はまだ先だというのに師走的多忙な日々を過ごしている。
全ては、先週の土曜日に遭った引ったくりの事後処理のためだ。キャッシュカードを止めたものの、安全面を考えると全て廃止して、口座自体を全て刷新することにした。公共料金や電話代の引き落とし口座に使っていたこともあり、計6箇所に変更手続きが必要となる。

携帯ショップからカタログを貰って来て、現在新しい機種を吟味している。全てはこれ、金である。金銭的に一気に困窮し、困窮していることなど待ったなしの一人暮らし。今は、さほど携帯がなくても困らない生活を送っているが、それは多分、毎日ひったくりの事後処理で1日約10件の用事をこなすのに必死だからだろう。誰とも連絡を取る余裕がない。朝から夕方まで走り回り、夜にはもう明日の予定を立てて食べて寝る。
何が何でも、早く元の生活を取り戻すのが今の目標だ。


こんな時に限って、色々重なるのが世の常だ。
10歳半になる、長老文鳥ももが昨日から体調を崩している。全盲で飛べなくて、歩くとよくこけて引っくり返るし、目の疾患のため朝晩頭ごと丸洗いする必要があるのだが、彼にもプライドがあるので、いらぬ世話は焼かれたくないらしく、私の指を無言でギリギリ噛んで来る。
歳が歳だから体が弱るのは仕方ないが、出来る限りのことをしてやりたいのが親心。
金はないが、どうにかとにかく週明けに病院に連れて行こうと思っている。そういえば、ももの病院の診察券も財布に入っていたので再発行してもらわねばならない。


今日は、用事も色々減ってきて予定は5つだったのだが、体力の限界が来てしまった。自宅を出ることが出来なかった。わたなべさんちのガレージを確認しに行きたいのだけど、それも叶わず。まあわたなべさんちのガレージが逃げるわけではないので、気が向いたら行ってみよう。


いまだに引ったくりに対する怒りは、びっくりするくらい涌いて来ない。何故だろう。不思議でならない。
犯罪だし、人災だが、どうしても地震や洪水といった天災の感覚でいる。このことで泣いたことは一度もなく、「どうしよう」と考えることはあっても、落ち込んだことがない。何か不自然ともいえば不自然だ。
友達は、「カウンセラーの先生がかわってから、美鳥ちゃん強くなったよね。悟り開いたっぽいよね」と冗談交じりの本気で言ったが、それなんだろうか。それとも、やっぱり感情が剥がれ落ちた解離なのだろうか。こんなに五分五分で判断がつかないことも珍しい。
半月以上毎日頓服を欠かさずには生活が出来なかった。薬を最小限に生活してきたのに、規定内の量とはいえ毎日服用し続けている。しかし、殆ど効いてくれない。引ったくりに遭ってこんなに忙しくなる前から、頓服を相当量飲み続けていたのは、やはり引ったくりなんかより私にとって肝心な精神的ターニングポイントを迎えているからだろう。どう生きるべきか先のことの方が重大過ぎて、その他殆どのことが瑣末な出来事に感じられる。


明日、カウンセリングに行って話してみようと思う。
それから、物凄く私にとって重大な、人生デトックスとでもいうような局面にも向かうことになる。ここ数ヶ月考えてきたこと、肝心なことをうまく説明できない自分の傾向について、そして最も私が表現することが難しい「信頼」を差し出さねばならない。
以前の私は誰かを信頼することは、自分を「明け渡す」ことと同じだった。
明け渡すより、差し出すほうが、まだ私の手と繋がっている。しかし、まだ違う。信頼とは、差し出すことではない。「明け渡す」から、「差し出す」へと変わった。
本当の信頼を実感し、言葉に変換できるまで、あとどれくらい時間がかかるだろう。逃げてしまえば、幾らもがいても、どこへも至らない。それだけははっきりしている。

(以下に、私信を追記しています)


心の病気や虐待について理解が広がりますように。ランキングに参加しています。応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

※メールをくださった方、ありがとうございます。何度も読み返し、日々の支えにさせて頂いています。お返事が大変遅れてしまい申し訳ありません。丁寧にお返事させて頂きたく、少しお時間を頂いております。いつでも声をかけてくださいと仰ってくださった方、遠慮なく頼らせて頂くこともあるかもしれませんが、その時はどうぞ宜しくお願い致します。また、過去ご相談をお受けしております方々には、必要な時にはご遠慮なくご連絡下さい。対応可能です。

日々日記 | comment(6) |


2009/07/21 (Tue) 襟を正す

20090721.jpg
数日前に記事に書いた、草むらの中の親子猫。遠いけど・・・。


引ったくりに遭う数日前に、私は人生のある決意をした。
しかしながら、何だがちゃんと決意できてるんだか、出来てないんだか、分からない様子だった。カウンセラーの先生に、もう一度よく考えるように言われ、その前後から頭痛が酷く、ぐるぐると脳が回転して、ブラックアウトした。
私は、決意できていないらしい。


その後、引ったくりに遭って、早3日は経過した。その間、考えることは目先のことではなく、やはりその決意についてだった。奪われた現金や、失った携帯や、付け替えなければならない鍵代など、想定外の高額な出費が以後続くわけだ。資格を一つ取る予定だったが、受講を見送ることとなった。被害の事後処理は、とにかく手早く終わらせることにした。今日やれることはやったし、明日も手続きが幾つかある。今月中には、殆どを終わらせる予定だ。そんなこんなも視野に入れて、もう一度、自分について考えている。


私にとって肝心なのは、この先の8月以降の人生だ。
被害に遭ったことは最大の番狂わせとしかいいようがないが、どこかで予測もしていた。何かあるぞ、と。いつも何かに真剣に臨もうとしたとき、図ったように何ごとかが起るから。

計画を立て直しつつ、部屋をぐるりと見回して部屋の惨憺たる有様に猛省し、自分の内面を見つめなおす。足の怪我にかまけたり、または無気力状態にかまけて放置していた諸々を一気に片付け始めた。
部屋は、自分の内面を映し出す最もわかりやすい鏡だと私は思う。考えが纏まらない時、人生が何やらゴタつく時、必ず部屋も散らかっている。

そういえば、引ったくりに遭う二週間ほど前から、毎日毎日頓服を飲んでいたことを今更思い出した。
自覚なしに無理をしていて、無理をしていることに薄々気づいていたから薬で誤魔化していたのだ。
手帳に毎日飲んだ薬を書き付けていくことも、再開した。薬の量で自分の調子を把握する。解離性障害にとっては、こうして自分の体調を客観的に把握しておいたほうがいい。


今朝早く、ブログを通して仲良くなった友達と話した。
彼女は、私とは全く違う障害を抱えている。その障害や、これまでの経験、艱難辛苦が彼女の人生の深みとなっているのだろう。いつも簡潔な言葉で、核心を鷲づかみにする。力強い。はっと気づかされることが多い。
彼女は、物事や人間に対する独特な視座を持っている。人間の中にある醜いものや、弱いものが、自分の中にもあることを知っている。その分量が多かったり少なかったりするだけだと彼女は言った。
私は、これからの自分に必要になるだろう様々な障壁を思い、心の中で襟を正した。

地に足をつけ、しっかりと自分を見つめ、実際より大きくもなく小さくもない自分で生きる大切さを心に刻み付けた。それは私が想像している以上に誇らしく、強くしなやかなものなのだと、彼女の言葉を聞きながら思った。彼女と話すと、障害とは果たして本当に障害と呼んでいいのか分からなくなる。少なくとも私にとって、足場が揺れるような事態に出くわした時、彼女の言葉は的確な分銅となって、心の天秤を見事に水平に保ってくれるのだ。
彼女というと、私はいつも大地を思い浮かべるが、彼女のバランス感覚は、潔い地平線に似ている。
電話を切る頃には、「美鳥ちゃんの声がいつもどおり元気に戻った」と言って喜んでくれた。嬉しいのも、感謝するのも、私の方だ。


被害に遭って、色んな方から再度連絡先を教えて頂いて、励ましを頂き、必要とあらば遠慮なく連絡してと言ってくださる方もいた。
その人らしい言葉と思いを感じては心の底が温かくなるのを感じた。
元気を頂き、勇気と励ましを頂いて、無感情な私が落ち込むことなく少しずつ浮上していっている。
私には何が出来るだろう。何をお返し出来るだろう。
そんなことを考える。
考えていると、また冒頭に書いた、私の決意の真価を問うことに自然と戻る。
逃げては駄目だ。
今、逃げては駄目なのだ。
私が出来ること、やりたいことは、逃げないことから全て始る。



心の病気や虐待について理解が広がりますように。ランキングに参加しています。応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

日々日記 | comment(8) |


2009/07/20 (Mon) すべて失う

引ったくりに遭った。
土曜日の夜のことだ。
バッグに全て入れていた。
財布は勿論、身分証明書となる障害者手帳、キャッシュカード、携帯電話、各病院の診察券、自宅の鍵、自転車の鍵、ポストの鍵、大事な本、全部持っていかれた。

怪我をした足で犯人を追いかけるのは不可能だった。すぐに近くの一番明るい店に飛び込み110番してもらい、数分後に駆けつけたパトカーに乗って交番へ。その時点で、私は全くの手ぶら。携帯電話も持たないので、全く誰にも連絡が出来ない。とりあえず誰かに「引ったくりに遭った」と知らせたかった。
が、そんな暇はなく、電話を借りて、各キャッシュカード、携帯電話にストップをかけた。
辛うじて実家にだけ電話したが、実家はオロオロするばかりで全く要領を得ない。
バッグごと盗られたら、どこの電話番号も分からないことに気づく。そういえばカウンセリングルームならば、ネットで検索すれば番号が分かることに気づき、調べてもらって電話した。突然電話して「引ったくりに遭いました」しか言えなかった。どうしていいか分からないが、とりあえず誰か聞いてもらえる人がいて助かった。先生が何か言ってくださったが、殆ど頭に入らなかった。

動転しているというよりも、ぼんやりしていた。
反面、やるべきことは次々やった。
唐突な事故や事件が何かしら多い経験をしてきているせいか、勝手に抜かりなく体と頭が動く。あちこちに連絡しながら、横から刑事が訊いてくる質問に答える。被害届を作っているらしい。もう一人、パソコンに何か打ち込む刑事もいて、そちらにも答えた。

被害に遭った場所はどこなのかとか、東西南北のどちらからどう歩いていたのか、犯人の特徴は、バイクの型は、点灯していたか、ナンバープレートは付いていたか、どちらに逃げたか、エンジン音は聞こえたか、どんなバッグをどう持っていたのか、中身は、所持金は、次々に訊かれる。何故そっちからあっちに歩いていたのかと訊かれ、なぜなのかは分からないと言ったら変な顔をされた。頭がぼんやりしていて、口だけが動いている。説明マシン。ショックではない。こんなことは、いつだってある。そんなふうに思っていた。いつも、そう思う。

現金だけ抜いてバッグを捨ててくれたらいいが、携帯は悪用されることがあるという。財布の中身は、皮肉にも今月の残りの生活費が全て入っていた。普段はそんなことはしない。いつも持っているパスケースは、幸運なことに自宅に忘れていた。手帳も同じくだ。
携帯のローンが確か半分残っていたなとか、あの財布は本当に気に入っていたのにとか、そんなことを考えた。

ふと考えてみると、自宅の鍵まで盗られたのだ。今夜は家に帰れないのではないか。
実家から管理会社に電話してくれるように頼んだが、繋がらないという。交番の人達は、実家の人に迎えに来てもらって実家に一度身を寄せたら、と言って下さったが、大阪の自宅には介護が必要な文鳥が帰りを待っている。何が何でも明日には自宅に入らなければならない。
しかし、一銭ももたず、携帯もないためにどこにも連絡できない状態で、どう今夜を過ごそうか。

さっき、カウンセラーの先生に意味なく連絡したのを思い出した。
もう一度連絡して、お金を借りて、どこかネットカフェにでも泊まり、翌朝に管理会社に電話して自宅を開けてもらおうと思った。先生に電話して、お願いした。その時点で、相当な時間だったと思う。
物凄く寒くて、さっきまで持っていたはずの何もかもがないから手ぶらで、色んな光景が平板に流れていく。

被害届やら何やら書類4枚ほどに、拇印を押した。被害届の内容は、書いた刑事が読み上げてくれるものを確認して押した。

現場に戻って現場検分と写真を撮るというので、再び警察の車に乗る。
交番で分かる限りの電話番号を調べてもらってメモしたが、分かったのはカウンセラーの先生の電話番号と、管理会社の電話番号、自分の携帯電話の番号、それだけだった。これだけが、今ある連絡先の全てだ。

何時だったのか、先生が来てお金を貸してくださった。ネットカフェに泊まったことなどないから、幾ら必要なのかわからず、交番では鍵を付け替える2万近くが必要ではないかと言われたのだが、判断がつかず2万お借りした。突然なこともあり、私は人と金銭のやりとりをするのが凄く苦手だ。その時は、それすらも飛んでいて、ぼんやり受け取った。それから、お金を入れる袋一つ持っていなかったので封筒もお借りした。それ以後、翌日まで私の生命線、所持品は茶封筒ひとつだった。小さくも重く、しっかりしなくてはと握り締めた。

先生と何か話したかったが、どう話せばいいのか分からなかった。突然のことで、何が何やら説明が出来ない。引ったくりとは、こうも無感情になるものかと思った。犯人にとっても通りすがりであり、私にとっても出会いがしらで、悪びれもなく一瞬で手から奪われると呆気に取られて怒りも涌いて来ない状態が、数日経った今も続いている。それともこれは、危機の時に陥る解離の夢心地なのかもしれない。私には、判断がつかない。

先生と別れたが、そこらへんの記憶も曖昧だ。どうやって別れただろうか。
刑事2人が乗った車で現場に戻った。
再現して奪われた場所に立つ。夜の街で強烈なフラッシュが瞬いて、まるで私が被疑者のようだった。前を向いて写し、後ろを向いて写す。私の背格好や服装の記録のためらしい。
出来るならば自分の足でそこら中を駆け回って財布や携帯を捜したかった。でも、相手はスクーターだ。どこか遠くまで持って行って現金だけ抜き取り、川にでも捨てているかもしれない。


そんな工程をこなしながら、頭の中で、今日と明日どう動くべきか考え続けた。
どう考えても、自宅の文鳥ももが心配だ。大阪を離れることは出来ない。滅多にないというが、財布には私の住所や顔写真まで入っているから、犯人に家の鍵で先回りして入られないとも限らない。
電車がなくなる時間だったので、警察の車で送ってもらうことになった。片道どれだけかかったか、日付が変わる0時過ぎに自宅近くに着いた。車の中で刑事と話しているうちに、自宅近くの友達の家に泊めてもらえるかもしれないと初めて思いついた。しかし、電話番号もやはり分からない。
直接友達の家に行ってみたが、既に真っ暗で人の気配がしない。諦めた。

不安なので自分のマンションに一度戻り、鍵を開けることこそ出来ないがドアを確認した。刑事さんは、隣人と顔見知りならベランダから入って、窓の錠を開けるけど、と言って下さったが、隣人と直接顔を合わせたことはない。

ネットカフェに行くことにした。
店の前まで車で送ってもらい、そのまま待ってもらってネットカフェの受付に行った。
私は汗だくで、メイクも何も全部流れていて、寒さで歯が鳴りそうで、持っているものは茶封筒一つだ。
受付に「引ったくりにあって、今晩泊まりたいんですが」と言った。
マニュアルらしく「では、会員カードをお作りしますので身分証明書をご提示下さい」と言われ、思わず苦笑した。「引ったくられて何も持ってません。かわりに刑事さんが来てくださってるのでよければつれてきますが」と言ったら、証明書はいらないとパスしてくれた。

ネットカフェの電話番号をメモして、実家に電話して番号を知らせた。全部、刑事さんの私物の携帯電話をお借りした。有難かった。
お礼を言って、車が走り去るのを見送った。


一生ネットカフェに入ることはない気がしていたが、生まれて初めて入るきっかけが、引ったくりとは思わなかった。店自体は快適だったが、クタクタに疲れていて、ずっと寒くて寒くて頭痛と眩暈が酷かった。吐き気がして止まらなかったが、自分だけが頼りだ。とにかくこんな時は食べて飲んで眠らなければならない。
定食を頼み、熱いスープを何杯も飲んだ。
パソコンで、ツイッターやフリーメールに繋ぐことが出来た。
まずは、カウンセラーの先生に無事にネットカフェに入れたことを伝えた。感謝してもしきれない。
ツイッターを通して知った友達がメールをくれた。その度に、不安が半減する気がした。
何がどうなるわけでもないけれど、「引ったくりに遭った。自宅に入れなくてネットカフェにいる」だけでもいいから、誰かに伝えたかった。知って欲しかった。知ってもらえるだけで安心した。自覚はなかったけれど、物凄く不安だったのだと思う。

無理矢理、定食を食べて、ブランケットを2枚借りて、寝床を作った。
寒い。とにかく寒い。泊まるつもりもなかったから、勿論着の身着のままだ。隣の人のものらしいイビキがとんでもなくうるさくて、最初、何かの冗談かと思った。

横になって目を瞑ると、眩暈で頭の中がグルグルした。頭痛が酷くて、ガンガンと頭蓋を叩かれている気がする。息が苦しくて発狂しそうで、パニック発作が来そうな気がした。そういえば、いつもの薬も持っていなければ、頓服もない。どうすればいいのか分からず、立ち上がってマンガを取りに行って読み始めたが、体調が悪すぎてちっとも面白くも何ともない。

放り出して、無理矢理目を瞑り、浅い眠りを何度も繰り返した。
朝の4時を過ぎたあたりから、やっと熟睡できた。気がつくと、7時を過ぎていた。


管理会社に電話が繋がったとメールが来ていた。茶封筒から支払って、すぐに店を出た。
朝の町は既に蝉が狂ったように鳴いている。落さないように封筒をしっかり服の内側に入れ込んで、マンションまで歩いた。歩いて数分で汗が噴き出した。

何を考えるでもなく考えた。
今日、これから自宅に入れても、やるべきことは山ほどある。駅前に停めたままの自転車を回収に行って、鍵を壊して付け替えねばならない。保険会社にも電話してみよう。生活費を失ったことで、今月の残りをどう生活するかも考えた。携帯電話のローンや、自宅の鍵の付け替え、運悪く火災保険の切り替えで出費が予定されていたから、一気に財政難もいいところだ。
愛着のあった携帯電話、大事にしていた大好きだった真っ白い財布、ストラップも気に入っていた。ユングの本は、やっとのことで入手した本だ。現金は最早どうでもいいが、愛着のあるものを一瞬で全て失ったことは、やるせない。

私は、なぜこうなんだろうか、と意味のないことを考えもした。
肝心な時期を迎えると、はかったかのように何か事件に出会う。それも、予期しないようなことばかりだ。
時期が時期なだけに、全部、自分を変えるためのチャンス、次の目標のための自戒と考えるようにしてきた。そんな考え方は、かえって災厄を自分から招くからやめなさいと親に言われるが、やはりどう考えても私にはそんな傾向がある。

宗教団体から抜けていなかった時は、因果の法則だとかいって、自分が悪いのだと思っていた。今は全くそうは思わない。夏になれば台風が来るように、冬になれば雪が降るように、そんなふうに人生にも季節というものがあって、私の人生のサイクルがこうなっているというだけな気がする。良いも悪いもなく、そこから何を学んで、どう対処するかだけだ。いつからか、そんなふうに思い、行動するようになった。避けられない事件や事故が、今までそんなタイミングで起こってきたことを、ネガティブでもポジティブでもなく捉えている。


マンションには既に顔なじみの管理会社のSさんが来てくださっていて、スペアキーをくれた。あっさりと部屋に入れた。が、他人の手に家の鍵が渡っている可能性は高く、付け替えたほうが安全だ。費用は2万円近くする。眩暈がする出費だ。
ついでに、階下のポストの南京錠を切ってもらった。

家に入るなり、文鳥ももの無事を確認し、荒れていた鳥かごを掃除し、餌と水をかえた。とても寂しがって声をあげていたが、やらなければならないことが山積していて、ごめんねと謝るしか出来なかった。

駅前まで歩いて行き、撤去されかけていた自転車を回収、近くのガソリンスタンドまで、鍵がかかった自転車を半分抱えて運んで行った。鍵を焼き切ってもらい、それからホームセンターで鍵の付け替え。ついでにポストの南京錠も買って帰り、付け替えた。

電話を方々にかけて、今後の対策を聞いた。財布に入っていた各カードは勿論、会員カードなども全てだ。携帯会社にも電話して、情報収集した。何時間もかかった。


やれるだけのことを終えた、と感じたら、もう何が何だか分からなくなっていた。
現実感がないし、言葉が出て来ないし、やはり犯人への怒りも湧いて来ない。ただただ、盗られたという事実と、現金以外が発見されるのか、それともいつまでも発見されないのか分からない曖昧な状況だけが残った。

友達が心配して電話してきてくれたらしいのだが、私の呂律が回らなかったらしい。話したことも記憶が曖昧で、今日は幾分ましになっていたから、やっと状況を話すことが出来た。


今日は、頓服を数時間置きに飲んで、体を休めることに徹底した。
明日は役所が開くから、盗られた障害者手帳の再発行や、身分証明書の作成、歯医者の予定もあるから、そこでも診察券の再発行、色んなことをやらねばならない。


無感情なことが危ないな、と思っている。
「危ないな」という言葉自体に既に何の感情も籠もっていないのだが、後で体調不良になって揺り戻して来るのがパターンだ。
妙に達観した気になって、淡々としている時こそ危ない。
理屈ではわかっているが、完全に感情が身から剥がれ落ちている。
このシステムがあるから、私は生きていられるし、現実を一人でこなすことが出来る。解離は、苦肉の策とも言うべき利点がある。
今はとにかく、現実的な問題を全て取りこぼしなく対処、解決することが最優先だ。


※尚、以前連絡先を交換させて頂いた友人、知人、ブロガーさん、よろしければ再度ご連絡先を教えて下さい。携帯以外の私のアドレスか、当ブログのメールフォームからお願いします。データが全部飛んでます。お手数かけますが、よろしくお願い致します。


心の病気や虐待について理解が広がりますように。ランキングに参加しています。応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

日々日記 | comment(10) |


2009/07/15 (Wed) この足元に

20090715.jpg

右足の捻挫以来、カウンセリングに行く以外は、電車に乗らなければならない場所は全部避けてきた。ダンスレッスンも休んでいた。ジャンベの生演奏で踊れるという絶好の機会も、レッスンには参加せずに見に行くか、バラフォンを持って合奏に行こうかと考えていたのだけれど、とてもじゃないが足が1時間も保たない状態で、やむなく断った。残念だったけれど、鬱状態だったし、足が不調だったのは良い口実になったのかもしれない。

しかしながら、痛いからと動かさないと反って回復が遅れると聞き、ある日数時間、本格的に外出することにした。

久しぶりの外出先は、美術館に決めた。
大阪市立美術館の「全関西美術展」。日展と同じく、公募作品か、招待作品ばかり。日本画、洋画・版画、彫刻、工芸、書など、あらゆる人達のあらゆるジャンルの作品を見ることが出来る。写真部門もあって、それもまた面白い。
全部目を通すが、最初の一目でピンと来ない作品は素通りしようと行く前から決めた。好きな作品は、じっくり見る。そうすることで、捻挫した足で立っている総時間数を短縮出来る。サポーターがわりに、包帯で足首を固定した。

無理しないペースを決めたせいか、とても楽しかった。
一つ一つの作品の前に立つ時、作家一人ひとりの前に立っている気がした。一つの作品を仕上げるまでにかかる途方も無い集中力に頭が下がる。テーマが何であれ、私を招きいれ引き込む作品もあれば、私を拒む作品、私が素通りする作品がある。一つ一つの作品と自分との関係が瞬間に築かれる。だから美術館は面白い。

私は、特にタイトルと作品を見比べるのが好きだ。
何とはなしの作家たちの傾向性が見えてくる。
洋画や日本画作家は、割合ひねったタイトルを付けるのだが、工芸家の作品タイトルは、大概見たままのタイトルが多い。例えばこれは花の蕾の形だなと思えば、タイトルに「つぼみ」と書いてある。
彫刻家は、画家と工芸家の中間のようなタイトルを付ける。見たままではないが、かといって一ひねりしたわけでもなく、何か思いが込められた言葉ではあるが、作品から都合抽出したようなタイトル。

どれがどう良い悪いではなく、傾向性が見えてきて面白い。基本的に平面に描く画家の脳の働き方と、触覚で立体を捉える工芸家、彫刻家の脳の働き方は違うのかもしれないと思う。


外に出ると、日が傾き始め、昼間のギラギラとした陽射しが翳り始めていた。
一番写真を撮りやすい光だ。
一眼レフで、好きなものを好きなだけ撮った。撮りたいもののためなら柵にのぼり、草むらにも分け入った。しかし、360度を草に囲まれたど真ん中にいた親子らしい猫2匹には、さすがに近寄れなかった。猫には敬意を示すことにしているので、一応手を振って軽く会釈し、挨拶だけは済ませた。私の熱い視線に反して、猫たちは白けていた。さすが猫だ。それでこそ猫だ。


もう少し余力があったから、色んなものを見てまわった。
欲しかったマンガを買って、服を見て、雑貨を見て、コスメを見て、色んな物が見られて楽しかった。約1ヶ月ぶりに遊びに出られたのだ。嬉しい。


美術館に出かけた日を境に、自分の足に自信が持てるようになった。

それから後は、歯医者に行き、整形外科に松葉杖を返し、いつもの病院に行き、文鳥ももと散歩に出かけたり、近所で写真を撮ったり、ジムに行ったり、自分の足で色んなことが出来た。
何よりも足のせいで家事が殆ど出来なかったので、洗濯物が相当分溜まっていた。それも一気に洗濯し、布団を干し、部屋を掃除した。


足の包帯は、今日の通院をもって、スポーツ用のサポーターにかわった。
今日確定されたことだが、どうやら捻挫ではなく、足首の骨が欠けていたらしい。骨折と呼んでいいのだろうか。あと半年はリハビリに通うことになりそうだ。


怪我をしたのが、約1ヶ月前だ。当時の心細さや不安といったらなかったが、たった30日のことだったのだ。
今にして振り返れば喉元過ぎれば何とやらだ。
そんな人間のいい加減さも悪くないなと思う。
ヒールのないサンダルかバレエシューズしか履けない日々も終わりだ。ヒールが履ける。
今在ることの喜びは、些細で小さな足元に訪れることもある。



心の病気や虐待について理解が広がりますように。ランキングに参加しています。応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

日々日記 | comment(14) |


2009/07/10 (Fri) 死なないこと ? 解離性障害・境界性人格障害 ?




6月末から、不眠と過眠が交互に訪れ、無気力な抑うつ状態が続いている。
過眠よりも不眠が辛い。眠れないということは、生活時間が大幅に余るということだが、無気力で鬱状態では何も出来ないまま無駄に時間だけが過ぎる。

人格交代が頻繁になっている。
誰がやったのか分かっている自傷が幾つか。
掌をホッチキスで止める。これは、これまでも何度もあったこと。

両足裏をカミソリで抉られていた。これまでで最も深い傷だ。かなりの出血があったようで、床や畳、椅子、ベッドに大量の血痕。しかし、無気力な私は当分片付ける気にもなれず放置していた。警察がやるルミノール検査をやれば、家中反応が出るだろう。
足の傷は、身体的にまずダメージが大きかった。右足の捻挫が治りかけていたのに、再び歩行困難に逆戻りだ。今回は両足なので、ある意味捻挫よりも性質が悪い。
一歩ごとに痛むのは当然のこと、裸足にミュールなど履くと、靴底が足裏にくっついて、歩く度に傷跡がパカパカ開くのが分かる。足の傷は、切れた時は大量に出血するのだが、後は以外に再び血が出ることはない。肉が切れてくっ付かない感じがしばらく続く。

更に呆れたことに、体内に洗濯ばさみが複数入っていた。取り出した洗濯ばさみは血みどろで、自分がただの入れ物に成り下がった気分を味わった。
しかし、解離のせいか無感情だったため、あまり悲痛な気分にはならなかった。

どの自傷も、少女Aがやったことだ。彼女の日記と、Aがカウンセラーと交わした複数のメールを読んで確認した。身体を共有しているという意識が持てないと、A自体の生存も危うい。私達が生き延びるためには、解離性障害独特の身体や名前(本名)に対する実感の希薄さを、まず自覚しなければならない。

とはいえ、私自身も未だに自分の顔や身体に違和感を持っていて、本名は矢張り自分の名前だとは全く思えない。何を着て良いのか分からないのも、実際の私、つまり内側の自己像と、現実の身体とのギャップがまだ掴めていないからなのだろう。
鏡を覗き込んで、ああ私はこんな顔をしているのか、と思うのは毎日のことだ。


Aの精神状態は、カウンセラーの先生との関係で激しく揺れているようだ。Aが書いているメールを読むと、それは酷いボーダーだ。ボーダーの見事な標本といっても良いメールだ。その心理が分からないでもない私は、最近、無気力、無感情なことも手伝って、どう対処して良いか分からず、早々に先生に「私にはAは無理です」と丸投げしてしまった。
自分のことに手が一杯で、Aの管理にまで手がまわらない。余程のことがなければSは手助けしてくれない。が、いざAが自殺でも図ろうとした時には、さすがに止めてくれるだろう事だけは信じたい。
Sの傍にいるKをどうすればいいのかは、今のところ全く分からない。逃げたいけれど、多分逃げられない局面がそのうち来る。でも今は考えたくない。Kのことだけは、考えたくない。


食欲は、ない。ついでに痩せてくれたら良いが、殆ど寝てばかりなので痩せるでもない。Aが菓子類を食べているらしく、摂取カロリーがコントロールできない。私に食欲がなくても意味がないのだ。

捻挫を治すために湿布を貼り続けていたが、かぶれて蕁麻疹になった。これから夏だというのに、両足とも足首から下が悲惨なことになった。


私の精神状態はというと、前述の通り無気力な時間が多いが、世間に対して怒ることが多い。

特に最近は、「児童ポルノ単純所持」を規制する動きについてだろうか。私は呆れてものが言えない。あれは、児童ポルノ規制を騙った謀略だ。無茶苦茶な論理を平気で口にしている立案者を見ていると、この国はもう終わりだなと思った。宮沢りえのサンタフェは駄目だとか、いや良いとか、ジャニーズの乳首は大丈夫だとか、でも自分の子供の写真も駄目だとか、挙句の果てにはttp:の記載も駄目だとか。
何だか良くないものは、規制しないより規制した方が暮らしが安全になる、と日本人は規制法にあまり危機感を持っていない。これはとんだ過ちだ。そもそも、ゆとり教育を唱える人間が出て来た時にも私はとんでもない馬鹿が出てきたと思ったものだが、今回の方があらゆる意味でもっと最悪だ。人類は取り返しのつかない失敗を幾つかやらかして来たが、日本人がまた同じ轍を踏もうとしている。

政治や犯罪についてブログで何度書きたくなったかしれない。
挙げ出すときりがないから、今はこんな話題は置いておこう。


無気力な合間を縫って、感情が立ち上がって来るのは、政治や犯罪のニュースに触れたときが多い。
数限りなくニュースを見ては世間に対して怒り、政治について情報を仕入れては怒り、マスコミは何やってんだと憤り、ついには人間全体に絶望する日があり、しかし人間に怒ったところで自分も含まれているわけで、結局行き場もないので、怒ったり無気力になったりを繰り返した。

実は私は、自分自身の問題を世間に重ねていると気がついたのは昨日だ。
勿論憤るだけの材料が今世の中には数え切れないほど転がっているのだが、その中に私はうまいこと自分の問題も紛れ込ませて、何もかもに腹を立てていた。
しかし、世間に絶望するときは、まず私が周囲に絶望しているときであり、人間に絶望しているときは、まず私が自分に絶望しているときなのだ。


カウンセリングや現実生活で、実はかなりハードな局面を迎えている。
その反動か、寛ぎたい気持ちからか、幾つか軽い記事を書いた。楽しんでくださる方のコメントを頂いて、ほっと一息吐くことができている。本当に心から感謝している。

生きてさえいるなら、交代人格にこの際切られようが飛び込まれようが何か入れられようが構わない。勝手にすればいい。
その度に生きているのが嫌になり、何が辛いのか涙が止まらない。けれど決して自己憐憫や自己陶酔には陥りたくはない。
いっそそうしたい日もあるけれど、泣き言を書く日もあるかもしれないけれど、何となくこの夏を生き延びることが出来たら、私はもう一つ変わることが出来ると思って今生きている。



心の病気や虐待について理解が広がりますように。ランキングに参加しています。応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

治療日記 | comment(10) |


2009/07/08 (Wed) わたなべさんちのガレージ 後編 ?駄文?

20090708watanabe.jpg

わたなべさんちのガレージ 前編 の続きです。


ヤフオクで無事落札した、念願のサマンサタバサの真っ白なパスケース。
代金を入金するため、郵便局に出かけた。
捻挫がかなり良くなり、久しぶりにカメラを持って徒歩で行ってみることにした。


久しぶりの散歩は、気持ちが良かった。
多少不自由な足でも、カメラを持っていると楽しい。ゆっくりゆっくり歩きながら気が向くまま色んなものを撮った。
ふと、とある工事現場に行き当たった。この間まで更地だった所だ。
見ると、汚れた長靴、ヘルメット、掘り返された土、小さなパワーショベル、キャタピラ、鉄パイプ、スコップ、バケツ、どれから撮っていいか分からなくなる位、大好きな素材が贅沢にも散在している。廃墟系大好きな私は、この棚ぼた的幸運に一気に舞い上がった。


興奮で鼻を膨らませ、カメラを手にウロウロと現場を歩き回る。しかし、現場前に停まっているトラックがどうにも邪魔だ。どっか行ってくれりゃいいのにと運転席を見てみたら、休憩中らしい作業員のおっちゃんと目が合った。彼にとってはただの仕事場に過ぎない工事現場で、異様に色めき立っている私を気味悪そうに見ている。


しかし、ここで立ち去ってしまっては、せっかくの被写体を手離してしまう。廃墟は勿論のこと、工事現場も生物である。その時撮らずに後日、などと言って、後で行ってみれば、せっかくの工事現場に真新しい家が建ってしまった後だったりする。廃墟も同じく、以前にはあった泥まみれの欠けた陶器の植木鉢だけが何故か片付けられてしまい、以前の風合いと異なってしまったことがあった。
廃墟も工事現場も、生きた被写体なのだ。
仕方ないので、作業員のおっちゃんはいないことにした。


現場ににじり寄ったり、引いたり、またにじり寄って腹ばいにならんばかりに屈んでみたり、興奮の一人撮影会が続いた。ミニスカのキャンペンガールに群がるカメラ小僧とは、こんな心境なのかもしれない。浅まし過ぎて、あまり人に見られたくない姿だ。


たっぷり堪能して、現場を後にした。
晴れがましい気分だ。歩いてよかった。出会えてよかった。(工事現場に)


そうして自分のマンションへの角を曲がろうとした時だった。

「わたなべさんち、ガレージ作ってんのんか?」

ふいに、一人のおっちゃんに声をかけられた。知らないおっちゃんだ。
それに、誰だわたなべさんて?

おっちゃんは、目で私が来た方を指している。さっきの現場のことらしい。あそこがわたなべさんちらしい。

「いやぁ分かりませんけど何かちっちゃいショベルカーで掘ったはりましたよ」

見てきたまま話した。おっちゃんは、わたなべさんちがとても気になるようだ。

「わたなべさんち、ガレージつくりよるんちゃうかなぁ!」

大声で言う。

「いや分かりませんけどね」

一応言ったら、おっちゃんは私が首から提げているカメラに期待の目を向けた。

「写真撮っとったやん?今」

私の返事を期待している。
きみなら分かるやろといわんばかりだ。私の興奮の一人撮影会を見ていたらしい。

「ちょっと散歩してたら通りかかっただけです」

「そうかぁ! ガレージちゃうんかなぁ」
私の返答に、おっちゃんは本当にがっかりしたようだ。
数十メートル向こうの工事現場に視線を向けたまま、ガレージや思うけどなぁと尚も言っている。
私に関心があるのではなく、あくまでわたなべさんちのガレージが気になって仕方ないらしい。

「いやーわたなべさん、ガレージ作ってるんちゃうか思うねんよな。ガレージやろ?アレ。ガレージつくりよるやろ」
最後は独り言になりながら、おっちゃんは私を置いて目の前の家に入って行った。


(わたなべさんて誰やねん)
(なんでガレージにこだわるねん)
(おっちゃん誰やねん)
(訊かれても知らんちゅーねん)

自分のマンションへと再び歩きながら、会話を思い出すと笑えてきた。


初対面なのだから、せめて「わたなべさん、知ってるか?」くらいまず訊いてくれても良いと思うのだが、前置きなど一切ない。裏も表もなく、いきなり本題「わたなべさんち、ガレージ作ってんのか?」だ。
しかも、私の答えなど殆ど聞いちゃいない。おっちゃんは「わたなべさんち、ガレージ作ってんのや思うわー」しか言わない。あれは訊きたかったのではない。ただわたなべさんちのガレージについて誰かと喋りたかった。そこに偶然私が通りがかっただけなのだろう。


散歩していても、街に出ても、道を訊いても、こういうおっちゃんと、よく出会う。そこかしこに生息しているのだ。相手と初対面だろうが何だろうが、とにかく自分の喋りたいことを喋る。こういうおっちゃんがいる大阪は、いい加減で面白い町だ。

気取ったことが嫌いな県民性とはいえ、見知らぬ相手にここまで構えない人達もそうはいないだろう。相手に対して構えず自然な自分を出すことが上手い。勝手に喋り倒すくせに、鬱陶しさを感じさせない。普通にそこにいるだけで、ハイクオリティーな可笑しさを醸し出す。
思わず吹き出しそうになるのを堪えて通りすがりに話した後は、「こんなおっちゃんおったで」と誰かに話したくなる。


実際おっちゃんが言うように、わたなべさんちはガレージを作っているのか?
後日、現場に確認に行くつもりだ。
関係ないのに私まで、わたなべさんちのガレージが気になって仕方ない。



心の病気や虐待について理解が広がりますように。ランキングに参加しています。応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

大阪駄文 | comment(14) |


2009/07/07 (Tue) わたなべさんちのガレージ 前編 ? 駄文 ?

ヤフオクで、どうしても欲しいものがあった。
それは、サマンサタバサのパスケース。定期入れだ。
交通機関を使って定期的に通うところなど、今のところ週に一度のカウンセリングルームしかないのだが、何が何でも必要になった。
障害者手帳のサービスの一つに、大阪市運営の地下鉄・ニュートラム・バス無料カードというものがある。交通費を免除してもらえるカードだ。形態は、ペラッペラの磁気カード。有効期限は1年間。紛失した場合、次の発行年、つまり次年度まで再発行して貰えない。失くせば後は交通費は実費である。

生活費がかかっているので、このカードを扱う際の私の注意深さったらなかった。ペラッペラなカード一枚だが、紛失すれば痛恨の痛手だ。


先月の頭、バスの時刻に遅れそうだったことがあった。その日初めて袖を通したジャケットのポケットにカードをしっかり入れ、バス停まで走った。乗る予定のバスが角を曲がってやって来る。追いつかなくては、と走りながら、ふとポケットの上からカードを確認したら、カードが消えていた。
蒼白である。変な汗がどっと出た。
ジャケットのポケットが、思っていたよりも浅く、走っているうちに落としたらしい。


バスに遅れることなど、最早どうでもいい。3月末に支給されたばかりで、まだ残り9ヶ月もあるのだ。何が何でも探さねばならない。
よりによって、その日私は10センチものピンヒールを履いていた。ちょっと美味しいレストランに小洒落て出かけようとした事が仇となった。脱いでしまいたい。いっそサザエさんのように裸足で駆けて行きたい気分だ。しかし、焦る気持ちとは裏腹に、悪い視力で地面に目をこらし薄いカードを探してまわるには程よいスピードではあった。


カードを捜索し始めて10分。灰色のアスファルトの上に、灰色の磁気カードを発見。まさに保護色だ。大事なカードなのに、アスファルトと同化していた。うっかり見落とすところだった。
今後9ヶ月の交通費を、ようやく取り戻した。
胸を撫で下ろしたが、その時既に私は髪振り乱し、目は血走り、汗だくで、心労のためすっかりやつれ、老け込んでいた。
次のバスまでの時間、中途半端に暇になり、一旦家に帰ることにして、トボトボと家路に着いた。汗だくで、汗だくで、とにかく汗だくだった。
二度とこんな騒動はごめんだと深く反省した。


というわけで、カードを入れておける、しっかりと存在感があって、好きだから忘れない、いつも携帯していたい気持ちにさせるパスケースを探すことにした。
今使っている財布がサマンサタバサの白い財布。白いのでしょっちゅう汚れるが、しょっちゅう馬油で磨き、皮革スプレーをかけて手入れに余念がない。好きなものを大事に手入れできる時間は楽しいので、苦にはならない。同じく、手帳も真っ白だ。これもまたスプレーで手入れする。どうせなので、パスケースもサマンサタバサの真っ白にしたのだった。オークションとはいえ、新品なので満足な買物だった。


その商品の入金に今日、郵便局まで行ってきた。

今気づいたのだが、その入金に行った時のわたなべさんちのガレージの話を書こうと、この記事を書き始めた。なのに、どうしたことか、たかが前置きでこんなにページを取ってしまった。わたなべさんちのガレージの話は、これからなのだった。そして、さほど大した話でもないのであった。あまつさえ、パスケースの入金に行ったというだけで、わたなべさんちのガレージとパスケースは何の関係もない。色んな意味で尺を間違えてしまった。


とりあえず、わたなべさんちのガレージ 後編 へつづく。


心の病気や虐待について理解が広がりますように。ランキングに参加しています。応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

大阪駄文 | comment(6) |


2009/07/07 (Tue) あまくまる



黒豆を煮た。
二度。

写真は、一度目のもの。かためで薄甘いのが好きなので煮てみたが、煮方が今ひとつ足りなかった。生来の短気で火から下ろして、パクパク食べてしまった。味付けは、砂糖と塩だけ。なかなか美味しかった。

二度目は、逆にふっくら煮ることを心掛けた。
柔らかすぎるのが好きではないからこそ自分で煮始めたわけなのだが、何事も基本が出来て一人前かもしれぬと思い、今度は重曹まで買ってきて万全の準備で煮た。

ふっくらできた。
しかし、やはりふっくらは好きではないのであった。
今年の正月に母が煮た黒豆のかたさがベストとして記憶されている。
あれと同じものを私も煮てみたいのだ。
柔らかい黒豆は、減るのが遅い。ちまちまと食べている。
三度目の正直で、次こそ丁度良い塩梅の黒豆を煮る予定だ。


黒豆を煮る以外に私が先週出来たことといえば、とある方の相談を受けたことくらいだった。それ以外は、無気力で殆どベッドから起き上がることが出来なかった。
普段は鬱状態には殆どならない。なるとしたら、激しい気持ちの乱高下なので、ジェットコースターに乗っているかのような激情を伴う。今回は違った。とにかく無気力で、ベッドから起き上がることがまず出来ない。泥のように眠っている。眠っていることも苦痛になってくる。そんな状態だった。


あろうことか、例えどしゃぶりの雨の中でも発売日当日に必ず買う漫画「銀魂」の新刊発売日にあっても、私の無気力は回復をみせず、友達に「銀魂は美鳥の魂なのに・・・買えないのは相当重症だね」と診断された。そんな中で、ヤフオクの詐欺に遭いましたなんて記事を書いた。その時は楽しかった。そしてまた鬱に沈み込んだ。友達と話したときもそうだ。楽しく話して、また沈み込む。繰り返し。


これじゃいけないと思いながらも何もできないのが鬱か、とあらためて実感した。
私は、鬱病ではなく言うなれば「仮面鬱病」といわれているし、主な病気な解離性障害だとか人格障害なので、鬱病の感覚になることはあまりないのだが、今回ばかりは参った。
あらゆるエネルギーが枯渇して、もうどこからも一滴も涌いて来ないのだ。これはまずい、という危機感すら涌いてこないのだ。異種の辛さだった。


今の私は、元気かというとそうでもない。
昨日カウンセリングに久しぶりに出かけ、先生と話した内容から確実なエネルギーを得たが、その後で急変した。
Aが死ぬだのと言い始め、カウンセラーに大量のメールを送りつけていた。個人的な日記にもAはカウンセリングで交代した時のことを書いていて、そこには私への殺意すらある。
Aには、リストカットなどの自傷癖があり、橋から飛び降りる、車に轢かれたがるなどの厄介な衝動がある。軽度だと、肉体をホッチキスでとめるとか、画鋲を刺す、その程度ならまだましと言える。リストカットは私がもっとも嫌っている行為なので、本当にいやだ。
何よりぞっとするのは、私が今生きていて、これからやりたいことが山ほどあるというのに、たった一人でも「死にたい」と思う者がいるだけで、うっかり殺されかねない。気がついたら死んでましたなんて、洒落にならない。

私とカウンセラーの先生とAと、複雑に絡んでいて私は言葉を失う。記憶が不公平だといわれても、私だって不公平だ。役所の手続き関係や、怪我や病気のケアや買物は全部私がやっている。黙々と生活をこなし、とにかく回復に向けて努力している。病院に行くのも私だ。病院は、二度交代してくれた。が、そこで私のふりをしなければならないから不公平だという。医者にあやしまれて調べられたというが、通院だって楽にやっているわけじゃない。頭が痛い。


Aは、カウンセリングルームで交代した場合、カウンセラーと遊んでいるようだ。私は、先生のカウンセリングを受けたらどうかとAにすすめている。Aは、暗い話が嫌だという。暗い話って何だ?暗い話なしに、私達が回復する道があるというんだろうか。


実家の母に、癌の疑いが出た。
母がいなくてはまわらない実家だ。父が電話してきて、いつ帰って来るのかと訊く。
私は、生きるとは何だろうとまた考える。
明日死ぬかもしれないと私はいつも生きている。今まで、必死で両親に何度伝えてきたか分からない。明日死ぬかもしれないから、引きこもっている弟を1日でも早く病院に連れて行くべきだ、と。
何もかもを流れるままに流されて、両親が逃げ続けてきた問題が、ここへ来て数え切れないほど表面化してきた。

そして、私は両親に話してはいないが、今月と来月を生き残れるか分からない状態になっている。
けれど、私は今年の9月と10月の計画を立てている。来月死ぬかもしれなくても、来月生きているかもしれない。どちらにしても、今という時間が過ぎていく。
去年やった自助グループとは全く異なる形態の会の開催を、関東で考えている。
現在、少しずつ始めている個人的な相談受付も本格的に出来るように、勉強を重ねているところだ。
鬱病や対人関係に活路が見出せない人、集団の中で生きていくことに生き辛さを抱えている人、成人引きこもり、そして対人関係に最も障害を抱える境界性人格障害の当事者と周囲の人。そんな人達を対象にした会を開く予定でいる。まるで何もかも今は白紙だが。

伝えられることは、確固として持っている。
私は、まだここに全く書いていない最重要の事実がある。
私が、境界性人格障害から回復する方法を掴み、実際に回復しつつあり、同時にこの世界で生きていく覚悟と自信を持てるようになった経緯について。
全ては、このブログを休止していた空白の4ヶ月にある。

いつ、どんな形で発表するべきか考え続け、頭の中で出来上がったのだが、人の目に触れる形にしていない。
これを完成させ、足を運んでくださり、少しでも耳を傾けてくださる方がいるのならば、拙くも私の経験をお話させて頂くと共に、真の意味で支え合える可能性を実感として届けたい。
出来るだろうか。何が何でもやりたい。出来るだろうか。どうやって実現しようか。考え続けている。
思っていることは、行動しなければ思ったことにならない。


誰が何病であっても、私は一人で、私に出来ることをやるしかない。
死ぬわけにはいかない。
無気力や恐怖や悲しみや孤独の隙間で、眠りこんだり、豆を煮たり、本を読んだり、友達と喋ったり、ひとつひとつが温かい丸みを帯びる。
死ぬわけにはいかない。



心の病気や虐待について理解が広がりますように。ランキングに参加しています。応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

日々日記 | comment(6) |


2009/07/02 (Thu) ヤフオクで詐欺に遭ったよ☆

ミトリンが






ヤフオクで






詐欺に






遭った。


(↑某番組風に読んでください)




詐欺に遭いました。うわぃ。
入金しても届かないし、入金確認の連絡も来ないから、記載されていた店の電話番号に電話してみたら「この番号は、現在使われておりません」と、アナウンスされた。



え?どういうこと?




瞬間、怒りモード発動。


この。


私を。


怒らせたわね。




ヤツの評価欄を見てみたら、2000件以上の取引をしていて5件の「最悪な出品者です」評価を受けていた。

まあ2000件以上も取引していたら、互いの行き違いなどで5件のトラブルがあっても、さほど多いとはいえない。
しかし、評価した人の事情を書いたコメントを読んでみると、

「入金しても連絡がなく、商品も届かず、痺れを切らして連絡してみたら、「昨日送りました」と言われた。だから待っていたのに、2週間しても届かない。再度、どうなっているのか問い合わせたら、「すみません。明日送ります」とのこと。最悪な出品者です」
などと書いてあった。 かなり悪質だ。嘘吐きだ。

この時点での私の心は、既にこの詐欺野郎を如何に料理してやろうかということしか頭になく、こういった情報も調理に役に立つので、即刻インプットした。


それから、あてにはならないが記載されていた携帯番号に電話してみた。電源が切られていて繋がらない。出品者のリストを見てみると、数百アップしてあった商品が、根こそぎ引き上げられている。



コイツ・・・・逃げる気だ。


早速、ヤフーオークションで詐欺対策のページを徹底的に勉強。
評価欄に「このままご連絡いただけないのであれば、警察への被害届けも辞さない心算です。ご連絡下さい」と、軽く脅しをかけておいた。商品を引き上げている今、ヤツが見るかどうかもあやしいものだが、とにかく打てる手は細かく抜かりなく打つのだ。
そしてヤフーへは、事情を説明するメールを書き、調査依頼した。


ひと段落着くと、あとは結果を待つのみだ。
落ち着いたところで、東京の弟に電話して、詐欺にあったでーとネタとして話した。
関西人の常として、腹が立つこと、惨めなことは、ネタにして即笑いに変える。そうすることで、何かしら損失を受けたような気分を、得した気分に変えるのだ。

面白がって聞いてくれた弟は、嘘やんそんなん滅多にないやろ、と言っていたが、詳細を話すとやられたなぁと言っていた。

私は、丁度その日、6月の家計簿を作成し終えたところであった。
見事に、ヤフオクへ依存し過ぎて、今年初の赤字を出した。
「家計簿つけたら、赤字やってんで? ただでさえお金ないのに、このタイミングで詐欺やで?腹立つわぁ」
と、私が言うと、いつも淡々とした弟は、
「赤字なんは関係ないやん。自分のせいやん」
と、ツッコんでくれた。
まあ、そうだ。



「詐欺」という被害。
滅多にないだろと驚かれることが多いが、私の周りは実に多い。
私が裁判することになった職場も、いわば詐欺だったし、両親が騙されたのは当時流行りの悪徳リフォームだった。これも詐欺だ。
両親は、世間で言うところの「人がいい」タイプ。私から見れば、現実処理能力がないタイプ。手を尽くして対処して、それでもどうにもならなければ仕方ないが、何もしないうちから「騙された自分が悪い」と考えるのだ。相手にも騙す事情があったんだとか、わけの分からない屁理屈まで捏ねる。被害者なのに加害者の心情に共感してしまう。犯人の嘘を信じて犯人を許してしまう。これがうちの両親の実態。

私は絶対に許さないことにしている。

「人を騙すんじゃねぇ」

私が言いたいのは、それだけである。
不当にやられたことは、きっちりカタをつける。そう決めて行動すると、損害丸々とはいかないが、殆どの確率でとっ掴まえて弁償させることが出来る。


弟に詐欺ネタを話したものの、まだ何だか手を打ち切っていない気がした。単に暇だったので、時間を持て余したというのもある。

電源が入っていなかった相手の携帯にガンガン電話をし始めた。とにかく電話で掴まえて、オークションから引き上げるのなら私への荷物を送ってからにしろ、と伝えるためである。もしそれができなかった場合、詐欺罪として警察に被害届を出します、と嫌なプレッシャーを与えてやることにした。


夜9時頃、相手がうっかりといった形で電話に出た。
最初から最後まで、至極丁寧で穏やかな言葉で、しかし剣呑な雰囲気を損なわぬよう、言いたいことをきっちり言ってやった。

相手は、おどおどした滑舌最悪な喋り方をする男だった。

「いやぁ・・・すみません、本当すみません。荷物、実は今日送ったんですよ。だから2,3日中に届くと思います」と言った。

瞬間、嘘か本当か見極めてやろうと思い、

「ああ。そうなんですか。今日といっても随分経っていますけど、一体今日の何時ごろに送られました?」

まさか訊かれるとは思っていなかったらしい。
電話口の相手は、明らかに狼狽した。
「あ・・え・・・えと・・・いつだったかな・・・昼ごろ・・・です」
と、答えた。


嘘だ。


こいつ。


絶対、送ってない。



確信した。
敢えて、そこは触れずにおいた。
今日送ってなくとも、とにかくこちらに品物が届けば何だっていい。
更にプレッシャーをかけることにした。かけなきゃ動かない相手だ。臭う。


「でしたら、荷物が届くかどうか待ってみます。しかし、記載されている番号も存在しない電話でしたから、不審を抱かざるを得ないこちらの事情はお察し下さい。やむなく評価に最悪と付けさせていただきましたが、当座、変更するつもりはございません。実際に今日送っていただけたという商品が届くまでは考えさせて頂きますので、ご承知置きください。」

と、やんわり脅しをかけておいて、更に、連絡が取れなかったから不安でヤフーに通報しましたが、現時点でも妥当と思っていますので悪く思わないでくださいね、と伝えておいた。


多分、荷物は送っていないだろう。
電話を切ったヤツが自宅に戻って、取引の評価欄を見て「警察に通報することも考えております」を見れば、私の追い込みは完成だ。
とにかく、こっちは支払ったものは送ってもらう。
それさえちゃんとやってくれれば良いのだ。

何だか久しぶりに底意地悪く、即席の心理攻撃で慇懃無礼に目的を達せて、ちょっと楽しかった。


あとは、商品が届くのを待つのみ。
そして、言ったからには届かなかった場合、被害届けを出す。
別に、ヤツが捕まらなくても全然構わないし、商品も届かず、お金が戻らなくても良い。
おかしなことをやられたときに、おかしいな、と思ったらその通りに行動する。
有言実行。
これが清々しい。




心の病気や虐待について理解が広がりますように。ランキングに参加しています。応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


日々日記 | comment(16) |


| TOP |

プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

月別アーカイブ

QRコード

QR

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

メールフォーム 

お気軽にメールください。返信までお時間頂く場合があります。

名前:
メール:
件名:
本文:


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。