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2009/04/27 (Mon) ひとつながりの日々

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疎かになっていたので先週の記録を書きとめておこう。

週前半は、ダンスレッスン。レッスン仲間と帰りにお茶に行って、あらゆる意味で自分が異質であることを感じる。後の鬱の一因となる。

その帰り道、近所の友達Hちゃんと出くわした。Hちゃんは、ブルースハープを始めたそうだ。私は、ダンスとバンドを始めたことを話したら、「ダンスとかヴォーカルとかしたいと思ってたなんて思わんかった。今まで持ってたイメージと違うわぁ」とHちゃんは言った。やはり、私は他人に見せる顔を無意識にコントロールしているらしい。

翌朝、物凄く悪夢で魘されて目が覚めた。私の原動力となっているとある人物に邪険に扱われる夢だった。実際そうされても仕方の無い後ろめたい事情も自覚しているため、一気に心の安定を失う。このままでは異常を来すと確信し、正気なうちに連絡しようとしたが繋がらず不在。
なるべく自分を落ち着けさせ、行きたくもない「カラオケ半額デー」に出かけ、3時間半バンドの課題曲を延々練習し続ける。たかが数時間で以前より数段上達したことを実感し、無理なスケジュールで審査を受けねばならなかった数日前を呪った。

帰宅すると、バンドメンバーから課題曲のスコアの束が届いていた。あまり見る気になれず、お礼だけメンバーにメールする。
何とか気分を建て直し、読書などに専念して気を紛らわせようとしたが、電話が気になり、精神状態は分単位で乱高下。幻覚、幻聴が酷い。バンドメンバーから、ヴォーカリストの心得を説くようなメールが来て、何がしかカチンと来たと同時にへこんで、一気にド鬱に。
自己評価が、一気に大暴落した。「私などゴミだクズだ丸めて捨ててしまえ」などの言葉が蛆虫のように涌いてくる。なぜか、カウンセラーへの敵対心も強まった。カウンセラーには申し訳ない限り。全く無関係なのに。


翌朝、バンドのプレッシャーをベタに表現した悪夢で魘されて飛び起きる。眠りも浅く、禄に眠れない。件の人物から連絡が来た。それだけで勇気を取り戻し、私は私の為すべきことを為すのだ、と思い直す。しかし、音楽など一切関わりたくない。日課だったボイストレーニングを初めて休む。

病院に行くと、薬を増やされた。他にも薬を微調整したり、一番頼りにしている入眠剤をなくそうかと言われ、不安で断った。解離性障害について、医者から説明を受ける。「解離には、相手の攻撃意欲を失わせる効果もあるんです。肉食獣に追い詰められた草食動物が仮死状態になることがあります。解離性障害は、それと同じです。そうしなければ、あなたは生きて来れなかったんです」と言われた。過去が朧な私には、曖昧でよく分からないが、理屈は分かる。特に、「相手の攻撃意欲を失わせる効果」に納得した。敵はいつも、歯向かえば嗜虐心を煽られ残虐になるものだ。


翌日も、ボイストレーニングはやらず、スコアの封筒は、封を切っただけが精一杯。一度も見ない。音楽のことも考えたくない。考えないと決めた。
ブロ友さんから、嬉しいプレゼントを頂いた。自筆の絵の上手さ可愛さにしばし茫然とする。あまりにほれ込み、写メまで撮った。プレゼントは、最近買った帽子につけようと悪戦苦闘するが、いまだならず。温もりある交流に救われる。

心入れ替え、文鳥もも(長老のため飛べない)を抱っこし、一眼レフを首からさげて淀川へ散歩に出た。クローバーの中に我が子(文鳥)をあらゆる角度から撮ってみたが、十歳半という長老級になると泰然としていて、悟りを開いた聖人の趣き。ずっと目を閉じていて、半眼にも見え、奈良の大仏に見えてきた。

夜にバンドメンバーから電話。言いたいことはきっちり言う性質なので「貰ったメール読んでから返信にも書いたけど、ほんまノイローゼみたいになっててん。音楽聴きたくない。でも頑張るわ」と伝えた。ついでに病気についてカムアウト。色々話す。気が合うような合わないような、まだ分からない相手だ。

翌早朝、鬼のように大阪市内の音楽スタジオの位置と値段と設備を調べ上げ、きっちりリストを作り上げてメンバーに送付。調べものが得意で、リスト作りなど大好きだ。多少、音楽を受け付けられるようになったが、依然ネガティブ。ダンスで使うアフリカンミュージックは大丈夫だったので、とりあえず鏡でチェックしながら3,4曲分踊る。

週一杯、不眠。熟睡できず、頓服も効かない。

朝起きた時点でカウンセリングに行きたくない、と感じる。そのまま午後になっても身体が動かない。
「カウンセリングに行きたくない自分に負けたとカウンセラーに思われたら悔しいから」という理由で、カウンセリングに行くことにする。準備は順調だったが、自宅を出た瞬間から眩暈と頭痛と解離。電車でパニック障害の発作に襲われそうになり、頓服を齧った。朝から計4つ。解離を誘発すると言われた薬だが、生活するには必需品。

カウンセリングはうまくいっていたのに、途中カウンセラーが偶然口にした「失語症を経験されたから分かると思いますが」の瞬間から、フラッシュバック。後、記憶なし。「失語症」の時代は、私にとって最悪だったのかもしれない。「殺したかった」ばかり泣き喚いたことは覚えている。後のことは、交代したらしいAの日記で知った。今度は、まるで記憶がなかった。行きにまずいと思っていた。頓服を飲んだのがまずかったのか。先週自分で行って帰って来れた嬉しさを思い出し、今回の有様に落胆。Aは無邪気で羨ましい。一気にド鬱になった。


病院へ行った際に薬を増やされたが、そのせいか過食が続いている。口内炎があちこち出来て痛い。ボイストレーニングを再開。キーボードを引っ張り出してきて、ようやくスコアと向かい合う。あまり眠れず、常に気分は悪い。少しだけ部屋を片付けた。音楽について、あまり考え込まないようにして、考え始めたら別のことで気を散らす方法で乗り切ろうと決める。課題曲4つのうち比較的楽なもの2つをどうにかチェック。過食傾向の時は、必ず買物欲求も強くなる。ネットで中古本を7冊購入。

本日。
相変わらず過食。一食で二食、三食分平らげる。欠かさず甘いものも食べる。誰か止めてくれと思いながら唐揚げなんかの高カロリーばかり。ダンスを始めたせいで筋肉を作るために身体が必要としているのだ、などと言い訳を考えるが吐きそうになるまで食べるのは、やはりおかしい。
吐きそうな腹で腹式呼吸して、ボイストレーイングを終了。
鬱が悪化している友達から連絡。ブログで知り合い現在リアル友達となっている。久しぶりに話した。自殺しそうだという友達。冗談ではないことが分かる。互いの色んなことが分かる。ネットではない、現実に繋がり支えあう機会があることが幸いだ。心が暗くなることの苦痛、死にたいという気持ち、死にたいのに足掻く無様さ、少しでも知っている人と話せることは、とても重要なことだ。
昨日まで最悪で、少し調子が良くなった隙に話そうと思って美鳥に連絡した、と彼が言うから、最悪なときにこそ連絡して、と伝えた。

友達が夕飯にツナ丼を食べるというので、食指を刺激されツナ丼を食べた。デザートにアイスクリームまで食べた。もはやダンスでも消費しきれぬカロリー数。諦める他無い。ためしに、増やされた薬を元の数に戻してみようと思う。

これから、キーボードで耳に正しい音程を叩き込む。苦痛の作業。
私の長所は、アバウトで山っ気があるところだが、短所は、アバウトで山っ気があるところだ。これまでは通用していた。聞く者などいなかったから。人前で歌わなければならなくなった。アバウトは通用しない。プレッシャーを感じているのは私だけではなく、メンバー全員のこと。スタジオ入りの日時も決まった。逃げられない。

今週も、軽いノイローゼ状態が続く予想。
うまくかわして、気を散らしつつ、ブログもちゃんと書きたい。



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日々日記 | comment(6) |


2009/04/24 (Fri) カミングアウト ? 精神疾患 ?

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カミングアウトは、難しい。
精神疾患について偏見を失くしたいと思っている。そのために、常日頃どこへ行っても私自身がオープンに生活するように心掛けている。最初は多少気後れがするが、何度も繰り返していると勇気は不要になってくる。伝えて離れて行く人間は、離れていけば良い。そんな人間とは、いずれどのみちうまくいかなくなる。早々に切れておいた方が良い。
ただ、とにかく切り出すタイミングの点で難しい。

例えば、ダンスの帰りに4,5人でお茶に行った時。
とてもじゃないが、「私は精神疾患持ってて」と話せる空気ではない。私は、底抜けに自由奔放なキャラで通っているし、実際そうしていられる場だから楽しい。当然、障害について話すような糸口など見つからない。偶然1対1で遊びに行くことになった友達には、初日に話せた。それ以外は、タイミングをはかっている。いつになるのか分からないが、時間はまだある。そう自分に言い聞かせながら、タイミングを捉えるために常にどこかしら神経を尖らせている。

私の障害者手帳を見せて説明を受けたダンス友達は、まるで驚きもしなかったし偏見の目を寄越すこともなかった。しかし、理由は予想外のもので、私が話した内容を具体的に理解していないがために、特に感想も湧いてこなかったようで「ふーん」で終わったのだった。本人にまだ確認していないが、恐らくそうだ。偏見とはまた別種の難しさがある。


昨夜、バンドのメンバーが電話をかけてきて、個人的な話を色々する機会があった。いずれ話したいが、いつまで続くか分からない始ったばかりの関係でもあり、私のプライバシーだからタイミングをはかっていた。私について知りたいと言ったから、これも良い機会かもしれないと思い話した。

精神疾患は目に見えない。
骨折でもしていれば、「骨を折ってしまって」で全ては通じる。しかし、精神疾患は「どんな病気なの?」と訊かれても説明が難しい。

やはり「何病?パニック障害とか?」と訊かれた。<鬱病>と<パニック障害>は、どうやら一般的に知られるようになってきているようだ。私は「解離性障害とか、パニック障害とか、躁状態になったり、鬱状態になったり、突然倒れたり、記憶がなかったり、声が聞こえたり、幻覚が見えたり、自傷欲求とか去年は生きるか死ぬかで、対人恐怖とか人間不信とか色々」と説明した。

説明しながら、ああ自分は恐らく無駄なことをやっている、という失望感が既にあった。
私自身、病名はどうでも良いと思っている。しかし、まずは病名を告げなければ話が進まない。かといって、病名を耳にしたことはあっても、具体的に症状まで理解している人間などいるだろうか。

鬱病ですら、名前こそ知れているものの中身は理解されていない。
「鬱病は心の風邪です」などと一時期テレビに流れたCMを、私はいまだ憎んでいる。風邪で死ぬ人間はいないし、風邪を理由に解雇される人間もいない。鬱病という病気の苦しみや、患者の置かれた環境の厳しさを度外視した、あまりにも耳障りの良いCMは、私にとって悪業にしか見えなかった。あれを作ったのは誰なんだ。

そんなふうにして、鬱病すら殆ど理解されていない世の中だ。
相手に知ってもらおうと思ったところで、病名を告げて終わりというわけにはいかない。

バンドメンバーには案の定、伝わらなかった。
介護関係の仕事をしている人だが、解離性障害は知らないらしく、解離性同一性障害については全く知らなかった。「多重人格」などとテレビで面白おかしく取り上げられていることだけは知っていた。かといって、当事者の実際はどうであるのかは勿論知らない。
更には、会話中ずっと「解離性障害」を「分裂病」と間違われ続けていた。その都度、私は全く違う病気だと訂正したのだが、精神疾患について知らない誰かについて説明する時、いつもこの難局に出くわす。病名が、こんがらがっているのだ。後の記事で、病名というレッテル貼りについて書いてみようと思う。

ともあれ、私にとって精神疾患の苦しみとは、病名が指し示す症状そのものではなく、孤独感であったり疲労感であったり、他人とうまく関係が取れない劣等感、自己嫌悪が殆どだ。それは恐らく、精神科に通院したり、カウンセリングを必要としたりしない人たちでも、多かれ少なかれ理解できる苦しみの筈だ。


私がカムアウトしたことで、それまで秘めていた障害を教えてくれる相手は多い。
私も外側からは見えないが、相手のことも見えないものだ。
バンドメンバーは、家族が知的障害を持っていることを教えてくれた。私は、知的障害について知らない。話すことで、これまで縁のなかった病気や障害への無知を自覚し、知りたいと思うきっかけになることも多い。

私の病状も、一度の電話だけではうまく伝わらなかった。何度も説明したが、果たして分裂病と解離性同一性障害が全く違うものであると理解してもらえたのかも怪しいものだ。
私が、あっけらかんと喋るから、まるでテレビで見たドラマの話のように軽くしか伝わらなかったような気がする。笑いにすらなっていたから。

また、話す機会があれば話してみようと思った。重い話でもなく、軽い話でもなく、私の手や足や身体のパーツの1つとして、切っても切り離せない現実として、話してみたい。

カミングアウト、理解を求めることは、タイミングも難しいし、病名を告げたからといって終わるわけではない。勇気があれば良いかといえば、偏見は常に蔓延るものだから、偏見を露わにする人間に対しては見下す位の気概がいる。
常識とは、健康な人間の特権ではない。ここにある事実、私という人間のありよう、誰かのありよう、すべてがありのまま認められるべき権利なのだ。



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日々日記 | comment(12) |


2009/04/22 (Wed) 鮮やかな色彩



久しぶりに料理をしてみた。
といっても、焼いたり茹でたりだけなのだけど。コンパクトデジカメが不調で、ぼんやりした画像しか撮れない。なぜだろう。
病院の帰りに寄った100円ショップで、偶然、画像の水色の皿と、別色の黄緑色の皿を見つけた。お揃いのカップもあった。チープなメラミン材に映える鮮やかな色合いが楽しくて、迷わず買った。
その時に、この皿に合わせて久しぶりに何か作るか、と思い立った。

・鱈のレモンバターソテー
・アスパラ(茹でただけ)
・ゆで卵(オニオンソースがけ)
・いちご

前回の記事で書いたバンドのことは、今日一日は考えるのをやめた。毎日欠かさず続けてきたボイストレーニングも今日は休むことに決めた。音楽も一切耳にしないことにした。スコアも見ない。音楽のせいで神経が昂ぶり過ぎて、禄に眠れなくなったからだ。眠りに落ちても、眠剤が効かずに何度も目が覚めたり、眠りが浅くて嫌な夢ばかり見る。絶対必要としてきた昼寝すら全く出来なくなった。
このままではバンドどころか、生活そのものが破綻してしまう。
バンドのことを物理的に生活から締め出すと、少し安定が戻って来た。同時に、家事をやろうという気になった。医者いわく、私は他人のために生きようとし過ぎるらしい。確かに、バンドを始めるとなって以来考えることは自分自身がどうあるかより、メンバーからどう見られるかだけだった。苦しくなって当然だ。

今回は割合長く続いた躁状態だったが、躁過ぎて、くたびれてしまった。常に活動しているせいで家事も疎かになっていたし、部屋は台風一過といった様相を呈している。文字通りのブタ箱だ。
躁状態では、掃除や洗濯など家事一切ができなかった。今日、多少片付けて洗濯機を二度回したが、まだまだ片付いていない。
やらなくても困らない家事といえば、料理だろう。拒食にでもならない限りは、空腹になることはない。大概、チンしたり、お湯を注いだり、最悪袋を開けるだけで何か食べられるからだ。忙しくなると、気が急くこともあって、料理からは最も縁遠くなる。
誰かがいれば腕を揮うのだが、一人だと見てくれすらどうでもいい。
しかし、今日は新しい皿のポップなカラーに助けられた。暮らしの中の色彩が、私は大好きだ。


画像の中で、食材、食器も含めて最も高いものが赤いランチョンマット300円也。
去年の冬に買ったまま冷凍庫に放り込んであった鱈を、バターとレモンでソテーしてみた。
苺は、いちごの王様?あまおうだが、1パック150円だった。
私の得意技の一つといえば、間違いなく<節約>だ。
吝嗇でない、節約生活。安くあげて、質を高く見せることを常に目指す。


健康な精神状態、体調が続いたことはなく、思えば仕事も不安定、当然、収入も不安定で、大概いつもお金がない生活をしてきた。食パンと水だけで生きていた。借金もあった。貧しさと惨めさとその他諸々の当時の状況から、大量殺人欲求を抑えるのにもがき続けた時期もあった。
あの時期をどうにか越えることが出来て、今がある。

解離性障害のためと思うが感情が伴わない記憶だが、労働裁判では長期戦となって、法テラスから借りた弁護士費用(数十万円)と裁判中の生活費を工面、捻出するのに苦労して、負ければ不名誉と多額の借金を覚悟して戦う2年間だった。


メンタル疾患を持つ友人の中に、金銭面で苦労したことがないという人に会ったことがない。
心に疾患を持つということは、ただ心が苦しいだけでなく、生活そのものが苦しくなる。その苦しみがまた心を圧迫し、劣等感や疎外感に苛まれる人は少なくない。
金銭面で、もう少し彼らに援助の手はないものかといつも考える。どの国も同じではあるのだろうが、日本の官僚は、あまりにも無駄遣いが多すぎて、馬鹿馬鹿しいことに巨費を平気で費やしているのを見ると、腹立ちが抑え切れない。


お金がないことは怖いことではない。少しでも工夫して、何とか楽しく生活してやろう。
そう思えるようになったのは、つい最近のことだ。
そのうちに、少しでも工夫して、自分らしくて質も悪くなくて、流行に遅れを取らぬ楽しいものを着ていたい、と思うようになった。

うまく工夫して、両方叶うようになった。

ついでに、何年賞味期限が切れていようが、自分の直感と嗅覚で可食と不可食を見分けられるようになった。
今夜食べた鱈は、購入して約半年経っているが、先月飲んだ牛乳は賞味期限を10日過ぎていて、先々月食べたレトルト卵粥は賞味期限を2年過ぎていた。いずれも私は無事で何ともなかった。
節約に加えて、見極めと丈夫な胃腸、これも特技と言っちゃ特技に違いない。



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元片付けられない女 | comment(0) |


2009/04/21 (Tue) 暗転ミキサー ? 境界性パーソナリティ障害 ?

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分単位で感情が上下し始めた。
まずい。
今朝、リアルな悪夢でうなされたのが始り。
去年からの気懸かりを気懸かりのまま留めておこうとしていたのに、あまりに長い時間抑圧し過ぎて一気に形になってしまった。約束されたことが履行されず連絡も来ない相手に、色んな想像をしてしまう。少なくとも2ヶ月は耐えている。そろそろ不安が確定してしまう頃ではあった。


精神状態が暗転した瞬間、歌うことができる場所も、実は不安定なんだ、と気づいた。
バンドのヴォーカルを始めたのだけど、バンドメンバーの耳が肥えていて技術もある。どうせやるなら、向上心のあるバンドに入れてもらいたいと思って選んだ場所だ。けれど、それは逆に強烈なプレッシャーでもあった。
私なんかが、という気持ちがすぐに湧いて来る。

ヴォーカル審査を受けた時、バンドのメンバーに色んなことを聞いた。しかし、一番訊きたかったことを、私は訊けなかった。
私以外に誰があなたたちのバンドの審査を受けたのか。彼女らへの評価はどうだったのか。誰かを保留にしているのか。それとも私だけに期待してくれているのか。
直接的な言葉にできず、間接的に訊いていたら、私の不安が少し伝わったようだった。

突き詰めるところ、全ては人間関係だ。熱意と努力と人間性は、時間をかけて試される。そこに期限などはない。

人生の半分、バンドを続けてきたメンバーたちは、そう話してくれた。様々な条件を互いに満たしあって継続していく継続そのものに意味と価値があるという。
私は、音楽という素晴らしいものの前で、我が身の浅ましさと浅薄さを思い知らされた気がして猛省したものだった。

私は、審査で一発で合格を貰いたいと思っていた。
不安定な立場は、私が最も苦手とするところだ。誰かと付き合うと常に自分が評価されているような気がして不安になる。自分に価値などないことが、いつ相手にばれてしまうだろうかと怯えている。境界性人格障害。もしくは、私の過去が作ってきた私の習い性。

しかし、弱気になった時点で、それは負けたも同然、諦めるも同然だから、必死でモチベーションを高め続けた。寸暇を惜しんで努力した。他の事に手がつかない位だった。体力の限界も気力の限界も、気をつけようと思っていたのに、歌が好き過ぎて楽し過ぎて早々に戒めは吹っ飛んでしまった。
この調子で行くと、いつ気力が途切れるか分からないな、と思っていたら、まさに今日がターニングポイントになってしまった。

努力すればする程、認められたいと思えば思うほど、自分に欠けているものが次々具体的に見えて来る。見えるということは、克服できるということだ。方法も分かっている。けれど、行動する前に心が折れそうだ。このままじゃ、元も子もない。

決定的に不安になったのは、ついさっきメンバーから来た一通のメールだ。
「ヴォーカルは、バンドの顔だし、ヴォーカル次第でバンドが決まるといってもいい。安心して任せられるヴォーカルがありがたい」と書いてあった。
スタートしたばかりなのだから、恐らく普通の内容、もしくは至極妥当な内容である筈だ。
しかし、私には死刑宣告も同然だった。

私は、バンドの顔にはなれないし、バンドに迷惑をかけてしまう、安心して任せてとは到底いえない、ただやる気と努力だけのヴォーカル志願。私は、除外されてしまう。私を除外するための前口上のメールかもしれない。そう思った。

相手の些細な言葉の遣い方に必要以上に反応し、ネガティブに捉える傾向が強烈に出ているのだと思う。

数分前までは、とてもポジティブだったのに、あんなに練習もしてきたのに、努力が予想以上に早く実ってきているのを確かに実感しているのに、一気に自分は駄目だ、と思ってしまった。
60点でも70点でも駄目。将来性や見込み評価は、0点と殆ど変わらない。
今現在100点を取らないと、得たものを失ってしまう。相手を失望させてしまう。1つも失点してはならないというプレッシャーで自滅しそうだ。

バンド活動とは何ら関係ない、今朝方見た夢の不安もごちゃ混ぜになって軽くパニック状態になってきた。

次回のスタジオ練習までにマスターしなければならない曲は、4曲ある。どれも最初から、ちょっと頭おかしいんじゃないの、という難易度の高さだ。だからこそやりがいがあって、今日はとことん練習して、3曲は8割方マスターしたと感じて楽しくて仕方なかった。それが昼のこと。今は、全く駄目だとしか思えない。
僅か数時間で、自分の価値が80点から0点どころか、マイナスに大暴落したわけだ。
自分で自分を追い詰める思考が止まらない。頭がおかしくなりそうだ。
歌うことなんて、努力でどうとでもなる。どうにかしてみせる。でも、その努力すら気力に支えられている。気持ちが折れたら、私には何も残らない。
難しい曲をどう歌うかより、自分という存在の方が100倍厄介だ。
どう扱っていいのか分からない。



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境界性人格障害 | comment(2) |


2009/04/20 (Mon) カウントステップ ? いじめ・人格障害 ?

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何日も連続して好きなことを思う存分やれている。

けれど、いつも頭の片隅に不安がある。
いつまでこの調子で行けるだろう。
明日まで?明後日まで?今週中はいけるだろうか?
体調と精神状態、どちらもシーソーの真ん中に片足で立つように微妙なバランスでどうにか保っている。
身じろぎするのも危ないのかもしれない。
安定を最優先するならば、動かずにずっといられるなら、それでいいかもしれない。
でも、動かず、感じず、生きていないふりをして生きていくのは、もう嫌だ。

私はずっと私でいられずに生きてきた。
好きなことをやらず、やれず、好きだとも周囲に言えなかった。

踊ること、歌うこと、笑うこと、表現すること、一緒にやれる仲間を作ること。
したくても、出来なかった。
自信がなかった。
クズの私に出来そうなことは何もなかった。
私なんかがやれば笑われると思っていた。
出来るだけ目立たないようにしていた。
ずっとどこへ行ってもいじめられてきたのは、何故だったのか未だよく分からない。
ただ、卑屈で他人の加虐心を煽る傾向はあったのだと思う。
それから、弱くて抵抗できない私は、他人からは利用しやすく、玩具にしやすく、実際私は抵抗できずに、泣きそうな顔でへらへら笑うしかなかった。その笑いも、あまりに惨めで引き攣ってうまくできなかった。
そんな過去が私を縛り続けた。虐められた人間の習性から逃れられず、もがき続けた。虐められた経験が、自分の何もかもを作り上げたかのような気すらしていた。

新しい場所、新しい人間関係は、怖い。
すごく怖い。
真っ暗なお化け屋敷を一人で歩いているような心地がする。必ず怖いものが飛び出て来るのを知っているのに先へ先へ進んでいる。
初対面の人間に見せるわけにはいかない恐怖だから、私は笑って色んな人と話す。一瞬一瞬に自分はどうありたいのか自分に問いかけている。
人は怖い。

でも、私は怖くてもやりたいことがある。
もう我慢したくない。

昨日、新たに歌う場所を手に入れた。
審査され、通過しなければ手に入れられない場所だった。ナーバスになりすぎて、昨日が無事終わるまで眠れなかった。5分10分を惜しんで練習した。
そうして、手に入れた。
私が、私らしくいられる場所を自分で手に入れられるなんて、考えたこともなかった。


ダンススクールも、新しく始めた歌うことも、その場で知り合った人たちから私は明るくて積極的でユニークだと思われている。人見知りせず「自由奔放」と言われる。その言葉に明らかな羨望を感じて私は戸惑う。

過去、何もかもに縛られ絡め取られ、生気もなく、馬鹿にされたり嘲笑されたり虐められたり、生きていればそれだけだから、出来るだけ早く生を終わらせたかった。終わりたい。そればかり願っていた。

過去と現在が、不自然に存在している。
過去と現在を繋いでいるはずの時間と記憶が見当たらない。何か重要な記憶や経験が欠落しているのか、随分飛躍している。

時々、ふいに考える。
私は、一体誰なんだろう?
私も、一時凌ぎの人格に過ぎないんじゃないか。
いつか消えてしまうんじゃないのか。
私は、いつから私で、いつまで私でいられるんだろう。
考え始めると、頭の中に毒ガスが充満してきて、恐怖でわけのわからないことを叫びそうになる。
強烈な不安に襲われる。


そんな不安も恐怖も全て消し飛んでしまう瞬間がある。
踊っているときと、歌っているとき。
自分のこの身体と共にあるのだと実感できる。
身体と繋がっていることを実感できた瞬間、重しのような過去を忘れる。何層にも、何次元にも構造を重ね、入り組んでしまった厄介な心のことも忘れてしまう。
音とリズムと身体があればいい。
純粋に「生きている」と感じることが出来る。
音楽が生きているのか、私が生きているのか、身体が生きているのか、心が生きているのか、それとも世界すべてが生きているのか分からなくなる。

帰りの地下鉄のホームで、小さくこっそりステップを踏んだ。
プラットホームを叩く自分のヒールの音が、音楽になる。
人に依存しなければ生きていけない私だったのに、今は一人でも幸せでいられるのだと驚いた。
その瞬間の私は、ちゃんと笑って生きている。


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○お知らせ○

※只今多忙のため、記事内容が現在とずれていること多々あり。
リアルタイムでは⇒Twitterでしょっちゅう呟いてます。ご興味あれば、ぜひどうぞ。

※頂いたコメントへのお返事が遅れています。申し訳ありません。更新の励みに、大切に拝見しています。必ず返信させていただきますので、お気軽にコメント下さい。


日々日記 | comment(5) |


2009/04/18 (Sat) 私の時間 ? 解離性障害 ?

物凄く嬉しいことがあった。
帰り道、何もかもが新鮮に見えて笑顔で帰って来た位。

カウンセリングに行って、自分の足で帰って来れた。
時間が飛ばなかった。
私が、私のままでいられた。
泣き喚くこともなく、吐くこともなく、過呼吸起こすでもなく、倒れるでもなく、何より交代するでもなく。体に痣もないし、手首に傷もない、手にホッチキスの穴もない。
いつものようにロボットになるでもなく、笑ったり泣いたり真剣に話したり、私として先生と話せた。
そのままちゃんと料金を支払い、挨拶をして、駅まで歩いて電車に乗って帰って来れた。

嬉しい!嬉しい!


いつも私は途中からストンと落ちてしまい、Aに交代されている。
当然、私のカウンセリングの時間は奪われる。
Aは子供で自力で帰れないから、毎回先生が自宅まで車で送って下さっているらしい。とんでもないご厚意を受けている。
私の自宅まで、地図で見れば、対角線上にある。片道どれだけかかるのか。きっと、とても遠い。
一度私も送って頂いたことがある。私は意識が朦朧としていて身体の制御が取れなかった。分単位で3人と交代し続けていると先生に教えてもらった。Aが走行中の車から飛び下りようとしていて、私はその時死にたくなくて、Sも同じで、運転中の先生も多分大変だったと思う。最悪だった。ああ、あの時は最悪だった、苦しかった。家まで先生の車で何分かかったのか、何時間かかったのかまるで分からなかった。


でも、今日は先生に迷惑をかけず、私が帰って来れた。
ついでに、なぜか体と精神の疲れがすっかり取れた。カウンセリングが終わった時に、はっきり感じた。初めて、リラックスできていた。


それまでの私は、ずっと躁状態だった。アッパーな気分に引きずり回されて何日経つだろう。すっかりくたびれていた。昼寝しようとしても、今日は内側の声がうるさくてうるさくて眠れたものじゃなかった。加えて、世界中のラジオの電波を同時に幾つも受信しているみたいに、取るに足らない出来事や私とは全く無関係の誰かのやりとりや今日の生活や暮らしが、音と映像になって頭の中に、どんどん流れ込んできた。

休めないのを良いことに、躁状態の私はダンス用の音楽でたっぷり3曲分は踊った。直後に後悔した。完全に疲労しきった体で、更に外出し、用事をこなした。
明日、一つの大きな大きなハードルを越えるか否かの分岐点なのだ。とんでもなく高い高いハードルだ。その下準備に追われていて、肉体的にも精神的にもボロボロであった。


なぜ今日、交代せずに帰って来れたのか分からない。
カウンセラーの先生に「今日はじめて・・・!」といいかけたら、先生も同じことを思っていたらしく、「そうですね。はじめてですね」と笑って応えてくださった。この達成感や喜びが、先生にも伝わっている気がした。
それも嬉しさを2倍にした。

解離しそうだと思った瞬間は、3度あった。1度は、自分から申告して話題を途中でかえてもらった。それも良かったのかもしれない。
とにかく先生に、ちゃんと笑顔で「ありがとうございました」と頭を下げて退室できた。


とにかく、嬉しくてたまらない。
嬉しくて書いている。文章の前後が壊れているかもしれない。構わない。

私の時間を、私がちゃんと持っている。
嬉しくて、自宅にまっすぐ帰るのが勿体無くて、散歩がてらに寄ったスーパーで、お惣菜の半額セールをやっていた。
交代せずに帰って来れたから味わえる楽しみ。

自分の時間を持てることが有難くて、半額で買ったお弁当を温めて、嬉しさをかみしめて食べた。
嬉しい!嬉しい!嬉しい!



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治療日記 | comment(12) |


2009/04/16 (Thu) 遺言書と引きこもり ?機能不全家族・ひきこもり・強迫性障害?

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※多少、長文ですが重要な記事にて、最後までお付き合い下されば幸いです。

機能不全家族(Wikipedia 機能不全家族)の中で苦しんでいた時代から遷り変わり、私は機能不全家族の外円に接して生きている。
心は、この家族の病理を受け付けられないままでいるが、頭は、闇の仕組みを理解し把握し、生きるために適切な態度をマスターしている。受動的でもなく、能動的でもなく、積極的でもなく、消極的でもない。

かつて私は、狂っていた。私も、とでも言おうか。
「機能不全家族」という名前も知らなかった。それ以前に、どれほど自分が苦しくても屈辱を味わわされても、リンチを受けても、「これが普通の家族」と信じて疑わなかった。それどころか、愛情すら存在すると信じて疑わなかった。
カウンセリングを受け、本を読み漁り、自己分析を出来うる限り重ね、体験を重ね、今の私は、狂気を知って正気を知った、そのスレスレの狭間で息をしている。私は、自分の人生に責任が持てる。少なくともその努力が出来るまでに回復した。

同じ環境で育った弟MKが引きこもって、15年が経つ。
過去の同級生は、仕事を持ち家庭を持ち、子供を持ち、家を建てた者もいる。
MKの暮らしは、人間のものとは思えない。人間不信、極度の強迫性障害、コミュニケーション能力ほぼ欠落、友人なし、ネット上にもなし、民族蔑視の極み、劣等感の極限、髪は去年から洗わず切らず、全身から悪臭。その他、挙げればきりがない。
絶望と憎しみを煮詰めると、諦めという惨劇が生まれる。彼は、人間としての惨劇そのものだ。

一つ屋根の下に暮らしておきながら、いまだMKの問題を直視できない両親。
私は、彼らが直視しないままに問題に取り組むように時々仕向ける。

私が心掛けることは、至極簡単だ。
 怒らせてはならない。私の身が危うくなる。
 ある一定の領域以上は、踏み込んではならない。私の精神状態が乱される。
 相手の間違いや矛盾に気づいても、正そうとしてはならない。感情的になると頭が働かなくなり、拒絶の塊になる相手だから。


以下は、数日前の電話。
私も父も、最初から最後まで声を荒げず、感情もフラット。
私たちは、実に<うまく>いっている。
家族の和さえ乱さなければ、何でもまかりとおる。
暴力もリンチも暴言も嘲笑も、まかりとおる。
そして、私の話もある程度まかり通る。
例え、99%の確率で彼らの耳を素通りするだけだとしても構わない。
私は今、自分が後悔しないためだけに生きている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「もしもし。体調はどう?昨日、また夕食の時に胸苦しくなったってお母さんから聞いたけど」

「そうやねん。何か気分が悪ーくなってな。吐きそうやった」

「試験勉強に根詰めすぎてるからじゃない? 他にも聞いてる限りじゃパニック障害になりかけてる気がするから、休む時は休んだ方がいいよ」

「そやな。やけど、試験日が近いんや。問題が難しくてなぁ・・・もうほんま難しいわ」

「馴れが大事な問題やん。メリハリつけて、やっていったら、そのうち慣れてくるって」

「そやとええけどなぁ」

「ところで昨日、MTと電話で話したんやけど。おばあちゃんの命日のこととか、家系図のことでお母さん遠縁と揉めてたやん。そのうちお父さんら死んだら、うちらで親戚付き合いしてかなあかんし、その家のこともどないするんやろて姉弟で話してんやん。そんなんもそろそろ考えなあかんやん」

「そろそろて、まだまだ長生きするで俺たちは」

「私は自分が明日生きてるかも分からんと思ってるからなぁ。お父さんらも、何あるか分からんやん。人間いつ死ぬかなんて分からんけど、必ず死ぬねんから、その後のこと考えて準備しといてええやん」

「そらそうかもしれんけどなぁ・・・。家のことって何や」

「MKが引きこもって15年なるやん? このまま何もせんで放置しとって社会出られへんままお父さんら死んだら、MKは、あの家にそのままおるんやろ?」

「そりゃそうや。あいつが出るわけないやないか」

「出んでも、あの家と土地持ってるだけで固定資産税とか払ってかなあかんよな? そうなったらMKは払えんし、家と土地売り払うしかなくなるやん。お金が欲しいんやなくて、あの家と土地はうちら家族が住んできたもんやし、それを他人に売り払うんは私はいやなんやん? おばあちゃんのも埋めてあるしなぁ」

「そりゃ俺も嫌やでそんなん。土地とこの家はなぁ・・・守りたいわ」

「どないして守るんな」

「どうもこうも、あいつが外に出んから仕方ないやないか」

「仕方ないって言うには早いんじゃない? 引きこもりの専門家に来て貰うとか、施設で生活できるところもあるし、精神科医の往診に来てもらうとか、方法はいろいろあるけど。何か手を打たな、あいつこのままやん。うちら姉弟は、MKのことは面倒見いひんて決めてんねん。お父さんら死んだらな。それ、前から何回も言うてると思うけど。MKを生きてる間にどうにかせな、家と土地失うで」

「そんなん出来るか!? あいつを警察に渡すようなまねできるか!?」

「警察やなくて、専門家や。強迫性障害も酷くなって、あいつもう自分の部屋にも入れんくなってるやん。椅子でしか寝ぇへんし、引きこもりやなくて精神病の域に入ってるねんで」

「ぶっ殺すか?」

「殺せんの?」

「俺はいややぞ。安らかに死にたいから刑務所には行かんぞ」

「せやったら、専門家頼ったら?」

「できるか。無理矢理あいつを連れ出してみい。MKは俺を殺しに来るで」

「そうなん?」

「俺は嫌やぞ。殺さてたまるか。あいつならやるぞ」

「殺されたらいいんじゃない?」

「あほぬかせ」

「MK、株相変わらずなんやろ」

「そうや。もう24時間張り付いてやっとるわ。でも一銭も儲からんのや。あれは博打や。世界中のあらゆる事件で株価が変わるから、予想なんかつかんのや。あいつはあかん。株ばーっかりやっとるわ」

「はじめから私言うてるやん。お金まともに稼いで使ったことない、社会に出たことなくて、どんだけ本で勉強したかて、儲けられるわけないやん。だいたい時給にしたら、幾らやねん。赤字やん。何年やってんの」

「もう2年以上になるなぁ」

「仕事って、そんなもんちゃうやん。住むとこと食べるもの確保できる安定があるのが仕事やろ?今の状態で株なんて、ただの道楽やん。それで固定資産税とか払っていけるわけないから、家と土地のこと心配してんねんけど」

「仕方ないやないか。俺が責任もってやるわ」

「どうすんの?」

「知るか。そんな先のことは分からん」

「そんな先のことでもないで?お父さんも、最近あちこち体悪くしてるし、お母さんも年やん。MKのこと放ったらかして死んでも、私よう面倒見いひんで。お父さんらの問題やからなMKのことは」

「そりゃそうやけどな・・・人間みんな死ぬからな」

「いつ死ぬかなんて分からんやん」

「そりゃそうや」

「せやったら、家と土地どないするか、お父さんらの好きなようでいいから遺言書作ってや。後で揉めるのも考えるのも厄介事処理するのも、絶対長女で一番しっかりしてる私なんやから。
揉めんように1年か2年以内に弁護士を雇って遺言書を作ってくれる?」 

「恐ろしいこと言うな」

「現実やん。明日来るかもしれん現実。お金はどうでもええわ。MKの事と家と土地で揉めるの嫌やねん。しっかり準備しといて」

「わかった!俺が全部家取り壊して、お母さんに全部やるわ」

「お母さんに? お父さん、長生きしてMKを死ぬまで養ってお母さんのこともMKのことも家族全員のこと看取ってから死ぬっていつも言ってるやん。お母さんより先に死ぬん?」

「いや。死なん」

「そうなんや」

「ややこしいから、もういいわ。とにかく今勉強で忙しいから。そういう今すぐ分からんこと言われても仕方ないわ」

「MKのことは?」

「仕方ないやないか。あいつは何考えてるかさっぱり分からん」

「まあ、今から準備して段取り取っておいて欲しいだけだから。内容は何でもいいから遺言書だけは作成してね。遅くても1,2年以内に」

「まあ考えとくわ。よう分からんわ。じゃ今からまた勉強するから」

「はーい。じゃあまたね」


・・・・・・・・・・・・・・・・

機能不全家族において強いられるルール
(クラウディア・ブラックの言を参考に、思いつくだけ列挙)
1.話すな    問題について話し合うのはよくない。
2.感じるな   感情を素直に表すのはよくない。
3.信頼するな  人を信じるな。家族の事は外に漏らしてはならない。
4.考えるな   疑問を持つのはよくない。ロボットになれ。
5.要求するな  質問しない。頼まない。
6.遊ぶな    家族を第一に。遊ぶこと休むことは許されざる悪。治療も悪。




機能不全家族(当ブログ内リンク・私の家族について少しずつ書いています)
Wikipedia 機能不全家族

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機能不全家族 | comment(2) |


2009/04/14 (Tue) 針とレコード ? 解離性障害・躁鬱 ?

20090414.jpg

13日、ほぼ1ヶ月ぶりの通院。
医者を前にしても何を話していいのか分からず、ぼーっとしていた。
「大丈夫ですか?」
と、N先生が訊くから、
「あまり大丈夫じゃありませんが、大丈夫です」
という、わけのわからない返答になった。

感情のジェットコースターで、しこたま宙をグルグル飛ばされた後で「大丈夫ですか?」と訊かれると、答えようがないのかもしれない。
今乗っている時間だって、もう少しすれば、また滑り出して止まらなくなるかもしれない。現に、いつもその繰り返しなのだから、保証は一切ない。

しかし、そういえば変化がありましたと報告した。
私は、話した。

「カウンセリング療法を10年近く受けてきて、もう十分だと思っていた私の家族に関する分析が、これまでのカウンセラーのもとでは全く不十分であったと今のカウンセラーに指摘されました。だから、私自身のことも未だ核心まで至っていないようです。私は、まだまだかかるんだって気づきました」

先生は、腕だけ伸ばしてカタカタとパソコンに記録していた。

「私は、自分の中にいる凶暴な怒りと憎しみと復讐心の塊のような怪物に困っているます。カウンセラーに危険が及べば、治療を打ち切られます。どこへ入院しても同じです。私が治療を受ける上で、怪物Kの存在が妨げになっています。人と親密になることが怖いです。誰かを傷つけるかもしれないと怖いです」

じっと聞いていたN先生は、私の言葉を途中で遮った。
「今はどうあれ、昔のあなたには解離が必要だったんです。どうしても、必要だった。誰が悪いわけでもなく、あなたはそれを埋めなければならなかったんです」
そう言った。

私は、過去のことなどどうでも良いと思った。
なぜ今自分がこうなのかは、もうどうでもいいことだ。こんな時の医療従事者の発言パターンは、読めている。今教えて欲しいことは、Kをどうするかだ。消してしまえるのか、埋めたままにしておけるのか、それとも時間とやらをかけて現実を犠牲にして宥めて取り込んで認めろというのか。どうしろというのか。

「埋めたとしても、痕跡くらい残っていてもいいじゃないですか。なのに自分が埋めた痕跡すらない。けれど、どうにかしないと私が困るんです。私は色々忘れているようです。膨大に忘れています。埋めたのなら、これを掘り起こすべきですか?全て掘り起こすべきですか? Kを放置しておけばいいんですか?どうすればいいんですか? 一昨日のフラッシュバックの内容すら大方忘れてしまいました。私は忘れてしまう」

レコード盤の上で針が飛ぶように、いつも同じところで消えてしまう。自分の在り処を見失う。うんざりだ。

先生は、再度私を遮った。
「あなたは、お手上げだったんです。昔のあなたは、お手上げだった。相手は強敵です。簡単には勝てない。だからこそ慎重に扱わなければならないんです」

先生の強い口調に圧されて、私は黙った。
少しして涙が流れるのを感じた。
「どうすればいいのか?」と問いかけた私への答えになっていない。しかし、これが今の私が心から必要としていた答えなんだと分かった。

「相手は強敵です」と、私に宣告するように言った先生は、私以上に私の現状を理解していた。
何とかしなきゃ、何とかしなきゃと焦っていた私に、現実を見ろ、と言ったのだった。
焦るばかりで私には何の方策もない。現状に追われて負けているから、何も思いつかず不安に呑み込まれそうな私を、引き止めてくれた。
私が知るべきは、「相手は強敵だ」という事実だった。
患者の言葉をBGMのように喋らせっぱなしにさせておいて、適当な相槌を打つ医者じゃない。そんな点でN先生を気に入っているが、この時も、先生を選んでよかったと思った。


解離の話はやめて、躁状態について話した。
例えばどんな?と訊かれたので、
「大学院に行こうと思っています」
と真剣に答えると、小さく笑われた。先生の反応を見て、自分が突拍子もない事を言ったことに気づく。そういえば、そうだ。今の私に、そんな大それたことが出来る程の体力も気力もなければ、第一お金がないではないか。なのに私は、なぜこんなに叶わないはずはないとすら確信しているのだろう。
やはり私は、また躁状態に突入していたのだった。

躁状態と回復期の区別を訊いてみた。いずれ来る回復期を、躁状態と勘違いして逃してしまっては勿体無いから。
「躁状態は、勢いで何もかも決めてしまって周囲に迷惑をかけます。また、ご本人も自分に疲れてしまいます。数ヵ月後も同じ気持ちなら、それは躁状態ではないでしょう」
と言われた。なるほど。例えば私が来月も大学院に行こうとしているかと考えれば、恐らくその頃にはすっかり忘れて違うことをしていそうだ。


前回、感情の起伏が激しすぎるため新たに処方された薬は、効いているようですと報告した。「大学院に行きます」の発言の後で、あまり説得力のない言だけど。
先生からすすめられた処方は正解だったようだ。飲むにあたって自分でもしつこい位に調べ上げた甲斐があった。眠剤を1種類減らしているが、それも多分正解。睡眠がうまくとれない日の方が多いが、身体への負担も考えて薬は最小限にしておきたい。相性の良い薬を日々の調子によって加減することで、減薬できている。

「ついでに湿布を下さい」とお願いしたら、「何かあったのか」と訊かれる。
「ダンスを始めたんです。筋肉痛がひどくて」と話すと、私がさっき「大学院に行こうと思います」と言った時と同じような顔で苦笑して、たっぷり湿布を処方してくれた。
ダンススクールでの対人関係が予想通り影響して、精神的に不安定になっている事は話さなかった。
人格障害を持つ私にとって、誰かと親密になる事は精神の安定を欠くこと抜きにしては成り立たない。

診察を受けている間中、私の様子は、ふわふわしておかしかったようだ。
近々もう一度来るように言われて、私もお願いした。


夕暮れの中、帰路に着いて思った。
カウンセリング療法が、とても荒療治に感じる今、痛みに寄り添ってくれるスタンスの医者は有難い。
カウンセリングだけでは、きっと治療を続けてはいけないし、通院だけでも不可能だ。



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治療日記 | comment(0) |


2009/04/13 (Mon) チリンチリン と わたし

薬がすっかり切れてしまい、ダンスの度の筋肉痛で湿布も欲しい。
病院へ出かけた。

久しぶりに愛車(自転車)に乗った。
ブリジストンのタイヤをアコギなオッサンに無理矢理はかされた例の愛車である。

た?のしぃぃぃいい?!

天気も良いし、気持ちよい風が吹いていて、目的地が病院であろうと気分が良い道中だ。
昨日から、突如躁状態に入り、脳内がお花畑なので、大学院に行く予定(妄想)とか、バンドをやる予定とか(妄そ(ry、凄い油絵の大作を描いてしまうとか(ryで、とても幸せだった。
※どの妄想も花畑過ぎて、この後の診察で医者から一笑に付されたが。

春風爽やかな道中、ふと気づいた。
愛車のハンドルに、違和感を感じた。
あったはずのものが、ないのだ。
自転車のチリンチリンがない

盗られたーー!!

誰かが盗りやがった・・・!
私の愛車のチリンチリンを・・・・!


一体どこでいつ誰に盗られたのだろう。
まさかうちのチリンチリンに限って。

凄く落ち込んでいいのかも微妙で、地味なショックで心が沈む。
たどり着いた病院の待合室の椅子に座って、しばらく茫然としていた。


↓↓こんなにシンプルになりました(怒)
20090413.jpg


チリンチリンで済んだから良かったじゃないか。

そんなふうに、自分に言い聞かせることができたのは、数十分も後のことだった。
数多の自転車盗難被害の中でも、思えば今回は軽症だ。

自転車被害に置いて致命的なのは、何といってもサドル
サドルを盗られてしまえば、衆目の中立ちこぎで自転車屋に駆け込むより他にない。そんな惨劇よりも、チリンチリンは百倍ましだ。


そもそも、私はチリンチリンを愛していただろうか。
随分以前から、チリンチリンの是非について考えるところがあった。
歩行者には、できれば口頭で丁寧に注意を促したいものだ。
あろうことか人様の背後から、どけどけとばかりにけたたましくベルを鳴らす行為には、以前から疑問を持っていた。

従って、私がチリンチリンを使用する頻度は、年に1度あるかないかであった。
こんな私は、チリンチリンを存分に活かして来れたとは到底言えない。
私のチリンチリンは、本来の存在意義と機能を奪われた。奪っていたのは誰だ。紛れもない、私である。
チリンチリンは、もはや私の愛車の右ハンドルにつけられた、ただのお飾りと化していた。本来の役目を果たせず長年不本意な運命を強いられてきた、それが私のチリンチリンであったのだ。

他方、犯人は、チリンチリンを必要としていた。
必要としなければ、盗みもすまい。
工具を使ってボルトを緩めなければ、チリンチリンは盗めない。にも関わらず、果敢にも挑み、彼奴は見事その手にチリンチリンを掴んだ。
ようやく真の意味で必要としてくれる人の元へ旅立った。
私のチリンチリンも本望であろう。


などと、思うわけがない。
チュートリアルの漫才ネタで爆笑していた私が数年後の今日、同じ目に遭うとは・・・。


犯人よ。
見ているか?
お前に一言言っておく。

私のチリンチリンを返せとは言わない。
どこぞの誰や知らんけど、そんなに欲しいならくれたるわい。

そのかわり今夜にでも
お前のサドルが盗まれますように(呪)


◇なまずのオッサン と わたし


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大阪駄文 | comment(8) |


2009/04/11 (Sat) 生まれて、変わる。 ? 解離性障害・境界性人格障害 ?

2009411.jpg

昨夜、フラッシュバックの連続で気が狂うかと思った。
錯乱状態でカウンセラーに大量のメールを送りつけたと思う。
携帯を確認はしていない。見れば気が滅入るのは確実だから。

分単位で、無感情と激情が襲ってきた。
フラッシュバックにのみこまれて、誰か助けてくれと暴れて泣き喚いた。
いのちの電話に電話しようかと思ったが、今の私を助けられはしないと私は知っていたから、絶望した。
カウンセラーに電話したが繋がらなかった。

解離が酷くて、キーボードまで15メートル位の距離感。
別に腕が伸びているわけでもない。強烈な離人感だ。
ぼんやり自覚しながら、泣きながらカウンセラーにメールを打った。

カウンセリング中に交代した人格Aがカウンセラーと交わした会話が流れ込んで来た。私とAが重なって吐気がした。Aの日記を思い出し、感情移入して泣いた。頭の中がグチャグチャになった。
そのうち、カウンセリングに行ったのが今夜だったのか何日も前だったのか、何時間経ったのか、何日経ったのかも分からなくなった。時間感覚の歪みが途方も無く気味悪くなって、恐怖と孤独で泣いた。


同時に不思議と、次から次へとやりたいことが湧いてきた。
私は、気づき始めている。
向き合わなければならない真実の核心を掴み始めている。
恐怖で身が竦んだ。
心細くて泣いた。一切の天地を失って、掴めるものは真実しかない。
真実は痛い。怖い。怖い。怖い。



カーテンの間から漏れる光に気づいたのが朝だったのか。
身体を動かすことが出来なかった。
私も、他の人格も身体を動かせないでいるのか、完全に不在だった。
身体を操縦する者がいない。

人形のような身体を放置して、私は眠ったり起きたりを繰り返した。

眠っている間に夢を見た。
あまりに肉体感覚が伴う夢だったから、現実なのかと思った。
性的幼女人格Aと私がセックスしている夢だった。正確には、Aが私とセックスしたがって、そうなった。青いワゴン車の狭い後部座席で。Sが見ていて、Kは矢張り無関心でそっぽを向いていた。


夢から覚めると、身体が動かせることに気づいた。
意識と自分を繋いでみると、昨夜フラッシュバックで体験したことの半分以上は忘れたようだった。
今だ記憶に残っているものだけが、激情と共に思い起こされて私は泣いた。

とてつもない衝動にかられてカウンセリングルームに電話した。
面談中らしく繋がらなかった。
昨日行ったばかりで今日は勿論カウンセリングの予約は入れていない。
カウンセラーは昨夜送りつけられた意味不明の大量のメールを読んで、私にうんざりしているだろう。
現に返事が来ていない。
多分いつものように「あまりに内容が破綻していて、どう返事を書けばいいのか返信しようがない」のだ、きっと。

カウンセラーの携帯に電話して、途中で切った。
何をどう話していいのか分からないからだ。
けれど、とにかく伝えなくてはならない。
メールで書こうとしたが、すぐにやめた。また下書きを書いて、すぐにやめた。

私の中に、物凄く大きな大きな変化が起きた。
今日、たった今がそうなのだ、と確信した。
会って話さなければならない。
最悪でも電話で話したい。

いつもならば必ず相手の予定を聞くものなのに、私は今のこの衝動にこそは徹底的に従うべきだと感じた。
急いで身支度をしながら、カウンセラーにメールを打った。
近くまで行くから会って話したい、無理なら出直します、と。
家を出ようとしたところでカウンセラーから返事があった。
今日は、予約がいっぱいで会って話すことはできない。
電話でなら?と訊いたら、空いている隙間の時間を教えてくれた。

そこでまた、私の意識が切れた。
再び気がついた時、私は泣いた。
とてもとても大切なことに気がついた。多分、私のこれから先の一生を変えるほどの大事な事だ。
なのに私は、また私でなくなる。
昨夜の記憶を忘れたように、今朝身体と意識が切断されていたように、今掴んだ大切な真実まで忘れてしまうかもしれない。


カウンセラーが指定してくれた時間まで、私が安定しているとも限らず、思考も明晰な時があったかと思えば、すぐに濁って澱んだりする。
それどころか、私はなぜカウンセラーにこんなにも何かを話したがっているんだっけ?と、乾いた気分になったりした。感情が乾いて剥がれ落ちてしまう。もしくは、私が乾いて感情から剥がれ落ちるのか。

指定の時間に自分が解離して電話できなかった時のために、メールを書き始めた。
下書きを書いては消し、書いては消し、20通くらい書いた。どれも送ることが出来ず、最後の1通だけ慌ててカウンセラーに送信した。


送信したら時間になっていた。
電話をかけた。
冷静に話すつもりだったのに、私は泣いて泣いて、みっともない程泣いた。
けれど、出来る限り順序立てて話した。


昨夜の人格Aと先生のやりとりを聞いた。
私がAと夢の中でセックスしたのは、偶然ではなかった。
Aの日記を読んでいるからなのか、それともAが私で私がAだからなのか、先生が話すのを聞いていると涙が止まらなかった。
いつかAと融合する日が来るのかもしれない。


カウンセラーの先生と話して、確信はより確実になった。
何ヶ月も前から考えてきたことに間違いはなかったと知った。
苦しみという主に、引っ掛けられた縄を無理矢理引っ張られて、じりじり前進する犬のような生き方は、もうやめだ。


何病であっても、どんな過去があっても、健康でなくても、私は私らしく生きられる。
このブログにも、ありのままの私の葛藤や苦しみや絶望や闘病と、希望を綴ることが出来るようになる。同病者に限らず、何病でもいい、誰かに伝えられるようになる。私が持ち得る限りの希望を。
私は、ようやく現実的な希望を手にした。
希望は、やっぱり泥の中にあった。
仰ぎ見るものでもなく、遠くで光るものでもなく、手でしっかりと掴める場所にあった。


私は、また私でなくなるかもしれない。
今確信しているものが剥がれ落ちてしまう日もきっとある。
それでも、今日から変化が始る。
私らしく生きられる。



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解離性同一性障害 | comment(8) |


2009/04/09 (Thu) 桜日和

今週の頭からダンスレッスンだカウンセリングだ何だかんだで疲れが既にピークだ。
しかし、思えば2年連続一人花見を続けている。
今年は友達と行ってもいいんじゃないかと、前日の天気予報を見て奮起した。

ダンス友達と一緒に、美術館とお花見に行ってきた。
大阪の桜は、今が満開だ。

しかし、着くなり空腹の私達。
まず喋って食べなければ始らない。
そんなわけで、ふらりと入ったお好み焼き屋で昼食にした。

店のおばちゃんは、何十年もこの地で店を営んできたようだ。
鉄板で、お好み焼きを手早く丁寧にじっくり焼く。手際を見ているだけで心地よい。春のうららかな外光だけで、狭い店内の明かりは十分だった。天井角にテレビが置かれていて、昼のワイドショーが微かな音で流れていた。心落ち着く。

近所の顔なじみらしいおばあちゃんが、杖をついて入ってきた。
店主は、ちょっとだけ笑顔で挨拶した後は、声をかけられても気づかない。
私達に背中を向けて、物凄い集中力で3枚のお好み焼きを焼いているのだった。

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大阪に住んでいれば当然、色んなお好み焼きを食べてきたものだが、この店のおばちゃんのお好み焼きは、物凄い美味かった。

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食べている間、おばあちゃん客と店主はテレビの筍特集を見ながら、近所の何丁目の奥さんが筍を茹でるのが上手いとか、筍は生でぱりぱり食べるのが一番好きやわぁなどと話していた。
私達は、ひたすらに美味い美味いと、お好み焼きを平らげるのに夢中だった。


ごちそうさま、と店を出て、桜が満開の公園に寄った。
決して大きな公園ではないけれど、海がすぐそばにあって、猫や鳥や魚が銘々のペースで暮らしている。人ごみが苦手で、一人でも気楽にのんびりできて、通りすがりの地元の人と気軽に話したい私にとって、居心地のよい公園。

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毎年、桜をうまく撮ろうとするのに撮れたためしがない。
他の花もさしてうまく撮れやしないのだが、桜は特に難しい。
何故だろう、何故だろう、と友達とカメラを持って、どこからどう撮ればいいか分からず、桜のまわりをぐるぐるまわった。


会期前から、かなり期待していた美術館の展覧会へ。
一人ではなく誰かと行く美術館は久しぶりだ。友達の反応を見て、こうも感じ方が違うのかと驚かされる。作品を前にして「可愛いくて好き」と評するのを聞いたり、少しでも死や不安や喪失を含んでいる作品には嫌悪感を示して近づきたがらない友達の様子を見ていると、「アートって何だ?」と、あらためて考えずにはいられなかった。
同じ人と対しても、その人から引き出せる表情がそれぞれ違うように、同じ瞬間に一つの作品を前にした二人の人間の中で、作品が全く違う像を結んでいる。
一人で行く時には体感することのない違和だった。


その後は、お茶を飲んだり、雑貨屋や服屋を見てまわったりした。
互いのイメージに合うものを持ってきては合わせてみたり、これじゃないあっちの方がいい、これは高い、あれは安い、こんなのも着てみたい、それならあれも似合うんじゃないか。
買う気がなくても十分楽しめる女という生物は、こんな時得だと思う。

健康体の友達は、いまだエネルギーが余っているらしく、帰りに飲みに行こうかと誘ってくれた。しかし、私のエネルギーは昨日で既に切れている気がして、結局断って帰って来た。友達は残念そうだった。いつものパターンで、外側から見た私は、とても余力があるように見えていたのかもしれない。

別れて一人になると頭痛が酷くて、家までの道が遠くて遠くて遠かった。
でも、楽しかった。
でも、人疲れした。

気がつけば、昨日の記事と同じジレンマに陥っている。

今はこれでいい。
ここからどこへ行けるだろう。



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日々日記 | comment(8) |


2009/04/08 (Wed) ゼリー

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数日前、ダンスレッスンの日だった。
<自由奔放で明るくて元気で前向きで、やる気満々>
既に私の一定した印象がクラスメートに行き渡っているようだ。早い。
人が怖いくせに誰彼ともなく自分からガンガン話しかけるのは、どこへ行っても私のスタイルになりつつある。大人しくしていればいいのに、事前に頓服をかっ込んででも私は攻勢を遵守する。その方が楽だし、正確ではないが本来の私に近いイメージを持って貰える気がしている。


レッスンで知り合ったHちゃんに、帰りに買い物に付き合って貰った。
周囲からは私とHちゃんは昔からの友人に見えるらしいが、まだ数時間しか喋ったことがない。初日に意気投合した理由を、Hちゃんは「びっくりするくらい話しやすい相手」と言った。

ボケとツッコミとネタ話とウィンドウショッピングが楽しくて、2人で笑い転げて歩いた。
お互い空腹だったから、居酒屋へ行った。
乾杯してまずは腹ごしらえ。
踊った後の食事は、格別に美味しい。

個室で、思いつくままガールズトークした。
恋愛話やファッションの話、ダンスの話、気になるイベントの話、色々。
Hちゃんには、最初から簡単に病気のことやなんかを話していたから、そんな事も話題に上った。
楽しかった。


Hちゃんは、飾り気がなくて面白くて、でも恋愛には不器用で、色んな面を持っている。
喋っていたら、あっという間にラストオーダーになり、終電が気になってきた。
「このまま朝まで喋りたいなぁ。みとりちゃんとこ泊めてや」とHちゃんが言った。本気なんだなと分かった。
私は、咄嗟に今の自分の部屋が酷い有様なのを思って断った。
むくの看病をしていた先月から、もっと前からかもしれない、私自身が住んでいて気分が悪くなる位、半端なく散らかっているのだ。私ですら嫌な部屋に、友達は泊められまい。

「今度本当泊まりにおいでよ。部屋がもうちょっとましになったら」と、帰りのエレベーターで私は言った。社交辞令が嫌いなので、自分で本当にそう思えるか少し考えてから言った。

言ってから、無理をしている気がした。気がつくのが遅い。
自分ひとりでは守られていた自分のペースが、健康体の友人とは違うことを実感した。
私は朝まで他人と一緒にいられないし、朝まで起きて喋り続けられたら楽しいかもしれないけれど、やはりダウンしてしまう。
健康な人の生活テンポ、活動量と私のそれとは雲泥の差だ。
一月に1度どこかへ遊びに出かけたら、残りは精神的不安定か体調不良で寝込んでいる私に出来ることは限られている。


今年に入って私が治療以外で外出したのは、たった数度だ。病院ですら足を運ぶのが苦痛だ。外出すれば寝込む。精神的に不安定になると家事も一切できなくなり、精神が不安定でなければ無理した分はきっちり体調に出る。
アンバランスなシーソーの上で、常に右左に揺れ続けて疲れているのが普段の私だ。
一際物怖じせず社交的で元気にレッスンに行っている私からは、想像もできない事だろう。
極端なスイッチのオンとオフ、白と黒、活動と停止。
私は、なぜかそんなふうに出来ている。


一緒に美術館に行こうかとHちゃんと話した。
3日後ならあいてるよ、とHちゃんが言った。
その時、私はその場で約束できなかった。その日自分の体調がどうなっているのか、私は自分のことなのに分からない。数日後の予定が立たない。自信がない。


彼女と別れて家路に着く電車の中で、突然全てが怖くなった。
頭の中がぐちゃぐちゃと混乱して、自分は一体誰で、何ができて何ができないのか、何が楽しくて何が苦痛なのかすら分からなくなった。
何もかも放り出したい。

電車の中で頓服を齧って、吊革を握りなおした。
対人恐怖が発動したのだと自覚した。
「気が合う。仲良くなれる」
と思った瞬間から、対人恐怖、人間不信のスイッチが入る。
自分のこんな解離システムを、私は、いつも忘れている。
そして、いつも唐突に思い出す。


人間全てが怖かった時期に比べれば、今の私は強い
今だになれないのは、親密になってきてからの関係だ。
心理的距離、物理的距離が近づくと、「危ない」と本能が警告する。
信じたら裏切られる、親密になれば相手は自分の領域を侵す、仲が良いからと都合良く操作される、そんな警告が数限りなく一瞬で襲って来る。
この警告に黄色信号はない。青と赤だけだ。
予告がないから、私は毎回恐慌状態に陥る。


Hちゃんに、現段階での私に対する印象を訊いた時「自由奔放」と一言で返ってきた。それから、こんなふうに付け足した。「明るくて自由奔放で、嘘をつかれるのも、嘘をつくのも大嫌いで、言いたいことをズバズバ言う人。それから、みとりちゃんは恋愛経験豊富そう」と。
私は、そんなわけないよ、私は、ずっと俯いて生きてきたし、人と視線も合わせられなかった、今とは180度違うよと話した。下手な謙遜と思ったらしく、Hちゃんは「嘘や?嘘や?」を繰り返した。信じなかった。


今の私を一番信じないのは、昔の私だろう。
髪もメイクも服も歩き方も好みの食べ物も読む雑誌も本も聴く音楽も話し方も話す内容も趣味も、好みの人間も考え方も行動も私という人間をまとっている雰囲気全て、きっと昔の私とは180度違う。

私は、元から私じゃない。
今も何かの道半ばにいる私は、対人恐怖を抱えていることをおくびにも出さず、誰にも知られることもなく、レッスンでは踊って喋って、はしゃいでいる。
180度変わったんだよと新しい友人に話す私は、やはり昔の名残をとどめてはいない。
説得力がない。中途半端な自分を小さく恨む。
仲良くなりたいと思っていることも、泊まりにおいでよ、と言ったことも本当だ。
けれど、直後に怖くなった私も本当だ。
複雑過ぎて、どんなふうに自分のことを話そうかと考える。


自分をありのままに受け入れ表現することに、随分成熟したような気がしていた。けれど私はまだ未熟なのだ。
柔らかい透明のゼリーに棘を混ぜて、スプーンで無邪気に掻き回している子供のようだと思った。
透き通った柔らかい喜びの中に、無数の尖った痛みが細切れに紛れ込んでいる。
喜びも痛みも、どちらも嘘じゃない。
けれど手にしたスプーンでゼリーをすくっても、口に運ぶ気にはなれない。グチャグチャと悪戯にスプーンで掻き回す。
せっかくの美味しいゼリーを台無しにしているかもしれない。
不満だけれど、今の私には他に思いつかない。目の前の憂鬱を、手遊びに掻き混ぜて眺めている。



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日々日記 | comment(6) |


2009/04/03 (Fri) 今日はこんな日



今日はどんな日って芋けんぴを買いに行った日。
地味なストレスが溜まってきて、芋けんぴに傾倒。芋けんぴを齧らねば夜も日も明けないので、纏め買いすることにした。そうしたら、ついにスーパーの芋けんぴが売り切れてしまった。確か半分は私が買占めた。再入荷してくれないと、私の芋けんぴ生活が危機だ。

この芋けんぴ、芋+砂糖+油というトリプル爆弾。
1袋180グラム、総カロリー数1000キロカロリー。
最近毎日二袋食べている。
なのに朝昼晩の食事もちゃんと摂っている。

朝起きると、芋けんぴ買いに行かなくちゃ!と思う。
心なしか、身体が凄く重い。こんなに歩くのに重かったっけ?と違和感を感じる位、地球の重力を全身で感じる。何だこれは。


芋けんぴを貪り食う以外は、今日は朝から2時間散歩に出て写真を撮り、古本屋を巡り、数時間泣いて不安定になってカウンセラーにメールしまくり、新刊の「銀魂」を読んで最近の銀魂の覇気のなさを憂い、また不安定になり、谷崎潤一郎の「痴人の愛」を読み始めて、おお嫌だ嫌だ男も女も登場人物皆気持ち悪い、と自分の個人的トラウマなものにリンクしかかって、また安定を欠いた。

最終的には、待ち人からの連絡が来ないことと、対人関係で悩んでいる。
待ち人は文字通り待ち人なので、ただひたすらに待つしかない。
対人関係は、最悪な課題を抱えている。解離性同一性障害のどうのこうのは基本的にどうでもよいが、暴力的な人格を抱えたままで私は全うな対人関係を築けない。治療機関からもお断りされても仕方のない事態になったらどうすればいいのだろうか。お先真っ暗だ。

久しぶりに、自己評価が大暴落して死にたくなった。
死にたいというより、消えちまえ私なんか、という気持ち。涙がこれでもかと流れた。

夜に会ったことはない友人と電話で話したら、驚くほど整理できて、嘆き哀しむ気持ちはすっきり流れ去った。
悩みも問題も解決したわけではないけれど、精神的に安定することがいついかなるときでも、どれほど大切で、ほっとできることか。結局、いつも私は人の中で悩み、人に助けられて生きている。ありがたいのは、友達。


ついでに、芋けんぴに飽きてきた気配がする。
他の食費を削ってまで芋けんぴを買い溜めてきた。
しかし、なんということだろう。
とりあえず今夜はもう二度と芋けんぴのことは考えたくない。

でも、写真の芋けんぴは美味いです。
「黄金千貫(コガネセンガン)芋」という、真っ白な大根みたいな芋が使われていて美味です。
明日はどうか分かりませんが、とりあえず今日はまだ芋けんぴマニアな私のおすすめです。


関連記事?
◇芋けんぴ と わたし

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日々日記 | comment(0) |


2009/04/02 (Thu) OUT

20090402.jpg

記憶にない行動は別段珍しくないが、昨夜は最悪に不安定だったらしい。

大量の菓子を3袋食べたらしい。2袋目は覚えがあるが、3つ目は知らない。今朝楽しみにして起きたのに見当たらず、空の袋がゴミ箱から見つかった。

加えて、足から流血。カミソリで刺したような、抉ったような穴。これは、前から頻繁にあることだ。しかし、今やらなくてもいいことだ。ダンスレッスンが近いのに、歩くのも苦痛だ。杭を打ち込まれているような痛みには、腹が立つ。

挙句、何だかわけの分からない活動サイトに登録したようだ。メールが来ている。記憶にない。
登録しただけなら良いが、誰かとコンタクトを取ったのだとしたら後の処理が面倒になる。個人情報がどこまで漏れたのかも分からない。

以上、自分がやったのか、他の誰かがやったのかすら不明。

前回のカウンセリングでは、ある人格がカウンセラーに危害を加えようとした。
カウンセリング中に私と交代した人格Aが書いた日記を読んで、初めて知った。事実かどうかカウンセラーに確認を取り知った。事実だった。最悪な気分になった。
幸い、カウンセラーと揉みあいになったが大事に至らなかったという。
以前、Aが走行中の車から飛び下りようとした時のように、誰か他の人格が止めたのかもしれない。

外側から見れば<私>がやったことになる。腹が立つ。しかし、私がカウンセリングを受けているから起こる事態だけに、カウンセラーに申し訳なく思う。しかし<私>が謝罪すべきなのか。
総体としての<私>は、誰かに危害を加えれば謝罪すべきだ。
しかし、主体としての私は、無関係の一個人だ。
その私は、数日悪夢と幻覚の世界に囚われている。そちら側を処理するのに手が一杯で、現実に対応できないでいる。カウンセラーに合わせる顔がない。

幻覚・幻聴と悪夢で精神状態スレスレながらも、体調は不思議と悪くない。
精神的に梃入れでもやって、このわけの分からない混沌から抜け出ようと今日計画していたことがあった。外出して、好きなことを思い切りやれば、吹っ切れる気がしていた。
けれど目が覚めてみれば、一晩で面倒が山積みになっていた。
カウンセリングに行く気にもなれない。せっかくカウンセラーと信頼関係が築けるかもしれない今になって、こんなことが起こった。同じ事が起こっても、今の私に責任は取れないだろう。私自身が不安定過ぎる。
気が重い。一気に鬱だ。
昼には、悪夢で痙攣を起こした。
時々、悪魔のような男性の声で家族を罵っている身体を知覚する。
自分の拳で顔面を殴られる。
もう何が何だか分からない。

今日は予定を変更して、大人しく読書にでも励もう。
とにかく足を治さなくては。
ダンスレッスンだけは、這ってでも行ってやる。



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解離性同一性障害 | comment(2) |


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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